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反社会性人格障害を減らす戦い--心理、教育、社会性の発達(28)

2006/11/05
反社会性人格障害を減らす戦い--心理、教育、社会性の発達(28)

(1)現在の教育の問題
社会性の未発達にこそ、現在の教育の問題があると、私が公式に発言し始めて、1年以上が経過している。
今年の春、3大学、6教科、7クラス、8コマの学生らを調査した結果、「仮性の回避性人格障害者」と「仮性の反社会性人格障害」が、それぞれ約50%と約10%に達していた。これは、実感としてはともに10年前の5-6倍に増加しているのである。両者ともに、私の分析では「社会性未発達」によって増加する人格障害で、原因は同根である。

(2)「仮性の回避性人格障害」と「仮性の反社会性人格障害」
私が扱ってきた社会性未発達の幼児、児童、生徒、学生、ニート、フリータ、・・・は、これらのうち主として「仮性の回避性人格障害」であった。確かに数の上では、若者の50%(上位私立大学~中堅私立大学の1年生の平均)がこれに該当するのであるから、一大事である。しかし、「仮性の反社会性人格障害」も10%に達するというのは、大変な事態である。彼らには、「人の道=倫理や社会的規範を尊重する」という気分感情がほとんど通じない。これは理屈ではないのである。明らかに彼らにとっては、「倫理」や「社会的規範」はウソっぽいウザッタイものに見えている。ウソだと思うかもしれないが、本当なのである。

(3)漸増する「仮性の反社会性人格障害」の及ぼす影響
学級崩壊の中核児童・生徒、イジメ事件の実行犯の児童・生徒は明らかに「反社会性人格障害」の特徴を備えている。一方、これらの障害には、先天性のものだけとはいいがたい多量の児童・生徒・学生が該当することから私は彼らにあえて「仮性の」という形容詞を冠することにしている。「真性の反社会性人格障害」がこれほど多いはずはない。「仮性の反社会性人格障害」である。彼らを生み出し方向付けているのは家庭と教育現場であり、原因の解消の責任は大人たちにこそあるだろう。思えば子供たちにとって家庭とは異なる「社会」に一番長く触れる空間は学校である。彼らが活動的な時間の大半をすごす教育現場の責任は重い。社会性の発達不全の責任を家庭に押し付けようとする見解も聞かないわけではないが、学校の責任は免れようもなく重い。
とはいえ、責任論を云々している間にも、彼らは直ちに他人ひいては社会に多大な被害を与える存在である。「仮性の回避性人格障害」と違う、たった今も危険な存在なのだ。
具体的な事例を挙げるのは、ここでは差し控えるが、自殺者を出したイジメ実行犯は警察の取り調べを受けても、学校の聴取を受けてもそれだけではイジメをやめることはない。イジメターゲットを自殺に追い込めば彼らは「勝った、勝った」と内心快哉を叫んでいるのである。死者を悼む心は希薄である。さらには自殺者とは別のイジメターゲットに向かって陰湿なイジメを開始してゆくものである。これらについてのマスコミ報道はむしろ少ないが、最近では新聞紙上では散見されるようである。彼らは、すでに人格に障害を持っており、通常の善意に満ちた大人たちの言葉だけでは矯正しないのである。むしろ、表面的には従順な態度を演技しながら、内心では「くそっ、見返してやる。こんな快感、やめられるか」と内心では反抗心をたぎらせているのである。
また、学級崩壊でも同じことが生じており、中核実行犯は再犯を犯しやすく、小学校での首謀者が中学・高校でも授業妨害の中心メンバーとなる傾向があるのである。大学でも近年は授業妨害が漸増しており、私たち大学教員も日々の講義の中で時に神経を尖らせる事態となっている。大学での授業妨害は、学内の利害関係者の思惑も絡んでいることがあるので、純粋な形が見えにくい。学外勢力との結びつきなどもはっきりと感じられるケースもしばしば目にするので、大人の汚さが目に付くが、実行犯の99%は学生である。私が知る限り、嫉妬した教員が直接他の教員に手を下した授業妨害の例はまだ1件だけである。実行犯は「仮性の反社会性人格障害」を持った学生であることがほとんどだろうと推測されるところである。

(4)立派な「反社会性」理論武装に負けない教師に
「仮性の反社会性人格障害」をなくす戦いにとって大変難しいのは、「反社会性人格」の主張が一見立派な思想信条のように聞こえる点である。法と公序良俗に明らかに反することであっても、一見もっともらしい理屈によって彩られている。10歳くらいまでの間に形成される人格に刷り込まれた「反社会性」は本人にとっては自己確立=人格=判断の基準、そのものになっているので、これを正当化する以外に自己正当化できないのであるから、命がけで正当化を実行するのである。しかも、彼らは、通常の倫理や社会的規範を敵視する性格を備えているので、犯罪行為に直結してしまうのである。たいへん怖い人格障害である。
教師は、「反社会性」理論武装に負けてはならない。彼らは、「反社会性」理論武装で周囲の学生を巻き込み、多勢に無勢の情勢を作り出して教師に対する脅迫の機会をうかがってくるのである。教師はこの動きを察知したら、教室などの公の場で、名指しの非難は避けながら、ゆがんだ理論に対しては堂々と反論するのが大切である。反社会性人格障害を持たない正常な学生たちを彼らに引き渡してはならないのである。むしろ多数の正常な学生たちを味方にして反社会性人格障害者を包み込む努力が必要である。反社会性人格障害者が教師の説得を直接聞くことはめったにない。どんなに誠実な説明をしても、自分たちの反社会性に対抗的であることを察すれば、決して受け入れようとしない。短期間で彼らを説得することはほとんど無理である。しかし、周囲の正常な学生たちを犯罪者の側にとられるのはなんとしても防がなければならない。むしろ、正常な学生たちと教師は手を結ばなければならない。この努力を怠れば、授業崩壊になる。
教師たちによる経験交流などの機会も大切になっていると考える。

(5)善導は命がけとなる
彼らを真剣に善導しようとした教師には、誰にでも心底から恐怖を感じた瞬間があるに違いない。彼らの多くには、"自分の利益のためならば、他人の命や財産を奪っても恥じることがない" という、ケモノのような心理を垣間見たり感じるだろう。危険性が高いので、教師個人が一人では対処しきれないことがほとんどといってよいだろう。イジメ実行犯が自分たちの罪を教師に全部擦り付けるなどの行為は、彼らにとって朝飯前なのである。というよりも、自分たちが生きてゆくうえでの切羽詰った心理と行動が、他人を罪に陥れたり、傷つけたり、奪ったり、殺したりすることなのである。彼らは、そもそも「他人と協調し共存する」という人生戦略は持ち合わせていないのだ。まずは、彼らの危険な行為を公けに柔軟かつ強固に封ずることが必要である。柔軟かつ強固に封ずることなくして、教師たちに、かれらに対処せよ、と声高に叫ぶだけでは問題は解決しない。教師たちに死ぬと命じているようなものである。高中小の教師たちは、恐怖のために、身も心もちぢこまって、対処に手をこまぬいているうちに被害を大きくしたいる危険性が高いのである。警察の導入もやむを得ない選択肢である。明白な危険があれば、制約なしに通報がされるべきである。
彼らを「治療すること」は可能なのだろうか。ここでは、「可能であるが、容易ではない」という見通しだけをここでは述べておく。犯罪の前に予防することが必要である、は大原則である。しかし、その前に犯罪が予見される者の暴発を封じておかなければ、治療も予防もできかねるのである。

(6)「仮性の反社会性人格」を包囲せよ
ことすでに遅く、日本の社会は大量の「仮性の反社会性人格」者を生み出しており、かつてのような緩やかな社会的抱擁の中で抑止が可能であった範囲を越えている。かれらの反社会的行動は物理的に実行に移されており、一刻も猶予なく抑止しなければ、多数の財産・生命にかかわるのである。金品を脅し取られ続けている子供がいる、勉学せずに単位を強奪すべく教員を脅す学生がいる、そして小中学生のイジメ自殺があり、教員の自殺がある、のである。私は今まで、彼らに屈することなく彼らの策謀と暴力をことごとく粉々にしてきた。これは私の体内に宿る武術家の血がそうさせてきたといっても過言ではない。
一方、多くの教師の皆さんにとって、教師がばらばらではこれらの実力行使に勝てないだろう。勝てないからと言って人々やマスコミ非難の矢面に立たされるのはたまらない。小中高大の教員は、連携し、力をあわせて、まずは「仮性の反社会性人格」者を包囲して抑止することに立ち上がるべきである。警察も全力でこれに協力をしていただきたい。少年や少女を自殺に追い込んだ本人らを事情聴取だけで無罪放免にするのはいかにも軽すぎる。自殺強要は殺人罪が適用される事案である。勉学せずに単位を強奪すべく教員を脅す学生は、業務妨害罪である。学校内の事件はなかなか見えにくいが、一般の刑法犯とまったく同一であり、ここに躊躇があってはならない。放置すれば、正常な児童生徒学生まで犯罪者の仲間にしてしまう危険もある。正常な児童生徒学生を犯罪者に育てないという教育的配慮をするのは当然だが、犯罪者になってしまった者をかばい立てすることは教育とはいえない。犯罪者になってしまったものに対しては、潔く法の裁きを受けて罪を償い早く更正して社会復帰するように説くのが教師の役目である。

(7)法の裁きを受けさせる教育を
教育界にも、マスコミにもこれらの現象に対する基本的な考え方をまだ提示する準備ができていないように感じられる。罪を犯した者(脱法少年少女、脱法学生)には、潔く法の裁きを受けて罪を償うよう善導の努力を集めていただきたい。病気に対する初期対応には緊要な対症療法が必要である。その上で抜本的な治療計画が立てられる。子供たちの人格の病の場合も、本質は同じである。まずは緊要な対症療法を加えつつ、抜本的な治療計画に進むのである。緊要な対症療法なくしては抜本的な治療計画に進むことはできない。

(8)正常な子供たちを犯罪者にしない教育を
犯罪者になってしまった者は、法と公権力によって抑止と更正を進めなければならない。しかし、そうなる前の善良な児童の社会性を目覚めさせ、正常な人格をはくぐむ教育こそが必要である。「知性なき丸暗記学習」から「社会性と知性獲得のための教育」へ、と声を大に申し上げたい。
私は長く協調学習の実践をしてきた。主に正統的周辺学習理論や参加型学習理論に基づく試行を繰り返してきた。一定の成果はあったと自負もしている。子供たちの年齢によっては、ごっこ学習、年齢混在学習、グループ学習、演劇学習、個別学習&協調学習など、さまざまな学習方法が試されるべきである。

---関連情報(11月25日、追記)
現行学校教育法では、「児童の性行不良で、他の児童の教育に妨げがある時」は、市町村教委は保護者に対し、その児童の出席停止を命じることができると定めている。具体例として、傷害、心身の苦痛、財産上の損失などを与える場合を挙げている。(11月25日、読売新聞より)


小中高大の教員の皆さん、立場と職域を越えて、交流し力をあわせてこの難題に取り組んで行きたいと思います。

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琵琶


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はじめまして。トラックバックを辿ってこちらに来ました。
教育の再生について、誰にでも分かるような言葉で、連載記事を書いています。
こちらで問題にしている点とも共通する面もあるかと思います。
トラックバックを送りますので、お読みいただければと思います。専門の立場からご意見などあればよろしくお願いします。

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