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心の信用収縮の時代の悲しみをバネに--情報社会学、予見と戦略(18)

2008/02/18
心の信用収縮の時代の悲しみをバネに--情報社会学、予見と戦略(18)

このシリーズは情報システムの老職人として眼前に浮かぶ「人類史の行く末」を思うままに書いている。2008年の今は、古いイケイケの時代(市民の社会参加へ、高度情報化社会)が終わって、市民が社会サービスを担う時代になりかかっている、と私は思う。
まずは、今の時代がどのような段階かを過去の記事で見てほしい。
直近未来30年の人類史激動の予測図--情報社会学、予見と戦略(7)
上記の記事に書いた図を以下に引用する。

060

私は、最近、このブログの別のシリーズ(「社長の条件」シリーズ)で、「疑心暗鬼の時代」を越えて生きる--社長の条件(36)という記事を書いた。ますば、困難な時代について、文字通り次世代をになう社員らに、私ともども自戒と慎重さを求めたかったからである。
市民が社会サービスを担う時代へ--この変化には夢も希望もある。一方、このとき、市民が自ら対処しなければならない暴力と戦乱もありうるということは何度も警告し書いた。
仔細に見れば、今は、暴力の増大の前に人々の「疑心暗鬼」がすでに始まっているのである。マスコミは金融の信用収縮を取りざたしている。確かに、アメリカのサブプライムローン問題に端を発する全世界的株安と経済不況がある。それも良い指摘だ。しかし、金融信用収縮は、部分的には比較的短期に技術的問題として緩和または回復するだろう。
実際問題、重大な問題は「金融信用収縮」の陰にある「心の信用収縮」である。これは、これから数年、否、底流としては30年近く続くだろうと思われる。日本人は、かつて、どちらかといえば他人は自分に向かって善意を持って行動するという前提で社会生活を送ってきた。今は、悪意ある他人かも知れないという前提で交流している人が目立って増えている。そうでもなければ振込め詐欺やカルトビジネスで大きな被害にあうのがご時世である。お人よしのはずの日本人でさえ、他人が信用できなくなっているのである。
教育の現場では「モンスターペアレント(怪物的親)」という言葉がある。「うちの娘は箱入り娘にしたいから、誰とも喧嘩させないでくれ」「うちの子は塾で疲れているから学校では居眠りを認めてほしい」などとねじ込んでくるような親たちである。教育現場には実現不可能なことでもお構いなしに無理難題を持ちかける。また、他の子供の被害や損害には心が痛むことがないのであるる。ただひたすら、自分の家族の利害しか眼中にないのである。「モンスターペアレント(怪物的親)」というよりは「自子中心主義」である。下記の産経新聞から引用された記事は事態の一つの側面を捉えている。個別の事実関係は確かめる必要があり、書かれたようなことが本当にあったのかどうか断定はできないが、こうした傾向があることは身近な事例からもうなづけるのである。

ヤフーニュース
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【溶けゆく日本人】“自子中心”の保護者 不安が生み続ける連鎖
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080205-00000903-san-soci
2月5日11時9分配信 産経新聞
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「自子中心主義」の親が増えている。子供に影響を及ぼさないためにも、節度ある行動が求められているが…(写真は本文と関係ありません)
■不安が生み続ける連鎖
大阪府内の閑静な住宅街近くの保育園で、5歳の女の子を迎えに来た父親が、同じクラスの男の子を押し倒し、蹴(け)飛ばす“事件”が起きた。
ことの次第はこうだ。仕事が早く終わった父親が夕方、保育園に来たとき、子供たちは外で遊んでいた。女の子は友人と遊んでいたが、けんかになり泣きだした。それを数人の男の子がからかい始めた。父親はしばらくその様子を見守っていたが、からかいが止まらないため、「しつこいぞ」としかった。
それでいったんは収まったかに見えたが、数分後、まだ泣いている女の子のところに1人の男の子が再び戻ってきて、何か話しかけた。父親はそばにいた保育士に仲裁するよう声をかけたが、保育士の返答があいまいだったため、ついに自制できなくなり、怒鳴りながら男の子を追い回した。最後は「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣きながら逃げる男の子への暴行となった。
女の子の家は父子家庭で、父親は仕事から帰ると祖母から毎日のように、「この子は保育園でいじめられているらしい。迎えに行くといつも泣いている」と聞かされ、心配でたまらなかった。そしてこの日、目の前で泣くわが子の姿に逆上したのだという。
保育園では、男の子のけがはたいしたことがなく、保護者も警察に被害届を出したくないとの意向だったことから、父親からの謝罪で解決しようとした。しかし、当の父親は「自分は悪くない」と譲らず、結局、謝罪もないまま卒園を迎えたという。
(後略)
最終更新:2月5日19時47分
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以下には、私の別のシリーズ(社長の条件)に書いた記事の抜粋である。
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今は、アメリカを初めとする国家の威信は低迷し、国民国家がいかにも頼りなく見える時代でもある。金融信用収縮はサブプライムローンの破綻に端を発して世界を暗く包み込んでいる。金融上の問題は何とか早晩にはクリアされるだろうが、人々の心の信用収縮はまだ留まらない。
古い秩序が崩壊し新しい秩序が成立するまでの間は、誰もが疑心暗鬼になる。
古い秩序が崩壊するときは、既存の権威やカリスマが次々に打ち倒される。少なくとも嫌われるのである。今アメリカでは民主党の予備選挙が白熱状態である。権威やカリスマ性をまとうヒラリー・クリントンは嫌われ、権威ではない・カリスマではない、を前面に押し出すオバマ氏がヒラリー女史を猛追している。
アメリカは権威主義の共和党を離れて民主党を選び、中でも政権担当能力ではヒラリー・クリントンよりも明らかに数段の差がありそうに見えるオバマ氏が選ばれようとしている。
権威は嫌われる、これがこれからの数年または数十年の時代の特徴の一つになるだろう。そして正統派は疑心暗鬼の嵐にさらされる。非正統派であるものが一時的に人々の熱狂的な支持を集めるのである。そして、支持された非正統派もエスタブリッシュメント(権威ある地位)に着くとたちまち嫌われるのである。政権は短期政権となり、アイドルはめまぐるしく捨てられてゆく。非正統派は力がないから安全パイに見えるのである。非正統派が政権に就いたり権威の座に着いたりすればたちまち嫌われるのである。
この時代の特徴は、人々の心に広がりを見せている「疑心暗鬼」である。守ってくれるはずの古い秩序や権威が頼りなくなったとき、人々は自分しか信じられなくなるのである。今までは、少しのはみ出し発言ややんちゃは許された。多少は脱線することがあっても古い社会の枠組みの中で事態は回復され、正しい軌道に戻るだろう事が期待されたからである。今は、社会の枠組み自体が揺らいでいるのである。少しのはみ出し発言ややんちゃも、自分に危害が及ぶかもしれないと警戒し、刃を研ぎ、心を閉ざして、スキあればやっつけてやろうと突出してくるのである。ある意味では良いことではあるが、危険な一面も持っている。
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この時代は、良識的なものは攻撃にさらされ、虐げられていた人々のパワーが全開する。古い時代の法律は軽視され、むしろ超法規的なもの、すなわち古い枠組みの目から見れば「脱法」が熱狂的歓迎を受ける。犯罪者が英雄視される傾向がある。これは市民生活にとってはきわめて危険である。
市民は自衛しなければ身が守れないのである。しかし、善良な市民に襲い掛かるのも別の市民にちがいない。価値の基準が狭い範囲の「自分たち」だけになりがちだからである。騒音おばさん、ゴミ屋敷などがその例である。イギリスの古い社会を抜け出してアメリカに新しい天地を目指したアメリカ開拓史の初期、新しい秩序が成立するまでは、頼るべきは手元の拳銃とライフルだけだった。人が人を襲い、互いの正当性を言い合いながら殺しあった。アメリカの輝かしい開拓史のもう一つの暗い側面である。
古い秩序がなくなるとき、人々は、互いに殺しあう傾向を持つこと、カリスマ的指導者を求める傾向があることが認められる。カリスマ的指導者はともすればヒットラーのような独善的独裁者になる危険性がある。しかし、楽観主義者の私は、歴史から多くを学んできた現代の市民は、独善的独裁者を厳しく選別し、心正しい指導者を選ぶだろうことを期待したい。
市民はばらばらにならずに、世界を繋ぐコミュニケーションの場を確保し、新しい時代を流血や悲惨な犠牲を少しでも少なくして作り上げてゆかなければならないだろう。
短絡的に他の家族の子供を突き飛ばすようなことがあってはならない。「他人の犠牲が我が利益」というのは、学生らに対する調査でもまだ少数(10%程度)であるが、漸増していることが不気味である。古い心理学の尺度に単純に照らして言えば、「反社会性人格障害」ということになるが、遺伝的なものであればこれよりも数十から数百分の一程度しか発現しないはずである。これほど多いということは遺伝的なものとは考えられないので、後天的なもので、家庭やテレビ文化を含む教育環境の仕業であると考えざるを得ない。私は「仮性の反社会性人格障害」と呼ぶことにしている。
「仮性の反社会性人格障害」を減らして市民と市民が手を繋ぎ助け合う社会を作るのは、家庭やテレビ文化、学校教育などの教育環境の課題であると私は思う。
「心の信用収縮の時代」だからこそ、時代の流れに抗して、教育環境とコミュケーション環境の改善が必要であると私は思うのである。

△次の記事: 情報社会学、予見と戦略(19)
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琵琶

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