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鍵を握る単位組織=擬似家族--情報社会学、予見と戦略(4)

2006/7/28
鍵を握る単位組織=擬似家族--情報社会学、予見と戦略(4)

「地球社会」または「人類社会」の成立は、もうまもなくであると私がいうと、「もうすでになっている」とか「ありえない」とかいう内容の両極端な反論がある。

(1)「もうすでになっている」について
「もうすでになっている」という人々は、「人の行き来は、海を越え、国境を越えて可能になり、交易も資本の移動もほとんど自由になっているし、情報にいたってはインターネットによって世界は結び付けられている、2010年ころを境に何が違ってくるのかわからない」というのであろう。
確かに古来人は命がけで海を渡り、山を越えて地上に広がった。しかし、経済活動も行政活動も市民の生活も人種・民族・地域を基盤に成立していた。近年は国民国家の時代になってはいるが、その国民国家の枠をはずすことができない。
現在の制約は、マクロに見れば国民国家の枠である。この枠を超えたメタ型の市民組織、行政組織、経済組織は存在しない。これらの組織はすべて国民国家に統合されている。国境を超える組織は基本的にはネットワーク型の組織だけである。国内であれば、ネットワークが先行してメタ型組織が後追いで形成されることがしばしばあるが、国境を越えてメタ組織になることはきわめてまれである。
ミクロにフォーカスすれば、人の単位組織が国境を越えて成立しにくいという事情が存在しているのである。人の組織は「一人とその他大勢」では成立しない。一人は単位組織(3~7人)に参加して初めて組織に参加したことになるのである。多くの社会組織は複数の単位組織の複合体を組織内に抱えて成立しているのである
単位組織は、人類が「家族」の人類史的経験を元に血縁の外に作り上げた「擬似家族」である。軍隊の最小単位である小隊、企業における班やグループ、オーケストラのセッションなど、すべての組織には擬似大家族の基になる擬似小家族がある。擬似家族は、本物の家族をまねて作られるので、衣食住を極力共にし、行動を共にすることが必要で、同位置性が要求される。地域や建物を共にして息遣いが感じられる位置関係で協調行動がされることが必須の条件である。同位置性の制約を免れないので、単位組織は成立地域が特定され、いずれかの国民国家に属していることになるのである。単位組織に多様な人種や民族が混在していても事情は変わらない。その組織が存在する場所が中国であれば、中国という国家に所属している。直接でなくとも、その単位組織の上部組織が企業であれば、その企業の国籍がある。無国籍企業や多国籍企業というのは実は(合法の範囲では)存在しない。それぞれに国籍のある企業が国境を超えて資本のネットワークを構成しているだけのことである。それぞれの企業に含まれる単位組織は数千もあるだろうに国境をまたがる単位組織はオーナ家族などほんの少数に限られているはずである。
人類が「家族」のまま進化したものがネアンデルタール人などの古いタイプの人類であった。5-6万年ほど前に彼らと別れたらしいホモサピエンスは、実の家族(血縁を基礎とする家族)とは別に、これを離れた擬似家族を複合的に構成し、多数の実家族を横断する組織を複合的に作ることに成功した。その結果、血縁によって分かれている大家族の相互の結束も可能になり、社会の萌芽が生まれたのである。屈強だが大家族を超えられずに多数の結集が弱かったネアンデルタール人と大家族同士をも結集することに成功して多数の結束を生み出したクロマニヨン型のホモサピエンスでは、どちらが強かったかは容易に想像ができる。軍略家の一族に生まれた私には両者の争いの様子が手に取るように感じられてしまう。しかし、ホモサピエンスが手にした「擬似家族」は密接さを担保するために家族と同様な同位置性を必須としていた。擬似家族が「小隊」や「班」、「セッション」などとスマートに呼ばれるようになっても、この性質は変わっていない。そこには家族類似の粘着質の人間関係が生ずる。飲食を共にしたり、仕事を離れた宴会やパーティ、泊りがけの旅行なども折に触れて必須である。これらの擬似家族を私は「単位組織」と呼ぶことにしたのである。
いま、人類史上に特筆すべきもうひとつの変化が生まれている。同位置性の制約を超えた単位組織の成立の予感である。擬似家族に必要だった「互いの息遣いが直接聞こえる距離にいる」という制約が超えられようとしているのである。その単位組織の中にいるメンバー同士の結合は電子的通信によって補強されて行われるのである。
今までの社会は単位組織が同位置性を備えていたことに対比して、これからの社会の単位組織は同位置性を超えてゆく傾向を有するのである。
社会はその単位組織というミクロな部分が変貌を遂げ、同位置性を超える単位組織の数が徐々に増えてゆく。その変化は静かでそう目立ったものではない。人々は今そのことに驚いたり騒然となっているわけではない。しかし、ある日、その数が社会のある比率を超えると突然大きな変動を起こしてゆくことになる。新しい秩序ができる前には古い秩序が壊される。混乱は国家を超えて発生するので、当然軍事的衝突も発生するだろう。何がおきているのかわからぬままに政治家も軍人もしゃにむに戦争をやりたがる時期がやってくるだろう。たとえば、国家を超えたNPO法人のような軍隊(ボランティアで支えられた軍事機構)が現れたりするだろう。これは国家の軍隊からすれば許しがたい存在であるに違いない。各国の軍隊はそれらを撲滅しようとして躍起になるに違いない。それを何というのかわからないが、「現秩序を破壊するものとの戦い」であることは間違いない。その混乱に誘発されて国家間の戦争も続発するに違いない。これらも新しい時代が生まれるための産みの苦しみである。「戦後60年」とよく言うが、われわれは、今、「戦後」ではなくもはや「新しい戦争の時代の前夜=戦前=」にいるのであると思う。
これから始まるであろう「戦争の時代」を人類がたくみに生き延びることができれば、その先には新しい社会「地球社会」または「人類社会」が成立しているだろうと私は思う。目前の「戦争の時代」に人類破滅の核戦争へと突入したりするようなおろかなことがあってはならないし、人類はそこまでおろかではないと信じたい。

(2)「ありえない」について
前回述べた「予兆」には、同位置性を越えた単位組織の結束の萌芽形態が書かれている。これらは氷山の一角である。たとえば前回は取り上げなかったが、サイバースペースの友人関係を論じた学生の研究発表もある。
俵木裕毅、「サイバースペースにおける新しい友人関係の可能性」、情報コミュニケーション学会第3回全国大会、CIS2006(2006.2.25~2.26)
「秘匿」と「匿顔」に焦点を当てたもので、大変興味深いものである。この学生は、今年3年生であるが、今年2月に開催された情報コミュニケーション学会でも私と同席し、その後私の講義も履修してくれた。
この発表で取り上げられている「ミドル友達」とは、まさしく単位組織成立と同根の友達関係成立が「秘匿」と「匿顔」でも成立しうる可能性を示しているもので、単位組織の成立が同位置性を越える可能性を別の角度から示しているように私には思われる。
「ありえない」ことはないのである。

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琵琶

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