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正座で叫ぶ、クリクリ目--我が家の愛犬様(12)

2006/03/13
正座で叫ぶ、クリクリ目--我が家の愛犬様(12)

2日ほど前の出来事である。
土曜日(3/11)、私は久々の休日となった。夕刻、仕事仲間たちと私の3人が会食をすることになった。神田界隈の職人好みの古い居酒屋に行くことになった。
午後4時ころ、家を出ようとすると、愛犬様は私が散歩に連れて行ってくれるものとうれしくてはしゃぎだした。そうか、そろそろ夕刻の散歩の時間だ。今日は息子が友人たちとどこかに出かけてしまった。私の奥さんが今日のお散歩がかりである。私ではない。しかし、愛犬様は、私が外出の支度を始めたのを目ざとく見つけたのだ。まずい、私は、玄関の陰に隠れて、奥さんに早く散歩に出発してくれと頼む。
奥さんは、愛犬様にハーネスをつけてあげると、いつものように愛犬様に出かける合図。愛犬様は尻尾をフリフリ、歩きはじめる。我が家の敷地を出て、わが一族4軒共通の私道を抜けて、道路に出るところで、愛犬様は、私が付いてきていないことを発見した。あわてて、甲高い声で吼え叫ぶと、奥さんを引きずるように玄関まで走って戻ってくる。仕方がない。待ち受けて、鼻面を手のひらで受け止めて、「オサンポ!」と小さく言うと、安心したのか、くるりと向きを変えて、また外に向かって尻尾をフリフリ歩いてゆく。シメシメ、これで私は逃げ出せるか、と思いきや、またしても私道から道路に出るあたりから甲高い叫びが聞こえると、たちまち愛犬様は、私の前に飛び込んでくる。もう、私が「オサンポ!」と言ってもダメである。「もうだまされないぞ」と決意しているらしく、一瞬前を向いてもすぐ後ろを振り返って、私が動こうとしないとすぐに走りよってくる。こりぁダメだ、私も一緒に出よう、と奥さんに告げて、いっしょに歩き始める。愛犬様は、私の方への視線を怠らない、もう逃がさないぞといわんばかりである。
いつもの散歩コースは私道を出ると左に進む。私はバス停に向かうので右に向かう。愛犬様が左に折れたので、シメシメと私は右に向かおうとした瞬間、パッと身を翻すと、愛犬様は私のほうに向かって走ってくる。奥さんは、引きずられて前のめりである。やれやれ、逃げられない、ままよ、バス停までは一緒に行こうと声をかける。やむを得ず奥さんも愛犬様と一緒についてくる。尻尾フリフリ、愛犬様はルンルンである。休日は家族のボスの私と一緒にいられるのがうれしいのだ。
バス停で私は立ち止まる。愛犬様と奥さんはずんずんと歩く。しめしめ、行ってくれるのはありがたい、私は内心安堵した。30メートルほど進むと、愛犬様は、ハッと気が付いた、私が付いてこないのだ。いきなり甲高く数度吼え叫ぶと、全身の力を込めて奥さんを引っ張る。ああ、ダメだ。愛犬様が駆け戻って到着するとバス停で私は、愛犬様の背中をさすってやる。少し落ち着くと、奥さんは、また歩き始める。愛犬様も付いてゆく。また30メートルもすすんだところで、また、愛犬様は、私と奥さんの姦策に気が付いた。甲高く数度吼え叫んで、また一目散に駆け寄ってくる。もう梃子でも動かないという顔である。私が体を回すとその前に回りこんで、座り込む。
まぁ、バスに乗ってしまえば、こっちのものかもしれないと奥さんと話し合って、バスを待つ。バスは予定通りすぐに来た。私はバスの昇降口に向かう。愛犬様は、不安で一杯の顔になる。いきなり吼える。私がバスに乗り込む。愛犬様は吼えては、飛び上がって、空中で身を反転させてハーネスをはずそうとする。私を追ってゆこうというつもりだ。奥さんも必死だ。ハーネスが外れたら、もう手に負えなくなる。奥さんは愛犬様を抱きとめようとがんばる。私はバスの車内を歩いて、愛犬様のいるバスの後方近くの席に移動する。愛犬様は、私を見つけて、窓に向かって気が狂わんばかりに吼える。飛び上がる。私が車内から、バイバイと手を振ると、愛犬様は、その場にぺタリと正座して、目をまん丸にして、耳を前方にそろえて、そのままの姿勢で吼え続ける。いつもはキツネ目で、人をにらみつけているのに、このときばかりは本当にまん丸の目である。「オスワリ」の正座は、主に老母がしつけた。「ちゃんとおすわりできたら、オヤツをあげる」という具合である。愛犬様は、以来、人間様にどうしてもやってほしいことがある場合にはキチンとオスワリするのである。このときも、「ボクの言うことをきいて!!! 置いてかないで!!!」という精一杯のゼスチャなのだ。あんなにかわいい目も見たことがない。クリクリとした目を見開いている。後ろ足はキチンとそろえてオスワリして、前足もチキンと前でそろえて、一点の非もないイイコの姿勢なのだ。視線は私に向けたまま、うつむき加減に、軽く足踏みするようにしてつぶらな瞳を見開いて、激しく悲しげに鳴く。バスの乗客は、関わりたくないのか、そ知らぬ顔をしている。それがせめてもの救いだ。
・・・内心、参ったな、、、と思いつつ、ここで負けては、私の仲間との約束が果たせない。心を鬼にして、バイバイの動作をくり返す。やがてバスは走り出す。愛犬様も吼えながら、バスを追う。奥さんは、必死につなを引く。だんだんと、私の乗ったパスは愛犬様から遠ざかってゆく。角を曲がると愛犬様の姿はもう見えない。もう一度角を曲がるともうすっかり声も聞こえない。大丈夫だろうナ。つなが離れて、バスの後を追って走ってきたりしないだろうか。と私はずうっと後ろが気になって仕方がない。バスが最寄のJRの駅に着くと、私は、さっそく、奥さんの携帯電話に電話かける。・・・、大丈夫、やっと落ち着いたから、とのこと。私もやっと安堵した。
第二次大戦の末期、上野動物園の象に餌がなくなって、上層部から処分が命じられた。象使いは殺すに殺せなかったが、食べさせる餌がない。象は、象使いの前で、ひざを曲げ、オジキをしたり、前足と鼻で体を支えて逆立ちの芸をしてみせたりして、餌をねだった。それでも餌がもらえなかった象はやがて体が衰えて亡くなったが、象使いは、ただただ涙したと伝えられている。愛犬様の様子を見ながら、そんな話を思い出していた。そんな悲しい出来事とは程遠い、平和な時代でよかったとも思う。
おいしいお酒は2次会までにして、3次会は、一人で抜けてきた。愛犬様にちょっとだけ悲しい思いをさせたから、私も少し罪滅ぼしをしてやろうと、そそくさと家路に着いた。

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琵琶

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新たな概念提案:IC琵琶モデル--情報デザイン研究ノート(6)

(「鐘の声 ブログ」記事マップ)

2006/3/13
新たな概念提案:IC琵琶モデル--情報デザイン研究ノート(6)

ここでは、情報デザインが情報コミュニケーションの一断面であることを説明したい。
「情報デザインはもう古い、情報コミュニケーションが旬だ」と思っているひとが多いようだが、流行言葉を追いかけるだけの薄っぺらな考えとは決別していただきたいものである。情報コミュニケーションを正しく捕らえれば、そのいくつかの断面には、「情報デザイン」が見えてくる。新たに見えてきた「情報デザイン」は、薄っぺらな眼(まなこ)に映った「情報デザイン」とはまったく異なるものである。新たに見えてきた「情報デザイン」には、新しい意味と生命がある。お仕着せばかりが「情報デザイン」ではないことは、別の項でも述べた。職業的デザイナは、その職ゆえに「お仕着せの情報デザイン」を作って、何がしかの対価をいただいている。自分のやっていることだけが「情報デザイン」だと思っているかもしれないが、とんでもない誤解である。そのような人は、いずれ大衆と発注主によって見捨てられるだろう。
先月の下旬(2/26)、神戸で開かれた情報コミュニケーション学会の年大会で、私は「情報コミュニケーション」に関する新たなモデルを提案した。この日、私は一般研究の部で4つの発表(発表その1発表その2発表その3発表その4)をやるという離れ業に挑戦した。私にとっては、一日の発表数の最高記録だった。しかも午前中だけで4コマという過密スケジュールだった。このうちの一つの発表で、私は、新しい情報コミュニケーションモデル「影響関係モデル」http://www.sciencehouse.jp/research/20060226effectrelationshipsmodel.pdf)を提案した。
詳しくは、発表論文発表時に使用したパワーポイントに譲るが、
第一に情報コミュニケーションは、社会の成立と相互発展的に成長したものであり、社会なくして情報コミュニケーションはなく、情報コミュニケーションなくしては社会がないことを鮮明にした。社会組織についても、琵琶モデルがすでに提案されていることを示した。(発表論文図1
第二に、情報コミュニケーションは、相手に情報が届くだけではまったくたりないこと、相手の心に変化をもたらすこと、そして相手の心に影響を及ぼすことではまったく足りないこと、相手の行動に影響を与えることによって一面の目的を達することを示した。
第三に、影響関係は、相手の行動に対する影響を目的にしていること、そのためには心理的な影響にはとどまっていないこと、相手の地位や権限に影響を与えてその結果として相手の行動に影響を与えることが含まれていることを示した。
第四に、影響関係は、「自分と自分」「人と人」「人と組織」「組織と組織」の間に存在ししていることを示した。
第五に、とりわけ、人は、自分を対象化することができる多分唯一の動物であり、自己対話して自分が自分に影響を行使できるので、「人と自分」の情報コミュニケーション、すなわち「影響関係」が成立するとした。
第六に、つまりは、心理的影響関係は「狭義の情報コミュニケーション」であり、身体的影響関係を含む影響関係総体が「広義の情報コミュニケーション」であるとしたのである。
さて、ここで、発表論文の図2、新しい情報コミュニケーションモデル「影響関係モデル」を見れば、どこに情報デザインが位置しているのかが、見えてくる。情報デザインは、相互に影響が循環する運動がもっとも効果的に実行できるように意図し計画するものである。したがって、情報コミュニケーションの二つの当事者(「自分と自分」「人と人」「人と組織」「組織と組織」)を、仮に発信人と受信人としてみると、情報デザインが介在するのは、発信人が情報を発信するときであることはすぐに分かるだろう。これは、従来言われていた部分である。しかし、よく考えてみれば、情報を受け取る側の人が自分が受け取る情報を選択したり、順序や関連性を自分とって分かりやすく整理して受け取る営為はないのだろうか。それこそが見落とされていた「マイ・情報デザイン」の広大な海である。「マイ・情報デザイン」は、発信の際にも当然存在し、万人が情報デザイナーとなるだろう。しかし、情報を受ける際にはこれまでもすべての人が思わず知らず「情報デザイン」に取り組んでいたはずである。そうでなければ、受け取った情報は自分の中に捕らえたことにはならず、耳の片方から他方へと流れ去ってゆくだけのものになってしまうはずだからである。少なくとも、人は新しい情報を、自分がそれまでに持っている知識や無意識の流儀に関連付けたときに初めて理解したことになるはずである。
「発信者の情報デザイン」だけではもう古い、「受信者の情報デザイン」も対等に捕らえよう、と私は言いたいのである。
こうして、IC(Infomation Comunication、情報コミュニケーション)の琵琶モデルから、「情報デザイン」は新しい生命を得ることになるのである。
「InfomationからComunicationへ」ではない、「ComunicationのためのInfomationが大切」なのである。Comunicationとは「自分と自分」「人と人」「人と組織」「組織と組織」の影響関係を成立させるための方法である。影響関係は、60万年前からヒトの社会を成立・維持・発展させることを目的として繰り返し、飽きもせずに続けられているヒトの営為である。ヒトの社会を成立・維持・発展させることにそぐわないComunicationはやがて社会の身体的影響関係のチャネルを通じて反撃を受けて打ち倒されるのである。自分と自分が対話し、自分を変えてゆこうとする営為もまた社会との正常なつながりを深化してゆくために行われる。ここでも、誤った考えにとらわれて偏った行動に走れば、ヒトは社会によって裁かれるのである。情報コミュニケーションは社会組織のための影響関係の実現のために行われ、情報はコミュニケーションのツールとなっているのである。情報は発信人がデザインするばかりではきなく、受信者もデザインしているのである。
高度情報化社会(高度に情報化された社会)において、発信者のためのデザイン用具は完全とはいえないまでもかなりそろってきた。一方、受信者のための情報デザインのツールはさびしいものがある。相変わらず、ほとんどヒトの心とアナログの用具類だけであると言ってよい。発信者が手練手管でデザインして押し付ける情報を自分向けにたくみに優劣と関連性を持たせて受け取るにはかなりの時間と労力がいるようになっている。情報を受け取る側にもデザインツールがほしい。そんなツールを提供するメーカがいれば、大もうけできるだろう。
若者よ、君がこの分野に打って出てはどうか。儲かったら、このアイディアを提供した私に、昼ごはんでもおごってください。楽しく未来を語り合いたいと思うのである。


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琵琶

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お仕着せの情報デザインからマイ・情報デザインへ--情報デザイン研究ノート(5)

(「鐘の声 ブログ」記事マップ)

2006/3/8
お仕着せの情報デザインからマイ・情報デザインへ--情報デザイン研究ノート(5)

さて、そろそろタネ明かしをしないと、叱られそうだ。
「ユビキタス」や「リッチクライアント」では得られていない何かとは、お仕着せでないクライアントシステムである。つまり、自分でデザインできるユーザインターフェイスのことである。
昔、マシン室に大切に隔離されていたホストコンピュータ様が、マイコンピュータ(マイコン、パーソナルコンピュータ)にその地位を脅かされ、人々はホストコンピュータに支配されることをやめて、自分が自由にできるコンピュータを手にしたのであった。これは、コンピュータを支配する人が、行政のトップや経営者から、その他大勢と目されていた非力な人々に移ったことになるのである。これは、支配の上下関係がひっくり返ったという意味でまさしく「革命」であった。ホストコンピュータが上位で、ダム端末が下位であったものが、サーバは下位に回って、クライアントが上位になったのである。その革命を鮮明にするためにこそ、大きなコンピュータを下僕を意味する「サーバ」と称し、小さな人々の手元のパソコンを顧客を意味する「クライアント」と称したのである。他人のコンピュータから自分のコンピュータへ、すなわちマイコンピュータへ。だからこそ、マイコン革命だったのである。
さて、今、仔細にクライアントサーバシステムを眺めると、大きな問題がある。ユーザインターフェイス(クライアントマシンに実現されている情報デザイン)は、すべてお仕着せなのである。このことを指摘した人は私の前にはいないようだ。私は、数年前から、そう言い続けている。「リッチクライアント」という言葉にグラリと来るユーザが、実は本当にほしいのはキラキラ・チカチカのインターフェイスではないだろう。データエントリに特化して奴隷のように働かされることでもない。「リッチクライアント」という言葉で、期待を抱いたのは、「マイコン」ならぬ、「マイ情報デザイン」だったはずである。だから、「リッチクライアント」という言葉を聞くと、ユーザは、心を深く動かされたようにしばしその説明に足を止めたり、実際にそのツールを購入して試してみたりする。確かに悪くはない、と思うのだが、そんなに熱を入れるようなものでもないとすぐに冷淡な考えに変わってしまうのである。だって、結局、お仕着せのデザインではないか。確かに良くはなるが、所詮、受信者が自由に書き換えるようになっているわけではない。つまりは、結局、受信者がその情報デザインを自分のものにすることはできない。
受け取った情報を理解するとは、自分が持っている知識や理解の方法と結び付けられたときのことである。自分が持っている知識や理解の方法は、人によって違うのである。しかも、昨日までの自分と今日の自分もまた違うのである。情報の受け手が、自分が受け取る情報を自分にとって受け取りやすいように、情報の窓口であるユーザインターフェイスを日々修正できれば、どれほど楽に間違いが少なくなるか、と思わざるをえないのである。
情報の"作り手"が自由に情報デザインができるような道具は確かに売られるようになっている。それは、大いに結構なことだ。しかし、情報の"受け手"すなわち受信者が自分でユーザインターフェイスを指先一つで簡単に変更できる仕組みは誰が提供してくれるのだろうか。
ユーザの待望しているクライアントシステムは、現在のリッチクライアントシステムではない。マイ・クライアントシステムなのである。
「一人にしない情報コミュニケーションシステム」は、「個別クライアント」が必要である。「一人にしない教育」には「個別カリキュラム」が必要なように、・・・。
こうすれば、すべての人が情報のデザイナーになる。自分で自分の部屋をデザインしたり、ノートや本の置き方を工夫するように自分に届くネット情報を自分だけには分かりやすいようにデザインしてしまうこともできる。もちろん、それでも素人をはるかに凌駕する専門家は必要だ。他方、下手くそな「情報デザイン」の専門家は要らない。ユーザが自分で画面を設計し、必要な音を配置し、ボタンや文字列を分かりやすく配置する。同じソフトでも、隣の彼よりも自分のほうがはるかに使いやすいインターフェイスで仕事ができる。いや、彼にとっても私よりも快適な色や形、音、映像、文字やボタン、画像の配置を堪能しているのかも知れない。人は自分のためにTPOに応じて身なりを整え、宝飾で飾り、化粧する。これらのことにはけっこう苦労しているにもかかわらず、苦にはならない。おなじように、これからの人は自分のために情報の受け口をデザインする楽しい苦労を手に入れるのである。われわれのようなプロの「情報デザイナ」は、素人の「情報デザイナ」に負けてはいられない。負ければ職と生活を失うだろう。普通の人たちのマイ情報デザインを1歩も2歩も、いや百倍も千倍も高く深い情報デザインが要求されるようになるだろう。その要求に応えられる人だけが、情報システムエンジニアや情報デザイナとして生き残ることができるのである。身震いするが、望むところである。早く、そのような時代になり、中途半端な情報デザイナが消えて、本物の情報デザイナだけが残ってほしいものである。
人々は、マイ・クライアント、マイ・情報デザインシステムを待っている。これを供給するシステムハウスはブレークする。間違いなく、、、。私は、この考えを自分の利益のためにしまっておくというような、心の狭い人間ではない。出でよ、真のベンチャー。マイ・情報デザインシステムを提供する若者の起業はきっと幸運の女神が微笑んでくれるはずである。儲かったら、このアイディアを提供した私に、昼ごはんでもおごってください。楽しく未来を語り合いたいと思うのである。
行く道はロートルの私が示した。後は敢然と戦うのみである。戦いは若者の特権である。
ゆけ、若者よ、武運を祈る。
私も、また君たちとともに、前に進む。

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琵琶

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リッチクライアントの宣伝--情報デザイン研究ノート(4)

(「鐘の声 ブログ」記事マップ)

2006/3/7
リッチクライアントの宣伝--情報デザイン研究ノート(4)

私はリッチクライアントのメーカでもないし、その回し者でもない。替わりに宣伝する義理はないが、前回の記事で、その限界をほのめかしたので、やや気の毒にも思ったりする。
リッチクライアントシステムは、情報デザインの漸進的進化であるが、情報デザインの革命ではないと書いた。逆に言えば、情報デザインの革命とはいえないが、情報デザインの一つの進化である。それなりに、意義も活用のチャンスもあるのである。
有償のもので有名どころには、アクシスソフトの「Biz/Browser」カール・アジアパシフィックの「Surge RTE」などがある。これらは、基幹業務に利便性がある。つまり、単純反復作業がスピーディに間違いが少なく行えるようになるというものである。
「Biz/Browser」では、ファンクションキーの割当、入力エラーチェック、データの自動書式化、MS-IME自動制御設定、帳票印刷機能など、業務操作に合わせた画面が設定できる。これらは、いずれもIEでは難しいものである。
「Surge RTE」は、「Curl」のための便利ソフトという性格だが、入力画面がそのまま印刷画面となるので、帳票出力に関するプログラムを別に開発する必要はない。また、画像のように見えるものは、すべてベクタ化されていて、数字に過ぎないので、データ量が小さくて動作は速い。
おなじみのマクロメディアのFlash Playerも、リッチクライアントシステムになる。しかも無料であることはうれしい。実は、その実態は、Macromedia Flash MX で開発されたコンテンツが閲覧できることにある。データと連動した表示や動作ができる。その開発環境は有償だが充実しているので、利用者は増えている。
Javaユーザのためには、アプレットの遅さをカバーするJava Web Startや機能豊富なNexawebなどもある。
ほかにも、この種のシステムはいろいろと流通しているし、新しい提案もある。
私の部下たちも、ここに取り上げたシステム類は、ときと場合に応じて使用しているのである。Javaのプラットフォームで動くJava Web StartやNexawebはセキュリティの観点でも遜色がない。決して悪い選択ではない。
前回は、いささか辛口の記事を書いたので、ここで、少しだけ罪滅ぼしをしておきたい。

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琵琶

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「ユビキタス」&「リッチクライアント」でおしまいか--情報デザイン研究ノート(3)

(「鐘の声 ブログ」記事マップ)

2006/3/6
「ユビキタス」&「リッチクライアント」でおしまいか--情報デザイン研究ノート(3)

「リッチクライアント」という、いかにも魅力的な名前が流行している。否、流行した、というべきかも知れない。この流行に踊らされた人は多かった。「ユビキタス(もどき)」の後は、「リッチクライアント」だ、と大騒ぎした人もいる。大手コンピュータメーカでも、「ユビキタス(もどき)」事業部を縮小したり廃止して、「リッチクライアント」事業部を新設したところもあった。約1年ほど前のことである。
今は、どうか。すっかり廃れたかといえば、そうともいえないが、「リッチクライアント」でザックザックの大もうけというわけでもない。その前の「ユビキタス(もどき)」もそうだった。ここでいう「ユピキタス(もどき)」とは誤解された「ユピキタス」、一知半解の「ユピキタス」のことである。「ユビキタス(もどき)」も「リッチクライアント」も情報コミュニケーションの分野の進化の一面ではあるが、「革命」というほどのインパクトはない。「革命」という言葉は、歴史上は、易経「湯武革命、順乎天而応乎人」に初めて見られて、これは殷の湯王が夏の桀王を追放し、 周の武王は殷の紂王を打ち倒したことを意味している。つまり支配権を覆すことである。「ユビキタス(もどき)」も「リッチクライアント」も、情報化社会(情報化された社会)のそれぞれの進歩ではあるが、誰かの支配権を覆すということはない。実は、情報デザインの未来の発展には、これらとは別のあるものがあるのである。そこでは主客を転倒する出来事が待っている。そのあるものが見え始めると、「ユビキタス(もどき)」も「リッチクライアント」も色あせて見えるというものである。私の目には見えている情報デザインの未来の発展については、別の項で書くことにする。
ここでは、「ユビキタス」と「リッチクライアント」の意味を振り返っておきたい。
(1)ユビキタス
「ユビキタス」についての解説は多いが、誤解も多い。まず、「ユビキタス」はラテン語ではなく、英語(ubiquitous[ユビクィタス])である。語源はラテン語(ubiquitas)にあるが、発音が違う。カタカナ書きにすると[ウビークィタース]となる。意味は、どちらも、どこにでもある、いたるところにある、偏在するという意味だ。
この語義に引きずられて、「ユビキタス」とは携帯電話のことだと勘違いした人たちがいる。それも少数とはいえない人たちである。3年ほど前、ある企業のユピキタス事業部に出かけたときのこと、総勢100名ほどの人たちがそのフロアーにはいた。案内役の皆さんは、PHSはもう古い、携帯電話こそ「ユビキタス(もどき)」の本命であると頭から湯気が出るほど熱弁を振るってくれた。どこか、私は、その熱気に違和感を感じて、思わず冷ややかな目でその皆さんを眺めることになってしまった。ご意見は、と聞かれても絶句である。言うまでもなく、「ユビキタス」はPHSのことでもないし、携帯電話のことでもない。「ユビキタス」を実現する数千もあるであろう道具の一つがPHSや携帯電話であるかも知れないし、別のものかも知れない。彼らは、道具と目的を完全に取り違えていた。こんな極端な例も、日本のコンピュータ業界の覇者にこそ少なくないというあたりには、どこか絶望感に似たものを感ずる。
別のある著名な大学人は、"巨大なサーバを用意して、どこからでもユーザがアクセスできる万能のデータベースを用意しておくのがユピキタスだ"と講演されていた。これも外れてはいないかも知れないが、的中でもないのである。
ウエアラブル(身につけられる)コンピュータが「ユピキタス」だという人もいる。背広の裏にフレキシブルモニタとキーボードがあって、いつでもどこでも背広のボタンをはずして、内ポケットの替わりにキーボードが打てるなどのことをイメージしているのである。なるほど、いつでもどこでもパソコンが使える、、、だから「ユピキタス」なのか。これも外れてはいないが本質とは違うのである。
「ユピキタス」の日本の元祖と言われた坂村健 東京大学大学院情報学環教授によれば、真正の「ユピキタス」は人と事物すべての分散協調のことである。すべての人と事物は、たとえばRFIDタグのような誰にも気にならないほど小さなチップをいつも身に着けていたり、埋め込まれていて、本来の生活や機能を損なうことなく、不断に交信し、自然に協調して行動しうる状態をイメージしているのである。確かに分散協調こそ、情報コミュニケーションの基本的な有様の大きな側面である。さすがに、坂村教授である。
【WPC EXPO】坂村健教授、「ユビキタスIDとAuto-IDは方向性が違う」 、Interner Watch、2003/9/17(2006.06.05確認)
情報コミュニケーションの電子化は、1945年以来、計算用具を電子化する革命が始まって今日に至っているので、「ユピキタス」がその究極の姿をイメージしているとは言え、革命を意味しているのではなく、革命の仕上げを意味しているのだと思う。カタストロフィック(破局的)な変化ではなく、エボルリューショナル(漸進的)な進化の果ての姿である。1945年に始まる大変革の波の中にもいくつかの革命といっても良い変化はあった。1980年に開始されたパーソナルコンピュータの登場は、コンピュータを支配者の道具からその他大勢の道具に変えたという意味で革命だった。支配権は明らかに移動した。このとき、「ホスト-端末」のシステムから、「サーバ-クライアント」システムに変化したのである。「ユピキタスコンピューティング」とは、このとき確立した「その他大勢のためのコンピュータ」を人間を取り巻く環境にまで押し広げて徹底した姿である。「ユピキタスコンピューティング」をRFIDタグのことであると言うものまた、違うのである。
坂村先生がどう考えているか歴史観まではうかがっていないが、私は、地上の人と事物がすべて分散協調型に統合する人類史の次の第一歩を意味しているのだろうとおもうのである。
(2)リッチクライアント
名前がすばらしい。「リッチ」である。なんとも上滑りである。こういう命名は最初から誤解されることを狙っているとしか思えない、と皮肉が言いたくなる。これは、サーバ-クライアント間の分散処理形式(クライアント側にもプログラムを置くやり方)のうち、軽く動くように工夫されたシステムのことである。サーバ-クライアント間の分散処理形式は、古来いろいろある。実は、「ホストコンピュータ-パソコン間の分散処理形式(MML、マイクロメインフレーム)」の開祖は、事実上ほかならぬ私なのである。
琵琶ほか、「マーケッティングデータベースシステム MDBS」、研究報告「情報システムと社会環境」、情報処理学会、IPSJ-IS87017002、1987年 11月、Vol.1987 No.081、1987-IS-017
http://fw8.bookpark.ne.jp/cm/ipsj/particulars.asp?content_id=IPSJ-IS87017002-PDF
アメリカでMMLという概念が登場した頃、私はすでに、上記のようなシステムを完成していた。構想時点(1985年)で言えば2年以上アメリカに先んじていたことになる。血気盛んな若かりしころの仕事である。
サーバ-クライアント間の分散処理形式(クライアント側にもプログラムを置くやり方)は、この後に続いた技術である。開祖の私から見れば、昔に比べればはるかに進化した現在のハード&ネットの環境で、この程度のシステムができなくてどうする、と思うので、あえて「"リッチ"クライアント」などと言われてしまうと、興ざめである。
それはさておき、現在の「リッチクライアント」とは何かを説明する。
そのためには、少し歴史に付き合っていただかなければならない。
thin,fat,poor,richという言葉をまず説明したい。thin,fatとはクライアント側のプログラムが軽いか重いかという違いを意味している。thinは軽く速く動作することを意味して、fatとは重くて遅いことを意味している。poor,richとは、クライアント側のプログラムの機能が貧弱か豊富かを意味している。もし、クライアント側のプログラムがこのような言葉で分類できるのでれば、thin&richは機能が豊富で軽く早く動くということだから一番いいということになる。fat&poorは最悪だ。機能が少なくて遅いという意味だからである。システム技術者ならば誰でも知っているし、ユーザもそう感ずるに違いない。
1945年から1985年までの40年間、thin&poorだった。この時代は、ホストコンピュータというセンターマシンが空調のきいたマシン室に鎮座していて、一般の人々は近づくこともできなかった。処理はすべてこのホストコンピュータで行われていた。データの入力やコマンド送信(処理の依頼)は、ホストコンピュータにつながるダム端末(インテリジェント機能のない端末)から行い、ホストコンピュータが処理を終えると、その結果がまたダム端末から印字されて出てくるという仕組みであった。ダム端末はほとんど何もしないのである。絵やグラフを表示することもなかった。これは、まさしく、thin&poorだった。
1985年から1988年、私は有頂天だった。ダム端末の替わりにその当時登場したばかりのパソコンを回線につないだのである。パソコンにパネルシステム(Windowsのような自作のフロントエンドシステム、その後Windowsがこれに替わった)を搭載し、バイオスを直接コントロールして無理やりホストコンピュータとの交信を実現した。パソコン側に入れたプログラムは目的にあわせた特化したシステムなので、動作は速かった。すなわち、当時の環境では最高のthin&richだった。これを私たちは平易に「パソコンとホストコンピュータの分散協調システム」と称した。その後、アメリカでは、マイクロ・メインフレーム・リンク(MML、Micro-MainFrame Link)という概念が生まれた。われわれが完成品について、情報処理学会に招かれて発表したころ、アメリカでは、われわれを追うように概念ができただけで、作られたシステムはなかった。有頂天の時期は長くは続かなかった。インターネットが急速に普及し、すぐに、クライアント-サーバシステムが世界を席巻し始めた。われわれのMMLは日本では2-3年ほどもてはやされただけで廃れた。それは時代のなせることであった。
初期のクライアント-サーバシステムは、パソコンの性能が今ほどではなかったことと、パソコン側にできるだけ汎用的なプログラムを入れようとしたので、どうしても動作は遅かった。つまりは、fat&richだった。ただし、汎用化されたので特注品に比べれば安価になったのである。われわれは、動作が遅くなったことに不満を感じながらもこの新しい流れに、身をゆだねることにしたのである。
その後、ブラウザは進歩し、パソコン側にプログラムを作りこむ必要性が減った。アクセシビリティやユーザビリティを多少犠牲にすれば、安価なシステムができるということで、パソコン側にプログラムを埋め込むことは相対的に少なくなった。現在Webシステムと呼ばれるものはほとんどがHTMLでできていてブラウザにほとんどを任せているものを意味している。このクライアントシステムは、軽いが、今だからこそやろうとすれば実現できる機能を犠牲にしていると言う意味で、thin&poorである。
さらに最近では、パソコンの性能も向上し、回線速度も大きくなった。メモリもたっぷり使用できるようになると、もっとクライアントサイドの機能を充実したいという欲望が生まれてもおかしくはない。されば、ビジネスチャンスではないか、と製造元は考えた。それがリッチクライアントシステムである。thin&richである。軽く動く機能豊富なクライアントシステムを提供しているのがリッチクライアントシステムのメーカである。主なユーザは、定型的なデータエントリが多い人たちである。ネットワーク未接続時においてもクライアント業務処理ができることが重要な条件になっている。いちいちネットを介してサーバシステムと応答しながらデータ入力していたら、イライラが募るばかりだからである。それ以外の人々は期待を込めて導入しても、結果は「ざんね~ん。!!!(去年の流行語)」となる。キラキラチカチカするだけのニギヤカシソフトであるのは認めるが、ウザッタイだけで、邪魔という声も多い。
すなわち、製造元が考えただけなので、売りたいが市場がなかなか形成されないというジレンマがある。ジレンマは、3年になる。3年続いて売れないと、多くのメーカは売るのをあきらめるのである。たくさんあったリッチクライアントメーカはほとんど姿を消した。今は、マクロメディアなど、ビジュアル系の大手が残っているだけである。残ったメーカはさすがに本物を出しているが、まだ「製造元が考えた」という仕様の範囲を超えていないもどかしさがある。
ここには、多くの欲求不満が残っている。人々が期待しているクライアントシステムは、そんなものではないのだ。もっとなにか、、、。そのタネ明かしは別の項で行う。
情報コミュニケーションは、「ユビキタス」でも「リッチクライアント」でも終わらない、ということだけは確かである。


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琵琶

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庶民的な材料をおいしく--オヤジと家族のお料理ライフ(9)

2006/03/05-2006/03/24
庶民的な材料をおいしく--オヤジと家族のお料理ライフ(9)

食材に凝ればきりがない。リッチグルメは、食材にこだわるのだろうが、我が家の家計では、そのような贅沢はできない。庶民的な食材をおいしく仕立てていただくのが、わがオヤジ流である。
「オヤジと家族のお料理ライフ」のシリーズは、しばらくお休みしていたが、再開する。気まぐれに、書きたい、または書く余裕のあるときに、その日の料理を紹介する。相変わらず、紹介するのは、老母に届けた料理である。

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[土曜日(3/4)]--担当、私
・小松菜と牛肉スライスの卵とじ
ショウガ焼き用のやや厚めの薄切り肉をタマネギの薄切りの上に並べて、カツオ出汁とミリン、ショウユで軽く沸騰させる。その上に小松菜を並べて、さらにやや沸騰させると、緑鮮やかになるので、そのころあいを見計らって、溶き卵を上に満遍なく広げるように掛ける。細火にして、フタをとじて1分で出来上がる。
小松菜がおいしい季節だから、あまり煮込まないで、しゃっきっとしている状態で食べる。
・シラスとオレンジとレタスのサラダ
オレンジが2個とレタス4分の一くらいが残っていた。まず包丁でオレンジの皮を剥いて1センチ角くらいのサイコロにして、ちぎったレタスとボウルで混ぜる。電子レンジで一度加熱したシラス干を加えて、マヨネーズを加える。少しだけトマトケチャップも加えるとほんのりピンク色になる。ボウルの底から菜箸で掬うようにすると良く混じる。シラスのうまみがマヨネーズに溶けるので、シラスの味が威張っていないのにおいしい。
・自家製佃煮
料理の後には、まとまったカツオの出しガラ、煮出した後のコンブが残る。息子が料理するときには、特にたくさんの出しガラが残る。捨ててしまうことも多いのだが、ひと手掛ければこれもおいしいおかずになる。この日はおにぎり大くらいのカツオの出しガラと、煮出した後のコンブが2枚あった。小ナベに酒とミリンを大さじ1杯ずつ入れて軽く沸騰させる。カツオの出しガラとを煮出した後のコンブを包丁で小さく刻んで、なべに入れる。シイタケのあまりものもあったので、これも刻んで加える。思い切り白いスリゴマとオロシショウガを加えて、砂糖大さじ1杯とショウユ大さじ2杯分を加える。大さじで混ぜながら弱火で加熱する。焦げないようにかき混ぜていて、水分がなくなれば出来上がりである。出汁ガラを使ったとは思えないほどおいしい。粒のゴマを使用しても良いのだが、スリゴマを使用したのは、入れ歯にゴマが挟まると痛いという老母のことを考慮してのことである。老母は絶賛である。
[日曜日(3/5)]--担当、私
・キャベツ巻きの中華風煮込み
トリヒキニクが入ったキャベツ巻きを酒とショウユ少々、米黒酢とゴマ油でタレを作って煮込んだもの。安価な定番料理。文句なしにおいしい。
・マグロの甘酢漬けブツ
昨夜のうちに仕掛けたもの。マグロのよいブツギリ(中トロ)を見つけたので、買ってきたもの。酒をどんぶり半分ほど入れて、米黒酢とミリンを各大さじ2杯くらい、塩小サジ半分くらい入れて混ぜ、その中に大きさを小さめに整えたマグロのブツギリを浸す。ラップをして冷蔵庫に1晩保存する。
・筋子のショウユ漬け
「ショウユ漬け」として、売られていたものだが、そのままではしょっぱすぎる。食べやすい大きさに切って、ドンブリの酒とミリンに漬けてやはり冷蔵庫に1晩保管する。塩抜きが主たる狙いである。
「キャベツ巻きの中華風煮込み」は浅立ちのコドンブリにツユごと盛り、「マグロの甘酢漬けブツギリ」と「(塩抜きした)筋子のショウユ漬け」は、小皿にレタスを広げて、盛り付ける。色鮮やか、食欲をそそる。どちらもヅケなのでモチもいい。なまものが大好きな母だが、食事までの時間に悪くなっていたりしたら、体にいいはずがない。単なる生は避けるようにしている。
[月曜日(3/6)]--担当、私
本当は妻の当番の日だが、妻は風邪気味、私がピンチヒッターとなる。
・春野菜のてんぷら
ふきの塔、たらの芽、こごみ、たまねぎ、アスパラガスをカラリと揚げた。こごみの濃い緑が美しい。
・タラの酒蒸し
タラの切り身を4つ用意し、それぞれをアルミホイルでくるんで、ねぎの千切りを落として、酒、みりん、オロシショウガ、醤油少々をそれぞれに加える。ガスコンロのオーブン(魚焼き用)にいれて、20分ほど加熱する。
・揚げ玉の卵とじ
てんぷらを揚げると、揚げ玉が大量に出る。うどんの具にするのもいいが、今回は、卵とじを作ってみた。少量の水を入れた小なべに、カツオ出汁、みりん、醤油を加えて沸騰したら、揚げ玉を加える。軽くかき混ぜたら、溶き卵をかけて出来上がり。材料費は安くて、ちょっときれいで、おいしい一品が出来上がる。箸休めに、小さな器に入れて出す。
(・お好み焼き)
老母には届けなかったものだが、てんぷらの衣用に溶いた小麦粉が少し残ったので、これに少し塩と酒を加えて、焼いてみた。お好み焼き用のソースをかけたら、なんと、おいしい。我が家の食卓に出したら、好評だった。あまりものも一工夫で、おいしくいただける。
[火曜日(3/7)]--担当、私
本当は息子が担当の日。前日、妻が任務を果たさなかったからか、息子の気が乗っていない。いつまでも料理に手をつけないので、私がまたもピンチヒッターである。どうやら、このブログの記事を休んでいたのがいけなかったかもしれない。ヒトに見られているというのは、ヒトを勤勉で倫理的にする。見られていないと怠惰で不道徳になりやすい。「オヤジと家族のお料理ライフ」の記事を再開したことを早く知らせなければならない。
・カリフラワーと鶏肉ダンゴのシチュー
カリフラワーは金曜日から冷蔵庫に入ったままだった。これを使いたいと思った。冷凍庫を覗くとトリヒキニクが目に入った。トリヒキニクで団子を作って、カリフラワーとあわせて、ミルク味のシチューにしようと決定。やや大きめのなべに水を5分の2ほど入れる。沸騰したら、カリフラワーと1センチ幅くらいに切った白菜の葉を2枚分入れる。カリフラワーの葉っぱでもいいのだが、筋か多いので、老母のために白菜にした。肉団子は、タマネギのミジン切りと塩とオロシショウガを加え、水少々を加えて練る。塩を加えると肉は凝集してまとまるようになる。水は加えると、肉団子がやわらかく仕上がる。スープの中には、胡椒、オールスパイス、カツオ出汁、ミリンと塩を加える。沸騰したら弱火にして牛乳を500Ccくらい加える。ひと煮たちしたら出来上がり。
・がんもどきと大根の炊き合わせ
四角いがんもどきをたすきがけに4つに切り、一口大に切った大根といっしょになべに入れる。水、カツオ出汁、みりん、オロシショウガ、醤油を加える。20分ほど煮込むと出来上がる。
急遽のピンチヒッターなので、品数はいつもより少ない。
[水曜日(3/8)]--お休み
配食センターから老母にお料理が届く日である。
[木曜日(3/9)]--担当、奥さんと私
・高菜とブタ肉の合わせ炒め--奥さん
高菜とダイコンセン切りに薄切りのブタニクをあわせて炒める。調味料はミリンだけ。シンプルだが、コクがある。一昼夜おいたほうがダイコンと高菜の味がなじんでおいしいかも知れない。たくさんできたので、我が家では冷蔵庫に取り分けてしまっておくことにした。
・牛肉のキャベツ巻き--奥さん
牛肉の薄きりとシイタケ、ネギなどを巻き上げて、さらにキャベツで巻く。なべに入れて、固形のブーフコンソメを加え、やや濃い目のショウユだれで煮込む。おかずらしいおかずである。固すぎないが、しっかり歯ごたえもあって、ナイフとフォークでいただくのが相当だろう。我が家の食卓では箸でいただいた。これは、おもてなし料理としていけるぞ、と私はおもった。
・コイワシとフキノトウの佃煮--私
庭にフキノトウがたくさん芽を出している。春である。老母がこれをかごに摘んで、我が家にも届けてくれた。何か作るといい、という事のようだ。先日、テンプラにしたフキノトウは買ってきたもので小さな若い芽だったが、庭のフキノトウは、すでに少し開きかけている。こぶし大のものが6個もあった。冷蔵庫を見ると田作り向きの乾燥コイワシの大き目の袋があった。先週買い置きしておいたものだ。あわせて佃煮にすることを思い立った。フキノトウは細かく刻んでおく。少量水を入れたなべに花カツオブシを大づかみにして入れて浸して、すぐに手で掬い、なべの中で絞ってからまな板で刻む。食卓用の小さな削り節では量も足りないし、小さすぎる。花ガツオのままで大きすぎるので、苦肉の策である。絞り汁は捨ててはもったいないので、カツオブシとともにすべてなべに入れる。コイワシとフキノトウを加えて、砂糖大さじ4杯とミリンをタップリ入れる。色合いを見ながらショウユを加える。ビンから直接ドボドボと入れたので目分量だがおそらく大さじ5杯くらい。弱火でふつふつと煮る。水分が少なくなったら、菜箸でナベの下から掬い上げるようにかき混ぜて水分を飛ばす。カラメルとコイワシのにおいの中にかすかにフキノトウのにおいがする。水分が十分に飛んだら、出来上がりである。温度が下がってから、これを口にすると、フキノトウの香りが強烈である。食が進む。老母用には手のひらに乗る小さな浅立ちに小山のように盛り付けて、出す。
[金曜日(3/10)]--お休み
老母は、生協に頼んで、毎週木曜日に食材を少しばかり運んでもらうことにした。金曜日は老母が自分で料理する日となった。自分でできるときには自分で台所に立ったほうが体と心の健康にはよさそうである。
[土曜日(3/11)]--担当、私
私も人並みに年度末は忙しい。前夜、帰宅が深夜2時ころ。目覚めたら日が昇っていた。愛犬様は散歩を済ませたらしい。息子が、出かけるよ、と玄関で言う声がして目覚めたのである。息子は友人たちと待ち合わせているらしい。朝飯を食べずに出かけてしまった。
・鮭の照り焼き
鮭の切り身を調理用のポリ袋に入れて、塩とミリンを加えて、袋の下からぽんぽんと突き上げてやると、満遍なく焼きだれが付く。ガスコンロのオーブンに入れて弱火で焼く。家庭の定番。普通においしい。
・水餃子
スーパーで購入した冷凍のブタ水餃子を使う。解凍して、半分くらい水を入れたなべに、餃子が一つずつ分かれるように手でばらばらにほぐしてなべに入れる。水から炊くと煮崩れない。白菜、シメジ、ダイコンを加えて、軽く沸騰状態になったら、米黒酢、ミリン、ショウユを加える。香り付けにごま油をたらして出来上がり。お好みでニンニクを入れることもOKだが、老母はニンニクをそれほど好まないのであえてさけた。奇抜なところはないが、おいしい。
・キュウリのヌカヅケ
八百屋が余ったキュウリをヌカヅケにして売っていた。切って食べると、実にうまい。やや薄く切って、老母の膳に副えた。
[日曜日(3/12)]--担当、奥さん
・白菜と豆の糟煮
白菜、レッドキドニー(表面が赤いインゲン豆の一種)、エリンギ、ハム、ショウガでまず炒めておいて、酒糟で煮込む。味付けは砂糖、塩、コショウ。最後に、スープ皿に盛って青細ネギのミジンをタップリ掛ける。糟煮の白いスープに、レッドキドニーの赤とネギの鮮やかな緑が映えるという趣向である。味良し、見た目良し、すばらしい。見た目もお味も、エキゾチックな和洋折衷である。糟煮の名前から想像するよりもこってりしていて、若者にも受けるかも知れない。
・金目鯛のちり蒸し
閉店時間間近かで、金目鯛が安かったので買ったものを利用する。金目鯛の切り身を耐熱容器に入れて、塩、酒、ネギとユズのせん切りを振ってラップしたら、電子レンジでチン。簡単料理である。一味を振り込んだ大根おろしにショウユを加えたタレでいただく。日本人でよかった!、という一品である。
・チキンライス
失敗しないチキンライスの作り方である。米を洗って水切りをしておく。トリモモニクを1センチ各くらいにきっておく。ニンジンとタマネギはミジンにして、フライパンで炒める。やや火が通り始めたらトリニクを加えるトリニクの表面が白くなったら米を加えて炒める。そのまま電気炊飯器に入れて、トマトケチャップ、酒、塩、水を適量入れて混ぜたら、電源オンして、待てばおいしいチキンライスが出来上がる。生米からフライパンで完成させようとすると、お米に芯が残って、なかなか上手にチキンライスができないが、これなら失敗はしない。器に盛ったら、茹でたグリーンピースを乗せると色鮮やかである。
[月曜日(3/13)]--担当、私
・フキノトウのオヒタシ
まだ庭にはフキノトウがたくさん残っていた。摘み取って、水洗いして塩と酢を加えた熱湯に入れ、灰汁を抜く。湯を切ったら、カツオ出汁、オロシショウガ、ショウユ少々を軽く混ぜて出来上がり。小皿に盛ってカツオブシを乗せて出す。春らしい一品である。
・ウナタマ
ウナギは老母の好物である。食べやすいように、ウナタマにする。ウナギ1匹分をせん切りにしておく。溶き卵は3個分、カツオとコンブだし、ミリンとショウユで味付けしておく。フライパンでタマネギを炒めてからウナギを加える。る。フライパンの中でよく混ぜて火が通ったら、溶き卵を回し掛けする。フタをとじて弱火で、卵が固まるのを待つ。やや深めのお皿に盛って出来上がり。奥歯のあたりがちりちりするほどうまい。私の得意料理。
[火曜日(3/14)]--担当、息子、私
・カレー風味焼きウドン--息子
前夜、私がウドン玉を買って帰ったのを目ざとく見つけたらしい。息子は焼きウドンを作った。コンブとカツオのだしを丁寧にとってあるので、味がしっかりとする。ブタ肉の細切れ、ハクサイ、ネギが使われている。少しだけくぼみもある小皿に盛り付けて、生卵を落として、電子レンジで暖める。卵が半生の状態でいただく。充実感があってうまい。コンブとカツオの出汁の滓は、私のために残してある。
・卵納豆--私
老母が納豆を2パック持ってきた。生協で買ったら、3パックも一緒だったので食べきれない、というのがその理由である。まぁ、この材料で何か作ってくれという合図でもあるようなので、一工夫する。パックをあけて見ると、スーパーの納豆よりも内容が多いようだ。同量程度の大根をカツラ剥きにして、2ミリ程度の厚さにスライスして、2ミリ間隔にセンギリにする。さらに直角に切って、2ミリ角のさいころにする。納豆の粒よりもやや小さめである。ボールにあけて、納豆を加える。ミリン、ショウユと、息子が作りおきしたタレも大さじ1パイ分使わせてもらう。生卵を和って、あわ立てるようにかき混ぜる。老母には小さな器、わが家用にはやや大きめの器に取り分ける。その上に、ミツバのセンギリを振って完成である。生卵全部を使う代わりに、料理屋では黄味だけを使用するのが常道だが、家族食ではもったいない。卵は栄養も考えてホウルで使用する。
[水曜日(3/15)]--担当、息子
水曜日は、配食センターから老母にお弁当が届く。老母へのお食事はお休みである。しかし、息子は、前日、料理を作り足りなかったと見えて、私を台所から追い出して、なにやら作り始めた。
・ホットケーキ
ホットケーキは、息子が小さいころ、私がたまに焼いた。友人たちがやってきたとき、近くの住むいとこたちが遊びに来たときなどである。普通の家庭では買ってきたケーキでも出してあげるべき場面で、私はホットケーキを焼いたり、豚肉薄切りのから揚げ(ブタニクおせんべい)を作って出した。特製バナナジュースもよく出してあげた。当時は父一人、子一人であった。今の家内とは、11年間の父子家庭生活のあと、再婚した。当時その父子家庭は貧乏だった(今も、社員からは「世界で一番貧乏な社長」と揶揄されるくらいだから、かわってはいない)。作ったほうが、ケーキを買うよりも安かったのである。しかし、作りたてはおいしい。すでに立派に一家を構えている年長の従兄弟たち(私から見れば甥や姪)が集まると「おじさんのホットケーキはおいしかったヨ」と舌なめずりするような顔をされる。また作ってやるかな、と思ったりする。息子もこんな点だけは父親がちょっと自慢らしい。自分でもまねようと思ってか、ホットケーキをときどき作っている。今日は、老母に料理はいらない、さすればオヤジ譲りの自慢のホットケーキを、と思ったのだろう。
ホットケーキを焼き、ホイップした生クリーム、脂分半分カットのホイップ状のバター、ブルーベリージャムを乗せて豪華ホットケーキの出来上がりである。老母は、びっくり。大変喜んでいた。
・豆入り、ラーメン
大豆を水で戻しておく。もやしを加えてブタニク薄切りと大豆を合わせて煮る。ここに即席ラーメンを加えて、出来上がり。息子のB級グルメ料理。得意技。文句なしにうまい。栄養価満点。腹にずっしり。「ご馳走」というもののを考え直す新しいチャレンジかもしれない。我が家の朝飯代わりになった。
[水曜日(3/15)]--担当、私
本当は奥さんが担当する日だった。しかし、老母がその実家で会合に出ることになったので、朝早く駅に送ることになった。それまでに料理するとなると、間に合わない、、、。ということで、お鉢が私に回ってきた。
・はたはたの唐揚げ
ずっしりと大きなはたはたの一夜干が手に入っていたので、これを唐揚げにした。油は先日春野菜を作ったときのものを再利用した。掛け揚げにしたので加温もすぐである。オロシショウガを添え、塩を振って完了。スピード料理である。準備1分。加温1分。揚げ3分。
・天津の肉饅頭
食材屋で材料は手に入る。小ぶりの具材ぎっしりのものである。準備2分。電子レンジで2分でチンで出来上がる。これもスピード料理。
・サクラエビとフキノトウの佃煮
これが一番時間がかかった。サクラエビは昔風の本物が買い置きしてあった。フキノトウは、先日大量に作ったオヒタシの残り(冷凍してあったもの)を解凍して、細かく切って利用する。息子が残した、カツオ出汁の滓、昆布の滓を細かく切って使用する。
小なべに酒を大さじ2杯くらい入れ、上記の材料を全部入れ、火にかける。米黒酢大さじ3、砂糖大さじ4、オロシショウガ大さじ1、ミリン、ショウユ、を適量入れて、水分がなくなるまで、煮詰める。米黒酢を大目に入れたのは、フキノトウの苦味を抑えるためである。砂糖は三温糖を使用した。20分。サクラエビの香りとフキノトウの苦味で食が進む。
[日曜日(3/19)]--担当、奥さん
・タラと牛肉の煮物
タラと牛肉を一口大に切って、ニンニクミジン切りと一緒に炒める。ニンジン、ネギを加えて、だし汁と味噌、コチジャンで煮込む。深皿に盛って三つ葉を散らしていただく。
・トリニクの鍋照り焼き
トリムネニクを熱湯に通して、水気を切り、フライパンで皮目から焼きます。砂糖、ミリンを加えて焦げ目を付けたら、しょうゆをおお大目に加えて、フタをして蒸煮にする。肉を時々返して、タレがとろりとしたら、皿に盛り、食べやすい大きさに切って、フライパンのタレを掛けて出来上がり。
[月曜日(3/20)]--担当、私
・ヤリイカの煮付け
ヤリイカを、ミリン、ショウユ、オロシショウガで煮る。それだけでおいしい。
・煮シュウマイ
肉屋が、小粒のシュウマイをたくさん入れたワンパックをなんと200円で売っていた。ブタの挽肉がタップリ入っているものである。煮シュウマイにした。カツオ出汁、コンブ出汁を用意して、沸騰したところにシュウマイをいれ、白菜、ダイコンを加えて、米黒酢、紹興酒、ショウユで味付ける。おいしい。
・タコのゴマ味噌和え
刺身用のタコをやや小さめに切って、味噌、すりゴマ、酢、ミリン、酒を加えて、三つ葉を小さめに切ったものと一緒に混ぜる。
・ワカメご飯
鳴門のワカメを水で戻して小さく切り、ダイコンのミジン切りとオロシショウガをあわせて、カツオ出汁と塩、ミリンを加えて、ご飯に炊き込んだもの。老母には、小さな器に盛って、味見程度に副えた。
[火曜日(3/21)]--担当、息子と私
・ヤサイとコーンビーフの煮物--息子
ジャガイモ、ニンジン、ダイコンを薄く食べやすい大きさに切り、ブロッコリーを一口大に切り分ける。ブロッコリーの茎も小さく切って加える。沸騰した鍋に入れて、チキンコンソメ、コーンビーフを加えて短時間煮る。根ヤサイを薄くきっておくことがコツのようだ。塩気を抑えたヤサイの煮物である。
・根三つ葉のオヒタシ--私
根三つ葉、糸三つ葉、水菜が余っていたので、それぞれを湯がいて、オヒタシにした。タレは、カツオダシをベースにして、ミリン、ショウユ、酒を加えてひと煮たちさせたもの。老母には根三つ葉を持っていったが、少し硬かったようだ。糸三つ葉か水菜が良かったかもしれない。
[水曜日(3/22)]--担当、私
本日は、老母向けお料理がお休みの日。配食センターからお弁当が届く。私は、朝、前夜から続く見積もり書の作成作業に追われていた。何を作って食べたか覚えていない。
[木曜日(3/23)]--担当、息子
本日は、老母が早朝わざわざやってきて、今日は生協から届いた材料が余っているので自分で料理に挑戦する、という。老母向けお料理はお休みになった。老母が自分で作ると宣言した日は、本人が作ったほうがいい。包丁を操り、火の加減を見るというのは脳も体も結構使うものだ。ボケ防止にもいいに違いない。とはいえ、私の家族には、今日はよさそうだが様子を見て必要があればさりげなく料理は届けようと伝える。私は、この日も、別の案件の前夜から続く見積もり書の作成作業に追われていた。年度末はいつもこうなる。昨年度よりも見積り額が大幅に小さいのがさびしい。しかし、見積書を作る手間は同じくらいに大変で神経を使う。時間がたつのを忘れていると、息子がチャーハンを作って仕事場まで持ってきた。
・チャーハン
ヤサイチャーハンである。パソコンに向かいながらいただいたので、料理の中身はよくみなかったが、相変わらず息子のチャーハンの米はうまい。ふわっととしてパリッとしている。コツがあるのだそうだ。
・トマトラーメンかまぼこ入り
スープがほしいな、と思っていたら、カマボコとトマト入りのラーメンを作って持ってきてくれた。奥さんの仕事場にも届けているようだった。トマト味が利いていた。即席ラーメンのB級グルメ作品である。うまい。気が利いたのか、自分でも汁物がほしいと思ったのか、私にはちょうど良かった。タップリのスープをいただく。作り方や具の詳細は見ていない。仕事に夢中で、気が気ではなかったからだ。ゴメンネ、息子さん。
[金曜日(3/24)]--担当、私
奥さんは、昨日の息子の料理に感動して、愛犬様のお散歩当番の肩代わりを申し出た。息子は楽ができるとホクホク顔。料理は私が担当する。私は、前日からひどい風邪に悩まされている。台所に立って、何を作ろうかとボーっとした顔をしていると、息子がやってきて、カレーにしてよ、という。息子が使い残したカレー・ルーの元が半分あるのだという。トリムネ肉があったので、チキンカレーにした。本来、老母には料理を届けない曜日なのだが、昨日届けなかったので、今日は届けることにした。
・田舎風チキンカレー
ジャガイモ、ニンジン、トリムネ肉、ブロッコリーを食べやすい大きさに切っておく。大き目のタマネギ1個をせん切りよりはやや幅広に切って、大目の油を注いだ鍋に入れて炒める。少し黄色がかったら、トリムネ肉をいれ、トリムネ肉の表面が白くなったら、ジャガイモとニンジンを加えて、コショウを振ってざっと混ぜたら、具の高さと同じくらいになるまで、カツオ出汁を加えて水を注ぐ。ここにオロシショウガ大さじ1、肉桂少々を入れる。沸騰したら、ブロッコリーを入れる。ブロッコリは煮すぎると色も悪くなり、形も崩れるので、短時間の加熱にとどめるように工夫する。カレー・ルーの素は、息子の残りだけでは足りないので、SBカレー缶のカレー粉を開けて大さじ2程度加えた。いつものことだが、缶を開けて、金属箔を切り取るときに広がるカレーの香りになんともいえない興奮が立ち上がる。炒める段階で、ニンニクをタップリ入れるのが本来のオヤジ流なのだか、老母はニンニクが苦手なので、ショウガを多めにしてニンニクをあきらめた。具だくさんで、カツオ味、ブロッコリの緑が懐かしい田舎風を演出している。少々ショウユを加えても良いのだが、今回はショウユを使わなかった。老母には、そのまま電子レンジに掛けられるフタつきのドンブリにカレー・ルウをいれ、小皿にカラシ菜の漬物とフキノトウとサクラエビの佃煮を合わせ盛りにしたものを付け合せにして届けた。
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高い材料でなくともおいしくいただける、そんな庶民の食を楽しみたい。食は人生の楽しみである。


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琵琶

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メッ!、拾い食い--我が家の愛犬様(11)

2006/03/03
メッ!、拾い食い--我が家の愛犬様(11)

今日は、愛犬様がかなりしょげている。当然のことだ、と私は鼻息が荒い。
今朝、散歩に連れ出すのが、少し遅れた。昨夜、私の帰宅が遅かったためである。愛犬様は、早く散歩につれて行けと狂わんばかりにほえて、泣いた。ゴメンよと連れ出したが、愛犬様は、情緒不安定、左右前後に小刻みに走り回る。盛んに茂みに首を突っ込んでにおいをかぎまわる。また、メス犬様のにおいでも追っているのか、・・・、と私はあきらめ気味。と、愛犬様は、小さくチラリと私に視線を送ると、何かを飲み込んだ。シマッタ!、拾い食いだ。何を食ってしまったのか、分からない。拳固を振り下ろしたが、もうすっかり飲み込んでしまっている。我が家の家族は、拾い食いには、かなり神経を使っていて、愛犬様に拾い食いはさせないように努力している。愛犬様もいけないことだとは知っている。たいていは、拾い食いしそうになったら、ハーネスを思いっきり引っ張り揚げて、口の中に指を突っ込んでしまうところだが、失敗するとがぶりとやられて血だらけになる。修羅場になるのである。飼い主は怒る。愛犬様は抵抗してほえる。最後には、かまってやらないと放置する。放置されるのが愛犬様にとって一番のバツである。いけないことをしたのかな、とそのときやっと気がつくのである。何度も繰り返していたので、最近では、ハーネスを少し引き揚げるだけでも、やめるようになっていた。しかし、今回は油断していたので、飲み込まれてしまった。私は拳固で頭を手加減しながら叩く。抵抗せずに、うつむいている。いけないことをしたのは自覚しているのだ。叱られて、愛犬様はうなだれたまま、すべての寄り道をあきらめて、最短コースをただひたすら走り抜けて行く。もう、甘えられないと悟ったようだ。決まった場所でおしっこをして、ウンチをして、帰路に着く。拾い食いをしたところに戻ってくると、また同じ茂みに首を突っ込もうとする。ダメッ! と私が小さく厳しく言うと、あわてて、首をすくめて戻ってくる。わかってはいるようだが、また拾い食いのネタを探しに行くなんて、と私はぷんぷんしている。愛犬様はそんな私の様子を見て、またうなだれる。
自宅に到着しても、愛犬様は私から少し離れている。いつもならば、すぐに体を摺り寄せてくるのに、私が怖いのだ。仕方がない、手招きで呼び寄せて、肩を軽くパッティングする。うれしげに見上げて、盛んに尻尾を振る。私が、それほど怒っていないことがうれしかったようだ。いつものように、水を替えて、えさをあげた。横目で私を観察しながら、それでも尻尾を振りながら、えさにかぶりついた。私は、内心、もう拾い食いなんかするなよ、たっぷりえさはあげるんだから、とつぶやいた。お腹でもこわしたら、どうするんだ。・・・子供に対する親の心の動きと同じだな、と自分でも感じた。
愛犬様の拾い食いを見逃したことは、他の家族から、うんとしかられそうだ。やれやれ、こうして、今日も、事件な一日が始まった。

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もっと学生にセキュリティ教育を--感性的研究生活(12)

2006/03/01
もっと学生にセキュリティ教育を--感性的研究生活(12)

26日(日)の3つ目の発表は、私との共同研究ではあるが、Y先生が担当した。私の発表時間とY先生の発表時間が重なってしまったので、私は聞きそびれたが、息子が最初から最後まで聞いた。息子の評によれば、Y先生の発表は終始落ち着いていて、スマートだったということである。Y先生はいつも準備万端で、発表の練習も怠らないのである。やや行き当たりばったりで、乱暴に行動する私とはずいぶん違う。
発表のテーマは、「学生の情報セキュリティ知識欠落の問題点と教育的対応」である。
文献: Y先生&琵琶、「学生の情報セキュリティ知識欠落の問題点と教育的対応」、情報コミュニケーション学会第3回全国大会発表論文集、pp.73-74(2006)
Y先生はまず、学生アンケートと政府の調査結果などに踏まえて学生を取り巻く環境とネット犯罪の現状を説明した。インターネット・リスクには、マルウェア(Malicious Software;悪意を持ったプログラム)、不正アクセス、詐欺などがあることを説明する。続いて、学生の知識の現状(アンケート)と通常の大学の対応をかいつまんで説明する。学生や大学関係者は、情報セキュリティに関してはほとんど無知に等しく、現状のままでは犯罪者の格好のターゲットとなり、マルウェアへの感染や情報盗難に遭う可能性が非常に高く、今後、ネットの活用がさらに進むにつれ、このリスクはさらに高まる状況にある、ことが明らかにされた。とくに、現在は最大勢力となったボット〈bot、外部からの指令があるときや特定の時刻のときだけ行動するマルウエア〉などに見られるようにステルス化〈発見しにくくなっている〉していることが、知らぬ間の被害を拡大している原因であることを強調した。次にくるのはスパイウエアの一部にはすでに仕込まれているrootkitである。主としてクラッカー(相手のサーバを破壊する)がつかう道具でウイルス対策ソフトなどでは見つからない。クラッカーの侵入の痕跡などをすばやく消すことができる道具だからだ。すでにネット上では大量に出回っている。ネット環境の危険な様相は、年々ではなく日々変化しているので、これを常にフォローアップする心構えを学生らに教えること、社会に出て周囲に迷惑をかけない卒業生にしなければならないことなどを語った。
まとめとして述べたのは、次の2点である。
·リスクの現状の認識、変化への対応の心構え
·一般ネットユーザの行うべきパソコン管理の基本
息子は、しっかりとメモを取って聴いていた。ためになる話を聴いたという十分な満足感で満ちたりた心で帰途につくことができたようだ。

この発表の資料は、Y先生とWebマスターさんの好意で私の会社のホームページにも掲載されている。<発表論文><発表スライド>

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情報コミュニケーションの社会性="影響関係"--感性的研究生活(11)

2006/03/01
情報コミュニケーションの社会性="影響関係"--感性的研究生活(11)

26日(日)の3つ目の発表は、Y先生が担当した。それぞれの会場の進行がずれたため、私が担当する4つ目の発表と時間が重なってしまったので、私はY先生の発表を聞きそびれた。Y先生の会場に居残った息子からY先生の発表の様子は後で聞いた。Y先生の発表については、この後の記事で紹介する。
ここでは、私が担当した4つ目の発表「組織と情報コミュニケーションにおける"影響関係モデル"の提案」について記述する。この研究は、前の2つとは違って、Y先生と私の共同研究である。
文献: 琵琶&Y先生、「組織と情報コミュニケーションにおける"影響関係モデル"の提案」、情報コミュニケーション学会第3回全国大会発表論文集、pp.89-90(2006)
この発表内容は、1月26日に開催された第4回次世代大学教育研究会(代表:家本修大阪経済大学教授、代表幹事:阪井和男明治大学教授)で発表した「一人にしない教育者と、一人にしない教育を」から"影響関係モデル"だけを取り出して整理したものである。次世代大学教育研究会では「社会性の発達を知らない"教育心理学"」に苛立ちをぶつける発表だったが、今回は、"影響関係"の全体像を詳しく説明し、情報組織論の立場でモデルとして定式化することを試みた。
まず、私は、組織は、定常流的な実在で、"系"の一種である、"系"は要素間の関係が維持されるところに成立する、組織の要素(人、単位組織、メタ組織、ネットワーク)の間の関係は、「影響関係」であり、この関係が持続するところに組織や社会が存立するのである、と述べた。「組織」や「社会」についてのモデルについても百花繚乱という状況で、たくさんの意見はある。私が提唱しているモデルを提示し、要素間をつなぐ糸を図で表示した。この糸こそが、「影響関係」であると強調しておいた。
「影響関係」とは、互いに変化させあう関係である。社会や組織は、互いに変化させあう関係すなわち「影響関係」が維持されることによって初めて"系"として存続できる、と述べた。「影響関係」は文字や図、言葉や音楽というような狭義の情報だけで成立しているのではない、それは「影響関係」の半分の側面に過ぎない、という指摘も行った。残り半分は、他の組織の要素(人、単位組織、メタ組織、ネットワーク)に対する物理的強制力(身体的影響関係)である。多数決、逮捕、解任、昇格、権限付与、軍事力の行使などがこの半分に含まれる。「影響関係」の2つの側面は、独立して他を援用しないことがスマート・マナーではあるが、実際は複合して実行されている。ここを捕らえていないと、間違いが起こると説明した。
某国国営放送が、言論界のパワーポリティクスの優劣だけを誇って、傍若無人の振る舞いを続けた結果、受信料不払い、政治運動を介した国会での非難、予算の削減、規制強化、総務庁からの指導強化というような一連の身体的影響関係のフィードバックを受けるているのである。言論は自由なように見えて、実はそうでもない。たとえば、高校生や大学生が「こんなことを言うと仲間はずれにされるかも知れないから、言えない」と言葉にしないことを見て、教師が「もっと言いたいことを言いなさい」と言っても、「仲間はずれにされるかも知れない」という懸念がある限り無理な要求というものである、あるいは、また、たとえば、大学の教員が「理事長に一言ものを言いたいが、言うと首になるかも、だからいえない」と首をすくめて大人の配慮をするのも同様の問題である。情報コミュニケーションは、両者のバランスを考慮して行われている事実を認識すべきであることを指摘した。そこで、私は、あえて、言論のみの影響関係を「狭義の情報コミュニケーション」と定義し、身体的影響関係を含む影響関係を「広義の情報コミュニケーション」と定義した。
さて、今回の学会では、さすがに、情報コミュニケーションを対象への情報の伝播とだけとみなす考えは少なく、情報はメンタル・モデルに到達するという考えが多かったようである。中には、相手の心を変えることであるという点に踏み込んだ発言もあった。山本恒大会委員長(園田学園女子大学情報コミュニケーション学科長)の基調講演では、先人の言葉を引用して、これを教える教育を「情報教育」ならぬ「情能教育」という言葉で説明した。座長もつとめられた西端律子先生〈大阪大学〉は、「コミュニケーションは相手の何かを変える」「教育を受けるとは変わることである」という表現で、それとなくこのことに触れた。私は、「影響関係とは、知識と心理、すなわち大脳を変化させることによって行動を変化させたり、身分や権限を変化させる強制力によって行動を変化させることである」と述べた。私のモデルの場合、生ずる変化は相手の脳や心の中にとどまらない。相手の行動の変化にまで及んで、影響関係はその目的を達するとしたのである。その意味で、私の「情報コミュニケーション・モデル」は史上最も過激な定義となったようである。議論としては過激かも知れないが、より包括的で妥当な定義がえられたのではないかと、私は満足である。この発表ができたことは、大変幸せに感じた。
ついでに、こうしてみれば、「情報コミュニケーション力」とは、本来、「"あやかし、催眠、錯覚、洗脳を良くして他人を欺くこと"ではない」ということも明言することができる。公序良俗に従う、すなわち社会の究極目的(人の悠久たるを目指す)にかなう「情報コミュニケーション」だけが教育に値するものである。私のように「情報コミュニケーション」を教育する立場の教員は、周囲から、「情報コミュニケーションなどは教えるべきではない」という非難にさらされる。非難する人たちは、「"情報コミュニケーション"とは、"あやかし、催眠、錯覚、洗脳を良くして他人を欺くこと"」と誤解しているに違いない。誤解を与えている教員がいたら論外だが、少なくとも、まじめな教員には"あやかし、催眠、錯覚、洗脳を良くして他人を欺くこと"などと思っている人はいない、・・・と思うのである。「情報コミュニケーション」とは公序良俗を高め、社会の究極の目的をよりよく実現する人々の絶え間ない営為であると、私は思う。
会場には、阪井和男情報コミュニケーション学会会長(明治大学教授)がじっと聴いていた。質問の時間になると真っ先に手を上げてくれた。私が説明の中で使用した「心、心的、心理的」という言葉の定義を質された。鋭い、・・・。私は思わず謝ってしまった。「すいません。それほど厳密に考えずに使用しました。どちらかといえば、"心理的"というべきと考えます」と回答した。阪井和男先生は、私よりもお若いが、最近は常に私の先生役である。座長の西端先生は「教育(教職課程)に関わっている者ですが、教育との関係では、何か」と促された。私は、一瞬、何を言われているのかつかみかねた。心理学の中では発達心理学に期待していること、2-3歳児の発達心理ばかりではなく、青年期、成人期、老年期の社会性の発達の研究も期待していること、グループ学習、協調学習に努力中であることなどを脈絡なく回答した。やや反省。帰宅後、「一人にしない教育者と、一人にしない教育を」の資料の紹介を兼ねて、お詫びとお礼のメールを西端先生にお出しした。
息子は、私の発表が終わりかけた頃、私の会場に戻ってきた。Y先生の発表が終わったからやって来たのだろう。帰りの新幹線の中で、その様子を聞くことにしようと、そのとき、思った。
Y先生の発表については、また、項を変えて書くことにする。


この発表の資料は、Webマスターさんの好意で私の会社のホームページにも掲載されている。<発表論文><発表スライド>

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