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第20回次世代大学教育研究会への参加--感性的研究生活(27)

2008/01/30
第20回次世代大学教育研究会への参加--感性的研究生活(27)

1月25日(金)、午後3時から次世代大学教育研究会が開かれた。

第20回次世代大学教育研究会………………………………◆
【主催】次世代大学教育研究会
【共催】明治大学情報基盤本部
【後援】eラーニング戦略研究所
【後援】eエデュケーション総合研究所
【日時】2008年01月25日(金) 15:00~
【場所】明治大学駿河台キャンパス12号館6階情報V教室
    http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/campus.html
【発表内容】
 1.家本修「高等教育の創出」
 2.井上博樹「チーム内の人間関係を"視える化"するツール SYMLOG」
 3.宮原俊之「高等教育機関におけるeラーニングを活用した教育活動の
  効果的な組織体制とマネジメント」
【懇親会】近くの台湾料理の店
研究会会費 無料(いつも無料)
懇親会会費 3000円
……………………………………………………………………………………◆

目玉の講演は、井上博樹「チーム内の人間関係を"視える化"するツール SYMLOG」である。
このツールでは、本人のメンタル空間における立ち位置と周囲の関係者が望む立ち位置がわかるというのである。両者に差がなければハッピー&ハッピーの関係であるが、なかなかそうは行かない。
両者の関係に差異がある場合、それを埋める方向に本人が進めば周囲に受け入れられるし、差を広げる方向に進めば破綻するかも知れないという予測が立てられる。
明治大学の阪井教授とその周囲の人で、昨年末に行った実験では、明らかに差があることがわかったが、阪井教授(本研究会幹事)は、「差を埋める方向は意に沿わぬ方向」とおっしゃるので、難しいことが起こりそうな不吉な印象をかもし出していた。しかし、なぜか会場には笑顔が広がっている。実は、これは阪井教授のユーモアで、ご本人はいたって交際上手な円満なお人柄である。巧みに、周囲の期待にこたえつつ、自分の好きなこともやり遂げてゆくだろうことは、皆がわかっているというわけである。
ところで、この発表の中に、私の「エイトキュービックモデル」に近い分析軸が取り入れられていることに、少し驚いた。私のほうが早くから発表しているようだが、独自のものなのか私の発表に影響を受けたものなのかはわからない。
人生観と学習:「エイトキュービックモデル」の提案--感性的研究生活(13)
いずれにしても、行き着く先は似ているということかも知れない。
私は、メンタリティと学習能力の関係を捕らえようとしたのだが、発表者が見ようとしていたのは、学生ではなく社会人ののメンタル空間の中での立ち位置ということになる。
しばし、皆さんの興味深い発言が続いた。私は、学生の学習能力との関係をいくつかお話しすることになった。

これに先立って、会長である家本修大阪経済大学教授の「高等教育の創出」という講演があった。昨年までは、家本先生は「日本の高等教育は駄目だらけ」という小気味のよい批判爆発の講演が多かったのだが、今年はややこれを改めて「どうすれば高等教育が創出・再生できるか」というところに軸足を移すという考えが表明された。破壊的批判から創造的提案へというところだが、もともと破壊力十分な先生であるだけに、どうやら「創造的破壊」になるらしいと承ることになった。今回は、初回の内容なので、連続して発表するにつれて内容が充実するはずである。いかにも楽しみな展開である。

最後の講演は、明治大学の事務職員でありながら鹿児島大学の修士課程に在籍し、実践的な研究を続ける宮原俊之氏の発表で、修論の発表練習という意味合いであった。本番は15分なのにこの日の講演時間は1時間をゆうに越えるもの。会場からは、「結論にかかわる部分だけをコンパクトに説明したほうがよい」などの親切なアドバイズが飛んでいた。私も発表時間の節約のための細かなテクニックなどもお話した。
この研究は、eLearnigの実践において、事務職員は5つの職種が必要であるという仮設に基づいて、実地に実験し、その成果を分析することに主眼があったが、結果を見る限りでは、この仮定自身にいささか無理があったかもしれないようにも思われた。ご本人はそのことに少し動揺しているようだったが、研究とは、そのようなものであり、仮定が正しくなければ、次の進歩のために、仮定に存在した問題点を鮮明にしておくことも成果である。本番では、自信をもって、この研究成果を堂々と発表し、修士号を獲得していただきたいものである。がんばって、宮原さん。

懇親会は近くの台湾料理店、できたばかりのお店ということだった。12月と1月に限ってはお料理に半額というメニューがあった。半額の料理を全品注文して乾杯。飲み物も料理も次々と追加注文して、お会計は一人頭3000円という安さだった。学生街というのはとてもよいところである。

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琵琶

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母語(母国語、日本語)教育の重視を--心理、教育、社会性の発達(48)

2008/01/28
母語(母国語、日本語)教育の重視を--心理、教育、社会性の発達(48)

先週木曜日の朝日新聞の朝刊のトップページ左側に、人目を引く記事が掲載された。
文部科学省が発表したものなので、鵜呑みにすると世の識者の皆さんからは叱られるかもしれない。なにしろ、文部科学省はこのところ信用が薄いのだ。
元資料は下記らしい。
平成19年度全国学力・学習状況調査の調査結果
http://www.nier.go.jp/tyousakekka/tyousakekka_point.pdf
これらを見てもどのように質問したのかわからないので、この調査結果が、国語教育と学力全般の相関を意味しているのか、課外教育にも熱心な熱意ある学校ではどの教科にも成果を上げているということを意味しているのかも判然とはしない。
しかし、とりあえず、大変貴重な資料である。

asahi.com
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正答率高い学校「書く・読む」重視 全国学力調査
http://www.asahi.com/life/update/0123/TKY200801230359.html
2008年01月23日21時32分
------------------------------
小6と中3を対象に昨年4月行われた全国学力調査で、国語と算数・数学の平均正答率がいずれも高かった学校は、国語で「書く習慣」や「様々な文章を読む習慣」を身につけさせる授業をよく行っていたことが、文部科学省の分析で分かった。同省は「書く力や読解力は国語だけでなく、他の教科の学力でも重要ということの表れ」とみている。
文科省は昨年10月に学力調査の結果を公表したが、学校長らが記入した「学校質問紙調査」の結果と平均正答率の関係について分析。相関関係がみられた内容を23日、新たに発表した。
Tky200801230372
今回の分析では、公立学校のうち国語、算数・数学のA問題(知識中心)とB問題(活用中心)すべてで、平均正答率が全国平均より5ポイント以上高い「A群」(小学1024校、中学321校)と5ポイント以上低い「B群」(小学1320校、中学523校)に分類。その結果、「国語で書く習慣をつける授業をよく行っていた」のはA群で小学28.8%、中学37.1%に対し、B群では小学16.5%、中学21.6%。「様々な文章を読む習慣」を狙った授業をよく行っていた場合も、同じ傾向だった。
一方、すべての学校を比べた項目では、「朝の読書」など一斉読書の時間を設けている学校が、設けていない学校と比べ、平均正答率が全科目で2~3ポイント、高かった。
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この記事の信頼性はともかく、日本における母語(母国語、日本語)の教育には、多くの問題がある。
(1)「日本語は論理的ではない」という非論理的言説が教育界や日本の「インテリ」に蔓延している。
(2)学習指導要領で間違った日本語文法を押し付けている。
(3)小中高の「国語」教師は、指導要領にある「トンチンカン日本語文法」を教えたいとは思っていない。
(4)多くの国では、母国語の教育で論理性や倫理性を教えるが、日本では論理も倫理も「国語」では教えない。

ここでは詳しく取り上げることができないが、たとえば、「(2)学習指導要領で間違った日本語文法を押し付けている」については、次の記述を見ると良く分かる。たとえば、日本語が「主語、述語、・・・」でできているかのような誠に怪しげな主張がされている。
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学習指導要領(国語科編)昭和26年 改訂版
・・・
三 文法学習指導の内容
 文法は国語を学習する場合にはいつでも学習されている。ただそれがことばづかいを反省して、言語の機能を知り、それを普遍的な法則にまとめていくときに文法教育がはじまるのである。小学校においても当然、児童はいくらかの文法的な知識を持ち、文法的な自覚を持たなければならないが、中学校・高等学校の文法学習指導に際しては、次のような内容が考えられる。
 (一)文。
   表現の単位としての文と、その成文や組み立てを明らかにすること。
  イ 文のいろいろな型。
  ロ 文の成分。
   主語と述語、修飾語および接続する語などに分けて意味をはっきりさせること。
  ハ 文の組み立て。
   句と節、ひとつづきのこみいった考えをまとめ、二つ三つの文をつないで一つの長い文とすること

・・・
-----------------------------------------
昭和26年の「学習指導要領」とはずいぶん古いものを持ち出したと笑うなかれ。実は、その後もこの規定に沿った教科書作りと学習指導が私たちの国では行われているのである。そのうえ、いつの間にか、英語文法的拡大解釈がされて、「主語が2つあってはならない」などという「国語文法」が定着しているのである。

日本語に「主語」などというものがあっただろうか。
日本語はS-V-Cの構文だろうか。日本語を英語的に解釈しようとしているだけではないだろうか。
この種の問題については次のような本にゆずって今は詳しくは述べない。

三上 章、「象は鼻が長い―日本文法入門 」、三上章著作集、くろしお出版(1960)
大野 晋、「日本語とタミル語」、 新潮社(1981年)
大野 晋、「日本語の起源」、 岩波新書、岩波書店(2000)
金谷 武洋、「日本語に主語はいらない―百年の誤謬を正す」、講談社選書メチエ、講談社(2002)
大野 晋、「弥生文明と南インド」、岩波書店(2004)

だからこそ「(3)小中高の「国語」教師は、指導要領にある「トンチンカン日本語文法」を教えたいとは思っていない。」のである。
日本語文法がS-V-C構文でできているはずはないし、"主語が2つあるように見える"「象は鼻が長い」は、正しい日本語である。「君は、心が美しい」といわれてうれしくない日本人はいない。このような文章を「間違った日本語だ」と教えなくてはならない国語教師こそ、悲劇である。だから、心ある国語教師は、「国文法」を決して教えないのである。

そのうえ、「(1)"日本語は論理的ではない"という非論理的言説が教育界や日本の"インテリ"に蔓延している。」ので、「(4)多くの国では、母国語の教育で論理性や倫理性を教えるが、日本では論理も倫理も「国語」では教えない。」のである。
欧米でも中国やベトナムなどでも、「レポートの書き方」は、小中学校の学齢から必須科目である。日本では、相変わらず小中高で「作文」課題として、「感想文」を書かせている。
「レポートの書き方」は、日本では、大学の一握りの主として理工系の教師(私もその一人)が、額に汗して涙に暮れながら教えているのである。論理的に表現するスキルを学ばないということは、論理的に思考することを学ばないということでもある。見渡せば、学生の論理的構成能力の欠如を嘆く御仁は多い。その通りだ。でもそれは学生の責任だろうか。学生の論理的構成能力を育てない「教育」の責任なのではないだろうか。誰も教えてくれないのに、できないのが悪いと言われても、学生らは先生からイジメられているのかなとボンヤリしてしまうだけなのである。
生活感想文、読書感想文、旅行感想文、・・・。日本の識字率向上に絶大な力を発揮した「生活つづり方運動」の成功体験から抜け出せないのか、日本では、論理的な文章の書き方を教えていないのである。
そもそも、地上のどの民族にも論理的思考能力のない人はいるが、論理的でない言語は存在しない。言語が論理的でなければ、その民族の生存は保証されないにちがいない。日本語は(も)、きわめて論理的にできているが、これを正しく使いこなせない論理的でない人たちがいるだけである。
"日本語は論理的ではない"とおっしゃる日本の"インテリ"の皆さんは、そもそも自分の言葉(日本語)で「論理的」にモノを語れないもどかしさを感じていらっしゃるのだろう。それは、その人たちが、おそらく論理的にモノを考える能力に乏しいのだろうと私は思うのである。

次の文章は、金谷武洋氏のブログ 「金谷武洋の『日本語に主語はいらない』」の最初の記事である。
http://blog.goo.ne.jp/shugohairanai/c/0f14548b479ded2a908c26723cf93cd7
http://blog.goo.ne.jp/shugohairanai/e/8cac7455b858ea67df0a04c4ee1793ef
--------------------------------------------
はじめに
日本語文法は未だに日本語の感性を、語感を、
反映したものとなっていない。
自分の背丈に合わないだぶだぶの燕尾服を、
百年の長きにわたって着せられてきた日本語を不幸だと思う。
日本語にはやはり和服がいい。
--------------------------------------------
ここには、「はじめに」に始まってたくさんの記事が書かれているが、どれも示唆に富む記事である。
(注)金谷武洋 モントリオール大学東アジア研究所日本語科科長。

日本語が直面している不幸な現実には目を覆うばかりだが、日本語の能力を高めることが日本人の知力を向上させることは間違いがない。知力と学力は必ずしも同じではないが、日本語の能力を高めれば、学力も向上するだろうと容易に推測がつくのである。
母語を自在に操れれば、わが心の中の事柄を反芻し、思索を深め、概念の峻別・複合化・高度化を図ることができるようになる。逆に、母語が自在に操れない限り、わが心の中の事柄を反芻し、思索を深め、概念の峻別・複合化・高度化を図ることが不完全で、知性の欠如がその人の心の病態となるのである。
文部科学省の発表は、「読み書きの指導を強めれば、学業成績も向上する」といいたいに違いない。そのように断定するには、この調査分析だけからはでは少し乱暴だとは思うが、好意的に解釈して、私は、もしかすると、この記事はその状況証拠くらいにはなっているかもしれないと思うのである。

教育の現場では、さまざまな日本語作品を読む時間を増やすこと、レポートの書き方を教えることが必要である。
また、正しい日本語文法の構築のために、いらぬ圧力を排して多くの人々が研究参加することを呼びかけるものであります。

もっと、母語(母国語、日本語)の教育を! 子供たちに、もっと、知性を!

△次の記事: 心理、教育、社会性の発達(49)
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琵琶


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なれるものなら貧乏でも名医に、ヤブ医者は病(やまい)治(なお)して命を奪う--街に活力を(11)

(「鐘の声 ブログ」記事マップ)

2008/01/20
なれるものなら貧乏でも名医に、ヤブ医者は病(やまい)治(なお)して命を奪う--街に活力を(11)

およそ1年前、東部東上線にのって埼玉県に行ったときの話である。
実は、駅に降りてからタクシーで30分ほどのところに、地球観測センターという施設がある。国が進めるリモートセンシング施設である。当時、私の会社のスタッフはこのセンターのシステムの改修作業にあたっていた。そのせいで、私も頻繁にここを訪れていた。この仕事はたいへんエキサイティングな部分があって、なかなかのドラマだった。ほとぼりがさめたころ、いろいろと書きたいことがあるが、今はこれには触れない。
何度も通っているうちにタクシードライバーの何人かと顔見知りになり、親しくなった人もいた。
ドライブの途中には、人家もあり、ところどころ街になっている場所もある。大手の私立大学のキャンパスの横を通過するところもある。しかし、目に入るものは、圧倒的に田んぼであり、畑である。すばらしい田園地帯だ。
「いいところですね、心が洗われるようだ」(私)
「都会から来た人は、そういいますね」(運転手さん)
「住んでいる人には、よくないってこと?」(私)
「貧しいですよ、・・・、農家には後継者はいないし、畑は荒れるしね」(運転手さん)
「もしかして、運転手さんは農家の出身?」(私)
「わかりますか。後を継ぎたくてもね、農家じゃ、お金が稼げないし、仕事はきついし、ごみは捨てられるしネェ」(運転手さん)
「でも、タクシー業界だってそう楽じゃないんでしょ」(私)
「そうなんですよ。でもね、農家やろうと思ったときには、畑が畑じゃなくなっていたんですよ」(運転手さん)
「畑が畑じゃないって、何?」(私)
「・・・、お客さん、10分くらい時間ありますか」(運転手さん)
「うん、今日は少し早めに来たからね」(私)
「メーター降ろしておきますから、ちょっと付き合ってくださいよ」(運転手さん)
「いいよ」(私)
「見てもらったら、わかりますけどね。農家が丹精していた土地が、まるで台無しなんですよ。あそこにもここにも見えますよ。ほら、遠くからではわかりにくいでしょうけれど、ゴミの山ですよ。重金属だの得体の知れない油だのが入っているんで、ゴミをどけてもとても作物は作れないんです」(運転手さん)
「本当だ、・・・、ひどい・・・」(私)
「あの小川の向こう側がうちの農地です。いや、うちの農地だったところです。夜、人気がなくなったころ、ゴミを捨てにトラックがやってくるんです。小川沿いの道を整備したあとのことです。道がよくなるって、親父は喜んでいたんです。道路際の土地も喜んで提供しました。しかし、道の整備が終わったら、2か月もしないうちに、畑の3分の一はゴミに埋まっていました。はじめは、父ちゃんと母ちゃんでゴミを片付けて、土壌を入れ替えたんです。耕運機で耕して、明日は種まきしようと言っていた晩に、またトラック5台分くらいのゴミが積まれていたんです。役所に言っても、地元の政治家に言っても、なしのつぶてだったです。ただ、ゴミを片付けるのは地主の責任だってことは皆が言っていましたから良く分かりました。片付け切れませんから、今ではあきらめて、されるがままになっています。この一画だけで8反あります。もう全部がゴミの山になっています。実は、もっと奥に残った畑が5反くらいあるんで、父ちゃんと母ちゃんは今はそこを耕しています。父ちゃんと母ちゃんは、年もとったし、そんなに多くの畑はやれないしナ、と言ってます。去年の暮れに、素性がよくわからない不動産業者という人が突然やってきて、このゴミバタケを一坪100円で買うというんで、父ちゃんと母ちゃんはハンコを押したといっていました。どうせお前らは畑仕事なんかやんないだろうしよ、と言っていました。失ってみると、悔しいです。取り返せるなら取り返して、ドライバー辞めて農家になってやりたいって気持ちもないわけじゃないです」(運転手さん)
運転手さんの目は涙で光っていた。
見渡せば、真新しい道路に接している畑には点々とゴミ置き場が見られる。
農家は、疲弊している。体力を失った人体には感染症の細菌やウイルスが取り付きやすいように、体力を失った耕作地にも豪腕の簒奪者がひそかに侵入し、むさぼり、患部を次第に広げているように見受けられた。

もしも、耕地と農家を再生させるのであれば、性急に道路を整備したり、施設を誘致するなどの行為は殺人行為に等しいだろう。その行為は、体力の弱った病人を、いきなり切開したり、移植手術するのとよく似ている。良かれと思ってしたことでも、患者が死んでしまう公算は大きい。病(やまい)治(なお)して命を奪う、ということである。
これらの耕地を元に戻したり、新しい農業の発信基地にしたいならば、まずは、農家や農業法人が、その地で大きく利益が上げられて、体力を回復し、元気な耕地にすることが先決である。農家に余力が生まれれば、ゴミの不法投棄に対抗するフェンスを設置したり、投棄されてしまったゴミを撤去して土壌を入れ替えたりすることもできるようになる。今は体力がないから、対策も進まないのである。
人間でも、手術する前は、体力を回復するための安静期間を設けて、食事療法や点滴などで養生し、ころあいを見て施術にはいるものである。
ヤブ医者は、病(やまい)治(なお)して命を奪うが、名医は術前に十分な養生を勧めるのである。
耕地の再生には、新しい品種、施設栽培、植物工場、農家が主人公となるファーマーズマーケット(農家経営のオープンマーケット)などが、有効である。体験型市民農園の導入も観光農園もよい。体力回復のためには、これらの処方に沿って、我慢強く耕地の運営をし、その後、域外車両の侵入防止柵、ゲート、フェンス、道路整備などが進められるべきである。順序を誤れば、病(やまい)治(なお)して命を奪うことになりかねない。段階的手順が必要である。
世間には権威を振りかざすヤブ医者ばかりが威張っているように見えて、名医は目立たない。ヤブ医者はもうけて、名医は貧乏をしている。ヤブ医者は高額医療を施してまた病を作り出してゆくが、名医はお金のかからない医療で健康な人を増やすからである。
まぁ、いいさ、ヤブ医者には言わせておけ。私は、なれるものなら、貧乏な名医を目指そう。・・・、私は、心に誓った。

「運転手さん、5反もあったら、年収 1,800万円くらいになる農業のやり方があるんだ。こんど、機会があったら、そんな農業のやり方を教えてくれる専門家を紹介するよ」(私)
「えっ、本当ですか」(運転手さん)
農家出身の運転手さんは目を大きく見開いて、振り返った。

どういうわけか、あの運転手さんとはその後会えていない。どうしているだろうか。

△次の記事: 街に活力を(12)
(準備中)
▽前の記事: 街に活力を(10)
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琵琶

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  ・妻が、車に撥ねられるシリーズ
  ・その他、シリーズ外

福田首相の「生活者・消費者重視」論と「社会的サービスを担う市民」の現実--情報社会学、予見と戦略(16)

2008/01/18
福田首相の「生活者・消費者重視」論と「社会的サービスを担う市民」の現実--情報社会学、予見と戦略(16)

昨日(1月17日)、自民党の党大会が開かれて、福田総裁が「徹底的に国民の立場に立つ政治を貫徹する」と演説した。

ヤフーニュース2008.01.17
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<自民党大会>「生活重視」へ政策路線を一変 参院選を反省
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080117-00000130-mai-pol
1月17日20時13分配信 毎日新聞
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自民党は17日の党大会で、福田康夫首相(党総裁)が「徹底的に国民の立場に立つ政治を貫徹する」と宣言し、安倍晋三前総裁の「美しい国」から「生活重視」へ政策路線を一変させた。理念偏重で惨敗した参院選を反省し、18日から始まる通常国会の論戦では「国民の生活が第一」を掲げる民主党と国民生活に身近な政策で競う構えだ。ただ、ガソリン税の暫定税率や年金記録問題など難問が山積しており、内閣支持率が低迷する現状を打開するのは容易でない。
「国民の中に入り、国民の声に耳を傾け、国民の自民党に対するまだ消えぬ期待の炎を、燃え盛る支持と支援の炎に変えていく」
首相は演説で生活重視をテコに党再生にかける決意を強調した。
運動方針は、重点政策の上位に格差是正や農業政策などを掲げた。起草した党幹部は「昨年の方針は新憲法制定など国家理念が前面に出て、農業など身近な問題が隅に追いやられたと国民に受け止められた」と路線転換の理由を説明する。
政府・与党はすでにコメの備蓄を100万トンまで積み増す緊急対策や、高齢者医療の負担増凍結など、対策の具体化を進めている。加藤紘一元幹事長は記者団に「安倍前首相からガラッと変わって、理念より生活と言ったのはよかった。去年こうなっていたら、参院選でここまで負けなかった」と指摘した。
生活重視への転換は公明党も歓迎だ。「大リーグのイチロー選手は1番バッターも3番バッターもできる。公明党も政策実現の1番バッター、時にはちょっと3番を打つこともあるという戦いを展開していきたい」。太田昭宏代表は来賓あいさつで、こう強調した。
しかし、焦点となるガソリン税の暫定税率問題では、撤廃を主張する民主党が「1リットル当たり約25円安くなる」と宣伝に力を入れる。与党内には「地方は車で移動するから、5年、10年先の道路よりガソリン代の値下げを選ぶ」(幹部)との危機感も強い。民主党と同じ「生活」対決の土俵に乗ることで、窮地に追い込まれる可能性もある。【堀井恵里子】
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この発言にいたる伏線は、年初の発言に見られるものである。福田氏は、明らかに、何かに気づいて、方向転換を図ろうということのようだ。

毎日JP2008.01.04
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福田首相:「生活者・消費者重視」姿勢を鮮明に
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080108k0000m010056000c.html
毎日新聞 2008年1月7日 19時19分 (最終更新時間 1月8日 0時28分)
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福田康夫首相が「生活者・消費者重視」に政策の軸足を置く姿勢を鮮明にしている。今月4日、消費者行政の一元化に取り組む方針を表明。食品表示偽装に対応したGメン創設など緊急対策や社会保障の制度問題を検討する国民会議の設置などをこれまでに次々と打ち出している。昨年の参院選では「美しい国」を掲げた安倍晋三前首相が民主党の生活重視路線を前に惨敗した。次期衆院選でも年金記録問題などが焦点になりそうなだけに、同じ轍(てつ)を踏みたくないという与党の恐怖感が反映しているようだ。
「国民の立場に立った政治や行政が必要だ。何か民主党の主張と似通ってきたような感じがしないでもないが、いいことは何でも取り入れたい」。首相は7日、東京都内のホテルで開かれた「連合」の新年交歓会で、冗談めかしてあいさつした。
もともと首相は「国民の安全・安心を重視する政治」を昨年10月に行った所信表明演説の柱に据えている。年明け後はこれに拍車がかかった格好。今月1日の年頭所感で「今年を『生活者・消費者が主役となる社会』へと転換していくスタートの年にする」と踏み込み、4日の記者会見でも「国民本位、生活者本位の社会をつくる」と強調した。昨年の年頭の記者会見で安倍前首相は参院選に向け改憲問題の争点化に強い意欲を示したが、結果的にこの戦略は裏目に出た。この教訓を政府・与党は意識しているとみられる。
ただ、首相の意気込みの空回りを危ぶむ声もある。「消費者行政の一元化」にしても、「議論が全然煮詰まっていない。省庁のどの部分を切り分けるのか、たいへんな作業になる」(首相周辺)のが実情。自民党内には「消費者庁」の新設を求める意見もあるが、政府は当面、内閣府国民生活局の機能強化などを検討する方向だ。
一方、年金を含む社会保障制度全般の給付と負担を議論する「国民会議」が今月発足するが、首相が期待した民主党の参加は見込めず、年金財源としての消費税増税に向けた地ならしは進みそうにない。【中田卓二】
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私は、以前から、「情報社会学、予見と戦略」の中で、市民が主人公である時代になっていることを指摘してきた。私は「消費者」ではなく「市民」という言葉を選ぶ。しかし、捉え方はずいぶん違っているが、私も福田総裁も見ているものは同じであることは間違いがないだろう。
私は、はるか1980年にさかのぼって、市民参加型社会を作ろうとして市井にあって汗をかき、呻吟(しんぎん)してきた団塊の世代があったことを指摘してきた。2010年にはその時代は終わるが、すでに2005年から、市民参加社会が始まっており、市民は社会サービスを一方的に受けるのではなく、社会サービスをする側に以降をはじめていることを指摘してきた。
社会サービスをする側に回った市民は当然その発言力を強化する。今は、市民は手始めに、食品、健康、介護など生存に直接かかわる生理的要望を満たす社会サービスに参加している段階である。とりもなおさず、社会サービスをする側に回れば、市民は、行政の裏面も、政治家の裏面も多くは目撃してしまうことにもなる。行政も政治家も、食品業界、医療・医薬品業界、介護業界も、まやかしや横暴は市民の手によってことごとく暴かれてしまうことになる。昨年はこうして多くの「偽」が暴かれた。
社会サービスをする側に回った市民は、国や行政からのおこぼれを当てにするかつての「おねだり市民」ではない。国や行政も「市民買収政策」をとっくにやめているのである。市民は、初めて、本当の意味で主権の座にありつこうとしているのである。
政治家が、国や行政からの予算をちらつかせて支持誘導をするのは、もうとっくに限界に達している。自民党はこれに気づくのが遅かったのである。2008年の今、福田総裁はやっと気づいた。市民は2005年には変化していた。昨年行われた参議院選挙で自民党が惨敗するのは当然だった。
他方の民主党は、一歩進んでいるのだろうか。彼らもまだこの事態に本当に気づいているとは思えない。ことを性急にすすめる行政におされて、「市民買収政策の"性急な"打ち切り」を進めてきた小泉-安倍自民党に対抗して、小沢民主党は「市民買収政策の"段階的"打ち切り」を主張して保守的な「おねだり市民」の支持を得たに過ぎない。
ここには、保守と革新が奇妙にねじれた関係になっている構造が見て取れる。民主党は、保守的な「おねだり市民」党と「自立する市民」党の二つに分裂する要因を組織内に内在させている。民主党が今以上に政権に近づくと、この対立は激化し、本当に分裂してしまうこともあるに違いない。
いま、国政や地方行政に必要なことは、全ての分野で、社会サービスに乗り出す市民と手を結び、自立を支援し、自分たちは背景に退いてゆくことである。いつまでも、社会的サービスの全てを行政が担おうというのはコストパフォーマンスが悪すぎる。行政組織や外郭団体を大胆に整理縮小して、民に任せよと言いたい。今こそ小さな政府を、と言いたい。
マスコミで見ると消費者問題が盛り上がっているようだからから、これを好機とばかりに「消費者問題関係の行政組織を膨らませる」ことの口実にするというのは、時代に逆行するものである。ましてや、だから消費増税だというのはこじつけにすぎる。むしろ、消費者問題を実務的に取り扱う市民活動や民間企業を、行政は大いにバックアップし、支援して、行政は小さくなって無駄なコストをかけずに見守っていれば良いはずなのである。これならば増税もいらないだろう。
このようなことを真に理解し実現できる政党や政治家は、今、いるのだろうか。以前から、政治には関心がうすく、政界の事情に疎い私には良く分からない。
一筆啓上、福田総裁殿、「生活者・消費者重視」などと言っているようでは生ぬるいような気がするのですが、・・・。

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早く到達しすぎたリッチクライアントシステム「世界初MMLシステム-その3」--アルゴリズム戦記(19)

(「鐘の声 ブログ」記事マップ)

2008/01/14
早く到達しすぎたリッチクライアントシステム「世界初MMLシステム-その3」--アルゴリズム戦記(19)

ミニシリーズ:アルゴリズム戦記「世界初MMLシステム」(全4回)
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1.花のマックスファクターとの出会い「世界初MMLシステム-その1」
  --アルゴリズム戦記(17)

2.ユーザを待たせないアルゴリズム「世界初MMLシステム-その2」
  --アルゴリズム戦記(18)

3.早く到達しすぎたリッチクライアントシステム「世界初MMLシステム-その3」
  --アルゴリズム戦記(19)

4.MMLの終息、そして今へ「世界初MMLシステム-その4」
  --アルゴリズム戦記(20)

-------------------------------------------------------------------------------
前回の記事から続く

実は、この「端末には端末の得意な処理を、ホストにはホストの得意な処理をさせる」という発想こそがMicro Mainframe Link(MML)というものの考え方そのものであったのである。
とりわけグラフィック画面の生成はパソコンのほうがはるかに速いことがこの発想のその第一の基になっていた。しかも、もしホストコンピュータでグラフィック画面を生成してから端末に送るのであれば、元になるデータの数千倍ものデータ量を転送しなければならないのである。転送時間を考えると、それは、ありえない選択だったのである。
この仕組みを少し詳しく説明することにしよう。

(1)物理的な通信について
今のようにインターネットが存在するわけではなかった。室内でホストコンピュータ(ACOS2)とパソコン(N5200)を繋ぐことはできた。この場合、パソコン(N5200)は単なる端末になるだけである。一方、公衆回線を介してコンピュータ通信を実現する方法に普及型の汎用的な方法は存在していなかった。我々がほしいのはいわば、ホストコンピュータ(ACOS2)とパソコン(N5200)の対等な公衆通信であった。
HDLCプロトコルは使えそうだったが、NECには対応する標準的なユーティリティが存在しなかった。
一時はRS232Cを利用して音響カップラーでの通信も検討されたが、死ぬほど遅いことが予想され、とても手を出す気にはなれなかった。
そのうち、NECの技術者たちがHDLCプロトコルを利用するユーティリティを発掘して届けてくれた。おそらくは金融システムの分野で使用されていたものだろうと推測された。N5200でこれを使用するためには少しばかり繋ぎとしてアセンブラで組まなければならない部分があったが、例のデブとヤセの2人組みがこれにはせ参じて対応してくれた。
この分野は、試行錯誤しながら何とか進んでいった。

(2)アプリケーション上の通信について
この部分については、私に秘策があった。
アプリケーション上の通信については、できるだけ小さなデータセットの往来で、ホストコンピュータとパソコン(後にはサーバとクライアントと呼ばれるようになったもの)が、最新情報を共有し、正しい情報に基づいて協調的動作をするようにするという考えであった。
1)最新情報の共有
ホストコンピュータとパソコン(後にはサーバとクライアントと呼ばれるようになったもの)が共通して持っていなければならない最新情報とは、この場合、分析軸に関する情報である。
分析軸は固定的なように見えて、頻繁に修正が加えられる。この問題については、前回の記事に書いた通りである。たとえば販社につながる営業所は年に何度も統廃合や新規オープンがある。市区町村の統廃合や名称変更も頻繁である。商品軸に至っては新製品発表や廃番商品も頻繁なのでさらに激しく変更が加わるのである。これらの変更は、画面からのデータ変更操作で容易にできるようにした。これらの軸に沿った編成データは、夜間バッチで生成される。
夜間バッチでは、夜間バッチが走り始める直前までに修正された分析軸のデータが利用されるので、前日までの分析軸とは異なる集計の方法がされている可能性もあるのである。N5200が、古い分析軸のデータに基づいて該当するデータを要求しても該当データがない危険性もある。そこで、N5200にもホストコンピュータ側にもそれぞれが保持している最新の12個の分析軸の基本データの更新日時と大量データの更新日時の一覧(テーブル)を入れておくのである。もちろく、更新日時を管理しているテーブル自体の更新日時も管理する。
まず、パソコン側のシステムが起動するとN5200は、更新日時を管理しているテーブル自体の更新日時をホストコンピュータに送る。ホストコンピュータは、自分の持っている更新日時を管理しているテーブル自体の更新日時と同じであれば、OKの情報だけを返す。この場合、N5200はこれ以上基本データの要求を送ることなく、ユーザーからの要求(ほしい表示に関する要求)を待つことになる。
もしも、ホストコンピュータが持っている「更新日時を管理しているテーブル自体の更新日時」のほうが新しければ、「更新日時を管理しているテーブル」のデータを接続中のN5200に送り返す。受け取ったN5200は送られてきた「更新日時を管理しているテーブル」のデータと自分が持っていた「更新日時を管理しているテーブル」のデータを仔細に比較して、自分が持っている基本データの更新日時のほうが古くなっている基本データをピックアップして、送信要求を行う。ホストコンピュータは要求に応じて更新されている基本データを送り返すのである。多くの場合、全ての基本データが更新されていることはないので、せいぜい1つか2つのデータが送られるにとどまるので、時間はかからない。かくして、ホストコンピュータとパソコンは、共通の認識の上でデータのやり取りが可能になるのである。
人の世界でも正しく情報がやり取りされるためには、共通認識が極限までに完璧になされていることが必要である。情報システムにおけるコミュニケーションにおいても事情は全く同じということである。
さてさて、そもそもコンピュータの世界では難しい問題に直面したら、人ならばどうするか、と考えてみることが、良いシステムをつくるコツである。人が考えてなすようにコンピュータにもさせてみること、これが人工知能の基本的な考え方であるが、これがここでも効を奏したのである。
ホストコンピュータとパソコンN5200が回線を介して共通認識に立つことになれば、N5200に提示される分析の軸もホストに持っている大量の編成データの分析軸と同じものが表示されることになる。パソコンN5200の前に座っている人は、その提示された分析軸の中から自分がほしい軸のレベルとそれらの組み合わせを指定できるのである。このようにすれば、N5200がホストに要求する1ページ分のデータに該当がなかったり、間違ったデータを指定したりすることはなくなる。
2)表の表示とグラフの表示
当時は、表やグラフをパソコンの画面上に表示使用とするならば、座標の一つ一つを計算して描かせなければならなかった。表とグラフではまったく別のロジックが必要だったが、それぞれに計算処理が必要なのは共通していた。処理速度を稼ぐためにC言語を利用したが、スピードを上げる工夫はそれが全てではない。
従来の考え方で、仮に同様のシステムを作ろうとすれば、表やグラフを作る計算はホストコンピュータ側で実行して、端末はその結果のマッピングデータを転送して受け取るというものにならざるを得なかった。ホストコンピュータには、当然のことながらグラフィックボードなどはない。それだけでも計算はパソコンに比べて極端に遅い。複数の端末から要求があると要求同士がぶつかってハングアップすることもないとはいえない。しかも出来上がったマッピングデータは、元のデータの数千倍の容量になる危険性がある。通信時間を考えるととても実用的ではない。
私の考えは、元データだけをホストから持ってきて、計算は全てパソコン側でやるというものであった。当時もパソコンN5200はそれなりのグラフィックボードを持っていた。しかも、複数の端末からの要求を受け取ることなどありえないい、--何しろ当該のパソコンを使用している一人のために計算を行うだけなのだから、他からの要求などが飛び込んでくる恐れはなかった。パソコンの中で生成するデータが元データの数千倍になろうとも、通信に必要なデータは元データのままなのだからごく小さいのである。
要は、今の技術で言えばリッチクライアント技術の考え方であるが、それを20年前の当時の環境が許す範囲ですっかり実現したようなものだったのである。いわば、それは早く到達しすぎたリッチクライアントシステムだった。

当時としては考えられないパフォーマンスに関係者は驚嘆してくれたようだった。
情報処理学会には招待を受けて講演をした。
http://fw8.bookpark.ne.jp/cm/ipsj/particulars.asp?content_id=IPSJ-IS87017002-PDF
その後、デモと講演の依頼が次々とやってきた。その後しばらくはコンピュータ業界で私は英雄扱いだった。全国でデモと講演は行われた。その数は数十回、仙台、大宮、東京、横浜、静岡、名古屋、京都、大阪、和歌山、広島、福岡、・・・、おかげでたくさんの土地のおいしいモノを知ることができた。花王、ライオン、エステー化学、・・・などなどの大手企業にも出向いた。
さて、ところで、このようなデモと講演の依頼は、零細な当社にとっては経済的に大変な負担でもあった。主として依頼をもたらせてくれたのは、NECの装置産業事業部とその関連企業からである。NECの優れた技術の紹介をしてほしいというのである。NECの皆さんのお力添えもなければ実現できなかったシステムであることを思えば喜んでお受けするのが当然だったが、私たちの会社のフトコロを直撃することにもなった。NECは化粧品業界の巨人マックスファクターがその費用を負担していると思っていた節があり、マックスファクターは依頼主のNECが私にその費用を支払うのが当然と思っていたところがあったようだ。1回の出張で、機材の運搬、旅費宿泊費、スタッフの人件費を合わせるとかなりの金額になる。音を上げて、NECやマックスファクターに補助を願っても「検討する」との回答だけでなしのつぶて・・・。結局、NEC東芝の営業部長さんが数万円の謝金を1度だけ捻出してくれたことがあったに過ぎない。1回分の費用にしてもまことに"焼け石に水"というべきだった。計算したことはないが当社にとっては数百万相当の負担だったに違いない。名誉ではあったが、困惑の極みであった。しかも、出先で待機して下さるNEC関連の社員さんたちは、ご当地に宿泊することになる私たちと夕食をともにしてお酒を楽しそうに飲むことが多かったが、率先して自分の分を支払う方はほとんどいなかった。あえて、請求するのもはばかられたので、ニコニコと私が支払うはめになった。皆さんともに人柄の良い方ばかりだったが、通常業務とは別に、我々の出張に付き合うように上司から命じられただけなのだろう。本人たちの自己負担となるのは筋違いというものである。皆さんは、ご苦労様会ぐらいはしてくれて当たり前と思っていたに違いない。
いささか、嫌気が差し始めていたころ、突然、当時NECの装置産業事業部長をしていた金杉明信氏から呼び出しがあった。昭和63年4月14日のことである。驚いたことに宴会場はNECの装置事業部の関係者とその顧客企業の情報システム部のおえらい方ばかりが立派に着飾って会場狭しと詰め掛けていた。私はそんなつもりではなかったので貧相な普段着のままである。実は、装置事業部創立記念式典ということで、お偉い方々のご挨拶に続いた。そして、私の名前が呼ばれ、おずおずと壇上に登ると、最新技術の開発に貢献したとの説明があって、表彰状が金杉氏から手渡された。このときばかりは金杉氏がひどく大きく見えた。私はただただ唖然として驚き、ドッキリカメラでもあるのかと、思ったくらいである。私の心情を慮って、金杉氏が配慮したことだったらしい。金杉氏は後にNECの代表取締役になり、すでに亡くなっている。彼は、そのような配慮のできる方だった。このときの表彰状は、今でも我が家の居間に飾ってある。これを見るたびにほろ苦い思いがこみ上げてくる。

マックスファクター様の依頼でその後も、マイクロメインフレーム(MML)タイプのシステムは、次々に開発され、1991年3月マックスファクタが事実上倒産するまで続けられた。

その間に開発したシステムは、次の通りである。

昭和60~62年(1985年から1987年)
マックスファクター株式会社様向けマイクロメインフレーム(MML)タイプの意志決定支援システム「MDBSコース検索」を企画設計製造。アドバイザとしての活動の端緒となる。全国ネットシステム。後に当社から「DSS-CUBIC 希望」の名称でパッケージ販売する事になったものである。プロジェクトリーダー。
ACOS2,COBOL/S,ETOS52G,PTOS,COBOL5

昭和62~63年(1987年から1988年)
マックスファクター株式会社様向けマイクロメインフレーム(MML)タイプの意志決定支援システム「キャプテンサポートシステム(経営支援システム)」をアドバイズ&企画設計製造。全国ネットシステム。プロジェクトリーダー。
ACOS2,COBOL/S,ETOS52G,PTOS,BASIC

昭和63~平成1年(1988年から1989年)
マックスファクター株式会社様向けマイクロメインフレーム(MML)タイプの意志決定支援システム「プレゼテーションサポートシステム」を企画設計製造。PTOSの限界と言われたグラフィック処理を実現した。全国ネットシステム。アドバイズ企画設計。プロジェクトリーダー。
COBOL5,FORTRAN

平成1年~平成4年(1988年から1991年)
マックスファクター株式会社様向けマイクロメインフレーム(MML)タイプの意志決定支援システム「MDBSオーダ検索」をアドバイズ企画設計製造。予期駆動型フレーム理論を適用した人工知能型の検索、システム自動生成、帳票の自動生成の機能を持つシステムである。全国ネットシステム。顧客企業が他の企業に買収され事実上解体されため、プロトタイプの完成をもってプロジェクトを中断した。プロジェクトリーダー。
ACOS2,COBOL/S,COM-XE(通信ユーティリティ),
OS/2,PM,SmallTalk

最後のシステムは、予期駆動型フレームを使用する人工知能型のシステムで、エージェントシステムを狙うものであった。

(以下、つづく)

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「50歳からの手習いゴルフ」に「団塊シニア賛歌」を寄稿--情報社会学、予見と戦略(15)

2008/01/10
「50歳からの手習いゴルフ」「団塊シニア賛歌」を寄稿--情報社会学、予見と戦略(15)

昨年末、頼まれて、今年の1月1日付けで、「団塊シニア賛歌--市民社会の主人公たちへ」という記事を書いた。
尊敬する友人M氏が主宰する「50歳からの手習いゴルフ」への[特別寄稿]となっている。
今朝(夜半過ぎのメールで)、共通の友人のN氏から知らされて、この記事が美しく組まれて掲載されていることを知った。
この記事を書いた瞬間は、果たしてこの内容が「50歳からの手習いゴルフ」にふさわしいかと悩んだ。あの温厚にして鑑定眼鋭い主催者のおめがねにかなうだろうかと心配だった。さらには、私はゴルフを全くしない人種でもあるので、私のような人が書いてよいのかとまよった。記事のファイルを送るメールには、「ダメならボツにしてください」と書いたくらいである。実際、掲載されるかどうか心配だったので、あえて見ないようにしていた。正直、M氏からは採否の連絡も来ないので、ハラハラしていた。
実際は、心優しいM氏は、私の記事を掲載していてくれたのである。
Mさんありがとうございます。
知らせてくれたNさんにも感謝します。

記事の内容は、団塊の世代が担ったマイコンブームに始まる市民参加型社会への悪戦苦闘の過去の30年と、これからはじまる社会サービスの担い手としての次の30年を書いたもので、主としてこのブログのシリーズでこつこつと書いてきたことのまとめにもなっているものである。
個人ブログ: 「情報社会学、予見と戦略」シリーズ

団塊シニアの皆さん、あなたたちはがんばって生きてきた。でもこれからも、まだ活躍はしなければならないし、できるということでもあるわけです。さぁて、子や孫たちのために、やってやるまいでか。
我と皆さんに乾杯!!!

△次の記事: 情報社会学、予見と戦略(16)
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2008年、高まる市民の自立に潮目あり--社長の条件(35)

2008/01/01
2008年、高まる市民の自立に潮目あり--社長の条件(35)

当社の設立はおよそ27年前、1981年の3月だった。
私もまだ若く血気盛んだった。設立のスローガンは、生意気だったかもしれないが、「最新の科学技術を万人のために」であった。
当時は、何もかもが一握りの特権的な人々の手の内にあった。政治、経済、教育、行政、・・・。人々は形式上の平等の中にはいたが、知らされず、思うところもなく、まだまだ操られる存在だった。
私たちだけでは多くのことはできないだろう。しかし、せめて「最新の科学技術を万人のために」解放し、伝えることはできるに違いない; 人々は最新の科学技術を身近に理解できるようになることと、それを容易に利用できることを望んでいる; ここに社会的貢献の機会があり、我々のビジネスチャンスもある; 喜ばれて対価もいただける仕事こそ、生涯をかけるに値する仕事だ; と、当時、私は強く心に誓った。それが、理工学書の出版と技術計算のシステムハウスを兼ねる、当時としてはたいへん珍しい企業の船出だった。
あれから、およそ一世代の年月が経過して、人々は社会のあらゆる分野で社会のいたるところで市民権を獲得すべくあがき、傷つきながらも成長し、いたるところに市民が参加している社会を作り上げてきた。社会のいたるところに市民が参加したり、いたるところに目が届くようになってきたのである。この動きは、全世界で同時的に進行してきたのである。
社会のいたるところに市民が参加したり、いたるところに目が届くようになっているのは、もはや当たり前になったのである。「こっそりと隠れて、一部の人が他の大勢を操る」という時代は終わりつつあるのである。隠れてやったつもりのこともどこかの前次官のようにばれてしまう時代である。このようになるまでの変革の嵐の先端を担ってきたのはいわゆる団塊の世代と言われる人々である。学生時代は全共闘世代と言われたこの人たちは、学生時代から「止めてくれるな、おっかさん」と言い続けてきた人たちである。止めてもやめられない性格を遺憾なく発揮して、社会の様々な部分で、下積みをいとわず、傷つき、あがき、蹴飛ばされながら、いつの間にか、組織の、社会の、地域のリーダーになっていった。私はとうに還暦を過ぎていて、団塊の世代の皆さんより少し年上であるが、彼らの働きぶりに助けられ、導かれてきたと言ってよいだろう。そして、この人々の多くは、今年2008年に定年退職を迎えるのである。
その社会的な変革を助けてきた道具立ての中に、我らの情報システムの目覚しい進歩があったことは紛れもない。世間は、これを逆に見立てて、高度情報化社会が主役であったかのようにはやし立てて来たが、本質はその逆である。市民参加を求める広範囲で抗いがたい人々のムーブメントがあり、その道具としてコンピュータや情報システムが便利に使われてきた似すぎないのである。市民参加の巨大なムーブメントが主役であり、情報システムの発展普及は、その結果に過ぎないのである。
市民参加の巨大なムーブメントの時代が完成に向かって収束期に入っている。社会に参加してしまった市民は、今や単に社会サービスを受け入れる受身の市民でい続けることはできない。自分たちが社会サービスを提供する市民にならなければ、その存在が問われるのである。食品、健康(医療)、介護の自助組織は2005年頃を境に大きく成長した。次には、自警、防犯、などのための市民の自助組織が広がる時代が間もなくやってくるだろう。
2008年、すなわち今年は、団塊の世代が大量に退職するのだから、かれらは既存の組織を離れて市民主権の活動をますます盛り立ててゆくことになるだろう。
直近未来30年の人類史激動の予測図--情報社会学、予見と戦略(7)
自警・防犯・軍事の自助組織への準備--情報社会学、予見と戦略(14)

我々以外の情報システムにかかわる企業と人は、目先の利益に汲々としていたり、はなはだしきは、目先の利益だけを追って社会的糾弾を受けて倒産したりしている。
時代の流れを読み切り、その先を知っているのは我々である。我々にチャンスはある。
チャンスを生かすも殺すも、当社の後継者たる君たち次第である。
与えられているチャンスは、社会サービスに自らの力で立ち上がる市民の皆さんの力になること、この一点にある。
かつて「最新の科学技術を万人のために」というスローガンを掲げ、今も掲げている当社は、はからずも、その波頭に立っている。
追って来る者もいるだろう。追い越して行こうとする者もいるだろう。形をまねて魂入らずの者たちは、ほうっておけば、自滅する。なにも心配は要らない。ただただ、ほうっておけばいい。
しかし、われらと同じような心正しい者が、我々の動きを察して、後から追いかけてくれば強いライバルとなるだろう。ライバルは大歓迎である。我々は、その昔から、社内でこう言い習わしてきた--「競争とは、競って諍わぬことである」。強いライバルの出現はあるはずであると、ただただ心に秘めて、一層、心を磨き、技を磨き、自立する市民の力になろう。
今年も、一つ一つ、一歩一歩、わが身を磨けば、行く道をしっかりと見据えた我々に怖いものはない。
われらに勝機あり。

△次の記事: 社長の条件(36)
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