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"信頼の原則"再論--心理、教育、社会性の発達(41)

2007/07/02
"信頼の原則"再論--心理、教育、社会性の発達(41)

1.はじめに
私は、かつて、オフィス氏事件(河合一穂氏によるハッキング事件)を例にとって、「信頼の原則」を解説した。
説教強盗で裁かれるのは強盗犯であり被害者ではないのと同じように、ハッキングしたものが一番重い罪になって、ハッキングされたものは別の軽微な罪を負うのである。
その記事では「信頼の原則」を理解しない学生が多くなっている現状を報告した。この種の学生はその後も私が教える学生全体では10%程度で年度を追って微増を重ねているように見える。理由はわからないが、特定のある大学では特異的に半数を超えている。

学生諸君に、「信頼の原則」を--心理、教育、社会性の発達(31)

2.強盗にあわないように用心すること、しかし強盗はしてはならない重罪
強盗にあわないように用心するに越したことはない。しかし、強盗は重い罪である。この2つの区別があやふやな人も居るようである。
むしろ、あやふやにして強盗を無罪放免にしたい人や強盗の罪を軽くしたい人も居るだろう。心からそう思う人は反社会性人格障害と呼ばれるのである。処世術としてそう思い込むことにしている人は反社会的人格である。
反社会性人格障害者や反社会的人格でなくとも、「用心しない人も悪い」「用心していない人が悪い」と感じてしまう人たちも少なくない。多くの場合、親からそう教えられているのである。悪いやつらに囲まれて生きてゆかなければならない我が子のために、せめて生きてゆける知恵を授けなければならないと思えば、親は、「用心しない人も悪い」「用心していない人が悪い」のだから、「用心して生きてゆきなさい」と教えるのである。それはそれで正しいだろう。
悪いやつらに囲まれて生きてゆかなければならない我々の処世術としては正しいだろう。しかし、あなたの親は「強盗をやっていい」と教えただろうか。普通の親は「強盗なんかする子は、うちの子じゃない。牢屋に入って償いなさい」というだろう。「強盗をやってはならない」と「強盗を用心しなければならない」は同じ人生訓の裏と表である。これをセットで身に着けなければ正常な人間とはいえないだろう。
しかし、「強盗を用心しないひとには、強盗してもいい」という詭弁が、それでもじわりと若者の間に増えているのは不気味である。反社会性人格障害者や反社会的人格がじわりと増えていることを意味している。おそらくは、反社会的人格というよりも彼らは(仮性の)反社会性人格障害者なのである。

3.ハッカー上等?!、強盗上等?! --指導に疲れる
今年も、同じ大学では、ハッキングした者に罪はなくて、ハッキングされた者がすべての罪を負うべきであるとレポートに書いた学生のほうが多かった。今では明示的に法令にも違反する見解で情けない限りである。事前には、刑事事件における「信頼の法則」、個人情報保護法などの条文を学習してもなおこの始末である。注意を促しても、その学生らはきわめて頑固で、決して訂正を受け入れない。年々のその比率は高まっているのが不気味である。去年は一人で最後まで戦ったが、今年は徒労感が強く一人の教員の力ではもう無理かもと正直なところ少しあきらめかけている。
他の大学でも10%程度はこの種の学生がいるのだが、特異的なこの大学ではすでに60%を超えている。何か理由や事情があるのだろうかと、いぶかしく思う。彼らは、ハッキングは正しいのに抑圧されていると信じているらしい。このまま大学を卒業して行ってよいのだろうか。彼らの何人かはハッキング確信犯になる危険性がある。人の目が緩めば、容易に犯罪者になってしまうはずである。
かれらには、ライブドアの堀江容疑者や村上ファンドの村上容疑者が間違いなく神様である。いつか、その後を追って、かれらも務所暮らしとなるのだろうか。

参考:
人生観と学習:「エイトキュービックモデル」の提案--感性的研究生活(13)
いまどき学生の人生観と学習モチベーション--心理、教育、社会性の発達(21)
「人生はお金」の学生に効く言葉--心理、教育、社会性の発達(22)

後日談と反省、おごりの約束:
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この記事を書いた約一週間後、期末試験の予告をした。その際、私はいつもの習いで、復習すべき重要事項の一覧を作成し、期末試験の練習問題を配付した。
ここの学生たちは、試験には敏感だった。たちまち、googleやyahooから、重要事項が探索されたのに違いない。私のブログの記事にも学内からのアクセスが殺到した(ネット検索を介して)。「信頼の原則」に触れた私の記事にもアクセスは殺到した。重要事項の一つに書かれていたからに違いない。
学生諸君に、「信頼の原則」を--心理、教育、社会性の発達(31)
"信頼の原則"再論--心理、教育、社会性の発達(41)
それで、試験の結果は? と思われる読者も多いに違いない。
試験にも、信頼の原則に触れてもよい記述式問題があった。触れなくとも解答は可能だが、触れても不思議はないという問題だったのである。
学生らは、なんと全員が信頼の原則に触れて解答を書いて提出していた。十分咀嚼されていない解答も散見されたが、全員が信頼の原則を事前に調べたに違いないと思われた。多くの学生は正しく、(相手が法を守るに違いないと思われる相応の状況下で)信頼をしている人が事件や事故に巻き込まれた場合には、法を破った相手が犯罪者で、巻き込まれた人は被害者であると理解しているようだった。
「たとえばハッキングは犯罪である」と(今度は正しく)書いて提出した学生もいた。
学生らは、機会があれば理解できるのである。少し手助けしただけで、もうあきらめかけた学生らがこんな良い反応を見せてくれるなんて、私はウルウルものだった。学生諸君、ありがとう。もう少しで、君たちを見放すところだった。心弱い教師だったと、大いに反省する。ごめんなさい。
やっぱり君たちは、ボクの大切な信頼すべき学生たちだった。君たちが心正しく、大きく羽ばたくことを期待する。心正しく、大きく羽ばたく権利は君たちに十分にあることを保証する。この講義は1日3時間という長時間の講義だった。よく君たちはがんばった。感謝したい。半期で終わりの授業では短すぎたかもしれないので、試験中にも言ったように、君たちがこれから私の自宅に遊びに来るのは、歓迎だ。手料理を用意して待っているから、事前に連絡してからやってきてほしい。
すこし、疑ったお詫びに、うんとおいしいものを用意することを約束するぞ。自宅に来てまで、「解答用紙に書いたのは建前だけ」なんて、私を悲しませるようなことはまさか言わないよね。
キャンバスの中ではまた会えるし、引き続き楽しく交流しよう。
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4.親も教師も普通ではない?! --反社会性の家族性
第2項で、私は"普通の親は「強盗なんかする子は、うちの子じゃない。牢屋に入って償いなさい」というだろう"と書いた。
しかし、何人かの問題学生と言葉を交わしてみると、どうやら事情がそうとばかりは言えないらしいことが分かってくる。

(学生1)「先生、先生の言っていることは建前でしょ。落ちてる金があったら、
     見ている人がいなければ拾って自分のものにするでしょ。フツウ」
  (私)「・・・。泥棒だろ、そんなこと親が許すか?」
(学生1)「だって、だれも見てないんですよ。親だって良くやったって言います
     よ。それが大人でしょ」
  (私)「見てなくても、取ったらドロボウ。後で発覚すれば警察に捕まる」
(学生1)「発覚しないッショ。フツウ!!」
(学生2)「先生、瀕死の人のポケットに大金があったら、先生どうします。だれ
     も見てなきゃ、とっても分からないじゃないですか。」
  (私)「死にかけている人を救うのが先決じゃないのか。まずは救急車を呼
     ぶね」
(学生2)「呼ばないッスよ。死んでしまえば、お金取られたなんて言わないん
     スよ。そっとしとけば死んじゃうんだから」
  (私)「それで、君は心痛まないの?」
(学生2)「そんな弱気で生きていけないッすよ。心強くして、しっかり取るもの
     は取って生きてゆかなくちゃビジネスだって出来ないッスよ。」
  (私)「人を裏切れば、自分も裏切られるぞ」
(学生2)「自分はうまくやりますよ。取られるやつがアホなんですから、取れ
     ばいいんです」
  (私)「大人の世界は、そんなことは通らないよ」
(学生2)「先生だけヘンですよ。他の先生だってそう言っていますよ。親に聞い
     たって、同じこと言いますよ、フツウに」

この学生たちは、歴史ある名門大学のいわゆるエリート学生たちである。少なくとも、彼らの眼に映る大人たちの論理は、スキあれば奪え、なのである。それが、彼らのライフコンペティンシー、生きてゆくよりどころ、生涯をかける処世術になってしまっているのである。彼らに「ちょっと注意」したくらいでは、彼らはその生き方を変えるようなことはないと感じてしまう。鉄壁の信念になっているのである。
以前、このブログで私は「反社会性人格障害、その家族性を考える」という記事を書いた。
反社会性人格障害、その家族性を考える--心理、教育、社会性の発達(33)
学生らを善導しようとすれば、親を変えねばならない。そして、教師もこぞって変わらなければなるまい。よもや、このブログを読まれている親や教員(小中高大)の皆さんの中には、「生きてゆくためには犯罪も積極的に犯すべき」と教えている方はいないでしょう。また、「ビジネス成功の極意は人知れず悪事を働くことだ」などと教えている大学の教員はいないとは思う。しかし、このブログの読者以外の人たちには、どうも、「他人の生命財産を奪って生きてゆけ」と教えているオトナがいるらしいのだ。
スタディ オン ザ ××元助教授の講義内容--感性的研究生活(17)
最近は、なぜか徒労感が私の中でも強くなっている。

参考:
会社経営が、裏切りによっては成立しないことについては、別のシリーズで私は繰り返し述べている。
「社長の条件」シリーズ

5.お願い
大学の教員の皆様にお願いします。こぞってお力をお貸しください。みなで、これらの問題学生に信念を持って立ち向いましょう。
小中高の教員の皆様、どうか子供たちを罪人にしないよう、「信頼の原則」に基づくライフコンペテンシーをしっかりと教えていただきたい。特に小学校の教師の皆さんは、10歳くらいまでに人の生涯を貫くライフコンペテンシーが形成されるという事実に踏まえて、どうか、「信頼の原則」を教えてあげていただきたい。

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琵琶


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