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営業の極意--社長の条件(20)

2006/02/24
営業の極意--社長の条件(20)

営業は難しいと嘆くスタッフがいる。システムの設計が顧客との間で進まない案件がある。
社長のあなたがいなくなったら、営業をどうしてよいのかと、私に向かって嘆く社員がいる。
きっと、多くは、私をヨイショして、もう少し働かせようという策略だろうとは思う。私がそんなに凄腕の営業マンだとは思わない。顧客との間で、コツコツと積み上げてきた信頼関係があるだけである。むしろ、お客様の忍耐と寛容、心遣いに感謝するばかりである。
もし、本当にお客様との関係をもっと良くしてゆきたいと願い、そのヒントを私に求めるのであれば、営業技法のあれこれよりも、一番大切なことだけをまず伝えたい。
お客様と私の間に信頼が作られてきたのは、顧客とのたくさんのやり取りの結果である。どれがよかったのかと分解して説明することは困難である。私が心がけてきた第一の点は、「お客様のわがままをできるだけ早く、深く、たくさん知る」ということである。
反論はあるだろう。
1)わがままをきいていたから、儲からなかったのではないのか。
2)要求は顧客がまとめて、われわれに提示するのがルールでしょう。
3)たくさんのわがままをきいたら、身が持たないでしょう。
4)資料もくれないのに、提案書なんか書けないでしょう。
5)わがままをきいていると結局コスト割れになってしまうのでは。
いちいち、ごもっともである。しかし、それでも、私は、顧客のわがままをよくよく聴くことにこそ、われわれの利益と生存条件が存在するといいたいのである。
1)わがままをきいていたから、儲からなかったのではないのか、について
顧客のわがままを聴くとは、わがままに耳を傾けるという意味であり、いわれたわがままをそのまま実行することではない。口に出てくるわがままは、本人の真意を表していないことが多いのである。「うまいものが食いたいなぁ」という言葉を聞いて、フランス料理店につれてゆくのは、時と場合によりけりである。そう言っている本人は、昼ご飯のコンビニ弁当を食べたら、そんなことを言ったことさえ覚えていないかも知れないのである。ヒトは、差し迫った欲求にさらされると、世間でよく言われている文脈に近づけてお話を作る傾向があるし、大げさに表現することもある。「うまいものが食いたいなぁ」という言葉から、まず、受け手であるわれわれは、このヒトはとりあえず空腹なのだろう、と理解することが大切である。「しばらくレストラン四季に行っていないな」といえば、銀座の名門フランス料理レストラン四季に行きたいのだろうと推測がつく。「死んだおっかあが作ってくれた芋の煮っころがしはうまかったなぁ」といえば、単に腹が減っているだけだろう。「良く聴く」というのは、そのどちらだろうかと、心を研ぎ澄ませて聴くという意味である。むやみにフランス料理をおごっても、効果はない。よく聴けば、余分なコストはかからない。本当にほしいことがわかるのである。芋の煮っころがしのお見積もりを出すのと、名門フランス料理店の見積もりを出すのでは、雲泥の差である。よく聴くのである。なぜ、お客様はそれが必要なのか、それを手に入れたら、それを使って何をしたいのか、・・・。良く聴けば、お安くできて顧客満足も高い。良く聴かなければ、高い見積もりと不満足な提案しかできないのである。まずは、よく聴く、が「営業の極意その1」である。
2)要求は顧客がまとめて、われわれに提示するのがルールでしょう、について
なるほど、要求仕様書は顧客が出すことになっている。それは、あくまでも、形式上のことである。それは、できない相談である。ここが一番大切だ。顧客は、あくまでもウインドウ・ショッピングのようにソフトも発注したいのである。決して現場作業を苦労して指揮してモノを作りたいなどと思ってはいないのである。自家用車がほしいと願う顧客は、完成品の車がほしいのであって、製造の途中経過はどうでもよいのである。顧客は、結果がほしいのである。設計やプログラミングがほしいわけではない。顧客が選択しうる、どんな結果(機能や出力)があるのかを顧客は知りたがっているのである。選択肢を提示してくれない奴らから、どうして顧客はサービスを買うだろうか。顧客のわがままをいろいろと聞きだしながら、われわれは、選択肢をいくつも提示するのである。選択肢を提示するのが、われわれの最初の仕事である。選択肢を提示できなければ、顧客はあきれて去ってゆくか、発注したとしても、顧客から見れば、出来上がりが見当違いななものになるので、完成後に怒り狂うに違いない。仕事をしても顧客からは対価がいただけないか、いただけてもそれで縁切りに至るトラブルが発生するに違いない。「営業の極意その2-1」は、選択肢をできるだけたくさん用意することである。
ところで、選択肢を提示して、選んでもらったら、それで仕事に取り掛かってよいかといえば、まだダメである。選んでもらったものをもとに運用説明書を作成して提供するのである。なにっ!、と目を剥く向きがいれば、それはシロウトである。そのシロウトは、運用説明書とは最後に書くものだと思っているのだろう。違うのである。システムを作る前に、予想される「運用説明書」を書くのである。こうして書いた「運用説明書」は、実は「要求仕様書」の骨格となるのである。つまり、ここでの「運用説明書」は、完成予想図である。この書面を、普通は「要求仕様概要書」などというのであるが、要は、中身は予想される「運用説明書」のことである。完成予想図を見なくては顧客はどんなものができるのか、さっぱりわからない。それは、注文住宅で自宅を新築するときのパパやママを考えてもわかることだ。どんなに精密な設計図を見せられても、パパやママは決断できない。完成予想図のパース(Perspective Drawing )を見て、初めて、手直ししてほしい場所を発見したり、契約書に判を押したりするのである。「営業の極意その2-2」は、開発にかかる前に、「システムの完成予想図」=「予想される運用説明書」=「要求仕様概要書」を作って提示することである。この時点で、顧客は初めて当方の設計意図を理解して、クレームをつけたり、追加したり、再度の作成を要求したりするのである。ここで十分、顧客のわがままの真意を理解しておかなければ、あとの開発は失敗に終わる。「要求仕様概要書」に、システム概要の説明などを追加してセットすれば、「要求仕様書」がほぼ完成する。「要求仕様書」ができたら、これを添えて発注書にお客様の印鑑をいただければ受注成功となるのである。顧客のわがままの真意を理解しておけば成功確率は高くなる。「要求仕様書」を書くのは、顧客ではない。われわれである。印鑑を押すのがお客様である。これをさかさまに勘違いしたら、お仕事はいただけないと覚悟が必要である。
ところで私の書く「要求仕様書」がなぜ顧客から歓迎されるかという秘密を一つ明かすことにする。「システムの完成予想図」=「予想される運用説明書」=「要求仕様概要書」ではあるが、私の書く「要求仕様概要書」にも「要求仕様書」にも冒頭に「本システムの目的」が書かれているのである。ここに書かれている「本システムの目的」には、顧客の企業理念や事業目的が再現されていて、その中の一部としてのシステム、という説明が書かれている。ここで、ナンデ! と目を剥く人がいたら、それは敗北する営業マンである。勝てる技術営業は、顧客の企業理念や事業目的をすばやく理解して、理解したなりにそれを「仕様書」に反映するのである。当然のことだが、顧客はこのような記述をそもそも期待していない。業界の通念にも存在しないものである。はじめは、驚いたり、余計なお世話だと言うお客様もいないわけではない。しかし、お客様もすぐにその大切さを理解する。顧客は自分の意図を真にわれわれが理解したかどうかを知りたいと思っているのである。一知半解でシステムを作ったりしてくれては困るのである。完成予想図だけであるよりも、その使用意図を違えずに捕らえていることにも顧客は大きな関心を払っている。お客様はご自身が納得できるまで、企業理念や事業方針を分からせようと説明してくれるようになる。もちろん、うかがっているこちらは、一度で完全なものは書けないだろう。「このように書いてみましたが、よろしいでしょうか」と、何度も書き直して提出して、ご了解をいただくのである。こうして、顧客の意図を正しく理解しておくことは、当方にとっても失敗のないシステムを作るうえで大事なことである。知っているとおり、製造のディーテルでは、迷うことばかりである。一歩前に進もうとすれば、上位の設計の肉付けをしなければならない、肉付けする内容は、上位の設計書には書いてない。どうしたらいいのか、迷うのである。ウォータフォール・モデルなんて、とんでもないマヤカシの産物だと思う。ご存知のとおり、流れる水のごとく製造工程がすすむことなんてありえないのである。上位の設計書に書いてないことを補う際に頼りになるのは、「顧客のもともとの意図」である。その意図に立ち戻れば、選択肢は急速に狭くなる。考えも膨らむ。やる気にもなってくる。そんな経験はだれにでもあるだろう。顧客の意図も文書にして残しておけば、繰り返し読んで、ブレを少なくすることができるのである。(・・・また、個人的営業機密をばらしてしまった)
3)たくさんのわがままをきいたら、身が持たないでしょう、について
いやいや、事実は反対である。たくさんのわがままを十分聴いておけば、完成品を見せてからのトラブルが避けられるのである。これは大変に大きなことである。完成品を見せてからトラブルになれば、一から作り直すか、御代はいただきませんとなるのか、いずれの場合であっても、当社には大きな負荷になるのである。また、対する顧客は時間との戦いをしながらビジネスや研究の発展を期してシステムの構築を依頼しているのである。失敗によって失われた時間は帰ってこない。顧客の被害も甚大である。私が目を光らせていたこれまでは、そんなことになったことはほとんどないけれど、世の中にはたくさんの失敗事例がある。君たちの時代になっても、そのような失敗は避けられるようになってほしいと切に願うのである。「たくさんのわがままを聴いたら、身が持たない」は間違いである。「たくさんのわがままを聴かないと、身が持たない」が正解であり、それこそが「営業の極意その3」である。
4)資料もくれないのに、提案書なんか書けないでしょう、について
聴かせていただくためには、聴かせなければならない。情報がほしければ情報を与えなければならない。資料をいただくためには、資料を作って提出しなければならない。待っていてはいただけない。もうひとつの極意は、テイクアンドギブをやめて、ギブアンドテイクにするということである。情報は与えてから取れ、というのが正解である。これは、戦争のための情報戦術というだけではない。ヒトは、誰でも、情報を与えてくれた人にしか、情報を返さないのである。資料は先に出して、後でもらう。そのためには、豊かな想像力が必要である。君たちは情報のデザイナーなのだから、いくらでもデザインが頭に、否、目を閉じれば目に浮かぶ様でなければならない。そうなるためには、日々、顧客の心を想像する訓練が必要だ。顧客の心を想像することができない人は、営業者にもなれないが、システムエンジニアにもなれない。顧客よりも先に資料の提供をするが「営業の極意その4」である。
5)わがままをきいていると結局コスト割れになってしまうのでは、について
ときどき、私が"お金にもならないのに、他社のサービスを紹介したり、顧客が自分でできる方策を教えたりしている"ことに驚いたり、腹が立ったりしているに違いない。それは、コスト割れにしないための商人(あきんど)の知恵なのである。確かに、高いサービスをただ同然で提供させようという人もいる。どう考えても腹黒い人物もいる。しかし、値切り口上は、商いのほんの挨拶と思っている善良にしてお気楽な極楽トンボさんもいるので、確信犯とはなかなか区別が難しい。ここにはとって置きの極意がある。"コスト割れのサービスが要求されたら、コスト割れのサービスは提供しない"のである。なんだぁ、そんなこと極意でも何でもないよ、と言うなかれ。ただ単にお断りするだけならばサルでもできる。ここで肝心なのは、わがサービス以外の代替案を提示するのである。他社に安いサービスがあれば検討を勧める、顧客が自分で手作業でやれば無料であることも説明する。どうしても当社のサービスでなければいけないと思っている人は、思い直して正規のお金を払って契約に応ずるに違いない。究極のところ当社に利益をもたらしてくれる人がお客様である。当社に損害しか与えない人は客ではない。どうしても当社の損害を強要する人は、「恐喝罪」か「不正取引防止法違反」で検挙していただくのがよい。とはいえ、現実には、確信犯的恐喝犯か単なる極楽トンボさんかどちらとも見分けのつかない顧客のほうが圧倒的に多いのである。だからこそ、ひたすら、わがサービス以外の代替案を提示するのである。その提案がぴったりはまれば、顧客は感謝感激して、当社を忘れたりしないだろう。顧客には業者を選ぶ自由と権利があるのだから、その権利を十分に堪能していただけばよい。そんな提案にもかかわらず、コスト割れのサービスだけを要求してくるようなお人については、われわれにも顧客を選ぶ権利があるのだから、お断りしてもよいのである。曰く、「お客様の今回のご要望は、当社ではお受けできません。他社でお受けいただけところがあるかどうか私どもは存じ上げませんが、他社に打診していただくようお願い申し上げます」ということになる。"お金にもならないのに、他社のサービスを紹介したり、顧客が自分でできる方策を教えたりしている"ことは、単なる甘ちゃんの仕業ではないのである。親切にしていることは間違いないが、事実は厳しいのである。ところで、若いスタッフの諸君は、お断りしても残る優良な顧客を確保できるのだろうか。そもそも提供するサービスが、高品質、安価、安全、安心でなければ、他社を紹介すると顧客は全部他社にとられてしまう。それでは、営業の達人とは言われない。会社を経営している意味がない。さっさと会社を去るべきである。たずねてきたお客様の多くがわが顧客になるのでなければ、提供しているサービス自体に何か問題があるはずである。わがサービスを他社よりも一歩ぬきんでた高みに維持していればこそ、例外的な顧客に断固として他の代替案をお勧めできるのである。"お金にならないのに、他社のサービスを勧めていたりする"のは、自信の表れなのである。社長になるためには、その自信がもてなくてはならない。コスト割れの要求には、我がサービス以外を提案する、が「営業の極意その5」である。
参考:損をしない価格破壊者になれ--社長の条件(15)
営業の現場はストレスがたまるか、と問われればイエスと答える以外にない。ただひたすら、揉み手(掌を押す)をしてストレスに耐えるのである。近未来の結果に、善良にして優良なお客様の笑顔を信じて、ひたすら、お客様のわがままをどこまで聴けるかに勝負をかけるのである。
当社のような事業形態で、営業のためのチェックポイントは次のとおりである。

〈1〉顧客のわがままを良く良く聴いたか。本心を理解したか。
   聴いてくれる業者は大切にされる。聴いてくれない業者は捨てられる。
  極意その1
〈2〉顧客に選択肢を十分に提示したか。システムで対応しなくともよい場合
   も提示しているか。
   完成予想図=「予想される運用説明書」は書いて差し上げたか。
   営業者は、人間ショールームになれ。人間ショールームになれなけれ
   ば、顧客からは捨てられる。
  極意その2-1、2-2
〈3〉顧客の心の中に残っているわがままはもうないか。
   たくさんのわがままを聴かないと、身が持たない。
  極意その3
〈4〉資料は、顧客より先に作れ。あくまでも先に。
   待っていたら、顧客は逃げてゆく。
  極意その4
〈5〉コスト割れを要求する顧客には、わがサービス以外の代替案を提示しろ。
   わがサービスに自信があれば、客は戻ってくる。戻ってこない客は客で
   はない。
  極意その5

営業の極意は、ゴマスリや、接待にあるのではない。顧客の仕事上の悩みや希望、システムに寄せる期待など、目いっぱいのわがままを繰り返し、漏れのないように聴き出すことである。
よい結果が安価、最速、良質に得られるのであれば、システムなどなくてもよいのである。
たとえば、インパクトのある「おおきな丸」がほしい客に、CADシステムで毛筆のような筆致の丸を書かせる仕組みを作るかといえば、愚かしいことである。書道の大家に丸を書いてもらったほうがはるかに早くてよいものができるに違いない。同じ円でも特殊なバブルグラフ(たとえば半透明の楕円バブル、傾きにも意味をもたせたい=楕円で数値をグラフ化したもの)を書きたいというならば、システム開発が必要である。
システムを作らなくとも顧客満足につながった提案をした業者は、次の機会にも呼ばれるだろう。お客様の得になったからである。コストは自分の汗だけである。逆に自分の得になる提案しかしなかった業者は、次の機会に呼ばれることはないだろう。出した提案は骨折り損になってしまう。一方のわれわれは骨折り損を免れるのである。その差は大きい。

営業は魔法ではない。営業に成功するには、それなりの理由がある。それを見つけるのは容易ではない。しかもその方法は人によって違っている。君たちが当社の経営を握るようになったら、自分たちの方法を見つけなければなるまい。今は、私のひたすらやってきた営業の仕方を伝授するだけである。志が高くして腰は低く、思いあふれて頭を下げ、顧客のわがままをたくさん聴いて、どうしたらそのご要望にこたえられるかを、私は日夜悩んで考えて、顧客に提案して、怒られたり誉められたりしながら、お客様の信頼を勝ち得てきた。どこまで、お客様のわがままを聴いてあげられるかが営業の勝負どころと信じてやってきた。わがままを聴いてあげられる範囲が競合他社よりも少なければ、市場の競争に負けるのである。市場の競争に勝つということは、顧客のわがままをより多く聴いてあげられて、真意の核心をつかんでお客様に喜ばれて初めて実現するのである。

わがままの聴き役に徹すれば、その人からお仕事が出なくとも、別の人からは仕事がいただける。口コミは最大の広報媒体である。

さて、「どこまでお客様のわがままを聴くことができるか、が勝負だ」と私は書いた。これは、決して私の専売特許ではない。知り合いに凄腕の営業マンがいる。私の記憶では、転職6-7回、最近は外資系が多い。私の友人でかつ恩人の一人(Mr.N.M.)である。とにかくすごいのは、転職した先の企業は、その時点では、その分野で必ずしもトップとはいえない企業なのに、彼が移籍すると数年で業界トップとなってしまうのである。彼は、口八丁手八丁ではない。口先三寸ということとは無縁である。寡黙になりがちな顧客に積極的に電話し、訪問し、お話を聞くのである。顧客の寡黙は満足を意味していない、顧客の寡黙こそ問題発見の入り口である。まずは顧客の声を聴く。それを聴いてからの彼はすごい。通常の価格表やマニュアルには載っていないいろいろな手を次々に編み出してゆくのである。会社には迷惑は掛けない、しかし、顧客の目立たない発言の端っこにある何かから彼は問題の所在を発見し、解決の方法を生み出してゆくのである。1年しか付き合わなかった顧客はないはずである。2年目になると顧客は彼無しにはいられなくなるのである。「新規開拓よりも、今ある顧客を大切にしている」というのも彼の言葉である。会社では常に営業トップ。社長からの信頼も厚く、報奨金もたっぷりで、趣味の生活も充実している。最近では別の外資系の会社の社長へとお誘いも多いようだが、社長になると顧客とそうそうあえなくなるのを嫌って、お断りしているようだ。それより、退職後の趣味のお仕事(ネットアドバイザ?)への準備に忙しいらしい。うらやましいが、その陰で彼がしているのは、ギリギリまで顧客のわがままとお付き合いして、許される環境と条件との折り合いを探してそれを聞き入れようとする静かだが激しい努力なのである。そんな血のにじむような努力については、彼の場合、酔ったときしか口にしない。平素は、にこにこ、平常心である。遊び心もいっぱいである。彼が主催する趣味のサイトの例を引用する。勤務先のホームページは、個人情報秘匿の観点からここでは明かさない。
http://www.wind.ne.jp/nt-matsu/
http://www.geocities.jp/shiroganex/lesson/page_78.htm
心豊かにして、献身的な営業の大家の姿が、少しは感じられるだろう。私が尊敬する人物の一人である。

今、すぐには、わからないかも知れないが、1-2年もすれば、はたと思い当たることがあるのではないだろうか。そんなときがくることを願って、今はひとまず入力画面を閉じる。

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琵琶

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