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フルオブジェクト指向システムJ-Star Jr.Jシステム開発への参加、日本初テクニカルライティング・チームの立ち上げ--アルゴリズム戦記(16)

(「鐘の声 ブログ」記事マップ)

2007/06/04
フルオブジェクト指向システムJ-Star Jr.Jシステム開発への参加、日本初テクニカルライティング・チームの立ち上げ--アルゴリズム戦記(16)

1985年-1986年、またしても私たちは日本初の仕事に挑戦することになった。
現代では当たり前になっているオブジェクト指向システムであるが、当時はまだ目新しいものであった。我々は、すでに「ピカソ」の開発の過程(ピカソ誕生秘話その1その2その3その4その5その6その7)で、オブジェクト指向に到達してしまっており、Mac上のSmallTalkなども試していたりした。
当時、私がマイコン雑誌「RAM」の常連執筆者(ペンネーム、森口晶)だった関係で、「RAM」の発行元であった廣済堂印刷から紹介があり、富士ゼロックス様にお邪魔した。開発コードしか明かされず、何もかも秘密のベールに包まれた開発であった。はっきりとしているのは、オブジェクト指向型のシステムの開発ということだけだった。集められた幾つかのチーム(システムハウス)が合同で何度か会合を持ったが、我々以外はオブジェクト指向という概念になじみがなかったようである。少しすると、マニュアルを作成する人がいないということに関係者は気がついた。当社が出版関連の仕事も(!)しているということに気がついた関係者らは、我々にもっぱらマニュアルの執筆と制作を頼んできた。廣済堂印刷も大いに気をよくして、我々と廣済堂印刷は合同してこのプロジェクトを進めることになった。
マニュアルは、すでに「ピカソ」など自社製品のために何通りも書いていた。ノウハウも蓄積していたので、自信はあった。
計画では700ページほどになるはずだったが、紆余曲折を経て、最終的には1300ページほどのマニュアルになった。
契約に先立って、富士ゼロックスの担当者が当社を視察に来るということで、廣済堂印刷の営業担当者はあわてた。当時、我々のオフィスは、戦前に建てられた築60年くらいの傾いた民家を改造してその2階に居たのである。1階は居酒屋である。廣済堂印刷の営業担当者は、事務所の移転を主張した。当時のスタッフは12-3名。ちょうど、オフィスも狭くなっていたので、スタッフは、新しいオフィスを手分けして探した。2人1組で3チームの探索隊が1日あたり2-3時間を費やして都内を探したが、3日かかってもちょうど良いオフィスが見つからない。探しあぐねた末に、あるチームが休憩を取ろうと路地裏に入ると、どうしたわけか、一人の紳士が道路の掃き掃除をしていた。小さいが美しい佇まいの新築中らしいビルの前だった。ビルの工事現場から道路にはみ出して出るゴミを取り除いているらしかった。「きれいなビルが建ちますね。入居は受け入れているんですか」とスタッフが訊くと、「来月からオープンでね、ワンフロア分はまだあいているんだ」とおっしゃった。お値段を訊くと、「お安くするよ」とその場で条件を提示してくださった。スタッフは、名刺をいただくと大急ぎで帰ってきて、私に、こう言った。「予算の上限を少し超えているけれど、きれいな新築なんだ。労働意欲がわきますから、倍働きます、ここに決めてください」、・・・。こんな殺し文句に、弱くない社長が居るだろうか、私は、すぐに「ダマサレルこと」にした。社長は社員にいつでもダマされる覚悟が必要だ。フリでもいいからまずはダマされようというのが私の信条の一つである。後はじっくり観察して、「やっぱりウソだったネ」とか「いや~、けっこうやるじゃないか」とか思えばよいのである。
そのビルは、その後にわかったのだが、著名な建築デザイナーの長谷川逸子先生が設計したもので、長谷川事務所の所有ビル(長谷川ビル)だったのである。ビルの前で掃き掃除をしていた紳士は、長谷川逸子先生の弟さんでかつ長谷川事務所の社長を務める、やはり建築家の長谷川博先生だった。スタッフが一目ぼれするだけのことはある、すばらしいオフィスだった。
我々は、このビルに嬉々として転居した。
ライティング・スタッフもいろいろな伝手を使って、次々にリクルートした。その数、当初で約50名、途中交替もあったので、延べ70名ほどのスタッフがライティングを行ったことになる。
まず、私は、オブジェクト指向とは何かをスタッフに解説した。ゼロックス社を開祖とするデスクトップ思想についても薀蓄を何度も傾けた。オブジェクト指向やデスクトップ思想を、マイクロソフトの発案であると勘違いしている人もまだ居るようである。いや、アップル社の方が古い、と主張するマックファンも居るようだ。しかし、どちらもハズレである。正解は、ゼロックス社のパラアルト研究所で1970年代の10年間研究開発された事務用マシンの上に実現したものが、オブジェクト指向やデスクトップ思想なのである。ゼロックス社を退職した数名の技術者がアップルに転職してアップル社のオブジェクト指向やデスクトップ思想が始まり、マックの成功に手を焼いたマイクロソフトがアップル社の技術者を数十名引き抜いて始めたのがウインドウシステムの開発なのである。その意味で、オブジェクト指向やデスクトップ思想の開祖はゼロックス社である。これは、アップル社とマイクロソフト社の歴史的な裁判が連邦裁判所で結審を迎えた後、判決の前の間隙を縫って、ゼロックス社が、これも歴史に残る名記者会見を行ったことの記憶もまだ新しい。ゼロックス社は記者会見で「著作権の権利は我にあり。ただし、創始者の名誉は享受するが、金銭的権利は行使しない」と表明したことに、全世界が感動し、賞賛し、これ従った、印象深いエピソードがある。
我々を大切に扱ってくれた富士ゼロックスに敬意を払って、ゼロックス社の名誉を改めてここで確言しておきたい。
富士ゼロックスは、富士写真フイルムと英国ランク・ゼロックス社との合弁により設立された企業なので、通常はゼロックス本社のマシンやソフトを日本に持ち込むスタイルになるのだが、今回ばかりは、すべてを日本で開発するというのである。富士ゼロックス側は何もかもはじめてである。受託している下請企業もみな初めての概念に取り組むことになっていた。我々は、概念になれていたが、テクニカルライティングをチームで実施するという日本では前代未聞の作業に取り掛かることになったのである。本来ライターは、だれも個性を重んじ、他人と同じ文体の文章を書くなどということは信じられない暴挙と見えたに違いない。フォームを決め、文体を指定し、原稿はすべて私が読んで赤字を入れることにした。
出だしは順調のように見えた。入門編の原稿は、私が書いた。ツアーリングを書く提案をして受け入れられたからである。従前の使えないマニュアルを克服するというのが私の提案だった。入門編(ツアーリング)には、「システムの起動」を冒頭に書くことは当然としても続く章では「システムの終了」をセットで書くようにした。これより以前のマニュアルでは、開始の記述は冒頭に、終了の説明は最終章に書かれていた。初心者は、まずは試しにシステムを立ち上げて何もせずに終了する場合が多い。起動に続いて終了がかかれていないと、大混乱を引き起こすのである。おそらく、その後の日本のマニュアルのライティングスタイルの開祖は紛れもなく私だろう。ハードウエア編とソフトウエア編に分け、トラブルシューティングは別冊にした。しかし、せっかく書いた入門編(ツアーリング)は無駄になってしまった。仕様が変更になったからである。
マシンとソフトウエアの開発は遅れがちである。システムの完成と同時にマニュアルができていなければならない。ライティングは、手作業である。時間画がかかるのである。先行して進めたいが、仕様が変わってしまっては何にもならない。それでも、妥協して、機能設計書ができたら、それを読みながらマニュアルを書くということにした。ライターたちは不平たらたらだったが、何とかこのプロジェクトの意義を理解して協力してくれた。ほとんどすべての原稿が完成し、5度目くらいの修正が終わった頃、ある事件がおきた。
最後に、日本語の文法の問題で、悶着が起こった。富士ゼロックスに雇われたプランナの一人が、我々の書いたマニュアルを読んで、主語がふたつあるのはおかしいなどといい始めたのである。典型的な日本語音痴の発言なのだが、これには、誠に困り果てた。なぜかといえば、主語がふたつあるのはいけない、などという「日本語文法」は、戦後日本に無謀にも持ち込まれたもので、GHQが英語を日本の国語にしようとして失敗したあと、日本語文法の英語化を図って取り入れ、義務教育に持ち込ませたものだからである。「象は、鼻が長い」などのように日本の文章は、正しい日本語である。英語の文法になくとも、日本語の(隠された)文法にはれっきとして存在する日本の伝統的な言い回しである。この問題については、日本語研究者の大野晋などが膨大な研究をしているし、元朝日新聞記者本多勝一の著書にも詳しい(末尾の参考図書参照)。正しい日本語である「象は、鼻が長い」が解釈できない、小中学生向けのいわゆる「日本語文法」なるものは、「日本語文法」なるもののほうが間違っているのである。これ以上、ここではこの文法問題に立ち入らない。
一方、富士ゼロックスの社員の皆さんは英語の達人ばかりである。日本語よりも英語のほうが上手で、日本語は下等な言語といってしまいかねない方々なので、日本語音痴でトンチンカンな雇われプランナーを説得できるわけもない。
私と私のチームは背景に退くことにして、後は、廣済堂印刷が集めたコピーライタ(理屈ぬきに文章を整形できる人々)に引き受けていただいた。廣済堂印刷のコピーライタの皆さん、本当にご苦労様でした。
システムが完成し、マニュアルの印刷製本も何とか間に合って、発売になった後、富士ゼロックスのご担当の皆さん、廣済堂印刷の皆さん、そして私たち、現場で苦労した人たちだけのささやかな祝宴が開かれた。ともかくも、関係者の皆さんからの感謝の声の嵐の中で大団円を迎えることができた。
最後に少しばかり改悪が加わってしまったが、世間ではこのマニュアルが絶賛され、私は、さまざまな講演やセミナーに講師として呼ばれることになった。マニュアルライティングのノウハウを日本のほとんどの優良企業の担当者の方たちにお話したことになるのではないかと思う。もちろん、日本語文法の不幸と真実についても、トンチンカンプランナーの話は伏せて、十分解説したのはいうまでもない。その後、受講者だった大手各社の著名な方々とは、長くおつきあいが続いた。私の講演やセミナーの受講者の多くが、またマニュアルの専門家として、各地で独立したり、講習会を開いたりしたのである。
簡単にまとめると、完成したシステムは、「J-STAR Jr.」(開発コードM6060,フルオブジェクト指向システム)で、60-70名のテクニカルライターを動員し、全11巻(総ページ数約1300ページ)であった。
今は昔、日本のオブジェクト指向の黎明期の記念すべき出来事だった。

(参考図書)
三上章、「象は鼻が長い - 日本文法入門」、くろしお出版、1960年
大野晋、「日本語の文法を考える」、岩波書店(岩波新書)、1978年
大野晋、「係り結びの研究」、岩波書店、1993年
大野晋、「弥生文明と南インド」、岩波書店、2004年
ほか
本多勝一、「日本語の作文技術」、朝日文庫、1982年
ほか


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琵琶


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