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経団連の新卒選考基準に思うこと--心理、教育、社会性の発達(53)

2008/03/05
経団連の新卒選考基準に思うこと--心理、教育、社会性の発達(53)

私は大学の教員でもあるが、小さな企業を経営する企業人でもある。人材育成という問題には、大学人として育成の実務を行う部分と新卒人材を受け入れる部分に半分ずつ係わっていることになる。(プロフィール
これまで、このシリーズに、私は、学生とともに成長する教員という角度から記事を書き続けてきた。今回は、例外的に企業人として人材の育成をどう考えるかについて書くことにする。

少し古い調査だが、「2005年度・新卒者採用に関するアンケート調査集計結果」(http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2006/002kekka.pdf)が公表されている。
この報告には、面白いデータが幾つか見られるが、ここでは「(新卒採用の)選考にあたっての重視点」に着目したい。実は、先日の第22回次世代大学教育研究会で立正大学の今井賢教授が近い話題を取り上げていたので、ニュースソースを改めて入手して読んでみたことが、この記事を書くことにした直接の動機である。
2005
「2005年度・新卒者採用に関するアンケート調査集計結果」の「6.採用選考②選考にあたっての重視点」
上図からは、新卒採用に当たって、この調査アンケートに答えた企業は、何を重視したかが見て取れる。
1位 「コミュニケーション能力」
2位 「チャレンジ精神」
3位 「主体性」
4位 「協調性」
5位 「誠実性」
6位 「責任感」
7位 「ポテンシャル」
8位 「創造性」
9位 「論理性」
10位 「職業観/就業意識」
5位までは、今井先生も引用していたものだが、6位以降は私が追加している。
5位までの範囲を見ると、企業内日常で、先輩らが新入社員の何に困惑しているかが透けて見えてくる。企業が選考時に重視している能力とは、新卒者一般に欠けている能力ということである。
1位 「コミュニケーション能力」->「会話が成立しがたい」
2位 「チャレンジ精神」->「初めての仕事はすすまない」
3位 「主体性」->「指示がなければできない」
4位 「協調性」->「チーム内で仕事を補い合うことができない」
5位 「誠実性」->「こちらの事情を知らないあいつが悪い」
まとめて言えば、「初めての仕事はゴールを思い描くことが困難(チャレンジ精神欠如)」で、「チームが目標を共有することができず(主体性の欠落)」、「互いに補い合う気持ちがない(協調性がない)」ので、「チームメイトの迷惑になるのもお構いなしに各自事情を口にしない(誠実性の欠落)」ので、「仕事にかかわるシリアスな会話が成立しない(コミュニケーション能力の欠如)」、のである。
要するに、目的に向かってチームが一丸となって力をあわせるということがないということである。かつて「目的に向かってチームが一丸となって力をあわせる」は、日本人のお家芸であり、アメリカ人がねたみを込めて「日本人はグループでしか行動しない」などといわれたものである。にもかかわらず、以前にも書いたが、近年、私はアメリカ人から、「日本人にはチームスピリットがないのか」と言われる程度にまで、その能力は低下しているのである。
6位以下も同様に砕いてみることにしよう。
6位 「責任感」->「こんな仕事できないよ、それが分からない上司が悪い」
7位 「ポテンシャル」->「丸暗記モノをオウム返しに答えることはできるが、毎日ぶつかる問題がことごとく解決できない。底力がまるでない」
8位 「創造性」->「一つのものは一つの名前、それ以外に意義も背景も意味も、一切の関連が思い浮かばない」
9位 「論理性」->「一つのものは一つの名前、それ以外に意義も背景も意味も説明できない」
10位 「職業観/就業意識」->「社会は他人をだまして金儲けするところ、怖いから、給料分時間が来るまでじっとしている」
まとめて言えば、次のようになるだろう。「社会は他人をだまして金儲けするところ、だまされないようにできるだけヒトと親しくせず、目的を同じにしない(職業観/就業意識の欠落、誤った社会観・人生観)」し、「丸暗記が一番と教えられてきたのに今さら考えろといわれても何をしていいか分からない(創造性・論理性の欠如)」ので、「毎日のように"問題"を持ち込むばかりで、マニュアルどおりやれるような仕事をくれない(ポテンシャルの欠如)」ような「上司や同僚が悪い(責任感のなさ)」ということになるだろう。
彼らが誤った社会観・人生観を持ち、丸暗記しかせずに無能な人材として社会に放り出されているのは、まったくその通りである。その責任はどこにあるのだろうか。社会性を育てなかった幼小中高大のそれぞれの誤った教育、親和性豊かな家族の崩壊、個人間の争いを勧めて成果主義をはやし立てた産業界(*)、それぞれに問題があったのではないだろうか。
 * 「個人間の争いを勧めて成果主義をはやし立てた産業界」があったが、当社では古くから「(当社における)競争とは、競って争わぬことである」と言い習わしている。世間にはその逆「争って競わぬ輩」が昔から多いが、足の引っ張り合いになるだけで百害あって一利なしである。

企業人の端くれの一人として、私は経団連のアンケートにいいことをしてくれたという思いとともに、少々違和感がのこる。
このアンケートでは、企業が新卒者に抱く苛立ちを浮き彫りにすることはできるが、これを見ても解決の方向性は出てこない。
企業が本当に求めているのは、Thought leadership(知のリーダシップ)を持つ人材(Thought leader)ではないだろうか。少なくとも、私の会社の社員にはThought leadershipが必須である。
企業は日々刻々と変化を要求される。環境の変化に応じて刻々と前向きに変化することができない企業はつぶれてゆく。社内には変化の源泉である高い知の湧き出す源泉が必要である。知の源泉はヒトである。人類の行く末に希望を求めながら、社会の動向を理解し、社会の求める商品やサービスの提供のありようを不断に創案し、フォーマル・インフォーマルを問わず社内の様々なグループでチームメイトを説得し、牽引できる知のリーダ(Thought leader)がいなければ、会社は社はつぶれてしまう。
知のリーダ(Thought leader)は、日々学習し、高い知性と見識がなければならないのは当然だが、社会性を備えて人望がなければ説得力が不足する。社内のチームはそれぞれに学習し互いに知を補い合い、力を補い合う実践を積んで訓練されていなければならない。
たくさんの既存の事物の名前が言えるというだけのお受験秀才は役に立たない。お受験秀才であっても社内性を備えていて、チームメイトを勇気付けたり助けたり、自分の足りないところは補ってもらって素直に感謝できる若者でなければ会社の中での存在価値はない。
「一つのものは一つの名前、それ以外に意義も背景も意味も、一切の関連が思い浮かばない」とは反対に、「一つのものは主たる一つの名前、それ以外にも一つのものにはたくさんの名前があること、それぞれに意味も意義も背景もあること、一つの概念はこれを支える多数の概念が階層をなして広がっていること、その上、今着目している概念の上位の概念もあることを理解していること、それだけではなく、その概念のピラミッドとは別の様々な概念や方法論、手段や体得している技能のありとあらゆる事柄と様々なリンクがはりめぐらされている。いつでも、出動できる能力の束がたくさんその背後にひも付けされていること」が必要である。「一つの事物、またはその名前が、他のいろいろなことに関連付けされてこそ価値がある」ということは、「一人のヒトが、様々な社会の単位組織に同時に存在し、影響関係というコミュニケーションによって結びついていること」を体得することなしに理解することは困難である。社会性を磨かなかったお受験秀才が役立たずになってしまうのは、まさにここに問題があるのである。
逆は真ならず、と言う人もいるに違いない。「社会性が育っても、知性は育たない人もいる」というのである。あはん、芸能人の一部にいる「おバカキャラ芸人」「足りないアイドル」がそうだろう。100%の人間に知性が必要かといえばそうとも言えないだろう。まさか80%の人がおバカキャラでは社会が成り立たないが、80%の人に普通の知性が宿れば社会はひとまず安泰で、優れた知性は20%程度の人にあれば十分かもしれない。知性がなくとも他に優れた長所があってやってゆける人もいるのである。それくらいならば正常だろう。
それはそれ。しかし、知性というものは社会性なくしては育たないのである。アインシュタインやエジソンはまともに学校に通えなかったのに天才になれたという人もいる。ノーノー。彼らは、当時の学校が強制するルールを越えた知性をすでに獲得していたから、学校になじめなかったのである。現代でも学校でイジメに遭う子の2-3割はこのような「浮きこぼれ」なのである。アメリカではギフテッド(Giftted)またはタレンテッド(Talentted)などと呼ばれて格別な教育プログラムが用意されている。イジメに遭う子は「落ちこぼれ」ばかりではない。社会性とは従順性ということではない。「言うことをきく子」が「社会性の高い子」というのは大きな誤解である。「言うことをきく子」がニートや引きこもりになりやすいということも歴然たる事実である。「言うことをきく子」が突然キレたり、不登校になったりするのである。
思うに、社会性が高い子は、所属する社会の成り立ちやその中での自分の立ち位置、そこに貢献するための自分役割が理解でき、チームの目標設定が適切にできて、チームの中で互いに補い合うことに貢献できるのである。これらのいずれかが欠けていれば、社会性に乏しい子ということになるのである。

経団連アンケートに答えた企業は、「コミュニケーション能力に優れていて、チャレンジ精神が旺盛で、主体性があって、ドンドン独立するような若者」ばかりがほしかったのだろうか。
そうではあるまい。社会性と知性にあふれて、人望を集め、社内ではThought leader(知のリーダ)として説得の力のある若者にたくさん入社してもらいたいのではあるまいか。
私は、このブログの別のシリーズ記事(社長の条件)に書いた「新人採用の基本--社長の条件(38)」には、新卒採用に当たっては"いの一番"に「知のリーダシップ(thought leadership)があること」を挙げた。
いま人事関係者が嘆くのは人材定着率の低さである。しかもここ2-3年はもっと深刻な問題が起こっている。あえて言葉を選ばすに言えば他社で雇ってくれないような「くず人材(ゴメン!)」は、会社にしがみついていて、優秀な社員ほど短期で転職して行くことである。自社がますます空洞化してゆく、、、という強い危機感が企業の人事部には生まれているのである。社内から優秀な人材がドンドン抜けて行く現状は望ましくはないに違いない。「コミュニケーション能力に優れていて、チャレンジ精神が旺盛で、主体性があって、ドンドン独立するような若者」ばかりを集めても会社は持たない。社会性と知性にあふれて、人望を集め、社内ではThought leader(知のリーダ)として説得の力を発揮する若者にこそ入社してほしいはずである。少なくとも、企業経営者の一人として、私はそう願わざるを得ない。
今年も経団連は同様のアンケートをしているようである。そろそろ、その結果も発表されるころだろう。
経団連は今後ともアンケートの内容をいっそう工夫し、企業人事部の本当の声を集められるようにしていただきたいものである。経団連が発するシグナルは大学教育や幼小中高の教育に言い知れぬ影響があることを肝に銘じていただければと願うものである。

△次の記事: 心理、教育、社会性の発達(54)
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琵琶


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