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損をしない価格破壊者になれ--社長の条件(15)

2005/11/28
損をしない価格破壊者になれ--社長の条件(15)

私は、次記事で、提供する技術と「安全、安心、安価」を取り上げた。
高度な技術と"安^3(アンスリー)"--社長の条件(9)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/09/93_51e8.html
また、次の記事では、直接収入にならないことも、将来をにらんで社長たるものは心がけなければならないと説いた。
無駄なことにも価値がある--社長の条件(10)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/10/10_45df.html
これだけ読むと、「要するに、利益を度返しすればいいのか」と勘違いしかねないので、改めて、述べよう。

1.ソフトハウスやシステムハウスは、「サービス産業」
まず、ソフトハウスやシステムハウスは、業種で言えば、「サービス産業」に分類されているということを深く考えてみる必要がある。これに違和感を感ずるとすれば、まだ君は当社のようなシステムハウスの社長にはなれない。われわれは、プログラムやマシンを顧客に提供しているように見えるかも知れないが、顧客はプログラムやマシンがほしいわけではない。プログラムやマシンを導入することによって生まれる「効果」がほしいのである。われわれに顧客が求めているのは、システムを導入することによって目的とする効果が上がるような「効果」というサービスがほしいのである。われわれは、顧客の求める効果を挙げるために知恵と労働を提供する。提供するサービスの中にプログラムやマシンがある場合もあるに過ぎない。顧客はそのサービスによって目的の「効果」が上がれば喜んで代金も払うが、効果がなければ、契約書があっても支払いたくないものである。
プログラムやマシンで効果が上げられる場合はラッキーだが、プログラムやマシンでは目的の効果が挙げられないこともある。このようなときには、システム開発の中止を提言して、取りやめるほうがよいサービスの提供になる場合さえあるのである。
ここで、考えるべきことは、同じ効果があがるのであれば、新しくプログラムを書くことも、出来合いのツールを利用するのも、顧客にとっては同じことである。コストとパフォーマンスを天秤にかけて、よいほうを選べばよいのである。顧客がその判断をすることもあるが、顧客には直面する特定分野の経験がない場合も多いし、出来合いのツールの存在を知らない場合もままある。
ところで、顧客が出来合いのツールの存在を知らないことをいいことに、新規制作の契約を取り付けて高い対価をとるシステムハウスも、確かに存在する。そんな会社をうらやましがっているようでは当社の社長は務まらない。顧客をだましてお金を得ても、いい思いをするのは一時のことに過ぎない。そんな会社は、いずれ、そのまやかしがばれて、信用を失って、破綻の危機に瀕することになる。今年の夏ごろから、われわれの前に現れた某M社(ソフトハウス)の苦悶の様子がそれだ。もって他山の石とすべしである。
かれらは「最小コストの最大効果」を提供していないのである。

2.仕事のタネを減らしてゆくシステムハウスはよいシステムハウス
来年の仕事のタネを今年完成してしまえば来年の仕事がなくなると心配するようでは、それは経験が足りない。システム制作とは社会組織におけるコミュニケーション・ルールを固定化して利便化するものである。社会は日々変化し、昨年通用したルールは、今年8割りしか通用しない。8割りも残っていると勘違いするなかれ。3年たてば、半減しているのである。企業も研究所も行政もNPOも市民社会もこのゆっくりとした、しかし、避けようもない変化というものからまぬかれる者はいない。既存のシステムとは、この8割のうちの2割くらいにしか対応できないのである。残りは、システム化しないか、新しい工夫によって創造するものである。
出来合いのシステムを、もう一度作っても顧客はお金を払いたくない。それは当たり前というべきである。出来合いのシステムに譲れるものはすべて譲って、未知のシステムの創造に徹することがわがシステム・ビジネスの王道である。われわれは、常に、新たに必要性が生まれた社会組織のルールをシステム化する、それは、次の年には、もう作る必要のないシステムである。われわれは、われわれの仕事を減らす方向に仕事する宿命にあるのである。しかし、減らしても減らしても、時の変化はとまらない。新しく必要とされるルールは次々に生まれる。新しい創造のタネ、すなわちビジネスのタネは尽きない。よりよくわれわれの仕事を減らすシステムハウスがよいシステムハウスである。よりよくわれわれの仕事を減らすシステムハウスが顧客の信頼を得るのである。
ならば、われわれこそ、ビジネスのタネを一番よく減らすシステムハウスとなって見せよう。それが、われわれの心意気というものだ。

3.出来合いのシステムのよしあし
出来合いのシステムには、でき不出来がある。しかし、数千以上のユーザがいれば、たいていよいシステムである。利用される価値があり、バグが発見され修正されている可能性も高い。数社~数百社のユーザしか使用していないものは、玉石混交である。将来玉になるものも、石のまま消えてゆく運命のものもある。将来玉になるものをいち早く見つけて取り入れれば、顧客に対してコストを下げてサービスを高度化できるので、これほどよいことはない。

4.フリーウエア、コンソーシアム
最近では、無料で使用できるシステムが出回っている。20年前までは、無料のものといえば、試作品に過ぎず、ビジネス用途には使えないというのが相場だった。しかし、現在は様子が違う。インターネット社会になって、技術者のネットを介した交流と情報交換はこの様子を一変させた。コンソーシアムが作られ、社会基盤となりそうなシステムはボランティアが力をあわせて制作に当たるようになったのである。数千人のウデ自慢がよってたかってシステムの改善に取り組むのである。米国の某パソコンOSメーカでさえかなわないパワーが発揮される。
無料のシステムがすべてよいわけではない。実績のある数千人を超えるコンソーシアムが支えるシステムは、十分に利用検討の価値のあるものが多い。これを使わない手はない。
これらを利用すれば、一から制作するよりも安全で安価、しかも、コンソーシアムはなかなかつぶれないから安全である。

5.過去の事例よりも安く、しかし、利益率は高く
こうしてみれば、「損をしない価格破壊」が十分できることがわかるだろう。過去の事例よりも安くできるのはお分かりだろう。優れもののフリーウエアを最大限活用するのである。過去の事例よりも安くできることを顧客が理解できれば、新規に作成する部分に多少余計にお金をかけてもよいと顧客は判断するに違いない。過去の事例よりも安く、しかし、利益率は高くなるに違いない。過去の事例よりも安くなるようにわれわれが知恵を働かせたにもかかわらず、新規作成の制作費を値切るような顧客は、もう近づかないことにしたほうがよい。
よい仕事をして、顧客に感謝されて、少しだけ「心づけ」を含む代金をいただく、これがシステム職人の喜びである。
リサーチの力に裏付けられた、積極的な価格破壊は顧客の信頼を得る。顧客の信頼と快い支払いを受けて、次の社長たちは、この乱世を疾駆せよ。後ろ向きになるな。常に新しい風を全身に受けて、走りぬけ。


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琵琶

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食は元気の元--オヤジと家族のお料理ライフ(4)

2005/11/28-2005/12/12
食は元気の元--オヤジと家族のお料理ライフ(4)

とりあえず老母は元気になった。無事お正月を迎えられる。ニューヨークに勤務している孫娘(私にとっては姪)がお正月には結婚予定の男性を連れてくるそうだ。老母はうれしくてたまらないという様子である。
さて、今週、母親に届けた料理は下記のとおりである。
--------------------------------------
[月曜日(11/28)]--担当、奥さんと私
・チーズ巻きブタニクのテンプラ--担当、奥さん
塩、コショウしたブタニクの薄切りを棒状に切ったチーズに巻きつけ、小麦粉を水で溶いて、まぶして油で揚げたもの。チーズも揚げてしまうと案外しつこくない。
・キノコいろいろの炒め物--担当、奥さん
熱いフライパンにバターを落としてやや溶けたところにニンニクのスライスを入れて、大きさをそろえたシメジ、エリンギ、シイタケなど、冷蔵庫にあるキノコ類をありったけ入れていためる。ショウユを加えて香りと味を調えて出来上がり。うまかった。
・サケの白子、天然ハマチ、バチマグロの酢ジメの盛り合わせ--担当、私
前の晩に仕込んだもの。刺身包丁で切りそろえたら、大葉の上に盛り付けて出来上がり。漬けダレに日本酒を入れすぎたらしくて、日本酒の味がした。「出がけに、一杯引っ掛けた」状態だったかも。C大学での共同研究の打ち合わせに出向いた。
[火曜日(11/29)]--担当、息子
・豚肉角煮
・サトイモの煮付け
いずも、本人が作りかけて、「失敗作だ」とのたもうて、料理を途中放棄、布団にもぐってふてくされてしまった。しかし、味をみると、これが結構おいしかった。ふてくされている息子に内緒で、老母にも届ける。老母からは、息子にうまいという言葉がかけられたに違いない。失ったかもしれない自信を十分に取り返せるはずだ。
[水曜日(11/30)]--お休み
配食センターからお弁当が届く日である。
翌日のために、私が、煮物を用意する。[木曜日(12/01)]の項目に書く。
[木曜日(12/01)]--担当、奥さんと私
・牛とブタのアイヒキとサトイモ、ダイコン、ニンジンなどの根ヤサイの煮物。--担当、私
ショウユ、ミリン、カツオダシで味付ける。
・ブタニクのユズ香り焼き--担当、奥さん
我が家の庭のユズの実の皮を摩り下ろして、身は絞る。千成ユズなので贅沢にたくさん使う。
ショウガ焼き用のブタの薄切りに摩り下ろしたユズの皮をまぶして、油、ショウユ、ミリンで焼く。焼き上がりにユズの絞り汁をかけて、完成。香り豊か。心も豊かに、いただく。
・カラーピーマンのキンピラ風--担当、奥さん
色とりどりのカラーピーマンをセンギリにして、油とミリン、ショウユで炒める。5分ほどふたを閉めて蒸しあげる。ショウユの香ばしい香りがいい。ピーマンを一気に加熱したときに出る甘みと、ほのかなビリカラ感と赤や黄色の色合いが食をそそる。味わいは甘みとフルーティさを増したキンピラというところ。
奥様愛用のレシピによればパプリカを使用することになっていたが、あいにく冷蔵庫にはなかった。旦那の勧めで買い置きのカラーピーマンで挑戦。ピーマンは生産者の努力で、近年ずいぶん甘くおいしくなった。パプリカよりもカラーピーマンで正解だったかもしれない。
[金曜日(12/02)]--担当、私
・ウマズラハギの煮付け
沸騰した湯にウマズラハギを入れ、沸騰寸前状態を保ちつつとろ火にしてショウユ、ミリン、スリオロシショウガ、で味を整える。最後にセンギリにしたネギを加えてにおいを消す。
・絹厚揚げ小ブロックの旨煮
小ブロックの絹厚揚げと鳥ササミのスライスに白菜とモヤシ、水で戻したコンブをセンギリにして合わせて、コンブを浸した水をそのまま加えて、カツオだし、ショウユ、スリオロシショウガ、ミリン、米黒酢を加える。とろ火で十分火が通ったら、カタクリ粉を少量加えて出来上がり。酸味が絹厚揚げにしみてうまい。
・ブタニクセンギリと切干大根のミソ風味羹(アツモノ)
あまりもののブタ薄切り肉をセンギリにして少量の水で水溶きし、昨夜から水に浸しておいた切干大根を加えて少ない水のまま加熱、ブタニクに火が通ったら、ミソとカツオだしを加えて相互の味を絡める。香り付けにショウユを少々とごま油を加えたら、水に溶いた大目のカタクリ粉を加えて、一気に加熱。器に盛ったら、電子レンジで加熱した万能ネギのキザミを散らす。ミソ味のプルプルの羹(アツモノ)に包まれた切干大根の歯ごたえとブタニクの味がなんとも心地よい。これも意外性のある一品。トッピングのネギは、ナマのままでもいいが、ちょっと辛めで口の中ではゴソゴソする。事前に電子レンジでかるく「加熱」すると、色鮮やかになって、味も甘みを増して辛味が抑えられる。口当たりも良くなるので、お勧めである。
私は、材料を見て料理する、レシピはめったに見ない。かっこよく言えば創作料理が多い。したがって、この記事にも「分量」についてはほとんど書いていない。いつも目分量なので、書くのが困難だからだ。息子と奥さんはレシピを丹念に見て作る。はかりを使って、利用する量を決める。したがって、息子や奥さんが料理すると、半端なブタニクや白菜の残りが冷蔵庫に頻繁に発生する。私は、それらのあまりものをありがたく使用する。
[土曜日(12/03)]--担当、私
・サンマのから揚げ
ナマのサンマを開いて背骨も取り除いたもの(最近はスーパーの鮮魚売り場で買うこともできる)に、コロモを付けて揚げる。コロモは薄力粉に塩とコショウを加えたもの。水は使わずに満遍なくまぶして、はじめはヌルメの油で揚げ、後で高温で揚げなおす。いわゆる二度揚げである。ソースをかけていただく。
・チリビーンズ
息子さんが、水に浸して、一度沸騰した大豆が、どんぶり一杯分そのままにしてあったので、有効利用した。大豆の半分くらいの水をナベに用意し、牛・ブタ合挽きを包丁でスライスするように軽く砕いて、ナベに入れ、水溶きしながら沸騰させる。ひき肉の色が変わったら、大豆を加え、かき混ぜながら、トマトピューレ小瓶の半分、トマトケチャップ大匙3倍、チリパウダー大匙4杯くらいを加える。20分ほどとろ火でかき混ぜながら煮る。ひたすらうまい。
・筋子のショウユ漬け
昨晩から、生筋子をショウユ、ミリン、酒に漬けて、冷蔵庫に入れておいた。塩抜きをかねて日本酒はたっぷり入れた。漬け汁から取り出して、食べやすい大きさに切って、小皿の上にレタスを敷き、その上の盛り付ける。日本酒と筋子は絶妙な相性である。濃厚な筋子の味が日本酒の透明感ある味わいの中にひろがっている。飲むは最適というよりも、食すれば飲まずにはいられない感じ。ショウユ漬けというよりも酒漬けに近い筋子にしたのである。美食家で酒豪の父親を持つ老母は酒量は極端に少ないが日本酒が嫌いではない。きっと、喜んだに違いない。
[日曜日(12/04)]--担当、私
・おでん
市販のおでんセットに、ダイコン、通常のチクワ、グチのチクワ、コンニャク、ヤマイモを加えて、カツオだし、ミリン、ショウユで薄味に仕上げる。寒い日には温まる。
・コマツナとアミのミゾレオヒタシ
茹でたコマツナを冷水で色止めして軽く絞って切り、皿に盛る。コマツナの上にたっぷりの大根オロシを乗せ、小型のエビアミ釜揚げを乗せて、さらに削り節を乗せる。ショウユを掛けていただく。
・焼きベーコン薄切り
ベーコンのブロックを電子レンジで加熱し、薄切りにして、レタスの葉に並べただけ。ナマのベーコンとは違って、口の中でトロリと溶ける感触がいい。
[月曜日(12/05)]--担当、奥さん
・豆腐のハンバーグ
木綿豆腐を電子レンジで3分加熱脱水する。豆腐、ひき肉、タマネギのみじん切り、ショウユ少々を混ぜ合わせてハンバーグの形を作る。生しいたけ人数分の二つ切りをバターで炒めて、取り除き、そのフライパンで、豆腐ハンバーグを焼く。焼きあがったものを皿にもって、別に取り寄せておいたしいたけのバター焼きを添えて食する。
・空也蒸し
豆腐を水切りして、二つ切りにして、茶碗蒸し用の器にもり、溶き卵、ダシ、ショウユ、しおを混ぜて、沸騰直前まで暖めながら釜混ぜる。汁に小さなあほがあがり始めたら、火からおろして、茶碗蒸し用の器にそっと注ぐ。大き目のなべに高さ3-4センチだけ水を入れて、器を並べ、ふたをして、軽く沸騰する状態で、12-15分。別に取り分けておいたダシにショウユとカタクリ粉少々加えて煮立てて、茶碗の具の上に流し込む。
やわらかくしておいしくて、ヘルシー。
実は、この日、私の当番だったが、データマイニングのお仕事が約束の時間に間に合わない危険が生じたので、急遽替わってもらった。奥さんは、鳥レバーのワイン蒸しも作ったのだが、老母が品数を減らしてくれというので、省いた。料理音痴で料理嫌いなのかと思っていたが、どっこい、どれもおいしい。茶碗蒸しと鳥レバーのワイン蒸しは絶品。
[火曜日(12/06)]--担当、息子
・タラのブイヤベース
タラの切り身、タマネギ、ジャガイモをニンニク、オリーブオイルで炒めて、ワインで煮る。塩コショウで味をつける。手の込んだ料理に挑戦した。ちょっと塩味が足りないかナ。本人は、大変に不満。しかし、オヤジは満足。老母も満足。
・バターライス
ブイヤベースに良く合う。少し残したバターライスに「タラのブイヤベース」を掛けてリゾット風にいただいた。これはうまい。
[水曜日(12/07)]--お休み
配食センターからお弁当が届く日である。
[木曜日(12/08)]--担当、奥さん
・プルコギ
タマネギ、ニンニク、ダイコンをすりおろしたものに、カルビ肉とニンジンのタンザクなどのヤサイを加えて、ショウユ味で炒めたもの。ヤサイたっぷりの味が口の中に広がり、肉がいくらでも食える感じである。
・柿とカブのからし風味サラダ
庭の柿の実が豊作、やや食べ飽きていたが、こうすると実にさっぱりとしておいしい。
・ハムピラフ
味は良かったが、牛乳の量が少々足りなかった。少し固めに仕上がってしまったので、老母には出さないことに。自分たちは食して満足。
[金曜日(12/09)]--担当、奥さんと私
・肉団子のシチュー--担当、奥さん
牛ひき肉にヤサイのミジン切りとご飯を混ぜて肉団子を作る。ニンジン、タマネギ、ブロッコリーを老母でも食べやすい大きさに切って加えて煮込む。小麦粉に同量のバターを加えてフライパンで溶かしたものを、おナベに加えてひと煮立ちしたら出来上がり。
・コマツナの納豆オヒタシ--担当、奥さん
コマツナのオヒタシに納豆を加えて、カツオブシを掛けたもの。ご飯が進む。
・マイタケのテンプラ--担当、私
新潟から特大のマイタケ(たぶんギネス級!!)が届いたので、老母と近隣に適度に小さく切り分けして配った。まだ人の頭より大きい塊が手元にある。テンプラにして、もう一度、老母と近隣に配ってしまったというもの。加工してあれば、それも消費できるというものだろう。
テンプラ粉をやや薄めに溶いて、オロシショウガと塩を加えて、コロモの材料にする。後は、マイタケをきれいに切り、ひたすら揚げた。
・マイタケと切干大根の佃煮風
先日の切干大根の残りを水に浸して戻し、3センチくらいに切って、大カブのマイタケを切り分けたときに生じた大量のマイタケのカケラを集めて煮る。スリオロシショウガ、カツオダシ、コンブだし、ミリン、ショウユ、サトウで煮込む。ハナガツオをたっぷり加えて、カタクリ粉でまとめる。佃煮風になる。マイタケのサクサ感と、切干大根の歯ごたえが絶妙なバランス。われながらうまくできた。甘辛の中に複雑なあじ。ご飯がおいしい。
[土曜日(12/10)]--担当、私
・カボチャとトリニクの煮物
トリモモ肉を2ミリくらいの輪切りにして、ナベにいれ、3-4センチくらいの少量の水で炊く。灰汁を除いて、カツオダシとミリンとショウユを加えて沸騰したところに冷凍カボチャを加えて、とろ火にする。ふつふつと泡が出る程度で10分ほど味をなじませる。こうすればカボチャが煮崩れない。冷凍カボチャは便利である。カシワをヤサイにあわせてミリンとショウユで煮るのはこの地方の伝統的ご馳走料理である。まず、味見した息子は、うまいよ、これ、おばあちゃん喜ぶよ、という。やった!
・シャケ入り、ポテトサラダ風
ジャガイモを湯でてから皮をむいてサイコロに切るのが正しい手順だが、ジャガイモが煮あがる時間を節約するために、先にジャガイモの皮をむいてサイコロにしてから、大き目のどんぶりに入れひたひたの水を加えて電子レンジの「煮物」で数分。時間を節約する私の裏技である。その間にシャケの切り身を焼いて、ほぐしてジャガイモのサイコロと一緒にボウルに加えて、塩、コショウマヨネーズで和える。貧乏時代に良く作った懐かしい料理である。うまくて、おなかの満足も十分である。
[日曜日(12/11)]--担当、奥さんと私
・牛肉薄切りの卵トジ--私
ネギと春菊を軽く炒めて、牛肉の薄切り、タレ、ミリン、ショウユを加えて、沸騰したところに溶き卵をかけて、ふたを閉じて火を止める。すき焼き風の牛肉の野菜煮込み。
・山掛け--奥さん
ヤマイモをすりつぶして、カツオダシにミリンとショウユで味を漬けたもの。
[月曜日(12/11)]--担当、私と奥さん
・海鮮ヨーグルトサラダ
ちぎったレタスにマグロ、イナダ、タコ、ダイコン、リンゴのサイコロ切りを加える。塩とコショーを加えたら、ヨーグルト500CCパックを1つ丸ごと加えて混ぜる。うまい。
・イワシのツミレとサツマアゲのおでん風
イワシのツミレとサツマアゲをおでん風の味付けて炊く。安心して食することができる昔風の味。
・アサリのリゾット--奥さん
トマト味、アサリはたっぷりである。うまい。
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家族と係累は元気が一番である。多少うるさくとも、安心だ。
月曜日、母親は、元気。我が家の窓が開いていないから、早くあけろ、なくなった父が大切にしていた「ぼたんの木」に霜よけをやってくれと、いろいろと注文がやってきた。まぁ、元気が一番だ。
火曜日、早朝、ふて寝していた息子を後に、外出したので、少々心配しながら帰宅したら、元気一杯。自分のつくった料理にその後手を加えたから、食べてくれと自慢げにいう。しかし、目を離しているうちに、暖めなおしていたナベは黒こげ。それでもめげない。昼間、祖母にきっとうんとほめられたのに違いない。
火曜日と木曜日、愛犬様の早朝散歩は奥さんが担当。しかし、2度とも、好きなメス犬様の家の近くで、騒いで動こうとしない、と「ヘルプ!」の携帯電話。2度とも、私が自宅からレスキューに車で駆けつける。木曜日の料理の時間は足りなくなったが、奥さんはがんばった。散歩と格闘で疲れたが、心地よい疲労感である。料理にも力が入る。
日曜日、夕刻、老母は私の息子(老母の孫)を連れて近くのスーパーに買い物へ行く。若者の足で10分ほどのところだが、老母が歩くと15分くらいかかる。食材を買い込んで、意欲満々らしい。夜、知合いの医師が実質的に取り仕切る統合医療の国際シンポジウムから帰宅すると、私宛にメモが届いていた。「現在、体重も34.7キロに回復し、以前に比べて自分でも料理が良くできるようになった。1回に届けてくれる料理の品数を減らしてください」という趣旨。元気になっているらしい。とはいえ、老母は、これまでも元気の後には疲れて寝込むことが多かったので、用心はやめられないが、とりあえず当面は品数を1つ程度減らすことにする。せっかくの意欲をそぐようなことは避けたい。
料理は元気の源泉。食は元気の元、食は人生の楽しみである。

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琵琶

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報償について、もう一度クリステンセン--社長の条件(14)

2005/11/25
報償について、もう一度クリステンセン--社長の条件(14)

私は、少し前の記事で、クレイトン・クリステンセン(米ハーバード大学ビジネススクール教授)の発言を取り上げた。
「「株主利益最大化」のまやかし、クリステンセンはかく語る--社長の条件(12)」。
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/11/12_391d.html
私が取り上げた、同じ日経ビジネスの記事の中に、もうひとつ興味深い発言があった。
--------------------------------------
○藤森 報酬や報償せいどもイノベーションの量に反映すると思いますか。
○クリステンセン 私はそう思いません。革新的な人をよく見てください。彼らは、革新するということが、ただ好きなだけなんですよ。
○フクシマ (自分のアイディアが採用されるかも知れないと思うだけで)数百ドルの航空運賃を払って、100ドルの商品券をもらった人たちのように。
○クリステンセン そうです。新しくてエキサイティングなものを作り出すという機会が報酬なのであって、それがやる気を起こさせる。ですから事後に「ありがとう」という意味で報酬を与えるのはよいとして、事前に報酬を約束してカネで釣るようなことをしてもあまり効果がないと思います。
(「日経ビジネス」の特別編集版(2005.11.28)、p.86)
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心理学の最近の研究にも、子供たちに褒賞を与える約束をして社会性を育てるという試みは、実験によって効果がなく、場合によっては逆効果になっていることを示すものがあった。クリステンセンは、慧眼にも企業革新にインセンティブは無駄と言っているのである。
ビジネスの現場でも、カネ(インセンティブ)で釣ってうまく行くのは、短期に雇われる出来高の営業マンくらいで、組織の変革と次なる発展を担う人はカネに動じない人ということに違いない。
後に続く君たちは、カネばかりが人生ではない、という人たちばかりだ。もちろん成果の後には褒賞はあるだろうけれど、カネのために右顧左眄するような風潮はこれからもきっぱりと拒否してもらいたい。カネに踊る者は、カネで操ろうとする者に弱く、たちまち、カネがらみで仕掛けられたわなにはまるという事実もある。十分注意してほしい。

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琵琶

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話力は組織を作る、永崎一則氏の発言から--社長の条件(13)

2005/11/25
話力は組織を作る、永崎一則氏の発言から--社長の条件(13)

私は、以前、ここに組織と情報に関する解説記事を書いた。

組織を活かす力、改革する力--社長の条件(6)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/07/6_b544.html
戦略的情報組織学(再論)--社長の条件(8)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/08/8_600d.html

論旨は多岐にわたっているが、組織を成立させるものは、構成員同士または、組織と構成員、組織と組織などが互いに他を変化させる「影響関係」であると述べた。「影響関係」は、「情報コミュニケーション」によって成り立つが、影響を与えない「言いっぱなし」では組織も社会も成立しないことを示唆した。「情報コミュニケーション」には、コンピュータやネットを介したものもあるが、多くは直接言語的コミュニケーションとボディランゲージのような非言語的コミュニケーションが含まれる。
2005.11.24の日経産業新聞22面に、話力総合研究所(http://www.waryoku.com/)の永崎一則所長(http://www.waryoku.com/shotyo.html)へのインタビュー記事が載っている。きわめて興味深い記事である。
「うまい話し方は技術に頼るな」という大見出しで、この記事は作られている。小見出しのひとつに「話力とは 相手への影響力」というものがある。氏は、この中で「話力とは話すときや聞くときに相手に与える影響力の総称のこと。表現力や聴解力をあわせてある人のことを、話力がある人という。話力がどこから出てくるかわからなければ『話がへただ』と言っても解決のしようがない」と語っている。言語的コミュニケーションの能力とは、影響力をもつことであるということである。
「話力がどこから出てくるか」については、「心格力(本人の人格の力)」「内容力(身に着けている知識や能力)」「対応力(場に配慮でき、平易な言葉が使える能力)」の3つをあげている。
3要素以外には、ユーモアと視覚的要素、語尾の発声、場に合った話す速度、などを挙げている。
話すことが商売の中心になりかけている私にはたいへん役に立った。また、「情報コミュニケーション」とは、「影響関係」であるとした私の仮説の傍証にもなっていて、意を強くすることができた。
組織を作る者、とりわけリーダとなるものは、「心格力(本人の人格の力)」「内容力(身に着けている知識や能力)」「対応力(場に配慮でき、平易な言葉が使える能力)」を磨き、ユーモアと視覚的要素、語尾の発声、場に合った話す速度に留意した話し方ができなくてはならないということである。
後に続く人たちには、大変な課題がまた発見されてしまったかのようだが、一つずつ、手堅く、身に着けていってほしい。

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http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/11/14_556a.html
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琵琶

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「株主利益最大化」のまやかし、クリステンセンはかく語る--社長の条件(12)

2005/11/25
「株主利益最大化」のまやかし、クリステンセンはかく語る--社長の条件(12)

「日経ビジネス」の特別編集版(2005.11.28)には、鮮烈な討論の記録が掲載された。
「株主は革新の親にあらず」という記事のタイトルからして、衝撃的である。参加者は、クレイトン・クリステンセン(米ハーバード大学ビジネススクール教授)、橘・フクシマ咲江(コーン・フェリー・インターナショナル社長)、高須武男(バンダイナムコホールディングス社長)、藤森義明(日本ゼネラル・エレクトリック会長)の4名である。そのほかに司会がいる。クレイトン・クリステンセンとは、その著「イノベーションのジレンマ」で有名になった人物で、日本のビジネス界や学界に大きなインパクトを与えている人物である。
「株主利益最大化が、経営者の責務」という言説が広く聞かれるようになったのは、バブル崩壊後のことだろう。この言葉は、敵対的な企業の買収に際して、主として買収側が使用する言葉である。私は、「社長の条件」のシリーズで、「株主利益最大化が、経営者の責務」という言葉を使用したことはない。私は、自分の会社の株式を約80%所有している。家内や息子の株式をあわせれば、95%に達する。いわゆるオーナー社長である。「株主利益最大化が、経営者の責務」というならば、私利私欲こそが私の社長の責務ということになる。しかし、社員の給与を出すために先祖代々の土地を手放したり、個人の預貯金を放出したりしてきた私には、事実上縁遠い話である。違和感はぬぐえない。私が説いてきたのは「私利私欲超えた者こそが社長にふさわしい」というものである。事実、私はそのようにすごしてきたつもりである。
クリステンセンは、「株主利益最大化が、経営者の責務」という言葉を、この討議の中であっさりと否定して見せた。これは「迷信」であるというのだ。私の考えをはっきりと支持することばである。
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○司会 ・・・長期的な視点が欠かせないと思うんです。しかし、企業はどんどん近視眼的になっているいるような気がします。
○クリステンセン エコノミストや経営者が根本的な誤解をしているしているからです。「経営者は株主の利益を最大にする責任がある」という迷信です。・・・。
・・・
○クリステンセン 経営者が責任を負っているのは、企業を長期的に健全に発展させていくことです。その責任を果たすために、社員を育て、顧客に喜ばれる製品やサービスを提供するのです。自社の株式を買いたいという人たちには売りますが、株主の前で卑屈になることはありません。株式売買による利益を最大化する責任は、企業経営者にあるのではなく、株主の側にあるのです。間違った考え方から、私たちは一国も早く解放されるべきです。
(「日経ビジネス」の特別編集版(2005.11.28)、p.88)
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クリステンセンが「株主利益最大化スタンダード」を否定???、「そんなはずはない」と思う人は、「日経ビジネス」の特別編集版(2005.11.28)を早速購入されるか、図書館で読まれるとよい。
企業の存立の第一の理由は、その企業の製品やサービスで企業が社会的な貢献ができるということである。これなくしては、存在の価値も理由もない。私は、このことを声高に叫んできた。
企業理念と8原則--社長の条件(2)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/02/82_313d.html
人望は必要か--社長の条件(5)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/07/__c227.html
株の売買はギャンブルである。ギャンブルだから悪いとは言えないが、ギャンブルは不確実性があるものが賭けの対象になるから面白いのだし、成立するのである。企業の消長も不確実性の筆頭のようなものだから、ギャンブルの対象になるのである。賭けの対象として、必ず儲かる張り先が決まっているというのは、いかさま賭博のようなものであり、本来ご法度ではないのだろうか。企業の不確実性は、企業が望んでそうなっているのではない。神の見えざる意図や筋書き(経=経済法則)と人々の暮らし方(済=営み)のアヤのなせる業なのである。だから、賭けが成立する。「必ず株主の利益になるようにしろ」とは、賭場で、「俺だけにはいい出目を出せ」と言いがかりをつける了見知らずの言説のように聞こえるのである。
株の売買はギャンブルだが、企業の経営はギャンブルではない。よい製品やよいサービスを人々の望みに応じて安価に供給するという、骨の折れる、地道な活動である。経営者が私利私欲に走れば、たちまちにして、破綻する。私利私欲はいずれあばかれて、部下を失い、顧客を失って、経営が破綻する。
よい製品やよいサービスを人々の望みに応じて安価に供給するという地道な働きをピューリタンは神への帰依の証(あかし)と考え、御堂筋の商人たちは御仏に尽くす(身も心ささげる)行為と考えた。前者はイギリスに始まる近代商業資本を立ち上げた人々であり、後者は日本の近世の束の間の輝きともいえる商業資本蓄積の前哨期の人々であった。神や仏にささげるくらいの心がけがなくてはビジネスはできないということである。
企業を賭けの対象にする人々は、法律によって存在が許されてはいる。しかし、賭けの対象にされる企業が、賭事師の言うなりになる必要はない。
後に続く者たちよ、「経営者は株主の利益を最大にする責任がある」という迷信にだまされてはならない。荒ぶれる大自然に立ち向かう修験者のように、心にやましいことのすべてを消し去り、等価交換よりは、わずかにでも多くの利益を市場の顧客たちに渡せるように知恵を絞り、汗をかくことに専心してほしい。
顧客からの信頼があれば、やがて利益はめぐってくる。

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食は会話の源泉--オヤジと家族のお料理ライフ(3)

2005/11/21-11/27
食は会話の源泉--オヤジと家族のお料理ライフ(3)

引き続き母親に届けた料理は下記のとおりである。
--------------------------------------
[月曜日(11/21)]--担当、私
・海鮮と肉団子のジャガイモ汁
冷凍の海鮮ミックスと手製の肉団子、ジャガイモで煮る。ショウユ、ミリン、カツオ出し、コンブ出し。肉団子は、牛豚のアイビキにスリオロシショウガ、シオ、カタクリコ少々、酒を加えて練り、右手のスプーンで量を調節しながらすくい、左手で受けて丸めて沸騰している汁に落とす。すばやくできる私の定番料理の一部品。やわらかくて食べやすいと老母にも好評の一品。酒の代わりに水を加えても、やややわらかめに仕上がる。いろいろな料理に応用している。ジャガイモは、一口大に切って、入れる。海鮮と肉団子の味が汁に満ちて、濃厚な味になる。コトコトと煮てジャガイモにもしませる。ショウユは控えめ。
・キャベツ巻きの米黒酢煮込み
先日も作ったヘルシーメニュー。思わず、奥歯のあたりがむずむずして、大きなロールを一口でほおばりたくなる。
[火曜日(11/22)]--担当、息子
・カツオのあけぼの煮
土佐造りのカツオを輪切りにして、湯通しする。皮をむいたリンゴとタマネギ、ニンニクひとカケラをミキサーで粉砕し、薄口ショウユと酢で味を整えて、沸騰させ、湯通ししたカツオの切り身を入れて、もう一煮たちしたら出来上がり。浅たちの皿に盛ってカツオの切り身にはセンギリの大葉を散らし、湯がいたブロッコリーを添えて、色鮮やか。煮汁がほんのりと赤いので、「あけぼの煮」なのだそうだ。
・大豆のサラダ
大豆を一晩水につけて、とろ火で煮る。たっぷりのマヨネーズとコショウを加えて、ボウルの中で混ぜる。器に盛ったら、湯でたインゲンを3センチくらいに切って乗せる。こちらも色鮮やかで、大豆のまったり感をマヨネーズの酸味が引き締めてうまい。大豆を一晩水につけるところからやるあたりが、几帳面な性格を現している。
[水曜日(11/23、休日)]--老母向けの食事は作らない
この日は、配食センターからのお弁当が届く。休日なので心配したが、年中無休のこと。やってくれるものである。
[木曜日(11/24)]--担当、奥さん
・カブとハムの煮物
カブの葉と根の両方を使う。根は半分に切って薄切り、葉は2センタくらいに切りそろえる。ハムは、イチョウに切って一緒に軽く炒める。カツオだしに固形スープの素と塩を加えて沸騰させ、炒めたカブの葉と根、ハムなど全部を入れる。これだけで素材の味のハーモニーが生まれてスープもうまい。息子が絶賛。
・ホウレンソウと菊の花のオヒタシ
ホウレンソウと菊の花を別々にゆでて、盛り付ける。ホウレンソウの緑の上に黄色の菊の花。すばらしい秋の眺め。掛けダレをお皿に周囲にまわして、出来上がり。こんなセンスをいつ手に入れたのかと、びっくり。
・ブリダイコン(これだけは私が作ったもの)
夜のうちに仕込んでおいたものを器に移して出来上がり。
[金曜日(11/25)]--担当、私
・子羊のミソ仕立てジンギスカン風
子羊の肉の薄切りが手に入ったので、ミソ仕立てならば老母の食べられるかとトライしたもの。あわせる具材は、キャベツとモヤシ。フライパンでネギを高温の油で炒めてネギ油を作る。ネギが入ったまま、ショウガとニンニク少々、紹興酒とコショウを加えて肉をいれ、肉の表面が白くなったところでキャベツとモヤシを加える。キャベツに火が通り掛けたら、お菜箸で溶かしながらミソを加え、水溶きしたカタクリ粉を加えてフライパンを返し返しして、混ぜたら、完了。トロリとした食感にラムの甘みが感じられる。ミソの少しこげたにおいと紹興酒のほのかな香りがマッチしている。
・カツオの生利ブシのマヨネーズ和え
カツオの生利ブシをタンザクに切って、電子レンジで加熱する。マナ臭いにおいをできるだけ飛ばす。ボウルにとって、ミョウガのセンギリとマヨネーズ、コショウで和える。マヨネーズはこれでもかとばかりにたくさん入れる。もう一度、電子レンジで加熱して、お皿に盛りつけ、トマトケチャップを彩りにかけて完成。色彩感覚に訴える。よく作る私の簡単定番料理。
[土曜日(11/26)]--担当、私
・牛肉の卵とじ
スキヤキ用の牛肉薄切りを使う。シャブシャブ用では薄すぎる。沸騰した湯にセンギリのタマネギを肉と同量程度入れ、ショウユ、ミリン、カツオだし、コンブだしで煮込む。タマネギにやや透明感が出てきたところで、薄切り牛肉を1枚ずつ広げながら、湯に落としてゆく。牛肉が丸くかたまっり、くっついたりすると食べにくいし、おいしくない。混ぜ合わせたら、肉にはほぼ火が通った状態となる。灰汁をすくったら、かき混ぜながら溶き卵を流し込む。卵が半分固まったら、火からなべをおろして出来上がり。
・肉団子
天津風の肉団子(小型)の具材を電子レンジでチンするだけ。簡単。酢醤油にブタエキスを加えてつけタレにする。
[日曜日(11/26)]--担当、奥さんと私
・ヒジキとツナのかき揚げ--奥さんと私の合作
ヒジキとツナの油漬け缶、タマネギのミジン切りを、めんつゆを少々加えて牛乳で溶いたテンプラ粉4+カタクリ粉1に入れて、揚げたもの。意外性のある出来上がり。これだけでもうまいが、今回は、ショウユ、ミリン、カツオだしにスリオロシショウガをたっぷり加えたタレをつくり、これに浸して器に盛る。かき揚げのアブラがショウガの香りに包まれてなお、うまい。かき揚げは奥さん、タレは私が作った。
・コマツナとサクラエビの炒め物--奥さんの作品
かまゆでのサクラエビを用意する。フライパンに油をひいてニンニクのカケラを炒める。塩・コショウと酒を加えて切りそろえたコマツナとサクラエビを合わせて手早く炒める。ピンクのサクラエビと緑濃いコマツナの取り合わせで色鮮やか。食欲をそそる。
・がんもどき、厚揚げの煮物--私の作品
がんもどき、厚揚げ、ダイコンを合わせて、軽めのショウユ味で煮込む。老人に優しい食べ物の筆頭である。
--------------------------------------

月曜日(11/21)、老母は、持病のためにインフルエンザの予防接種はできないかしらと自分のことを心配していた。「大丈夫、医者に相談してみたら」と私は言う。食事を受け渡す、短い時間の会話である。本日、早速、医者に相談してみることにしたらしい。
火曜日(11/22)、私は朝4時起きで忙しくて、出発間際まで仕事をしていた。時間がないぞ、と朝食抜きで飛び出そうとしたところで、息子が「ご飯できたから、食べて行ってよ」という。息子の労作を食べないわけには行かない。しかも、色鮮やかでうまそう。あわてて食卓について、むしゃぶりつく。家内も息子も食卓に着く。うまい。作り方を息子に聞くが、聞いている私の方がやや上の空。「今晩もう一度聞こう」と心に誓って、出陣。この日は、自宅から駅まで、目的地の一つ前の乗り換え駅から目的地まで一気にタクシー、とかなりの散財だった。
水曜日(11/23)の夜、息子が母親に「トマト、1個ほしいな。お母さん、時間あったら買ってきてよ」と語りかける。口数の多くはない息子が積極的な会話をしている。しめしめ、・・・、食ばかりか、お料理も会話の源泉である。
木曜日(11/24)、ホウレンソウと菊の花の取り合わせに、老母は満足。今も現役の華道教授(家元顧問教授)を続ける母の審美眼にかなったようだ。久々、嫁にもお褒めの言葉。嫁さんも満足。
金曜日(11/25)、老母は、生利ブシとマヨネーズの取り合わせに驚いて、「いい味だったわ」と感動の面持ち、会話がひとつ増えた。子羊の肉は、食卓用のはさみ(老人の食事の必需品)で切りながら食べたそうだ。「案外やわらかくておいしかった」とのこと。
土曜日(11/26)、肉団子が気に入ったようだ。「タレを漬けるとおいしいんだよ」と言う。またいつか用意してあげよう。
日曜日(11/27)、ひじきのかき揚げの作り方を奥さんから聞く。奥さんは得意がお。たまには教えてもらうのもいいものだ。
食は会話の源泉、食は人生の楽しみである。

△次の記事: オヤジと家族のお料理ライフ(4)
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琵琶

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多すぎる、社会性の発達阻害の原因--心理、教育、社会性の発達(15)

2005/11/20
多すぎる、社会性の発達阻害の原因--心理、教育、社会性の発達(15)

以前に書いた記事で、2005/10/15某大学で「情報教育担当者懇談会」が開催され、私が発表する予定であると書いた。
「気がつけば全般的学習困難と学習障害--心理、教育、社会性の発達(10)」
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/10/10_737c.html

実際に行われた当日の発表に使用したパワーポイントのスライドから、今回はひとつだけ引用する。

------------------------------------------------------------------
3-1.認知の構造化の阻害

☆A 社会性の獲得の段階(△発達阻害の段階)
0-3歳ころ、家族の存在を知る、はず。(△家族の崩壊)
3-7歳ころ、他の家族の存在や複数の友達グループを知る、はず。(△一人遊びから仲間遊びへの誘導の欠如、一人遊びは個性を育てるという誤解)
7-10歳ころ、グループ間の関係や家族間の関係などのネットワークと、仲間-クラスや家族-地域社会などのメタ組織を知る、はず。(△アイデンティティへの抑圧)
10歳ころ、異性を意識して社会に眼が開く、はず。(△社会の仕組みを教えずにセックスを教える学校現場)
10歳以上、組織間の関係の高度な構造を理解する、はず。(△団体活動への非参加、知性なき丸暗記の強制)
☆B 社会性の高度化の段階
10歳程度を境にして、青年は、認知の構造化に目覚める、はず。 (△団体活動は少なく、知性なき丸暗記の強制は続く)
------------------------------------------------------------------

子供から青年へ、社会性の獲得と発達は、主としてこの間に行われる。私は、この時期を2つに区切った。
☆A 社会性の獲得の段階(0歳-10歳くらい)
☆B 社会性の高度化の段階(10歳くらいから後)
日本の社会では、すべての段階で、子供たちを取り巻く環境に「社会性の発達」を阻害する社会的要因がある。

☆A 社会性の獲得の段階(0歳-10歳くらい)
(1)0-3歳ころ
家族の存在を知る、はず。しかし、家族が崩壊していることも少なくない。そうでなくとも、両親ともに忙しくて、保育所や保育園に預けられているなど、子供にとって必要な家族の接触が制約されていることも多い。
(2)3-7歳ころ
自分の家族以外の他の家族の存在や複数の友達グループを知る、はず。しかし、今は、明らかに大人たちによる一人遊びから仲間遊びへの誘導が欠如している。公園で遊ぶ子供たちが少ないとの指摘は多くされているが、いたとしても、親と遊ぶばかりで、「ボクたち、おじょうちゃんたち、この子も仲間に入れて遊んでくださいね」という親が少ないことに驚かされる。「一人遊びは個性を育てる」という厚顔な「誤解」を「学問」のように吹聴する書籍や保育園も多い。このトンでも育児学は、保育者が手抜きをするための隠れ蓑にしか過ぎない。一人遊びは社会性の欠如した孤立的性格(引きこもりスペクトラム)を育てるだけである。
(3)7-10歳ころ
グループ間の関係や家族間の関係などのネットワークと、仲間-クラスや家族-地域社会などのメタ組織を知る、はず。しかし、教師を中心にパーソナリティへの抑圧と仲間との交流の禁止が続くので、メタ組織の存在を体験することが少なく、個性を周囲に認知させることによって確立するはずのアイデンティティが確立しない。この時期の悪影響が極めて大きい。
(4)10歳ころ
異性を意識して社会に眼が開く、はず。しかし、社会の仕組み(=世間の仕組み)を教える教師も親もは少ない。性への目覚めは社会の仕組み(=世間の仕組み)を教える絶好の機会である。この機会に教えなくて、いつ教えられるだろうか。しかし、この時期に「社会」を教えずに、性教育と称してセックスのやり方を教えるおろかな学校現場もあるのである。これを「先進事例」として報道する間抜けなマスコミもある。
(5)10歳以上
組織間の関係の高度な構造を理解する、はず。しかし、「お受験のためにクラブ活動はやめて」などと団体活動からの引き剥がしはいっそう進んでゆく。高度化する認知能力を深化させるのではなく、知性なき丸暗記、考え無しの丸写しを強制する「受験勉強」を強いるのである。
☆B 社会性の高度化の段階
(6)10歳程度を境にして、青年は、認知の構造化に目覚める、はず。しかし、知性なき丸暗記、考え無しの丸写しの強制は続く。大学に入学する直前まで、このことは続くのである。学生は、「答えを教えてくれなくてはレポートがかけない」などとのたまうことになる。認知を高度化し構造化するなどということは教えられるどころか正しいことと知らされることもなかったのだから、当然であろう。大学の教員は学生の発言に仰天するが、判定を「不可」とするかお情けで「可」にするかを悩むのがせいぜいで、かれらの認知の構造化を手助けするような義務を負っているとは、(残念ながら)感じていない。
社会に出てから、厳しい生存競争にさらされる企業や研究所が「使い物にならない」とその青年男女を切って捨てるまで、「社会性の発達阻害」は顕在化することさえ少ない。「アンマッチ退職」とは職種がアンマッチだったのではない。本人が社会というものとアンマッチだったのである。現に職種を変えてみたところで「再就職困難」となって、フリータかニートを余儀なくされる青年が多いのである。

不思議なことだが、「社会性の発達」は「発達心理学」の専売特許のようになっている。誤解してはならないが「発達心理学」は「社会性の発達」の全般を扱うことはないのである。主として幼児教育の場面に限定されているということである。子供から青年になる前の心理的発達を扱っているのである。「社会性の発達」とは、幼児が自分以外の他人を発見する過程だけなのだろうか。この過程も大切な一要素だが、この発達だけで社会生活ができるようになるわけではない。私が、取り上げている社会性の獲得と発達の全体を捉えるという意味ではきわめて限定的なものである。これを幼児期よりもさらに年長な子供たちの心理にまで拡張してゆこうという意欲的な「発達心理学」の先生方については、過去にもいくつか取り上げた。しかし、これらの人々は、失礼ながら心理学の門外漢=心理学素人である私が見る限り、例外的な(異端の)研究者たちなのである。
「教育心理学」には「社会性の発達」がほとんど登場しないというとんでもない事実については、すでに述べた。
「「教育心理学」の限界と希望--心理、教育、社会性の発達(2)」
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/08/2_4ce5.html
「超える努力--心理、教育、社会性の発達(8)」
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/09/8_7e26.html
「青年心理学」は、第二性徴期以降の心の中に生起する心理現象を扱っているだけであり、「社会性の発達」という成長の動的な過程を扱っていない。
「社会心理学」は、すでに人々の中で固定してしまっている「社会性」が、現在の社会の中でどのように発現しているかを解明しているが、「社会性の発達」を扱ってはいない。
「社会性の未発達」は、心理学の世界では、「精神障害」と位置づけられているに過ぎない。日本には、70万人とも100万人とも言われるニートがいる。その数は日々増加している。彼らのすべてが「精神障害者」なのだろうか。薬漬けにする以外の方法で彼らを救う方法はないのか。否、それ以前に、彼らが「精神障害者」であるならば、これほどの多数の「精神障害者」を生み出してしまう社会的教育システムになんらの問題もないというのだろうか。これほど多数の「精神障害者」が本人の遺伝的特性、または家族性に起因するとすれば、世界史的大発見である。日本人は精神障害者民族ということになるだろう。「社会性の未発達」は「精神障害」ではなく、正しくは、心理的未発達状態であると考えるべきである。
「社会性の発達」を扱う学問の分野を新たに起こす必要があるのかも知れない。

小中高の教員の皆さんは、自分たちだけではどうにもならないほどの重荷が覆いかぶさっていると感じていらっしゃることだろう。自分の子供たち(児童生徒)に対して「他の子たちに関心を持つな」と言う心理状態もよくわかる。しかし、それは、子供たち(児童生徒)の中に将来の生活不能者を増やしている行為であることをよく理解していただきたい。「そうはいったって、それしかないじゃないか」という絶叫したい気持ちも同じように痛いほどよくわかる。共働きの経済構造の改革、教員自身のための再教育制度、子供のメンタル支援制度、それより教員のためのカウンセラー、、、たくさんの「必要」が思い浮かびます。教師の皆さん、自分たちで声を上げて、改善に取り組んで見ませんか。

さて、大学の教員の皆さん、私たちも、学生らの社会性の未発達を嘆くだけではなくて、新入生に対するキャンパスメイト制(ボランティアの先輩を一人以上メイトに加えるなどの工夫が必要)の導入、グループ学習・グループ研究の推進、学会発表の経験などを通して学生らの社会性の獲得発展を促しながら、認知の構造化を手助けすることが必要なのではないでしょうか。権威も地位もない私の微力だけではどうにもなりませんが、皆さんと力をあわせれば、少しは、前途ある青年男女の未来に今以上には力をつけてあげられるのではないかと愚慮しています。教育学部を中心に教職課程のカリキュラムの改善も不可欠なように感じています。
「社会性の発達」と「認知の構造化」はともに関連しつつ発展する相互関係なのであります。
「「記憶」の社会性--心理、教育、社会性の発達(3)」
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/08/3_e921.html

たくさんのご意見をいただければ幸いです。

△次の記事: 心理、教育、社会性の発達(16)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2006/01/16_9ed5.html
▽前の記事: 心理、教育、社会性の発達(14)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/11/14_3414_1.html

琵琶

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"間に合わせ食"の解消へ--オヤジと家族のお料理ライフ(2)

2005/11/12-11/20
"間に合わせ食"の解消へ--オヤジと家族のお料理ライフ(2)

前回の記事で「老母は、一人で食べる食事を自分で作るのは虚しいらしく、食が細って、危ういことがあった」と書いた。
自分のために食事することに意欲がわかないし、作ってもおいしくない日々が続いていたのだそうである。あるとき、老母がひどくやせてしまったことに気づいた。「おいしく作ったつもりでも、食べてみるとおいしくないんだよ。1週間に一度、一食でよいから、何か作ってくれない?」と私に言った。料理については、かねてから私に母親の信頼がある。何しろ、自分の好きな味を教えた子供(私)が作るのだから、味におおはずれはないという安心感もあるだろう。

先週の土曜日以降、引き続き母親に届けた料理は下記のとおりである。
ここに書いている料理は、我が家でも隠居所の老母も同じものを食べている。我が家の家族は、主に朝食としてこれを食べるが、老母の朝食はもっと早い。主として昼か夜にこれを食べている。当然付け合せの類や汁モノは、ここに現れないが、別に作っている。この食事以外にもそれぞれに食べるものは、別に作ったり、外食していたりする。それぞれの全食事の3分の一くらいが、このメニューだ。それ以外の食事は、ちょっと謎ということにしておく。
--------------------------------------
[土曜日(11/12)]--担当、私
・カツオ土佐作りのヅケ。
ショウユ、ミリン、ショウガ、ネギで漬けたもの。
・サイコロステーキ
ショウガ、酒、塩をまぶして、オーブン(レンジのオーブン機能)で加熱。フライパンのように焦げないのがいい。
[日曜日(11/13)]--担当、私
・西洋野菜と豚肉と小エピのヨーグルトミックス
レタス、タイコンの千切り、冷凍の西洋野菜ミックスに、湯上げした小エビと、湯通しした豚肉の薄切り(ショウガ焼用)を短冊に切ったものを混ぜて、塩、コショウを加えて、市販のヨーグルトを500mlパック分を全部混ぜたもの。サラダ風だがたんぱく質たっぷりのさっぱり料理。
・おでん
市販のおでんセットの具に、ダイコンとナガイモの小ブロックと別売りのサツマアゲとアゴのチクワを加えて、カツオ出汁、コンブ味、スリオロシショウガ少々に薄口ショウユとミリンで煮込んだもの
・スープ
小エビと豚肉の湯通しに使った煮汁の灰汁をとって、タマネギの千切り、水菜を2-3センチに切ったもの、彩りにニンシ゜ンの薄い輪切りを加えて、塩とコショウで味を整えた。廃物利用だが、おいしくできた。
[月曜日(11/14)]--担当、私
・サトイモと鶏肉、しいたけの旨煮
前の晩、家族でちっょぴり味見した。息子が絶賛。これはおばあちゃんも満足、間違いなそう。
・フルーツサラダ
リンゴと柿の実をスライスして、ちぎったレタスを混ぜて、塩、コショウ、マヨネーズであえた。
・マグロの甘酢ヅケ
完全な生のものは危険が伴うので、避けている。ヅケにするか、表面を強火であぶって、半生焼きにする。今回は、サクのバチマグロをミリンと米黒酢、塩少々のツケダレに漬けて一晩冷蔵庫に寝かせたものを切って、白ゴマのスリオリシを振って出す。香りよし、味よし。
[火曜日(11/15)]--担当、息子
・肉ジャガ
よくアクをとってあり、雑味が消えている。透明感のある味付け。ジャガイモが煮くずれていないのも驚き。柔らかく、あっさりめで、おいしい。同じ肉ジャガでもオヤジ(私)が作るものとはだいぶ違う。息子の几帳面な性格が味にもでている。
・ワカメとタマゴのトロみスープ
ワカメとミブ菜を小さく切ったものを沸騰した湯に加えて、片栗粉でトロトロにして、溶きタマゴを浮かせたもの。体が温たまる。
・ハクサイとカニとブタニクのトロトロ煮
ハクサイを繊維と直角に千切りにしてなべに入れ、塩とお酒、ミリンに水を加えてヒタヒタになる程度にして煮込む。トロトロになる直前に、カニのホグシ身、ブタニクの千切りを入れて欲かき混ぜる。ブタニクに火が通ったら、皿に盛る。なんとも言えずうまい。
[水曜日(11/16)]--配食センターから食事が届く日である。
老母向けのお料理は、お休み。
[木曜日(11/17)]--担当、奥さん
・牡蠣のネギミソ焼き
春雨を湯戻ししてザク切りにしたものを下に、その上にわかめを載せ、生食用の生牡蠣を重ねる。この上にネギミソを載せてオーブンで焼く。ネギミソは、ミソ、お酒、砂糖、みじん切りのネギを混ぜて作る。これは絶品。
・大豆とキノコのポタージュ
なべにバターを溶かしてタマネギのミジン切り、ベーコンのセンギリ、シメジ、シイタケ、大豆の順に加えていためる。水を加えて塩を振る。煮立ったら牛乳を入れて人にたちさせる。塩、コショウで味を調えて完成。
[金曜日(11/18)]--担当、私
・あんかけ揚出し豆腐
揚出し豆腐に、ショウユ、ミリン、カツオだし、コンブだし、スリオロシショウガ、ゴマアブラ、米黒酢、カタクリコでアンを作って、かけたもの。
・ダイコンサラダのタラコソースかけ
ダイコンのセンギリに水菜を2センチくらいにきったものを乗せ、タラコソースをかけた。タラコは、青森から帰った来た姉夫婦のお土産、大きくて、張り切っている活きのいいやつだ。ひとハラの半分を切り取って、袋をそっと割いてツブツブを取り出し、マヨネーズをたっぷり加えたものに色付けとしてトマトケチャップを添えた。ソースがピンク色になってタラコのつぶづぶの赤みが映える。白いダイコンのセンギリの土台に水菜の緑にピンク色のタラコソースがかかると、見た目が美しい。
[土曜日(11/19)]--担当、私
・タラの切り身の煮付け
タラの切り身をショウユ、ミリン、コンブだしで細火でゆっくりと炊く。細火ならば煮崩れがしない。最後に香り付けにスリオロシショウガを加えて出来上がり。
・ネギとさばミソのコショウ炒め
ネギを縦に裂いて短冊に切り、少量の油をひいたフライパンで軽くいため、さばミソの缶詰をあける。たっぷり目のコショウを加えて、ジュウジュウと焼く。砂糖のこげるようなにおいが少しでもしたら、そこですばやく火を止める。私の定番簡単料理。呑み助の友人が突然来訪すると作ってやる。これで500mlの焼酎のビンを、1時間ほどで1本あけた猛者もいる。
[日曜日(11/20)]--担当、私と奥さん
・鮭とキノコの酒蒸--奥さん
鮭の切り身を大皿に並べて、エノキダケを小さく切って乗せる。酒とショウユで作ったタレをかけて、電子レンジで3分。酒のほんのりした香りが漂う。
・モヤシとツナのソース味のオムレツ
フライパンでモヤシを強火で一気に一瞬だけ炒める。ツナの缶詰を開けて、崩しながにかき混ぜる。ソースを加えて味付けする。最後に溶き卵を加えて、多少卵にトロトロの部分が残った状態で、二つ折りにして形を整えて終わり。
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自分ひとりのために食事を作るというのは確かにむなしい。料理好きの私も、自分ひとりしか食べる人がいなければ、作ることはほとんどない。外食で済ますか、コンビニ食を掻きこんでいることになる。誰か客が来れば、喜ばせてやれとばかりに張り切るし、家族が食べるものであればそこそこにがんばる。
老母は、自分のために料理することに意欲を失っていたのである。
実は、今年5月に父の三周忌を終えた。「父の三周忌までは}と母は気を張っていた。
三回忌の儀式が終わると、母は晴れ晴れとした顔つきだったが、一仕事終えてしまった後の脱力感も感じていたようだ。
7月になるとだいぶ衰えを見せていた。8月の暑さはかなりこたえたようだった。時々、様子を見ることもかねて食事を届けていたが、8月の半ばには、げっそりとほほがこけ、腕も細くなった母がいた。「1週間に一度でいいから、こんな風に食事を届けてもらえるといいんだが」と言った。私に頼むようなことはあまり言う母ではない。よほどのことだろう。「いいよ、このくらいは、私の趣味だしね」と笑いながら、私。母は、「自分でおいしく作ったつもりの料理でも、食べるとおいしくないんだ」と言った。味覚が多少狂ったいたのかも知れない。私の作った料理は食べられるという。翌日から、一日一食のつもりで料理を届け始めた。しかし、実はもっとたいへんなことが進んでいた。「のどの渇きが止まらないのに、水も少ししか飲めない」と言った。心不全の前兆は始まっていたのだ。
それから1週間ほどした8月25日、朝の7時ころ、愛犬様の散歩から帰って、朝食の準備が終わったころ、母の枕元にある非常ベルのボタンが押された。軒を接するとは言え、母とわが家族は別の建物に住んでいる。父の体が心配だったころ、隠居所の寝室の枕元にボタンを設置し、無線で我が家に通ずるようにした。ベルはけたたましく、我が家の中心柱で鳴り響いた。食卓に着きかけていた息子が、反射的に飛びあがって、玄関から飛び出してゆく。私と家内がこれに続く。私が到着すると、息子が大声で叫んでいる。母が何か答えているようだが、はっきりとは聞き取れない。激しく咳き込んでいる。息子が、「お父さん、病院に連れてって」と叫ぶ。あわてて、主治医の電話番号を調べに我が家に戻って調べながら、考えた。あのおじいさん先生に、この事態は裁けないだろう。いっそ、大きな市立病院に直接運び込もうと考え直した。救急車を呼ぶ時間ももったいない。市立病院の電話番号を調べると、乗用車のエンジンをかけ、息子と家内に、車に運べと大声で叫ぶ、母が運ばれてくる間に市立病院に電話。電話口には当直ガードマンが出るが、要領を得ない。「救急室に患者を直接運ぶ」と私が怒鳴ると、やっと「救急室の看護士に電話を回します」といって電話が回った。車のハンドルを握りながら、ぐったりとしている母が車内に運び込まれるのを横目で見ながら、電話の向こうの看護士に症状を説明する。看護士は「当病院の患者でしょうか」としつこく聞く。心臓ではないが、肺の病気を疑って直近にも診察を受けている。「カルテがあるはずです」と私。やはり、肺の病気ではなくて、心臓だったのだな、と私は思いつつ、車を発進。自宅の敷地を出るまでには、看護士も、「どうぞきてください」と言ってくれた。病院の救急室に直行した。当直の若い医師が、「これは喘息ではなくて、心臓かも知れませんね」と言う。それは私が言った言葉のままでしょう、とのどまででかかったが、ぐっとこらえた。言い争っている場合ではない。母の命のほうが大切である。
それから、2週間の入院が続いた。意識は回復し、何とか歩けるようになったが、以前にまして、体に力が入らなくなったようだ。倒れる前に申請した介護保険の適用も受けられたので、ヘルパーも週一回きている。病院では、ブツブツといいながらもそこそこ食事を食べていたが、自宅に戻れば、以前と同じように"間に合わせの食事"="間に合わせ食"に逆戻りする危険性がないとはいえない。食事を運ぶことはほぼ日課となったのである。"間に合わせ食"では、楽しくもないし、おいしくない。食も細るし、栄養も偏る。少しでも長生きしてもらうには、ちょっとだけ、ウデを振るってやろうと決意した。ついでに息子や家内も巻き込むことになったが、結果としてよいことだったような気がする。
母は、最近、体重計を買った。11月13日、直近の2週間ほどで1.4キロ体重が増えたと私にうれしそうに話した。家内にも、息子にも同じ話を語ったようなので、よほどうれしかったのだろう。34.4キロになったのだそうである。きっと倒れた時には、30キロをきっていたかも知れない。以前ほどではないが、体調はやや回復したようだ。肉や魚を、老人でも食べやすいように脂っこくない味に調理して、野菜ばかりになりがちな老人の食事に幅を持たせるようにしているのが功を奏しているのかもしれない。
食は人生の楽しみである。

△次の記事: オヤジと家族のお料理ライフ(3)
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琵琶

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食は人生の楽しみ--オヤジと家族のお料理ライフ(1)

2005/11/6-11/11
食は人生の楽しみ--オヤジと家族のお料理ライフ(1)

老母は、我が家の隣に作った隠居所に住んでいる。おおむね毎朝、食事を届ける。
老母が作れないわけではない。一人で食べる食事を自分で作るのは虚しいらしく、食が細って、危ういことがあったために、週のうちの1回は、我が家から1食分のおかずを届ける約束にした。その他の食事は、原則として老母が自分で作ると言う約束である。
誰にとっても、食は人生の楽しみ。くいしんぼの私にとっては作る励みと楽しみが出来たし、老母も喜んでいる。実際は約束以上の回数を届けることになった。

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[日曜日(11/6)]--担当、私
・がんもどきの煮びたし
市販の野菜たっぷりガンモドキを、カツオ出汁、ミリン、ショウユ、ショウガ少々で煮付ける。調味料少々。
・根ミツバのシラスおひたし
根ミツバをさっと湯通しして、手早く冷水で冷やし、食べやすい大きさに切りそろえる。
大根おろしをたっぷり乗せ、シラスを重ねて、軽いカツオブシを散らして、オロシショウガを乗せる。
[月曜日(11/7)]--担当、私
・かつおの半生焼き(タタキ風)
・塩ゆでブタフィレの輪切り甘酢あんかけ。
身は箸で触れば崩れるくらいにやわらかい。
[火曜日(11/8)]--担当、息子
・ブリの照り焼き
ミリン、ショウユで漬け焼き
・かぼちゃの煮付け
カツオ出汁、ミリン、ショウユで味付け
[水曜日(11/9)]--配食センターから老人用のお弁当が届く。
我が家でのお食事作りはお休み
[木曜日(11/10)]--担当、奥さん
・ホタテとキャベツのミルク煮
あっさり味、塩は加えなかったが、ホタテの塩味がにじんで、軽く塩味を感ずる
・大根と水菜の和風サラダ
大根のバリバリ感が結構よかった。ショウユとおスのドレッシング
・カツオ節の佃煮風
奥さんは、上記料理のつけあわせとして、赤出汁の味噌汁を作った。老母に届けるためのものではなく、あくまでも我が家の食事のためである。結果としてたくさんのカツオ節の煮出し残ができた。奥さんが「もったいない」というので、私が、ショウガ、しろゴマ、ショウユ、サトウ、ミリンを加えて、小さな片手なべでひと煮立ちさせた。出しガラのように見えたカツオ節からは、芳醇なうまみがまた出て、おいしい付合せのおかずが1品よけいにできた。少量を小さな器に盛り分けて老母にもとどけた。
[金曜日(11/10)]--担当、私
・キャベツ巻きの黒酢風味煮込み
黒酢の甘味と酸味がなんともいえない、と自画自賛 
・上海風肉饅頭
上海で半製品にされたものを買って、チン。簡単。おいしい。
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息子や奥さんが料理担当に参加するようになったのは、今週からである。私が忙しくて、手が回らなくなりつつあったので、11/6(日曜日)に、家族会議を開いて、提案した。いわく、「お父さんが、死んだら誰が食事を作るんだ。今のうちにしっかり練習してくれ。週1回ずつでいいから担当してくれ。残りはお父さんがやる」、ちょっとかっこよすぎたかも知れないが、ある意味で、本音でもある。
息子の担当日、彼は朝の3時くらいから台所に立っていた。整理魔なので、台所の食器など、普段は乱雑においてあるもろもろを片付けたりしていたらしい。彼は私の影響を受けているので料理番組や料理の本は結構好きである。料理の種類はよく知っている。おばあちゃんのための食事が完成したのは、午前8時ころだった。がんばったなぁ。しかし、本人は、食事のあと、おなかが痛くなってしまった。冷たい台所で長時間がんばりすぎたからだろう。しかし、出来た料理はおいしかった。味付けも、おばあちゃんの口にぴったりでおばあちゃんは絶賛してくれた。なにしろ、たぶん、おばあちゃんの料理を一番たくさん食べたのはほかならぬ息子(おばあちゃんから見ると孫)だろう。息子の父(私、おばあちゃんの子ども)よりも多いと思う。息子のベロ(味覚)はおばあちゃんの味になっているのである。
奥さんは、前日の夕刻、仕事の合間に、新聞切抜きのレシピを数枚手にして買い物をした。当日午前6時ころ、布団を抜け出して、台所に向かう。これまではめったにないことだった。彼女は、「料理は上手な人がやればいい。私よりもあなたのほうが上手なのだから、あなたに任せている」という考えだった。しかし、「お父さんが、死んだら誰が食事を作るんだ。・・・」という説得に、心が動いたらしい。気合が入っていたのか、なかなかおいしかった。
食は人生の楽しみ。食べることの喜びも作ることの楽しさも家族とともに共有したい。老母(満85歳)のさらなる長寿のためにも、元気の出る食事を作ってゆきたい。

これから、思い立ったら、「オヤジと家族のお料理ライフ」を気ままに書いてゆく予定である。

△次の記事: オヤジと家族のお料理ライフ(2)
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琵琶

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海外人材はお安いか、と"安"スリーツール類--社長の条件(11)

2005/11/09
海外人材はお安いか、と"安"スリーツール類--社長の条件(11)

デフレはほぼ終了といわれているのに、市場からは、値下げ圧力が引き続いている。

「内製組み立てとなっている工程を、台湾・中国等にアウトソーシングできないか」と言うような要望である。私ならば、現状に照らして、下記のような説明をする。時代が変われば、別の解も、別の答え方もあるだろう。時代をしっかり捉えて、はっきりとした答えを出してあげるべきだろう。
この方は、「中国台湾に外注しろ」と言っているように見えるかも知れない。君が、いまさら「中国台湾に外注」しても、安価にもできないし、"情報デザインが命"のWEB-DBアプリケーションなど台無しになる、と憤慨するキモチは良く分かる。しかし、そうと捕らえたら、君は間違っているし、失敗である。この方は「値下げ努力をしてほしい」と言っているのである。ならば、「中国台湾に外注」ではなく、別の提案があると言うべきである。

(あるお客様への私の返信メール)
-----------------------------------------------------
中国は、現在、日本から15年遅れのバブルです。
青年はバブリー青年(汗しないで儲かると勘違いしている)が多くなり、工場労働者の労賃はアジア標準(日本の約40%)です。反日感情と言うよりも、経済と軍事で日本に勝っているという自信に裏打ちされて、日本蔑視観念が蔓延していますから、友好的な交流が著しく阻害されています。
永年日中友好に努力してきたつもりの私としてはたいへん悲しい事態です。
アジア標準賃金とは、1999年ころから、東南アジアと中国の工場労働賃金はドル建てで見ると、ほとんど統一されたことをさす私の造語です。
国際資本が高騰するアジア工賃に手を焼いて、安い工賃の国に工場を激しく移転する(契約工場を突然変えるという暴挙)ことによって、成立したものです。結局、アジア標準賃金は高止まりしていますから、国際資本がやったことは思惑はずれです(アジアの労働環境を良くしたことにはなりますが)。
「日本の約40%」という賃金水準はかなり微妙です。現地の農業従事者の収入はその5分の一程度ですから、工場労働者はかなりの高給取りと言うことになります。システム技術者は、工場労働者の1.5倍程度です。日本の給与水準の60%程度です。彼らにとって、国内にいるよりも日本で働くほうが賃金面で多少の魅力はありますが、物価水準(日本の4分の一)で考えると中国国内から出るのは得策ではありません。それが、システム開発では「中国への持ち帰り作業(オフシェア)」がはやっている理由です。しかし、日本の製造管理が行き届かないこと、小回りが利かないこと、文化の違いからユーザインターフェイスがまったく日本人好みとはならないので任せられないこと、製造能力は高くとも設計能力が低いことなどがネックで、オフシェアに向く仕事は限られています。通信ユーティリティやOSなど、仕様が明快で、技術的には国家や民族に依存しないものがオフシェアされています。コストでは両国間の交通費と両国サイドに発生する管理コストを考えると、茨城ソフト工場や岐阜ソフト工場と大差はありません。人間の数が多いので、大規模な作業に向いているとは言えるかも知れません。
台湾は、大陸ほど日本蔑視の空気がありませんが、アメリカ志向です。日本向けの仕事は一線級が対応しません。できばえも二線級です。国民性も大味で、利己主義でチームでの仕事に向かないと、台湾の名誉教授である私の先輩(K先生)はつねづね嘆いていました。彼は、副教授のころ私のいた研究室に留学していました。
日本人の気質に似た、ベトナムやラオス、タイなど(ドラヴィダ語族)が望ましいのですが、いま、この方面のコネクションはまだ確立していません。これからの課題です。
インド人技術者は、話題性のためマスコミが取り上げましたが、インド人技術者を派遣すると謳っている派遣会社に、この夏、訪問や見積の依頼を一斉に出しましたが、一通も返信・応答がありませんでした。事実上、この事業は成立しておらず、事業部門の廃止か、廃業しているものと推測されました。多くの日本人が黒い肌を避けているためにビジネスが成立しなかったのだろうと思います。残念なことです。労賃を考えると中国と同じ問題があるでしょうし、・・・。
海外戦略もあきらめずに模索を続けますが、まずは優先的に、国内で安価な素材を探してスリー"安"のための努力を続けたいと思います。素材(ツール類)は、すでに国際化していますから、属している国家によらず、安価で安全なものを手に入れることができます。"何がよいものか"を識別するだけの知識と見識と眼力さえあればよいのです(これが難しい)。
「内製組み立て」のある部分を、優秀なフリーウエアやパッケージに置き換える方法がありうるからです。「内製組み立て」の別のある部分は必ずわれわれが手を動かして作成しなければならないのが情報システムの宿命です。社会組織が変われば、新しいシステムが必要になります。これがわれわれのビジネスチャンスです。新しい社会組織に対応する情報システムに利用できる古い技術は限られています。かならず新しい部分が生ずるからお仕事が生まれるのです。新しい部分がなければすべてパッケージで済むことになるはずです。この宿命の部分だけで十分われわれのビジネスは成立します。この部分こそ私たちの技術力が生きる部分です。われわれはここに全精力を賭けるだけです。そして十分に満足です。
置き換えられる「優秀なフリーウエアやパッケージ」の部分は定型的で作り方がパターン化している面白くもなんともない部分です。だからこそ、「優秀なフリーウエアやパッケージ」に譲っても職人魂が傷つけられるようなことはありません。ただし、世の中には、見掛け倒しの「フリーウエアやパッケージ」も氾濫していて、使用したら、結局エンドユーザがひどい目にあうという代物も多いのです。「選択眼」こそ、命です。うまく選択できれば、お安くよいシステムが提供できるはずです。
引きつづき、がんばります。
よろしくお願い申し上げます。
------------------------------------------------------

よい材料を安価に仕入れて、お安くしてかつ顧客の満足を高めること、これは商売の鉄則である。鉄則が語れれば、顧客も満足するに違いない。

△次の記事: 社長の条件(12)
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▽前の記事: 社長の条件(10)
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琵琶

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やはりあった「教師の本音」--心理、教育、社会性の発達(14)

2005/11/06
やはりあった「教師の本音」--心理、教育、社会性の発達(14)

私は、2005/09/23、このブログに「急増する小学生の教師への暴力--心理、教育、社会性の発達(9)」という記事を書いた。
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/09/9_c332.html
--------------------
(前略)
教員たちには気の毒だが、「いじめ」「学級崩壊」「校内暴力」などは、社会性の発達を阻害する教師起因性であるとも書いた。教室内が安定せず、不安定が生ずれば、教師は防衛上、子供たちに斉一性の圧力を大きくしてゆく。子供たちは本能的に(ウソでも)自分を受け入れてくれそうな仲間を探して、教師の目の届かないイジメグループに接近してすぐにその餌食になってしまうのである(「金もってこい。そうしたら仲間にしてやる」「俺たちは仲間だろう。仲間が大事だったら、万引きしてこいよ」・・・)。「仲間にしてやる」というエサは、成長期の子供たちや青年たちには抗いがたいものである。バカなことと言うなかれ。かく言うあなたも、どこかに似た記憶があるのではないだろうか。イジメるな、イジメグループに接近するな、余計なことをするな、と斉一性の圧力が強まれば強まるほど子供たちの言い知れぬ反抗心が湧き上がってくる。理屈では説明のできない反発である。子供たちは自分の個性を認めて受け入れてくれる場を求めているのだ。個性を殺すことを求められ、かつまた優劣の比較(「かけっこはボクのほうが速いよ」「歌は私のほうが上手でしょ」・・・)を禁じられた子供たちに理論で反論するだけの力はない。教師の教育理論の前に屈服するしかないだろう。しかし、それでも承服しがたいものは承服しがたいのだ。「ボクたちの話を聞いてくれない」「教え方がヘタ」「何を言ってんだかわかんない」というとてつもない言葉が子供たちの口から吐き出される。教師はただただ逆上してしまうのである。自分が愛してやまない子供たちから、教師に向けられた侮蔑の言葉だ。「私の気持ちがなぜ分からないの」というわけである。教師以外の人たちにその苦痛と苦悩を分かってもらえるだろうか。教師たちの絶望感は深い。教室の秩序を維持するためには、子供たちに対する斉一性の圧力をますます強めることになる。強圧によって、子供たちを押さえ込むことに成功する"有能な"教師は多いが、押さえつければ何かのきっかけで爆発する。学級崩壊である。いま教師は学級崩壊と戦っている。学級崩壊を避けるためには、子供たちの自由な結合を禁止して、人間関係を築かせないようにアンテナをカメレオンの目のようにめぐらせながら、子供たちの共謀を防止しようと躍起である。しかし、武力で制圧された民族がテロとゲリラで抵抗するように、子供たちは仲間を募って教室をひっくり返してしまうことをあきらめるかわりに、突然教師に殴りかかったり、机や椅子を投げつけたりするようになるのである。教師に向かって刃物を振り上げる子供までいる。「校内暴力、とくに教師に対する暴力」が増大しても事の成り行きの通りで当然なのではないのだろうか。
(後略)
--------------------
長く引用したが、つまり、ここでは、教師たちは、学級崩壊を避けるためには、子供たちの自由な結合を禁止して、人間関係を築かせないようにアンテナをカメレオンの目のようにめぐらせながら、子供たちの共謀を防止しようと躍起であること、しかし、武力で制圧された民族がテロとゲリラで抵抗するように、子供たちは仲間を募って教室をひっくり返してしまうことをあきらめるかわりに、突然教師に殴りかかったり、机や椅子を投げつけたりするようになること、を私はのべたのである。
子供たちの自由な結合を禁止することを正当化するために、ある種の教師たちは「イジメをなくすために他の子供とは関わらせない」という理論を作り上げている。これは、どうしてよいか分からない現場の教師が子供たちを抑圧し、万力で押さえつけるように、子供たちの社会性を発達させまいとがんばるための"素敵な"理由なのである。この正当化理由(心理学風に言えば「合理化」)は、イジメと学級崩壊の特効薬として、全国を駆け巡っているかのようだ。誰も助けてくれない孤独な現場の教師たちは、すがるものといえば、子供に対する教師と言う特権的優越性だけなのである。普通ならば、子供も親も、教師の「指導」の前には身と心を投げ出す以外にないからだ。
何の権利があって、こんなことを書くのかと、お叱りの声が聞こえてきそうだ。
学生たちのうつむき加減に語る、思い出話や、疲れた心をさらけ出したときの言葉の数々は、小・中・高の時代の忌まわしい出来事、楽しくない教室の思い出がぎっしりと詰まっている。大学の教師である私の目の前に、彼らの心の底にしまわれた忌まわしい出来事が透けて見えてくるのである。名門校の出身者であれ、そうでない者であれ、それは同じである。首都圏や大阪周辺の出身者にこの悲しみを口にする学生は多く、地方からやってきた子に少ないという傾向はある。しかし、全国的な傾向であることは否めない。
大学の教師も、教師である。子供たち(大学生)の悲しみを理解できずに大学の教師などは務まらない。大学の教師にも、教師としての発言を認めていただきたいものである。

こんなことを感じているのは、一人私だけなのだろうか。
たまたま、ここ数日の内に読んだ本のあとがきに次のような記載があった。この作者も、私と同じ意見のように感じられる。しかも、この著者は子供たちに直に接しているカウンセラーのお一人である。私などよりも事実をたくさん掌握しているに違いない。
青木和雄、「ハートボイス--いつか翔べる日」、フォア文庫、金の星社(2004)
-----------------------------------------
作者あとがき---青木和雄
・・・。
 子どもと向き合ってカウンセリングをしていると、子供たちの「ハートボイス」が聞こえてきます。言葉にならない悲しみが、子供たちの心からあふれだしてきます。いじめ・不登校などの現象のおくには、規則と管理のあみをかぶせて、子どもの心をふうじこめようととする、おとなたちの顔も見えてきます。
 ある中学を訪問したとき、「うちの学校にはいじめはありません。生徒たちには、自分の進学のことだけ考えるように指導しています。友だちと関わらないようにすればいじめも起きませんから」といった教師がいました。わたしが、子どもたちの「ハートボイス」を、本に書こうと思ったきっかけにもなる、重いことばでした。
 ・・・。
-----------------------------------------
やはり、そうだったのか。そうに違いない、心重く、私は納得した。小中高の教師たちは汲々として「子どもたちが、友だちと関わらないように」あらん限りの力を尽くしているのである。十分な社会性の発達の余地などありえないのである。むしろ教師たちはそれとは知らずに社会性を発達させまいという涙ぐましい努力をしているのである。
小中高の先生たちにお願いです。子どもたちが健全な子どもたち同士の交流と仲間作りをする拙い努力を側面から助けてあげてください。「友だちと関わらないように」ではなくて、「友だちと関わる」ように指導してください。いじめグループや万引きグループに近づかないように気を配りながら、その反対にいる健全なこどもたちのグループを育ててください。いい子のグループと悪い子のグループをはっきり区別してあげることは、大人の責任です。子どもたちは、まだ分別が十分ではありません。幼子や少年少女は、悪い子のグループでさえ仲間ほしさに容易に接近したちまち悪に染め上げられてしまいます。区別を教えることは決して悪いことではありません。親や近所の大人たちにもお願いします。よい子の仲間たちを大人たちが暖かく育ててください。ほんとうに、本当にお願いします。

△次の記事: 心理、教育、社会性の発達(15)
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