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自警・防犯・軍事の自助組織への準備--情報社会学、予見と戦略(14)

2007/12/31
自警・防犯・軍事の自助組織への準備--情報社会学、予見と戦略(14)

年の瀬の超多忙な時間を過ごしているうちに、音だけ聴いていたテレビの声に、今年1年間の警察の不祥事が多かったことへの言及がなんども混じっていた。家族が、次々にチャンネルを変えるが、他のチャンネルでもほぼ同様の声が聞こえてくる。防衛庁の不正・腐敗についても同様である。
この手の事件は、何も今年だけの特別なことではなかったはずである。あってはならないことかもしれないが、ほぼいつの時代でも起こっていたし、それなりにマスコミにも取り上げられていた。どうして、今年は、この手の話題がとことさらに取り上げられるのだろうか。"不祥事のニュースは年内に"、"年明けは明るいニュースを"と言うのがマスコミの配慮であるという背景もあるだろうが、食品偽装よりも警察・防衛の不祥事の追求に重きが置かれているように感ずるのは私だけではあるまい。
私は、これらのマスコミの「追求」だけという姿勢には同調できない思いがある。警察や防衛省にも改善の余地はあるだろうが、今は「市民の自助努力」が求められている時代ではないのだろうか。
一方、大衆の関心事に(理屈ぬきに)敏感なマスコミが、ことさらにこれらの問題を取り上げるにはそれなりの理由があると私は思うのである。つまり、マスコミは、それなりに、迫りくる時代の変化をやや皮相に捉えているのだろうと思うのである。
私が昨年(2006年)の末に書いたこのブログの記事では次のようになっている。

直近未来30年の人類史激動の予測図--情報社会学、予見と戦略(7)

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一般には「高度情報化社会」と呼ばれていたが、実体は社会への市民参加を求める団塊世代の巨大なうねりの30年が存在した。1980年頃から2010年頃までのことである。「高度情報化社会」というのは軽薄な見方であり、実体は「市民参加型社会への人類史的転換期」だったと私は捕らえているのである。この転換期は残り火をともしているだけで、2010年には終焉を迎えようとしている。

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一方、2005年頃からは、成立した市民参加型社会の中で、市民が参加したからにはその責任も果たす時代が始まっている。食品・健康・介護等の自助組織が次々に成立している。新しいマズローの5段階仮説の一段階目であるヒト(ヒトの社会)の生理的欲求を満たす時代が始まったのである。人によっては2000頃から食品・健康・介護等の自助組織が産声を上げたという方もいるが、それは早産に過ぎた組織の誕生だったに違いない。多くの報われない苦労が続いたのは、早すぎたが故の現象だったに違いないと私は思うのである。
さて、上記の図を見ると、「食品・健康・介護等の自助組織の成立期(2005-20015)」の次に、これに重なるようにやってくるのは「自衛・防犯・軍事等の自助組織の成立期(2010-2020)」である。人々は、もはや自分たちの命と生活を防衛するには、警察や軍隊に任せておくだけでは足りないという事実を認識し始めているのではないだろうか。自分たちだけではない、、、自分のかけがえのない子供や孫たちの命や生活を守るためにこそ、他の誰でもない、親としてまたは爺婆として自分たちが手を取り、力をあわせて、自らの体と命を懸けなければならないと覚悟を決めかけているのではないだろうか。「今の警察では頼りない」とは言わないが、「今の警察にだけ任せて置けやしない」とは心底で思っているのではないか。「警察に取って代わることなどできない」とは思っていても「警察の目の届かぬところは自分たちで目を光らせて、自分たちで自分たちの子孫を守ろう」と思っているのではないだろうか。
マスコミは、このことにはまだ気づいていないので、コメンテーターをたくさん集めて、「警察よ、防衛省よ、しっかりしろ」と言わせている。なんとも歯がゆい番組構成である。「なぁに、自分たちで守れるところは自分たちで守るよ」と市民は思うのである。団塊の世代は、「とめてくれるな、おっかさん」の世代である。止めてもやってしまう御仁は多い。団塊の世代の皆さんは、「幸いにも」定年退職の時期を迎えていて、時間も、まだまだ有り余るエネルギーももてあましている。そろそろ、「食品・健康・介護等の自助組織」に参加するばかりではなく、「自衛・防犯・軍事等の自助組織」の設立や参加に動き出すタイミングである。今は、まだ少し早いが、もう準備しなければ間に合わないというタイミングである。警察や自衛隊の不祥事がマスコミ報道の目玉になるのもなかなかうなずける事態であると私は思うのである。
私だけではなくて、警察や自衛隊の関係者からも、「市民は不平ばかり言わずに、自分たちでもその苦労の一端を担ってみてほしい」という声がもれ聞こえている。自助努力の時代だからである。実は、もはや彼らだけでは手に負えない時代に突入してもいるのである。そりゃ、そうだぞ、俺たち私たちも、やってやるまいでか、と団塊の皆さんは腕まくりしているのではないだろうか。

ちなみに、過去からの警察の主だった不祥事は、Wikipediaの次の記事に整理されている。
警察の不祥事(2007.12.31現在)
今年(2007年)の警察の主だった不祥事にいては、上記記事から抜粋して下に引用する。
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2007年1月 - 富山県警察、富山連続婦女暴行事件で服役した男性について、証拠がないにも拘らず真犯人であるとの先入観に基づき捜査・逮捕し、無実を訴える親族にまで物証がある旨虚偽の回答をしていた事が発覚(冤罪)。法務大臣が謝罪。
2007年2月 - 志布志事件(2003年の鹿児島県議会議員選挙における公職選挙法違反事件)は、功を焦る鹿児島県警察による冤罪事件(厳密には事件捏造)であった事が公判により指摘される。被告全員に無罪判決が下され、確定。
2007年3月 - 山梨県上野原警察署で捜査情報の記録されたUSBメモリが紛失、情報が外部に流出。署員が同僚の使用品を盗んだ内部犯行であった事が判明。
2007年3月18日、北海道警釧路署の30代警察官が、釧路市内の携帯電話販売店でクレームをつけ「誠意をみせろ、100万円要求したらくれるのか」とどう喝を繰り返した。同店は警察に通報するも、駆けつけた3人の警官達も一緒に談笑をしていた。
2007年6月13日、警視庁北沢署地域課の巡査長(26)の個人パソコンからウィニーを通じ、警察情報を含む約1万件分のデータがインターネットに流出したことが分かった。芸能人と暴力団との関連を示す捜査資料も含まれていた。
2007年8月13日、埼玉県警察警備部の警部補が警察手帳提示で改札を通過する不正乗車を繰り返し、7月に戒告処分となっていた事が情報公開請求で発覚。
2007年8月21日、元東京地検の検事が強制猥褻の告訴の取り下げの文面を捏造した事件で検事を在宅起訴。検事は懲戒免職処分。再捜査の結果、容疑者は嫌疑不十分で不起訴となった。
2007年8月21日、警視庁立川警察署地域課の巡査長(40)が、国分寺市(小金井警察署管内である)に住むキャバレー従業員の女性に交際続行を求めてストーキング。巡回中に職務放棄して自宅に上がり込み、携行していた拳銃で女性を射殺した後自分もその拳銃で自殺。国家公安委員会は矢代隆義警視総監に戒告、立川署署長に減給など10人を処分。署長は処分内示日付で辞職。
2007年9月5日、警視庁昭島警察署の巡査部長(40)が六本木で飲み代欲しさに引ったくり。現行犯逮捕される。26日に懲戒免職、起訴。
2007年10月15日、時津風部屋力士急死で事件の可能性がありながら、当初愛知県警察犬山警察署は部屋の説明を鵜呑みにした検視を独自に行ない、犬山署署員が作成した報告書では虚血性心疾患と断定されていた事が発覚。捜査怠慢として内部調査を行う。遺族が遺体の状況を不審に思い行政解剖に付した後に、10月5日に外傷性ショック死と断定された。また、搬送先病院の医師が診断書に記載した急性心不全の病名(原因不明の意味)とも異なっていた。
2007年12月、神奈川県警の警視が宗教団体新世界の霊感商法に協力していたことが発覚する。
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今年(2007年)の防衛庁・省と自衛隊の主だった不祥事は次の通りである。
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イージス艦の情報漏洩(ろうえい)事件
インド洋派遣部隊艦艇による「給油量取り違え」「取り違え隠蔽」事件
山田洋行&守屋前事務次官問題
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問題はいつでも起こるものである。警察や軍隊が規律を正しくすることもさりながら、市民も不平を鳴らすだけではなく、ある意味で自ら行動する時代が近づいていると私は推測しているのである。
たとえば、私が住む東京近郊の市では、今年9月、「県警」ではなく「市警」が設立された。まだ少人数のようだが、市長の身辺警護などでは役立っているという。これは、対行政暴力などの激しい攻撃の的になりやすい市長の強い要望で実現したものである。こうして市役所も自衛する時代なのだから、市民が自警団や防犯連絡会などで自衛するのも当然である。日本では短絡的に軍事的自衛組織に進むことは考えにくいが、アメリカでは株式会社の軍隊があり、アラブにはNPO法人の軍隊もある。人類史的には再び国家の軍隊ばかりではない時代を迎えていることも(警戒しつつ)自覚しなければならないだろう。やむを得ないとは言え、市民が自警・防犯・軍事に目覚める時代とは、とりもなおさず、統制の取れた暴力から無秩序な暴力への危険が高まるので、市民の身に迫る危険も急速に高まることを想定しなければならない。
大半の警察官や自衛隊関係の皆さんは、今も命がけでその職務をがんばっていると私は信じている。今、私は、皆さんの手の余る部分はやがて市民や民間の力でカバーされるようになるだろうという予想を述べておくだけである。やむを得ない流れのようにも感ずるが、危険性も高まっている。

△次の記事: 情報社会学、予見と戦略(15)
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琵琶

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