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エビデンスに基づく漢方医療へ--感性的研究生活(7)

2006/1/28
エビデンスに基づく漢方医療へ--感性的研究生活(7)

1月27日-28日は、未病システム学会(理事長 大内尉義 東京大学大学院医学系研究科加齢医学講座教授)の第12回日本未病システム学術総会(学会長 木戸口公一 大阪府母子保健総合医療センター・企画調査部長)が開かれた。
ここでは、千葉大学の漢方診療所の喜多所長が発表する。この研究ではクラスター分析などのデータマイニングは私が担当したので、質問がデータマイニングに及んだ場合などに備えての支援を要請されたのである。
前日、私は別の研究会で発表していたので、20時13分発の新幹線で大阪に向かった。妻とは東京駅で合流した。妻は私の健康状態を気遣ったのである。宿には24時近くにチェックインした。
28日の朝、大阪城の敷地の南のはずれに立つKKRホテルオオサカに行く。3階の受付近くで待つと、喜多先生が薬剤師の大野先生を伴って登場した。大野先生は、最近、千葉大の漢方診療所に勤務して、喜多先生のチームに参加することになった。妻は、事前の打ち合わせどおり、会場の様子を見てから、パネル発表の場に残るか、大阪城の見学に行くことにした。私は、非会員の登録を済ませる。登録料7000円+抄録1000円だった。医学系の学会としてはお安いのだろうと思う。
喜多先生と大野先生とともに会長講演を聴く。会長は羽織袴で壇上に上がった。医学系のシンポなどでは羽織袴もときどき見るのでそれほど驚くものではないが、違和感がないかといえば正直なところないとはいえない。糖尿病を例にして母体の健康状態とその児の成育に与える影響を追った渾身の研究成果をもとに、児の生涯を決定付ける「未病対策」を訴えられていた。医学者ではない私にも分かりやすいお話であった。
会長講演の後、妻の携帯電話に電話をする。すでに大阪城の天守閣にいるという。席に戻るとテーマシンポが始まった。シンポの途中で会場を抜け出して、パネル発表の会場に向かう。喜多先生の発表準備のためである。Bコーナの発表はすでに始まっていた。
B12番が喜多先生の番である。やがて、東京女子医大で行われた国際シンポジウムで遠くからお顔を拝見した鄭(丁)教授の紹介で、喜多先生の発表が開始される。喜多先生は落ち着いている。大丈夫、と左後ろに控えた私が心の中でつぶやく。私は他のギャラリーに混じって、いざというときに前に飛び出せる位置をキープする。喜多先生の研究は、西洋医学の産物である健康状態に関するアンケート(日本語版)SF36v2のクラスター分析と漢方の所見である気血水の診断(寺澤スコア)を重ねて見せるものである。漢方医療は、エビデンスに乏しいというソシリがあり、科学ではないとまで言われることがある。これを西洋医学的エビデンスも援用しながら、漢方医療の正当性を確立したいというのが喜多先生の願いである。その熱意は並々ならぬものがある。私はその熱に感染したらしい。SF36v2のクラスター分析は私の仕事、その結果のそれぞれのクラスターに喜多先生が下した気血水のスコアの平均値を当てはめてゆく。有意の差が明瞭に現れている。気血水の判定という熟練の医師による判断は、統計学の成果で見事に説明ができたのである。
喜多先生の発表の瞬間、会場には、それまででは一番多いギャラリーが詰め掛けていたようだ。関係者の関心の高さが分かる。会場からは、アンケートに答える患者にはウソが多い、という声がでる。もとより、発表した結果については統計的結果にのみ価値があるのであり、個別のアンケートをこれで判断してはならないという点については、事前に打ち合わせ済みであり、私と喜多先生の基本的スタンスでもあった。パネル発表という制約の狭さを感じた。今後ともこの研究は続くので、後の発表では、これらの点についても明記されることになるだろう。発表が終わって喜多先生は満足の笑みを浮かべられていた。私の出番はなかったが、私もほっとした。
この後には、ランチョンシンポジウム(お弁当付き)があったが、妻が大阪城の見学から帰っていたので、われわれだけ帰ることにした。お弁当にはやや未練が残ったが、・・・。
漢方医療のエビデンスを探るイバラの研究は今始まったばかりである。足手まといにならない範囲で、私も喜多先生についてゆくことにしたい。

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琵琶

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一人にしない教育者と、一人にしない教育を--感性的研究生活(6)

2006/1/26
一人にしない教育者と、一人にしない教育を--感性的研究生活(6)

この日、第4回次世代大学教育研究会(会長大阪経済大学家本教授、事務局長明治大学阪井教授)が開かれた。昨年夏に約束した私の発表の日である。
発表のタイトルは「一人にしない教育者と、一人にしない教育を」であった。
「社会性の発達が阻害された青年が多くなっていること」と「知性なき丸暗記」とは、大学教育における双子の困難である、と私は述べた。その対策のいくつかも提言した。
ほとんどが、このブログに書いてきたことのまとめでもある。
「出された課題に正解が書いてない」 
広範な社会性の発達阻害、サイコパス化する若者の脳
「急増する小学生の教師への暴力」
「教師の本音」
「昔あった"教育心理学の不毛性"の議論」
「教職課程用"教育心理学"のテキストの調査」
「超える努力」
「気がつけば全般的学習困難と学習障害」
「社会の構造」
「個性と社会性」
「記憶の社会性」
「多すぎる、社会性の発達阻害の原因」
「"一人にしない" 情報コミュニケーションシステム」
私のこの発表では、特に、多くの大学の教職課程で教えられている「教育心理学」に「社会性の発達」が含まれていないことを強く指摘した。これを乗り越えようとする試みも散見されるが、まだマイナーの域を出ていないことも指摘した。質疑の多くもここに集中し、問題点についての認識を参加者の多くが共有することができたようである。
大学でできる解決のための方策として、私が取り上げたものは次のとおりである。
---------------------------------------------
(1)協調学習(大学)
(2)キャンパスメイト制の採用
(3)学生生活何でも相談制度
(4)教職課程の改善
(5)ニート再教育
(6)小中高教員の再教育
(7)大学教員の教授法研修
 すべては、「一人にしない教育」のために
 教育のシステム化も「一人にしない教育」のために
---------------------------------------------
「(3)学生生活何でも相談制度」のくだりでは、勝手ながら千葉大学の岩渕桂子女史の活躍を例に取り上げた。女史には、私の会社で社員だったこともあるご縁がある。女史は千葉大で修士を取って、当社在社中に東大の博士課程に進学が決まり、博士号を取った後、国立の研究所で長く研究員をしていた。昨年から古巣の千葉大で「教えて大先輩」の人気カウンセラになっている。
一人40分ほどの持ち時間のはずだったが、質疑が続いて、私のコマだけで、1時間20分ほど費やしてしまった。どなたも取り上げなかった問題の核心に的中した手ごたえをあらためて感じた。

私以外には、大岩幸太郎(大分大学教育福祉科学部)教授が「Web上での掲示板システム『sanka』を用いた授業実践」を話され、阪井和男(明治大学情報明治大学情報科学センター所長)が「次世代大学教育の大学間連携」のお話をされた。どちらもエキサイティングな内容だった。
大岩先生は、講演中にたびたび私の話を引用されて「この仕組みも、"一人にしないシステム"を目指している」と述べられて、私にお気遣いと配慮を深く示してくださった。
いつもの懇親会には、阪井教授のお嬢さんも参加された。未成年なのでウーロン茶でのご参加である。自発的な関心なのかお父様にそそのかされた(?)のか、判然とはしない部分もあったが、学校教育の問題点および学習障害(LD)や多動性注意欠陥障害(ADHD)、アスぺルガー症候群(軽度の自閉症スペクトラム)などに触れた私の話に関心をもたれたようで、真剣で熱心な質問を受けた。後日、私の大学の授業にも聴講にいらっしゃる由。男子学生が聞いたら大喜びするかも知れない。
私だけ、懇親会を早めに抜け出して、大阪に向かった。大阪では「未病システム学会」が今日から始まっている。この記事については、稿を改める。

この発表の資料は、次世代大学教育研究会のブリーフケースにも収録される予定であり、WEB-Masterさん次第であるが私の会社のホームページにも掲載される見込みである。


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琵琶

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うれしい! 怖い! 大雪!--我が家の愛犬様(10)

2006/1/22
うれしい! 怖い! 大雪!--我が家の愛犬様(10)

おとといの晩から降り始めた雪は、昨日も止まず、関東では近年珍しい大雪になった。庭にも20センチ以上は積もっている。山道の吹き溜まりなどでは40センチにもなっているところがある。
昨日は、一日慌しかったので、愛犬様のお散歩は息子にお任せした。雪の中の散歩であった。愛犬様は、ヒトや犬の足跡のない処女地帯を見つけると一目散で走ってゆき、処女雪に飛び込んで、雪にもぐってはジャンプして、次の処女雪に飛び込むという喜びようだったと息せき切って帰ったきた息子の報告。愛犬様に付き合った息子も汗びっしょりである。私が連れて行かなくて助かったかも知れない。愛犬様は雪が大好きなのである。うれしくてうれしくて仕方がないのだ。
今日の朝も息子がお散歩に連れて出かけた。帰ってきたとたんに愛犬様は庭でほえている。何事かと様子を見に行くと、私と一緒に雪と遊びたいという希望を全身で現していた。息子も、「ちょっと庭で遊んであげてよ」という。頼まれてせざるは男にあらざるなり、とばかりに、私は庭に出る。愛犬様は雪だらけで、私に飛びついてくる。よっしゃ、とばかりに庭に走り出る。庭のほとんどが処女雪である。父が残した私の家の庭、老母の隠居所、兄弟の土地を合わせると600坪ほどになる。ちょっとした小さな公園くらいにはなるだろう。愛犬様は、走る、はしる。雪に飛び込んではジャンプする。私が遅れがちになると、くるりと向きを変えて、私に「速く、はやく」とじれたように軽く飛び掛る。しばらく庭を駆け巡ったあと、私が疲れて、「カエロウ!」と声をかけると、しぶしぶ玄関の方に帰った。それでもいくらか満足したのか、愛犬様は、少しおとなしくなって、玄関先の雪の上に立って、周囲を見張るいつもの「番犬業務体制」に入った。群れのボスである私と喜びの行動をともにしたかったに違いない。
やれやれ、昼間は元気だなぁ、というのが私の内心の声。実は、愛犬様は、雪の日の夜には、格別にたいへんな甘えん坊なのである。愛犬様のベッドは、玄関の中にある。玄関の床はアルミを使った複合断熱材が敷いてあり、その上に古い毛布を広げて、その上にヒトの寝る布団をたたんで重ねた高いベッドがある。夜になると玄関の内のりをダンボールで囲って、電気温風ストーブを入れる。寒さは感じない環境である。しかし、電気を消すと、窓から差す光がいつもと違うのである。白い白い、一面に白い外の光がほのかに感じられる。こんな夜は、愛犬様は苦手である。雪の夜は怖いのである。群れで身を寄せ合って、互いの体温で暖をとりながら、周囲の安全も交代で確認しながら夜を過ごすのが、オオカミの時代からの習慣なのだ。でも、人間様は冷たいやつらで、雪の日も、愛犬様をほうって自分たちは勝手に寝てしまう。ひどいやつらなのだと、愛犬様には不満が募る。愛犬様は、私が帰宅して、食事を終えると、グルグルとないたり、小さな叫びを上げながら、寝床の周囲で2本足で立ち上がったり、ジャンプしたりして、私を呼ぶ。玄関の上に上がって、私のひざに乗りたいのである。いつもの、ダッコ-ゴロニャンタイムだが、雪の日は、一通りゴロニャンした後も寝床にはなかなか帰らない。白い魔物の影におびえて、私のわきの下に頭をつっ込んだまま、ひざから降りようとしない。雪の日はこうして夜明けを待つのが一番と決めてかかっているのである。これでは私が寝られない。昨夜などは無理やりおろそうとしたら、ガォとほえて、おろそうとした私の手を噛んだ。痛いが歯を貫通させるのはためらったらしくて傷にはならなかった。コラッと、愛犬様を放り出して、私が立ち上がると、ウーッと激しいうなり声を上げて抵抗の姿勢である。こぶしを振り上げたら、尻尾を下げてブルブルと震えている。ボスに叱られた恐怖が全身を包んでいるようだ。こんなときでも手を出すと危ない。窮鼠猫を噛むではないが、窮地に陥ると、激しく自分の武器(牙)を振るうことがあるからである。やれやれ、やむなく、私が愛犬様の寝床に移動する。ベッドサイドの敷物の上に座って呼ぶと、愛犬様は玄関の上からタタキの上にしぶしぶ降りてくる。頭を低くして額にしわを寄せて、叱られないかと不安で一杯の表情である。私の体に頭を押し付けて、私が無抵抗でそれほど怒っていないことを確認すると、さっと、私のわきの下に頭を突っ込んで、ひざの上に腹ばいになる。クークーとすすり泣くように小さく鳴く。眼はしょぼしょぼ、オネムなのである。警戒のためか半目を開けたまま、やがて息は寝息になりかかる。私は、そっとベットの上に愛犬様を降ろして立ち上がる。愛犬様は、不満そうに半立ちになるが、睡魔のほうが強くて、そのままベッドに倒れこむ。やっと寝てくれた、、、。小一時間は過ぎていた。夜は、こんな甘えん坊で、・・・。ゴメンネ。またばらしちゃった。

△次の記事: 我が家の愛犬様(11)
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琵琶

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「脳内汚染」を読んで--心理、教育、社会性の発達(16)

2006/1/17
「脳内汚染」を読んで--心理、教育、社会性の発達(16)

私は、少し前の記事「ゲーム・オタクへの心配--心理、教育、社会性の発達(13)」で、ゲーム起因性のパンチドランカーのことを警告した。10月31日のことだった。
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/10/12_b2a7.html
それからしばらくした12月15日に、下記の書籍が刊行された。
岡田尊司、「脳内汚染」、文芸春秋(2005)
岡田氏は、1960年生まれというからかなりお若い。奥付の略歴にによれば東大哲学科を中退して、京都大学で医学を学び医学博士号を取得し、精神科医となったという異色の経歴とのこと。現在は京都の医療少年院に勤務されているという。
目次を見るといかにもジャーナリスティックなタイトルが並ぶ。タイトルは、文春の編集者(とりライターたちの)の作品に違いないと思う。このタイトルでは正しくその内容を伝えるとは思えないが、列記してみる。
----------------------
今、すべての人を襲う危機
頻発するゲーム型犯罪と損なわれる現実感
書き換えられる禁止プログラム
高まる攻撃性と暴力への礼賛
メディアが心のスキーマを変える
子供部屋に侵入した麻薬
十代で燃え尽きる脳と無気力な若者たち
中毒になりやすいタイプと危険因子
発達障害の子を直撃する影響
損なわれる心の発達と押さなくなる現代人
サイコパス化する若者の脳
模倣する脳と巻かれた灰汁の種
脳に仕掛けられた時限爆弾
脳の中で起こる公害
脳内汚染は回復できるのか
子供たちの笑顔を取り戻すために
----------------------
重要な指摘は、ゲームなどの映像メディアによる前頭葉機能の低下が起こっているということである。精神科医らしく、さまざまな事例を組み合わせての説明で、説得力がある。前頭葉の各部位を交通事故などで物理的に損傷した人の症例を取り上げているが、まさしく問題ゲーム少年たちの行動とそっくりである。
ゲームが麻薬的で、中毒症状を引き起こすという指摘もあり、私が指摘しているところとも重なるようだ。我が意を得たりという部分でもある。
「イギリスの研究者らは、PET(陽電子放射断層撮影)という測定方法を用いて、ビデオゲームをプレイしたときま、脳内(線状体)のドーパミン放出を調べ、それが顕著に増加することを報告した。ドーパミン・レベルの上昇は快感を引き起こし、それによってその行動を強化する。つまり、その行動をもっとしたいと思うようになるのだ。その結果、依存形式にも関与することが知られている。たとえば、コカインや覚醒剤の投与はドーパミン・レベルの上昇を引き起こすのである。この実験が示していることは、そうした麻薬の投与を行わなくとも、麻薬を投与したときと同じ現象が、脳に起きたということなのである。・・・毎日長時間にわたってゲームをすることは、麻薬や覚醒剤などへの依存、ギャンブル依存と変わらない依存を生むのである」(pp.86-87)
この記述は、M.J.Koepp et al.,,"Evidence for striatal dopamine release during a video game," Nature,393(6682),May 1998.などに依拠しているらしい。
人間の進化史の中で予想もしなかった刺激に脳がさらされているという警告が岡田氏の主張の中心である。脳には刺激的過ぎる情報に対する免疫力はないという指摘と、したがってこの刺激(脳内の公害)に対するワクチンもないのだという指摘がなされている。なるほどそうなのかと私は感じた。
発達障害は原因ではないという主張も私の意見とほぼ同じである。発達障害とは多く家族性もしくは遺伝子起因性と考えられてきた概念なので、私は発達阻害という言葉を選んでいる。発達障害とはいえないが社会性の発達阻害は結果であって原因ではないと私は思う。岡田氏はテレビゲームが主因であるとしているが、私は原因はたくさんあり、中でもテレビゲームは劇症となる原因のひとつであると認識しているという程度の違いはあるようだ。とはいえ、ひとまず、私は素人であり、岡田氏は専門家である。岡田氏の説に心を傾けてみたい。
一度、汚染された脳の回復は大変困難だが、「手作り体験」が心を育てる、というくだりには救いを感じる。すでに多くの現場では、「手作り体験」を実行して、この子達の回復のための悪戦苦闘をしているからである。
大学でも、実習の教科を扱うこともある私などには、これも我が意を得たところだった。成田山近くの芝山でニート塾に取り組む塾の先生たちもそうである。これらは五里霧中の中で行われていて、教師は自分に間違いがないかどうかを日々問いかけながらの悪戦苦闘になっている。この日々の活動に論理的裏づけを与える良い本であると思う。
「ゲーム脳」の書籍のようにもてはやされてはいないが、私としては多くの人に勧めたい本の一冊である。
ちなみに、「ゲーム脳」は、問題のありかをその間近かまで明らかにしたという功績があったものの、多くの人が指摘するように学問的裏づけに乏しく、説得力も発展性も乏しかったが、今回の岡田氏の書物はまったく異なる地平に立っていると思う。引用されている研究論文のうち、岡田氏ご自身が筆頭オーサとなっいるものが少ないことには少し違和感があるが、よい解説書であるとは思う。この分野の言論をめぐる困難な状況を示しているものだろう。
異論のある方もいらっしゃるだろうから、反論も聞いたり読んだりしてみたいと思う。

ところで、2/18になって「おやこdeてらこや」さんから、この記事に対するトラックバックをいただいた。この記事に対するいろいろな意見の中で、比較的近いご意見のようである。まずは、トラックバックに感謝いたします。

△次の記事: 心理、教育、社会性の発達(17)
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琵琶

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天地(アメ・ツチ)に感謝を込めて--オヤジと家族のお料理ライフ(7)

2006/01/05-01/31
天地(アメ・ツチ)に感謝を込めて--オヤジと家族のお料理ライフ(7)

私は、創業期の一番生活が苦しい時代が、日々の食事作りに追われた時期でもあった。創業期は仕事を手伝ってくれる人たちに自分の預金を取り崩し、ご先祖様からの財産を切り売りし、支払いをしていた。自分の生活費はほとんどなかった。売り上げはわずかだった。見栄を張っていたのかといえばそうだったかもしれないが、決して高い給与を支払っていたわけではない。仕事の割には実入りが少なかったのだ。発注者は明らかに当時のわれわれの足元を見ていた。その日の営業に出る電車賃を心配した。明日の食事の材料費を心配した。日々、食べられることに感謝した。子供に食事を確保できたことに安堵し、天地(アメ・ツチ)に感謝した。
子供は容赦ない料理の批評家だった。「ショッぱかった」「これ、色が嫌いだよ」「タコ八は、みんなに笑われるから、ヤメテネ」、おいしかったときは、きれいに食べてくれた。もともと、料理はしていたし、そこそこ自信があったが、この時期にウデは鍛えられた。財布の底と相談しながらの買い物、残り物の食材の活用、主婦の皆さんと同等またはそれ以上の知恵を絞ったと思う。
今も当時と基本的には変わらない。当時のような "明日、食べるものがないかもしれない" という切迫感は薄れたが、天地(アメ・ツチ)に感謝する気持ちはかわらない。
--------------------------------------
[木曜日(1/5)]--担当、奥さんと私
・エビイモとエビのあわせ炊き--奥さん
唐芋をエビのように撓めて育てた京ヤサイのひとつがエビイモ。本物のエビの背ワタを抜いて刻んで、シメジとギンナンとを一緒に炊く。カツオ出汁、ミリン、塩、サトウで味付ける。白い浅立ちの器に盛る。あっさりとして、見た目にも華やかなお祝い料理。
・ダイコンの梅酢漬け--私
薄切りをイチョウに切って、一緒に漬けられていた昆布を細切りにして添える。キレイである。
・砂糖菓子とナツメのサトウ漬け
中国からの土産である。料理ではないが、北京に里帰りしていた中国人技術者のお土産のおすそ分け。砂糖菓子は、アメと各種穀粉と砂糖のあわせ技のもの3種で、細工が細かい。頑固そうな職人の顔を思い浮かべてしまう。
[金曜日(1/6)]--担当、私
私の体調がよくない(風邪)が、老母の口に合う料理も必要だ。良く食べてもらわねば、体力が持たない。
・水餃子
冷凍のエビ水餃子を利用する。白菜、ネギ、ゴボウササガキと一緒に煮込む。ミリン、紹興酒、ショウユ、米黒酢で味をつける。最後にゴマ油で香り付けをした。香り豊かな水餃子になった。息子にも好評。
・粕漬けの鯛の焼き物
昨年末のいただき物、高級な品。身がやわらかいので、焼き網では崩れてしまって焼けない。電子レンジのオーブンで焼く。
・八つ頭のカツオ出汁
[土曜日(1/7)]--担当、私
・シシャモ唐揚げ
大きな樺太シシャモが手に入ったので、丸ごと塩味をつけたカタクリ粉をまぶしてから揚げにした。1匹をレタスを広げた皿に盛ってトマトケチャップをかける。見た目も鮮やか。
・サケの糟汁
たくさん残っていた酒糟を有効利用。鮭の切り身を2つないし3つにやや大きめに切る。絹ごしトオフもやや大きめに切り、白菜、ネギを加える。カツオ出汁、ミリン、酒糟、ミソ、砂糖少々で炊く。酒糟のにおいが周囲に漂う。思わず白いご飯に手が伸びる。
・子羊の味噌煮込み
子羊のやわらかい肉が手に入った。カツオ出汁、八丁味噌、酒、スリオロシショウガ、輪切り唐辛子一つまみで、とろ火にしてじっくり煮込む。最後にカタクリ粉を加えてトロミをつける。同じように牛のスジ肉を使ってもうまいが子羊のやわらかさは老母向きだ。
・七草の浅漬け
七草かゆの朝である。前日の夜、七草を刻んで浅漬けにしておいた。七草は農家が「七草クラブ」などを作って、共同で七草のセットを売り出している。スリオロシショウガ、ミリン、塩少々で味付けした。ユズを入れるかどうか迷ったが、七草の微妙な香りを残すためにあえて入れなかった。浅漬けの状態で老母には妻が届けた。我が家では、粥を炊いて、浅漬けの七草をトッピングしていただいた。粥には、ダイコンのセンギリとカツオ出汁、ミリンと塩を加えてサトウも隠し味程度に加えた。粥だけでもいただけないことはない。例年では粥に七草を刻んで炊き込むのだが、野草の青臭さが家族にはやや抵抗があるようだったので、浅漬けにして青臭さを抑えてみたのである。昨年のような感想(「青臭くてたくさんは食べられない・・・」)はなかったので、シメシメと思っている。老母は、妻の説明が理解できなかったようで、翌日、「おいしかったよ。でも、あれは何のお漬物?」とわざわざ聞きに来た。
[日曜日(1/8)]--担当、私
・アナゴのテンプラ煮びたし
巨大なアナゴのテンプラが売られていたので、買ってきた。確かにアナゴも大きいが、コロモも厚い。このまま食してもおいしくなさそうだ。カツオ出汁にネギとタマネギのセンギリを加えて、酒、ミリンに、おお目のショウユ、サトウを加えて甘辛のタレを作る。アナゴのテンプラをそれぞれ3つ切りにして電子レンジに入れて、バリバリに加熱した後、ジュウジュウと音がするままにタレに浸す。タレに漬けて1-2分沸騰させ、器に盛る。上から追加のタレをかけて出来上がり。香りも味も濃厚で、うまい。
・マグロ甘酢漬け
昨夜から、冷蔵庫に仕込んでおいた。漬けタレは、ミリンと米黒酢。ピンクの身の表面がうっすらと白くなる。薄切りにすると鮮やかなピンク色の身の周囲が白く彩られる。美しい色合いである。レタスの葉を広げた皿に盛り、白いスリゴマを振って出来上がり。ゴマの香りと甘酢の香りが混じる。口の中にも甘酸っぱい香りが充満する。
・肉ジャガ
タマネギのセンギリを入れた湯を沸騰させ、カツオ出汁、酒、ミリンを加える。一口大に切ったジャガイモと薄切りのブタニクを入れて、灰汁取りシートをかぶせて、30分とろ火で煮込む。灰汁取りシートを除いてからショウユを加えて、30分煮る。タマネギは溶けて姿が見えなくなっているが、その甘みはしっかり残っている。汁は澄んでいる。オヤジ流肉ジャガである。
[月曜日(1/9)]--担当、奥さん
奥さんが、月曜日も私がやるといい始めた。まかせることにした。
・サトイモの黒ゴマ煮
サトイモを一口大に切って、だし汁で煮る。沸騰したらふたをして10分ほど煮る。ミソ、サトウ、塩、にスリオロした黒ゴマを加える。香り豊かで、味もよし。
・ネギのピクルス
4センチくらいに切ったネギ、ヘタを取ったミニトマトを用意する。ナベに、チキンブイヨン、サラダ油少々、を入れて煮立てる。煮立ったら、粒マスタードを加えて、ミニトマトを入れたら出来上がり。トマトの酸味とネギの香りと歯ごたえが実に良く合う。
[火曜日(1/10)]--担当、息子
挫折気味の息子なので、心配して奥さんと私も友情出演。
・東坡肉(トンポーロウ)--息子
中華風の角煮である。ブタバラ肉をそのまま、たっぷりの湯で50分ほどゆでる。箸が通るようになったらゆで上がりである。このブタ肉を5-6センチ角に切る。ショウユ、サトウでトロトロと煮る。前回の経験から、息子は6時間煮るとうまい、と主張した。午前0時に料理スタート、午前2時煮込み開始。完成は午前8時。私が出かける寸前だった。水分のほとんどが飛んで、これ以上はないというまでのテリが出ていた。根ヤサイ(ヤマイモ、ニンジン、カボチャ)の素焼きを添えて出す。角煮は、赤身の部分もトロトロ、脂身の部分は脂がすべて抜けて味を一杯吸い込んだゼラチン質。口の中ですべてが溶けてゆく甘美な快感がある。すざまじい執念の一品である。
・マグロとカツオのヅケ--私
マグロは甘酢、カツオはショウガショウユに前の晩に漬けたもの。万一の場合に備えて取ってあった。
・牛肉としいたけの炒め物--奥さん
牛肉薄切りを一口大に切り、サトウ、ショウユでいため、、酒、水、出汁をくわえる。しいたけは石付きを取り除いて半切りにしたもの、ネギは2センチくらいに切ったもの、ショウガのミジン切りを加える。最後にカタクリ粉を加えて、トロミをつける。おいしい。
[水曜日(1/11)]--配食センターから食事が届く日なので、老母向けお料理はお休み
[木曜日(1/12)]--奥さん
・チーズフォンデュ
奥さん曰く、生涯初めてと言う位の高級料理に挑戦した! 力が入っている。
ブロッコリ、サトイモ、トリニク、フランスパンを用意する。ブロッコリは小さく分けてからラップにくるんでレンジで3分。サトイモは、よく洗ったら皮付きのままラップしてレンジで5分。レンジから取り出した後皮をむいて2センチ角に切る。トリニクも、2センチ角程度に切ってコショウを振ってフライパンで火を通す。パンも2センチ角に切って、パン皿に盛る。
卓上用のナベを加熱して、ニンニクをそのうち壁に塗りつけておく。チーズを250g、牛乳100cc、お正月用に買い込んで開封しなかった白ワインを100ccをなべに入れて、チーズを溶かす。最後にカタクリ粉を加えてトロミを出す。
ワインのアルコールがかなり残っていたかもしれない。息子は絶賛。確かにおいしかった。
・カブとグレープフルーツのサラダ
カブ200g、グレープフルーツ1個、サラダ菜半株を用意する。カブは2ミリくらいの厚さに切り、グレープフルーツは小房から取り出し、レモン汁大サジ1、蜂蜜大サジ1、塩少々、コショウ少々、オリーブ油大サジ2を混ぜて作ったドレッシングを掛ける。サラダ菜を敷いたお皿に盛って出来上がり。さっぱりとしておいしい。カブがヤサイに感じない仕上がりである。
[金曜日(1/13)]--私
・変わり雑煮
お供え崩しの日(鏡開き、11日)は過ぎてしまったが、お餅料理にした。お供え崩しの日の真似事をしようというわけである。亡父が生きていた頃、我が家では、旧来15日にモチ粥をいただくことになっていたが、関東の一般的風習では11日が鏡開きでモチ料理を食べることになっている。
我が家では、昨年から、本物の供えモチを省略して市販の紙のお供えを飾っている。この中には、関東では珍しい丸モチが10個詰まっていた。
トリニクを小さく策刻んで、水を半分ほど入れたなべに入れ、白菜、マイタケ、三つ葉、ゴマを加えて、たっぷりのコショーと酢、ゴマ油、ショウユで味付けして、沸騰したところに溶き卵を流し込んで、丸モチ10個を入れる。モチが芯までやわらかくなる前に、4つの器に盛り分ける。老母と私はモチ2つ、息子と妻はモチ3つずつである。器に盛っている間にモチは芯までやわらかくなる。これより後のタイミングでは、モチが溶けてしまうのである。
うまい。息子はお代わりがないのかと催促するが、そこまでは用意しなかった。息子はやむなく別に白いご飯を盛って、食事を続けた。
・タゴトの自家製佃煮
正月料理のつもりで年末に買い込んだ小さなカタクチイワシ(タゴト)の乾燥パックが冷凍庫に残っていたので、取り出して、フライパンに掛け、スリオロシショウガ、ミリン、サトウ、ショウユ少々を加えて、さっと混ぜ合わせて器に取り出す。うまい。これだけを1パック分一人でも食べられるくらいだ。
・フグの一夜干し
フグの一夜干しを調理用のポリ袋に入れ、塩とミリンをポリ袋に入れて、振ってまぶしてから、細火で網焼きにする。口に含むとフグの甘みが広がる。
[土曜日(1/14)]--奥さん
奥さんが、土曜日も私がやると宣言。料理がすっかり面白くなっているのかも知れない。しかし、もしかすると、奥さんは、ブログに亭主ばかりが料理していると書かれるのはいやだから、たくさん作りたいという本音もあるのかもしれない。いずれにしても、私にとっては幸いである。とくに今日は、休日ではあるものの、朝から顧客を訪問することになっていたので、大いに助かった。
・レンジ蒸し豆腐
木綿豆腐1丁、エノキダケ50g、青細ネギ2本を用意する。エノキダケは半分の長さに切ってほぐしておく。ネギ小口切り、豆腐は2つに切って、厚みも半分に切る。都合4つの豆腐の切り身ができる。小皿に豆腐を乗せ、その上にエノキダケをのせてレンジで3分半加熱する。ショウユ大サジ1、サトウ、酢、ゴマ油各小サジ1、コチジャン小サジ半分でタレを作る。小皿をレンジから取り出したら、タレをかけて、青ネギをかけて、出来上がり。色鮮やかで、豆腐とは思えない重厚な舌触りと濃厚な味に驚く。
・ダイコンのソテー
ダイコンは葉に近いほう10センチくらい。1センチくらいの厚さで、半月切りにしておく。フライパンに油を敷いて、材根をいれ、塩・コショーを振って、強火で焼き色が付くまで熱して、焼き色が付いたら弱火でしばらく火を通す。裏返して、塩・コショーを振って同様に焼く。これだけでダイコンの甘みが口一杯に広がるうまさである。
・蒸しカボチャの松の実ソース掛け
カボチャ200g、レモン汁3分の1個、松の実10gを用意する。
カボチャはタネを除いて、ラップでくるんで、4分ほど電子レンジで加熱する。レンジから取り出したら、食べやすい大きさに切る。ソースは、粗く刻んだ松の実、レモン汁、オリーブ油、粉チーズ小サジ2ずつ加えて混ぜて作る。
器にカボチャを盛り付けたら、ソースをかける。チーズの濃厚な味がカボチャとよく合うのが不思議。しかもさっぱりと口当たりがいい。
[日曜日(1/15)]--私
・トリニクとヤサイの煮込み
取りモモ肉とダイコン、長イモ、ニンジン、ゴボウを合わせ炊きにしたもの。カツオ出汁、ミリン、ショウユで味をつける。定番の田舎料理。老母の口に合うもので、蛋白質の補給に役立つ。
・水菜とスモークサーモンのサラダ
ダイコンのセンギリに水菜、カラーピーマンを食べやすい大きさに切って入れる。スモークサーモンをワンパック分入れて、コショーとマヨネーズで混ぜ合わせる。実は、カツオ出汁とミリン、白ワインを加えてある。見た目にも鮮やか。味は洋風のようで、和風の味。老母からはほめられた。
・牡蠣のニンニクソース炒め
奥さんが買った牡蠣だが、材料を買い込みすぎて、明日の料理には牡蠣は使用しないというので、シメシメとばかりにニンニクソース炒めにした。セロリのセンギリ、ネギのセンギリと牡蠣をフランパンに入れてふたをして加熱する。たっぷりのニンニクに白ワイン、コショー、塩少々を加える。アルコールと水分が飛んだら、やや焦げ目が出るくらいまで炒める。盛りつける前から、香りが豊かに周囲に漂う。
[月曜日(1/16)]--奥さん
・マグロのカルパッチョ
サクで買ってきた赤味のマグロをスライスして、皿に盛り、オリーブ油を回し掛けして、レモン汁(レモン半個分)、粉チーズを掛ける。青ジソの葉をセンギリにしたものを上に置いて飾る。色鮮やか、香りよし、味よし。
・肉豆腐
ブタバラ薄切り肉200gくらいをサッと湯に通して、灰汁を除いておく。5-6センチにきり、豆腐2丁を2センチ角に切っておく。ネギは斜め切り。ナベにカツオだし汁400CC、酒・砂糖を各大サジ2杯、ショウユ大サジ4杯を入れて煮立てる。沸騰したら、ブタニク、豆腐、ネギを入れてひと煮立ちしたら完成。日本人でよかった!という味。
[火曜日(1/17)]--息子
またしても得意技で挑戦。
・スパゲッティ
スパゲッティをゆでる技術は、家族内一である。固すぎずやわらかすぎない。ニンニクとバター、オリーブ油、塩少々で味付けする。ベーコンを細切りにして、合わせる。これだけでも食べられる。
・春菊入りポテトサラダ
ジャガイモをふかして、つぶしてバターとゆでた春菊を2センチくらいに切ったものを合わせる。春菊とポテトの意外な出会い。香りがよく、いくらでも食べられる。
・ジャガイモのポタージュ
ふかしたジャガイモ、タマネギをミキサーに入れて粉砕。チキンコンソメを加えて、中火で煮込む。食事に汁物は欠かせない。今回はオヤジが負けたかも。
[水曜日(1/18)]--配食センターから食事が届く。老母向きの料理作りは、本日お休み。
[木曜日(1/19)]--奥さん
・キャベツとワカメの八丁味噌いため
キャベツ600g、生ワカメ40g、スリオロシショウガ小さじ2杯、ネギ100g。キャベツは一口大に、ワカメはザク切り、ネギはミジンに切る。油大サジ5杯くらいを入れた中華ナベを熱して、加熱する具材の水分が飛ぶのを確認しながら、ワカメ、キャベツの順に入れる。八丁味噌大サジ大盛り2杯、ショウユ大さじ4杯、砂糖小サジ5杯を加える。沸騰したら、カタクリ粉を少量の水に溶いて回し掛けしてとろみをつける。、最後にネギ、ショウガを掛けて出来上がり。
・ゆず風味、カブのサラダ
カブ4個と柚子の実を用意する。柚子の実は我が家の庭に実るので、正月休みに樹上に残っていたものをすべてとりおろしておいた。100個くらいあるので、ふんだんに使う。2個分の皮を剥いて、センギリにする。カブは、皮を剥いて、薄い半月切りにする。
米黒酢大サジ2、塩小サジ半分、砂糖小サジ半分、コショウ、サラダ油大さじ2を混ぜたボウルに、柚子の皮とカブを切ったものを混ぜて10分ほど待つと出来上がる。
[金曜日(1/20)]--息子
本当は私が担当のはずだった。さらに愛犬様の散歩も私の担当だった。しかし、この日の朝、私は風邪気味で愛犬様の散歩に躊躇していた。息子は私に運動不足になるから是非行くようにと母親のようなことをいう。「じゃぁ、朝飯の料理はやってくれるか」と言い残して出かけた。息子は発奮して、料理に挑戦。
・モチ入り白菜とカニのトロトロ煮こみ
白菜を繊維と直角に3ミリ幅に切る。ベーコンも同じ幅に切る。中華なべにごま油を加えて、ベーコンをいためる。日が通ったら、白菜を加えてしんなりするまで炒める。紹興酒、スープの素、塩少々を加えて白菜がとろとろになるまで煮る。カニ肉をほぐして加えて、さっと暖めたら、水に溶いたカタクリ粉を加えてトロミを出す。最後にモチを加えて、浅立ちの小どんぶりに入れて食卓へ。体が温まる。いつこんな料理を覚えたのだろう。
・マイタケと芽キャベツの炒め物
マイタケは石づきをとって崩しておく。厚くしたフライパンにサラダ油とニンニクをいれ、マイタケ、芽キャベツ、ワカメのザク切りを入れる。ショウユ小サジ1、オイスターソース小サジ1、砂糖小サジ1、水大サジ2、水溶きカタクリ粉を加えて出来上がり。実は、たまたま冷蔵庫にあった材料で思い立った応用料理らしい。うまい。
[土曜日(1/21)]--私
スケジュールで言えば、奥さんの当番の日。しかし、前日には、山形県の物産がどっさりと届いていた。東京で行われた「食育フェア」に出展した山形県長井市の皆さんが、展示した品から選んで私に送ってくれたプレゼント。町おこし村おこしのボランティアで知り合った人々である。うまそうなものばかりなので、老母にも分けてあげようと考えた。私が担当したが、盛り付けただけという超手抜きである。
・鮎の甘露煮
東京の鮎の甘露煮に比べると甘さは控えめであっさりしているが、うまみが抜群。しかも、頭から尻尾まで柔らかくて食べやすい。大型の鮎の甘露煮8本入り×2パックが届いたので、1パックをあけて老母には2本盛り分ける。
・豆モチ、玄米モチ
うっすらと塩味のする、実に上品なモチである。おいしいが、老母には、のどを詰まらせる危険性もないとはいえない。どちらも1センチほどの短冊に切って、耐熱皿に入れて電子レンジでチンしたものを1切れずつにした。
・おみ漬け
江戸の昔、海路、商いに訪れた近江商人(おおみしょうにん)が土地の人に伝えたという漬物である。「おおみ漬け」が「おみ漬け」になったのだそうだ。季節の野菜を彩り良くたくさんあわせてミリン味で塩漬けにしたものだが、特徴は、必ず紫蘇の実が入っていることである。いろいろなヤサイの味が渾然と混じり、紫蘇の実の香りとピリッとした味が全体をまとめている。いついただいても、うれしい味である。
これら以外にもいただいたものは数々あるが、明日以降の楽しみとして冷蔵庫にしまった。
[日曜日(1/22)]--奥さんと私
・カボチャのスープ--奥さん
カボチャ240g、タマネギ50g、固形スープ、牛乳500cc、小麦粉大サジ2、バター10gを用意する。タマネギは繊維に直角に薄切りにしてバターで火を通す。小麦粉、水500cc、固形スープを加え、煮立ったらカボチャを入れる。ラップをしたカボチャは電子レンジに掛けて5分でやわらかくなる。スプーンで実の部分を掻き取るようにすればかんたんである。余分な繊維を取り除くため、ざるで濾して、ナベに戻す。牛乳を加えて沸騰させ、塩、コショウで味を調える。
・ヒジキ--奥さん
私の定番料理がいつの間にか、奪われた。ひじきはたっぷりの水に浸して、戻して、水を捨てること3回。ざるに揚げて水を切っておく。油あげは、たてに2つに切り、センギリにしておく。ニンジンもセンギリ、サヤエンドウはスジを取り除いて、センギリにする。サラダ油大さじ2位でヒジキを炒める。水気がなくなったらニンジン、油揚げを加えて、砂糖大さじ2よくいため、ショウユ大さじ半分、サヤエンドウを混ぜ合わせて出来上がり。
・鮎の昆布巻き--私
山形の特産品。輪切2切れを皿に盛る。骨がないのかと思うくらい、鮎がやわらかい。これならば老母にも安心。うまい。私の作業は切っただけ。
[月曜日(1/23)]--奥さんと私
・ブリの昆布巻き--奥さん
水に10分ほど浸したコンブを7センチくらいずつに切る。かんぴょうは水で戻したら、塩もみする。塩は洗って流してしまう。ブリは骨と皮を取り除いて、1センチ幅にきる。コンブでブリの切り身を巻いてかんぴょうで縛り、なべの底に並べて、薄切りショウガを乗せる。コンブの戻し汁、酒大さじ3、酢大さじ1で1時間くらい弱火で煮る。砂糖大さじ5、ミリン大さじ1、ショウユ大さじ4を加えて、汁がなくなるまで煮る。煮ている時間が長い。その間、ずうっと見張りが必要。料理らしい料理だが、良くやったね。おいしい。きっと、老母も満足だろう。
・ユズたっぷり白菜の浅漬け--奥さん
これは我が家でしかできないだろう、と思われるユズの贅沢な利用方法。白菜は2センチ幅程度に切る。ユズを2個、皮をセンギリにして白菜にまぶす。身の汁はその上に絞る。塩、酒、ショウガを加えて、ラップし、冷蔵庫に一晩置いて出来上がり。
・鮭のカルパッチョ--私
タマネギをセンギリにして、30分ほど水に浸して辛味成分を流す。サクで買ってきた刺身用鮭を薄切りにする。水を切ったタマネギとあわせて、コショーと塩、スリオロシショウガを加えて、オリーブオイルで合える。1時間ほど時間を置くと味がなじんでおいしい。生のニンニクは、老母が好まないので今回は入れなかった。
・鮎の寒風干し(あゆのかんぷうざらし)--私
山形県長井市の人たちからの贈り物の一つである。初めてお目にかかった。生産現場の写真もいただいたので、推測すると、鮎を生のまま軒先で凍らせて乾燥したものらしい。作り方は氷下魚(コマイ)に似ているのではなかろうか。こうやどおふの原理で身が多孔質になって崩れやすい。今回は、姿のまま、電子レンジで火を通した。鮎の香ばしい香りが広く立ち上がる。乾燥しているので、箸で少し力を入れると簡単にわれる。頭から食べられた。これはこれでおいしいが、きっと、地元では、何か特別な料理法が別にあるに違いない。老母には、焼いたものを1本添えて届けた。
[火曜日(1/24)]--息子
・ブリの照り焼き
よい切り身を買っておいたら、見つけて早速照り焼きを作った。酒、ミリン、ショウユ、砂糖で味付けた。実も崩れていない。塩を振ったシシトウをフライパンで焼いて、添えた。生きててよかったと思うくらいの満足感。
・粉ふきポテト
バター味、ふんわりとおいしい。どこかで覚えたのか、秘密の料理本でもあるのか。上手である。2つ切りにして一人ずつ、盛り分けた。
・ネギと舞茸の赤だし
ネギの大きさも、舞茸の大きさもきちんとそろっている。丁寧な仕事振りである。このあたりは私とずいぶん違う。
[水曜日(1/25)]--配食センターから老人食のお弁当が届く日。老母用のお料理はお休みである。
[木曜日(1/26)]--奥さんと私
・カニあんかけチャーハン--奥さん
みじんぎりのニンジン、ヒキニクでチャーハンを作る。酒、ミリン、塩に水でひと煮立ちしたら、カニのくずし身を入れ、かたくり粉を加えてとろりとさせてあんとする。チャーハンを丸く皿に盛りつけたら、安を掛けて出来上がり。手の込んだ料理なだけあって、さすがに食べやすくておいしい。
・サバ味噌煮缶とネギの炒め物--私
やや大きめのサバ味噌煮缶をなべにあけて、コショーを振り、おしょうゆを少々たらして、短冊状のネギをたっぷり加えて、加熱する。ネギがしんなりしたらOKである。味噌煮サバ缶のマッタリ感が抜けて、食が進む別の味になる。超カンタン、おいしいお料理。なんでもない缶詰でも、ひと手掛けるだけでご馳走になるという例である。
[金曜日(1/27)]--奥さんと私
この日の午後は次世代大学教育研究会で発表し、その足で、大阪で行われる未病システム学会に向かう予定。明日の食事も作りおきする。とりあえずは、今日の分のお料理。
・牛肉のキャベツ巻き--奥さん
薄切り牛肉(シャブシャブ用)を巻いて、それを包むようにキャベツで巻く。楊枝で留めて、沸騰したナベに入れる。タマネギ、ニンジンを一口大に切っていれ、固形のコンソメの素、黒酢と醤油で味を調える。口当たりは、さっぱりしているが、ボリューム感あふれるお料理。
・ブタ肉の卵とじ--私
子育て時代のおゴチソウを思い出して作ってみる。フライパンを使う。タマネギセンギリ、木綿豆腐の薄切り(暑さ4ミリくらい)、薄切りブタニクを重ねる。軽くコショウを振ってブタニクの臭みを抑える。カツオ出汁、みりん、醤油をいれて、具の上にタレが見える程度まで水を加えてふたをして火をつける。沸騰したら、ふたをあけて溶き卵をたっぷり掛けて、もう一度ふたをする。2分ほどすると出来上がり。ボリュームたっぷりのお料理になる。具の順番が崩れないようにタレと一緒に小皿に盛り分ける。当時も息子が喜んで食べた。今日も、好評。
・シラスとチシャのサラダ--私
チシャの葉を水洗いしてセンギリにする。ダイコンのセンギリとあわせて、軽く電子レンジで火を通したシラス干を混ぜて、マヨネーズであえると出来上がり。文句なしにうまい。
[土曜日(1/28)]--私
これは、造りおきの形で準備したもの。この日は、前夜から私と奥さんは未病システム学会のため大阪に出張していた。
・がんもどきとダイコンの炊き合わせ
四角いがんもどき2つを三角に8つずつに切り、同じくらいの大きさのダイコンと一緒にナベに入れて、具が隠れるくらいのカツオ出汁と水を入れて、そのまま炊く。ミリンと醤油、スリオロシショウガを加えて、とろ火で、ダイコンが透明になるまで煮込む。小鉢に盛って出来上がり。がんもは汁を一杯に吸い込んでいるし、ダイコンはがんもの味を一杯に含んでいる。
・ハマグリのふわふわ煮
伊勢から送られたいただき物、身が柔らかに炊かれているので、老母でもおいしく食べられるに違いない。小皿に盛り分ける。
・ハリハリタクワン
山形長井市の皆さんからいただいた贈り物の残りの一品。カツオ味に仕上がっていて、身はハリハリ、昔風のヌカの渋みがそのままでおいしい。
[日曜日(1/29)]--私
・西洋野菜と小エビのヨーグルトサラダ
冷凍の西洋野菜を解凍して小エビをさっと火に掛けたものを混ぜて、ヨーグルトを1パック分入れる。マヨネーズ大さじ2、ミリン、塩少々を加えてよく混ぜる。ヨーグルトだけでもよいが、少しだけ味わい深くしたいと願った。
・鯛の粕漬け
またいただきものの鯛の粕漬けがあった。高級品である。耐熱皿に入れ、身が崩れないように電子レンジで「ゆでもの」のメモリで火を通す。
[月曜日(1/30)]--奥さんと私
・マグロとアボガドの和風カルパッチョ--奥さん
刺身用のマグロとアボガドをそれぞれ2センチ角くらいに切り、酒とミリン、ショウユで合えたもの。マグロとアボガドの相性はバツグンなので、文句なしにおいしい。
・鮭とタコのお造り盛り合わせ--私
マグロは奥さんに優先権があったので、譲った。活きのいい鮭のタンザクとタコを見つけたので、一緒に買ってきたもの。老母用には、小皿に大葉を敷いて、愛用の刺身包丁(100円ショップで購入!)で、鮭とタコを食べやすいがやや厚めに切って2切れずつ盛り付ける。厚すぎると食べにくいし、薄すぎると貧相だ。ヒトの食嗜好は難しい。食卓に向かう老母の顔やしぐさを思いつつ、包丁を入れた。
・鳥手羽元と野菜の味噌煮込み--私
鳥手羽元、舞茸、平ら貝、シイタケ、ハクサイ、ネギにジャガイモを5ミリくらいの厚さに切ったものを加えて、カツオ出し汁、味噌、ミリンで炊いたもの。実は前日、我が家はこの具財でナベを囲んだ。あらかじめ取り分けていた材料で老母用の味噌煮込みを作ったもの。安心の和の味。
[火曜日(1/31)]--息子
前夜、息子は、何を作っていいかわからない、とぶつぶつ言っていたが、朝になったら、なにやら作り始めていた。
・焼きうどん
ブタ肉薄切りを一口大にきり、緑のピーマンとカラーピーマンを細切りにして合わせて、フライパンで炒める。酒、ミリン、ショウユを落とす。ここにゆでたウドンを加えて、熱っしながら混ぜ合わせる。皿に盛ったら、卵の黄身を乗せて出来上がり。頬ばると卵黄のうまみが口いっぱいに広がる。
・ナスのシギ焼き風
ナスの皮をむいて縦に裂いて、耐熱皿に載せて、電子レンジで加熱する。普通に焼くと焦がす危険がいつもあるが、電子レンジならば、その懸念はない。火が通ったら、小皿に盛り、カツオの花削りを掛けて、柚子ポンを振る。ショウユでは辛くなりすぎるので、柚子ポンを使用したとのこと。なるほど。応用が利くのは上達した証拠。老母もうれしいだろうが、オヤジ(私)もうれしい。
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☆この記事に、「心は丸く 腹は大きく」の「かーみら」さんからのトラックバックをいただいた。「心は丸く 腹は大きく」は、まるで私の姿のようだ。

アメ・ツチに感謝してお料理。食は人生の楽しみである。

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琵琶

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MOLDAの吉田弘先生を記念する論文賞--交友の記録(9)

2006/01/12
MOLDAの吉田弘先生を記念する論文賞--交友の記録(9)

吉田弘先生については、過去にも記事を書いた。
早いもので、1月2日が1周忌の命日になる。
「こども省」ブログの本間善夫教授(県立新潟女子短期大学生活科学科生活科学専攻)から、再びバックトラックをいただいた。吉田弘氏を記念する論文賞が、日本コンピュータ化学会にご遺族の寄付を基金に設置されることになったという記事である。
吉村忠与志・上嶋晃智共著,「コンピュータ化学 ―インターネット時代の化学情報工学」サイエンスハウス(2003) …bk1情報 も紹介していただいた。この本の発行元が私の会社である。ここには、吉田弘先生の成果も本間先生の成果も収録されている。
私のことなどもご紹介をいただいている。暖かいお心遣いが伝わる。故吉田弘先生が結んでくれたご縁である。ありがたく、心から感謝申し上げ、改めて故吉田弘先生のご冥福をお祈りいたします。

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人の和の源、お正月料理特別編--オヤジと家族のお料理ライフ(6)

2006/01/01-07
人の和の源、お正月料理特別編--オヤジと家族のお料理ライフ(6)

お正月料理となれば、腕の見せどころである。しかし、今年はすこし心配な状況でお正月を迎えた。
今年は、我が家が我が一族の新年会の「宿」になることが決まっていた。老母を中心に、姉夫婦、弟夫婦、それらの子供たちとその連れ合いが集まる。しかも、今回は長くアメリカに暮らしていた姪が結婚相手の男性を連れてくるというのである。
しかし、間の悪いことに、私は年末から風邪を引いて、ダウン気味。少々つらい体調で、料理に挑戦することになった。お造りなどの生ものはすべて断念した。
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〔芋料理〕--私
安蒜忠左衛門の今のご当主から、年末のいつもの届け物がある。今年は芋(タケノコ芋、サトイモ、セレベス、八つ頭)だった。老母が受け取って私に持参した。ということは、これで正月料理を作れということだ。ちなみに、安蒜忠左衛門は、千葉氏の血を引くこの地の名家のひとつであり、水戸徳川家に仕えた武術家の我が家のご先祖様とも江戸の昔から嫁を交換している縁続きである。農地解放でも残った広大な土地を公共に寄付して、北総随一の自然公園となっているのはよく知られている。先代のご当主となくなった我が父は従兄弟になるが、ほとんど兄弟のように育ったようで、私を供にして頻繁に行き来していた。今でも盆と暮れには残った田畑の実りが届く。
・タケノコ芋とトリのユズ炊き
タケノコ芋を輪切りにして、さらに二つ切りにして、水からゆっくりと炊く。わずかに泡が出てくる程度にして激しい沸騰は避ける。トリササミのスライス、たっぷりのユズの皮のセンギリを加える。残ったユズの実も絞って汁はすべてナベに入れる。カツオ出汁、ミリン、米黒酢、スリオロシショウガ、塩、サトウでアドをつける。ユズの酸味だけよりも食酢(米黒酢)を加えると丸みが出る。酸味はあわせるとたいてい良い味になる。タケノコ芋は煮崩れしやすい。特に輪切りは難しい。煮ると中が膨らんで外側が縮む。今年は二つ切りにしたところほとんど煮崩れしなかった。箸にもとりやすい。4つに切って、イチョウにしても良かったかもしれない。さっぱりした味で、芋特有のマッタリ感がない。
・サトイモと肉団子
私の定番料理。大量のサトイモは皮むきがたいへんである。面取りの要領で剥く。肉は、常備の挽肉(牛とブタの合挽き)を使用する。解凍した挽肉に、スリオロシショウガと塩、カタクリ粉と酒を加えて、手ゴネすると粘りが出てくる。サトイモをカツオダシで軽く沸騰させたところに右手のスプーンで肉の一塊をとり、左手に移して、軽く握って肉団子を放り込む。慣れているので、時間はかからない。ミリン、ショウユ、サトウで味をつける。
・八つ頭とセレベスのカツオ味
八つ頭1個とセレベスの親芋1個、単独ではおもてなし用には量が不足である。両方とも粉分の多い品種で、煮込み向き。ひと口大に乱切りにして、あわせて使用すれば違和感がないに違いない。ハナカツオを大づかみ2回分を使用する。ミリン、ショウユ、サトウで味をつける。この土地の伝統の味。形の大きなハナカツオを使ったのは、いかにもカツオ味ですという演出のため。
〔肉料理〕--私
・煮ブタのあんかけ
焼きブタ用のヒモで縛ったブタニクの大きな塊を2つ、大ナベで塩茹でにする。取り出して厚切りにして、冷蔵庫にしまう。残った汁のアクを取り除いて、八角、スリオロシショウガ、ミリン、紹興酒、ショウユ、カタクリ粉を加えて、別の器に盛って冷蔵庫に。食膳に供する前に掛けるつもりである。八角のにおいが食欲をそそる。
・牛肉のミソダレ
土佐造りにするつもりでBSE汚染の恐れが消えない米国産牛肉の輸入が再開される直前に買っておいた上等の肉だが、米国産牛肉の輸入が再開されて間もないので、生肉は敬遠されることを懸念して、やはり塩ゆでにした。薄くスライスしてこれも冷蔵庫に。タレは、ミソに煮汁を入れて伸ばして、コンブ味、カツオ出汁を加えて、加熱しカタクリ粉でやや固めに仕上げる。食膳に出す前に肉にかけオーブンで焼いてミソのこげる香ばしいにおいを楽しんでもらおうという計画である。
〔エビ料理〕--私
エビも近所から老母がお歳暮として受け取ったという。「私には料理ができないから、頼むよ」と持ってきた。大振りのエビが10尾入っている。立派なものだが、10数人の来客にはやや足りない。食材店に出向いて、同じ種類のエビをさらに10尾買った。エビ料理は背ワタを除去するところからである。皮をむき、背中を開いて冷水にさらしながら背ワタを取り除いてゆく。エビの身が冷水にあたると切れ目からピンと左右に開く。透明感のあるつややかな身である。新鮮な証拠である。20尾もやり続けると冷たくて手がしびれてくる。ネギ3本のミジン切りを作って、なべに入れ、少な目の水で沸騰させるなり、背ワタを抜いたエビを入れる。オイスターソース、紹興酒、カツオ出汁、オロシショウガ、たっぷりのトマトピューレ、塩、サトウ、唐辛子の輪切りを加える。かき混ぜながらやや煮る。エビのいいにおいが台所に充満する。最後にカタクリ粉を加えて、とろみを出す。
〔その他の料理〕--私
・クワイ
慈姑(クワイ)は縁起物である。泥の中に生育し、初秋には枯れるが、新年の頃にはまた泥の中から芽を出すので、縁起が良いとされている。今年は、小さめの鶏卵くらいの大きな立派な慈姑イモが手に入った。15個購入した。皮むきが難しい。芽に意味があるので、芽を傷つけないように皮をむく。このイモは普通に料理すると苦いので、アク抜きが欠かせない。酢を加えた水で、水から沸騰させないように小一時間煮る。酢で煮るとアクがよく抜ける。湯はすべて捨てて、イモも水で洗ってから、もう一度水から煮る。カツオ出汁、ミリン、オロシショウガ、塩、サトウで煮る。ここで、クチナシの実をいれる。クチナシの実は2つに輪切りにしてから入れるとその色素がよく煮汁に出る。クチナシは我が家の庭にあるものである。園丁に任せて丸仕立てにしてあるが、かなり大きい。年によって剪定の仕方を変えるので、実が良く付く年とそうでもない年がある。今年は豊作だったので、良い実を選ぶことができた。たっぷりと入れて煮込んだので、色よくつややかに仕上がった。煮あがってから、クチナシの実は取り除く。
・松前づけ
するめイカの細切りとコンブの細切りのセットを購入し、調理用のはさみで短く切る。ダイコンとニンジンのセンギリを加えて、酒、ミリン、ショウユを加えて、よく混ぜる。やがてコンブのぬめりが具材全体を包むようになる。そのまま、一昼夜保存すれば、ダイコンやニンジンの生臭さが消えて、いい味になっているはずである。
〔御節料理〕--私
我が家では、毎年、できるだけ手作りにして3段重ねを作ることにしている。家族だけが食べるものである。出来合いのセットを買ってきたほうが安くておいしいのかも知れないと毎年迷いながら、オヤジの手作りに挑戦している。もちろんカマボコなどは、紅白各1本を買ってきて、切って交互に並べるだけだが、手が加わっているというだけで、家族にはうれしいのかも知れないと自己満足に浸る。お重に入りきれない料理は、別に冷蔵庫にしまっておき、食べ終えた料理の代わりに入れたり、補充したりする。来客用の料理も小分けして加える。並び順は無手勝流だが、「きれい」に心がける。
今年も平和な正月になりそうである。
・一段目
栗キントン、タゴト、エビ串焼き、紅白カマボコ、黒豆、数の子、福豆、昆布巻き、、、。
・中段
焼きブタ、手製のアミとサケのほぐし身の佃煮、卵伊達巻、、、。
・下段
タケノコ芋とトリニクのユズ炊き、サケのコンブ巻、酢ダコ、ブタニクのあんかけ、、、。
〔イリドリ〕--奥さん
これだけは譲れない、というくらいの奥さんの得意料理である。手はかかるが"おもてなし料理"としていつも喜ばれている。
ナベに油を敷いて、一口大に切ったトリニク(モモ2枚)をいためる。サトウ大サジ1パイ程度を加えて強火で3分、酒、ショウユを加えて混ぜる。トリニクは取り出しておく。ヒネリコンニャクを作っておいてこれをなべに入れてタレを絡める。続いてニンジン、ゴボウ、シイタケ、レンコンを加える。シイタケの戻し汁、水を、具の下1/4くらいが浸るくらいまで加える。煮立ったら中火にして、灰汁をとる。サトウ大サジ2ハイ、ショウユ大サジ2ハイを加えてサトイモ(8個分くらいを一口大に切って)加えてサトイモに箸が通るようになったら、器に盛る。
トリニク、コンニャク、根ヤサイの数々のどれもツヤがあって、甘辛く、"日本人のベロ"にはぴったりである。
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1月2日、お客様たちがやってきた。年末から当日の午前中まで、料理に熱中するオヤジを傍らに、我が家の奥さんと息子は会場作りとお掃除に追われた。普段からもっときれいにしておけばよかったとは奥さんのぼやきである。子供が生まれたばかりで外出ままならない姪夫婦の一組(姉の娘夫婦)、かなり前からの約束の仲間との遊びに出かけた我が家の息子を除く全員が終結、12名になった。仕切りおばさんの姉が指示した仕出の寿司を取り寄せて、その周囲に各家庭からの持ち寄りの料理を並べるというのが例年の新年会スタイルである。
結婚間じかの姪は、年末にアメリカから帰って前日まで一緒に帰国した未来のだんな様の実家(福岡)にいた。未来のだんな様のお父さんは日米両国籍を持つ司祭。お母様は日本人である。したがって、未来のだんな様は顔も物腰も話し方も日本人だが、外国人の姓である。彼も両国籍を持っており、結婚すれば姪も両国籍を持つことになる。元旦に福岡から千葉県まで移動してきたのだが、その夜は、疲れも見せずに姪の父(私の弟)と1升ビンを2本あける勢いだったそうだ。娘ムコ殿とは初対面で飲まずにいられないのが父親というものかもしれない。彼の実家のお母様は、生粋の博多のおば様、たまたま恋した相手がアメリカ人だったというだけのようである。本場のカラシ明太子や活きのいい刺身用のイカなどを姪に土産に持たせてくれた。息子をよろしくという心遣いが伝わる。我が家には、「宿」としてお世話になるという理由で博多の名物の栗饅頭1箱をいただいた。後で知ったが、お父様は大学の教授で司祭も勤める方のようである。
姉夫婦は、イカや数の子を入れた松前づけを持参。私の松前づけとは一味違うものだった。
弟夫婦は、婿殿の持参したものとは別に、自慢の錦糸玉子(例年作って持ってくる)とサーモンスライスのマリネを持参した。
老母は、いつものとおり、一番自信のある白いんげんの煮物だ。煮崩れしないように豆をふっくらと煮るのは老母にかなわない。これだけはいつも脱帽。
後は、私の手料理である。テーブル上はごった返して、大変である。こんなとき、男は案外おとなしいが、女たちは元気一杯だ。老母と姉と弟の嫁は声も大きいし、話の内容で誰にも負けまいとツッパリ通しである。口下手な私の奥さんは黙々と給仕をしている。姉の息子の嫁も気おされて、ニコニコしているだけという状況になる。いつものことである。弟は娘婿殿の前でやや上機嫌だが、義理の兄と私、弟の息子、姉の息子などはおとなしく、飲んで食べて、女たちのかしましい話題を聞いている。私は時々、若い男たちに料理を勧めてできるだけたくさん食べてもらおうとする。賑々しく2時間ほど経過したところで、我が家の隣に新築中の姉夫婦の家(隠居用)を見に行こうという話に盛り上がって、寒風の中をぞろぞろと出かけてゆく。私は、その間にお吸い物の準備をする。寒い中、外に出る気力はなかった。むしろ客人たちの冷えた体に暖かいお吸い物は良いだろうと踏んだのである。お吸い物は、トリササミのスライスと変わりカマボコの薄切りでだしをとり、ミリンとショウユで味付けしたものをベースにする。熱くなったら、椀に用意した湯葉、三つ葉、「寿」の朱文字入りの鳴門巻のスライスに注いで出来上がりである。三つ葉の香りが強く、「寿」の朱文字が鮮やかだったが、外での寒さに震えたお客様たちは、席に戻ると物もいわず、中の具を眺めるのでもなく、すぐにお吸い物の椀に顔を近づけると、うまそうに飲んだ。見たり香りを楽しんだりするよりも、暖かさに満足したようだった。
例年よりも、やや宴が短めに終わったのは、県警に勤める甥が勤務につくために席を立ったのと、夜の都内観光を楽しみにしていた婿殿のためである。
何も口を挟めなかった私の奥さんはやや不満げだったが、久しぶりに濃厚な時間を皆と共有して、私はたっぷりと満足した。

料理は人の和の源。食は人生の楽しみである。

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琵琶

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「"一人にしない" 情報コミュニケーションシステム」へ、新春に思う--社長の条件(18)

2006/01/01
「"一人にしない" 情報コミュニケーションシステム」へ、新春に思う--社長の条件(18)

あけまして、おめでとうございます。
旧年中はたくさんの皆様に支えられ、お陰さまで希望あふれる新年を迎えることができましたことを心から感謝いたします。本年もなにとぞよろしくお願い申し上げます。(平伏)
<--次期の社長の候補の諸君も、しっかり頭を下げるように。稔るほど、頭(こうべ)を垂れる、稲穂かな。

さて、電子式計算機(コンピュータ)の歴史は1945年頃から始まりました。1980年代のパソコンブームは、それまで人を支配する道具でしかなかったコンピュータを、人々の側に立つコンピュータに転換させた大きなムーブメントでした。当社は、このムーブメントの直前に設立され、この流れに棹さすように発展してきました。世は急速に高度情報化社会へと向かってゆきました。不肖私が命名した「人に近づくコンピュータの時代」「人類の共生を支援するコンピュータの時代」などの言葉もそのときどきの時代を表すものとして幾分か世に知られたりもしました。さて、ハードウエアの発展普及はすでに成熟期を迎えています。このままでは、2010年には、この熱気は失われているだろうと予測されるところです。
しかし、今、また新しいムーブメントが起きかけてます。足元を見れば、高度情報化社会によって成立した「一人とその他多数」という乾いた弱い関係は微妙に人々を孤立させてゆきました。今、始まっているものは、人々の孤立感をぬぐうための「一人にしない重層的組織構造」を社会の隅々で再構築しようという心の熱くなるムーブメントです。日本はかつて「一人にしない重層的組織構造」をしっかりともつ有数の社会(「一人にしない社会」)でした。欧米からのねたみの声に気おされるかのように、わずか直近二十数年で「一人にしない社会」は破壊され、この民族的性格は失われたかのように見えます。アメリカは日本の高度成長期に日本に負けないために日本から「身近な人々の協調」の精神を学びました。アメリカの友人は、最近「日本人にはチームスピリットがないのか」と言う始末です。あらためて、今、日本でも「一人にしない社会」が熱く求められています。とはいえ、古い社会の枠組みはもう返ってはきませんし、情報ネットワークシステムをなくすことも不可能です。
以前の(重苦しく感じた)「一人にしない重層的組織構造」を壊すのに手を貸したのも近年の情報システムですが、新しい「一人にしない重層的組織構造」を構築を手助けするものも近未来型の情報システムのはずです。SNS(ソーシャルネットワークシステム、紹介者のある人しか参加できないネットコミュニティ)は、これに対する新しい回答のひとつの例ですが、ひとつのよい例です。昨年、SNSは爆発的な普及を見せました。人々は、未知の犯罪者が混入する危険性の少ない新しいネットコミュニティを歓迎しました。相互に互いの人格を知りうるコミュニティこそ、人々の求めていたものでした。人々は「一人にしない情報コミュニケーションの時代」の到来を求めています。「一人にしない情報コミュニケーションシステム」はSNSにとどまらないはずです。
経済界に目を向ければ、企業は最強の企業となるべく熾烈な競争を繰り広げています。市場開拓、調達ルート開発、学術研究戦略、海外戦略、、、そして組織戦略、手がける分野は広大です。しかし、その企業が最強の組織となるためには、社会環境から学習し、構成員がすばやくその知識を共有できるための「情報コミュニケーション能力」を持たなければなりません。なるほど「社長とその他多数」という広報的コミュニケーション技術は極限まで発達しています。それだけではありません。社員から社長へのご意見メールも自由に出せる企業もあります。しかし、社員は相互に孤立し、かつてのようなノミニケーションは廃れて、隣席同士の交流も親身なものではありません。ある社員が良い知恵を得てもその知恵を縦横に広げて行く道が狭められています。これでは「最強の組織」は成立しません。「一人にしない重層的組織構造」が最強のビジネス軍団を作り出すはずです。その逆は負ける企業です。チームスピリットが育たないサッカーチームが勝てないのと同じ道理です。「一人にしない重層的組織構造」を支える「一人にしない情報コミュニケーションシステム」が、今、どの企業、団体にも必要です。
高度情報化社会の成立によって、旧社会の重い社会制度のくびきは破壊され、人々は開放され、新しい自由を手に入れたように見えます。封建制度の終わりに人々は農村の因習から解放された開放感を満喫したように、高度情報化社会の成立には、二つの大戦のあとにも根強く人々を縛り付けていた古い門閥と戦後金閥などのしがらみから開放された喜びはありました。これは経済の高度成長にとっては大変好都合でした。ビジネス兵士である"自由な労働者"を一人でも多く作り出すためには、家族と地域社会を末端まで解体して、男女を問わずに人をバラバラにすることが役に立ったのです。一方、社会の隅々までが「一人とその他多数」という乾いた関係になり、老人、中年、青年、少年少女のそれぞれに広がると、地すべり的にさまざまな社会的弊害を発生させてきました。老人の孤独死、中年の自殺の増加、知性なき丸暗記族(社会的不適応)、ニートキレる子供たち、殺される子供たち、、、。・・・。私たちは、老人のグループホーム、中年のための生涯学習、大学での協調学習、ひきこもり青年のためのニート塾、子供たちのための防犯ボランティアと集団登下校など、この社会の悪しき圧力にさまざまな抵抗を試みてきました。これらの貴重な志に、高度に発達した情報システムはもっと力強く奉仕すべきです。
 幸い、当社は1981年の設立以来、システムハウスでありながら出版活動も絶やすことなく続けてきました。また長く人工知能システムの研究開発の仕事に取り組んできています。人の感性を大切にすること、知性なき単純処理を超えた人に優しい情報システム作りに長けています。「情報コミュニケーション」の何たるかを最もよく知る技能チームのひとつであると自負しています。
 当社は、本年、特に「”一人にしない”情報コミュニケーションシステム」の普及確立と運営支援に注力してゆきたいと決意しています。企業・団体と社会のすべてに。
 私たちのスタッフは、額の汗と脳みその汗を厭いません。皆様のご鞭撻とご指導をなにとぞよろしくお願い申し上げます。

参考:「戦略的情報組織学」
http://www.sciencehouse.jp/research/20050423strategy_info.pdf
「組織破断限界シミュレーションの試み--感性的研究生活」
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/12/x_3eb6.html

2006年元旦
北総の森の近くで


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