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参院選自民大敗の人類史的意味--情報社会学、予見と戦略(12)

2007/07/30
参院選自民大敗の人類史的意味--情報社会学、予見と戦略(12)

私は、本質的に今の政治には関心がない。政治に命を削る皆様には頭が下がるが、自分から関与しようとは思わない。

しかし、今回の参院選(2007.07.29投開票)は何かと興味深かった。自民大敗という結果である。
自民敗北の原因、民主党の過半数越えの大躍進の理由などについては、たくさんの解説がすでに出されている。どれもなるほどと思わせるものである。これからも、詳細な検討がされるだろうし、政治に命を懸けている人々にとっては必須の大事である。私も頼まれれば、膨大なデータのヤマから次の選挙に役立つ手かがりをいくつでも取り出して見せる自信はあるし、そのことで大きな対価をいただくこともある。
しかし、今、ここでそんなことをいろいろと解説する気はない。タダでは言えない、ということもあるが、それよりも実はもっと大切なことを今回の党開票結果は示していると思うのである。しかも、その大切なことは、お金の対象にもならず、あまた流布している政治批評とも無縁なのである。
我が家のマネージャさんは、よくなげいている。世間では話のネタでお金を稼ぐ人が多いのに、あなたは大事なことはブログに書いてしまって、一銭の得にもならないことをしている、・・・。我が家の家計のことを考えてくれているの? ・・・。ご免なさい。
しかし、これは、まだ講演依頼のタネにもならないので、我が家のマネージャさんにはご理解をいただいて書かせていただく。
2007.07.29投開票の結果は、「市民参加型社会の成熟の兆し」を意味しているということである。フランスでは移民の子サルコジ女史が大統領になった。来年に迫ったアメリカの大統領戦挙の予備選では、WASP(White Anglo-Saxon Protestant)以外の候補の活躍が目立っている。エスタブリッシュの男性ではなく、女性の進出も目覚しい。権威や家系が威力を失いつつあるのである。
日本でも、権威や家系の威力が地方から崩れ落ち、代わりにマニフェストが重視された。候補者の主張(移ろいやすいかもしれない)に皆さんが投票したのである。
硬直した旧時代は1980年ころから崩れ始め、市民参加型社会は、ステューデントパワーの同世代(団塊の世代)が世界の先進国で営々と作り上げてきた。だから、世界各国の大きな社会的変動は時代的同期を示しているのである。ステューデントパワーの世代とは、各国とも第二次世界大戦の直後に生まれた子供たちなのである。彼らは、権威ある父の世代が名誉ある戦死をした後に生まれており、古い考え方や制度に縛られることが少なかったのである。
日本でも、この世代が古い社会や因習に風穴をあけ、市民参加型社会を飽きることなく少しずつ作り上げてきたのである。30年、人の人生にとってはひどく長い時間だが、人類史にとってはまばたきする間もないくらいの短時間である。
こうして、今、政治の分野でも、権威ある自民党だから当選するということはない時代になっているのである。今回の選挙結果は社会が市民参加型になったように、政治界も市民参加型に舵を切り始めていることの証左である、と言うのは言いすぎだろうか。少なくとも、市民参加型社会への人類史的転換が完了に向かう歴史的傍証にはなっていると思うのである。
評論家の皆さんがなかなか言わないので、私はここでもはっきりとこれを指摘しておきたい。

さて、これは、良いことなのかどうかといえば、良いことでも悪いことでもなく、歴史的通過点をただしく通過中であるとしか言いようがない。過去の権威だった者が現在も権威かどうか分からないまま支配しその他が支配されるという不幸な時代は基本的に終わりつつある。これは良いことだが、統制が取りにくく、政治界でも個別利害のために人々が奔走する不幸なことも起こりがちになる。これは不幸なことの始まりである。
民主党が多数を占めたから、新しい安定多数派となるかといえばそうはいえない。勝ち馬に乗るのは人の常である。民主党が勝ちそうなときに、集まってきて一緒にやった方々も、内部は様々な利害の代表者である。通例によれば、野党は政権に手が届きそうになると分裂するのである。それまでは表面化しなかった党内の政策の違いが表面化するからである。民主党が多数を占めたための苦労と苦闘はこれからである。小沢氏が熱を出してしまうわけである。
小沢氏ならば、それでも民主党の一本化に成功するかもしれないが、相当なエネルギーが必要なのは間違いがない。
私の心配は、小沢さんのご苦労にあるのではない。ましてや安部さんの進退にあるのではない。
市民参加型の社会が全面化する(2010年ころ)と、デマゴギーと私利私欲小集団の暴走が始まるという心配である。全体と部分の利害の対立は、いつでも人々を悩ませて苦しめてきた。60万年前に人類が始めてムレからムラに移行して以来、この苦悩は続いている。市民参加型社会は、部分の利害だけを追求する小集団が大声を上げやすくなるということでもある。今回も、いわずと知れた様々な利害集団がそれぞれの候補者を担いだ。党の公認という表面だけを見ていたらもう真実が見えない時代になったのである。少数派が不当に抑圧差別されることが少なくなる代わりに、私利私欲が全体の利益を損なう事態は増大するにちがいない。人々の間に争いが増加し、さや当てや、刃傷沙汰は数知れず、という時代の到来が心配されるのである。私利私欲の範囲を超える広域の出来事については人々は思考を停止するので、(「参戦しないと日本は損をする」などのように)私利私欲に結び付けて広域行政や政策を訴えると、人々は熱狂的にこれを支持するという傾向が生まれるのである。デマゴギーと衆愚政治の蔓延である。
このような混乱は、30年後にならないとやってこない次の安定期の到来までは続くだろう。

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人類は、より賢くなっているので、これらを難なく解決、より良い社会に進むのだろうと思う。そうあってほしい。

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琵琶

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