迷い犬の飼い主親子たちが尋ねて来た--我が家の愛犬様(6)
2005/09/24
迷い犬の飼い主親子たちが尋ねて来た--我が家の愛犬様(6)
昼ころ、ドアの外で声がした。我が家の愛犬様は、たまたまお昼寝のために玄関の中にいた。玄関の中から愛犬様は激しくほえる。玄関のドアを開けるとわが家の愛犬様が外に飛び出すだろうという状況である。おおあわてで、愛犬様を引き綱につないで、ドアをそっと開けてみる。男の子が二人とそのお母さんらしい女性が、なにやら大きな荷物を持って外に待っていた。子供たちはそれぞれ小学生と中学生のようだった。二人の子供たちは、頭をぺこり、ぺこりと下げて「ありがとうございます」と言った。犬は連れていないが、飼い主の親子に違いはないだろう。奥さんは「ありがとうございました。マ○○○です。もらって1か月半だったんです。朝の8時5分くらいに、小学校の裏手の倉庫のそばまで犬を連れてでると倉庫で作業している先生方らしい人がいました。迷惑がかからないように抱き上げていると、倉庫の扉がバッターンと大きな音を立てて閉まったんです。あの子はその音にびっくりして、腕から飛び降りて走って行ってしまったんです。たまたま、私は足が痛くて走れなくて捕まえられませんでした。こんなところまで走ってきたんですね」と言う。「ええ、我が家で見つかったときは8時過ぎでしたから、その後すぐだったんでね」と私は予想(もしかすると前の晩からいたのか)に反していたので少し驚いて答えた。
それにしても、あのワンちゃんが私をぐいぐいと引っ張って向かった方向とはずいぶんな方向違いである。と言うことは、ワンちゃんは、新しい飼い主さんの下ではなくて、元の飼い主さんの自宅に帰りたかったのであろう。豆柴犬は飼ったことがないが、柴犬はかつて飼ったことがある。現在の我が家の愛犬様よりはやや控え目だが、喧嘩上手で周囲の大きな犬にも負けたことはなかった。帰巣本能はきわめて強い。和犬に共通して、「主人は生涯一人しか持たない」といわれるくらい、最初の主人に執着する。もらわれた先の主人には洋犬のようにすぐになついたりはしないのである。聞いてみれば、いろいろと事情が判明してくるものである。
もらわれて1か月半、ワンちゃんはその間もずうっとさびしい思いをしていたのだろうなと思うと、不憫である。大きな音に驚いたときも、安心できる元のご主人の下に一目散で走ってゆきたかったのだろう。その途中、行き先に迷って、我が家に迷い込んだのだ。しかし、今の飼い主にそう説明するのは、気の毒に感じたので、このことについては何も言わなかった。
ひとまず、「ニセの飼い主かも知れない」などと疑ったことを反省した。息子たちのはしゃぎようを見れば、ニセの飼い主ではないことがわかるというものである。
そうこうしているうちに、我が家の愛犬様は、珍しい客に激しく挑みかかるようにほえていたかと思うと、体を激しくくねらせて、首輪を見事に抜いてしまった。とりあえず庭中を一回駆け抜けると、玄関先に戻ってきて、お客さんたち(飼い主の親子たち)を玄関の私と挟み撃ちにする位置で、激しく吠え立てる。猟犬が獲物をご主人様の方向に追い立てる行動である。こうなっては大変。息子も家内も飛び出してきた。息子は、鎖をもって愛犬様を追いかけ始める。家内は、一度様子をうかがってから、家の中に戻って、乗用車の鍵を持ってきた。なかなか機転が利いている。実は、我が家の愛犬様は、車に乗るのが大好きなのだ。牝犬を追いかけて家出をしてしまったときも、車で追いかけて、お目当ての牝犬の家の前に行くと、車に飛び乗ってくる。お気に入りの牝犬の前では、主人である私の制止も聞かずに、引き綱を振りきって牝犬に突進してゆくのが常なのだが、車が来るとそれほど好きな牝犬さえ見捨てて、車に乗ってしまうのである。これを思い出した家内が、車の座席を捕獲用のワナに仕立てたのた。案の定、車にドアを開けて家内が呼ぶと、息子に追われてかなり遠くまで行っていた愛犬様が猛スピードで車のある位置に駆け寄ると躊躇なく座席に飛び乗った。車のドアを閉めて、家内が私を呼ぶ。家内は勝ち誇った顔だ。
困ったことに、この騒ぎで飼い主たちとの会話は中断されてしまった。ともかくも、と、大きな梨の実の一袋とコージーコーナーの大きなお菓子の箱をいただいた。私は「ありがとう、ボクたち、ワンちゃんと仲良くして、大切にしてあげてね」と言うのが精一杯だった。親子たちは帰った。
これからが大変である。我が家の愛犬様は、不満を募らせている。せっかくいいことをしてあげようと、"獲物らしき"親子連れを追い込もうとしたのに、逆に自分が追い払われて、ことのついでに庭先を存分に走ろうと思ったら、計略にかかって、車の座席に押しこめられてしまった。一度は、私の誘導で車から降りて玄関先に向かうかに見えたが、不満を爆発させて、私の手を激しく咬むマネをして自由の身になると、また庭中を走り始めた。私の顔をちらちらと見ながら、隣家の庭もなんのその、休むということを知らないのかとあきれるくらいに何度も何度も走り抜けてゆく。舌の先からは彼の唾液が空を切って飛んでゆく。仕方がない、と私はまた車のドアを開ける。今度も近づいてきたが、中には入ろうとしない。もう、だまされないぞ、という態度だ。「分かったよ。お父さんも車に乗るから」と愛犬様に語りかけて私が手招きしながら運転席に乗り込む。愛犬様も私のひざの上を駆け抜けるように車に乗り込む。助手席が愛犬様の定位置である。私のズボンは泥で犬の足型がいくつもついた。息子も後ろの座席にあわてて乗り込んでくる。
まもなく、車は滑り出して、周囲の散歩道をゆるゆると走る。愛犬様は、ご満悦だ。車の疾走感はたまらない。眼はランラン、息は荒く、前足でフロントの小荷物入れの辺りをがりがりとやってみて、左のガラスの隙間から外のにおいをかいでは、長くたらした舌を左右にゆらゆらと揺らせる。明らかに興奮状態である。
周囲を一周してまた自宅に近づくと、私が「おうち、に帰るよ」と言う。愛犬様は、いつものように、耳を半分私のその声に向けると、座席の中央に戻って、興奮をやや抑えるのである。これでエキサイティングなお楽しみは終わりなんだと彼は納得するのである。
自宅に帰って、首輪が抜けてしまったときの引き綱を見ると、なんと首輪につながる金具の部分が壊れていた。金具が割れていたのである。新しい引き綱を買ってくるしかないだろう。体を激しくくねらせたと見えたとき、金具は彼の硬い牙によって破壊されていたのだ。なんという乱暴な奴なのだろうと、改めてあきれてしまった。
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琵琶
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