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個性と社会性--心理、教育、社会性の発達(5)

2005/08/29
個性と社会性--心理、教育、社会性の発達(5)

「社会性」と「個性」と言うものは、しばしば二律背反する概念のように考えられてきたのではないだろうか。個性のある者は社会性に欠如し、社会性の発達している者は没個性であるという具合である。
しかし、これは本当だろうか。
私たちが直面している日本の社会的現象は、そのように単純なものでないように感じられる。社会性に富んだ人物ほど個性的であることにいつも驚かされる。広範な知識を持って人格円満な方ほど、他人の追随することのできない技芸に通じていたり、クラシック音楽や文人画に明るい一面を盛っていたりする。高尚な趣味と言うわけではないが、ひとかどの人物といわれる人はその道で突出してすぐれた能力を発揮している。一つでよいが、何かすぐれた点がなければ、社会はその人を受け入れないのではないだろうか。社会性を獲得するとは、とりもなおさず、身近な社会的集団(身近な組織)がその人格を受け入れるということによって磨かれて鍛えられ、そして、ついには証明されるものである。
一方、身近な社会的集団(身近な組織)にすでに存在するすべての個性を上回る能力を満遍なく持っている若者がやってきたら、どうだろう。その集団は果たしてその若者を受け入れるだろうか。きっと反発し、いやな奴が来たとばかりに仲間に入れることを嫌うに違いない。どんぐりの背比べの仲良し少年草野球チームに、プロの養成を目指す野球教室の優等生が突然やってきたようなものである。少なくともひと悶着は避けられない。それまでの組織のリーダと陰に陽に一戦交えるか平和的交代を模索する必要がある。それまでのリーダよりもぬきん出てすぐれていれば、平和的交代が可能であるが、大差がなければひと悶着が起こる。これを女性の地位向上に生涯をかけた市川房江女史は「出る杭はうたれるが、出すぎた杭は打たれない」と表現した。新たに参入する若者がそれほどはすぐれてはいないが、その少年が持ち合わせている一つ二つの個性と才能が既存の集団の中でバッティングしそうなライバルとなりそうな同等の人物がいたらどうだろう。よほど、うまくそのライバルと仲良くなる以外にその集団の中に溶け込むのは難しい。いずれにしても、少年たちにとって、組織に馴染むためには、ひと悶着が避けられない。これを切り抜けてこそ、社会性を獲得するのである。これは、どうやら、少年たちに鮮烈な体験を強いる発達のためのイベントらしい。私もその体験をしてきたが、多くの大人の男性にとってもそうだったに違いない。「青春時代が夢なんて あとからほのぼの想うもの 青春時代の真ん中は 胸に 刺 ( とげ ) さすことばかり」というフォークソングがあったが、「胸に 刺 ( とげ ) さすこと」の大半は、仲間と親密になりたいと思えば対立し激しく争わなければならないことだったのではないだろうか。たまたま、その少年のもつ才能が既存の集団の中でバッティングしないし、必要としているものであれば、集団は「面白い」とか「役に立つぞ」とか言って、難なく、受け入れるに違いない。しかし、集団の規模が大きくなるとどうなるだろうか。衝突する個性が多くなり、トラブルは避けられなくなる。少年たちはそのトラブルに正面から立ち向かい、解決のためにいろいろな知恵を絞り、切り抜けてゆくのである。こうして、少年は周囲の空気が読めるようになり、社会性を獲得してゆくのである。
それでは、個性を持たない少年は、どうなるのだろうか。周囲の大人が、上手に(選択的に善良な少年の集団に)誘導しない限り少年たちの集団に「役立つ人」でも「面白い奴」でもないので、仲間に誘われることはない。少年は集団に入ってその中で社会性を磨くのである。まだ集団に入る前にはも社会性を獲得していないので、進んで仲間に入ることができない。大人たちの誘導で一度は仲間に入っても、個性のない子はやがて集団から脱落してしまう。集団に入れば、その集団の中での役割を求められる。多くの場合は、他のメンバーが持っていない何かの力を発揮しなければならないのである。個性が求められるのである。他のメンバーが持っていない何かの力を発揮したとき、初めてその少年はその集団の一員として公認されるのである。個性は集団参加への一歩をいざない、集団に参加することによって個性は育つのである。社会性の発達と個性の発達は表裏の関係である。
ここでは「少年」に限ってのべたが、少女たちの場合は、少年たちとはまた異なる複雑性を見せる。それは、別の機会に述べたい。少女たちは、少年よりも早く個性を獲得し、このことが集団への参加の仕方をより複雑にしているように見られる。
そこで、大人たちは悪意ある集団(たとえばいじめの獲物を虎視眈々と狙う陰湿ないじめ集団、万引きや親父狩りの犯罪集団など)を敢然として排斥し、善良な集団にわが子や教え子を上手に誘導し仲間にしてもらおうと腐心するのである。これは大変に手間のかかる仕事である。昔の親は、「すいませんね。うちの子をお仲間にしてあげてください」と近所の子供たちとその親たちに頭を下げて歩いたものである。この仕事の多くは、良し悪しは別として、かつては家庭にいる母親の仕事だった。教師も教室の子供たちの(休み時間の)行動を観察して、善良な小集団をうまく育てることに心を砕いてくださったものである。現代の親は、両親ともに忙しい。今は、「すいませんね。うちの子をお仲間にしてあげてくださいね」と言って歩く親はほとんどいないのである。教師も善良な小集団をうまく育てるなどと言うことは、指導要領には書かれていないし、大学の教職でも教えられてはいない。まして、休み時間に子供たちを観察するなんていうのは劣悪労働以外の何者でもないではないか、教師だって休憩したいと思ってしまうのである。それに、多くの教師にとっては自身の体験にもないことなのである。特に女性教師は幼年少女青年期を女性差別の時代に育てられているので、不幸なことに「社会性の育成」の対象外におかれてきたのである。男性教師よりは大きなハンディを負わされている。
忘れてはならないことは、少年や少女は、社会性を獲得するために個性を育ててゆく。それぞれの個性を育てるために、仲間を集うのである。

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ところで、この「鐘の声」ブログから、特定のテーマのものを抜粋して、「特集」が作られている。私の会社のスタッフが作ってくれたものである。
http://www.sciencehouse.jp/company/presblog.html
この中には、「社長の条件」「妻が車に撥ねられる」があったが、最近「心理、教育、社会性の発達」が加わったようだ。
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特集1 社長の条件
http://www.sciencehouse.jp/materials/blog2.pdf
次期社長候補に期待する社長の独白がこれであり、いくつかの記事は2005年の早い時期に執筆された。執筆してブログに掲載されるとたちまち評判になった。いまも書き続けられている。

特集2 妻が車に撥ねられる
http://www.sciencehouse.jp/materials/blog1.pdf
事故の瞬間から、生死をさ迷う奥さんに付き添い、ありとあらゆる交渉ごとをこなした社長の、ある意味で男としての生き様の記録である。

特集3 心理、教育、社会性の発達
http://www.sciencehouse.jp/materials/blog3.pdf
この記事が記載され始めると、社長の個人ブログ「鐘の声」は、数千の「祇園精舎」ブログをものともせずに、googleのトップページに登場した。
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ブログ「鐘の声」の「心理、教育、社会性の発達」が、評判になったからという理由らしい。なんだかこそばゆいが、大学教育ばかりではなく、社員教育にも直結するので、まぁいいかな、と思っている。

◎2009/02.15 注記◎
その後、別サイトに「鐘の声 ブログ」を整理するページが出現したので、「特集」は取りやめになった。データは残っているようだが更新されていない。
「特集」のページに当たるものは、次のタイトルで公開されている。
 個人ブログの紹介
http://heartland.geocities.jp/mori_biwa/my_blog/my_blog.htm
「特集1」「特集2」「特集3」に当たるのは、次のページである。
個人ブログ: 「社長の条件」シリーズ
http://heartland.geocities.jp/mori_biwa/my_blog/my_blog_shya01.htm
個人ブログ: 「妻が、車に撥ねられる」シリーズ
http://heartland.geocities.jp/mori_biwa/my_blog/my_blog_tsuma01.htm
個人ブログ: 「心理、教育、社会性の発達」シリーズ
http://heartland.geocities.jp/mori_biwa/my_blog/my_blog_shin01.htm

△次の記事: 心理、教育、社会性の発達(6)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/09/6_9cb7.html
▽前の記事: 心理、教育、社会性の発達(4)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/08/4_7ce2.html

琵琶

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(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  心理、教育、社会性の発達シリーズの記事一覧 (GO!)
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  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

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