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人望は必要か--社長の条件(5)

2005/07/03
人望は必要か--社長の条件(5)

12. 人望なくしては社長の職はない
今回は、「人望」についてである。一般に「人望」なくしては社長の職はない。人望のない社長は経営を危うくするのは、眼に見えている。
人望のない人が人の関心を集めるために良くやるのは、現金などでの買収、物やサービスのばら撒き、ありそうにない対価をチラつかせる、飲み会を自腹でせっせと開くことなどだろうか。これらが成功するとしても、一時的なもので、とうてい「人望を集めた」と呼べるものではない。手元の資金が尽きれば、飲み会さえ開けなくなる。勢い裏金つくりに走って、背任ゆえに解雇または逮捕となってしまう。
「人望」の拠って来たるところはどこにあるのだろうか。金と権力は「人望」ではない。
本人が次のような諸点で優れていなければ「人望」を得ないだろうと私には思われる。
 ・個人的技能
 ・自己犠牲
 ・先見性
 ・信頼性
 ・活動目的
 ・その他
その他の中には、人格の高潔さ・教養の高さ・礼節の正しさ・・・のような言わずもがなの条件もあるだろう。
(1)人格の高潔さ・教養の高さ・礼節の正しさ、その他
言わずもがなであるが、礼節の正しさがなければ、人は信頼を寄せてはくれない。いかにも教養の乏しい人物に耳を傾ける人は少ない。利己的目的を後にして組織の利益を優先し、卑しき人物を近づけない人格高潔ならざる人でなければ、人は安心して身を寄せることはない。
人品卑しからず、は「人望」の絶対的前提条件である。
(2)公益に資する活動目的
社会貢献の志を高らかに宣言し、実践することである。
企業は、メタ組織(上部団体や国家組織など)に守られて、安全と営業の自由を得ている。私利私欲に眼が眩んで、社会の利益につながらないことを行えば、メタ組織(上部団体や国家組織など)が、すぐに直接規制や捜査に乗り出さないまでも、その企業に対してあえて安全と営業の自由を守る気にはならないでしょう。メタ組織から見離された企業は、保護される企業との競争に敗れて、市場から退場する運命にあるのである。
企業は、そのメタ組織に取り込まれているだけではない。納品先、下請け・外注・協力会社などの、WIN-WIN関係で結ばれた巨大なネットワークの中に存在している。これをバリューネットワークと言う。バリューネットワークの秩序を乱すものは、ここから排除される。
通常企業の経営者は、メタ組織やバリューネットワークの利益に資することによって、公益に貢献している。この状態で利益を得られる企業は幸せである。
しかし、メタ組織やバリューネットワークの利益に貢献することが公益や自社の利益に反する事態となった場合には、公益を優先し別のメタ組織やバリューネットワークを作り上げたり、選んだりしなければ成らない。あらたなメタ組織やバリューネットワークの中で、公益に資することによって自社の利益も得る仕組みが必要である。これはイノベーションである。このときも、公益に反したり、公益にはつながらない行動をとれば、存在は否定されるか、そこまで過激に対応されなくとも無視されて、競争に敗れてゆく。
(3)「裏切らない、一人占めにしない、確かに社会に貢献する」信頼性
「裏切らない、一人占めにしない、確かに社会に貢献する」が必要である。言動にウラ・オモテがあり口先だけの「社会貢献」であったり、誘いは甘く後に人を裏切る性向があったり、利益や権限をいつの間にか独り占めしているような人物は信頼が寄せられない。裏切って独り占めして社会貢献するかのようなウソを平然とつくような人物は「人望」からは遠いだろう。
約束は裏切らない、利益や権限はいつも折半し一人占めにしない、確かに社会に貢献する人が信頼され、「人望」を得ることが出来る。
「社会性の獲得」とは、主として、これら「裏切らない、一人占めにしない、確かに社会に貢献する」の資質のことである。現代の若者は、不幸にして学校教育では「社会性の獲得」から排除されて育っている。したがって、自分の居場所を侵しそうな異質な存在は排除しようとする(いじめ)、社会に出てゆく意欲がわかない(ニート)、などの現象が生まれている。異質な人物も一定の組織の中の役割の一つに配置するという知恵がわかないのである。また、信頼の原則という経験がないので、他人も社会を成り立たせている以上は「裏切らない、一人占めにしない、確かに社会に貢献する」という資質を持っているという確信がもてないために、社会に出てゆけないのである。まことに、おかしくも悲しい若者の現実である。
これらの悲しい若者を乗り越えて、「裏切らない、一人占めにしない、確かに社会に貢献する」人だけが信頼を得て人望を得るのである。
(4)「周囲とともに享受される予見」先見性
予見したことが誰よりもよく的中し、周囲の人々に利益をもたらしたり、災いをよく回避しえたという実績が大切である。実績が積み上げられていない限り、口先男として、軽んじられるに違いない。予見しても、その利益を人に分け与えない者は、周囲の人からは「すばらしい」とは言われない。単にずるい奴と思われるだけである。予見は、その利益を周囲の人々に分け与えて始めて「先見性」という評価になる。
それでは、その予見の能力はどこから来るのであろうか。
 ・歴史に関する知識
地球史、生物史、人類史が必要である。日本人であれば、モンゴロイドの歴史も視野になければならない。日本の古代史はモンゴロイドの歴史の一部である。世界史時代以降は、国際的分業と協業の歴史、国際政治史と国際経済史、近代日本の社会史、近代日本の経済史と政治史、技術史などである。
歴史を知っているということは、年表を丸暗記していることではない。歴史の事実の中から、どれだけ多くの法則を取り出すことが出来ているかである。法則を理解できれば、現在から未来につながる事象にその法則を当てはめれば、未来が予測できるのである。
・地上社会の現在に関する知識
現在の政治・経済・社会・各種の組織・技術・資源・教育・・・、これらを世界地図にマッピングして理解していることが大切である。
これらは、日々変化する。絶え間なく学ばなければ遅れをとる。遅れれば、予見は不可能である。
今を知り、過去を知れば、未来が分かる。歴史の法則が大半を教えてくれる。過去の権威や知識にとらわれているものは、予見において失敗する。今を知らなければ未来は語れない。
・先天性もある
歴史を学び、現在を学んでもなお予見とは程遠いヒトも多い。予見にはいくつもの戦略やノウハウがあるが、結局のところ先天的能力が左右する部分もある。どんなに歴史に詳しくて、博識であっても、まったく予見能力を持たないヒトはいるものである。学者といわれるヒトに多いように感ずるのは偏見だろうか。言葉を選ばすに言えば、学者といわれるヒトたちは、狭い分野だけを学んでその他の知識を蔑視し、今を学ばずに過去のフレームにとらわれている、ように感ずる。人類史の進むべき世界について予見しうる先天的能力がそもそも欠けているのではないかと思うことがしばしばである。そうでないヒトもたまにはいるが、わずかである。
企業人には、先天的能力が磨かれているヒトが多いように感ずる。動物的勘が優れている、などと称される人々である。その「動物的勘」は必要である。
(5)「自分の出すものは人よりも多く、得るものは皆と同じに」自己犠牲
仲間のためには身を捨てて、がんばる気力と体力である。犠牲は率先して引き受け、得られた成果は皆と平等に分ける心意気が必要である。自分が犠牲を払ったのだから自分が成果をたくさん取るという考えは、「人望」とは無縁だ。「勝手にしたら」といわれるだけである。「自分の出すものは人よりも多く、得るものは皆と同じに」が人の支持を獲得する大原則である。逆=「人と同じだけ出して、得るものは皆よりも多く」は仲間はずれになるに過ぎない。
「自分の出すものは人よりも多く、得るものは皆と同じに」という精神で活動を貫く人だけが「人望」を得るだろう。別の言葉で言えば、自己犠牲の精神である。自己犠牲とは、他人にやらせない、のではない。他人にもやらせるが、自分はもっとたくさんやるということである。他人にやらせないのは、単に意地悪である。
(6)「顧客や仲間を満足させられる能力」個人的技能
困難な仕事をだれよりも手際よく完成して、結果を待つ顧客や仲間を満足させられる能力である。誤解のないように強調するが、他人には用のない技能をいくら持っていても重く見られない。顧客や仲間を満足させられる能力である。このことは、一朝一石には実現できない。日々のことに学び、原理を学習し、自己訓練し、深く考えなくとも体が成功のための活動をしてくれるようにしなければならないのである。
日々のことに学び、原理を学習し、自己訓練を絶やさないようにして、他人に役立つ技能をいつでも何なく発揮できることが「人望」の基となる。日々研鑽しないものは、嫌われる。他人の役に立たない趣味の技能を向上させても信頼は得られない。
他人の役に立つ技能を日々研鑽するものは「人望」に恵まれるに違いない。

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実は、2005年07月02日、関西の大学に所属する自称20歳男性の人から、コメントの形でこのブログに対する質問があった。
「3つまたは5つの戦略--社長の条件(4)」
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/03/354_39eb.html
についてのコメント
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はじめまして。僕は、関西の私立大学に通っている二十歳の男です。大学では、情報系(コンピュータ)を専門に、勉強しています。僕は将来会社を起こしたいのですが、社長になるためにはやはり人望というか、人に好かれるセンスがないとだめなのでしょうか。僕は、大学にあまり友人がいません。というのは、僕の内向的な性格が他の人との距離を遠くしているからです。それと僕はよく人になめられてしまいます。同世代の人達に、何故か下に見られてしまうのです。僕のような人間が将来社長になろうと思ったら、この点を改善するためにどのような努力をすればいいのですか?
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質問の趣旨は「人望を身に着けるにはどうしたらよいか」と言う内容である。
以下は、ご本人に宛てた私のご返事である。
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「20歳男性」様

コメントをいただき、ありがとうございました。

「将来会社を起こ」すことを目指しているとのことですが、何のために会社を興すのでしょうか。
個人の生活のためであれば、サラリーマンが一番です。会社の経営は甘くはありません。財産を失い、家族を失った「元起業家」のほうが、現職の会社経営者よりもはるかにたくさんいるという現実を見つめてください。会社経営は厳しくて辛くて、自己犠牲が激しくて、社会貢献の喜び以外の報酬は少ないのです。
社会的な事業を起こすことによって社会に貢献したいのであれば、同じ志の会社を探すことが先決です。どうしても同じ志の会社が見つからないのであれば、社会貢献の志を高らかに宣言して、同志を募って会社を始めるべきでしょう。とすれば、君が、人から「裏切らない、一人占めにしない、確かに社会に貢献する」という信頼を集めていない限り誰もついてこないでしょう。
・私利私欲で会社を作ってはいけないのか。
法律はこれを許しています。しかし、社会に貢献しない企業を社会が支援してくれる保証はありません。社会の支持がなければ、企業の存続は困難です。良くても無視されることによって、やがて葬り去られます。
・人望なくして会社を作ってはいけないのか。
作ることは出来ますが、同志の結集、お客様や仕入先の確保が出来なければ、経営は出来ません。たちまち、倒産してしまうでしょう。

さて、その「人望」はどこから来るのでしょうか。
・先見性
予見したことが誰よりもよく的中し、周囲の人々に利益をもたらしたり、災いをよく回避しえたというこれまでの実績がある、ということとほとんど同義です。実績が積み上げられていない限り、口先男として、軽んじられてしまいます。
・個人的技能
困難な仕事をだれよりも手際よく完成して、結果を待つ顧客や仲間を満足させられる能力です。他人には用のない技能をいくら持っていても重く見られません。
・自己犠牲
仲間のためには身を捨てて、がんばる気力と体力です。犠牲は率先して引き受け、得られた成果は皆と平等に分ける心意気です。自分が犠牲を払ったのだから自分が成果をたくさん取るという考えは、「人望」とは無縁です。「勝手にしたら」といわれるだけです。「自分の出すものは人よりも多く、得るものは皆と同じに」が人の支持を獲得する大原則です。逆=「人と同じだけ出して、得るものは皆よりも多く」は仲間はずれになりますね。
・その他

先見性、個人的技能、自己犠牲、、、を身に着けるのはどうすべきでしょうか。
・個人的技能は、努力しだいで身に着けることが可能でしょう。これからの自己研鑽次第です。
・自己犠牲の能力は、考え方の問題ですから、イヤならば、社長に向いていませんので、あきらめてください。
・先見性は、努力も必要ですが、もって生まれたものが左右します。自分に先見性が備わっているならば、ますます磨きをかけることをお勧めしますが、他人に比べて抜きんでたものがないならば、社長には向きませんね。

さて、冷たいことを申しましたが、君の場合は、まずは人になれて、交流を盛んにして、辛いことも悔しいこともたくさん体験することが何よりもたいせつでしょう。人の心の美しい部分も、どろどろとした悪しき部分も即座に見抜けるようにならなければなりません。
体当たりで友達と付き合うことが出来るようになることが一番大切です。これからの人生で、どんな職業と家庭を選ぶにしても、人とがっちり組んでゆく経験と自信を身に着けてください。クラブ活動やボランティア活動には積極的に参加していますか。明るい職場のアルバイトなども社交性を鍛えてくれます。一歩前へ、今よりは少しばかり前向きにと、日々努力してみてください。やってみれば、未来が見えてきます。

社長になるかならないかは、人の一生にとってそれほどの大事ではありません。
仕事で仲間に信頼されて、よい家庭にも恵まれることが幸せの大きな条件だと思います。

参考になりましたら幸いです。
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http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/07/6_b544.html
▽前の記事: 社長の条件(4)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/03/354_39eb.html

琵琶

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