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スタディ オン ザ ××元助教授の講義内容--感性的研究生活(17)

2007/02/28
スタディ オン ザ ××元助教授の講義内容--感性的研究生活(17)

他人の講義内容を聞いたり、ましてや当該科目トータルで分析し理解するというようなチャンスは、大学の教員を長くやっていてもめったにあることではない。
2月24日の第11回次世代大学教育研究会で、これに関する報告がされた。研究会の幹事を務められる先生方の事前審査がされたことは言うまでもない。報告は非公開の扱いなのでここで詳細は述べることができない。

当該の先生は、昨年秋から、休講しており、約300名の学生は単位が取得できない危機に瀕していた。学生たちは不安におののいていた。さらに、実は、今年になってから、この先生は懲戒解雇になった。
学部教授会は、「○○に関して、思うところを述べよ」というよくあるレポートの課題を学生らにやってもらって採点しようと計画した。しかし、すぐに困った事態に遭遇していることが判明した。この先生がやった講義の内容が分からなかったのである。「○○に関して、・・・」といいたくとも、○○に当てはめる言葉が分からないのだ。次に考えたのは、「××元助教授の科目△△の講義で印象に残ったことについて述べなさい」と言うことにしようということになった。学生らにこれは伝えられた。続いて、著作権法違反(論文盗用)の事実が学生らに伝えられ、懲戒解雇になったことが告げられた。この日、ホームページにも事実が公表され、記者会見を開いてマスコミにも伝えられた。学生たちは心が傷つき混乱した。顔見知りの学生らからは、傷つけられた気持ちを訴えるメールが私にも何通か届いた。
学生たちは、本当につらかったようだ。まず、多くの学生はこの先生がどんな人格だったのかを知らずに"好き"だった。講義の内容はほとんど雑談だったが、その内容を鵜呑みにした学生も多かった。それが、論文盗用・・・、信じた自分を恨めしく思ったり、事実に反していてほしいと願ったりした。つらくて、あれこれと誰かに訴えたくなっても当然である。
学部の幹部の先生方は、立場上、たいへんおつらい状況になった。
実務的には、300名分ものレポートを読んで採点するというのは、相当な作業である。××元助教授の担当科目は複数あった。科目毎に、覆面の採点者が任命された。
ある人が、××元助教授の講義内容に言及した報告を行った。
××元助教授の講義内容の基本は、「人生や社会には、裏と表があるのだから、裏と表を良く研究し、表を飾っておけば裏で何をしても大丈夫。楽をして高い身分と豊かな生活を手に入れられる」という詐欺師的人生観に満ちたものである。世間を知らないウブな男子学生の多くが、自らに欠けているライフコンペティンシー(生活の手段、生存の方法)を埋める処世術として歓喜を持ってこの詐欺的人生観を迎え入れてしまった痕跡があるようだ。教育の罪深い一面がここに現れていた。
教育崩壊(イジメや学級崩壊)がマスコミに頻繁に登場するようになった世代の先陣は、すでに40歳代前半になりかかっている。小学生や中学生の親の世代でもあり、若手教員の世代でもある。したがって、大学の中に反社会性人格障害を持った教師が混入してもまったく不思議ではないのである。
研究会参加者は、演壇の発表者をそっちのけで、円陣を組むように互いの顔を見ながら、「(仮性の)反社会性人格」~「倫理観が崩壊している人格」~「倫理観を構成しなかった人格」をもつ教員をいかに排除するかの意見が活発に話し合われた。アメリカのキャンパスポリスの例やヨーロッパの学内裁判所の例なども議論された。それぞれの大学の創立の精神に立ち返って、その精神に反する者は解任するという案も検討されたが、一方では思想・心情の自由、学問の自由の観点からの反論や抵抗もありうるとの意見も出された。理念に照らして処罰するのは現実的になかなかしにくい。むしろ、人格に破綻のある者は必ずや行動においても破綻するので、行為が規律を逸脱した瞬間を捉えるべきだという意見もあった。
このようなオフィシャルな研究会(次世代大学教育研究会)で、大学教員の資質について、大学人が検討したのは、たぶん初めてのことである。これからは、個々の事例についてのディテールは別として、原理原則をめぐる議論を深めるべきだろうと、私は心に刻んで会の終わりを迎えた。
このほかの発表には、教育改革(メンターやコーチャ、カウンセラの役割と、それらを大学教育ではいか配置するべきか)の話題や、eLerningでのBBSの効果をカオス理論で解析できるかというチャレンジフルな報告もあった。いずれも充実した内容で、心は満たされた。
会場を後にして、懇親会はおいしいお蕎麦屋さんでということになった。ビールの後で、「辛し大根蕎麦」をいただいた。きりっと身の締まるような大根の辛さに、今度は体が満足した。

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琵琶

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市内の植物工場の見学--街に活力を(5)

(「鐘の声 ブログ」記事マップ)

2007/02/26(2)
市内の植物工場の見学--街に活力を(5)

この日は、千葉大園芸学部の丸尾先生の先導で、市内の植物工場を見学した。参加者は、市の都市整備本部の峰岸部長ほか市役所の職員と千葉大学の古在学長、菊池園芸学部長、私である。
減額先は、株式会社みらい(嶋村茂治代表取締役)の工場兼野菜の即売所である。植物工場は古在学長が長年研究してきたシステムで、生産コストが極めて低く、生産性も大変高いものである。
ちなみに、ここの嶋村茂治代表取締役は、千葉大学園芸学部で丸尾助教授の指導を受けて修士号を得た秀才である。
古在学長は別行動で、私たちが先に到着したので、主として私が質問して嶋村茂治代表取締役が応える質疑応答が続いた。すばらしい。レタスの葉が、周囲も中のほうも同じ色をしているのには驚く。部位によって硬さも味もほとんど変わらない。減菌環境で育てられるので、洗わずにそのまま食べられる。洗うとかえって雑菌がつくので良くないのだそうだ。
私は、40年ほど前に、菊池昌典先生のゼミ(単位にならないゼミ)で、生産の活動と制御が分離しない限り、農業従事者の意識の改革(労働対象と人格の分離確立)はなく、農業の近代化はない、コンピュータと通信の発達が不可欠だと主張し、後に菊池昌典先生から自分の思想に大きな影響があったと告白された。故 菊池昌典先生は一般にソヴィエト学の権威として知られているが、もともとは農業経済の専門家であり、その頃は国際経済が振り回される"浮沈の激しいソヴィエト農業の問題"に日本政府側の一員として研究に当たっていた。当時の私の思いが、目の前に実現していた。
未来型の農業の原型がここにはある。
市の都市整備本部の峰岸部長ほか市役所の職員方たちは、ここに来るまでは、半信半疑だったようだ。しかし、実際に稼動している植物工場を窓越しに目にし、取れたての飛び切りおいしい野菜をバリバリと噛んでいただくというとてつもない経験をすることになった。驚きと確信が生まれていた。"わが町で、工場で農業ができる"という確信である。
これから、たちまちのうちに、未来型農業がこの街に普及することになるだろう。わが町を世界の未来型農業の発信基地に、という夢はまた一歩近づいていることを実感した1日であった。

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琵琶

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市長と学長を引き合わせることに成功--街に活力を(4)

(「鐘の声 ブログ」記事マップ)

2007/02/26(1)
市長と学長を引き合わせることに成功--街に活力を(4)

話せば長い説明が必要だろう。
本日、長い道のりを経て、私の街の発展を期する会合に成功した。千葉大学の学長と学部長担当教授と助教授などと、市長、助役、担当本部長、担当係長、職員が一堂に会しての会合である。
この会は2度目の会合となるが、この成功はおそらく私の街の新しい発展の転換点になるだろう。
詳しく語れないことは残念だが、会の開始からこの日まで、黒子に徹し、下働きに徹してきた一市民としては大変うれしい結果となった。
ここに至るにはたくさんの方の理解と協力が必要だった。その、たくさんのお偉いお立場のご関係各位に深く感謝するしだいである。
この出来事を記念して、私のこの個人ブログにも、新しいシリーズ「街に活力を」を追加することにした。実は、この私のブログを振り返ってみると、もっとも古い記事の中に「街に・・・」に関連する記事が幾つか見出せる。これらをこのシリーズにも加えることにした。
「街に活力を」と私が願う趣旨は、"仕事おこし"である。また一歩、夢が近づいてきた。私は確信している。

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琵琶

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「コラボレイティブ・マネジメント型情報教育」最終発表会兼コラマネフォーラムへの参加--感性的研究生活(16)

2007/02/26
慶応大学SFC「コラボレイティブ・マネジメント型情報教育」最終発表会兼コラマネフォーラムへの参加--感性的研究生活(16)

前回の記事「「民学コラボレーション学習」鮮烈デビュー、SH情報文化研究会&次世代大学教育研究会--感性的研究生活(15)」で、私と私のゼミの学生たちが民間と学生の共同作業を通じた学習実践についての報告を行ったことに触れた。1月31日に行われた次世代大学教育研究会とSH情報文化研究会の合同研究会のことであった。
さて、私は知る由もなかったがこの研究実践と平行して慶応大学SFCで「コラボレイティブ・マネジメント型情報教育」が行われていた。文部科学省が億単位の予算をつけたプロジェクトである。

私が、「「民学コラボレーション学習」の発表を意図して周囲に根回しをしているさなかに、上記のプロジェクトが進行しているとの情報がもたらされた。中心メンバーの指導教授は大岩元教授、実際の推進役は博士課程4年目の松澤芳昭君であ。大岩元教授は私の大学の敬愛する大先輩、松澤芳昭君はかつて学生ベンチャの一員として、私の会社と共同で一緒に困難な仕事を仕上げたいわば「戦友」である。偶然とはいえ、似たような経験をしていると同じような考えに到達するものらしい。
大岩研究室の試みと私の試みの違いは、たくさんある。その違いはこの後の表ににまとめる。
まずは、共通する点についてのべる。
======================================================
共通点    慶応大学          私のゼミ
------------------------------------------------------
・情報系人材の育成に民間(産業界)と大学の教員が協働して教育に当たっている。
・プロジェクトチームといういわば学習共同体を構成して学習効果を高めている。
======================================================

異なる点は次のとおりである。
まず、規模が違う。一方は潤沢な予算を用いて、多彩な人材を活用している。私のほうはポケットマネーで細々と取り組んでいるのである。
また、このプロジェクトをロールプレイとみなすと、学生か果たしている役割が明らかに違うことが分かるはずである。実は、教えている内容がかなり違うのである。
======================================================
相違点      慶応大学          私のゼミ
------------------------------------------------------
(構成員)
要求主体     顧客            学生
顧客        学内外5組        当社スタッフ
システム構築   学生           当社スタッフ
PM         システムハウス社員  当社スタッフ
------------------------------------------------------
(教育および責任内容)
学生      「システム構築」     「要求定義」
PM       プロジェクト管理     コーディネイト
------------------------------------------------------
(詳細)
予算         多額            私のポケットマネー
将来教育対象   社会人           学生
現在教育対象   学生            学生
個別プロジェクト数  5              1
学生の企画提案   1              5
顧客の企画発注   4              0
参加学生数    15名             5名
PM人数       5名             1名
評価委員      4名             私+α
PM指導員     松澤君            私
指導教員      大岩教授          私
------------------------------------------------------
(支払い)
民間人PMへ     有償           無償(当社のボランティア)
の支払い 
======================================================
教育の狙いとスタイルは1000通りも2000通りもありうるものであり、「システム製造スタッフの育成(慶応大学)」も「要求定義のできるシステム部員の育成(私)」も決して間違った方針ではない。「システム製造スタッフの育成」は古くからあるシステム教育の流れであるが、「要求定義のできるシステム部員の育成」は必要とされながらどこでも行われていない初めての試みであるという違いがあるに過ぎない。前者が古すぎるとか後者が新しすぎるとか、議論しても始まらない。両方ともに必要なだけであると私は思う(関連記事12345)。
報告会は、午前10時から午後5時半までの長時間にわたった。会場には、前回(1/31「SH情報文化研究会&次世代大学教育研究会」)の私のゼミの発表を聞いた人々も私の呼びかけで10名程度来場していた。
会場では、私は後ろのほうに陣取って、学生らのために優しく手厳しい質問をした。私の質問に、いちいちうなづいたり小さく拍手する参加者は多かった。PMの一人にも質問を試みたが、たまたまこの民間現役SEのPMさん(有償勤務)は質問に耐える人材ではなかったらしく、返事がなかった。代わりにプロジェクトメンバーの女子学生が返事をしてきた。若手の現業SEよりも学生たちの方が優秀だったのである。
質問「既存システムの改修というプロジェクトでは、要件定義の後、実際のプログラム改修に取り掛かる前に、既存システムの解析というフェーズがあるはずだが、書かれたスケジュール表にはこのフェーズか見られない。これがその後の失敗手戻りの原因だったのではないか(私)」 「・・・(沈黙)・・・(PM)」 「あっ、はい。PMさんは、既存システムをよく調べろと言ってくれたんですが、私たち学生の方は、あぁ動いているな、という感想を得たぐらいで、いきなり改造や追加コーディングをしてしまったんです(女子学生)」 「・・・(私は、PMの口が開くのをやや待ったが、沈黙が続いたので、やむなく) ありがとうございました(私)」と打ち切る発言をした。部下にあたる女子学生にフォローされるPMはリーダー冥利に尽きるともいえるが、もっとしっかりしてほしかった。こんなやり取りになったためか、会場からは、別の、(大岩教授に親しい)企業関係者から、堰を切ったようなPMに対する指摘や質問が飛んだ。見ていて大変気の毒だったが、PMこそ教育すべき対象だったようだ。有償で出してくる人材にしてはお粗末であるし、そのような人材を提供する企業側の社内教育の質に問題があるように感じられた。また、このPMは、会場の別の人物から"このプロジェクトが自社で請け負うとしたら、いくらぐらいで請け負えるか"の見積もりについても質問を受けて、しどろもどろで答えられなかった。現場の技術者だから、知らなくても仕方がない、と心優しい大岩教授がフォローしたが、実際問題としては現場こそコスト意識を持たなければ、良い仕事はできないのである。
発表会は次第に進んで、会場からの発言は、「現在の大学の教育においては、システムの製造工程がこなせる人材ではなくて、要件定義("超上流"とも言う)ができる人材育成が求められているのではないか」という発言が多くなった。最後のパネル討論の質疑の時間では、私も最初からずうっと手を上げ続けたが、大岩先輩は、私を嫌ってか、なかなかさしてくれない・・・。おそらく、大岩先輩の良い点も悪い点も熟知する私の不正規発言を警戒したのだろうと思うが、・・・、私は大岩先生大好き後輩の一人である。そんなことをするはずがない。大岩教授の業績の優れていることは誰にも否定し得ないものであり、今回のような発表会があること自体がゆるぎない評価なのだ。最後のほうになって、他に発言者もいなくなったころ、見るからに仕方なさそうに(なんで?! プンプン!)私を指名してくれたので、私の「民学コラボレーション学習の実践」をかいつまんで会場に披露した。私のゼミの実践は、製造人材の育成ではなく、明らかに要求定義を書く人材育成教育であった。会場では私よりも先に発言した多くの人や評価委員の皆さんたちによる「(システムの製造工程がこなせる人材ではなくて)要件定義のできる人材育成を」という発言が続いた後だったので、会場はシンとなって私の話を聞いてくれた。大岩先生は、すぐに私に発言を打ち切るように指示してきた。先輩の指示ではやむなしと私はさっさと打ち切ったが、少なくともIBMをはじめとするシステム企業の多くは、私のささやかな実践にも強い関心を持っていただいたという手ごたえを感じた。
大岩先生、ずうずうしくもでしゃばりましたこと、お詫びします。ごめんなさい。
大岩先生は、次年度からは本年度までのプロジェクトの成果を生かして企業の技術者教育に主眼を置くプロジェクトをはじめる目論見で、予算もほぼ確定しているようである。「今回のプロジェクトは大学では冷淡に扱われた。もう学生の教育はあきらめて、企業の技術者の育成のほうに転換する」と会場のマイクでも力説していた。引き続き成功をお祈りしたい。これまでもいろいろな困難を乗り越えてきた方なので、基本的には心配はないと思っている。
懇親会では、「(システムの製造工程がこなせる人材ではなくて)要件定義のできる人材育成を」と発言した私以外の人たちや、私の発言に共感したと言う人が次々に近寄ってきて、名刺を交換することになった。新しい広がりが生まれそうである。
しいて、特別な感想を言えば、今回のプロジェクトを仕切った松澤芳昭君(博士課程4年目)は、すばらしかった。このプロジェクトのコーディネートと社会人であるPMたちへの指導を決して威張ることなく、控えめな態度で淡々と進めていたことか良く伝わってきた。個別の実施プロジェクトが隘路に陥ると、ときには顧客に会いに行き、「使えないものは使えないと言ってあげてください」と一見過激に見えるアドバイズをしたりもしていたようである。「ダメなものはダメ」といわれないと、製造者(この場合、学生)は「ものづくりの快楽」におぼれているので、顧客に使っていただけるものはいつまでも作れないという真実を彼は知っていたのである。彼は、かつて所属していた学生ベンチャ(システム製造会社)では、誰もやれないことを会社として引き受けてしまったのだからとあっけらかんとニコニコしながら、キチンの仕上げてくれたことを思い出した。学生ベンチャという集団でもまれたことも大変よかったが、元々備えていた責任感の強さと、人間や社会に対する天性の嗅覚、心配りが、その後順調に実を結んでいることが感じられる。彼のような人材ならば、どんな過酷な企業の現場であろうと、大学の教授会の一員であろうとも、立派にこなすことができそうである。改めて男としてほれてしまった、・・・。早く博士号を取って、もっと広い場所で活躍してほしいと自然に願わざるをえなかった。
ところで、この会のおかげで、大岩研の旧知のメンバーたちともしばらくぶりで再会し、旧交を温めることができた。中鉢欣秀君(現産業技術大学院大学準教授)、海保研君(現(資)ニューメリック社長)、岡田健太郎君(現慶応大学博士課程最終学年)などである。みな、立派になった。それぞれの分野で大きな活躍している。うれしかった。

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イジメ関連での検挙・補導過去最高、加害者に厳しい処断は当然--心理、教育、社会性の発達(36)

2007/02/16
イジメ関連での検挙・補導過去最高、加害者に厳しい処断は当然--心理、教育、社会性の発達(36)

2007年2月15日(昨日)のヤフーニュースは、次のように伝えた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070215-00000102-yom-soci
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いじめが原因の少年事件、昨年は過去20年で最多
2月15日12時19分配信 読売新聞

昨年1年間に全国の警察が検挙・補導した少年事件のうち、いじめに起因する傷害、恐喝などの事件は、前年比68件増の233件に上り、過去20年間で最多となったことが警察庁のまとめでわかった。
同庁では「いじめへの意識の高まりから通報が増えたことに加え、いじめ自体が増加している可能性もある」と分析している。いじめに起因する事件の統計は1984年から開始。85年の638件、1950人が、件数、検挙・補導人員とも最も多かったが、84年の531件、86年の281件と続き、これ以降、170件以内で推移していた。
2002年には94件に減ったが、その後、再び上昇に転じ、昨年は233件で4年連続の上昇となり、過去4番目に多くなった。検挙・補導人員でみても、前年比134人増の460人に上り、このうち中学生が352人を占めた。
最終更新:2月15日12時19分
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上記の記事にもあるが、イジメ関連での検挙・補導過去最高となった背景には、イジメに対する関心が高まったせいで、通報が増えたという事情もあるかもしれない。私は、以前から、犯行はもっと警察に通報すべきだと主張していた。この意味では今回の警察庁の報告は歓迎されるべきことである。しかし、イジメ自体も増えている危険性もあるというのも実感である。
教育の現場もせめて普通の市民社会並の安全保障が必要である。大切な息子や娘を学校に預ける父兄の立場から見れば、市民社会並ではなく、それ以上の安全を確保してほしいと願うのも当然である。しかし、これまでは、教育の現場だからという理由で、逆のことがされてきた。教育の現場では、しばしば、反社会行為に及ぶ者を許して、被害者にも非があるなどとかばうべき被害者を責め立てていた。
加害者を放置または積極的に許容する環境にいれば、もともと「気の弱い」(回避性人格障害気味の)子供たちは、ますます引っ込み思案になってしまう。浮きこぼれやイジメに眼をつぶれば、不登校や、退学が増えてゆく。これまでは、社会的引きこもりやニート予備軍をどんどん増やしていた。
この問題の原因は大きく2つである。
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1)社会性発達を支援する教育が、家庭、幼小中高大でされていないこと。とりわけ、小中の責任は大きい。これは、教員養成コースでうける教育に「社会性の発達」が抜けていることに起因している。(ピアジェ以来の)教育心理学の欠陥である。この結果、2006年度の3大学6ラス+1ゼミの学生を対象とする調査では、社会性のある正常な学生は30%にとどまり、10%の(仮性の)反社会性人格障害と50%の(仮性の)回避性人格障害者に占められていた。
2)教育の現場で反社会的行為がなされたとき、教師に抑止力がないこと。体罰禁止もさることながら、加害児童生徒学生から被害者を守る市民的権利が行使されていないことが原因である。教育現場の職務権限と児童生徒学生と教員の安全確保のために市民警察の力を導入することに抵抗する者がいることがその主たる要因である。この結果、反社会性人格はやることに味をしめ、ニート予備軍の(仮性の)回避性人格障害者はますます引っ込み思案となってゆく。
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「友達はすべて敵」と教えられ、学生同士で助け合い教えあうこともできない大学生をみて私はぞっとした。彼らは、生まれてこの方、そう育てられてきているのである。こんな具合に社会性をはぐくむ教育がされていなければ、否、社会性を芽生えさせず破壊しつづける教育を続けていれば、若者が社会の一員に参加することなどできるはずがない。"社会に出たら"(この言葉は、私の教室では禁句である、「社会に入る」と言わせている)他人を陥れ、だまして金を奪う生活しかない、と絶望している若者・・・。絶望しているからこそ奪い合い傷つけあう大人の社会ではできるだけ他人との接触をたって生きてゆくしかないと寂しく心を決めている学生たちがそこにはいた。私が教壇で、分散協調こそ社会の仕組みと淡々と語っただけで、涙ぐむ学生さえいるのである
一方、理非善悪の判別は厳格かつスピーディになされてこそ教育である。加害者を厳しく処断するのは当然である。しかし、多くの事務職と教師は教育の現場に警察力を導入することに躊躇し、抵抗の姿勢を示すことが多い。これは、中学生だけの問題ではない。前回の記事にも書いたが、大学でも同じ事態に教員は遭遇しているのである。加害児童生徒学生にしっかり対峙したことのある教師ならば、そこに見えるのは獣のような目でヒトにはないもののようなものであることに、1度ならず気づかれているはずである。たまたま私のようにそれなりに武術の心得があれば冷静に対処できるが、他の先生方に恐れるなといっても無理である。また、父兄を呼び出せば、父兄は自分の息子や娘である加害児童生徒学生こそ正しいと主張したり、教師をせせら笑ったり、教師を悪者に仕立てて、教育委員会や理事会に訴え出る者もいるのである。教師はこれまで体罰も禁止され、市民警察も呼べなかったのである。体罰はやや解禁される方向ではあるが、体罰は相変わらず難しい。妥当だったどうかの議論の余地はいくらでもある。
しかし、緊急時には学内関係者が結束して防衛に当たり、警察を呼び、当面の暴力を抑制して、数時間、数日、数週間、それぞれに冷静に事態を解析し対策を立てる時間を稼ぐことができれば、事態をいくらかでも改善できる。圧倒的武力がなければ直接的な暴力は防げない。暴力を抑止している間に、関係者に情報を開示し、周知の上で事後に備える合意形成を図ることができる。体を張った防衛と警察力の導入が教育の現場に求められているのである。
大学においても「気の弱い」(回避性人格障害気味の)学生を支えて勇気付け、人の目を盗んで悪事を働く学生には、厳しい処断を下すのは当然である。この逆の言動をする教員もまれにはいるが、何をかいわんである。
私は、いつでも「気の弱い」(回避性人格障害気味の)学生を支えて勇気付け、人の目を盗んで悪事を働く学生には、厳しい処断を下す教師であり続ける。
悪事を働いたり、他の学生などの市民的権利や生活を脅かすようなことをすれば、児童生徒学生といえども厳しく処断されるということを身をもって体験させるのも、高度な教育の一つであると私は思う。

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がんばる塾長さんとのネットでの交流--心理、教育、社会性の発達(35)

2007/02/14
がんばる塾長さんとのネットでの交流--心理、教育、社会性の発達(35)

ここで「心理、教育、社会性の発達」のシリーズを書き進めるうちに、私の記事を読んだ方が、さまざまなチャンネルを介して、私を探し出し、メールなどで接触を求めてくる。
多くの方はまだお会いしたことのない方である。メールの交換だけで、その後もお会いする機会のない人が圧倒的に多い。
今回は、幾つかのメールのやり取りを合成かつ脚色して紹介する。私からのメールの形にしたが、私からのメールの反対側にいる人は、主として学習塾を経営し、子供たちを直接指導している方であると想定していただきたい。いわゆる塾長さんである。ここではこの方をB様ということにする。内容を脚色して紹介するので、実在の人物のどなたでもないとご理解をいただきたい。
(仮定始まり)------------------
B様からのメールや、ご本人のホームページなどから、教育に対する熱意と悩みとご苦労の数々が知られたと仮定している。メールをいただいては返信することを繰り返していたが、以下に、私がB様に返信した(架空の)メールを紹介する。ここではB様からのメールをあえて公開しないが、私のメールの文章から、どんなご苦労をされているか、ある程度推測していただけるだろうと思う。
(仮定終わり)-----------------
ここには主として私の実際の体験談が書かれている。体験談にうそはない。これを読むと教育の現場がどれほどの苦境に立たされているか、直接にはご存じない方にも少しはご理解がいただけるかもしれない。普段は私もここまで実情を語ることはないが、ご同業のよしみで語らせていただいたので、(仮性の)反社会性人格障害の問題が、どれほど深刻化しているかが実感できるかもしれない。

-----------------------------------------------
B様へ
琵琶

ご苦労のほど、うかがうほど身にしみます。
おっしゃることにいちいち思い当たることがあります。

私の場合、社会人(要再教育教員群、精神疾患患者群、再雇用支援対象者など)を教えることがあり、一部にすぎませんが、×××、×××××、×××翼、利権×××などの諸社会勢力の姿を見たり強く意識させられることがあります。まずは、いたずらに刺激しないよう、近づきすぎないよう神経を使います。
場合によっては防弾防靭チョッキも必需品になります。警察とは日ごろから親しくしています。密かに身辺警備を警備会社に依頼する場合もあります。
私にも多少の武術の心得がありますので、心得のない者が一人で素手で私にかかってくることはほとんどありません。言葉の暴力を除けば、やってくるのは衆を頼むときか、依頼を受けた職業的な喧嘩の専門家だけです。教室で集団暴力を行使しようとする者、××者を頼んで教室に乱入させようとする者、夜半過ぎの帰路で刃物を手に追いかける者、拉致目的らしく夜道で数名で待ち伏せする者、車をぶつけようと車で尾行する者などがいます。
彼らは私利私欲(「(努力なしに)単位をよこせ」「自分をクラスリーダに選任しろ」など)で常軌を逸脱した暴力的な威圧をかけてきます。一見民事事件であるようにも見えますので、警察は民事不介入という態度をとりがちです。そのため、私は、恐喝または威力業務妨害と傷害事件なので刑事事件である、と、本人やその仲間たちとのやりとりの現場でも衆目の下で明言して事態をはっきりさせるように心がけています。目撃証言は大切です。
これらの喧嘩の専門家には、世に言う「真心の説得」は通じません。彼らはご商売や反社会的思想に基づいて暴力を意図して出動しているのですから、言葉の説得に応じたら彼らの面子は立たないのです。説得に応じて暴力を辞めることなどは万に一度もありえないのです。逆に、"武力において負けていたので手が出せなかった"というのは、彼らの仲間うちで言い訳として通用するようです。私は、事前に危険を察知すれば防衛隊を待機させたり、ことが起こってしまえば躊躇なく警察を呼ぶことにしています。現在、これらの事例の中には警察がいまだに追ってくれているケースもあります。
最近では、若い通常の学生の間でも類似のケースが漸増しており、苦慮しているところです。ハッカーや暴露屋を批判する内容を含む情報倫理の講義を始めると机をガタガタと鳴らして抵抗する程度の低い反抗は茶飯事です。最近の事例では私を呼び出して「クラス委員を変更して自分にしてくれ。・・・、自分は地元では有名な暴走族の頭だった。今でも族のOBをやっている」などなど意味不明なことを言った学生がおり、私が平然と応対し「クラス委員は学生が互選で選出したのだから簡単には変えられない」と拒絶したのがよかったのか悪かったのか、次の週から履修辞退してしまった学生もいます。
知り合いの大学の通信教育部(社会人比率が高い)では、かつて学生会の幹部が外部の反社会的犯罪組織から送り込まれた子弟に占拠されるという事態(一般学生は学生会幹部を引き受けたがらないことに眼をつけたようです)も発生し、若年の女子学生が彼らの商売の餌食にされそうになる事件が連続して発生しました。この大学にはこの種のことに対応する専任の職員(隠密任務)がいて大いに活躍されたそうです。
また、別のケースでは、・・・(中略)。
最後のケースでは爾後文部科学省から大学に調査と指導が入ったと聞きました。

学習塾の場合、子供たちの後ろに父兄がいるという構図なので、見えにくいですが同じようなことがありそうですね。
ところで、"大人のケンカは(勝ち負けを)ヤジ馬が決める"ものです。大人の喧嘩は、直接対決で殴り倒したほうが勝ちということはありません。喧嘩のメッカ、江戸の下町では昔からそう言い伝えてきました。
学習塾では、たかが子供のいたずらでは済まされない状況があると思います。当事者だけに情報をとどめず、塾の業界団体、関連する教育福祉関連ネットワーク、地域の商工会、町会、役所、警察などに広く知らせて、地域の協力を大きく取り付けておくことが必要だろう思われます。必要に応じて、各団体組織に働きかけて「B先生による講演」を仕掛けられるのも一案ではないかと思います。
悪事を働く子供への指導に親が反対の口を出す時代ですから、親を囲む広い「(心正しい)野次馬」を味方にしなければ勝てないだろうと愚慮します。
勝手な想像で余計なことをいろいろと申しました。失礼があればお許しください。
              草々
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琵琶


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MSより早く、パネルシステムへ「ピカソ誕生秘話-その7」--アルゴリズム戦記(13)

(「鐘の声 ブログ」記事マップ)

2007/02/12
MSより早く、パネルシステムへ「ピカソ誕生秘話-その7」--アルゴリズム戦記(13)

ミニシリーズ:アルゴリズム戦記「ピカソ誕生秘話」(全7回)
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1.ヘタの横好きから生まれた「ピカソ誕生秘話-その1」
  --アルゴリズム戦記(7)

2.卸探し、パソコンパッケージ事始め「ピカソ誕生秘話-その2」
  --アルゴリズム戦記(8)

3.創め言葉(Logos)ありき、言葉は人々を結集する「ピカソ誕生秘話-その3」
  --アルゴリズム戦記(9)

4.女神は微笑む、いつの間にかオブジェクト指向「ピカソ誕生秘話-その4」
  --アルゴリズム戦記(10)

5.ユーグリッド原論の世界とマシン語「ピカソ誕生秘話-その5」
  --アルゴリズム戦記(11)

6.世界初、プログラムの自動生成「ピカソ誕生秘話-その6」
  --アルゴリズム戦記(12)

7.MSより早く、パネルシステムへ「ピカソ誕生秘話-その7」
  --アルゴリズム戦記(13)

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以前の記事で予告したマシン語の導入の話の続きをここで書くことにしよう。実は、マシン語の導入が我々をもっと前に進ませたのである。我々は時代に先駆けてとんでもないものを発明してしまった。今ならばウインドウシステムと呼ばれたかも知れないが、当時我々はそれをパネルシステムと呼んでいた。
ユーグリッド原論の世界とはいえ、立体の移動や回転、拡大縮小に進むと、ことはそう簡単ではなくなった。楕円の移動・回転・拡大・縮小・対称操作も同じであった。
平面での移動や回転、拡大縮小とユーグリッド幾何学という意味で基本的には同じではある。デカルト座標が二次元から三次元になるだけのことである。しかし、ここで、高級言語に頼っていては乗り越えられない壁にぶつかった。どうがんばってみても遅いのである。
マシン語が必要だった。
マシン語のできるSEプログラマを求めて仲間に加えた。

1.マシン語のできるSEプログラマたち
彼らは、もともと工場の制御系の小さなプログラムを言われるままに書いていた職人だった。眼に見える世界のプログラムに驚嘆し、喜び、勇んで仕事に取り掛かってくれた。平面の移動ではグラフィックメモリの番地をシフトするブロック転送という技法が有効だったが、3次元の図形の移動、回転、拡大縮小などではそうは行かない。やむなく計算ルーチンもマシン語で自前で作成した。
このSEプログラマはみな変わり者だった。
一人はとてつもなく太っちょで、私はよく兄弟ですか、と聞かれたものだ(私もこの頃からメタボ体質だった)。彼は1か月に平均一万ステップ以上を書くスーパープログラマだった。他の一人はひどくやせていた。このやせさんは、日周期が他の人たちと異なっていた。どうやら1日が30時間くらいなのである。20時間ぶっ通しで働くが、そのあと10時間は寝ているのである。眼が覚めるとやおら起き上がって、黙々とコーディングを再開する。記憶の続く限りコーディングを継続できる、というのはプログラム生産性の大きなファクタである。健康上お勧めできないが、100時間寝ないですむヒトがいたら、スーパースーパープログラマになる可能性がある。彼は生まれながらに、この類の資質を持っていたのである。
このコンビは、我々のオフィスで完全に暮らしていた。帰宅するという概念がなかった。そんなヒトもいた時代でもあった。

2.パネルシステム
この二人が仕事の合間に、作ったものが「パネルシステム」である。
これは、キーボード、マウスなどの入力機器からのイベントを受け取るドライバとウインドウ(パネルと称した)を開いたり閉じたり、上下を重ねたりすることができるようにしたシステムである。まだマイクロソフトがウインドウズを売り出す前のことである。オブジェクト概念をユーザインタへフェイスに拡張すれば、当然そのようなシステムが必要だった。受託開発のシステム、とりわけ教育用のシミュレーションシステムでは、その都度、この種の機能を開発していた。いちいち、その都度作るのは面倒だ、というわけである。彼らは、汎用的な機能を作りたいと私に言ってきた。私はこれに即座に共鳴した。
1か月半ほど四苦八苦が続いた。ウインドウや画像や上下に重なったとしたら隠れる側の画像データをグラフィックメモリの空きスペースに退避させるのだが、隠すデータが多くなればメモリが足りなくなる、どうしたらいいかと尋ねられたりもした。私はメモリに退避した画像データをディスクに退避することを提案した。やせさんは退避に要する負荷と時間が操作性を阻害すると心配した。そうだね、メモリをいっぱいにするイベントが生じてからデータの退避をするのでは画面が止まってしまって操作が中断してしまうね、と私。ここはイベントドリブンではなくて予期駆動型にして、イベントドリブンの操作が完了した後、毎回、メモリから残っている画像データがあればディスクにそれを退避させるようにしてはどうか、と提案した。一つの操作の後、再び画像データを退避させる必要が生ずる前にグラフィックメモリを空けておくという考えだ。彼は即座に納得した。ヒトは何か操作した直後は、その結果を眺めて確認する一瞬がある。その一瞬を利用してデータを退避させるのであるから、ヒトに負荷を感じさせないに違いない。次の操作が来る前にメモリに十分な空きを生成しておけばいつでも動作の速いメモリが利用できるはず、という考えになるほどと納得がいったらしい。
ヒトの時間は、もっとも高いコストの一つである。思い起こしてほしいが、「良いアルゴリズムとは、同じ結果を出すのであれば、もっともコストが低くなる手順のこと」である。ヒトを待たせないことは最高のアルゴリズムなのである。
その後、デモを見せられて、私は眼を丸くした。すばらしい、これは次の時代、コンピュータの世界を一変させるほどの力がある、と。
その後、2-3年、我々が受託するシステムにはこのパネルシステムが利用された。マイクロソフトのウインドウズシステムが世に出てきても、スピードの点で圧倒的に速い我々のパネルシステムのほうが実用的だった。
その頃、この太っちょさんとやせさんは共同で会社を設立した。彼らはパネルシステムのライセンス料を払らうから自分たちにも使用させてくれと律儀に申し出てきた。私が怪訝な顔をすると、パネルシステムは当社の給与で作ったものだからというのである。そのとおりだが、彼らの力がなければ生まれなかったシステムである。支払いには及ばないと私は押し返した。いやいや、と彼らも押し返してくる。さんざん押し問答した挙句、工業所有権を共同所有ということにした。彼らが使うときには当社の制約なしにいつでも無料で使用できるようにしたのである。第三者にシステムとして販売できたときにはライセンス料を相互に分け合うという規定も設けて、わが社の宣伝広告商品群の一つに加えた。
残念なことに、そうこうしているうちウインドウズシステムが普及し、発注主からウインドウズシステムを指定してくることが多くなった。両社ともにこのシステムをその後使用することはほとんどなくなって、当社からは外販の実績も生まれなかった。
マイクロソフトよりも早く、時代に先駆けて事実上の"ウインドウシステム"を創案し、作り上げたたという栄光の記憶だけをとどめて、パネルシステムの歴史はこうして閉じてしまった。
当社が作成した十数のアプリケーションソフトに組み込まれただけで終わったが、先端を走るということは時代の次の姿も見てしまうということの実例の一つでもある。未来への希望の姿をした女神とともにすごした幸福な時代だった。

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琵琶


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  ・心理、教育、社会性の発達シリーズ
  ・社長の条件シリーズ
  ・アルゴリズム戦記シリーズ
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  ・「情報社会学、予見と戦略」シリーズ
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  ・街に活力をシリーズ
  ・交友の記録シリーズ
  ・オヤジと家族のお料理ライフシリーズ
  ・我が家の愛犬様シリーズ
  ・妻が、車に撥ねられるシリーズ
  ・その他、シリーズ外

世界初、プログラムの自動生成「ピカソ誕生秘話-その6」--アルゴリズム戦記(12)

(「鐘の声 ブログ」記事マップ)

2007/02/09
世界初、プログラムの自動生成「ピカソ誕生秘話-その6」--アルゴリズム戦記(12)

ミニシリーズ:アルゴリズム戦記「ピカソ誕生秘話」(全7回)
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1.ヘタの横好きから生まれた「ピカソ誕生秘話-その1」
  --アルゴリズム戦記(7)

2.卸探し、パソコンパッケージ事始め「ピカソ誕生秘話-その2」
  --アルゴリズム戦記(8)

3.創め言葉(Logos)ありき、言葉は人々を結集する「ピカソ誕生秘話-その3」
  --アルゴリズム戦記(9)

4.女神は微笑む、いつの間にかオブジェクト指向「ピカソ誕生秘話-その4」
  --アルゴリズム戦記(10)

5.ユーグリッド原論の世界とマシン語「ピカソ誕生秘話-その5」
  --アルゴリズム戦記(11)

6.世界初、プログラムの自動生成「ピカソ誕生秘話-その6」
  --アルゴリズム戦記(12)

7.MSより早く、パネルシステムへ「ピカソ誕生秘話-その7」
  --アルゴリズム戦記(13)

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さて、そもそもの狙いである、プログラムの自動生成について語ろう。
3.創め言葉(Logos)ありき、言葉は人々を結集する「ピカソ誕生秘話-その3」--アルゴリズム戦記(9)には、次のように書いた。
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振り返って見れは、まず、ペイントツールにすべきかベクトル描画ツールにすべきかという問題があると思うのだが、私は何が何でもベクトル描画ツールであることを宣言した。ペイントツールは眼中になかった。描画速度が遅すぎてハナシにならない、と断じていた。実は、ベクトル表示が速度を稼げるに違いないとにらんだことのほかに、描画プログラムの自動生成機能を作るという大それた野望をひそかに持っていたのである。
プログラムをいつまでも人が汗を流して書くというのはあまりにも原始的で、ダサすぎると私は思っていた。
ゲームソフトなどの画面に絵が施されているものを見ると、明らかに絵を描くためのプログラムを手で一つ一つ書いているのがわかる。大変な労力である。労力が大きすぎるので、おのずと絵は荒く、手抜きとしか思えないものになっていた。私には、そんな手抜きの絵が我慢ならなかった。
画面でカーソルを走らせて絵を描くと、その手の動きのとおりのプログラムが自動生成できるとすれば、どんなにかすばらしいことか、思うだけで胸が躍った。当時はまだ、そんな構想をしゃべっても誰も信用してくれなかった。だから、仲間の誰にもこれを口にせず、ひそかな野望にしてプロジェクトを開始したのである。
----------------------------------
ピカソは、画面のドットの集合(ラスター)として絵を捉えるのではなく、「線分(基点、終点、線色、線種)」のようなベクトルデータで画像を保持し再現するようになっている。
画像データにはラスター型とベクトル型があるのだが、ベクトル型である。
ベクトル型の利点は、通常ラスター型に比べてデータのサイズが小さくできる。移動や回転などのアフィン変換処理に強いという点が挙げられる。
実は、このほかにプログラム化できるという利点があると私は予想していた。私がこのお絵かきソフトを開発しようと決意した最大の理由はここにあった。
たとえば、基点、終点、線色、線種をデータとして書き出し、これを読み込んで再生する方法も考えられる。実際ピカソには、当然その機能はもともと備わっていた。このデータをユーザがピカソを離れて使用できるようにするためには、生成したデータのほかに、これを実行するプログラムも提供し、起動するようにしなければ絵が再現しない。このような提案もスタッフの中にはあったが、私はあくまでもプログラムを生成するという当初の私の案にこだわった。スタッフの別案では実行時にファイルを逐次読むので、相当に遅いことがさらにネックと考えられた。この案は、一ひねりして、以下のプログラム自動生成機能の付属機能として、データを"data文"にして生成し、実行速度をやや向上させる方針で採用した。一方、私は、このような機能にどうしても満足はできなかった。
たとえば、「線分(基点、終点、線色、線種)」を、"LINE(x0,y0)-(x1,y1),c,k"のようなステートメントに置き換えることが可能だろうと私はにらんでいた。
当時、ユーザが自由に使用できるパソコンの環境では、BASICが実行できた。絵を描くBASICのコードがあれば、それをユーザの自前のプログラムのサブルーチンに追加すると、画像豊かなプログラムが出来上がる。BASICのコードがピカソで自動的に生成できれば、生産性は一気に向上する。他のソフトたとえばゲームソフトにそのまま組み込むことが可能になるはずであった。私の目算では、良い条件下ではラスター画像の1000の一程度のデータ圧縮が可能で、描画速度は2-30倍速くなると見込まれた。プログラム開発者が手に取るツールとしては魅力十分と思われたのである。
ところで、当時、NECPC8801や富士通FM8などに実装されていたBASICエディタでは、プログラムを書いて普通に保存するとバイナリー形式のプログラムソースが生成する。バイナリー形式のプログラムソースの仕様は不明であった。これをいろいろに解析した見たが、良く分からない。しかし、以前に扱っていた大型計算機のソースコードとは実はテキストコードであった。私は、テキストでプログラムのソースが生成できれば何とかなるさと気楽に考えていた。当時の配下のSE・プログラマは、絶対に無理、社長がまた馬鹿なことを言い始めたと大騒ぎだった。まぁ、新しいことを始めようとするときはたいていそんなものである。ここでへこたれていてはならじと、私も反骨精神が猛然と湧き起こる。
ひょいと、N88BASICマニュアルを見ると、しめしめ、アスキーセーブという機能が書かれていた。saveするファイル名の後ろに",a"を付加するとアスキー形式のファイルができるというのである。当時あったテキストエディタ(wtermなど)で覗いてみると、そのファイルはまさしくただのテキストファイルである。なんと、そのテキストファイルを読み込めば、BASICマシンはそのままそのプログラムを実行をしてしまうのである。さらにはN88BASICエディタに取り入れて、",a"を付加せずにsaveすれば、バイナリーのプログラムソースにも変更できる。バイナリーのプログラムソースに変更すればファイルサイズは2分の一、ロード・セーブの時間も約半分になる。アスキーコードのテキストでプログラムソースファイルを生成しても、それを使用する人がバイナリーのプログラムソースに変更すれば良いだけのことである。
しめた、それならばBASICのステートメントをテキスト形式のファイルにして吐き出してやれば、そのまま実用のプログラムになるはずである。この事実を当時のSEプログラマを集めて説明すると、みなの目の色が変わった。それ行け、という雰囲気になったのである。
実現可能性に確信がないとき、ヒトは意欲を持つことができず、目標に掲げる気にもなれないのである。逆に、実現可能性が示されれば、勇気凛々、心は晴天、それ行けドンドン、という気分になるものである。
とはいえ、行番号の自動生成、255文字制限や改行コードの問題など、プログラムの自動生成のためのハードルは少なくなかったが、いずれもクリアして、この機能は成功したのである。
この機能ができたおかげで、システムハウス、とりわけ当時は20000社あるといわれたゲームメーカ(多くはパパママ経営)がほとんどこのピカソのユーザになったのである。プロに使用されるプロのツールソフト、それは職人冥利に尽きる成果だった。
他社の追随ソフト、物まねソフトの多くは、お絵かきの「お遊びソフト」に過ぎなかったが、私が発案し育てた「ピカソ」はプログラムの自動生成機能を備えたプロ仕様の「開発ツール」だったのである。
それゆえに、ピカソは業務用ソフトに分類され、ゲームの流通とは別の流通経路が必要になったのである
また、実用プログラムの自動生成システムとしては、世界初の快挙ともなった事実を、今もひそかに誇りに思うのである。
思い返せば、コンピュータ科学の当時の権威ある人たちは、だれ一人この快挙を認めてはくれなかったが、今に見ていろ、この成果をいつかは認めさせてやると、まだ若かった私は歯軋りをして誓ったものである。

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死亡児童の写真の教諭、本日逮捕--心理、教育、社会性の発達(34)

2007/02/07
死亡児童の写真の教諭、本日逮捕--心理、教育、社会性の発達(34)

以前(昨年12月4日)、実例、教員資格認定にメンタルテストを--心理、教育、社会性の発達(32)という記事書いた。死亡児童の写真を興味本位(性倒錯的)にネットに掲載した教諭(渡辺敏郎、33歳)が遺族から告発されるというニュースが午前2時ころ流れたが、その約3時間ほどあとに上げられた記事だった。この事件を取り上げたもっとも早いブログ記事だっただろう。直後からアクセス数は急増し、直後は1時間当たり1000件くらいの大量アクセスがあった。
その後、この教諭の父親(渡辺泉郎)が警察本部長でありながら犯罪者で有罪判決を受け、それでも警察大学校の校長を務めるなど、民間では考えにくい経歴の持ち主であることも判明した。このことをきっかけに、犯罪とそれにまつわる家族性に考えを及ぼして、反社会性人格障害、その家族性を考える--心理、教育、社会性の発達(33)という記事も書いた。
実は、12月4日のニュースのあと、彼のホームページは間もなく閉鎖されたようだが、その後、本人は某巨大匿名掲示板に「3度の飯より子ども死体」というハンドル名で登場し、ホームページ閉鎖の代償であるかのような猟奇的性倒錯的な冒涜的発言を繰り返していたと伝えられた。少なくとも拘束されてはいないようだ、、、とは思っていた。懲戒解雇などのニュースもなかった。
その後、実際、この教諭(渡辺敏郎、33歳)はどう処罰されたのか、気にはなっていたが、特に調べてはいなかった。本日逮捕予定のニュースがやっと届いた。

ヤフーニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070207-00000401-yom-soci
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死亡児童の写真をネット掲載の教諭、7日にも逮捕へ
2月7日3時10分配信 読売新聞
交通事故で死亡した児童らの写真を遺族に無断でインターネットのホームページ(HP)に掲載していた東京都あきる野市草花、羽村市立小学校勤務・渡辺敏郎教諭(33)(自宅待機中)が、別の子どもの裸の写真を知人に譲り渡していた疑いが強まり、警視庁少年育成課は7日にも、渡辺教諭を児童買春・児童ポルノ禁止法違反(提供)の疑いで逮捕する方針を固めた。
同課では、渡辺教諭が子どもの裸の写真を入手した経路を追及するとともに、事故死した児童らの写真をHPに無断転載した経緯についても調べる。
調べによると、渡辺教諭は昨年、児童ポルノに該当する子どもの裸の写真を、知人男性に電子メールで送信した疑い。
最終更新:2月7日3時10分
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市民の目から見たら、ずいぶんとのんきな逮捕である。親の職業(元警察本部長)が逮捕を免れさせていたのだという人もいるが、ネット掲載だけでは逮捕できない、と警察は判断したのだろう。この判断を手ぬるいというかどうかは評価の分かれるところだろう。この学校(羽村中学)に子供を通わせている父兄は一刻も早く、この教師を生徒から隔離してほしいと願っていたようなので、逮捕がここまで遅れたことについては心中察するに余りあるところである。
とはいえ、ともかくも逮捕となれば、これらの行為者に対する抑止力になることは間違いないだろう。ネットでご遺体を侮辱したくらいなら、教員なのだから、多少のことをしても許される、と人生を勘違いする輩に対しては、一罰百戒となるに違いない。

しかし、それだけで十分な抑止力となるだろうか。最近は、身近にも懲戒解雇された大学教授や助教授がいる。理由はさまざまだが、教員も人の子、反社会性人格障害の人物が混じるのは当然である。教員を目指したからといって確率のデーモンから免れはしない。例外はないのである。採用に当たっては他の公共的職業と同様にメンタルテスト(精神障害と人格障害のテスト)を実施すべきである。中間評価においても知識技能だけではなく、小中高大のすべての教員を平等にしっかり点検しなければならないと思う。
参考:教員資格認定にメンタルテストを--心理、教育、社会性の発達(30)

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ユーグリッド原論の世界とマシン語「ピカソ誕生秘話-その5」--アルゴリズム戦記(11)

(「鐘の声 ブログ」記事マップ)

2007/02/07
ユーグリッド原論の世界とマシン語「ピカソ誕生秘話-その5」--アルゴリズム戦記(11)

ミニシリーズ:アルゴリズム戦記「ピカソ誕生秘話」(全7回)
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1.ヘタの横好きから生まれた「ピカソ誕生秘話-その1」
  --アルゴリズム戦記(7)

2.卸探し、パソコンパッケージ事始め「ピカソ誕生秘話-その2」
  --アルゴリズム戦記(8)

3.創め言葉(Logos)ありき、言葉は人々を結集する「ピカソ誕生秘話-その3」
  --アルゴリズム戦記(9)

4.女神は微笑む、いつの間にかオブジェクト指向「ピカソ誕生秘話-その4」
  --アルゴリズム戦記(10)

5.ユーグリッド原論の世界とマシン語「ピカソ誕生秘話-その5」
  --アルゴリズム戦記(11)

6.世界初、プログラムの自動生成「ピカソ誕生秘話-その6」
  --アルゴリズム戦記(12)

7.MSより早く、パネルシステムへ「ピカソ誕生秘話-その7」
  --アルゴリズム戦記(13)

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お絵かきソフトの開発メーカーであると言うことは、その後の当社の発展に大きな影響を与えた。見本市にも頻繁に登場することになったので、知名度も大きくなっていった。新聞、雑誌のインタビューも頻繁に行われ、毎週、どこかのマスコミには登場するという時期を迎えていた。
お絵かきソフトを活用する開発案件も急増していた。初期にはゲームソフトの開発が多かったが、教育用のソフトウエアの開発が続いて拡大してきた。もともと、中高校生向けの参考書・問題集などを制作する編集プロダクションのお仕事もいただいていたので、その分野はたちまち当社の主力事業に成長した。
図形の回転、植物の成長を見せる簡易アニメーション、地球の内部を地震波が伝わる様子のシミュレーションなど、技術計算の力とともに高速で画像を動かしてみせる必要も生じていた。
マシン語のできるSEプログラマを求めて仲間に加えたものこの頃である。

1.図形の移動
平面の移動も普通に見せると、亀の歩みよりも遅くて見ていられないものだった。
移動のイベントを受け取ったら、中抜きの画像にしてアウトラインだけをXORで繰り返し描いてはけして移動してみせることにした。XOR演算はカーソル移動で十分実績があった。移動が完了したら、終点に完全な画像を再現して見せるのである。眼くらましのようだが、それほどの違和感はなく、図形は移動できた。

2.図形の回転
図形の移動と同様にした。しかし、天地と左右で同じ距離なのに画面のドット数が異なるマシンがいろいろと存在していた。正規化されたデカルト座標ではない座標系の中で、三角関数の角度の加減算をしなければならないのである。我々にとってはなんでもないことだったが、他社がなかなか追いついてこないのがおかしかった。移動と同じように回転途中もアウトラインだけを回転させて見せた。
もっとも大変だったのは、楕円を回転させることだった。当時、円を描く関数は存在しており、天地(上下)や左右をつぶして描くことはできた。しかし、斜めに回転したいというユーザの要求にはこたえらるものではなかった。ピカソは、これを見事にやって見せた。ユーグリッド幾何学に沿って、斜めの軸をもつ楕円を描く関数を自前で作ったのである。
ただ、三角関数のままプログラム化するのでは役に立たない。ここにある工夫があった。三角関数で計算した結果を倍精度実数で持っているのである。画面の座標を計算するには、0.1毎程度の精度で計算結果を持っていれば事足りた。当時の画面精度ではその程度あれば十分だったのである。三角関数は計算にひどく時間が必要である。三角関数で計算する代わりに"数表"を参照するのである。人間がやる計算でも同じである。昔のヒトは三角関数や指数関数、対数関数などの"数表"を手に持ち、すばやく計算したものである。ヒトがやって快適なものはマシンにやらせても快適である、というのが私の信念だった。
これは見事にうまくいった。

3.拡大縮小
言わずもがなであるが、移動と回転ができればパラメータの設定だけの問題である。難なく実装していた。

これらは2次元の世界であれば高級言語でことがすんだ。3次元の世界や斜めの楕円の回転など計算量の多いものになるとたちまち計算時間の壁が大きくなった。マシン語の導入が必要になった。マシン語導入に関連する話題はミニシリーズ最終回"アルゴリズム戦記「ピカソ誕生秘話-その7」"に譲る。
この問題を別にすると、多くの課題はユーグリッド原論で解決ができた。古い話だが、高校2年の1年間で、ユーグリッド原論を最初から最後まで全部を教えてくれた名物教員(下平教諭)に感謝である。受験数学とは無縁だったが、信念をもってお教えいただいた。論理数学もこの先生の手ほどきで身に着けた。正規の高校教科書を開いた記憶はない。私は、大学入試の数学の証明問題を記号論理式で解答した数少ない受験生の一人だったと思う。ご存命であればすぐにでも会いたいと今でも思う良い教師だった。どなたかあの下平先生の情報をお持ちの方は知らせていただきたいと切に念願するものである。

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琵琶


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  ・その他、シリーズ外

女神は微笑む、いつの間にかオブジェクト指向「ピカソ誕生秘話-その4」--アルゴリズム戦記(10)

(「鐘の声 ブログ」記事マップ)

2007/02/05
女神は微笑む、いつの間にかオブジェクト指向「ピカソ誕生秘話-その4」--アルゴリズム戦記(10)

ミニシリーズ:アルゴリズム戦記「ピカソ誕生秘話」(全7回)
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1.ヘタの横好きから生まれた「ピカソ誕生秘話-その1」
  --アルゴリズム戦記(7)

2.卸探し、パソコンパッケージ事始め「ピカソ誕生秘話-その2」
  --アルゴリズム戦記(8)

3.創め言葉(Logos)ありき、言葉は人々を結集する「ピカソ誕生秘話-その3」
  --アルゴリズム戦記(9)

4.女神は微笑む、いつの間にかオブジェクト指向「ピカソ誕生秘話-その4」
  --アルゴリズム戦記(10)

5.ユーグリッド原論の世界とマシン語「ピカソ誕生秘話-その5」
  --アルゴリズム戦記(11)

6.世界初、プログラムの自動生成「ピカソ誕生秘話-その6」
  --アルゴリズム戦記(12)

7.MSより早く、パネルシステムへ「ピカソ誕生秘話-その7」
  --アルゴリズム戦記(13)

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当時は私も若かった。飲み屋の2階の和室のたたみに厚いベニヤ板を敷いてカーペットを張った間に合わせのオフィスでワイワイと開発の仕事をしていた。
いつでも大声で怒鳴りあうようなやり取りが飛び交う環境だ。

新しい取り組みのソフトウエアはすべて「インターラクティブユーザインターフェイス」でなければならない、と私は宣言した。スタッフの多くは大学で情報理論を学んだ秀才である。彼らがよってたかって、最新の技術に挑む。悩ましい日々だが、興奮と歓喜の日々だった。
グラフィック画面上にカーソルを動かし、基点を決め、線を引く。
ここが基点の位置だ、とパソコンに教えるのはどうするのか。・・・、"Start"の意味で、[S]キーを押すことにしよう。
[S]キーを押したことは、パソコンはどうやって知ることができるのだろうか。
最初はこの課題から、もう喧喧諤諤だった。

1.イベントドリブンの始まり
ある青年が、「××解体新書」なるパソコン内部の設計情報の暴露本を見つけたきた。そこをみれば、テキストスクリーンの位置、すなわちテキストエリアの番地がわかるというのである。
キーを打つ、文字が画面に表示される、そのテキストエリアの番地をたどれば打ち込まれた文字がわかる、最初の文字は左上のホームポジションに表示される。しかし、・・・、次に何かキーが打たれると、表示される文字の位置は右にずれる。カーソル移動キーを触ったりするとその次に打たれた文字は右とは限らない、左や上、または下に表示されるので、どこに表示されるかわからない、それでは、キーが打たれるたびにテキストスクリーンを毎回消せばいい、・・・、では、anyキーが押されたとどこで判定すればいいのか、、、わからない・・・、と大混乱してしまう。
いやいや・・・と腕自慢が、別のところから声をかける。キーバッファに打ち込まれた文字コードが入っているので、これを拾い出せばいい、・・・。なるほど、で、キーバッファから文字コードを取り出すにはどうするんだと別の声。BASICにinkey$というコマンドがあって簡単に取り出せるぞ、という叫び声。あぁなるほど、とそのときは全員納得。この程度は、チープなゲームソフトでもやっていることだ。それくらいはできて当たり前。
実は、案の定、それはそれほど簡単ではなかった。画面に表示されない文字(アンプリンタブルキャラクター)の一部、特にコントロールコードはこれでは取り出せないのである。結局、このコマンドはキーバッファのコードを文字コードに変換した結果を読んでいるに過ぎないので、キーコード自体を読み取らねばならない、ということになった。ここまで来てやっと本物である。幸い、その方法もすぐにわかって、どんなキーの操作もキャッチできるようになった。つまり、ありとあらゆるキーを組み合わせても、そのコマンドが受け取れるようになったのである。まずは第一の関門は突破された。
今では、マウスのキーを押せば何かが反応するというパソコンの動作は当たり前である。これをイベントドリブンという(人の操作をコンピュータにとってのイベントとみなす、イベントをきっかけにコンピュータのマイクロプログラムが動作する=ドリブン=引き回される)のである。昔のコンピュータでは、コマンドを実行したら、処理が終わるまで人の操作は介入できないのが当たり前だった。その常識を覆したのがイベントドリブンの思想だった。

2.カーソルはどうやって動かすのか
次に、グラフィックススクリーンの上のカーソルをどうやって動かすのかという問題になった。
描画カーソルは適当な大きさを持った十字に決めた。さて、このカーソルは描画途中の絵の上を通過しても絵を損なわないようにしなければならない。
まず、おっちょこちょいの青年が叫ぶ。簡単だよ、カーソルをテキストスクリーンにおいて、画像はグラフィックスクリーンだからオーバレイして見せれば画像を壊したりしないよ! 確かにチープなゲームソフトではそんな具合にできているようだった。大向こうから、バーカ、そんなことしたらカーソルを1ドットずつの動かすことなんかできないじゃないか。キャラクター(文字)単位で動かせるだけのカーソルなんて意味がないよ。と言う。なるほど、お絵かきソフトは最小単位では1ドットずつ移動できなければ意味がないのは確かである。おっちょこちょい君は、むくれて、じゃ、グラフィックススクリーンが2枚あるマシン限定対応で、1つにはカーソル、他の一つには描画度言うのはどうだいっ! と叫ぶ。いい考えだけど、グラフィックスクリーンが2枚あったら、描画のバックアップなどに使って処理速度を上げたいよね、と遠くから声がかかる。・・・で、どうする? となった。喧々諤々、議論は夜半に及ぶ。疲れて居眠りを始める者、階下の居酒屋の焼き鳥のにおいに居ても立ってももいられない者、これ以上議論しても無駄だと思われるころあいで、私はスットンキョウな声をあげる。おーい、みんなで下に行って一杯やろうぜ。議論は階下の居酒屋のカウンターに並んでまだ続く。気づくとみんなとそろってオフィスで雑魚寝してまぶしい朝日を浴びていることになる。
翌日、何人かのメンバーが、画面に向かってテストをしている。誰かが、わかった、と叫ぶ。カーソルの画像をXORで描画画像の上に重ねて書き込むのである。次の瞬間、一定ドット幅(1ドット、8ドット、16ドットなど)だけ移動してXORで描く。元のカーソルは元の位置にかかれたままである。ここでもう一度もとの位置にカーソルをXORで描くのである。このとき元の位置のカーソルは消えるのである。カーソルの下の画像は見事に復帰している。見掛けは、スムーズにカーソルが途中まで描かれた画像の上を移動しているように見える。カーソルの下にある画像を失うことは一切ないのである。XORでなくてはならない、重ね書き(PUT)やOR、ANDでは駄目か、駄目である。
これが画像データのビット演算に我々が手を染めた最初だった。前夜の飲み屋の議論が大きなヒントになっていたのは間違いない。
では、新しい位置にカーソルを書くのと、元の位置のカーソルを消すのではどちらが先のほうがよいのだろうか。先に新しい位置にカーソルを書いて、後に元のカーソルを消すのが正解である。逆にするとカーソルがいたずらに点滅し、移動がひどくぎごちない。先に新しい位置にカーソルを書いて後に元のカーソルを消せば点滅はさほど気にならず、滑らかに移動するように見えるのである。残像のように元のカーソルを残しておくほうが人は円滑に移動したかのような錯覚を起こすのである。わかっていても、実際に試してみると感動的だった。
こんな具合に、新しい技術は毎日生まれた。

3.ピカソ・ループと呼ばれたもの
開発は、基幹部分と各機能の部分とに切り離され、7-8名で分担して進められた。
基幹部分の作業に滞りが生じていることがわかった。どうしたものか、本人に聞くと「やっている」という回答である。システム開発の経験を持つ人は知っているだろうが、「やっている」のご返事は「やっていない」のである。
さあ、私が根堀り葉堀り聞くことになった。聞かれるほうは嫌だろう。怒りで顔が硬直している。私だって好きで嫌がらせをしているわけではない。
「どんな具合になっているんだい」(私)、「場合によって飛んでゆく処理の選択を記述しています」(担当者)、「そうならば、そんな大きくならないよね」(私)、「分岐した先でまた分岐があるという具合にしなければ、すべての処理に対応しません」(担当者)、「えっ、分岐して処理が終わったら元に戻ればいいんだよね」(私)、「元と同じような処理をその先に書かなければならないんです。プログラムですから、そうするしかないんです」(担当者)、「ちょっとソースを見せてくれないか」(私)、・・・。
昔は、すべての場合わけをして、状態遷移をすべて記述すればシステムの完備性が保証されると学校では習ったものである。彼も理論どおり状態遷移を忠実にたどりながらプログラムを書いていたのである。お絵かきのためにユーザはその都度何をするかわからないから、彼はすべての段階にすべての入力に対応する分岐を用意していたのである。そして、分岐の先にもすべての入力に対応する分岐を用意して板のである。4-5段階も書くと、ソースは膨大になり、テキストエディタも正常動作が難しくなって、セーブ(保存)しようとするとファイルが消えてしまうというハプニングにも悩まされていたのである。彼はすっかりあせっていて、予定よりもスケジュールが遅れているので、「やっています」と報告していたのである。
あぁ、だめだ、彼はまじめすぎる。学校的知識の範囲ですべてを済まそうとしている。システム開発は毎日が荒野の開拓のようなものである。毎日違ったあの手この手を思いつかなければ何もできないのだ。さて、生真面目な彼になんと言ってわかってもらおうか、一瞬私は迷った。
「分岐処理はすべて繰り返しだね。ここに工夫の余地があるのではないのかな」(私)、「じゃ、リカーシブルコールにすべきですか」(担当者)、「いや、そんな難しく考えなくともいいんじゃないのか」(私)、「バカいわないでくださいよ。リカーシブルコールにしようと思ったんですけれど、スタックメモリがすぐに一杯になって壊れてしまうんです。だから分岐をユーザがやりそうもないくらい多重化しようとやっているんじゃないですか」(担当者)、ほとんど半狂乱である。「まぁまぁ、やりようはあるさ。たとえば、コマンド-機能サブルーチン-戻りの先に、トップにジャンプするように書いたらどうなの? 処理階層も深くならないし、そうすればスタックも壊れないし、問題ないんじゃないの」(私)、「そんなの駄目に決まっているよ。ジャンプだって? 一番駄目なコードじゃんか」(担当者)、「LOOPコマンドを使ったらいいんじゃないのか」(私)、「嫌です。やりません」(担当者)、やれやれ、そんなときは深追いしないに限る。「まぁ、じゃ考えてみてくれ」と何を言ってるのかわからないようなあいまいなことを私は口にして、その場を立ち去った。
翌日には各機能担当のスタッフから成果物があがってくる。私は、テスト用のメインルーチンを30分ほどで書いて待ち受けていた。コマンドを受け取る-ひととおりの機能への分岐-分岐先からの戻り-LOOPトップにもどる、というだけのルーチンである。30分もあれば十分だった。機能サブルーチンを組み込んで、テスト用の基幹部を走らせるとうまい具合に動作した。[E]コマンドを受け取ったら、ピカソ終了もここで組み込んだ。しめしめ、大成功である。このループこそ、その後業界内でいわれた「ビカソ・ループ」というものである。テストルーチンのつもりが、拡張して実用システムになってしまった。
先の担当者は、むくれたまま、何も言わなくなった。いつの間にか出社しなくなり、退職となってしまった。私はどうしたらよかったのだろうか、しばらくは良心が痛んだ。アルゴリズムは正しいものが勝つに決まっている。正しくないものは負けるのである。負けた人を救済するにはどうしたらよいのだろう。慰めの言葉は本人をもっと傷つけるようだった。この課題は、私にとって今に続く永遠のテーマである。
「ビカソ・ループ」は、リカーシブルコール(繰り返し呼び出し)のようにスタックメモリを消費しない。サブルーチンでスタックを数段階使用しても、順次すべてリターンコマンドで元のループに戻るようにしておけば、スタックポインタは元の位置に戻っているのである。彼がやったようにユーザが飽きるまで多段階にサブルーチンを書いておくというのはヤケになったからやっただけのこととは思うが、数万段階の階層を用意しなければ目的は達しない。こんなことをしようとしても、実はわずか数段階で、実行領域をあふれるくらいにソースコードは爆発してしまう。レジスタやメモリなどの計算機資源をできるだけ消費しないことは良いアルゴリズムの条件の一つである。なぜならば、良いアルゴリズムとは、同じ結果を出せるのであれば、コストの安いアルゴリズムのことを意味するからである。かっこいいとか、スマートとか、新しそうに見えるとかいうことは「良いアルゴリズム」とは無縁である。ダサくとも、コストパフォーマンスをぎりぎりに考えた知恵こそが、"良い"のである。

4.見たなりの操作、すなわちオブジェクト指向への接近
ピカソ・ループのおかげで、ヒトの操作(イベント)を受け取ってこれにふさわしい機能を連続して実行するという仕掛けが楽々と実現されることになった。
当時の言語仕様にオブジェクト指向はない。実行される機能は「サブルーチン」である。
サブルーチンには、イベントと対応する名前があり、その機能(メソド?)が書かれており、直前のイベントとの前後関係でさらに呼ばれるサブルーチンが紐付けられている。
名前、メソド、リンクがそろっていた。なんと、それは、次の時代に登場するシステム空間のオブジェクトと同じ姿をしていたのである。否、このような姿は理屈からではなく必要によって生じていた。このようなシステム空間の構築が便利にできるように次の世代に登場した言語が、オブジェクト指向言語だったのである。古い時代に徹底してよいものを追及するとその先に次の世代の革新的技術のすそに到達してしまうのはよくあることである。技術に誠実に献身的な努力を重ねた者に、ご褒美として時折見せてくれる美しい女神の姿のように、・・・。見えた!、それは、ほのかに、しかし、確実に、・・・、たぶん次の時代の技術はこれに違いない、まだ露わではないだけに、それはあまりにも美しい。心震えて、近づいてゆく、、、私たちはそんな経験を何度も経てきた。このときもそうだった。
われわれは「ビカソ」を世に送り出した後、次々にバージョンアップが迫られて、激しく働くことが要求されていた。そうなると、発意の赴くまま楽しく仕事をするなどという雰囲気から、奴隷のような労働に追われる有様に変わっていた。機能の向上を図るためにプログラムを改修する頻度が高まると、もっとうまい方法がないものかと、悩ましくなってきた。
マニアの間で評判になりかけていたSmallTalkのバージョン0.5(テスト版)を手に入れてマックの上で試したりもした。続いてC++、JAVAなどを夢中になってみなで比較検討した。我々が世の動きに先駆けてMVCモデルを取り入れるようになったのもこの延長線上のことである。

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琵琶


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「民学コラボレーション学習」鮮烈デビュー、SH情報文化研究会&次世代大学教育研究会--感性的研究生活(15)

2007/02/01
「民学コラボレーション学習」鮮烈デビュー、SH情報文化研究会&次世代大学教育研究会--感性的研究生活(15)

昨日(1月31日)、SH情報文化研究会&次世代大学教育研究会の共催で研究会が開かれた。SH情報文化研究会は、私と家内が世話人を勤める私的な研究会である。ささやかな研究会ではあるが、実は50回目を迎える祈念すべき会だった。
会の次第は下記のとおりだが、共催になったのでSH情報文化研究会にいただける時間の制約と共通のテーマを探すという意味で、選んだテーマは「民学コラボレーション学習」である。
学生たちが発表の主役となった。舞台裏の準備は大変だったが、本番に強い若者の特性を遺憾なく発揮し、堂々たる発表をしてくれた。次世代大学教育研究会は、大阪経済大学の家本修教授が会長を務めており、事務局は明治大学の阪井和男教授が務める全国区の研究会である。もともと草野球とプロ野球の差くらいあるのだが、私が次世代大学教育研究会の常連メンバーであることを理由に共催をお許しいただけた。本当にありがたく深く感謝している。
私が某M大学で担当している「問題発見ゼミ」で、本年度(2006年度)の前半には「問題発見」の理論的学習を行い、後半では実践的学習に進んだ。私は、実践的学習に突入するに当たって、個性が豊か過ぎて協調性に優れるとは言いがたい荒削りの学生らに現実の問題をそのまま取り組ませることの困難を感じていた。実践的学習テーマといえども工学部の学生ではない、情報コミュニケーション学部の学生たちのテーマである。その能力と関心が期待できるのは、企画やコミュニケーションの分野に限られる。私は、一計を案じて、民間企業を巻き込むことにした。理由は2つあった。
(1)「チームで勝つ」ことの経験と喜びを知らないいまどきの学生たちにその体験をさせてあげたいと考えた。民間企業では「チームで勝つ」のが当たり前である。これを目の当たりに見せてあげたかった。
(2)システムテーマの場合、実用レベルのシステム開発力を学生たちは持っていない。そのため、企画の根幹たる「目的」が矮小化し、魅力のないものに堕する危険があった。これほ回避したいと考えた。つまり、「実現可能性」に民間の力を借りることにしたのである。
借り出した民間企業は、私の会社(某SH社)である。なぁ~だ、安易だなぁ、というなかれ。日本ではじめての取り組みで、相手企業に相当な負担も迷惑もかけるのに、どの企業にお願いしてもかまわないということはあるまい。企業にとってのメリットやデメリットを勘案した挙句に、前例がないので来年度また機会があったら検討させてください、などと言われるのが落ちだろうと思われた。それならば、まずはわが社がそのリスクをとって実績をつくって見せて、来年度は他の企業にも参加を呼びかけようと考えたのである。
新しい試みというのは何かと大変である。当事者も先例がないのだから、考えるべきことが多い。しかし、私は生まれてこの方、毎日、毎時間、いつでも新しいことに挑戦する人生だったので、これはまったく苦にならない。ゼミに集まった学生たちも幸いチャレンジ精神あふれるメンバーだった。私の行うべき最重要課題は、周囲の環境を整えることだった。
まず、当社の社員らを説得することが大切である。社員らは、自分たちはこんなに忙しいのに、また社長の道楽につき合わされるのかという顔をした。ごめんごめん、君たちが受け継ぐこの会社の業績にきっと良い影響をもたらせることを天地神明に誓うから協力してくれとか何とか、言った挙句、何とか協力を取り付けた。取り組むべき課題テーマにも幾分興味と事業的可能性も感じたられたのか、社員らもやっと同意してくれたのである。
次の難問は、ゼミの教室に学外企業の社員ら外部の者が出入りしてよいだろうかという問題である。この学部(情報コミュニケーション学部)はもともと短期大学部であったものを事実上改組した4年制の学部である。もとより短大とは女の園である。その頃からの先生方が現在の幹部である。学外の人物が教室に入るのには大きな抵抗感があった。まずは学生たちに当社への訪問を呼びかけた。企業訪問は昨年度もこのゼミの学生は実施しており、学部幹部の先生方から正式に認められている。学生らとSH社の社員らの初回顔合わせは、私の会社の近くの喫茶室ルノアールの談話室で行われた。社員2名・アルバイト3名とゼミ生らが顔をあわせて議論した。そのあとは食事をしながらの社員らとの懇親会である。仕事はチームメンバー相互の気心を知るところからというのが、現実の社会では当たり前の手順である。費用の出所は当然私のポケットマネーしかない(トホホ)。
さて、この先のことを考えると、学生たちも忙しい。バイトや部活で毎回夕刻からの会議のために片道1時間の当社までやってくることはできない。さりとて社員たちが移動するのも大変だし、教室に入るのは別の意味でまったく困難である。さてさて、困ったことだ、ということで、私があらかじめ考えたのは、当社に勤務していた学生アルバイタの活用である。学生アルバイトの一部に同学部所属のものが2名いた。彼らに社内プロジェクトの一つである本件に参加してもらうとともに、連絡役をしてもらうことにした。幸い、M大学ではもぐりの学生が教室に来るのは名誉なこととして歓迎する傾向があるので、意を強くしてこの方針を採用した。ましてや同じ学部の先輩がたまたまゼミ教室に来ても歓迎なのはどの大学でも同じだろう。この2名は、このゼミの先輩にも当たるので、親身になってもらえる利点も感じていた。
いろいろな制約をクリアするのは、いわば1キロ先の小さな針穴に希望の糸を貫くようなもので、細心の注意と渾身の努力が必要だが、成功したときのうれしさは格別である。関係各位の寛容なご支援の賜物であり、感謝に耐えない。
さて、学生らに「チームで勝つ」体感を得てもらうにはどうするか。学習しながらビジネスの成功までを体験するには半年という期間は短かすぎる。未来に楽しみを残しておくというのも一つの方針ではあるが、実感は得にくいだろう。学生らの企画成果を公衆の前で共同発表し、ご評価をいただけるのが、とりもなおさず達成感獲得の道だろう。達成感なくして学習効果なし。私は頭を悩ました。この道にも多くの隘路がありハードルもあったが、最終的に学部教授会で許可をいただくことができた。ご許可とともに、(引き換えかも)ご都合の悪くなった他の先生のレポートの採点270名分を頼まれた(^^/。 (そのくらいは・・・)お安い御用ですよ、と私はうれしくて、飛び上がらんばかりだった。こうして学生に目標と張りが生まれた。その価値のほうが大きいのである。
紆余曲折はあったが、学生たちは何とか最終目標にたどり着いた。むしろ、当社内のプロジェクトのほうが年度末の超多忙時期にぶつかってやや遅れ気味である。学生らの矢継速やのアイディアの放列に社員らがついていっていないようにも見える。社員にとっても良い刺激になっているようだ。
こうして、学生たちは、プロの研究者の皆様のご批評をいただけることになり、研究会当日の前は不安と期待で胸がいっぱいだった。当日の朝10時半、発表練習のために会場に集合するよう学生たちや先輩学生アルバイタに呼びかけたところ、全員が緊張の面持ちで集まってきた。
SH情報文化研究会側の参加者にはJSTの部長さん、元IBMの役員さん、タイムインターメディアの名物常務、日本電気ソフトウエアのエースの役職者の方、情報教育の会社の女性社長さん、地方議会の議員さんなどなど、社会的影響力の大きな方々が集まってきた。次世代大学教育研究会のメンバーには、常連の全国さまざまな大学の先生方、eLearning関連企業の経営者・技術者の皆さんなどがたくさん集まっていた。
学生たちの発表はいかに・・・、参加者の皆さんがかたずを飲む熱い視線の中で、第2セッションは始まった。
・・・
結果は、大成功だった。(^^)/
学生たちは、最後にすばらしい集中力を見せてくれた。
学生たちは、1年間のゼミの最後に、大きな満足を得て、私のゼミのコース(単年度)を終えることができた。

第50回SH情報文化研究会&第10回次世代大学教育研究会
 2007年1月31日(水)
 明治大学駿河台校舎12号館6階情報教室Ⅴ
  http://www.meiji.ac.jp/campus/suruga.html
 共催:次世代大学教育研究会
  http://www.sciencehouse.jp/company/study.html
 後援:明治大学情報科学センター

【挨拶】
14:00-14:10
 主催者挨拶 家本修(次世代大学教育研究会代表)
       飯箸泰宏(SH情報文化研究会世話人)

【第1セッション】
14:10-14:40
 「タイトル未定」、家本修(大阪経済大学)
14:40-15:10
 「ITによるラーニングデザイン~学びの組織を作る行動と意識の見える化へ~」
 永谷研一(株式会社ネットマン代表取締役社長)
15:10-15:40
 「オンデマンド授業の学習効果と目標到達度にBBSの活用は影響するか」
 阪井和男*1、栗山健*2、○宮原俊之*1,*3、山田浩子*4、安原弘*4、松木俊之*5、前川裕作*5
 *1 明治大学、*2 学研、*3熊本大学大学院、*4内田洋行、*5ジャストシステム

【休憩】
15:40-16:00

【第2セッション】「民学コラボレーション学習の実践」
16:00-17:30
 0.飯箸泰宏(教師)、「民学コラボレーション学習の実践」 (5分)
 1.田川勇輝(ゼミリーダ)、「今回のお祭りネット共同体企画概要」 (5分)
 2.学生5名(ゼミ生)「学生の企画」 (40分 =8分/名×5名)
  神谷佳宏小林淳志田川勇輝花田光大細谷裕一
 3.鈴木健太郎(SH社側として)
  「会社の取り組み」 (10分)
 4.会社と学生の「ゼミの総括」 (10分 =5分+5分)
  細谷裕一(ゼミサブリーダ、学生側として)
  籠谷千裕(SH社側として)
 5.質疑 (10分)

【懇親会】18:00~

学生たちの多くが懇親会に残って、大学人や現役の会社経営者たちから大変なお褒めに預かって、満面笑みをたたえて、散会したのでありました。苦しかったけれど、やり遂げた喜びは大きかったに違いない。
学生らのうれしそうな顔を見てしまうと、来年度もやっぱりがんばろうと、私も心に誓わざるを得なかった。

補: 当日の学生らの発表資料は、上記プログラムにリンクした。

△次の記事: 感性的研究生活(16)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2007/02/15_0995.html
▽前の記事: 感性的研究生活(14)
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琵琶

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