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町会費あつめのお仕事--街に活力を(3)

(「鐘の声 ブログ」記事マップ)

2005/04/10
町会費あつめのお仕事--街に活力を(3)

私の町の役員会は本年度の初会合を開いた。順番で回ってくる組長がまた私に回ってきた。3度目の組長である。以前は、三班2組の組長だったので、組に属する家族は6-7家族だけだった。しかし、昨年から1・2組合同で交代で組長を出すことになった。組長の引き受け手が減ったので、苦肉の策である。15家族が対象となった。市街化調整地域内なので対象となる家族は畑の中に家が3-5軒ずつ散在する状態で、広域である。空気のよい、見晴らしの利く、すばらしい地域ではある。一方、いかんせん広い。歩くのが結構しんどい。
組長が6名集まって班を作る。一つの班の地域はもっともっと広域である。会議中の班別会議で、私は班長にさせられてしまったので、えらいことになったと内心困ったが、3度目の組長さんは他にはいなかった。
会議かおわると町会費を集めに回ることになった。回る範囲は担当の1・2組だけであるが、もともとの2組の皆さんの家のありかは知っているものの、新しく加わった1組の皆さんの所在はまだ知らない。パソコンで組員名簿を作成するが、住所や電話番号のほとんどが空白である。近年は個人情報保護のために、町会名簿にも住所等の記載を断る家族が多いのである。新米の合同組長である私は途方にくれる。少し古い町会名簿を手かがりに、マップファンで1組の方の自宅を1件だけかろうじて見つけ出す。周辺地図を印刷してまずは1軒マークする。前年度の組長さん宅もまだ知らないので、この家を手はじめに周囲を訪ねようという魂胆である。町会費を集めるには、町会費台帳も作らねばならないし、領収書も用意しなければならない。出かけるまでに2時間はたっぷり準備に時間が必要だった。
前年度の合同組長さんのお宅はすぐに見つかったが、玄関で呼び鈴を鳴らしても、大声を上げても出てこない。困ったものだ。出だしから、挫折かなと思いつつ、帰りかけて、北の玄関を離れて南側の庭先を覗くとなにやら人影がある。思わず、声をかける。ステテコ姿の前年度組長だった。玄関からの呼びかけでは聞こえないはずである。「まぁ、あがれよ」ということで、ごそごそとコタツにあがりこむ。定年引退されたお医者さんのようだった。奥さんの気配はなかったが、お出かけなのか、お一人住まいなのかは聞きそびれた。皆さんのお住まいの場所と概況をうかがうことが出来た。歩いて一巡して帰ると結構よい散歩をした気分になる。町会費は1組で2軒分しか集まらなかった。不在のお宅や、ご在宅のようだが、呼んでもどうしても出てこないお宅、インターフォンに奥様が出られて用件を告げたところ、しばらく待たされてからご主人が顔を出されて「何の用だ」「町会費を集めに参りました」「家内が外出しているので、ね。わかんないんだよ」というやりとり、"あれっ、さきほどインターフォンに出られたのは奥様だったのでは?"と喉元とまで出かかった言葉を飲み込んで、「わかりました。また出直します」とのべて退散せざるをえなかったお宅、・・・といろいろだった。その後、もともとよく知っている2組の皆さんのお宅を回る。ほとんどが私の親兄弟なので、難なく全家族から徴収が終わった。1組が8割方残っていることになる。やれやれ。
その後、車で息子と約束した買い物に出かける。町会関係の書類も積み込んだ。帰りがけに、もう一度、1組地域を覗いてこようというわけである。特に1軒は地主さんで、このお宅が留守でなければ店子の4軒も案内していただいて徴収できるかも知れないという期待がもてるのである。
買い物のあと、暗くなってこの地主さんのお宅の前を通りかかると、家の奥に電灯がともっているのがみえた。しめた、とばかり、車を止めて、玄関口にゆく、呼び鈴をおしても声をかけても出てこない。中からはラジオかテレビの音が大きく聞こえる。玄関の外からでは聞こえないに違いない。思い切って、玄関の戸を開けて、顔を突き入れるようにして叫ぶと、奥さんが飛んで出てきた。夕飯の支度をしている真っ最中だったらしい。まことに申し訳ない。裏庭にたっている家作の店子さんも一軒一軒案内していただく。皆さんともに高齢で、ご引退された方ばかりのようだった。わずか年間3000円とは言え、徴収は心が痛む。1年分を3回に分けて今回は1回分だけをお納めくださる方もいる。1軒は大家の地主さんが呼びかけても出てこなかった。昼の明るい時間帯にもう一度出直すことにした。ご都合が悪かったのかも知れないし、夜間は無用心なので出口には出ないようにしているのかもしれない。
高齢所帯の厳しい現実がヒシヒシと伝わってくる。
東京の郊外にあたるこの地が老齢化して、若い人口が減っていることはつねづね問題と感じていて、いろいろなところで「街の若返り」というお話もしてきたが、こうして現実に接すると、「まずは高齢者対策」という声も納得がゆく。
問題が多い。

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琵琶

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問題発見ゼミ、決意のスタート--その他、シリーズ外の記事

2005/04/08
問題発見ゼミ、決意のスタート--その他、シリーズ外の記事

明治大学に新しい学部が誕生して、今年が2年目である。情報コミュニケーション学部という。設立時に兼任講師を打診され、引き受けておいた。
担当は、3年生の情報デザインと情報システムである。来年にならないと3年生は生まれないので、まだのんびりとしていたら、2年生を対象にしたゼミを引き受けてほしいとの依頼があった。「問題発見ゼミ」というのだそうだ。
1年生で「入門ゼミ」、2年生で「問題発見ゼミ」、3年生で「問題解決ゼミ」というコースが設けられている。学生がいつも少人数のゼミに結び付けられているというのが、この学部の特徴のようである。マスプロ教育の反対をゆく路線である。すばらしい。しかし、普通の大学教育でこんなことをしたら、たちまち、大学経営は赤字で行き詰まってしまうだろうにと心配にもなるが、そこは私学の民間のちえである。常勤の教員だけでは足りない部分は、われわれのような安価な非常勤講師を動員しようということのようである。
本日、情報コミュニケーション学部の教員たちの懇談会があった。顔見知りの非常勤講師が何人かいたが、いずれも問題発見ゼミも兼任することになっているそうだ。初めてお会いした慶応大学ご出身の若い講師のお二人もそうだという。やがて会議はパーティに移行して、問題発見ゼミの担当講師が集まって、わいわいと議論なった。
「いったい、なにをやったらいいんでしょうね」「執行部に問い合わせたら、お任せします、といわれましたよ」というわけで、各自が考えたいろいろな苦肉の策を披露しあった。ある先生は「統計でウソをつく方法」を教えるつもりだという。いや、ウソつきを奨励するのではなく、もっともらしい数字にだまされないように、真実を見抜く力を付けさせたいのだという。なるほど、市町村別の平均年齢と一人当たりの生産高のリストがあったとしよう、平均年齢30歳というのは十分生産性の高い村のように見えるが、生産高がひどく低いという例を学生に見せてなぜかを考えさせてみようという。ははん、それは老人と未成年ばかりの村なのだろうと思う。しかし、学生たちははじめは気がつかずに「なぜ」と思うに違いない。なるほど、うまい教材である。私も早速まねしよう。「それなら、相関係数のウソもあるね」「熱と咳は相関性がみとめられても、熱は咳の原因ではない・・・」「擬似相関だね」「原因と結果を取り違うて解説しているマスコミもおおいよ」「いや、学会発表の中にも結構怪しげなものが多いじゃないか」「原因が別なところにある擬似相関を取り上げて、原因を捕まえた、誇らしげに語るという論文がかなりあるね」と話は盛り上がった。
私は、心理学(新ピアジェ派と社会心理学)と認知哲学を援用しながら、人と組織に潜む問題を学生らに教えてやろうと計画している。このゼミを通して私なりの情報組織論も固めてゆきたいと思う。実は、私も、真摯に学ぶ一年と決意しているのである。
情報システムを構築するということは、対象となる社会組織を変えるということを意味している。組織の利益を損なっている一部の暗部を除去して組織の活力を再生させるのが私の仕事である。私は、24年間、この仕事にもっとも多くの時間とエネルギーを注いできた。ほうっておけば命取りになるような問題がしばしば猛然と襲い掛かってくる仕事である。組織を変えれば、甘い利権を失うばかりか、地位と身分さえ失いかねない人もすくなくない。組織の利益を損なっている人々は組織の改善によってその特権的地位をうしなうのである。彼らがそのことに気づくと、猛然と反発し、陰に陽に抵抗し、妨害し、場合によっては紳士の顔をかなぐり捨てて暴力に及ぶ輩もいる。この24年間生き抜いたのは、飛んでくる攻撃の予測がある程度でき、たくみにかわしてきたからではある。人と組織の抱える問題はイヤというほど味わい(?)つくしたという自負がある。
近年は、ますます物騒(「妻が、車に撥ねられる」を参照)である。あれとこれとには因果関係はないかもしれないが、闇討ちにも対応能力を発達しなければならないようでもあるので、いよいよたいへんである。
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/01/1.html
私は高校時代にラクビーを体験した。ラクビーでボールを抱えたら、ただやみくもに前に走るのでなく、場合によっては右に左にステップして敵のタックルをかわしたり、緩急を付けて敵を身近に誘ってハンドオフしたり、フェイントをかませて巧みに抵抗線を突破するのが常道である。私の半生は、ボールを抱えて走る日々だったような気がする。敵のフォーメイションを見切れなければゴールに向かって走れないのだ。組織を見切れなければ、システムは作れない。
体当たりで身についた組織論を少しでも体系化して、若い世代に伝えたい。
決意のスタートである。

琵琶

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久しぶりの学会発表-文字列類似度の汎用的尺度--感性的研究生活(2)

2005/03/31
久しぶりの学会発表-文字列類似度の汎用的尺度--感性的研究生活(2)

3月31日、久しぶりに学会発表を行った。今回は情報コミュニケーション学会第2回大会である。場所は千代田区駿河台の明治大学のリバティタワーであった。会場は見晴らしが良くて設備も申し分ないところである。会長の阪井和男教授からお誘いを受けて急遽発表することにした。もとより、自分の勉強のためと後進たちの発奮を促すためには自分の研究発表の数を増やすべきだと考えていたところなので、ありがたくお受けした。
http://www.sonoda-u.ac.jp/cis/
http://arch.cside.com/f-meidai.html
タイトルは「文字列類似度の汎用的尺度」とした。公正な情報コミュニケーションのためには、盗用を防ぐために公正な類似度測定が欠かせない。いろいろな分野で多様な尺度が用いられているがこれらの尺度を較定するためのグランドスケールがまだないことに私は剛を煮やしている。10年以上前から、警鐘をならして、小さなSH情報文化研究会等ではある種の計算方法を発表していた。今回は、日本では私の提案よりも後で使われるようになったLevenshteinの距離という尺度との違いを実例で示すことにした。以前の発表では、「前代未聞」の見解なので、多くの聴衆は同評価してよいかわからないようだった。
この「創造的提案への判断停止」という社会的心理現象は、一般に広く見られることであり、行政やビジネスの分野でも始終ぶつかるのである。しばしば、私たちの渾身の提案があっさりと補助金の審査で落ちるということがままあるのだが、多くの場合、審査員が評価不能だったということのようである。まぁ、独創的発案を評価できるほどの自信はなくとも評価不能なものを推奨するほど無能ではないという人はいる。それはそれでたいへん結構なことである。
今回は、一般に知られている「尺度(Levenshteinの距離)」と「私の尺度」の比較である。「尺度というものの有用性」については、Levenshteinの距離が曲がりなりにもいろいろな場面で使用されているのだから、説明が難しくない。聴衆が判断停止に陥る心配はない。比較してみれば、長所と短所は互いに明快である。用途によって使用に適する尺度が異なるのは認めても、グランドスケールとしては私の提案する尺度のほうがはるかにまさっている、と私は思う。
http://www.sciencehouse.jp/research/kenkyu.html
発表が進むにつれて、聴衆の顔が生き生きとしてくるのが見えた。私が話し始めるまでは、うつむき加減で堅い表情だった皆さんの顔が、納得と興味で上目遣いになりやや紅潮さえして見えてくる。発表者冥利というものがあるとすれば、こういうものだろう。
会場からは、私が発表したセッションの中では最多の3名の質問があった。質問とそれに対する私の回答の概略を示す。次のステップへの栄養となる良い質疑応答だった。

1-1)Aさんの質問
2つ質問します。
1つ目、「中国語と日本語などのような異なる言語間で比較は可能か」
2つ目。「韓国と日本では、語彙に類似性は少ないのに文法は似ている。文法の類似性は測れるか」
1-2)Aさんの質問に対する私の回答
1つ目について、アルファベットなどで、表音表記すればこの尺度が使用できるが、言語の類似性を見るためには、各民族ごとに歴史的な転音(日本の古代のoeが後のoとeに分化したり、pa->fa->haのような変化したりする。ラテン語のeが英語ではsに変化するなど)を経ているので、言語学的な類似性を測るとすれば、転音シソーラスを用意するなどの工夫が必要と思われます。この方面の研究を希望される方にはご協力します。
2つ目について、朝鮮半島と日本列島は、古代のある時期、朝鮮海峡をはさんで作られた海洋貿易国家(連合国家)を形成したと推定されます。この連合国家の支配階級は、もともと朝鮮半島にした先住民族(先韓民族)と日本列島にいた先住民族(縄文人)を征服して国家連合を形成した異民族であったと推定されます。支配者となった民族の文法は半島と列島にそれぞれ引き継がれ、語彙は半島と列島それぞれの被征服民族(先韓民族と縄文人)のものが使用されるようになったと言う事情を考慮すれば、文法は似ていて語彙が異なるという事実をよく説明します。私の尺度は文字面の類似性に着目しているので、文法の類似性を図ることができません。出来るのはいわば語彙の類似性または独立性を測るだけです。A先生にアイディアがありましたら、この方面にも研究を広げたいと思います。

2-1)Bさんの質問
「ホームページのスクリーニングやスパムの防御には使えないか」
2-2)Bさんの質問にたいする回答
よく考えたことはありませんので、断定はできませんが、発信人のアドレスやドメイン名がいろいろに変えられていても、文面はほとんど同じものがありますから、これを検出する可能性はあります。よく考えてみたいと思います。

3-1)Cさんの質問
「スピードはどうでしょうか」
3-2)Cさんの質問にたいする回答
現在は手計算ですから、トテモ遅いです。(爆笑) プログラム化して速くなるかといえば、それでも遅いでしょう。(笑) テキストサーチの高速アルゴリズムはいろいろな提案があり、かなり速いものがありますが、荒くても速く一致する文字列(100%類似の文字列だけ)を見つけるというような、いわば近似解を求めるのがこの研究の目的ではありません。100%未満のわずかな類似性までをも含めて数値化して計測値を一意に導くような、社会的コンセンサスが取れる「グランドスケール」を確立することを目的にしていますので処理速度は目的ではありません。

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琵琶

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