告別式--その他、シリーズ外の記事

2009/07/10
告別式--その他、シリーズ外の記事

7月7日
「老母のいる病室--人生に詩歌あり(13)」
7月9日
「母の通夜の後に--その他、シリーズ外の記事」

7月10日
12時に告別式が開始された。
導師による告別の儀と初七日の儀を滞りなく済ませると、喪主の出棺の言葉が促される。
私は立って話し始める。進行かがりからは前夜2分で頼みますと言われた。短く話すのは誠に難しい。前夜、あわててメモを用意したが目が滲んで字が読めない。浮かぶ言葉をひたすら述べた。
--------------------------------------
お暑い中、またご多用にもかかわらず、故人母文子のためにご参集いただき、ありがとうございます。
私は、文子の長男です。喪主を務めさせていただきました。
母文子は89歳で亡くなりました。長寿であったと思います。
母文子は、6年前に亡くなった父を助け、またその父に助けられながら、3人の子供を育て、5人の孫と1人のひ孫に恵まれました。ご近所の方々の人情に支えられ、ご親類の皆様からは物心両面のご支援をいただき、ようやくやり遂げた人生でした。今も会場にお見えですが、PTA以来のお仲間がいて長い交流があり、民生委員-社会福祉関係では各町会の役員の皆様や市役所の皆様、福祉団体や施設の皆様に支えられておりました。社会福祉関係では松戸市社会福祉ネットワーク協議会の会長も務めさせていただきました。華道では龍生派家元顧問となり、良いお弟子さんたちに囲まれて幸せに過ごしてまいりました。大切な華道展を控えていましたので、お弟子さんたちのために何としても生きて帰りたいと最後まで言っていました。
亡くなったことは悲しいことですが、皆様のおかげで充実した人生を送れたことを、今は母とともに喜びたいと思います。
母文子を支えてくださったたくさんの皆さま、本当にありがとうございました。
残された家族は、母の分もしっかりと生きてまいります。これからも、私どもの家族をなにとぞ温かくお導きいただきたくお願いを申しあげます。
ほんとうに、ありがとうございました。
--------------------------------------
マイクの向こうに、ご近所の方の顔が見える。PTA以来のお友達も高齢を押して来てくださっていた。父方の主だって親類たち、老姉妹の家族もいる。民生委員のお仲間だった方も、当時の市役所の方もいる。病院で、最後まで彼女らのために生きて帰るのだと言っていた当のお弟子さんたちの姿も見える。一人ひとりがうなずかれたり、目がしらを抑えたりする姿が見えた。私の声も震えてとぎれとぎれになっていた。

ひつぎには、かねて私が望んだように、花をいっぱいに入れた。白菊を敷き詰めて、その上には華やかな色どりの洋花を積み上げた。右手側には、本人が最後まで育てていた庭や居室の南にしつらえた温室の花々を集めて作った手作りの花束を一つ置いた。花は姉に頼んで今朝切り集めてもらったものである。
最後に白い胡蝶蘭の花を飾って、花で山盛りとなった棺の蓋を閉じた。さようなら。

導師に続いて位牌を持つ私、写真を持つ弟の長男、花束を抱えた私の長男、そして親族、一般の参列者が続く。葬送の列である。霊柩車、ハイヤー、バス2台に乗って火葬場に向かう。
いくつもの儀式を経て遺骨を骨壷に収めると、再び親族らと式場に戻り、会食となった。私は、導師の前の席で、久しぶりのいとこ同士の話題で盛り上がる。母がまたこんな機会を作ってくれたのかな、と、ふと思う。

帰宅後葬儀場から後飾りの材料が届き、主なき隠居所の中に真新しい小さな祭壇がしつらえられた。あらためて手を合わせる。

この日、私は誕生日を迎えて、63歳となった。

関連記事: 「老母のいる病室--人生に詩歌あり(13)」
       「母の通夜の後に--その他、シリーズ外の記事」
       「告別式--その他、シリーズ外の記事」


琵琶


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母の通夜の後に--その他、シリーズ外の記事

2009/07/09
母の通夜の後に--その他、シリーズ外の記事

7月7日はまだ命があった。
「老母のいる病室--人生に詩歌あり(13)」
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2009/07/--13-4921.html

7月8日、午前10時20分、老姉妹とわが家族に囲まれて、老母(89歳)、やすらかに永眠。
7月9日、午後6時30分より、通夜。
7月10日、正午より告別式の予定。くしくも、この日、私は63歳の誕生日を迎える。
私が喪主である。

通夜では、喪主があいさつする場面はない。私は茫然と導師の読経に聞き入っていたが、途中ではっとして焼香台に視線を移すと、ご親類、仕事関係者、母の親しい友人たち、母がお世話になった人々、さまざまな人がやってきた。ひたすら頭を下げた。
母はお寺の娘として育ったので、お寺の親類は多い。その母の姉の子、つまり甥(70歳)が導師を務めてくれた。菩提寺の住職はその子であるが、元住職と現住職の親子二人で法要を仕切ってくださった。

ご来場の皆さまとは、お話しする機会はなかったのでもどかしく感じたが、ご来場の皆様にお伝えしたかったことを次に記します。

お暑い中、またご多用にもかかわらず、母文子のためにご参集いただき、ありがとうございます。
私は、文子の長男で、喪主を務めさせていただいております。
母文子は、流山の光明院という寺(真言宗豊山派)に生まれました。女ばかり8人姉妹の6女として生まれ、若くして亡くなった二人を除く6姉妹の4番目として育ちました。母の父は、大正ロマン華やかな開明期でもありましたので6姉妹に男の子なみの教育をほどこし、男に負けず劣らずの先進的女性に育てようとしたように推測されるところです。穿てば、男の子に恵まれなかったのでその替わりだったのかも知れません。
母を囲む姉妹たちはいずれも高い教養と時代に敏感なアンテナを有する先取の気風あふれる当時としてはめずらしい女性たちです。本日も老姉妹の皆様がご参列をいただいておりますが、この方たちに揉まれて、母も時代を少し早く進みすぎた女性の一人だったかも知れません。
教員だった父のもとに22歳で嫁ぎました。実家の寺の有力なお檀家さんであった松本家のお口添えによるものだったと聞いております。
23歳で長女を産み、26歳で長男の私、29歳で弟を産みました。
教員の安い給与で三人の子育ては容易ではなかったと思いますが、父方の安蒜家、松本家、浅井家、折原家などのご支援はもとより、母の実家の光明院椎橋家、西栄寺栗山家など母の諸姉妹の方々のご援助も得て、ようやく家計を切り盛りししていたことを子供心にも刻まれております。皆々様のご支援に深く感謝申し上げます。
子育て時代、すでに華道の修行に余念なく、父兄会や地元のさまざまな集まりにも積極的に参加しており、大変忙しく、私たち小さかった子供たちが夕刻もひたすら母の帰りを待つようなこともしばしばだった記憶があります。
当時の父兄会のお仲間の皆さんとは、母はその後も長くお付き合いをいただき、女として母として市民としての怒りや悩み、慰めを共有してこれたように思います。皆様、ありがとうございました。
幸い理解ある父であったため、その後も母の社会での活動はとどまることを知らず、いつの間にか華道では龍生派家元顧問にまでなり、社会福祉関係では長く松戸市社会福祉ネットワーク協議会の会長も務めました。
華道では、よいお弟子さんにたくさん恵まれました。後半生の生きがいは何と言ってもお弟子さんたちとの交流だったのではないかと思います。本日もたくさんのお弟子さんがいらして下さっています。最後の入院になった先ごろの病院でも間もなく開かれる華道展のことが気になり、その日までに生きて帰らなければお弟子さんたちに申し分けない、私を何としても助けてくれ、と繰り返し申しておりました。
亡くなってしまったことは残念ではありますが、最後まで充実した人生を送れたのはお弟子様方のおかげであると思います。誠にありがとうございました。
民生委員-松戸市社会福祉ネットワーク協議会などの福祉関係の活動では市役所や各町会の皆さま、福祉関連施設の皆様に大変にお世話になりました。ありがとうございました。
母は、しばしば父にも負けまいとする負けん気を見せることもありましたが、父を一歩先に立てたいという古風な一面もありました。母が早くして叙勲を受けると父に叙勲がないことを大変気にしており、父の叙勲は父よりも母が望んでいたように感じました。のちに父も死後叙勲されますが、自分の序列よりもわずかに高かったことに深い安堵を見せ、ことのほか喜んだりしていました。
わたくしたち母の子供たちがそれぞれに結婚し家族を持つと、それぞれの家庭のさまざまな悩みを聞き、家族仲良く、兄弟仲良くのための調整に心を砕き、孫の家族を含めて心配りを怠りませんでした。おばあちゃん、ありがとうございました。
老母は、ご近所の皆さまをはじめとして多数の方々のご理解とご支援を受け、充実した生涯を全うすることができました。一人ひとりを取り上げて申し上げることはできませんが、すべての方々に感謝申し上げます。
また、通夜と告別式の儀を取り仕切ってくださった長聖寺住職の栗山秀隆様、長聖寺元住職で現西栄寺住職の栗山秀純様にもありがたく深く感謝申し上げます。

皆様、誠にありがとうございました。

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       「母の通夜の後に--その他、シリーズ外の記事」
       「告別式--その他、シリーズ外の記事」


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老母のいる病室--人生に詩歌あり(13)

2009/07/07
老母のいる病室--人生に詩歌あり(13)

6月14日(日)早朝、老母(89歳)は脳梗塞で緊急入院した。
前夜から不調を訴えていたので私の息子(老母の孫)が添い寝した。息子からの連絡で、脳梗塞が疑われたので自家用車に乗せて当直病院に向かった。

その後一時回復を見せたが、3週間後、病状の悪化は明らかだった。
7月7日病院にて。

わが名呼ぶ 雨だれを追う 眼あやかしく 汝(な)の児ここにあり 強く手を握る

弟子たちの 発表会の 日取り迫りて 生還の契り 心揺れ動く

わが膝に 手を置きて言う 助けてと さする肩細し 雨音静かなり

救うてよ 神仏あれば 我が母を 涙雨を仰ぎて ひそかに目をぬぐう

修羅場去り まどろむときこそ もの思う 窓辺うつ雨 心撃つ思い出

---------------------------
2009.07.09付記:
7月7日、上記の記載のとおり、まだ存命だった。老母がなくなる前日のことである。
7月8日、午前10時20分、老姉妹とわが家族に囲まれて、老母、やすらかに永眠。
7月9日、午後6時30分より、通夜。
7月10日、正午より告別式。
喪主は私がつとめる。

関連記事: 「老母のいる病室--人生に詩歌あり(13)」
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(準備中)
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梅雨明け心待ちのころ--人生に詩歌あり(12)

2009/06/12
梅雨明け心待ちのころ--人生に詩歌あり(12)

関東甲信越は、わずか3日前に、梅雨入りが宣言されたばかりである。
気が早いが、私は、梅雨明けを待ち望む歌を詠んだ。


 一歩出る ドア閉めおきて 闇静か 梅雨寒の傘 声をひそめて

 梅の実の 底抜けの丸み ふるふると 露光りて 明けの空白し

 ぬかるみの くねった先の 坂上の 鐘つき堂の 明けの一撃

 振り返る 長雨の後の 川筋の 老いそめしひとの 重き足跡

 登り来て 眼下に開ける 湿原の はるかに遠く 雨明けの兆し


昨年(2008年)の春頃から、サブプライムローン問題がくすぶっていた。リーマンの破綻がやってきた。秋、アメリカ経済は、その弱点を一気にさらけ出すことになった。アメリカもヨーロッパも日本も、大きな不況の嵐の中にいた。100年に一度の不況などと言われた。2009年度は立ち直れないだろうとも言われた。日本の政治家は、この悪い噂を利用して、無益なばらまき財政を発動し人気取りに走った。愚かなことである。
私は、昨年の秋、たったひとり、2009年の6月には経済は折り返し始めると予言した。わが意見に耳を貸さないおバカな大合唱の中で、私の声はかき消されがちだったが、めげずに言い続けていた。
それゆけ、新年度 ! 「最新テクノロジーと芸術」(第60回SH情報文化研究会、北とびあ)--感性的研究生活(49)
5月末、与謝野財相は直前まで景気復活のめどは立たないなど寝ぼけたことを言っていたが、株価の急速な回復基調についにあわてて景気は底を打ったと宣言した。これは早すぎたと思う。しかし、一時は日経平均6千円台に下がっていた株価は、6月11日(昨日)、ついに1万円台に復帰した。6月中旬、日本の景気は底からの回復を開始すると私は考える。私の予知能力は捨てたものではないのである。
経済不況の震源地となったアメリカの景気回復はそう楽観視できる状態ではないだろう。しかし、震源地からはやや離れた日本への悪影響は限定的であると私は見ていたのである。
ここでは、薄日への希望を込めて、梅雨明けの兆しの歌を詠んだ。

琵琶

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お父さんのお布団、み~つけた!--我が家の愛犬様(32)

2009/04/20
お父さんのお布団、み~つけた!--我が家の愛犬様(32)

土曜日の夜、私(愛犬様のお父さん)は、帰りが遅かった。午前1時ころ、車を運転して妻とともに帰ってきた。
愛犬様は、ずうっとお父さんが帰るのを玄関の外で待っていたのだ。
息子が家に入れようと悪戦苦闘したらしいが、愛犬様は、抵抗の姿勢を崩さず、無理をすると縄抜けをしそうな態度を見せるのであきらめたらしい。
愛犬様は、玄関前の石畳の上に寝そべって、じっと待っていた。車の音が近づくと、耳をそばだて、じっと闇の中に目を凝らしている。木立の間から、お父さんが運転する車がちらりと見えると、間違いないっ! お父さんだ、と、ばかりに、飛び上がり、長い綱をなびかせて、綱の届く限り、たぶん左右10メートルくらいの空間を激しく走って、自分がここにいるということをアピールする。お父さんが視線もくれなかったりすると、走りながら、小さくウワンッ、と吠えて、気を引こうとする。
やがて、お父さんが車を降りて、近づく。ボクは、うれしい、嬉しい。お父さんに近づいて、ポンと飛びかかってみたり、玄関に向かって走ってまだ戻ったりと、一緒に玄関に入ろうという意思を示すのである。あれっ、お母さんが遅いぞ、と思ったら、お父さんの後ろにいるお母さんのところに走り寄って、さぁ、一緒に玄関に行こうと誘うのである。
お父さんはあわただしい。大急ぎで玄関のかぎを開けて、ボクとお母さんを中に入れる。ボクの水の容器を洗ってきれいな水をいっぱいに入れて玄関内のボクのペットの脇に置いてくれる。ボクは、ちょっとだけ、お愛想で、水を飲んでみせる。だってせっかくお父さんが用意してくれたんだよ、飲まないわけにはいかないだろ?。
それから、お父さんは、服を着替えて、また玄関のボクのペットのそばにやってくる。「ゴハンだよね」と言いながら、食事の器をもって一度姿を隠してしまう。ボクのゴハンの準備をしてくれてるって、ボクはわかるから、玄関で正座して待っていたり、ちょっと興奮して、玄関内を走り回ったりしちゃうこともあるんだ。この瞬間が一番待ち遠しいんだ。
すぐに、食事の器にいつものペットフードを入れてお父さんがやってくる。今度は、ちゃんと正座しなくちゃね。正座してっと、耳をぴったり後ろにそろえて、お父さんの眼をしっかり見る。すると、お父さんは「よし」と言ってくれる。ぱっと、ボクは、容器に顔を近づけると、バクバク食べるんだ。これって夕飯かって? ちがうんだなぁ、夕飯は夕方の散歩の後にお兄ちゃんからもうしっかりもらっているから、これは夜食なんだ。お兄ちゃんは、夜食は太るから駄目だよ、とよくいっているんだけれど、ボクにとって寝る前のこの食事が一番の楽しみ。だって、食べている間、ずうっとお父さんは僕のことを見ているんだよ。こんなに幸せなことってないだろ。
食べたいだけ食べると、少し残っても、そのままにすればいい。食べたいときに食べられるだけを食べるというのが、ボクの健康の秘訣なんだよ。エヘン。
さて、ゴハンが終わると、まず、水を飲んで、それから、お父さんに抱っこを頼んじゃうんだ。いいだろう? 
でも、素直に抱っこをねだるのはちょっと照れちゃうから、お父さんの近くに行って、鼻を床につけて、手で目の周りをこするようなしぐさをするんだ。すると、ドレドレ、ダッコだね、って、ボクを抱き上げてくれるんだ。これって幸せ。
あおむけになれば、お腹を掻くようにさすってくれたり。喉の下を掻いてくれたりするんだよ。
目ヤニを指先でそっとふき取ってくれたりもするんだ。これが気持ちいいんだ。生まれたばかりの頃、実のお母さんがよく、目ヤニを舌でなめてくれたんだけれど、あのときと同じくらいに気持ちがいいんだ。
首筋をもんでくれたり、背中をさすってくれたりもする。体の力がだんだん抜けていって、いつの間にか、まぶたも閉じかけてしまう。・・・、あぁ、もうダメ。このまま寝てしまいそう、という時に、ボクはぱっと体の向きを変えて、お父さんの膝から降りて自分のペットにごろんと横になるんだ。いい気持、そのまま、すうっと寝込んでしまうのが最高だよ。
でも、土曜日には、こうやって、寝込みかけてしばらくすると、立ち去ったはずのお父さんの臭いが鼻先を通り抜けたんだ。おかしいな、ゆっくり立ち上がって、体の向きを変えて見まわしてもお父さんの姿はない。玄関は真っ暗だ。どこにいるんだろう、お父さんは? ボクは、お父さんの臭いの強い方に、身を乗り出した。背の低い柵が、ボクのペットが置いてある玄関のタタキの部分と玄関のフローリングを隔てている。お約束だから、いつもは柵は超えないようにしているんだけれど、気になったから、ゆらりと体を空中に舞わせると、難なく柵を超えてしまった。お父さんの臭いは階段の上のほうが強そうだ。ボクは静かに、階段を上ってゆく。音はしない。階段の上は右にも左にもゆける。ちょっと鼻を利かせると、左の方がお父さんの臭いが強い。ドアが少しあいている。ボクは鼻先をドアの隙間に入れると、ちょっと体をくねらせると、ドアがまた少し広がって、中に入ることができた。初めて入った部屋だけれど、どうやら、手前がお父さんのベッドだ。においを嗅ぎながら、ベット上にポンと乗ってみた。おかしいな、お父さんがいない。もぬけの殻だ。隣で寝ていたお母さんが異変に気づいたのか、手を伸ばしてきた。あっ、つかまってしまう。ぎゃぎゃ~ん、ボクは思わず大きな声で鳴いてしまった。お母さんは飛び起きて電気をつけた。こらっ、ダメッ、お母さんの怒り声。ボクはお母さんの怒り声が苦手。あわてて、ドアの外にでる。お兄ちゃんも別の部屋からとび出してくる。わっ、ボクは捕まってしまう。目の前は下に降りる階段だ。ボクはこの階段を降りるってとっても怖いんだ。だって、ツルツル滑るんだよ。尻尾をおしりの下に丸めこんで階段の手前で座り込んでしまう。
下を見ると、あれっ、お父さんが上を見上げている。あ~っ、そうか、お父さんは2階にいたんじゃなくて、1階のどこかにいたんだな。なぁ~んだ。で、でも、お父さんっ、助けてっ。
お父さんが、ゆっくり階段を上ってくる。コ、降参。ボクは、腰を下ろしたまま、両手をあげた。あげた両腕の付け根のあたりの胸をお父さんは両手で支えると、「ダッコ」という。ボクはもう嬉しくなって、耳を後ろにそろえて、口を開けて、舌を出して、尻尾を振ってしまった。
ボクは、ダッコされたまま、一階の玄関に降りて、そのまま、ボクのベットの上に降ろされた。「もっとダッコ」と手を挙げてみたが、お父さんは「もうダメ、早くねんねしな」という。え~、お父さんったら、冷たいんだから。お兄ちゃんがすぐにそばにきて、代わりにボクの背中をさすってくれた。仕方がないなぁ、でも気持ちいい。
・・・、そのまま、いつの間にか、ボクはまた眠ってしまった。でも、、、いいんだ。お父さんのペットをついに発見したッ。この次は、必ず、お父さんの寝床で一緒に寝てやるんだ。
(オイオイ、勘弁してくれ--お父さん より)

次の記事: 我が家の愛犬様(33)
(準備中)
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それゆけ、新年度 ! 「最新テクノロジーと芸術」(第60回SH情報文化研究会、北とびあ)--感性的研究生活(49)

2009/04/17
それゆけ、新年度 ! 「最新テクノロジーと芸術」(第60回SH情報文化研究会、北とびあ)--感性的研究生活(49)

4月1日は、エイプリールフール。今年も素敵にだまされた人も、カッコよくだました人もいたようではある。
しかし、「つんく♂卒業は四月馬鹿」のニュースは、ネットでもずいぶん取り上げられていいたようだが、わざわざニセの「ハロブロ公式サイト」を作った人は、直後から「人に迷惑をかけるウソはセンスがない」とずいぶん叩かれて、ちょっとかっこが悪かったようだ。
さて、わがSH情報文化研究会も4月1日に開催となって、随分心配した。年度の初めで、いろいろなところで行事が目白押しだろうし、4月馬鹿の冗談と勘違いしてやってこない常連さんもいるかもしれないと思われた。よくて10名も集まれば良いほうではないか、と幹事同士は言い合っていたのだが、結局会場にやってきたのは19名で、かなりの盛況と言ってよかった。さすがに大企業にお勤めの真面目な企業人はいらっしゃらなかったが、大学の教師、時間の自由が利くSE、デザイナ、プロデューサ、プログラマなとが集まったのである。学生も二人、私の教え子と、昨年TAをしてくれた大学院生がきた。
4月1日と言っても、内容は真剣。ウソ偽りのない密度の高い研究会となった。
以下には、事前に送信したお知らせのメールの本文を引用しておく。

   記
===============================================
それゆけ、新年度 !
「最新テクノロジーと芸術」

「開催間近か」
■第60回SH情報文化研究会■
-----------------------------------------------
1.主催
 SH情報文化研究会
2.開催日時
 2009年4月1日(水) 13:30-16:30(終了後に懇親会を予定)
3.場所
 北とぴあ 北・806会議室
 東京都北区王子1丁目11-1
 JR王子駅または南北線王子駅2分
 http://www.city.kita.tokyo.jp/docs/facility/052/005226.htm
 http://www.kitabunka.or.jp/data/sisetu/map/map001.htm#Jump1
 懇親会 近くの居酒屋
4.当日のプログラム
 13:00 開場(設営開始)
 13:30 開会
 (1)中本浩之(彩考電算システム)
   「マイクロソフトの次世代開発環境Silverlightとは?」
 (2)平野正喜(ランドッグ・オーグ、執筆者・講使)
   「接続速度から見える国内インターネットの現状
   ~ 週刊コラム【スピード速報】から見えるスピードデバイド ~」
 (3)古屋俊彦(明治大学・法政大学・国士館大学非常勤講師)
   「芸術作品の成立と情報処理」(*)
 16:30 閉会・後片付け
 17:00~ 懇親会 
-----------------------------------------------
研究会会費 無料(いつも無料)
懇親会会費 3000円程度(学生半額)
次回以降の発表を希望される方は、ご連絡ください。
===============================================

場所がわからない、という電話がたくさん携帯にかかってきて、道を教えるのに四苦八苦だった。JR王子駅からわずか2分のところなのだが、改札から見通せないというところが惑わせる原因のようだ。
定刻になっても12名しかいない。せっかく、電話もかかってきているので、開始を少し遅らせることにした。初めの5分間だけ、私がおしゃべりをした。「政治家も経済学者も評論家も2010年にならなければ景気は上向きにならないと言っているが、私の考えは違う。私は、昨年11月に"2009年6月底"説を唱えた。根拠は薄弱だったが、製造業の在庫調整が大方の予想以上のスピードで進んでいる。自動車業界もすでに調整が終わったところ、これから間もなく終わりそうな会社が多数を占めている。トヨタも在庫調整は5月で終わると言っている。6月が底で、ゆっくりと反転に転ずるというのは、まんざら嘘ではなくなりつつある。震源地アメリカは、2010年にならなければ景気が上向かないだろうが、日本はもっと早く回復に向かうはずだ。われらにチャンスあり」と大いにあおった。話しているうちに人がぽつぽつと集まってくる。頃はよし、いざ、中本さんに発表を始めてもらおう。「中本さん、よろしくお願いします」と私は、発表者に譲った。

(1)中本浩之(彩考電算システム)
「マイクロソフトの次世代開発環境Silverlightとは?」
今や、かなり有名になっているSilverlightについての解説である。最近マイクロソフトのホームページのトップを訪れた人はすでにご存じだろうが、トップから何かを探したくとも、その先には進めない。Silverlightのお試し版をダウンロードしないと先には進めないようにしているのである。スマートとは言えないこのやり方は、マイクロソフトのせっぱつまったいわば命がけの姿勢が見て取れる。これに彼らはかけているのである。
中本浩之さんからは、実演と解説があった。会場にインターネットのケーブルは届いていないので、頼りは無線である。大容量の動画ファイルをキャッシュしてデモを敢行してくれたのだが、メモリが不足して止まってしまうというようなハプニングもあった。次は、ケーブルが届いている会場を探します、すいませんでした、中本さん。
それでも、Silverlightの威力ははっきり見て取れる。FLASHでは、動画になったFLASHファイルの中にプログラムを仕込むことはできても、FLASHの機能で動画ファイルを外部から操ることはできない。Silverlightはそれができるのである。システム屋としては不満があった部分をうまく解消しているのが、大きな魅力である。
しかし、デザイナが扱うには難度が高そうである。プログラマと映像デザイナーが手を組んで作品を作る必要が生まれる。これを嫌うデザイン会社もあるだろうから、普及させるにはハードルがないわけではなさそうだった。
しかし、私は、大いに触手をのばしたいとの思いに駆られた。これならば情報システム屋としてプロの作品を作ることができそうだ。・・・、使えるかも知れないと強く思った。

(2)平野正喜(ランドッグ・オーグ、執筆者・講使)
「接続速度から見える国内インターネットの現状
~ 週刊コラム【スピード速報】から見えるスピードデバイド ~」
私が説明するよりも、発表者である平野正喜さんの説明資料をみたほうが、間違いがないし、よくわかる。
http://rundog.cool.ne.jp/sigedu/20090401.pdf
日本国内でも場所や時間によって、回線速度が異なるというのである。東京と名古屋にサーバを1台ずつ置いて、実験参加者が勝手に接続して、所定のダウンロードとアップロードを行い、ログからアクセスポイントと時間を計測して公表しているWEBマガジンがある。そのデータを毎回角度を変えて、解析してWEBマガジンの記事にしているのが、この平野正喜氏なのである。さまざまな速度の差異を取り上げて、その理由を考察するというのは、なるほど面白い。聴衆も私も次第に引き込まれていった。

(3)古屋俊彦(明治大学・法政大学・国士館大学非常勤講師)
「芸術作品の成立と情報処理」
私が接している古屋先生は、明治大学・法政大学・国士館大学非常勤講師の"情報"の先生である。しかし、その実態は、芸術家であり、芸術を哲学する人であった。
デザイナさんや絵描きさんなども聴衆にいたので、身を乗り出して聴き入る人が多い。難しいお話なのに説明は易しく、語り口は優しい。
作品の一部もスライドで映されたが、文字をイメージする小さなたくさんの図形をコンピュータを使って、反復使用し、文章や機織りの文様のように並べてゆくという作品で、なんとも奇妙に美しいものだった。
発表内容が盛りだくさんで、時間がオーバーしても語り切れなかった。途中で終わってしまったのは残念だったが、インパクトは十分だった。
私からは、「言の葉のアヤ」「キヌのアヤ」を統合的に表現する作品なのかと、かなり強引な質問をしたりした。古屋先生は、「いろいろな物を複合させて作品に結実しています」とお答えも優しい。

質疑をしているうちに、私のマナーモードにしてあった携帯がブルブルと震える。ドアの外に出て携帯にでると、お相手は、なんと慶応大学の名誉教授のO先生である。懇親会には出席するからというのである。
デザイナのGさんや絵描きのM氏に、質問はないかと振ったら、「長くなるから、懇親会で聴きます」とのこと。あぁ、そう、早く飲み会にしてほしいわけね。というわけで、16時45分に研究会は終わりになり、当社の社員二人は懇親会の会場になりそうな近くの居酒屋を走って探しに出かけた。
華の舞に会場がも決まって、移動を開始する。帰った方もいたが、ほとんどか懇親会に。三島から直行してきたというO先生を入れて17名の宴会になった。乾杯の音頭は古屋先生がした。およそ17時から19時半までの2時間半、なかなか終わりそうでなかったが、強引に中締めにしてO先生に挨拶をいただく。
いやぁ、にぎやかな懇親会だった。しっかり食べて、どんどん飲んだ。
皆さんはそのままお帰りと思いきや、赤羽でラーメンを食べてから、もう一度飲みなおしたグループと王子の駅の反対側の立ち飲みのおでん屋さんで、地域おこしの大議論をした人たちがいるらしい。他にも別のグループが別の場所で、もう一度盛り上がった人たちがいるかもしれない。
翌日、面白かった、刺激的だった、おいしかった、旧交を温めることができた、地域おこしの議論を続けたい、次のSH情報文化研究会はいつ? 誰が話すの? とメールがたくさん飛んできた。
はいはい、次は、5月末か6月の初めを予定しています。この日、来たTAの大学院生さんには次の発表をお願いした。セキュリティの話や地域医療の話も取り入れたい、いや欲張るとうまくはないかもしれない、・・・と、今考え中である。

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(準備中)
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常磐線組Jobansの集まり--交友の記録(48)

2009/04/22
常磐線組Jobansの集まり--交友の記録(48)

2009年4月10日(金)午後、突然メールが届いた。
SIGEDU(ソフトウェア技術者協会教育分科会)の常磐線沿いの十人ばかりの集まりに来てほしいということである。
ホルモン焼き屋で心行くまでやるのがSIGEDUの皆さんのやり方であるらしい。
先日、SIGEDUの集まりに始めて参加した私を飲ませて様子を見てやろうということかもしれない。ままよ、私に裏も表もあるものじゃなし、正体を明かしても問題はあるまいと受け止めて出てゆくことにした。
行ってみたら、びっくり。皆さん、強いし、何よりもお好きでいらっしゃる。
あれよあれよと思う間もなく、終電の時刻が迫る。私はやや遠いので、退散することにしたが、皆さんは残ってまだ続けいた。みなさんはお近くにお住まいらしく、"這ってでも帰れる"とおっしゃっていた。
この結果、次の機会には、SIGEDUの会合で何かお話しするという義務が生じたらしい。--、まぁ、常磐線組Jobansは面白かったので、楽しみを分け与えてくれた皆さんの要請とあれば、当然ご要請にこたえなければなれないのが道理である。--しかし?、何を話したらよいのでしょう???。
帰りの電車の中で少し悩んで、うとうととしたら最寄駅、あわてて降りてテクシーで自宅へかえった。

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小澤宏氏のご逝去--交友の記録(47)

2009/04/15
小澤宏氏のご逝去--交友の記録(47)

少し前のことである。同級生の小澤宏氏が亡くなった。3月5日のことだった。
猛烈な脱力感が私を襲って、どうにもならなかった。同級生がなくなると、そのつど、しばらく立ち直れないような脱力感が襲う。
3月は、ブログの記事さえ、大幅に減ってしまった。

届いた第一報は次のようなものだった。
------------------------------------
3/5/09
東大化学科同期生の皆様:

C.A.氏から連絡をもらいましたが、同級生の小澤宏氏が本日亡くなられた
とのことです。
ご冥福を祈りますとともに、皆様にお知らせ申し上げます。

なお、葬儀(お別れ会、偲ぶ会)は以下の予定です。

日時 3/20(金、春分の日) 14:00-
会場 千代田区一番町13-6 Duplex Tower(デュプレックスタワー) 1803

とりいそぎ、小澤氏がなくなられた連絡と今後の予定のお知らせまで。

H.H.
------------------------------------

知らせてくれたH.H.氏は、同級会の永久幹事である。3/20(金、春分の日)は、私の家の別の法事があってゆけない。しかし、昔、私は、彼に助けられたのに、まともなお礼も述べていなかった。
苦しい思いが、胸を突く。
その後、どのような活躍と生活を送っていらっしゃったのか、気になりながら実際は知らなかった。
小澤氏は、若くして胸を患い、同級生となった時には既に2-3歳年上だった。心やさしい人格者で、我々の兄貴格と言ってよかった。妹さんは教養学部の職員だったはずである。

私からのメール
------------------------------------
H.H.様
               私

ご連絡ありがとうございます。
小澤氏には、1995年ころ、・・・、図らずも友好的なご証言をいただき助けられたこと
がありました。
お礼に参上することもなく、今日に至ったしまいましたので、皆さんで何かされるの
であれば混ぜていただきたいと思います。
このような時には何かとお手数をおかけしますが、なにとぞよろしくお願いします。

草々
------------------------------------

皆で、お金を出し合って、お花を贈ることにした。
ご冥福を祈りいたします。そして、お礼が遅れたことをお詫びします。
小澤宏さん、本当にありがとうございました。

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日本数学会に伊東由文先生を聴きに行く--感性的研究生活(48)

2009/04/13
日本数学会に伊東由文先生を聴きに行く--感性的研究生活(48)

3月27日、日本数学会の大会が開かれた。
朝早く、私は会場の東京大学の駒場キャンパスに向かった。40年以上前、私が通ったキャンパスである。卒業後も何度か訪れた経験があるが、仕事以外で訪問するのはたぶん初めてだろう。
目指すは、第IV 会場 「函数解析学」である。会場は、勢門をはいってやや左手の奥、11号館であった。
午前9時20分が発表開始の時間である。
私は、9時5分くらいに教室に到着した。まだ会場は閑散としていたが、伊東由文徳島大学名誉教授はすでにいらっしゃっていた。やや斜め後ろに座って、お声をかけるのは遠慮していた。発表前にいたずらに擾乱要素を与えてはいけないので、目立たないようにただ静かにしていた。
伊東先生は、私の会社から「自然統計物理学」という本を出版したばかりだった。発表内容がこの本の内容に関連するものというので、時間をやりくりして出かけたのである。
発表が始まる頃には30名弱の聴衆がいた。早朝の発表とすれば多いほうである。
演題は「水素原子のスペクトル」である。「函数解析学」分野としてはかなり異質のタイトルである。量子力学を粒子論に近い立場から数学的に整理して、公理系を整えて統一的に説明しようというのが伊東名誉教授のお考えであると私は理解しているのだが、専門外の世界なので、間違った理解をしているかもしれない。
伊東名誉教授は、パワーポイントを使用せず、教材提示装置(OHPの後継機材)を使用して説明してゆく。2時間40分の間に10名の発表という過密スケジュールである。質疑を入れて一人15分程度の時間しかない。十分な説明など無理である。
発表が終わると、座長先生が、形式的に「質問はありますか」と会場に一瞬目をやって、すぐに伊東先生に向って、「量子の謎の解明は、波動でなければ、・・・」と通説に従った反論を始める。そして、「まぁ、ここで議論していても、仕方がないので」と質問を打ち切ろうという暴力的進行をしようとした。つまり、座長判断で「異端の学説だから、会場の質問も遮断して早々に終わらせよう」という態度が見え見えだった。
私は、瞬間湯沸かしに火がついた。「ハイ、質問」と大きく手をあげた。「私は、情報科学が専門で数学が専門ではありませんが、一言」と断って、「一見、異端の学説のように見えますが、数学以外の分野では、真剣に検討されているテーマです。物理学では、40年も前のことですが、カナダのアルバータ大学の理論物理学の教授の藤永茂教授が、粒子性を実体とみなして量子の世界を理論的に解明するお仕事をされています。化学の世界では、粒子仮説に基づく実験が日本でも数千人規模で毎年行われている具合ですから、必ずしも異端の学問ではありません」と伊東先生擁護の発言をした。
突然の出来事に伊東名誉教授もあわてたようで、「どなたですか?」と私が誰かがわからない様子だった。私の発言が擁護論なのか、批判論なのか、戸惑ったような回答「以前の研究とは異なるんですが、・・・」だった。
座長先生はもっとあわてて、「いろいろ議論はあると思いまずか、ここで議論するのは無理ですから、・・・」ととにかく幕引きを急いでいた。まぁ、一言抵抗発言ができたから、よしとしよう。私も引き下がることにした。壇上から降りてきた伊東先生は、私に近づくと名刺を差し出した。私が誰か、まだ気がつかないようだった。代わりに受け取った私の名刺を見て、伊東先生はやっと安堵の顔に戻って、「あぁ、あなただったんだ」と笑顔になる。
次の発表がすぐに始まるので、会場で詳しいお話をするのは無理である。後で、伊東先生には、真意をメールで書いて送ろう、と思って、次の発表準備が終わらないうちに、会場を抜け出した。

さて、この日、私は歯医者さんに予約をしていた。会場のそばから歯医者に電話をすると、始業前で、テープが10時以降に電話してくれと言っているだけだった。しかし、10時が私の予約時間。電車を乗り継いで歯医者さんに行き着くには、10時を超えてしまう。この日、歯医者さんゆくのはあきらめて、オフィスの最寄り駅で降りたら、電話で次回の予約をやりなおそうと考えた。
・・・
案の定、予約時間をかなりすぎての電話になったら、受付のお嬢さんは不機嫌でツンツンしていた。ご免なさい。悪気はなかったんですけれどね。タイミングが悪かったんですよ。次回は時間通りまいります。

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「農業への就労を」障害者就労支援コーディネーター養成講座にて--感性的研究生活(47)

2009/04/10
「農業への就労を」障害者就労支援コーディネーター養成講座にて--感性的研究生活(47)

少し前のことになるが、3月24日(火)-25日(水)、障害者就労支援コーディネーター養成講座が開催された。今回は、就労現場となる3つの事業を対象にコーディネータ講座が開催された。
この会は、松為信雄神奈川県立保健福祉大学教授をリーダとする障害者(身体障害、精神障害、発達障害、老人)の就労支援の調査研究プロジェクトが3年続いてきた。その締めくくりの成果発表をかめるようなものであった。私も当初から参加させていただいて、大いに勉強にもなったと感謝している。松為先生をはじめとするご参加の委員の皆様、鈴木晴彦氏をはじめとする事務局の皆様、本当にありがとうございました。きょうされん をはじめとする障害者団体の皆様のご支援とご教授にも深く感謝いたします。振り返れば特に印象に残っているのは障害者が働く農業施設である京丸園(静岡県浜松市)の視察だった。鈴木社長さん、ありがとうございました。皆さんとまたどこかでご一緒にできることを強く希望しているところである。

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障害者就労支援コーディネーター養成講座
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開催日時 2009年3月24日(火)から25日(水)
養成講座定員 40名 障害者団体や支援団体、NPO法人へ一般公募。
日 時 2009年3月24日-25日
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第一日目
開会 主催者挨拶
最新の障害者就労施策の方向
三事業立ち上げについて
昼食休憩
公共施設の管理と清掃事業の進め方
神奈川県立保健福祉大学教授 松為 信雄
労協連 鈴木 晴彦
エルチャレンジ事務局長 丸尾 亮好
センター事業団本部 酒井 厚行
(センター事業団第2回全国障害者会議)
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第二日目
農業・園芸事業の進め方
協同総研副理事長
小橋 暢之
慶應義塾大学等講師
飯箸 泰宏
バス出発(池袋駅)
小林コミュニティープラザ(千葉県印西市)
家電リサイクル事業の進め方
株式会社共進代表取締役 草尾 敦
全体を通した質疑応答
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受講料 無料 
但し、参加者の交通費と宿泊費は、参加者側の負担。
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第一日目は、松為先生のご講演から始まった。国の障害者施策のほとんどにかかわってこられた先生である。いつものどすの利いた解説に、ただただ聞き入った。
さて、今回取り上げた3つの事業とは次のものである。
①施設管理、②農業、③リサイクル家電の分解
私は、小橋暢之氏(虎の門パストラル 元社長)とともに「②農業」が担当である。

①施設管理は、公共施設の指定管理者の事業でとくにお掃除作業は、事実上障害者が高率で働く職場である。その作業実態・作業環境・待遇などを取り上げた。

②農業については、健康障害をもつヒトにとって良い空気と程よい肉体労働が良い効果があり、精神障害にとっても園芸療法の観点から良い効果が期待できると小橋暢之氏が取り上げた。講演では紹介されなかったが、ご自身のホームページに、有言実行で、ご自身が過ごされているその豊かな第二の人生を書きつづっていらっしゃるので、ここでは紹介しておきたい。
小橋暢之氏のホームページ「花信風舎」
http://www.jyu-han.net/kohashinet/
氏の夢いっぱいのお話の後に、私の話となって、大変やりにくいことになったが、私の担当は、農業を行う上で必須の農地をどのようなしたら利用できるようになるのかという農地法の解説と農業における目覚ましい生産革命の現状の報告であった。
どちらかと言えば、生々しい農業経営にかかわる部分が私の担当だったのは、私が分野は違うが会社経営を30年近くやってきたということがその理由なのだろうと思う。
まずは、パワーポイントを使用して、農地法の制約と市町村が遊休耕地を買い上げもしくは借り上げて、貸し出す制度の変遷などを取り上げ、経団連や首相官邸の新しい動きも紹介し、規制が緩和され、農業への新規参入がますます容易になっていることを説明した。
つづいて、第一次産業、第二次産業、第三次産業の区別と生産革命の歴史にふれ、農業は焼き畑農業の後の進歩が基本的にはなかったが、今、近代的な意味での生産革命が始まっているという事実を例をあげて説明した。

図 第一次産業の生産革命(私の発表資料から)
Photo

始まった第一次産業の生産革命の事例としては、次のような内容をお話した。
・植物工場
・ハウス栽培
・ハイテク果樹栽培
・リレー栽培
・食品加工業との一体化
植物工場の事例は、(株)みらいの植物工場を取り上げた(関連資料 1 2 3)。
ハウス栽培/ハイテク果樹栽培/リレー栽培の事例は、千葉大学園芸学部の丸尾准教授から教えていただいたものである。
食品加工業との一体化については、馬路村のゆずの加工品事業を例に取り上げた。
ついでに見捨てられていたユズをジャムにしたのは私が最初であり、「都市と地方の大交流会」にユズジャムを持ち込んだのは私だというエピソードも紹介した(自慢たらしく(^^); )。
時間はオーバーしたが、会場の反応は上々だった、、、とは手前みそかもしれない。

③リサイクル家電の分解
バスで千葉県成田の近く、小林に移動して、障害者が働く分解工場の視察と講堂での説明を聴いた。株式会社本埜共進の視察と株式会社共進代表取締役草尾敦氏による説明だった。知的障害を持つ人たちが、古い冷蔵庫や洗濯機などを手際よくテキパキと手分解してゆく光景は圧巻だった。中には、ひと動作ごとに「あーっ!」と言うような、歓喜の雄たけびを上げる作業者もいるが、他の人の迷惑になることはないし、ご本人の作業に間違いはない。工場内で分解物を所定の場所に移動するのは、原則として小走りである。作業に無駄はないし、廃ブラにも種類があるのにその分別判断も的確である。
素晴らしい。そして採算も取れている。そして障害者にたいする対価もいわゆる福祉労働にない水準である。

帰りは、本数が少ない成田線で帰ろうと、常磐線組の受講者の皆さんとJR小林駅に走った。私は小林ツアー参加者の中では鈴木晴彦事務局長に次ぐ年寄りで、走った中では最高齢であった。階段の最上部に差し掛かったところで足がもつれる。しかし、ゼイゼイしながらも電車には間にあった。車両がご一緒になった6-7名のみなさんとは親しくお話しながら帰ることができた。
勉強になり、感動も、友好も積み上げた2日間だった。

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