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志の低い集団は物も言わずに生き残る--感性的研究生活(10)

2006/2/28
志の低い集団は物も言わずに生き残る--感性的研究生活(10)

26日(日)の2つ目の発表は、「メンタルパワーモデルによる組織の局所安定化領域」である。
文献: 琵琶、「メンタルパワーモデルによる組織の局所安定化領域」、情報コミュニケーション学会第3回全国大会発表論文集、pp.43-44(2006)
この発表内容は、第49回SH情報文化研究会で発表した内容を基にしたもので、SH情報文化研究会では「組織の破断」に焦点をあわせたが、今回は、「組織の安定化領域」に焦点をあわせたものである。
開放系の熱力学の熱量に習って、組織のメンタルパワーという量を導入する。組織率とメンタルパワーの間には、一定の関係があることを大胆に仮定するというあたりが、このモデルの勘所である。一次微分連立方程式が成立するので、組織率について解を求めると、時間に関する指数関数を平方根の中に含む形になる。環境と集団の温度差(志の高さの差)や初期組織率によってその様子が異なるが、時間を経過すると組織率が変化する。その最終的な結果をグラフにしてプロジェクタに映し出す。
このグラフによれば、志が環境より低い集団は、初期に過半数を占めているとそのまま組織率を増やしてゆき、最終的に全員を志の低い仲間集団にしてしまう事が鮮明に示された。悪貨は良貨を駆逐するのである。あれほど批判を浴びながら自助努力によっては変化しない某庁や某公団はどうだろう。自己の正当性を主張することもなく、ただ頭を低くしていればいずれ嵐は去るとでも考えているのだろうか。放置されれば、これらの組織は変革されることなく生き残りその組織の中の志の低い集団は志の高い人物を殲滅しつくすことが法則として導き出される。聴衆は、身を乗り出して聴いている。犯罪集団や不良グループも、彼らだけの集団でいる限り、安泰である。善良な多数の市民の前に引き出され十分にさらされると解体するのだが。某庁や某公団は大きすぎてしかもまだ大衆の前に十分にさらされきれていないのである。抵抗勢力は、物を言わないほうが生き残れるのである。実際、抵抗勢力は、物も言わずに生き残っている。
外界との情報の交流を断つと、初期の組織率はそのまま維持される。つまり、鎖国政策は成功するという可能性も示される。徳川幕府の例もあるが、海の向こうの半島の北側の国も鎖国政策によって体制を維持していることを説明すると会場にはうなづく者がいる。
志が周囲より高いと、初期に多数を占めていてもいなくとも、通常は半数に収斂した後、破綻する。数式の上では、複素数の世界に突入する。正直者のロバは疲弊し、良貨は悪貨によって駆逐される、ことがはっきりしている。
それでは、いつまでも志の高い者は報われないのだろうか。そんな、馬鹿なことはあるまい。
そこで、集団の中にthought leaderがいて、絶え間なく知恵を供給していたり、メンバー全員が学習を怠りなく知恵を生み出す場合を想定してみた。この場合は、メンタルパワーがその集団の中から普段に湧き出しているという想定が成り立つ。湧出量の項をメンタルパワーの式に加えると、似たようなグラフが出来上がる。少し違うのは、志の高い集団にも、わずかに生存領域が見えてくるのである。その領域はいかにも狭い。メンタルパワーが強ければやや広くなるが、いかにも危うい。・・・大学も大競争時代に突入しており、生き残りを掛けた努力が必要な時代になった、生き残れる大学はその内部で常に新しい知恵を生み出す能力がなければならないという意味を示しているようだ、と述べると、会場はざわめいた。
最後にメンタルパワー空間での組織破断の例を示し、これを避けるリーダーの行動にも触れた。「私も年を取ってだいぶタヌキになったが、・・・」と前置きして、タヌキの社長はどのように社内を誘導するかと説明すると、会場にはニコニコ顔が広がった。
質問の時間、いくつかの有意義な質疑があった。
1)鎖国政策の時代、施政者たちだけは海外との交流に怠りなく、外部の情報によってその知恵を強化し、そのことによって支配を万全なものにしていたという指摘があった。なるほどそのとおりだ。このモデルでも、庶民レベルの情報は外界と遮断した上で、施政者のメンタルパワーだけ強化していれば、その体制はもっと安定である。さらに情報遮断をどんなに政策として厳密に実施しても少しはもれ伝わるものである。特にインターネット時代の現代では、防ぎようもなくなりつつあるに違いない。そのモレの部分を施政者によるメンタルパワーの注入という形で補うのは十分考えられることである。
2)停滞した組織の場合2つとか3つとかに分解して競争させると活性化すると言われてよくそのような政策が取られるが、それはどうか、という質問があった。私の回答は、効果は乏しいというものである。私の研究ではないが、アメリカの研究で、組織内に良質の別組織を作ったり、良質の人材を集めた別会社を同じ敷地内に作ったりした場合にどうなったかというものがかなり存在している。志の低い集団が傍にいると彼らとの交流が続くので、やはり悪貨は良貨を駆逐してしまうのである。失敗してしまうということである。成功した事例は、いずれも遠く離して情報交換もままならないようにした場合や、資本も別で、完全な競合を実現できた場合に限られているのである。このような説明をした。実は、私は、今回のモデルで、たとえ分割して競争させようとしても志の低い集団が2つ3つできる限りは、互いにがんばらない競争(「サボタージュこそ偉い」?!)をし、足の引っ張りあいに終始するだろう事は目に見えているのである。お勧めできないのは言うまでもない。
この分野は、もっと応用的な発展が可能であろう。共同研究をしていただける方はいないものであろうかと思うのである。
さて、この発表が終わると、11時少し前になっていた。11時半からは私たちの3つ目の発表が大会議室で行われる予定である。この発表の担当はY先生。12時からは、私が発表を担当するのは4つ目がある。4つ目の予定の基礎情報演習室に荷物を持って、私と息子は移動する。ちょうど座長の西端先生のお話が始まるところだった。わかりやすくもためになるお話を聞く。次の発表が始まる前に、Y先生の発表の冒頭だけでも聞こうとあわただしく階段を駆け下りる。部屋に入ると、まだ、その前の発表者が壇上にいた。前から発表が押しているらしい。待っていると、12時5分前になってしまった。やっ、やっ、12時からは私の担当分が始まる!!!。大慌てで、今度は階段を駆け上がる。会場に到着すると、まだ前の演者がお話をしていた。息子は私を追ってこないので、Y先生の講演を聴くつもりのようだ。Y先生のお話は、セキュリティがテーマである。息子の関心事であることは間違いない。
私は、深呼吸すると、自分のノートパソコンに電源を入れて、スタンバイをする。この続きは項を改めて、書くことにする。

この発表の資料は、Webマスターさんの好意で私の会社のホームページにも掲載されている。<発表論文><発表スライド>

△次の記事: 感性的研究生活(11)
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琵琶

(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
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田子の浦ゆ打ちいてでみれば--感性的研究生活(9)

2006/2/27
田子の浦ゆ打ちいてでみれば--感性的研究生活(9)

26日(日)の最初の発表は、「文字の出現確率に基づく第2類の文字列類似度」である。
文献: 琵琶、「文字の出現確率に基づく第2類の文字列類似度」、情報コミュニケーション学会第3回全国大会発表論文集、pp.37-38(2006)
昨年(2005年3月)の情報コミュニケーション学会で発表した文字列類似度からの発展研究である。昨年発表した文字列類似度の計算法は、今回の計算法と区別するために「第1類の文字列類似度」と言うことにした。
第1類は、比較対象空間上にある文字列はすべてランダムテキストであるという仮定で計算式が成立していた。類似度というものの考え方をはじめて導入することになるので、複雑な様相を呈する現実の文字の存在様式を隠す必要があったためである。昨年時点で、実は、第2類、第3類の構想はでき上がっていた。第2類、第3類の計算式としては完成していなかったし、サンプルの計算も間に合っていなかった。しかし、あえて、それらの構想については触れなかった。今回は、第2類の計算式を確定し、サンプル計算も仕上げて、発表に臨んだ。第2類は文字の確率を比較対象空間上にある現実文字の出現確率を基に計算をするのである。
第1類も第2類も、比較するテキストに共通して含まれる文字列のフラグメント(キーテキスト)に注目する。存在確率の低い(レアな)キーテキストが多数含まれていれば、類似性は高いとみなすのである。Leveshteine距離とはそもそも考え方が異なっている。昨年発表した第1類でも、ネット上では熱い関心を集め、私の氏名を冠して応用が広がっていることが良く分かる。第2類もネット上に公開するので、我が文字列類似度の尺度はいっそう普及してゆくことになるだろう。
今回の発表の見せ場は、2つあった。
一つは、testとstreetがどの程度似ているかということである。第1類では、ある対象空間では類似度が25%であった。昨年の会場からは、計算上そうなるというのは分かるが、自分の「主観的な感じ」ではもっと類似性が高いような気がするという質問者の声があった。ごもっともである。第1類では、ランダムテキストなのだから、、、、。言わなかったが、文字について現実の出現確率を採用すれば、もっと生身の「感性」に近い数字が出るだろうというのが、私の胸中の呟きだった。まさしく、今年(今回の大会)は、その結果を示すことができた。同じ対象空間で第2類の計算をするとtestとstreetの類似度は86%となった。他のサンプルは計算式をことにするのだから当然異なる数字をはじき出してはいるものの、傾向は良く似ていた。
もう一つの見せ場は、本歌取りの歌が本歌とどの程度類似性があるかを示すところだった。用意したサンプルは次の2つの歌である。
「田子の浦ゆ 打ち出でて見れば 真白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける」(万葉集、本歌)
「田子の浦に 打ち出でて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ」(新古今、本歌取り)
この2つの歌の類似度を見せるのは、講演の最後の一場面になる。前日、夜半の1時ころ目が覚めたのはここの部分である。パワーポイントの最後に近いところにこの部分がある。しかし、突然、冒頭で、予告しておいたほうが良いと強く思ったのである。いつ思ったのか、というと定かではない。多分、ベッドサイドで予習して、寝入ったときまでは、そんなことは思ってもいなかった。1時ころハッと目が覚めたときには、どうしてもトップページで予告しなければと思い込んでいた。おそらく、私は、寝ている間に、考えていたのだ。パワーポイントにすばやく1ページを加えると、私はなぜかとても安心した気持ちになって、すぐにまた寝入ったのである。
この修正は、たいへん良かった。聴衆は、まず最初のこの予告で視線が釘付けになった。やや難しい数式の説明にも耐えて、寝てしまう人もいなかった。
最後に近づいて、また2つの歌が登場し、計算の結果、類似性は第1類によれば71%、第2類によれば78%になったと説明すると、ほほを紅潮させている人たちの視線が私に集まるのを感じた。
とりもなおさず、私の発表は成功だった。会場からの質問はややピントがずれていたりしたが、好意的だった。
この講演のあと、ロボットを使用した実験の報告が2件続いて、また私の発表の番がやってきた。私にとっては2本目、この会場では本日通算4番目の発表である。この発表については、再び項を改めることにする。

この発表の資料は、Webマスターさんの好意で私の会社のホームページにも掲載されている。<発表論文><発表スライド>

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琵琶

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息子の学会同行--感性的研究生活(8)

2006/2/27
息子の学会同行--感性的研究生活(8)

2月25日(土)-26日(日)は、情報コミュニケーション学会の第3回大会が開かれた。
山本恒大会委員長(園田学園女子大学情報コミュニケーション学科長)の基調講演を聴くために、25日の朝9時に自宅を出発した。今回は発表がハードなので、息子に介添えを頼んだ。荷物もちである。新横浜で、跡見学園女子大学で情報系の講師をしているSH情報文化研究会の仲間のY先生と合流し、新大阪に向かう。
息子は、はじめ遠出を嫌がっていたが、ノートパソコンを持ってゆかなければならないという事態に気づいてからは、積極的に準備などをしていた。
私の発表は、単独2件、Y先生との共同発表2件である。共同発表は、私とY先生が一つずつ筆頭になっているので、私が壇上に立つ発表は合計3件、Y先生は1件である。
基調講演の会場入り口で学会長の阪井和男先生(明治大学教授)とばったり出くわす。挨拶を交わして、息子を紹介する。「お父さんとは違って、まじめそうな息子さんですね」といつもながらもおチャラケをいう阪井先生だった。基調講演は、息子にも分かりやすかったようで、熱心にメモを取っていた。基調講演を聞き終えると懇親会である。息子はむくれている。「場違いなところにつれてきた」というのである。「ボクをおいて、あちこち場内を歩き回るんでしょ」と警戒心いっぱいである。「ここにいる間は、傍にいるから」と私。「何をしていればいいの」と息子。「お父さんと話をしていればいい」と私。これでやっと息子も納得。懇親会でいろいろな人と名刺交換しておきたいところだったが、すっかりあきらめた。山本恒大会委員長がたまたま傍に立っていたのでご挨拶する。和田格明治大学講師も近くに寄っていらっしゃったので、会話を交わす。息子は緊張してせっかくの料理にあまり手を出さない。和田先生にビールを注がれて普段は飲まない息子もビールをコップ1杯を空ける。和田先生と私の会話の合間を縫って息子は盛んに基調講演の話題で私を質問攻めにする。お話が面白かったと見える。和田先生が、会の途中で、そのまま新幹線に乗って帰るとおっしゃって退席される気配を見せたのを機会に、われわれ親子も退席することにした。私の発表は翌日に予定されているので、早めの退散はありがたい。帰りがけに、阪井会長に挨拶する。
宿は、初めてとまるビジネスホテルである。キャンペーン中のヤフーで見つけた格安ホテルだったので、分けありかなと心配していたが、普通のビジネスホテルだった。やや古いが、隣の部屋の声が聞こえるようなことはなかった。ベッドサイドで私は明日の予習をして、就寝。夜中の1時ころ急に目が覚めた。なぜか、1つだけ説明の方法を変えたくなった。多分、夢の中で考えたためだろう。修正を終えたらばったりと再度寝入ってしまった。この修正については、次の記事で触れるだろう。夜中に息子が風呂に入ったようで薄目を開けたが、眠かったのでそのまま寝続けた。
安宿なので、朝食がついていない。朝、7時過ぎにホテルを出ることにした。フロントで、近くに朝食が取れる場所がないかとたずねる。駅の近くに行けば何かあるのでは、と頼りない回答だった。商店街を抜けて駅間近かにミスタードーナツを見つけた。こうなると息子の天下である。「飲茶セットがいいよ」と、自信たっぷりである。私は中華粥と点心のセット、息子は中華粥とハニーオールドファッションドーナツである。息子はジュース。私はコーヒー。時間がたっぷりあったので、息子はさらにドーナツを2つほど追加した。前日の懇親会であまり食べなかった穴埋めのようではあった。息子は当日発表する私の研究内容を一つ一つたずねる。私もそれに答えて説明する。話し飽きて、駅に入り、電車に乗り、会場最寄の駅に着く。まだ早い、このまま会場に到着すると会場が開いていないかも知れないと息子と言い合って、駅前の喫茶店で30分ほど時間をつぶしてゆこうということになった。東京ではもう見ないようなクラッシックな喫茶店がある。二人でミルクティーを注文して、おしゃべりする。もっぱら研究発表の内容についてである。息子とこんなに話したのは久しぶりだ。仕事の話ではこうは行かない。研究の話ならば、やや浮世ばなれしているので良いのだろう。8時50分、やっと腰を上げて会場に向かうことにした。私の最初の発表は、9時半スタート、この日の最初の講演である。
私たちは4件ともに大会の一般研究にエントリしたのだが、一般研究は4つの会場に分かれて行われる。私の発表のはじめの2件は、通常は「メディア演習室」として使われている4階の教室が会場である。Y先生が担当する3番目の発表は、3階の大会議室、4番目の発表は4階の別の教室「基礎情報演習室」である。会場の移動がある上に、Y先生と私の発表時間が各会場毎の進捗いかんによって、重なる危険もあるので、Y先生の発表を私が聞けるかどうかは微妙なところである。
発表については、項を改めて書くことにする。

△次の記事: 感性的研究生活(9)
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▽前の記事: 感性的研究生活(7)
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琵琶

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営業の極意--社長の条件(20)

2006/02/24
営業の極意--社長の条件(20)

営業は難しいと嘆くスタッフがいる。システムの設計が顧客との間で進まない案件がある。
社長のあなたがいなくなったら、営業をどうしてよいのかと、私に向かって嘆く社員がいる。
きっと、多くは、私をヨイショして、もう少し働かせようという策略だろうとは思う。私がそんなに凄腕の営業マンだとは思わない。顧客との間で、コツコツと積み上げてきた信頼関係があるだけである。むしろ、お客様の忍耐と寛容、心遣いに感謝するばかりである。
もし、本当にお客様との関係をもっと良くしてゆきたいと願い、そのヒントを私に求めるのであれば、営業技法のあれこれよりも、一番大切なことだけをまず伝えたい。
お客様と私の間に信頼が作られてきたのは、顧客とのたくさんのやり取りの結果である。どれがよかったのかと分解して説明することは困難である。私が心がけてきた第一の点は、「お客様のわがままをできるだけ早く、深く、たくさん知る」ということである。
反論はあるだろう。
1)わがままをきいていたから、儲からなかったのではないのか。
2)要求は顧客がまとめて、われわれに提示するのがルールでしょう。
3)たくさんのわがままをきいたら、身が持たないでしょう。
4)資料もくれないのに、提案書なんか書けないでしょう。
5)わがままをきいていると結局コスト割れになってしまうのでは。
いちいち、ごもっともである。しかし、それでも、私は、顧客のわがままをよくよく聴くことにこそ、われわれの利益と生存条件が存在するといいたいのである。
1)わがままをきいていたから、儲からなかったのではないのか、について
顧客のわがままを聴くとは、わがままに耳を傾けるという意味であり、いわれたわがままをそのまま実行することではない。口に出てくるわがままは、本人の真意を表していないことが多いのである。「うまいものが食いたいなぁ」という言葉を聞いて、フランス料理店につれてゆくのは、時と場合によりけりである。そう言っている本人は、昼ご飯のコンビニ弁当を食べたら、そんなことを言ったことさえ覚えていないかも知れないのである。ヒトは、差し迫った欲求にさらされると、世間でよく言われている文脈に近づけてお話を作る傾向があるし、大げさに表現することもある。「うまいものが食いたいなぁ」という言葉から、まず、受け手であるわれわれは、このヒトはとりあえず空腹なのだろう、と理解することが大切である。「しばらくレストラン四季に行っていないな」といえば、銀座の名門フランス料理レストラン四季に行きたいのだろうと推測がつく。「死んだおっかあが作ってくれた芋の煮っころがしはうまかったなぁ」といえば、単に腹が減っているだけだろう。「良く聴く」というのは、そのどちらだろうかと、心を研ぎ澄ませて聴くという意味である。むやみにフランス料理をおごっても、効果はない。よく聴けば、余分なコストはかからない。本当にほしいことがわかるのである。芋の煮っころがしのお見積もりを出すのと、名門フランス料理店の見積もりを出すのでは、雲泥の差である。よく聴くのである。なぜ、お客様はそれが必要なのか、それを手に入れたら、それを使って何をしたいのか、・・・。良く聴けば、お安くできて顧客満足も高い。良く聴かなければ、高い見積もりと不満足な提案しかできないのである。まずは、よく聴く、が「営業の極意その1」である。
2)要求は顧客がまとめて、われわれに提示するのがルールでしょう、について
なるほど、要求仕様書は顧客が出すことになっている。それは、あくまでも、形式上のことである。それは、できない相談である。ここが一番大切だ。顧客は、あくまでもウインドウ・ショッピングのようにソフトも発注したいのである。決して現場作業を苦労して指揮してモノを作りたいなどと思ってはいないのである。自家用車がほしいと願う顧客は、完成品の車がほしいのであって、製造の途中経過はどうでもよいのである。顧客は、結果がほしいのである。設計やプログラミングがほしいわけではない。顧客が選択しうる、どんな結果(機能や出力)があるのかを顧客は知りたがっているのである。選択肢を提示してくれない奴らから、どうして顧客はサービスを買うだろうか。顧客のわがままをいろいろと聞きだしながら、われわれは、選択肢をいくつも提示するのである。選択肢を提示するのが、われわれの最初の仕事である。選択肢を提示できなければ、顧客はあきれて去ってゆくか、発注したとしても、顧客から見れば、出来上がりが見当違いななものになるので、完成後に怒り狂うに違いない。仕事をしても顧客からは対価がいただけないか、いただけてもそれで縁切りに至るトラブルが発生するに違いない。「営業の極意その2-1」は、選択肢をできるだけたくさん用意することである。
ところで、選択肢を提示して、選んでもらったら、それで仕事に取り掛かってよいかといえば、まだダメである。選んでもらったものをもとに運用説明書を作成して提供するのである。なにっ!、と目を剥く向きがいれば、それはシロウトである。そのシロウトは、運用説明書とは最後に書くものだと思っているのだろう。違うのである。システムを作る前に、予想される「運用説明書」を書くのである。こうして書いた「運用説明書」は、実は「要求仕様書」の骨格となるのである。つまり、ここでの「運用説明書」は、完成予想図である。この書面を、普通は「要求仕様概要書」などというのであるが、要は、中身は予想される「運用説明書」のことである。完成予想図を見なくては顧客はどんなものができるのか、さっぱりわからない。それは、注文住宅で自宅を新築するときのパパやママを考えてもわかることだ。どんなに精密な設計図を見せられても、パパやママは決断できない。完成予想図のパース(Perspective Drawing )を見て、初めて、手直ししてほしい場所を発見したり、契約書に判を押したりするのである。「営業の極意その2-2」は、開発にかかる前に、「システムの完成予想図」=「予想される運用説明書」=「要求仕様概要書」を作って提示することである。この時点で、顧客は初めて当方の設計意図を理解して、クレームをつけたり、追加したり、再度の作成を要求したりするのである。ここで十分、顧客のわがままの真意を理解しておかなければ、あとの開発は失敗に終わる。「要求仕様概要書」に、システム概要の説明などを追加してセットすれば、「要求仕様書」がほぼ完成する。「要求仕様書」ができたら、これを添えて発注書にお客様の印鑑をいただければ受注成功となるのである。顧客のわがままの真意を理解しておけば成功確率は高くなる。「要求仕様書」を書くのは、顧客ではない。われわれである。印鑑を押すのがお客様である。これをさかさまに勘違いしたら、お仕事はいただけないと覚悟が必要である。
ところで私の書く「要求仕様書」がなぜ顧客から歓迎されるかという秘密を一つ明かすことにする。「システムの完成予想図」=「予想される運用説明書」=「要求仕様概要書」ではあるが、私の書く「要求仕様概要書」にも「要求仕様書」にも冒頭に「本システムの目的」が書かれているのである。ここに書かれている「本システムの目的」には、顧客の企業理念や事業目的が再現されていて、その中の一部としてのシステム、という説明が書かれている。ここで、ナンデ! と目を剥く人がいたら、それは敗北する営業マンである。勝てる技術営業は、顧客の企業理念や事業目的をすばやく理解して、理解したなりにそれを「仕様書」に反映するのである。当然のことだが、顧客はこのような記述をそもそも期待していない。業界の通念にも存在しないものである。はじめは、驚いたり、余計なお世話だと言うお客様もいないわけではない。しかし、お客様もすぐにその大切さを理解する。顧客は自分の意図を真にわれわれが理解したかどうかを知りたいと思っているのである。一知半解でシステムを作ったりしてくれては困るのである。完成予想図だけであるよりも、その使用意図を違えずに捕らえていることにも顧客は大きな関心を払っている。お客様はご自身が納得できるまで、企業理念や事業方針を分からせようと説明してくれるようになる。もちろん、うかがっているこちらは、一度で完全なものは書けないだろう。「このように書いてみましたが、よろしいでしょうか」と、何度も書き直して提出して、ご了解をいただくのである。こうして、顧客の意図を正しく理解しておくことは、当方にとっても失敗のないシステムを作るうえで大事なことである。知っているとおり、製造のディーテルでは、迷うことばかりである。一歩前に進もうとすれば、上位の設計の肉付けをしなければならない、肉付けする内容は、上位の設計書には書いてない。どうしたらいいのか、迷うのである。ウォータフォール・モデルなんて、とんでもないマヤカシの産物だと思う。ご存知のとおり、流れる水のごとく製造工程がすすむことなんてありえないのである。上位の設計書に書いてないことを補う際に頼りになるのは、「顧客のもともとの意図」である。その意図に立ち戻れば、選択肢は急速に狭くなる。考えも膨らむ。やる気にもなってくる。そんな経験はだれにでもあるだろう。顧客の意図も文書にして残しておけば、繰り返し読んで、ブレを少なくすることができるのである。(・・・また、個人的営業機密をばらしてしまった)
3)たくさんのわがままをきいたら、身が持たないでしょう、について
いやいや、事実は反対である。たくさんのわがままを十分聴いておけば、完成品を見せてからのトラブルが避けられるのである。これは大変に大きなことである。完成品を見せてからトラブルになれば、一から作り直すか、御代はいただきませんとなるのか、いずれの場合であっても、当社には大きな負荷になるのである。また、対する顧客は時間との戦いをしながらビジネスや研究の発展を期してシステムの構築を依頼しているのである。失敗によって失われた時間は帰ってこない。顧客の被害も甚大である。私が目を光らせていたこれまでは、そんなことになったことはほとんどないけれど、世の中にはたくさんの失敗事例がある。君たちの時代になっても、そのような失敗は避けられるようになってほしいと切に願うのである。「たくさんのわがままを聴いたら、身が持たない」は間違いである。「たくさんのわがままを聴かないと、身が持たない」が正解であり、それこそが「営業の極意その3」である。
4)資料もくれないのに、提案書なんか書けないでしょう、について
聴かせていただくためには、聴かせなければならない。情報がほしければ情報を与えなければならない。資料をいただくためには、資料を作って提出しなければならない。待っていてはいただけない。もうひとつの極意は、テイクアンドギブをやめて、ギブアンドテイクにするということである。情報は与えてから取れ、というのが正解である。これは、戦争のための情報戦術というだけではない。ヒトは、誰でも、情報を与えてくれた人にしか、情報を返さないのである。資料は先に出して、後でもらう。そのためには、豊かな想像力が必要である。君たちは情報のデザイナーなのだから、いくらでもデザインが頭に、否、目を閉じれば目に浮かぶ様でなければならない。そうなるためには、日々、顧客の心を想像する訓練が必要だ。顧客の心を想像することができない人は、営業者にもなれないが、システムエンジニアにもなれない。顧客よりも先に資料の提供をするが「営業の極意その4」である。
5)わがままをきいていると結局コスト割れになってしまうのでは、について
ときどき、私が"お金にもならないのに、他社のサービスを紹介したり、顧客が自分でできる方策を教えたりしている"ことに驚いたり、腹が立ったりしているに違いない。それは、コスト割れにしないための商人(あきんど)の知恵なのである。確かに、高いサービスをただ同然で提供させようという人もいる。どう考えても腹黒い人物もいる。しかし、値切り口上は、商いのほんの挨拶と思っている善良にしてお気楽な極楽トンボさんもいるので、確信犯とはなかなか区別が難しい。ここにはとって置きの極意がある。"コスト割れのサービスが要求されたら、コスト割れのサービスは提供しない"のである。なんだぁ、そんなこと極意でも何でもないよ、と言うなかれ。ただ単にお断りするだけならばサルでもできる。ここで肝心なのは、わがサービス以外の代替案を提示するのである。他社に安いサービスがあれば検討を勧める、顧客が自分で手作業でやれば無料であることも説明する。どうしても当社のサービスでなければいけないと思っている人は、思い直して正規のお金を払って契約に応ずるに違いない。究極のところ当社に利益をもたらしてくれる人がお客様である。当社に損害しか与えない人は客ではない。どうしても当社の損害を強要する人は、「恐喝罪」か「不正取引防止法違反」で検挙していただくのがよい。とはいえ、現実には、確信犯的恐喝犯か単なる極楽トンボさんかどちらとも見分けのつかない顧客のほうが圧倒的に多いのである。だからこそ、ひたすら、わがサービス以外の代替案を提示するのである。その提案がぴったりはまれば、顧客は感謝感激して、当社を忘れたりしないだろう。顧客には業者を選ぶ自由と権利があるのだから、その権利を十分に堪能していただけばよい。そんな提案にもかかわらず、コスト割れのサービスだけを要求してくるようなお人については、われわれにも顧客を選ぶ権利があるのだから、お断りしてもよいのである。曰く、「お客様の今回のご要望は、当社ではお受けできません。他社でお受けいただけところがあるかどうか私どもは存じ上げませんが、他社に打診していただくようお願い申し上げます」ということになる。"お金にもならないのに、他社のサービスを紹介したり、顧客が自分でできる方策を教えたりしている"ことは、単なる甘ちゃんの仕業ではないのである。親切にしていることは間違いないが、事実は厳しいのである。ところで、若いスタッフの諸君は、お断りしても残る優良な顧客を確保できるのだろうか。そもそも提供するサービスが、高品質、安価、安全、安心でなければ、他社を紹介すると顧客は全部他社にとられてしまう。それでは、営業の達人とは言われない。会社を経営している意味がない。さっさと会社を去るべきである。たずねてきたお客様の多くがわが顧客になるのでなければ、提供しているサービス自体に何か問題があるはずである。わがサービスを他社よりも一歩ぬきんでた高みに維持していればこそ、例外的な顧客に断固として他の代替案をお勧めできるのである。"お金にならないのに、他社のサービスを勧めていたりする"のは、自信の表れなのである。社長になるためには、その自信がもてなくてはならない。コスト割れの要求には、我がサービス以外を提案する、が「営業の極意その5」である。
参考:損をしない価格破壊者になれ--社長の条件(15)
営業の現場はストレスがたまるか、と問われればイエスと答える以外にない。ただひたすら、揉み手(掌を押す)をしてストレスに耐えるのである。近未来の結果に、善良にして優良なお客様の笑顔を信じて、ひたすら、お客様のわがままをどこまで聴けるかに勝負をかけるのである。
当社のような事業形態で、営業のためのチェックポイントは次のとおりである。

〈1〉顧客のわがままを良く良く聴いたか。本心を理解したか。
   聴いてくれる業者は大切にされる。聴いてくれない業者は捨てられる。
  極意その1
〈2〉顧客に選択肢を十分に提示したか。システムで対応しなくともよい場合
   も提示しているか。
   完成予想図=「予想される運用説明書」は書いて差し上げたか。
   営業者は、人間ショールームになれ。人間ショールームになれなけれ
   ば、顧客からは捨てられる。
  極意その2-1、2-2
〈3〉顧客の心の中に残っているわがままはもうないか。
   たくさんのわがままを聴かないと、身が持たない。
  極意その3
〈4〉資料は、顧客より先に作れ。あくまでも先に。
   待っていたら、顧客は逃げてゆく。
  極意その4
〈5〉コスト割れを要求する顧客には、わがサービス以外の代替案を提示しろ。
   わがサービスに自信があれば、客は戻ってくる。戻ってこない客は客で
   はない。
  極意その5

営業の極意は、ゴマスリや、接待にあるのではない。顧客の仕事上の悩みや希望、システムに寄せる期待など、目いっぱいのわがままを繰り返し、漏れのないように聴き出すことである。
よい結果が安価、最速、良質に得られるのであれば、システムなどなくてもよいのである。
たとえば、インパクトのある「おおきな丸」がほしい客に、CADシステムで毛筆のような筆致の丸を書かせる仕組みを作るかといえば、愚かしいことである。書道の大家に丸を書いてもらったほうがはるかに早くてよいものができるに違いない。同じ円でも特殊なバブルグラフ(たとえば半透明の楕円バブル、傾きにも意味をもたせたい=楕円で数値をグラフ化したもの)を書きたいというならば、システム開発が必要である。
システムを作らなくとも顧客満足につながった提案をした業者は、次の機会にも呼ばれるだろう。お客様の得になったからである。コストは自分の汗だけである。逆に自分の得になる提案しかしなかった業者は、次の機会に呼ばれることはないだろう。出した提案は骨折り損になってしまう。一方のわれわれは骨折り損を免れるのである。その差は大きい。

営業は魔法ではない。営業に成功するには、それなりの理由がある。それを見つけるのは容易ではない。しかもその方法は人によって違っている。君たちが当社の経営を握るようになったら、自分たちの方法を見つけなければなるまい。今は、私のひたすらやってきた営業の仕方を伝授するだけである。志が高くして腰は低く、思いあふれて頭を下げ、顧客のわがままをたくさん聴いて、どうしたらそのご要望にこたえられるかを、私は日夜悩んで考えて、顧客に提案して、怒られたり誉められたりしながら、お客様の信頼を勝ち得てきた。どこまで、お客様のわがままを聴いてあげられるかが営業の勝負どころと信じてやってきた。わがままを聴いてあげられる範囲が競合他社よりも少なければ、市場の競争に負けるのである。市場の競争に勝つということは、顧客のわがままをより多く聴いてあげられて、真意の核心をつかんでお客様に喜ばれて初めて実現するのである。

わがままの聴き役に徹すれば、その人からお仕事が出なくとも、別の人からは仕事がいただける。口コミは最大の広報媒体である。

さて、「どこまでお客様のわがままを聴くことができるか、が勝負だ」と私は書いた。これは、決して私の専売特許ではない。知り合いに凄腕の営業マンがいる。私の記憶では、転職6-7回、最近は外資系が多い。私の友人でかつ恩人の一人(Mr.N.M.)である。とにかくすごいのは、転職した先の企業は、その時点では、その分野で必ずしもトップとはいえない企業なのに、彼が移籍すると数年で業界トップとなってしまうのである。彼は、口八丁手八丁ではない。口先三寸ということとは無縁である。寡黙になりがちな顧客に積極的に電話し、訪問し、お話を聞くのである。顧客の寡黙は満足を意味していない、顧客の寡黙こそ問題発見の入り口である。まずは顧客の声を聴く。それを聴いてからの彼はすごい。通常の価格表やマニュアルには載っていないいろいろな手を次々に編み出してゆくのである。会社には迷惑は掛けない、しかし、顧客の目立たない発言の端っこにある何かから彼は問題の所在を発見し、解決の方法を生み出してゆくのである。1年しか付き合わなかった顧客はないはずである。2年目になると顧客は彼無しにはいられなくなるのである。「新規開拓よりも、今ある顧客を大切にしている」というのも彼の言葉である。会社では常に営業トップ。社長からの信頼も厚く、報奨金もたっぷりで、趣味の生活も充実している。最近では別の外資系の会社の社長へとお誘いも多いようだが、社長になると顧客とそうそうあえなくなるのを嫌って、お断りしているようだ。それより、退職後の趣味のお仕事(ネットアドバイザ?)への準備に忙しいらしい。うらやましいが、その陰で彼がしているのは、ギリギリまで顧客のわがままとお付き合いして、許される環境と条件との折り合いを探してそれを聞き入れようとする静かだが激しい努力なのである。そんな血のにじむような努力については、彼の場合、酔ったときしか口にしない。平素は、にこにこ、平常心である。遊び心もいっぱいである。彼が主催する趣味のサイトの例を引用する。勤務先のホームページは、個人情報秘匿の観点からここでは明かさない。
http://www.wind.ne.jp/nt-matsu/
http://www.geocities.jp/shiroganex/lesson/page_78.htm
心豊かにして、献身的な営業の大家の姿が、少しは感じられるだろう。私が尊敬する人物の一人である。

今、すぐには、わからないかも知れないが、1-2年もすれば、はたと思い当たることがあるのではないだろうか。そんなときがくることを願って、今はひとまず入力画面を閉じる。

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琵琶

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ワーマン考--情報デザイン研究ノート(2)

(「鐘の声 ブログ」記事マップ)

2006/2/17
ワーマン考--情報デザイン研究ノート(2)

情報デザインを語るのに、リチャード・S・ワーマン(以下ワーマンと書く)を無視することはできない。
ワーマンの代表作は下記のとおりである。
Richard Saul Wurman (原著)、金井 哲夫 (翻訳)、「それは「情報」ではない。―無情報爆発時代を生き抜くためのコミュニケーション・デザイン 」、エムディエヌコーポレーション、2001年
ワーマンは、フィラデルフィアで13年間建築会社の経営に従事し、その後は「情報建築家」を自称している。かれの「情報建築家」は、エディトリアルデザイナに近い。
情報のアーキテクチャの理解を大衆的レベルで持ち込んだことの功績はきわめて大きい。
彼はその著書の中で、情報を整理できるのは、結局5つの分類だけであると言い切っている。
1)位置 地図として表現
2)アルファベット(日本風に言えば50音) 順番、順序で表現
3)時間 時間軸で表現
4)分野 カテゴリで表現
5)階層 程度で表現
なるほどと納得できるところも多いのだが、いかんせん、彼の視野は狭くて、自己陶酔に陥っているので、他人の声など眼中にないようである。経験から発言する人に固有の性向だが、欧米人に良く見られるように概念のメタ化・ヒエラルヒー化が不十分である。したがって、彼のつくった5分類にはまらないものが次々に発覚する。彼が発言した2000年頃には当てはまった原則がもはやほころびてしまっている。原理や原則を導くためには抽象化が弱すぎるのである。
ワーマンの歴史的功績に敬意を払いながらも、これを乗り越える知的冒険に乗り出さなければならないときが来ていると私は思う。
私と同じ思いを抱いている人は多いようだ。
いくつかの例をあげる。

アマゾンのカスタマレビュー(2006.02.12現在)から
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/detail/-/books/4844356097/250-3293387-2222621
これは辛らつだが的を射た批評である。
-------------------------------
現代社会における情報の整理にはクエスチョンマーク, 2002/8/13
レビュアー: カスタマー
5つの究極の整理棚のように、基本的な情報の整理の範囲においては指南書と成り得るかもしれない。だが、後ろのほうの章にいくにつれ現代社会の情報の行き交い方の問題点は指摘しているが、指摘に対する明快な解決法が乏しくなっていき、指摘の域を出ていない。
それにこの書籍は元々が複数の既刊の内容を一冊にまとめたものなので、一見すると豊富な内容で盛り沢山という印象を受けるが、よく読み進めると事例として取りあげている事が少々時代遅れだ。現代社会の情報を整理するという意味では、この事例の古さに沿った考え方では追いつかないだろう。情報の整理というものには普遍的な手法や考え方もあるかもしれないが、コミュニケーションデザインという事柄の性質上、現代社会の事例に沿った問題提起とそれに対する明快さがともなった指南がなされていない点がかなり気になる。この本に書かれてある事を活用していくには読み手のリテラシー能力が大いに左右するだろうし、著者のリチャード・ソール・ワーマンは別として、それに対応出来る人達というのはそれ程多くないのではないだろうか。
-------------------------------

橋本大也、「情報考学」(2006.02.12現在)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000510.html
これは、ワーマンを神のように高く掲げている方の評価だが、よく読むと、ワーマンの理論の非収束性、説明能力の欠如があぶりだされてくる。
-------------------------------
情報デザインの世界で著名なリチャード・S・ワーマンの代表作。独自の情報哲学を提唱し、あらゆる情報をデザインしては世界をアッと言わせてきた、Information Architect(情報建築家)の先端を走る人物。
ワーマンは情報を構造化する方法は5つしかないと定義している。5つは頭文字をとってLATCHと呼ぶ。位置、アルファベット、時間、カテゴリ、階層。あらゆる情報はこの5つとその派生形の構造化手法で説明、分類できるという。
LATCH
Location 位置 地図として表現
Alphabet アルファベット 順番、順序で表現
Time 時間 時間軸で表現
Category 分野 カテゴリで表現
Hierarchy 階層 程度で表現
確かにこの5つで表現できない情報は探すのが難しい。地図ならば位置だし、電話帳はアルファベットだし、スケジュール帳は時間、YAHOO!は分野、通知表なら階層である。それだけでは意味がないデータの集積を、5つの手法を駆使して、理解に結びつける形にする。データと情報は別次元であり、理解できないものは「それは情報ではない」のだ。
・・・
ところで、この本の目次や構成はさぞや整理されているのかと思いきや、まったく逆である。雑然としている。アジアの中華街みたいだ。うまい店がカオスでありながら最適化された配置で並んでいる感じがする。一章ごとに前章と連続しないテーマが、一見脈絡なく並べられ、すべてのページの下部には注釈として長い関連情報が大量に書かれていたりする。何ページおきかに挟まれるコラムやビジュアル資料も、本文を説明して収束させるのではなく、そこからつながる情報へと拡散させていくように仕向けられている。計算された雑然さが、心地よい。発想を刺激される。
・・・
-------------------------------
発想を刺激されるのは確かにいいことだ。刺激を受けた側は、ワーマンにできなかったこと、すなわち、もっと、勘所を押さえた簡明にして説明能力のある理論を作りあげようとする衝動が生じてくるはずである。

私も、ワーマンの歴史的功績に敬意を払いながら、これを乗り越える知的冒険に乗り出すことにしたのである。

参考(後に書いた私の記事):
ワーマン「5つの帽子掛け」再考--情報デザイン研究ノート(12)

△次の記事: 情報デザイン研究ノート(3)
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琵琶

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快刀乱麻になりうるか--情報デザイン研究ノート(1)

(「鐘の声 ブログ」記事マップ)

2006/2/15
快刀乱麻になりうるか--情報デザイン研究ノート(1)

今まで、人は、情報デザインを、組織や社会と人間の知識構造から説明を試みることがなかったようである。
「人の社会」と「人の知性」の発達は、人が猿人から原人へと進化したときに開いた同根の二つの花である。情報デザインはその「人の社会」と「人の知性」を股に掛けた美しくもあやうい人の営為である。これを「人の世」と「人」のために正しく使用しうるかどうかは、高度情報化社会以降のわれわれ人類悠久の成否にかかわる鍵となっていると考えられる。

1.はじめに、組織と情報コミュニケーション
・「組織なくして情報コミュニケーションなし」「情報コミュニケーションなくして組織なし」
情報デザインとは、何か、いろいろな人がいろいろな定義を述べてくれている。ここでは、私なりの考えを述べる。
情報デザインを説明するには、ヒトの社会というものから説明する必要があるだろう。ヒトの社会や組織については、別に述べた「戦略的情報組織学」「組織を活かす力、改革する力」「モチベーションを育てる、涙ぐむ」)ので、そちらに譲って、ここでは詳しく述べない。
定常流的実在である組織や社会を成立させるものは、参加しているヒトや単位組織やその複合体などの間にある一種の「関係」である。これらの間にある「関係」とは「相互の影響関係」であり、互いに他を変化させようとする作用が相互に繰り返されていることを意味している。「影響関係」は、他のヒトの知性に働きかけるための情報の行き来(対話、会話、マスコミ、・・・)と身体的制御を目指す身体活動(民主的手続きや政治活動、治安活動や軍事行動、・・・)がある。前者を「狭義の情報コミュニケーション」、後者まで含めて「広義の情報コミュニケーション」ということにする。このことは、近々学会で発表する予定なので、詳しくは、その後、機会を見て、ここにも書くつもりである。ここでは、狭義の情報コミュニケーションに絞っておくことにする。
すなわち、ここでいう情報とは、相手の知性に影響を与えることによって、相手の活動に変化を引き起こすものである。
いずれにしても、次のように言うことができる。
「組織なくして情報コミュニケーションなし」「情報コミュニケーションなくして組織なし」

2.データと情報と知識
・「情報ななくして、組織なし」「組織なくして、情報なし」
情報とは、情報コミュニケーション(影響関係)の成立を目指す行為に必要な道具なので、相手に理解され、相手の知性に影響、または相手の地位や権限に影響を及ぼすことを目的としている。この目的のないものは、データであっても、情報ではない。また、目的は影響関係の成立であっても、そもそも相手に影響を与ええないものは、情報になりえない。呪術だけでは「実現不能犯罪」とみなされるのと同じく、そもそも相手に影響を与ええないものは、「影響不能データ」に過ぎない。
さて、私は、古くから、コンピュータの世界では、データ、情報、知識、推論の間には、次のような関係があると言い続けてきた。
データ:ヒトが計測した事実を記号や数値によって表したもの。
情報:データを人間が理解しうる形にまとめたり加工したりしたもの。
知識:質問に答えられるように情報に条件分岐を付けて整理したもの。
推論:質問に答える手順を記述したもの。
いま必要なのは、ヒトの世界におけるデータ、情報、知識である。上記をヒトの組織に拡張すると、次のようになる。
データ:ヒトが察知または認識した事実を言葉や数値によって表したもの。
情報:データを相手(自分も含む)に理解しうる形にまとめたり加工したりしたもの。
知識1:外部の刺激や環境の変化に応じて取り出せるように加工され脳に定着した情報や行動様式。
知識2:外部の刺激や環境の変化に対応する手順を記憶したもの。
これらについては、「記憶」の社会性「一人にしない教育者と一人にしない教育を」で少しばかり述べている。
「情報なくして、影響なし」「影響なくして、情報にあらず」
「影響関係なくして、組織なし」「組織なくして、影響関係なし」
すなわち、次のようになる。
「情報ななくして、組織なし」「組織なくして、情報なし」

3.邪悪な情報操作と心正しい情報提供
・できることと、やってよいことの間には、千里のへだたりがある。
情報は、相手の知性に影響を与えることによって、相手の活動に変化を引き起こす。情報デザインとは、その変化すなわち影響を計画することである。その狙いが、邪悪なものであっても心正しいものであっても、変化を引き起こすことが目的である。邪悪な狙いは、社会とその構成員に不利益をもたらすので、広義の影響関係の中で取り除かれようとする。心正しい狙いは、社会とその構成員に利益をもたらすので、広義の影響関係の中で賞賛され、その担い手は地位と権限を保証される。健全な組織や社会は、邪悪な情報を絶えず監視し、除去に勤めており、心正しい情報を推奨する力が発揮されている。今、日本は健全な社会かどうかは、これらの営為が正しく機能しているかどうかにかかっている。ホリエモンとライブドアの邪悪な情報操作は暴かれた。しかし、ほかにも同様の邪悪な行為はないのだろうか、、、。また、情報の洪水の中で、推奨される情報はどこにあるのか、人々は正しく「知って」いるのだろうか。
邪悪な情報操作の例として、「あやかしの術」について書いたことがある。ほかにも、いろいろと存在する。これらの情報操作のテクニックを「情報コミュニケーション"力"」と主張する者がいるのも事実である。この種の人々に嫌気がさして、「情報無用論」や「情報コミュニケーション力無用論」を口にするヒトもいる。無用なものは、邪悪な情報操作である。必要なものは心正しい情報提供である。元来、情報コミュニケーションは健全な組織と社会を支えるものである。邪悪なものは少数であり、例外であると思いたい。心正しい「情報」や「情報コミュニケーション」をもっと発展させる前向きの行動こそ必要なのではあるまいか。邪悪な情報操作については、別に解説する機会を作りたい。
邪悪なものでも「やろうとすればできてしまう」ものも確かにある。開けっ放しの他人の家の玄関の中に札束入りの財布があるようなとき、盗ろうと思えば盗れないことはないだろう。できることだから、やってよいのだろうか。やってしまえば犯罪である。やってよいことととできてしまうことの間には大きな違いがあるのだ。情報操作も「できるからやってよい」とは決していえない。やってよいこととできてしまうことはまったく違うのである。
できることと、やってよいことの間には、千里のへだたりがある。

4.情報デザインとは、影響を計画すること
・受け手のもつ知識を見抜ければ、情報はデザインできる
ここでは、ひとまず、心正しい情報コミュニケーションと情報について、述べることにする。
相手の活動に変化を引き起こすために、まずは相手の知性に影響を与える必要がある。そのためには、相手の持つ知識に変化をもたらせなければならない。新しい知識を付け加えたり、変化させたり、間違った知識を無効にしたりする必要がある。
昔から、ジャーナリストは、分かりやすく書くには、次の手法を用いていた。私も大学を出て約10年雑誌の取材編集記者をしていた。駆け出しの頃、この世界のたくさんの先輩らにかわいがられ、凄腕の記者たちから、次のように教えられた。
1)例示する。
2)対比する。
3)類似を示す。
4)比喩を用いる。
5)言葉を換える。
実用的で、すばらしい手法である。実は、大宅荘一の書物で同様のことをすでに読んだことがあったのだが、現場で聞くのはまるで違って聞こえた。すごい、といっぺんに感得した。通り一遍の知識は、現場の体験と一緒に聞く一言にまったくかなわないのである。
これらの、手法に共通していることがある。私は、そのとき、それを発見した。要するに、どれも、情報を伝えようとする相手の心の中または脳みその中にある知識に結び付けて開設するということである。ジャーナリストは新しい概念を読者や視聴者に伝えなければならない。まったく新しい概念は、そのままではまったく理解されない。頭の中を素通りするだけならばまだしも語ろうとした者の精神に疑いを挟まれることさえある。読者や視聴者がすでに知っている例を挙げて、新しい概念をたかったらどうだろう。今までの知識に付け加えたり、今までの知識を変更したり、今までの知識が間違っていると考えて無効にしたりすることが読者や視聴者にとってもできることになる。これが、理解できたとか、理解がすすんだという状態である。例でうまく行かなければ、似ているが異なる事象を取り上げてみたらどうか。たとえば、バッタを知っていてクモを知らないヒトに、「バッタは足が6本、クモは8本」「バッタには羽があるが、クモにはない」「バッタは糸を吐かないが、クモは獲物を取るのに糸を吐く」などと対比させて説明すれば、それなりの概念は伝えられるだろう。「ゴリラは、ヒトと同じで一夫一婦制」などと類似を示したり、「お前と俺は、月とすっぽん」などのように比喩を使うことも同じである。相手の心すなわち脳みその中にすでにある概念と結びつけてゆく作業なのである。概念の多くは言葉として記憶されている。「ナズナ」と言って分からなければ「ぺんぺん草」と言い換えてみるのも同じである。
情報は、伝え方を工夫すれば伝わるのである。どう工夫するかは、ヒトしだいであるが、基本的原則がいくつかある。例示、対比、類似、比喩、換言もその例である。肝心なことは、情報の受け手のもつ知識を見抜いて、伝えたい情報とそれらと結びつけることである。情報の受け手のもつ知識を見抜ければ、情報の伝え方(情報デザイン)に工夫ができる。情報の受け手のもつ知識を見抜くことが困難な場合は、情報デザインは困難を極める。
受け手のもつ知識を見抜ければたいてい情報はデザインできるが、受け手のもつ知識を見抜けなれば情報デザインは困難を極める。

5.未知の相手に情報デザインは可能か
・ヒト類の知識構造の共通性に着目すれば、未知のヒトへの情報のデザインも不可能ではない
昔ヒトは、互いに親密でありうる範囲で群れをつくり命をつむぎ暮らしてきた。その歴史は150万年に近い。50-60万年前猿人から原人となり、社会組織を構成するようになってから、さほど親密でないヒトとも情報コミュニケーションをとるようになった。高度情報化社会となり、人々はますます未知のヒトと情報コミュニケーションしなければならない状況にある。もとより、私的な交流(プライベートコミュニケーション)であればそうともいえないが、公けの情報伝達(パブリックコミュニケーション)の場合は今のところ避けようがないといって良い。マスコミや電子的ネットワークコミュニケーションでは、プライベートコミュニケーションも行われるが、パブリックコミュニケーションもその比率を大きく伸ばしてきている。
親密に行動をともにしている者同士であれば、「あれ、あれだよ、昨日の居酒屋で見たあれさ」という話でも伝わらないことはない。昨日一緒に居酒屋にいたもの同士でない場合には、「あれ、あれ」と言っても通じやしない。相手の持っている記憶や知識が異なっているのだ。
未知のヒトでも自分同様にもっているに違いない知識に近づけてあげなければいけないのである。
ヒトの認識についての著作は多い。認知哲学など言って、哲学もある。最近では、脳科学の進歩も目覚しいので、その方面からの知見や発言も多い。
ここでは、健常者の誰しもが承認しやすい、5つの概念を取り上げる。
1)3次元ユーグリッド空間と時間軸
 すなわちデカルトの直行座標の一部、「空間」と「時間」という人もいる。
2)共通知識
 「カテゴリ」という人もいる。
3)認識対象とその態様
 「物質とその運動」「オブジェクトとその属性」などという人もいる。「名前」と「動き」という人もいる。
4)比較
 「随伴、例示、対比、類似、比喩、換言」がある。換言は、同一物を比較することである。
5)因果律
 原因と結果の関係である。
情報の伝達は、これらの概念の一つまたは2つ以上を組み合わせて、初めて実現する。実際のところ、ごく単純な物事以外は、2つ以上組み合わせなければ情報は伝わらない。
これらのそれぞれについては順次説明する。ここで協調したいのは、未知の人でも、人であればたいていは共通にもっている知識の枠組み概念があるということである。
たとえば、空間的な位置関係は、説明すれば、おおよそは理解される。時間の前後関係、出来事が発生した年代についても説明すれば、おおむね伝わる。
甘い、辛い、しょっぱいなどの味や、目や鼻、口などの顔の部位の知識はたいていの民族にも共通している。赤や青という色についても大きな違いはない。知識に共通する部分はある。細部は異なっているが、階層化概念や関連性についての認識で共通するものもあり、これを補うことができたりもする。共通しない部分もあるので、その見極めは簡単ではない。この見極めが大胆かつ的確にできる人が情報デザインに優れた人物である。
人は、古来、「物質とその運動」「オブジェクトとその属性」というように事物を観察してきた。哲学の世界でそう書かれているが、人々の自然な認識の方法を成文化しただけのことである。これを、最近の「情報デザイン屋さん」は、「名前と動き」と言っているようだが、考えが足りていない。もちろん、書籍やホームページの表面的なデザインだけ考えるのであれば何とかなるだろうが、内容の組立てや解説の仕方までを想定するのであれば、名前と動きだけで処理できる話ではない。「認識対象とその態様」という枠組みが人の認識の枠組みの大きな柱なのである。このことを知らずに情報デザインは語れない。
比較は人の認識の方法論である。ギリシャの逍遥学派が、アリストテレスと弟子たちが歩きながら対話したように、プラトンが「対話篇」を残したように、ヘーゲルが弁証法を唱えたように、人はすでにある概念と別の概念を対にして比較して、より高い概念を構成するのである。比較は、情報の受け手に新しい概念を誘発させる打出の小槌なのである。
何かの原因があってこそ何かの結果がある、と人は考えるのである。偶然もありうるが、原因が説明できることに人は安堵と喜びを感ずる。しばしば、ウソでも因果関係があるかのような説明が好まれる。カルトや詐欺の土壌にもなっている。因果関係の有無とそのつながりを正しく語ることは、人の理解を確実なものにする。
今後、情報デザインを語るとき、私は、これら5つの概念を多用する。情報の現場を知らない空理空論と、現場引きづられ過ぎて技術の進歩についてゆけないデザイナ理論をばっさりと切って捨て、分かりにくい情報デザインを簡潔明瞭に整理したい。
私は、出版編集者もシステム技術者も激しくこなしてきました。現役のシステム大工の棟梁です。還暦を迎える年寄りですが、ウデにもいささか自信がないわけではありません。そして、近年は、大学でシステム工学や情報社会学、情報デザインを教えてきました。たたき上げの職人and/or教師ですが、あえてこの世界に乱入する失礼を御免こうむりたく、なにとぞよろしくお願いいたします。皆様からはご寛容に賜り、ご意見をいただき、ご鞭撻をいただきたくお願いを申し上げます。

△次の記事: 情報デザインの研究(2)
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モチベーションを育てる、涙ぐむ--心理、教育、社会性の発達(17)

2006/2/11
モチベーションを育てる、涙ぐむ--心理、教育、社会性の発達(17)

先月の「次世代大学教育研究会」(1/26)に私は「一人にしない教育者と、一人にしない教育を」を発表した。このことは、私のブログのシリーズ「感性的研究生活」の一つにも書いた。
この研究会で発言した内容の一つでもあるが、「社会性を育てる」ためには、学生たちに「社会性の獲得に向かうモチベーションを育てる」ことが不可欠である。実は、私がこのことを真に理解したのは、昨年の初夏のことであり、その前の4-5年間は、悪戦苦闘の連続だった。
地方出身者の多い、H大学やK大学では、グループ活動、参加型授業が比較的簡単に導入できた。ほとんど最初の年から成功したといってよいだろう。しかし、首都圏都市部(都内か川崎横浜)の出身者が多数を占めるM大学ではそう簡単ではなかった。最初の1-2年は、他の大学での成功もあり、学生らの反応が少ないのは、都市部の学生の特徴だから、それが普通だろうと高をくくっていた。しかし、明らかに学生たちはあくまでも受身で授業を受けているだけで、教育効果は上がっていなかった。グループでの活動を促しても、ダメであった。他の大学では、教師(私)の音頭で、学生たちは、ぞろぞろと席を立ち、グループのメンバーが額を寄せて、秘策をいろいろと練るところで、M大学の学生らは、席を立つものも少なく、グループ内で相談する姿もほとんど見られない。学生のアンケートをとると、「グループで相談しろというのは、無駄な時間」「ウザッタイ干渉」などと書く学生もいた。他大学の学生とは明らかに違っていた。その後、私はグループの課題を与えると学生たちの席の間に立ち、彼らの活動の手順やひそひそ話や学生同士のメールを画面上から読み取ることなどにいっそう努力した。機会を見ては、声をかけ、他のグループメンバーへの助力を促したり、分担や相談をアドバイズした。M大学の学生たちは、多くの場合、これを無視するか、学生同士一瞬見合わせてそのままにすることが多かった。内心「教師の指示を無視するのか」と怒りもこみ上げてくるが、一方何か理由があるのだろうとその理由が知りたかった。私の指示に「ハイ」と言ったまま、凍り付いてしまう学生もいた。
昨年、M大学の最初の1-2回目の授業で、授業終了後、教壇に出席票を置いてかえる学生を何人か呼び止めて、いろいろと雑談をした。教壇に出席票を置いてかえるようにするのは、以前からのことで、学生たちと一瞬でも目をかわすことができるようにという理由である。雑談の中で、やっと次のような学生たちの心の内がわかった。「学生同士で相談するということは、他の学生から教えてもらうということになるので、できませんよ。そんなズルイことですから・・・」「他の学生に教えてやるなんて、そんなことをしたら自分がソンしちゃうじゃないですか」というのである。グループで学習活動することには、当然教えたり教えられたりすることが含まれる。それを「ソンしてしまう」「ずるいことはできない」と感じてしまうというのである。子供たちはなんというさびしい学校生活を送ってきたのだろうかと、背筋が寒くなった。
そうか、この子達は、互いに助け合うことを激しく禁止され、競争させられてきたのだ。隣の席の子よりも1点でも多く取るためには自分が理解したことを教えたりしてはソンしてしまう、、、隣の子に聞くのはズルイことだから教えてほしいなんて口が裂けてもいえない、、、と、この学生たちは頑なに信じているのである。不真面目でグループ活動ができないのではない。まじめだからできないのだ。グループ活動や参加型学習活動の「やり方」をいくら教えても、この学生らは「できない」のだ。グループ活動や参加型学習活動のスキルが問題なのではない。モチベーションが欠けているのである。というよりもモチベーションに厳重なフタがされているのである。
ならば、幼稚園児にやるように、お手てをつないでお遊戯からはじめなければならないのか。ジャンケンごっこもオシクラマンジュウも経験していないに違いない。果たして? しかし、このヒゲも生えた男子学生やお化粧も上手になりかけている女子学生に「お手てをつないで、、」はないだろう。いや、実は必要かも知れないのだが、それは別に取り上げることにする。いやいや、情報の授業で「お手てつないで」とやったら、間違った風説が心配だ。
考えあぐねて、「情報組織論」の講義を実施することにした。これは、折りしも、2005/4/23のSH情報文化研究会で発表した内容と重なった。この話をM大学の授業向きに発展させた講義を行った。学生たちは思わぬ反応を見せた。いつもはいくらかざわついて、上半身がせわしなく動く学生も多いのに、このテーマの講義を始めて5分もすると教室は静まり返って、誰しもじっとしている。誰一人身動きしない。前の方に座っていた学生が、一人上を向いて涙をこらえているのが分かる。すると、また一人、うつむいてハンカチで目をぬぐう学生がいる。なぜ、、、。私は、悲恋物語を語ったわけでもなければ、レ・ミゼラブルを話したわけでもない。社会と組織と人間の関係を語り、その中で、「情報」が、人類史的にどんな意味を持っているのかを語っただけである。社会学の範疇ではあるが、あまりにもベーシック&シンプルなので社会学の先生も授業では語らない内容かもしれない。ある経済学者が語ったと伝えられる言葉、「ひとりは、1つ以上仲間のために役に立つ。仲間は互いに助け合う。そのグループは社会に貢献する」を紹介したりしただけのことである。
学生たちは、その授業の感想として、「大学を出たら、金だけの人生かと思ってつらかったが、そうではないことが分かった」「社会に出たら他人と競争するだけと思っていたので、他人とかかわりのない生活を望んでいたけれど、別の考えが浮かんだ」「社会に出たらさびしい生活だと思っていたのに、先生の話でそれは違うとおもったら、涙が出てきてしまった」と書いてきた。彼らは、こんな話を親からも小中高の先生たちからも聞いていなかったのだ。「だから、先生はグループ活動など社会に出ても困らないように進めてくれていたんだと分かった」とあったのには、手を打って私も喜んだ。教えられるべきことが教えられていない学生たちに、遅ればせながら教えられることは教えてあげるというのは年長者の務めではあるだろう。普通は、自然な成長の過程で身に着けるはずだった「社会性へのモチベーション」に、学生たちは、大学にまできて、私の授業で初めて遭遇したのである。しかも、大学生は大学生である。礼儀作法は知らない(「だって教えられていないッモン」)が、知的水準もかなり高いのは当たり前である。「社会性へのモチベーション」も「お手てつないで、お遊戯」ではなくて、知性に語りかけることによってかなりの成功を収めるということが分かったのである。これは、私にとっても感動的で衝撃的な体験となった。M大学のグループ活動がその後は順調に進展したのはいうまでもない。実技も半分は含まれている私の授業ではグループ活動が成功するかしないかでは、教育効果が大きく異なる。実業の世界でも、作業を体得するのはグループ活動の中のほうが極めて大きい。昔、農作業や浜仕事、道普請などは誰でも参加して上達した。ビデオ教材もCALもなかった時代のことである。周囲の人たちのやりようを見て覚えた。仲間のやりがちな小さな失敗は笑いながらも教訓にした。グループ活動の教育効果は何者にも変えがたい。
H大学やK大学でも同じ「情報組織論」の講義をやってみた。不要かと思われた田舎からやってきた学生たちにも、この講義は沁みたらしい。教室での活動は一気にブレークした感じがある。
2005年度は、「グループ活動」を教える前に、グループ活動のモチベーション、すなわち社会性獲得のためのモチベーション=「情報組織論」を教えるのが正解であると確信した1年であった。今年は、どの大学のどのコースでも第1時限目にこの講義をしてみようと思う。新入直後の学生に、こんな話を受け入れるだけの落ち着きとゆとりがあるかどうかが少し心配だが、、、。

振り返って、幼、小、中、高の教育においても、「社会に参加することのモチベーションを育てる」教育をしながら「社会参加」を教えていただくのが良いのではないのかと思います。私は、その方面については門外漢です。現役の教師の皆様、すなわち専門家の皆様からは、空理空論といわれるかも知れません。もっと「競争」を教えるべきなのだ、「協調学習」は無用だとお叱りもあるかも知れません。皆様、私は、大学の教壇に立つ情報教育専門のしがない非常勤の分際で申し上げることに過ぎませんが、どうか、子供を孤立させ、さびしい、惨めな人生に引きずり込まないでください。仲間と喜びも悲しみも、歓喜も落胆も分かち合い、ともにできる心豊かな子供たちを育ててください。いじめや学級崩壊を心配して幼児、児童、生徒たちが結束することを嫌う向きもあることは承知しています。しかし、悪い仲間にはいることを防止して、良い子のグループを育てることが、いじめや学級崩壊を防ぎます。昔は近所のおばチャンが優しく厳しく「いじめっ子と一緒に遊んじゃダメ。いい子同士仲良くしなさい」と言ってくれたものです。それは差別発言ではありません。「いい子同士も仲良くしてはいけない」などとおばチャンたちは言いませんでした。いい子はいい子の仲間に紹介して「この子をお仲間にしてくださいね」と母親もおばチャンたちも言ったものです。同じ力が、社会性を育む教師の指導力としてますます必要になっていると思うのです。おばチャンたちも母親らしい母親もめっきりいなくなってしまったのですから、頼りになるのは教師の皆さんだけです。子供たちのことを信じてあげてください。そして、社会の健全な仕組みや人との交流の意義を解き明かして、社会性の発達を促してください。大学の教師の個人的努力だけでは、もはや支えきれなくなっています。
場合によっては、「社会性を育てる」件においては、幼、小、中、高、大の保母・教師・教員が横断的な連絡をしあう必要があるのかも知れません。
たくさんの方のご意見をいただければ幸いです。

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琵琶

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本業こそ社長の仕事、ライブドアは本業赤字--社長の条件(19)

2006/02/05
本業こそ社長の仕事、ライブドアは本業赤字--社長の条件(19)

ライブドアの堀江前社長ら4名は、本業の粉飾決算の容疑で再逮捕となり、さらに10日間の拘留が決定した。つまり、予想通り、ライブドアは本業では赤字だったのである。彼らは、あたかも本業で大きな黒字が出ているかのように装うことによって、自社の株価を吊り上げていたことになる。
私は株をやらない。株の主流は博打だからである。博打が好きな人はいるもので、法の範囲であればやめろというつもりもないが、私自身はやる気が起こらない。だいたい、まじめな企業活動を博打の対象にするなとど言う心根がわからない。競輪選手が流す汗は、博打の対象としてハナから承知の上だから問題はないが、真剣な企業活動が博打の対象にされるのは、よほどの対価がない限り、どこか納得が行かない。多くの企業は上場もせずに賭けごととは関係無しに企業活動に邁進している。上場したら考えが変わるかもしれないが、私のこの地味な会社に上場する機会は当面なさそうだ。
それはさておき、本業の業績を見ずに株を買う素人に対して、よく「株は業績を見て買え」と説教する人がいる。しかし、ここまで粉飾されては、業績を見たつもりでも、それは枯れ尾花である。もっとも、目先のお金に魂が奪われてしまった人には、何を説明しても「俺の儲けに難癖をつけるのか」と思うらしくて、聞く耳を持たない。その結果が、ライブドア株一株100円割れという事態である。これから、持ち直すかも知れないという期待で、安値買いに走っている人もいるようなので、とめたりはしない。私にそんな止めたりする権利はないと思う。しかし、「浮ついたマネーゲームの部分を切り捨てれば、本体は磐石だから大丈夫」と太鼓判を押していた人は、今、なんと言うつもりだろうか。本体が磐石ではなかったから、「浮ついたマネーゲーム」で赤字を補填し、ごまかしていたのではないのか。
ライブドアと私たちの生業(なりわい)は、あまりにも違う。彼らは、多数の人の目をごまかしてお金を得て、銭ぶとりしていたとしか思えない。われわれは、たとえ他人にだまされても、誠実に仕事をする以外に対価をいただけない職人の世界にどっぷりとつかっている。
あまりにも違うのに、ライブドアのような企業がIT企業だと自己主張していたので、われわれのようなシステムハウスも近い存在だと勘違いした人は多かったようだ。これにまつわるいくつかの例を以下に紹介する。いずれも人物を特定できない程度には脚色したことをご了解いただきたい。
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(1)まず、学生たちは、大いに勘違いした。
近鉄球団の買収のころ(2004年6月)
私が教えている工学部の男子学生が私に「ライブドアのような会社を興したいんです。やり方を教えてください」と言ってきた。「ライブドアは、本業で正しく利益を上げて社会貢献していない会社だ。水鳥のバタ足というたとえがあるが、ライブドアは病原菌一杯の泥水の中で足をバタつかせている状態だと思ったら、近いだろう。やがて、蛭やマムシに食いつかれて、自滅する。別の会社を見習うほうが良い」と私。
フジテレビの買収騒ぎの直後(2005年6月)
同女子学生が2名、休み時間、教壇に近づいてきて、「私たちモデルクラブでバイトしたりしているんですけれど、将来はホリエモンのフジテレビのアナウンサになりたいんですけれどなれるでしょうか。ホリエモンにも遭いたいし」と言う。なるほど、顔とスタイルは並以上、活舌も良く、好感度とは見て取れた。レポートの成績もいい子達である。ホリエモンは買収には失敗したが、一時フジテレビの筆頭株主ではあった。「がんばればなれる。先生が保証する。しかし、この授業の単位を取っただけではアナウンサにはなれないよ。アナウンサになりたいならば、アナウンサ養成学校などの専門学校にダブルスクールしければ無理だね。それに、もう一つ、その世界は、残念なことに実力だけでは入れないし、入った後もやってゆけない世界だ。どの大学にも放送研究会というようなサークルがあるはずだ。そういうものに入って、放送界の人たちとコネを作らないと無理だろうね」と私。彼女らの顔は真剣。「うちの大学にも放送研って、ありますヨ。ヤッパ、ハインナキャダメッスよね。情報処理の試験も受けたいし、どっち優先したらイインでしょ」と彼女らはついタメ口になる。「情報処理の試験は1年と2年で目標達成する。その後、アナウンサを目指して勉強と活動をする。という方針などがありうるね。しかし、その頃まで、ホリエモンがフジテレビといい関係かどうかも、そもそも健在かどうかも疑問だがね」と私。「エッ、ナンデ、ナンデ」と彼女ら。「本業で正しく利益を上げて社会貢献していない企業はやがて社会から見捨てられて破滅するんだよ。株主の利益のために公共の電波を買い取ろうと主張した時点で、バツだね。株主の利益とは公共の利益ではないだろう?。彼は自分の利益ではなくて株主の利益が目的だと言い換えたつもりだろうけれど、公共の利益でなければ社会は納得しないものさ。それにしても、株主の利益という彼の主張も本音かどうかも疑問視されてしまっている現状ではだれも彼を助けないだろう」と私。
他にも学生たちからは、たくさんの相談があった。いろいろあっただけ書ききれない。
(2)企業家も大いに勘違いした
競馬場買収のころ(2004年10月)
仙台球団を買収に失敗すると、ホリエモンは高崎競馬場の買収に名乗りを上げた。競馬場はサンザン待たされたあげくすっぽかされたのだが、じらすのがホリエモンらの買収交渉の手口である。ある著名なリクレーション施設の経営者たちから、私は執拗にライブドアとの接触を要請された。経営が苦しくなった自社を買い取ってほしいというのが彼らの狙いである。「IT企業だから、何とかルートがあるでしょう」とかれら。「知り合いというわけではありませんから、そうそう巧く引き合わせることができるとは限りませんよ」と私。「お願いします。堀江さんは、馬に関心があるようだし」と彼ら。「博打に興味はあっても、馬が好きとは限りません。御社の乗馬施設は一日に何億も何千万も荒稼ぎするわけではないでしょう」と私。「私も競馬好きですけれど、競馬好きはたいてい馬好きなんです」と社長。やれやれ、「彼は、競馬さえ好きかどうか分かりません。彼は"お金のなる木"が好きなだけだと思いますよ」と私。後日、業界団体の幹部を通じてライブドアに連絡をすると案の定「多忙につき面談不能」というニベもない返事が返ってきた。当該の業界団体の幹部さんが言うには、「とにかく、とにかく、ライブドアはやめたほうがいいですよ。ひどいメに遭った会員さんがたくさんいるんです」ということだった。リクレーション施設の経営者たちには、「多忙につき面談不能」と伝えて、誰が言ったとは言わずに「ライブドアはお金が惜しくないのではなく、逆にお金がほしいのです。近寄らないことをお勧めします」と説明した。この施設は、その後自助努力して、経営は上向きつつあるので、あの時、売らなくて正解だったのだ。
このほかにも、いろいろあったが、いまだに話すと支障のありそうなものが多いので、ホリエモンに接触せずに無事に収まった上記のケースだけにとどめたい。
(3)政治屋さんも勘違いした
国会議員さんの件は、マスコミでも取り上げられていて、民主党の鳩山氏が、うそかまことか「J党の議員らの秘密を握っているぞ」と追及の予告をしているのは良く知られている。私が体験したものは、地方の議員さんの取り巻きの話である。私とその議員は旧知で、私が貧乏経営者であることは良く知っている。後援会費を免除する代わりに、時々地方行政に関するレクチャーをしてくれという虫のいい申し出をしただけでそれ以上の期待はしていないらしい。ところが、その議員の取り巻きたちは別である。あるとき、私を講演に招いた席で、後援会の幹部の一人が、「ライブドアとかは、大もうけしているらしいじゃないの。先生の所だって、裏で大金を稼いでいるンじゃないの。隠していないで、1億でも2億でも献金してよ」と大声をあげる。そうだ、そうだとダミ声が広がる。「待て待て、この人の会社はそんなんじゃないんだ。額に汗しないとお金はもらえないという考えなんだから、ちっとも儲からないんだ」と議員先生。「裏で稼ぐような会社は、いずれつぶれます。世間が許さないでしょう」と私。「バカジャネェの、俺にはやり方がわかんねぇケドヨ、ホリエモンみていに巧くやれば、がっぽがっぽだべ。法にだって穴も裏もあんべ。あんた、やれよ。その金、俺らに回せ」と取り巻きたち。「あなたたちは、心正しく社会貢献したいという議員を担いでいるんでしょ。そんな人が法の裏で稼ぐことを要求するんですか。私はお断りです」と私。「まぁ、まぁ、ヒトはそれぞれって言うこと。お互いに考えがあるんだから、この話はこれでおしまい」と議員。それ以上、言い合ったら大変なことになりそうだった。
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ホリエモンのように金持ちになりたい、ライブドアのように有名になりたい、という気持ちは分からないではない。しかし、独居房で麦飯を味わいたい社長候補のヒトはどうぞ、と言いたい。私は、いやである。そんな社長候補がいたらノッケからから私の後継からは除外する。幸い、私たちは、本業で、まじめで親切丁寧しかも作ったものの出来がいいと世間から評価をいただいて、お仕事もその対価もいただいている。身入りは少ないが、おてんとう様は味方である。胸を張って世間を渡ってゆけるというだけの自信と実績はある。本業大切が基本である。
それにしても、あんなに持ち上げておいて、今ごろホリエモン批判に転ずるヒトが多いのはどういうことだろう。あきれるばかりが、その一方で、その当時から「大きな声ではいえないが、やめておいたほうがいいよ」と、心ある市井の大人の男たちには、親愛なる学生たちやお仲間のために個人的な防波堤になっていたヒトも少なくはなかったはずである。余計なお世話とたたかれても、私も、その大勢の男たちの一人だったことを誇りにしたい。
君たちも、同じ思いだと思う。

参考:「戦略的情報組織学」
http://www.sciencehouse.jp/research/20050423strategy_info.pdf

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和のデザインのはじめと今--オヤジと家族のお料理ライフ(8)

2006/02/01-2/11
和のデザインのはじめと今--オヤジと家族のお料理ライフ(8)

お造りなどの盛り付けには、あるデザインの基本ルールが存在する。公家が好んだ庭園の作りにも似ている。このデザインを語るには、ちょっとした回り道が必要だ。
ルネッサンスの巨匠たちは日本の浮世絵などに多くを学んだことが知られている。遠近法のヒントも日本の絵画からもたらされたとされている。しかし、絵画の背後にある構図には、基本的な違いがある。
ヨーロッパの画家たちの絵の作業線(ワーキングライン)は、水平と垂直、放射線など、どっしりとした安定したものが多い。激しい動きのある絵画であっても、画家の視線はしっかりと動かぬ大地に固定されている。
日本の絵画の特徴は、画面に向かう画家自体が漂うがごときであり、視線にはゆれや戸惑いが感じられる。画面を仔細に観察すると、そこにある作業線は、水平と垂直、放射線というような直線的なものは少ない。大きな重心、中ぐらいの重心、小さな重心という3重心が見て取れる。たとえば、広重の「なみうらの富士」は、構図を壊してダイナミックな表現にしているというような評論がよくされるが、構図は壊されているのではない。3重心のうち、大きな重心が左上の大波、中ぐらいの重心が右半ばの小船、小さな重心に富士が割り当てられている。3重心のそれぞれの位置は絵によって自在に変化する。この観察は、私が初めてのようなので、いつかしっかりとどこかで発表したいと思っている。この3重心は、どこかで微妙なバランスが取れている。激しい動を表現していても、平衡点に戻ろうとする力が備わっている。
実は、私は、子供の頃、多分5歳か6歳のとき、この秘密を知ったのである。当時、私は、子供じみたお絵かきにはまっていた。母方の叔父が二科会に属していて審査委員も勤める男だった。どういうわけか、この叔父に私は気に入れらて、かわいがられていた。この叔父にほめられたことがきっかけでお絵かきについては天狗だった。洋風の構図の基本形はそれなりに知っていた。一方、母はお華の道に熱が入っていた。自分が修行するだけでは気がすまなくて、自分の子供に茶道や華道を教えようと躍起だった。流派は龍生派(当時は「池坊龍生派」)である。基本レイアウトは、真(しん)・副(そえ)・体(たい)という3つの軸を広がるようにいけてゆくのである。基本八形、これを崩した形などがあった。お花は根元が固定されているものの、しなやかにたわみ、時には凛として斜めに宙に突き出る。風のない水面や揺るがぬ大地のような固さはない。しかし、それらの3軸には確かなバランスがあった。それは何か、子供の私には不思議だった。あるとき、母は宙づりにする「舟形」を活けた。舟の形をした花器に花材を活けるのだが、その構図は、まさしく帆掛け舟のそれであった。細い紐で下げられた「舟形」は、微妙にかしぎつつ、バランスよく空中にとどまった。私には衝撃が走った。活けられた形は中央のやや傾いた大きな帆、舟の形をした花器の重心、艪を模してやや下方に向かう流れ、3つの重心が存在した。この3つのバランスが舟形を微妙に宙にとどめている。そうか、真、副、体は、波間に浮かぶ帆船のバランスなのだ、と心の中で爆発するような思いがした。
しばらくして、私は、叔父の勧めで油絵をよくする画家(一水会)のご夫妻に師事することになった。小学校に通いはじめるころだったと思う。このご夫妻は、ともに流山の旧家のご出身で、もともとおっとりしていてお金に疎く、いつも貧乏を嘆いていた。お金のことで、口論をしていることも多く、私は、日曜日の朝お宅に到着すると、朝食の続きで口論が始まっており、待たされることも多かった。そんなときは、廊下の隅に座って、先生たちが読みおかれた画集や絵画についての雑誌を読みふけった。それはそれで至福の時間だった。ご夫妻や出入りされるお仲間の方の絵は巧みで、いつも驚嘆するものばかりだった。子供じみたお絵かきの世界とはまったく異なる世界がそこにはあった。私は、ここで、石膏デッサンや、油絵の具の溶き方から、キャンバスに筆をおく仕方のイロハから教えられた。先生は、私の絵を見て、書くべき対象を良く見て書きなさい、君の絵の中に雪見灯篭があるけれどそれに触ったことがありますか、ざらざらしていて重いでしょう、一度触って持ち上げようと試してごらん、それに、石灯篭の後ろはどうなっているのかここからでは見えないところも良く見てくるんだよ、、、と教えてくれた。見たなりを書くんじゃない、実際を五感で知って理解して描けと教えてくれたのである。日暮れまで絵を描いて、私は帰る。しかし、いくらかいても、先生たちのようにはうまく描けない。あせりは年々、日々募った。先生たちは自分が教えられている油絵の基本とは異なる絵を描いていた。油絵でありながら、水彩画のような絵を描いている。まるで日本画のような色合いと構図だった。作品を盗み見て、自分も真似てみたいと思った。そうだ、3重心で描いてみようと私は生意気にも思った。あるとき雪景色を3重心で描いてみた。自慢したいはちきれんばかりの気持ちで、先生に持ってゆくと、先生はいつになく不機嫌そうな怖い顔で、基本もできていないのにこんなものを書くんじゃないと叱った。その顔はマジだった。多分、基本もマスターできないうちに発展領域に手を出せば基礎がしっかりと固められないということだった。私は、そのとき、自分がヘタなのでしかられたのだろう思うだけだった。小学校3年生か4年生の頃だったと記憶している。ご夫妻の家には、その後も、毎日曜日、小学校を卒業するまで電車で通った。
私が生まれ育った家には、庭があり、大部分は食糧難時代を通して家庭菜園用の畑になっていた。それでも、松が5本あった。大きな柿の木が3-4本、イチジクの巨木、枇杷の大木などがあった。生垣が敷地を回っており他にもいろいろな木が植わっていた。おカシラ、と呼ばれていた近所の庭師のおじさんが、気が向くとやってきて、庭の手入れをした。普段は鳶の棟梁として働いているのだが、仕事にあぶれると、一杯引っ掛けて赤柄顔でやってきた。庭の手入れを済ませると、坊ちゃん坊ちゃんと私を呼び、私相手にいろいろなことを話してくれた。カシラは父が帰宅するのを待つのである。カシラは小学校時代、父の教室にいて算数が一番だったというのが自慢だった。学校に上がる前からカシラの親方がカシラに和算を教えていたのだ。父が勤務先の学校から帰宅すると、父は熨斗袋にご祝儀と書き何がしかのお金を入れて出し、母に燗をつけさせると、縁側に腰を下ろして、スルメの焼いたものなどのささやかなつまみでカシラと一杯やるのである。熨斗袋に入れずにむき出しのお金を渡そうとしてもカシラは受け取らなかった。あるとき、酒の席のおつまみを狙ってそばを離れなかった私が、カシラに庭の造り方とお花の盛り花の形は似てますよねと言った。カシラは、えたりとばかりに力を込めて教えてくれた。庭師も華道の先生も元は同じなのさ、お寺に仕えて、庭を造ったり仏様にお茶や花をささげたりしていたのさ、庭だってお花だって、築山があって手前に池があってさ、左右に茂みを作るのさ、そうだよね、奥さん、と母に向かって同意を求める。お寺の娘だった母は、部屋の奥で、一瞬緊張した表情を見せて、そうよ、父がそう言っていたわ、と応えた。母の父とは大きな寺の和尚だった。私には、また衝撃が走った。そうか、日本の美のルーツは一つなのだ。
さて、やがて長じて、私は出版社の編集部に約10年勤めた。最初の給料日から8年ほど通った料理屋さんがある。この店の主人は大きな料亭の跡継ぎになるべき人だったが、商社勤務だったそうである。店を訪れた最初の日は開店してまだ1か月もたっていないということだった。ご主人の料理はお世辞にもうまいとはいえなかった。素人の私のほうがうまいくらいだった。しかし、彼の母親が作る煮物はうまかった。実は、この店には、日替わりで調理の先生がやってきており、店長をしごいていた。未来の料亭のご亭主となるには、職人に馬鹿にされるようではダメだということで、彼の親父さんがそうしていたようである。私以外に客はめったに来ない店なので、週に1,2度私が行くと、私も手招きされて、厨房に入ることになるのである。煮方、焼き方、揚げ方、お造りの先生とその時々の先生の専門が異なっている。店長と同じ勢いで、どやされながら料理を習うのである。材料は見たこともないような高級品ばかりである。ヘタなネタで練習するとウデが腐るのだそうである。お造りの練習には、天然ブリやシマアジなどがふんだんに使われた。タイラ貝もプリプリの動いているような奴である。エビは飛び跳ねるので捕まえるのが一苦労である。私が練習して刺身包丁で切って、皿に盛り付けして、うまくできると先生はウンとほめた。スジがいいだの、出版社勤めなんかじゃもったいないなどと褒めちぎるのである。いやー、ほめ上手な先生が多かった。失敗したりモタモタしていれば、拳固で頭を殴られるくらいは当たり前、包丁の先でケツをつつかれたこともある。ほめてくれたって、実は厳しい。そのまま、一切れくらい口にしてみたいと思っていると、先生が皿を奪って、バサッとごみ捨てにほうり込む。これは練習したものだから食いモンじゃない、食べたかったら向こう側(客席のあるほう)に行って注文しな、という。ハイ、と言って、私は客席に回って、シマアジ一人前お願いします、と言う。そうすると、先生はニコニコと鮮やかな手つきで、シマアジをお造りに仕立てて、ハイよ、と私の前においてくれる。勢い良くおいたお皿なのに、コトリとも音がしないし盛り付けた形も崩れない。熟達の手わざである。凛とした空気がただよう。どこが違うのか、刺身の切り口も鮮やか、並べられた形にも品格がある。口に含む前に神々しさが満ちてくる。あるとき、お造りの盛り付け方が、枯山水の庭に似ていると私が言うと、その先生は、おうよ、そのとおりよ、大きな築山があって、手前に低いくぼ地があって中くらいの山、さらに手前に小さな山があるだろう、庭はもともと縮景と言ってな、自然の風景を縮小して写したんだがな、庭を鑑賞するのに適した形に整えられて、この形が基本形になったのよ、いろいろとバリエーションもあるけどな、と先生からのありがたい講釈があった。3つの重心があると言うわけですね、活け花でも3重心がありますよね、と私がまぜ返すと、当たり前だよ、和の心よ、と先生。実はその男前の先生は、華道も習っているのだそうで、古流だと言った。ときどき展覧会にも出品していると言う。驚いた。板前さんも極めるためには、大変なものなのだと恐れ入った。先生は、日本人の心に合う色と形があるんだと力説。理屈は分からないが、昔から、日本人の生活の中にある色と形には基本形があるんだ、それを見つけて再現して、こうして鮮やかに見せることが職人の腕なのだと言う。なるほど、日本の絵画、日本式の庭園、和風の料理、活け花、どれをとっても、3重心バランス構図が貫かれている。先生は絵画については語らなかったが、私の心の中ですべてが結びついた。これは、日本人の美意識の隠された秘密なのである。私が日本の美意識に3重心バランス構図(倒れんとして、倒れない)が貫かれていることを確信したのはここである。そのルーツについては、さらに30数年を過ぎて最近、あることに気が付いた。その話は別の機会に書くことにする。
何を隠そう、私は、この流行らない店長実習用のお料理屋さんで、料理の基本を習ったのである。講習料はただで、きっと名もある先生方だっただろうに名前も聞かなかった。もったいなくも申し訳ない。今も、料理をして盛り付けをする段になると、あのお造りの先生のことを思い出す。別の先生方からも煮物や焼き物、揚げ物は教えていただいた。教えられたとおりには今でもできてはいないに違いない・・・、不肖の弟子、というよりも門前の小僧に近かったのだから。
店長は、気まぐれにお店の「料理教室」に現れる私をすぐに追い抜いて、着実にさまざまな技を習得し、ウデを上げ、免許皆伝となり、堂々たる風格も自然に備えるようになっていた。そんな、ある日忽然として店は閉じられてしまった。店には、1枚の張り紙がしてあった。「本店勤務となりましたので、閉店いたします」本店がどこにあるのか一度は聞いたが忘れてしまったので、もう一度聞こうと思いつつ、ついに聞きそびれてしまった。
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[水曜日(2/1)]--この日は、配食センターからお弁当が届く日である。老母向けの料理はお休みである。
[木曜日(2/2)]--担当、奥さん
・雷汁--奥さん
お豆腐とゴボウの味噌炊きである。木綿どうふ1丁、ゴボウ3分の一程度、ネギ4分の一を用意する。豆腐は、ふきんにくるんで、皿に載せ、電子レンジであためる。一気に水がでて、身がしまる。ゴボウは食べやすいように1-2センチにさきがけに切る。ナベにごま油を敷いて、ゴボウを軽く炒めて、豆腐を入れる。豆腐の水気を飛ばすように身を崩しながら炒める。だし汁600CCくらいを加えて、味噌大さじ2、ネギのミジン切りを加えて味噌をよくといたら火からなべを下ろす。お椀に盛って出来上がり。体がぽかぽかになる。
・白菜とキクラゲの甘酢炒め
酸味がおいしい温野菜料理。白菜200グラム、キクラゲ5-6枚(乾燥)、ショウガ小カケラ、唐辛子半分くらいを用意する。水に戻したキクラゲを2ミリ幅くらいに切る。白菜は1.5センチ角くらいに切る。ショウガはせん切り、唐辛子は輪切りにする。ごま油で、白菜、キクラゲ、ショウガ、唐辛子をフライパンで炒める。黒酢、砂糖大さじ各1、塩少々を加えて、よくあわせれば出来上がり。ピリッとした酸味が疲れを癒してくれそう。
・おみ漬け
いただいた山形のおみ漬けを小皿に盛り分ける。
[金曜日(2/3)]--奥さん
・カリフラワーのカニ餡かけ
カリフラワー400gを小房に分けてなべでゆでる。湯だったら小立どんぶりに入れ、煮汁にカニ缶詰をあけ、生しいたけとショウガのみじんぎりを加える。酒大さじ1、カタクリ粉小さじ1を溶かして加えて、加熱してトロミを出して、カリフラワーの上にかける。
・うなぎと豆腐のレンジ蒸し
うなぎは150g、豆腐は1丁使う。うなぎは幅3ミリくらいに切る。崩した豆腐とともにボウルであわせる。溶き卵2個、カタクリ粉小さじ1を加えて、良く混ぜる。極小の耐熱どんぶりに分けて入れて、電子レンジで3分、上にショウガのミジンを振る。だし汁でショウユを割って、上からかけて完成。
・天津の肉団子
具材は食材店で購入。電子レンジで暖めれば完成。うなぎと豆腐のレンジ蒸しのために作った出し汁のあまりを掛けて出来上がり。簡単でおいしい。
[土曜日(2/4)]--私
・ガンモドキとタラの旨煮
老母から、食べきれないからと買ったばかりのガンモドキを1パック貰った。最近、週に2-3度くらいは老母も買い物に出かけるらしい。ずいぶん元気になったものだ。買い物はついうれしくて、いろいろと買い込みすぎる。食材を買いすぎると我が家に回ってくる。これで何か料理してくれという意味でもある。
貰ったガンモドキは、4センチ角くらいの大き目のサイコロ状のものである。10個入っていた。これを斜めに2つ切りにする。タラの切り身が2枚冷凍庫にあったので、解凍して2センチ幅くらいに切る。白菜は8分の一を2センチ角にザク切り、タマネギは半個をせん切り、長ネギは1本斜め切りにしてなべに入れる。カツオ出汁、ミリン、紹興酒、スリオロシショウガ、オイスターソース、ショウユ、酢でふたをしてとろ火でコトコトと煮る。タマネギが透明になったら、水溶きしたカタクリ粉を加えてトロミをつける。ゴマ油は最後に香り付けにたらして混ぜる。暖かいうちに食べるとやたらとうまい。深めの小どんぶりにいれてさめないにくくする。
・シシャモの唐揚げ
付け合せに、これも冷凍庫に眠っていた生のシシャモを解凍して薄力粉で唐揚げにする。衣には塩とオロシショウガとニンニクを少々を仕込んだ。
・おみ漬け
いただいた山形からの贈り物。これが最後。--実は、昨日、贈り主のヒトからメールをいただいた。このブログを読んでいるとのこと。本当においしいものの数々、ありがとうございました。今度会うときには、私の地元の品を持ってゆくからね。いただいたほどたくさんはあげられないに違いないけれど、気持ちだけ、ちょっぴりと。
[日曜日(2/5)]--私
・たけのこ芋とトリニクの合わせ煮
老母からたけのこ芋が届いた。いただき物だという。どなたからいただいたのかは聞かなかった。面取りの要領でたけのこ芋の皮をむく。表面近くは、やや悪くなっているところもあるので、厚めに皮をむく。一口大に切ってなべに入れる。大きな芋3個で、ナベが半分ほど埋まる。トリムネ肉、大きなものを1枚、2センチ角のさいころに切る。ゴボウを半分、2センチくらい斜め切りにして、ニンジンを彩りに加える。トリニクの臭みが、ゴボウの香りで消える。トリニクとゴボウは相性がいい。カツオ出汁、ミリン、ショウユを加えて、芋が崩れないようにプツプツと泡が出ている程度にとろ火で煮る。ほっとするうまさである。
・サバの照り焼き
サバの一夜干しを照り焼きにした。そのままでは大きすぎるので、切り身をさらに2つ切りにした。油断して少し焦げ目がきつくなってしまったが、食べられないほどではない。ごめんなさい、とムネのうちで手を合わせた。
・トリ肉とカリフラワーのホワイトシチュー
トリモモ肉を使用した。やや大きめに切り分けたモモ肉、乱切りにしたニンジンをなべに入れ、油をまわして、軽くいためる。あまり野菜のレタス、春菊を刻んで、コショウ、塩、オロシショウガとともに加えて、具の半分ほどの高さまで水を入れ、たっぷり牛乳を入れる。具はすっかり白い液体に隠れてしまう。吹き零れないように弱火でコトコトと煮て、トリニクに火が通ったら、火を止めて、白ワインを4分の一ボトルほどたっぷりと加えた。ワインを加えて煮てしまうと固まりができてしまうので、追加で火には掛けない。ワインの香りがたまらない。朝からワインを一杯やっているようなものだが、日曜日だからまぁいいか、というのが、私の考えだった。贅沢で、うまい。
[月曜日(2/6)]--お休み
2/3-2/5は、県の華道協会主催の華展が地元で開かれていた。実は、老母はこの華展のプロジューサだった。病み上がりなのに、こうした行事になるとひときわがんばってしまうのがこの母の性癖である。周囲ははらはらのし通しだったが、100鉢くらいの展覧会なのだが、何と自分のお弟子さんたちの作品も含めて12鉢も出展し、かつ全体の展示会を仕切ってしまったのである。当然、私は送り迎えの義務と鑑賞の義務がついてきた。こういうとき母は元気である。そして、母は、毎日、昼は近くのデパートでお仲間とおいしい昼食を食べてくるのである。最終日ともなれば、打ち上げの宴ために夕食も食べてきた。こうなると、冷蔵庫のお料理はだぶついてしまう。朝早く、老母はうちの奥さんに「今日は、お料理はいいわ。まだあるから」と言ったのだそうである。奥さんは、料理を作りかけていたのでややご不満だったが、明日に持ち越そうと私がなだめると、納得してくれた。明日は順番からすると息子の番、ローテーションの調整が必要だ。チョッと大変かも。
[火曜日(2/7)]--奥さんと息子、私
奥さんは、昨日作りかけたお料理を今朝完成した。私の作品も1点。息子は、和風カレーライスほかに挑戦した。
作ったもの全部を老母には届けられない。食べきれないというだろう。届けるつもりで作って、届けなかったお料理もある。どれを届けたかは、秘密ということにしておく。なにやら、お料理オリンピックのような賑わいとなった。昼も夜も食べたので、我が家で消化し終わったのは夕食の後である。
・和風カレーライス--息子
カツオ出汁、ミリン、ショウユであらかじめタレを作っておく。ゆで卵とネギのせん切り、三つ葉のミジン切りを用意しておく。トリニク、ジャガイモ、ニンジンなども炒めずに少な目の水で煮込む。灰汁はこまめに取り除く。ジャガイモやニンジンが柔らかくなったら、和風のタレを加えて沸騰させる。カレーの素を加え、ひと煮立ちしたら、ご飯を盛ったどんぶりに掛ける。ゆで卵を剥いてのせ、ネギのせん切り、三つ葉のミジン切りを飾る。見た目にも鮮やかで食をそそる。ネギと三つ葉の香りがいい。カレーの辛さに生ネギのピリッとした辛味が良く合う。これは絶品。
・ダイコンの土佐作り--奥さん
ダイコン500g、カツオブシ20gを用意する。ダイコンは1センチほどの輪切りにして、カツラ剥きの要領で皮を除く、4つのイチョウに切っておく。カツオブシを乾煎りしてから、調理用のポリ袋に入れてよく揉んで小さくしておく。ここにダイコンを入れ、しょうゆ、みりん、酢を各大さじ2ずつ加えて、混ぜ合わせるだけ。「ご飯お代わり!」の食欲ススム君だ。だまされたと思って、皆さんもつくってみてはいかが。
・ピーマンとニンジン、ジャガイモの炒め物--息子
すべて2-3ミリの幅に切る。ジャガイモは四角柱。形をそろえるのはやや難しいが、息子らしく几帳面にそろえた。ラード、塩少々、で出来上がり。シンプルでうまい。
・白菜とハムの煮物--息子
白菜の芯の柔らかい部分を1センチ幅に切る。ハムも1センチ幅。コンソメと塩少々、ワインとコショウで完成。これも暖かくてうまい。
・カボチャのチーズ焼き--奥さん
カボチャ400g、タマネギ200g、プチトマト12個、溶けるチーズ100gを用意する。カボチャは5ミリの厚さで、沸騰したお湯で2分ほど湯がく。タマネギは薄切りにする。プチトマトはヘタを取って半分ずつに切る。生クリーム、牛乳各40cc、ナツメグ、コショウ、塩を混ぜる。耐熱容器にバターを塗って、カボチャ、タマネギを広げて、トマトとチーズをその上に掛ける。オーブンで30分焼くと香ばしく出来上がる。彩り華やか。
・春菊のゴマ和え--奥さん
春菊300g、黒スリゴマ30gを用意する。春菊の葉だけをつまみ取り出す。塩を入れて沸騰しさせた湯で、ゆでて、ざるに揚げ、冷水にさらす。水を切って長さ3センチくらいに切り、しょうゆ大さじ半分を混ぜる。黒いスリゴマを鍋で軽く炒めて、砂糖、しょうゆ各大さじ1を加え、春菊を和える。ゴマの香りが食欲をそそる。粒のゴマを炒ってすったほうが香りが出るが、擂(す)るのは一苦労なので、スリゴマを利用した。今は便利になっている。
・ジャガイモとダイコンとイカと小エビ--私
ジャガイモとダイコンとイカをすべて一口大に切って、小エビとあわせてなべに入れ、カツオ出汁、ミリン、ショウユで炊く。ダイコンは灰汁をすべて吸ってしかもダイコンの味かよくなるので、煮物に欠かせない楽で楽しい食材だ。汁が透明に仕上がるので、なお、おいしそうに見える。伝統の味だから、老母でも安心して食べられる。
[水曜日(2/8)]--お休み
配食センターから老母にお弁当がとどく日。我が家から老母に届けるお料理はお休みである。
[木曜日(2/9)]--私
・煮ブタの酢味噌アンかけ
焼きブタ用のブタブロックを前の晩から、とろ火で塩茹でにした。灰汁取りシートが欠かせない。朝もしばらく煮たあと、取り出して、薄切りにして、酢味噌のアンをかけた。酢味噌アンは、煮汁をおタマ一杯分別の小ナベとり、味噌を溶かして、酢、ミリン、ごま油を加えて沸騰したところに水に溶いたカタクリ粉を加えて出来上がり。ブタのうまみがぎゅうぎゅうに詰まったブロックを薄切りにしたので、うまさは抜群である。
・キャベツ巻きのショウユ風味
キャベツ巻きをショウユ、ミリン、米黒酢少々で炊いたもの。牛乳のホワイトスープで炊くものとは一味違う。関係者には評判の一品。
・カレイの煮付け
和風の基本料理。卵をいっぱい抱えたカレイの切り身を煮崩れないように水から、中火程度でゆっくりとあたためる。水にはあらかじめ、カツオ出汁を加え、昆布一切れを入れておく。泡が出てきたら、ショウユとミリンとオロシショウガを加えて、とろ火にして、静かに煮る。灰汁取りはこまめにやる。息子曰く、こんなに難しい料理、良くやるねと。いやいや、難しくはないのだが、集中力がないと煮崩れてしまう。カレイの切り身からもうまみはたくさんでるが、事前にカツオ味を加えることで、うまみに深みが出てくる。この味は、日本人なら誰でも納得のはず。
[金曜日(2/10)]--奥さん
・トリスキナベ
トリムネ肉400g、ダイコン400g、マイタケ1パック、ネギ1本、卵4個を用意する。トリニクは細く長くなるように刻む。ダイコンは、2センチ幅に切って八つ割にする。ネギは斜め切り。卵は溶いて呑水(どんすい)に入れる。カツオ出汁に、酒、ミリン、ショウユを各大さじ4を加えて煮たて、その中に砂糖大さじ1を溶かし割り下とする。ナベに油をしいて、トリニクを軽く両面を焼いて、割り下とダイコン、ネギを加える。トリニクに火が通ったら、溶き卵に漬けて食べる。隣の家の老母に溶き卵を届けるのは困難なので、子どんぶりにナベのおいしいところを掬って卵をかけて、電子レンジに掛けて卵とじにした。
・ブリのユズ味噌焼き
ブリの切り身を塩を溶かした酒に10分ほど漬けておく。味噌40g、砂糖大さじ3、ユズの皮を千切りにしたものを加えて小ナベでかき混ぜる。ユズは我が家の庭になっていたもの。贅沢に使用する。オーブントースターのトレーの上にアルミホイルを敷いて、漬け込みの終わったブリの切り身とシシトウを並べて、7分ほど焼く。シシトウを取り出して、ブリにはユズ味噌を塗って、さらに3分ほどオーブンで焼く。こんがりといいにおいが部屋中に満ちてくる。文句なしにおいしい。
[土曜日(2/11)]--私
・肉団子と根ヤサイの和風煮込み
牛ブタの合挽きにオロシショウガ、塩を加えてよく練る。持ちつきの要領で手で挽肉を返しながら、こぶしで突くようにすると粘りが出て、よくまとまる。サトイモ、ニンジン、ダイコン、しいたけを大きさがそろうように切る。ナベにヤサイを入れ、カツオ出汁、ミリン、酒、ショウユで炊く。沸騰してきたら、右手のスプーンで練り上げられた挽肉を掬って、左手でこれを受け、そのまま左の片手で団子にまとめて湯に落としてゆく。灰汁を掬いながら、しばらく煮込むと出来上がり。赤いニンジンと白いサトイモと黒いサトイモ、透明感のあるダイコン、澄んだショウユの汁にうまみがたっぷり。作者が言うのもおこがましいが、キレイでおいしい。
・生利ブシのマヨネーズ和え
生利ブシを電子レンジで、加熱して生臭いにおいを飛ばす。1センチくらいの厚さに切ったら、ボウルに入れ、マヨネーズとコショウをたっぷり加えて和える。小どんぶりに盛って、トマトケチャップを飾って完成。ボリューム感のあるおかずである。
・ダイコンのべったら漬け
京都のべったら漬けを4等分して、一緒に漬けられていた昆布を細切りにして飾りとして副える。見た目も鮮やかで食が進む。
(学会発表が近くなり、ここに記事を書く余裕が乏しいので、しばらくお休みにします)
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和の美意識は食にも貫かれている。和の美に、少しでも近づきながら、食を楽しみたい。食は人生の楽しみである。

△次の記事: オヤジと家族のお料理ライフ(9)
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琵琶

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