カテゴリー

  • 日記・コラム・つぶやき
  • 経済・政治・国際

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

創造的研究活動「若者の未来と研究(4)」--独創力の創り方(6)

2008/04/30
創造的研究活動「若者の未来と研究(4)」--独創力の創り方(6)

ミニシリーズ「若者の未来と研究」(全7回)
----------------------------------------------------
学生は研究には縁がないか「若者の未来と研究(1)」--独創力の創り方(3)
仲間を増やす研究の方法「若者の未来と研究(2)」--独創力の創り方(4)
必要からやって来る研究課題「若者の未来と研究(3)」--独創力の創り方(5)
創造的研究活動「若者の未来と研究(4)」--独創力の創り方(6)
研究課題がない(?!)「若者の未来と研究(5)」--独創力の創り方(7)
実証や論証は大切、しかしそれは独創性ではない「若者の未来と研究(6)」--独創力の創り方(8)
創造的研究活動の条件「若者の未来と研究(7)」--独創力の創り方(9)
----------------------------------------------------

<「若者の未来と研究」-前回の記事>

(4)創造的研究活動
前項の研究活動のうち、先人が未到達の正しい結果に到達した研究は創造的研究または独創的研究と呼ばれる。自分があらかじめ知っていたか否かによらず、得られた結果が先人のものと同じであったり、よく似ていれば創造的研究または独創的研究とは呼ばれない。
一般の人々にとって、「研究」が「普通の研究」なのか、「創造的研究」なのかは、多くの場合関心の外である。たいていの「研究」は誰か別の人がすでに解明している事柄であることはほとんど了解済みである。しかし、その「研究」を公けにする場合は、無関心ではいられない。先行研究の引用を怠ったりすれば、「独創的な研究」であるかのように偽る犯罪(知識の窃盗、著作権法違反)と見なされて処罰されてしまう。その理由は、「創造的研究」は困難でその成果は貴重と考えられるからである。事実、「創造的研究」の多くは、そうでない研究の何十倍から何百万倍もの集中力と細心の注意と人の汗と涙が必要である。その成果が世の人々に役立つことならば、その集中力と細心の注意と人の汗と涙は賞賛されるべきであり、それにりの対価も支払われるべきである。「発明は、99%の汗と1%のひらめきによってなされる」(伝 エジソン)が、「創造的研究」は99%の汗と1%のひらめきによってなされるのだ。
さて、研究専門職の人にとって、誰が最初に解(研究の創造的成果)を得たかは、死活問題である。研究専門職の人は、その“希少なはずの”「創造的研究」をするがために、「研究」をするだけで報酬を得て、生活しているからである。自分の成果が他人に奪われて他人が勝手に地位や報酬を得るとすれば、自分の地位が危うくなるし、生活さえ脅かされる。したがって、創造的研究成果であるかどうかは厳しく査定され、盗用と見なされれば、虚偽の申告によって報酬を簒奪したものとして職を追われたり、司法の手によって厳しく裁かれたりして、きつい社会的制裁を受けるのである。(某大学の某助教授の例など)
研究専門職ではない人々は、結果が実用的に役立つものであれば、研究の成果があったと認識することが多いかもしれない。しかし、研究専門職の人は自分の研究成果が独創的で創造性に富むものであることを証明しないと、職務を果たしているとは認めてもらえない。また、研究専門職ではない人々も自分の研究の成果を発表する際は、先行研究にあるものか否かを明らかにする必要がある。他人の成果を自分の成果であるかのように述べたと判定されると、研究専門職の人が受ける制裁と全く同じ厳しい制裁が待っているのである。

<「若者の未来と研究」の次の記事>

△次の記事: 独創力の創り方(7)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/05/37_5254.html
▽前の記事: 独創力の創り方(5)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/35_cc58.html

琵琶


(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  独創力の創り方シリーズの記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

必要からやって来る研究課題「若者の未来と研究(3)」--独創力の創り方(5)

2008/04/28
必要からやって来る研究課題「若者の未来と研究(3)」--独創力の創り方(5)

ミニシリーズ「若者の未来と研究」(全7回)
----------------------------------------------------
学生は研究には縁がないか「若者の未来と研究(1)」--独創力の創り方(3)
仲間を増やす研究の方法「若者の未来と研究(2)」--独創力の創り方(4)
必要からやって来る研究課題「若者の未来と研究(3)」--独創力の創り方(5)
創造的研究活動「若者の未来と研究(4)」--独創力の創り方(6)
研究課題がない(?!)「若者の未来と研究(5)」--独創力の創り方(7)
実証や論証は大切、しかしそれは独創性ではない「若者の未来と研究(6)」--独創力の創り方(8)
創造的研究活動の条件「若者の未来と研究(7)」--独創力の創り方(9)
----------------------------------------------------

<「若者の未来と研究」-前回の記事>

3.専門的研究と情報技術
本日は、これから始まる授業概要を説明する。
私の授業は、いずれにしても、他では学べないような最新の話題が取り上げられることが多いはずである。私の授業の中から自分の未来につながる何かを発見して欲しいと願っている。

3-1.必要からやって来る研究課題
 (1)人類究極の目的
人は、「種の保存と人々の生命の発露」のために生きている。
人類究極の目的、種の保存と人々の生命の発露--情報社会学、予見と戦略(10
人々の生命の発露は、家族や地域の生活に密着した活動、企業や社会的組織の社会的経済的活動、家族や地域を含むあらゆる社会的な組織の活動の統合と制御を行う政治的な活動、それらの全ての活動を支える技術や知識の開発普及を図る学術的活動、社会のあらゆる構成組織とそこに属する人々の心を繋ぎ知恵を伝える文化的芸術的な活動などの総体である。
(2)人々の生命の発露
人々の生命の発露は、それぞれのベクトルをあわせれば全体としては「種の保存」に向かっていると考えられる。
 しかし、自然の法則として知られていることがらを利用する生活と生産と交流の活動においても予想されない結果が生ずることもある。この不都合を命をかけて克服しようと人は(否、生命は)200万年(40億年)あがき続けてきた。また、人の生存を生物界の頂点に押し上げた高度な社会性も完璧ではない。人々の全体的最適化と個別の満足はいつも一致しているわけではない。個別の満足を追求すると戦争という「種の保存」を脅かす事態も起こる。全体の利益のためという口実で、個々人の人の命を奪うようなことが発生したりすることもある。
個別の利益の間でも、日常的に摩擦があり、あちら立てればこちら立たずという事態が発生する。個別の利益の間の最大化が全体としての利益にかなうという保証もないので、特定の企業の経営者とその株主の利益だけを最適化するとその周囲の企業を害したり、大多数の市民を犠牲にしたりすることも発生して、社会に大きな害毒を流すようなことある。このようなとき、しばしば、司法や行政がその行き過ぎに口を挟むことになる。
人々は、いつもダイナミックな妥協や調整を図り、どうにか解決を迎える日々、否、その瞬間瞬間を生きているのである。
人々の生命の発露とは、それらの瞬間の総和に近いに違いない。
(3)研究活動
人々の生命の発露の中に、良く知られた方法だけではどうしても解決が難しいものがあれば、考えもなしにジタバタするのはやめて、一歩引いてこれを観察し、事態の背後にあるものを見つけ出し、解決の方法を探るのである。これが研究である。研究の成果は、より良い人々の生命の発露に役立ち、種の保存という目的に合致していなければならない。
「必要は発明の母」である。同じように「必要は、研究の母」でもあるのである。
ちなみに、技術や知識の開発普及を図る学術的活動の中にも良く知られた方法だけではどうしても解決が難しいものがある。学術的活動も人々の生命の発露の一部なのだから当然である。この一部の活動の中の問題点の考究だけが研究だと思い込んでいる人もいるが、それも研究には違いないが、全体の万余の一つに過ぎない。これも貴重な研究だが、研究の一部に過ぎないことを忘れてはならない。研究の対象は、人々が接しているまたは観察できる宇宙と地上とそこにある資源と生物と人類と国家に分裂する世界と社会とさまざまな社会組織とそれらに属する一人一人の人間の全てにまたがっているのである。学問の中の重箱をつつくことだけが研究ではない。
さて、その研究の結果、到達したものが、すでに公表されている解決策である場合も多いだろう。広く知られてはいないかもしれないが、先人が論文の形にしている場合もある。その場合は創造的研究とは呼ばれないが、取り組んだ人にとってはまさしく「研究」なのである。

<「若者の未来と研究」の次の記事>

△次の記事: 独創力の創り方(6)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/36_a511.html
▽前の記事: 独創力の創り方(4)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/24_3d01.html

琵琶


(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  独創力の創り方シリーズの記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

仲間を増やす研究の方法「若者の未来と研究(2)」--独創力の創り方(4)

2008/04/25
仲間を増やす研究の方法「若者の未来と研究(2)」--独創力の創り方(4)

ミニシリーズ「若者の未来と研究」(全7回)
----------------------------------------------------
学生は研究には縁がないか「若者の未来と研究(1)」--独創力の創り方(3)
仲間を増やす研究の方法「若者の未来と研究(2)」--独創力の創り方(4)
必要からやって来る研究課題「若者の未来と研究(3)」--独創力の創り方(5)
創造的研究活動「若者の未来と研究(4)」--独創力の創り方(6)
研究課題がない(?!)「若者の未来と研究(5)」--独創力の創り方(7)
実証や論証は大切、しかしそれは独創性ではない「若者の未来と研究(6)」--独創力の創り方(8)
創造的研究活動の条件「若者の未来と研究(7)」--独創力の創り方(9)
----------------------------------------------------

<「若者の未来と研究」-前回の記事>

2.仲間を増やす研究の方法
世間には、研究活動は孤独で人に隠れるようにしてやるものという誤解があるようだが、事実は全く異なる。調査や論文執筆では孤独な活動になる場合も少なくないが、研究活動の大半は同僚や同好の士との交流・対話などのコミュニケーションに時間が費やされる。研究コミュニケーションというと研究会や学会が目立つが、そればかりではない。研究室や食堂、夜の居酒屋など時間と場所を問わない対話や会話が大切である。自分の考えをぶつけて、反論や批判を聞く。他の人のアイディアを聞いて、自分の刺激とする、、、。大小さまざまな研究コミュニティ(研究共同体)に身を置いてこそ研究が可能になるのである。
ここでの学習は、研究活動における現代的で正当な方法を身につけることを目的にしている。
この教室の中では学習者が学習に参加することによって学ぶ方法を重視する。社会的学習理論や学習共同体理論に準拠して学生のグループを構成する。学習者同士が助け合い、教えあうことによって学習効果を向上させる。青年は本来仲間を作るのが好きで上手なはずである。学生時代のお仲間は一生の友になることが多い。この授業でぜひ仲間を増やしていただきたい。
仲間を増やす研究には、2つのよい点がある。
一つは、情報の収集や研究成果の研鑽には仲間の存在が大きく貢献する。しかし、それだけではない。
他の一つは、仲間の存在が社会的脳を活性化するという点である。
60万年前、人の集団はムレからムラに進化した。この後、人の知性や知能は急速に大きくなってゆく。村の中の分業と協業、上下関係、互恵のための物やサービスの交換、共同作業の準備と指揮、なじは自然を相手にするだけではありえない、複雑で予測しがたい事態を引き起こした。人は、ムラの中で生きてゆくために、概念の高度な構成か、複雑な概念のネットワークを必然的に脳内に作り上げる能力を獲得せざるを得なかった。概念の組み立て方は、必然的に人の組織の構造に見習って作られた。人は知能を発展させた挙句に社会をつくり、社会ができると、その社会に適応すべく脳を発展させたのである。
現代的な知性や知能は、こうして作られた社会的脳を基礎に発展させたものであり、社会性の発展なくしては知性の発展がないという背景を形作っていることがうかがえるのである。
知能を基本的に発達させるには、丸暗記しても無駄である。・・・。(そんな・・・と悲鳴が聞こえてきそうだ)
丸暗記も必要だが、丸暗記だけでは創造性や独創力は発達しない。知能を基本的に発達させるにはその人の社会性を発達させることである。社会性を発達させる、すなわち、社会的脳を十分に刺激し発達させることだけが、創造性、独創力を伸ばすのである。
仲間を増やす研究には、情報の収集や研究成果の研鑽という即効性もあるがそればかりが効能ではない。社会性を伸ばして、知能を育てるのである。

<「若者の未来と研究」の次の記事>

△次の記事: 独創力の創り方(5)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/35_cc58.html
▽前の記事: 独創力の創り方(3)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/3_57b9.html

琵琶


(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  独創力の創り方シリーズの記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

2007日本語プログラミングコンテスト表彰式(第55回SH情報文化研究会)--感性的研究生活(34)

2008/04/24
2007日本語プログラミングコンテスト表彰式(第55回SH情報文化研究会)--感性的研究生活(34)

4月18日に2007日本語プログラミングコンテスト表彰式が行われた。
2003年には日本語プログラミング言語サミットを開催し、2004年に日本語プログラミングコンテストを開催した。どちらも私が事実上主催したものだが、苦労がなかったわけではない。
ネット上では業務妨害の嵐が吹き、暴力的にコンテスト会場を破壊するという書き込みも複数現れた。会場は厳戒態勢で、警察の内定も進められた。おかげで、私のブログも一時閉鎖に追い詰められた。個人的には被害が大きかった。組織的な妨害行動であることが推測されたので、警察も内偵をすすめた。
組織的な妨害行動が行われるくらい、われわれの行動は社会的インパクトがあったというべきだろう。
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/01/post.html
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/02/3_bf1c.html
その後、この件では、私は少しばかり引っ込み思案になっていたが、言語の作者の皆さんは、元気いっぱいで、いろいろな挑戦を繰り返していた。
昨年の夏、「ひまわり」や「なでしこ」の作者であるクジラ飛行机さんと「TTSNEO」や「プロデル」の作者であるゆうとさんから、相談があり、2007コンテストをやろうという呼びかけがあった。大いに賛成だが、今度は、私は表に出ないで後援に回ること、コンテストの顔として明治大学の阪井教授にお出ましいただくことなどを条件にした。審査は基本的に作者ごとに行い、日本語プログラミング研究会は研究会賞のスポンサーになるだけという約束でスタートした。
ほとんどのことは作者の皆さんが主導し、今回の私は、主として言われた援助をしただけだった。

---------------------------------------------------------
■2007日本語プログラミングコンテスト表彰式■
(第55回SH情報文化研究会)
----------------------------------------
1.主催・後援など
 ・主催 2007日本語プログラミングコンテスト連絡会
  座長 阪井和男(日本語プログラミング研究会 会長 明治大学)
 ・参加言語作者 クジラ飛行机・ゆうと・兼宗 進
 ・後援
  日本語プログラミング研究会(会長:阪井和男、幹事:飯箸泰宏)
  明治大学情報基盤本部
  SH情報文化研究会
2.開催日時
 4月18日(金) 
 表彰式 15:00-17:30
 懇親会 18:00~
3.場所
 表彰式 リバティタワー15階の1156教室
  http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/access.html
 懇親会 台湾料理の店
4.当日のプログラム
 司会 飯箸
 ①コンテスト連絡会座長(阪井教授)挨拶
 ②作者の皆さん(兼宗先生+クジラ飛行机さん+ゆうとさん+ゲスト岡田さん)の挨拶
 ③後援研究会幹事(飯箸)挨拶
 ④表彰式
  兼宗先生、クジラ飛行机さん、ゆうとさん
 ⑤懇親会
----------------------------------------
参考: SH情報文化研究会の前回の様子
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/02/227_51b3.html
日本語プログラミングの歴史など
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/06/post_ffd8.html
http://www.sciencehouse.jp/research/20050604jpphistory.pdf
日本語そのものについて
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/01/48_8f5c.html
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/03/svoosv_94f3.html
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/post_10fb.html
---------------------------------------------------------

言語作者の熱意が会場には充満した。
阪井教授は、コンピュータ教育における「日本語プログラミング言語」の重要性を講演した。
私は、人工知能システムの開発競争は、結果としてヒトの知能モデルを作る競争になっており、コンピュータの世界で作られたヒトの知能モデルは脳科学のヒントになり、また仮想実験としての傍証になった。日本語プログラミング言語の開発における各作者の皆さんの切磋琢磨は、日本語のモデルを作っていることに他ならないので、日本語研究に多大な影響を与えるはずである、と述べた。私にとっては、日本語プログラミング言語も日本語研究も同じくらい大切だと思われるのである。
日本語プログラミング言語が実用性を極端に推し進めれば、"日本語"プログラミング言語であることを意識しないようになるだろう。そのとき、古い間違いだらけの日本語学は崩壊するだろう。実用性を極端に推し進めた日本語のモデルが、間違いだらけの日本語学では説明できないものであることがはっきりしてしまうに違いない。その日が来るまで、私は、妨害にはめげることなく、日本語にこだわってゆきたいと思っているのである。

会が終わると、台湾料理のお店にほぼ全員が移動して、わいわいがやがやの続きが進んだ。このお店は阪井教授のご推薦なのだが、料理がすべて半額というコースがあり、全8品3セットを注文し、ビール、焼酎、カクテルを次々に注文する。コース外の料理もどんどん頼む。
次のイベントはどうしよう・・・。9月27日には情報コミュニケーション学会でチュートリアルを予定している。それ以外に、夏にはまたサミットみたいのをやりたいね、、、とは作者の皆さん。このパワーはすごい。煽られっぱなしだった。私も阪井教授も、彼らの提案に大賛成。できることはどんどんやるから、いってくれっ、とボルテージは上がりっぱなしである。
満腹して、よいもかなり回ったところで、一次会は締めようという声が上がったので、家内が会計に立ってゆく。まもなく、喜色満面の顔で帰ってくる。全額当家持ちでいいです、安かったのよ、と言う。我が家の財務大臣が言うならば、私にもとより異存はない。「皆さん、今回は我が家が全額負担させていただきま~す」と叫んで、拍手。
若者たちは2次会に行くというので、阪井教授と風邪気味の私と家内は退散することにした。この時点で数名はお帰りになったものと思われる。作者を含む2次会に行くメンバーに当社の社員も混じっていたので、軍資金の補助として?万円を手渡して、後は任せる、と伝えた。終電までの間に、明治大学周辺で数軒はしごをしたそうだが若いということはそんなものだろう。
「元気」は、歳に勝てないといささかあきらめかげんである。

△次の記事: 感性的研究生活(35)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/06/35_da28.html
▽前の記事: 感性的研究生活(33)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/2233_078a.html


琵琶

(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  感性的研究生活シリーズの記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

学生は研究には縁がないか「若者の未来と研究(1)」--独創力の創り方(3)

2008/04/23
学生は研究には縁がないか「若者の未来と研究(1)」--独創力の創り方(3)

ミニシリーズ「若者の未来と研究」(全7回)
----------------------------------------------------
学生は研究には縁がないか「若者の未来と研究(1)」--独創力の創り方(3)
仲間を増やす研究の方法「若者の未来と研究(2)」--独創力の創り方(4)
必要からやって来る研究課題「若者の未来と研究(3)」--独創力の創り方(5)
創造的研究活動「若者の未来と研究(4)」--独創力の創り方(6)
研究課題がない(?!)「若者の未来と研究(5)」--独創力の創り方(7)
実証や論証は大切、しかしそれは独創性ではない「若者の未来と研究(6)」--独創力の創り方(8)
創造的研究活動の条件「若者の未来と研究(7)」--独創力の創り方(9)
----------------------------------------------------

これから何回かにわたって、ミニシリーズ「若者の未来と研究」をアップする。
このミニシリーズに取り上げるのは、いずれも、私が新たに取り組んでいる「情報リテラシー」の初回の講義で述べた内容である。
私は全ての講義で、自分で「講義録」を作って学生に配布する。このミニシリーズに書いてあることは「講義録1」の一部であり、それを基にさらに少し手直ししたものである。

1.学生は研究には縁がないか
まだ「研究」には縁がないと思っている人や、将来は「研究」とは無縁だと思っている人もいるかも知れない。
研究職につく人だけが「研究」をしているわけではない。実は、企業人となった人も、教師になった人も、家庭で家族を守る家庭人でも、問題にぶつかって「研究」しない人はいない。「研究」とは、問題にぶつかってその背景や原因を追究し解決策を見出す行為である。問題にぶつかって解決できなければ、ただの役立たずだが、解決策を次々に見つけたり考案できたら、君は周囲から尊敬されるだろう。研究専門職の人ばかりが「研究」をしているわけではない。社会では誰でも「研究」すると考えたほうが良い。研究専門職の人にとっても、そうではない人にとっても、「研究」は避けて通れないのである。
現在の研究活動はこれまでと違って情報機器やネットワークの活用が不可欠である。ましてや研究職を目指す人々の研究活動の最前線では、情報機器やネットワークの活用が不可欠である。情報技術を用いて専門的な研究を行なう方法を学ぶことは必須である。
しかし、高度な情報技術を身に着けたからと言って、高度な研究ができるだろうか。否である。高度な研究のためには、研究とは何であるかを理解するとともに、発想力や独創性を身につけなければならない。
さて、ここに、発想力や独創性を身につける学習をしてきた学生はいるだろうか。手を挙げてごらん。・・・挙手なし。
君たちはひたすら丸暗記をして受験に成功することだけを教えられてきたのだろうと思う。この大学に入学できたことはハッピーだが、それは、一方で不幸な青春だったと私は思う、「覚えろ、オボエロ、おぼえるんだ」といわれ続けてきたのだろうが、「どうしたら新しい発想に至れるのか」は誰も教えてくれなかったに違いない。
2年生の諸君、君たちは大学に来て「いまどきの学生は独創性がない」とか、「発想力が乏しい」とか、叱る先生は多かったに違いない。先生方は、研究がいわば商売なので、発想力や独創性は当たり前なのである。君たちが独創的な発想ができないことにいらいらするのである。それは至極当然ではあると思う。
しかし、君たちは内心「・・・、だったら、どうやったら独創的な発想ができるようになるのか、どうやれば創造性が身につくのか、教えてくれっ」と叫びたくなったこともあるだろう。
私のこの講座では情報技術に触れながら、独創性や創造性を身に着けるためのヒントもたっぷりとお話したい。

<「若者の未来と研究」の次の記事>

△次の記事: 独創力の創り方(4)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/35_cc58.html
▽前の記事: 独創力の創り方(2)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/2_bc20.html

琵琶


(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  独創力の創り方シリーズの記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

「専門情報リテラシー」事始め--独創力の創り方(2)

2008/04/21
「専門情報リテラシー」事始め--独創力の創り方(2)

私は、今年から、「専門情報リテラシー」という講義をもつことになった。これは、一つの機会である。
「創造性教育」などと格別に謳っているわけではないが、必然的に、講義の一部には「創造性教育」が不可欠となっている。意欲的に過ぎるといわれるかもしれないが、基本を外さず、教師の裁量の範囲で「創造性教育」を試みることにした。

もともと、大学には「情報リテラシー」という科目は多い、いな多かったというべきだろう。教師がいろいろに工夫して教えているのだが、いわばパソコン教室のようなものという誤解が学生にも教師の一部にもあって、年々受講者が減る傾向がある。
明治大学の情報コミュニケーション学部でも学部開設いらい4年間「情報リテラシー」の授業をやってきたのだが、時代はそのカリキュラムの変更を要求しているということになったようだ。「情報リテラシー」を、入門、普通、専門の3コースに分けることになった。
実は、この学部で、私は、「問題発見ゼミ」の担当と「情報システム論」「情報デザイン論」という2-4年生対象の講座を持っている。1年生の講義は持たなかったので、「情報リテラシー」ももってはいなかった。お誘いがあって、その3つのコースの一つ高度コースである「専門情報リテラシー」を担当することになったのである。待っていました、と私はこれを喜んでお受けすることにした。
文部科学省の認可の関係上、「専門情報リテラシー」は研究者養成用の情報リテラシーという位置づけである。
集まる学生の全てが専門研究者になるわけではないだろう。研究職以外の分野にも「研究」というものが広く存在していること、そして、独創性がさほど要求されない「研究」と独創性が必須の「研究」とがあることを教えなければならないだろう。
1年生に配当された講義だが、フタを開けると2年生のほうが多かった。実は、昨年まではなかった講義なので、2年生にも受講を許した結果だったのである。

さて、これから何回かに分けて、この初回の講義で使用した私の講義録の一部を披露する。
独創力について、私の考えていることの一端が現れているように思う。

△次の記事: 独創力の創り方(3)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/3_57b9.html
▽前の記事: 独創力の創り方(1)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/1_0095.html

琵琶


(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  独創力の創り方シリーズの記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

独創力の創り方(1)


2008/04/18
独創力の創り方(1)

実は、私の関心は、学生たちの独創性を育てるというところにあった。
私は、出版社編集部員10年、その後の企業の経営に27年を使った。環境の変化は激しく、その変化に対応し、あるときはその時代の力を利用し、あるときはそれに抗する何かを作り出してきた。先日たちが残した考え方は参考になったが、新しい事態は先人たちも知らないことばかりである。私は、団塊の世代の多くの方と同じで、いつも何から何まで新しいことを呻吟して生み出して、やっとの思いでそれぞれの時代に対処できたのである。私が約10年間携わった理工系の月刊誌は、毎日が人々による新しい研究成果によって塗り替えられてゆく世界だった。およそ30年に及ぶ会社経営は、カジを握る人が創造力を失ったとたんに暗礁に乗り上げる。いずれもいつでも厳しい尖がった判断が求められた。
つまり、毎日何かを創造するしか生き残る途はなかったのである。私や団塊の多くの同輩たちの人生にとって独創や創造は特別なことではなかった。それはごく当たり前の日常であった。
しかし、大学の世界を覗いて思うには、私など足元にも及ばない独創的発想力を示す人がいる一方、新しい発想をまったく示してくれないのに、古い百科事典を全部頭に詰め込んでいるのかと思われるほどすばらしい記憶力を示される方にぶつかることもある。大学というところは、様々な人材が集まっているところが良いところなので、多様な方がいてよいのである。
さて、さらに眼を学生に転じてみるとどうだろうか。丸暗記で大学受験を乗り越えてきた学徒である。頭は悪くないし、記憶力もある。ないのは発想する力、創造力、独創する習慣である。
確かに、大多数の学生は、独創力に欠けている。しかし、これは学生らのせいだろうか。学生に向かって「君たちは発想力がない」と嘆いてみても何の改善も期待できないばかりか、「僕ら、私たちを馬鹿にするのか。発想とか独創とか、言われたって、僕たち私たちはそんなことは教えてもらっていない」と内心、怨嗟の声か充満しているのである。・・・、そうだ、学生に独創力の創り方を教えよう。小学校でも中学でも高校でも大学でも教えてくれない「独創力の創り方」を学生たちに教えてあげよう。教える人がいなかったから、彼らの能力も開花しなかったのである。だれも教えないなら、稚拙といわれようと私が教えてあげよう。もちろん、私は職業的研究者ではない。職業的研究者の皆さんからは、僭越に過ぎるとお叱りの嵐が吹いてくることは百も承知である。しかし、誰も始める人がいないようなので、隗より始めよ、といささか切れ味の悪い古きナギナタをとりだしたのである。
学生たちには、独創性の可能性がある。創造力の芽もある。これまで、創造力を押しとどめられ、独創性を禁止されていたために、その能力が伸びなかったのである。と、私は思う。
多くの学生は、そのまま、丸暗記でいいんだと勘違いしたまま、企業に入ったり、研究室に入ったりしているだけなのだ。その光景は、悲惨な未来を予言しているように見える。丸暗記しかできない人が、企業で化けの皮がはがれるのに3か月とかからない。大学の研究室で発覚するのは、修論テーマがほぼ確定する1年後くらいだろうか。企業では、使い物にならない人材として、早々と退職を勧奨したり、単純反復作業の分野(現在は、この分野に正社員を置く企業はほとんどいないが、・・・)に移籍することになる。もちろん出世は不能である。
大学の先生方に、良くある誤解のひとつに「会社勤めは単純反復作業ができれば良い」というものがある。いまどきの企業でこのような考えのところがあったらお目にかかりたい。単純反復作業は派遣労働者かパートやアルバイトにお願いするだけで十分である。継続雇用することが前提の正社員は、クリエイティブな人材でなければ、すぐに不良債権化してしまうので、企業にとっては全く無用、いらないのである。正社員になれるのはクリエイティブな人材だけである。
全ての人がクリエイティブになれるかといえばウソかも知れない。しかし、今の学生には30%程度しかいない創造性のある若者を、倍増させることはできるのではあるまいか。
「独創力の創り方」と称して、思うところをボツボツと時間と体力の許すかぎり書いてゆくことにしたい。

△次の記事: 独創力の創り方(2)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/2_bc20.html

琵琶


(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  独創力の創り方シリーズの記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

ご近所の皆さん、出番ですよ--情報社会学、予見と戦略(19)

2008/04/16
ご近所の皆さん、出番ですよ--情報社会学、予見と戦略(19)

3月30日のヤフーニュースは、犯罪に巻き込まれる不安を感ずる日本人が70%に達していることを伝えた。読売新聞社の年間連続調査「日本人」によるもので、日本の安全神話がかき消されていることを意味している。

ヤフーニュース(2008.03.30)
---------------------------------------------------
<犯罪に巻き込まれる>不安70%…読売世論調査
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080330-00000034-yom-soci
3月30日22時40分配信 読売新聞
-------------------------
読売新聞社の年間連続調査「日本人」によると、自分や家族が何らかの犯罪に巻き込まれ、被害者になるかもしれないという不安を感じている人は「大いに」と「多少は」を合わせて70%に上り、1998年12月の前回調査から13ポイント増加した。
こうした不安感の高まりを反映し、安全を守るためには、ある程度のお金がかかっても防犯対策をする必要があると思う人は79%に達した。「安全はタダ」という国民意識は過去のものとなっているようだ。
調査は「治安」をテーマに15、16日に面接方式で実施した。
犯罪被害者になるかもしれないという不安を感じている人に、具体的に懸念する犯罪を複数回答で聞いたところ、「詐欺や悪徳商法」58%、「ピッキングや空き巣」57%、「ひったくりやスリ」45%--が多かった。
最終更新:3月30日22時40分
---------------------------------------------------

私は、「情報社会学、予見と戦略」シリーズで、何度か、近未来の予測を述べ、やがて「自警・防犯・軍事自助組織など(2010年-2020年)」の時代が来ると述べた。自分たちの身は自分たちで守るということである。
自警・防犯・軍事の自助組織への準備--情報社会学、予見と戦略(14)
人類社会は次の激動再編へ--情報社会学、予見と戦略(2)
直近未来30年の人類史激動の予測図--情報社会学、予見と戦略(7)
その他

古めかしい社会学の人々は、組織をゲゼルシャフトとゲマインシャフトに分類し、ゲゼルシャフトを軍隊や企業などの目的型組織で、ゲマインシャフトを「地域社会」や「家族」などの非目的的組織であるとしてきた。この姿勢の背後にあるのは、軍隊や企業などの目的を持つ組織が崇高であり、家族や地域社会は下劣な組織であるとするゆがんだ社会観があると、私はにらんでいる。私は、この分類に同意しない。家族には、子供を産んで社会人として立派な一人前に育てるとともに、構成員の疲れや傷病を癒して明日の活力を生みつづける目的があり、地域社会には、地域の人々を外敵から守り、域内の揉め事を調和させ、所属する家族の生活を物心にわたって支えあうという目的がある、と私は思う。軍隊や企業の目的とは異なるが、家族や地域社会にも崇高な目的はあるのである。目的のない組織はないのである。
日本、いや全世界で、地域社会は解体され、家族は消滅の危機に遭った。しかし、今、人々は自分が社会の一員として参加することができるとともに参加しなければならない時代に突入している。食と健康・介護などを市民がになう時代は2005年を境に始まっている。続いて、2010年からは自身の安全のための社会的活動が急速に広がるだろう。わが身は地域で守るというのがもっとも基本的で自然な行動である。
また、情報システムの進化は地域社会は解体され、家族は消滅の危機を導いたが、他方、次の時代の自衛する市民の安全を守る武器になるはずである。
ご近所の皆さん、まず、挨拶を交わして、お互いにお互いの安全と安心を確認しあうことからはじめませんか。
孫たちの送り迎えは、ご近所誘い合わせて行きました。今も行っている人もいるでしょう。防犯巡回中と書いたカードを自転車の買い物かごの前に取り付けて、奥さん方は買い物に行きますね。
もう、他人任せにはできない時代、自分たちの身は自分たちで守るのが当たり前の時代になっているのである。
警備会社などと契約したり、ネットに公開された警察の情報を、情報機器を駆使して活用することもできる時代でもある。そうはいっても、まずはお金をかけずに、お隣どおし手を結びましょう。必要があれば情報機器も使えば良いことだと思う。
読売新聞の調査は、今はいつ犯罪に巻き込まれるか分からない時代であることを示している。70%の人は、その危険性を身近に感じている。79%の人たちは、お金をかけても身を守りたいと思っている。さあ、ご近所の皆さん、あなたの出番です。挨拶を交わして手を結びましょう。
情報システムの発展は、地域社会は解体され家族消滅の危機を導きましたが、一方で、再び人々を結びつけ、交流を支えて地域を越えたコミュニティも作り出した。安全を守るための広域のネットワークもできつつある。それらは副次的に活用することにしても、家族の安全を守り、地域社会を守ることが基本である。それらは、我々の自助努力しだいなのである。

△次の記事: 情報社会学、予見と戦略(20)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/05/20_43b1.html
▽前の記事: 情報社会学、予見と戦略(18)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/02/18_9797.html

琵琶

(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  情報社会学、予見と戦略シリーズの記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

障害特性とその対応、身障者就労支援コーディネータ講座(2/2)--感性的研究生活(33)

2008/04/14
障害特性とその対応、身障者就労支援コーディネータ講座(2/2)--感性的研究生活(33)

3月22日に続いて、3月23日は身障者就労支援コーディネータ講座の2日目になる。
主たる講師は、(株)アドバンテッジリスクマネージメントの梶直美さんである。コーディネータ・作業療法士で、各種の障害に精通している。
身体障害、発達障害、知的障害、精神障害のそれぞれについて、実態に即した説明があった。梶女史は、委託訓練を授けるお仕事で、豊富な事例を知っているらしい。
理屈の上では私も勉強して少しは知っていたし事例も知らないわけではないが、正しい知識を基に実態を豊富な事例に沿って説明を聞くと迫力が違う。私が身近に接した精神障害の発症例は分かっている限りで20例弱、身体障害者は2人だけだった。発達障害はいまどき学生の半数以上が多かれ少なかれ悩まされているので、ここでは別扱いとする。梶女史は、正しい知識を持った上ではるかにたくさんの事例に接して来たに違いない。
会場には少し遅れて到着したので、聞きそびれた部分もあるが、お話は十分堪能できた。
特に印象に残っているのは、統合失調症の青年の事例で、話しているうちに話題の中心が少しずつずれていって、結論を見ないまま次の話題にドンドン移ってゆくというという例である。実は、私が顧問として今通っているところのご担当者のお一人がこのタイプである。記憶力がすばらしくて、IT関連のマスコミ的な知識も豊富である。業務の情報システム化にも思い入れが深い。そのためシステム関係の担当になっているのだが、この方とお話していると、話題が豊富で、たのしくて時間のたつのも忘れるくらいなのだが、結論が出ないのである。まだそれほど深いお付き合いになっていないが、何かが違うとボンヤリ思っていた。梶女史の事例紹介で、なるほどこれだと納得がいった。さて、どうしたものか、、、。彼の上司に相談すべきかもしれないが、難しい問題になりそうだ。
実は、別の事案で、ある大企業の役員にまで上り詰めた方のケースで同様のことがあった。部下の女性たちはイジメにあっていると勘違いして、彼を毛嫌いしていた。彼は意図していじめているのではなく、病気だったのである。退職された元上司の方と相談をして、プロジェクトチームを改組していただいたのだが、外部のコンサルタント(システムコンサルタント)としては命がけの決断だった。一気に契約解除もありえたケースである。しかし、元上司の方の深い知恵とご配慮で乗り切ることができた。今回も、これに似た事例になりそうである。梶女史のお話はここまで気づかせてくれたということになる。
講演のあと、家内と一緒に名刺交換をした。IT産業の発症率の高さを早口に説明し、対策に苦慮していること、今回のセミナーの主催団体である労協(新しい働き方である協同労働の職場)には健常者とともに現に多数の障害者が集まっており、就労機会の可能性があることなどを説明した。
翌日、メールもいただき、そこに返信もさせていただいた。梶さんのメールは公開するわけに行かないが、私の返信メールは私の物なので、ここに公開しておく。
-------------------------------------------------------
ありがとうございます。
IT業界は、発症率10倍という過酷な職場環境です(統計調査不十分)。SE・プログラマの心と精神がすり減らされます。
その結果として、たくさんの発症者を見てきました。精神科の医師からは本人の職種を変更するようしばしば強く指導されますが、システムハウスにはシステム開発以外の仕事はありません。小さな会社ですから、経理・労務・人事などの事務は家内が一人で全てをこなしてしまいます。結果として配置換えの余地がなく、本人の転職を勧めることになります。成功した例(食品加工業へ、2例)、失敗した例(同業へ、3-4例)、結果が不明の例(転職先不詳、10例くらい)という結果になっています。「適切な職種への就労」が大切と思っています。
発症後の本人聞き取りでは、多くの場合、中学高校のころから本人または家族が異変に気づいていたと言われます。医師の指導を受けていた者(こっそりと)も少なくありません。気の毒ですが、勤務先に発覚するのを恐れて精神科診療では健康保険を使わない人がほとんどです。周囲や私が気がつくころには重篤ということになっています。オープンにすれば不利益になるかもしれないという恐怖が先立つのだろうと思います。
また、セミナーの主催団体である労協は一般社会の就労環境になじめなかった人々(発達障害、知的障害、精神障害など、社会性の発達不全)が吸い寄せられて集まってくる場所です。
・・・
一方、アメリカの統計では、介護労働者の発症率が全産業平均の2倍以上というものを見た覚えがあります。労協の会員の多くは「清掃」か「介護」の仕事についています。「清掃」の仕事は病んでいる人々にたいへんよさそうです。他方の「介護」の仕事は潜在的にいる心の弱い人々に過重な負担をかけている危険性が高いものです。
組織の公式な目標ではありませんが、私は、組織内で、身障者の就労の受け入れを法定目標(1.8%)の2倍(3.6%)まで自発的に高めること(現状は3.2%)を提唱しています。
ここでも「適切な職種への就労」が大事だろうと思っています。「無理やり企業戦士にしない」「企業戦士でなくて良い働き方」というのが私の考えです。私の役目は、これらの事柄に対する周囲の啓発にあると考えています。
「無理やり企業戦士にする」という圧力の中で、心に病をもつ子供たち青年男女が苦しんできたように思います。親からも教師からも支援者からも、がんばれがんばれと言われ続けます。言われ続ける本人たちのつらさはいかばかりかと思います。発症者に寄り添った経験を持つ方にはお分かりいただけると思いますが、IT業界という時代の最先端のもっとも激しいビジネス戦場で、"ごめんななさい、もうダメ・・・" と、心がきしんでいる青年に寄り添うつらさは生半可なものではありません。「企業戦士でなくて良い働き方」をもっと多く、と願っています。仕事は楽しくなければ続きません。本人らに合った楽しい職場を創出したいというのが願いです。
ご理解とご支援をこれからもなにとぞよろしくお願い申し上げます。
-------------------------------------------------------

「IT業界は発症率10倍」というのは、某大手企業のシステム部門の産業医の発言である。私の会社の社員がパトカーで運ばれた先の精神科の医師が「あんたらの職場には5-6%の精神障害者がいるのが当然」という発言から見ても、医療現場の実感では10倍程度であることは間違いがなさそうである。職種別の発症率に関する政府統計などがないかどうかについては、私が調べてみたかぎりでは見つからなかった。ご存知の方がいたらお教えいただきたい。

この日の午後は情報コミュニケーション学会大会に出席するために、退席した。

△次の記事: 感性的研究生活(34)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/200755sh34_9a6c.html
▽前の記事: 感性的研究生活(32)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/1232_145c.html

琵琶


(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  感性的研究生活シリーズの記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

コノシロづくし、白焼き・カラアゲ・酢締め--オヤジと家族のお料理ライフ(19)

2008/04/13
コノシロづくし、白焼き・カラアゲ・酢締め--オヤジと家族のお料理ライフ(19)

岩田先生の作品を見た後に購入したのはサワラだけではない。コノシロも購入した。コノシロはお刺身やお寿司で良く使われるコハダの親である。コノシロの幼魚がコハダである。コハダのの親だからコノシロは大きい。10尾もあって、同じ料理では飽きてしまう。

1.捌(さば)く
1)解凍
両手を広げたくらいの大きさなので、電子レンジには入らない。冷凍庫から取り出して、冷蔵庫に移して丸一日かけて自然解凍する。
翌朝、まだ凍っているがかろうじて包丁は通るくらいの固さになったので、捌(さば)くことにした。
2)ウロコ取り
まず、水道水を細めにあけて、その下でウロコ落としの作業にかかる。タイなどを捌くときにも使用するので、我が家にはウロコ落とし用の器具がある。金属製のもので、威力がある。流水の下で、コノシロの身の下から上に向かってこすりあげるようにすると面白いようにウロコがとれる。はがれたウロコは水に流れてさかなの表面にこびりつくことがない。魚の表面にこびりつくとその下に隠れたまだ取れていないウロコがなかなか取れにくい。手にもまといついて、いったん着くと取りにくい。流水の下で作業するのがコツである。
ウロコは胸ヒレの周囲、尻尾の近く、背ビレの周囲に取り残しが発生しやすいので要注意だ。
全てのコノシロのウロコが取れたら次の作業は三枚におろすことである。
3)三枚におろす
背の肉をできるだけ残すように、背は頭寄り、腹は尾寄りに斜めに頭を切り落とす。頭は捨てないで、荒煮用としてポールに取っておく。これはお宝である。
内臓を取り出すと、卵を抱いていることが分かった。膨らんだ卵巣というべきかもしれない。これも荒煮にいれることにした。卵巣を引き剥がしてお宝のポールに入れる。卵巣以外は水槽のコーナーのゴミ入れに捨てる。全ての魚の頭を落として内蔵を処理する。
次の作業はそれぞれの身を3分割にする。頭を落とした身を尾が左にくる向きに置き、上身をそぎ取るために中骨にそって包丁を入れる。裏表をひっくり返して中骨が俎板にピッタリ載った状態で、その上身をそぐように中骨にそって包丁を入れる。こうして、全ての身を三分割する。アジなどでは皮にとげがあって固いのでこれを取り除くがコノシロは皮も柔らかくてそのまま食べられる。模様も美しい皮は残す。この作業ではまだ三枚におろしたとは言わない。
次の作業は腹骨の除去である。
4)腹骨の除去
内臓を包む長い細い骨は身の側についたままになっている。出来上がった半身は20枚になる。半身を俎板に1枚ずつ載せて、切断面を上にする。内蔵を包んでいた胸の辺りには細くて長い腹骨が緻密に並列して並んでいる。これを薄く身とともにそぎ落とすのである。この部分も荒煮の材料である。お宝のボールに入れる。ついでに背ビレ周囲や腹下などに身の中に刺さるように密集する骨が残っていたら除去する。薄くそぎ取るようにするだけで取れる。これらの骨は三分割の段階でたいていは取れるのだが、包丁の入り角度によっては残ることがあるので、あったら取るのである。
全ての腹骨が除かれ、余分な周囲の骨もなくなったら、三枚おろしの完成である。
コノシロの場合、アジなどと違って、皮はつけておく。ウロコさえ良く取っておけば、皮は柔らかいし美しい。

2.塩焼き
今回は三枚におろしたものを使用した。2分割のまま塩焼きにしてももちろん大丈夫で、普通はそうするものだが、老母が食べるには骨が少ないほうが良いので、ついでに三枚おろしにしたものを使用した。
塩少々とスリオロシショウガを調理用のポリ袋に入れて、ミリンを大さじ一杯を加える。袋を下からポンポンとたたき上げるようにすると良く混じる。ここに、三枚におろしたコノシロの身を4枚入れる。もう一度軽く袋を下からポンポンとたたき上げるとコノシロの身には満遍なくタレがつく。これをガスレンジの魚焼き用グリルに皮を下にして入れて、一番小さな火があぶるようにする。細火なので時間がかかるので、その間に、唐揚げと酢漬けを作る。
白身の上面がほんのり黄色味を帯びたら、ひっくり返して皮の側を焼く。皮が膨れて膨れた表面が少し焦げたら、また皮を下にして身の側を焼く。薄茶色になったら出来上がりである。
お魚サラに盛り付ける。付け合せに酢漬けの谷中ショウガでもあるともっと良いが、今回はなしである。
身がフックりとしていて味が深い。食の進むおかずである。

3.唐揚げ
塩焼きとほとんど同じ手順である。調理用のポリ袋にいれるものが少し違う。塩少々とスリオロシショウガだけではなく片栗粉を大さじ1杯半くらいを入れて、みりん大さじ1杯程度を加えるのである。三枚におろしたコノシロを4枚、その袋に入れて同じように袋を下からポンポンとたたき上げるようにする。
油は160度くらいで1度、泡の出が弱くなるまで揚げる。2度目は200度くらいで揚げる。2度目は、軽めにしておく。実は、同じコノシロの塩焼きと唐揚げを同時には食べられないので、翌日の食卓に上げようというたくらみで、完全には揚げきらないで冷蔵庫にしまって置こうという作戦である。翌日の朝、200度くらいの油にもう一度通して色合いも良くなったところで、ソースを添えて食卓に出した。香り良し、味良し。

4.酢締め
油で揚げる時間の合間に、酢締めのための作業進める。三枚におろした身にもまだ小さな骨がある。主に魚の横腹にそった腹筋の内面である。腹筋にそって身に垂直にある小骨は焼いたり揚げたりすれば食べられるようにもなるが、生のまま食べると舌に引っかかる。身を俎板において、腹筋の左右を骨をはさむように2本の切れ目を入れる。細くて小さい骨がそれを包む肉と一緒に除かれる。この部分も荒煮のためのお宝である。
身の中にもごく細い骨が無数に入っているのがこの魚の特徴である。骨は斜めに入っているのでその方向を見極めると、骨と交差する方向に2ミリ程度の厚さに斜めに切ってゆく。お刺身を作る時の要領である。この斜めきりで小骨が皆短くなり、口に入っても気にならなくなるのである。
残りのコノシロの身を全て切り終えたら、大どんぶりに入れ、水菜を1センチくらいに切りそろえたものを加える。塩少々、米黒酢50cc、ミリン50ccを注ぐ。お酒を加えて、身がひたひたになる程度にする。スリオロシゴマを大さじ一杯程度加えて、全ての具が混じるように菜ばしをどんぶりの縁に沿って下まで差し込んで下から上にゆっくりと掻き上げるようにしてかき混ぜる。5-6回掻き上げると良く混ざるので、ラップして、冷蔵庫にしまう。
ご存知の人も多いだろうが、水菜は生で食すると、植物独特の渋み(ニゴミ)がある。単独で舌に感ずるとかなりきつい。しかし、植物の渋み(ニゴミ)はアルカロイド系なのでで、酢に合えるとたいていは感じなくなる。マヨネーズであえたりすれば生野菜サラダとして十分おいしい。今回のコノシロの酢締めに水菜を入れたのは、彩りとしゃきしゃきした食管がほしかったからである。米黒酢がたっぷり入っているので、渋みは消えるという計算である。出来上がれば野菜サラダ風の酢締めになる。えへん。老母にも家族にも好評であった。

5.荒煮
頭、中落、卵(卵巣)、腹骨部位、を圧力鍋に入れる。結構な量がある。卵(卵巣)があるので、もしかすると三枚におろした身より多いかもしれない。、スリオロシショウガと三温糖をたっぷり入れる。ミリンと醤油を加える。具がひたひたになる程度に水も加えて、フタをして圧力釜スタート。一瞬の沸騰を迎えたら、極細の火にして40分くらい。フタをとるといいにおい。おいしそう。
これだから、料理は止められない。

食事の輪に家族の和が生まれる。料理は家族の要である。

△次の記事: オヤジと家族のお料理ライフ(20)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/05/20_4fc0.html
▽前の記事: オヤジと家族のお料理ライフ(18)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/18_2125.html

琵琶

(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  人生に詩歌ありシリーズの記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

職リハなど、身障者就労支援コーディネータ講座(1/2)--感性的研究生活(32)

2008/04/11
職リハなど、身障者就労支援コーディネータ講座(1/2)--感性的研究生活(32)

3月22日は2007年度の身障者就労支援コーディネータ講座の初日である。
妻が参加するので、私も勉強のために参加した。この講座は、神奈川県立保険福祉大学の松為信雄教授が取りまとめている。
実は、2007年度は、厚生労働省の委託研究「就労促進事業研究」に私も参加していた。委員長は松為信雄教授である。元はといえば、私が主催する研究会で「障害者自立支援とIT教育」を取り上げたのが、そもそもの出発である。報告書もまとめて厚生労働省に提出した。
「障害者自立支援とIT教育」:第52回SH情報文化研究会の開催--感性的研究生活(23)
私は、このときシステムハウスをすでに26年間経営していた。社員も増減があったがトータルでは相当数に上る。その間に、発症者も少なくはなかった。鬱または統合失調である。

<事例: 事実に基づいているが本人特定に結びつく部分などいくつの点は変更している>
たとえば、十数年前のことである。ある社員から父親(タクシー運転手)の統合失調症で苦しめられていて、出勤がままならないという悩みを聞いていた。ある日、その社員から父親が暴れて他人に怪我を負わせてしまったので、本日は出勤できないという電話があった。そうか、大変だが君が頼りだろうから会社のことは心配せずにしっかり対応してあげてくれ、と言って電話を切った。そして、いつものあわただしい一日が始まっていた。昼ころ、江東区の××病院から電話があり、「社長はいますか」と私が呼び出された。一応、社長は私である。急いで電話口に出るといきなり「こんなになるまで放っておいたらダメじゃないか。ええ」と怒鳴られた。私は「えっ」と言って絶句してしまった。
しばし心を静めてから「・・・、何が起こったのでしょうか」(私)というと、「あなたのところの社員さんはひどい状態なんだよ」(医師)という。社員といえば、この日休んだのは「父親が暴れて他人に怪我を負わせてしまった」という社員だけである。
「ちょっとお待ちください。社員が今日は病気の父親に付き添っているはずですが」(私)
「父親じゃないよ。あんたのところはコンピュータの会社だろう。もっと、病気にふさわしい職場はないんですか。配置転換してください。あんたのところのような職場には5-6%の患者さんがいてもおかしくないんだから、注意してもらわなきゃダメでしょう」(医師) 私は、我が耳を疑いながら、事情が少し飲み込めてきた。
「父親も一緒ですか」(私)
「警察が父親を連れて来たんだがね。父親も父親、しかし、一緒に来た息子も重篤なんだ。分かっていたんだろう。即入院です。いいですね」(医師)
「いえ、・・・、初耳です。入院ですか・・・、母親が自宅にいるはずなので、了解をとってください」(私)
「会社に連絡してくれというのが本人の言い分なんだ。もういい、・・・(ガチャン)」(医師)
私は慌てて、病院名から電話番号を調べて、折り返し電話したが、担当の医師は電話に出ることがなかった。電話口の看護婦さん(現在の看護士さん)は、プライバシーの問題があるので、これ以上は何もお話できません、とひややかな口調で、取り付く島もなかった。私が「これから、そちらに向かいたい」というと、「ダメです」と大声で怒鳴られてしまった。
一瞬の嵐のようだった。
思い当たるところもあった。この事件の前の週の金曜日、彼は終業時間ちょうどの頃、私に向かってコンピュータのCRT(画面が写るテレビのようなもの)を両手で掲げると、私に向かって、投げつけたのである。CRTにはケーブルが着いていたので、私にはあたらず、床に激しくぶつかるとおおきな爆発音ともに壊れたのである。前日には、隣の席の社員を数時間にわたって肘打ちをした挙句にCRTをぶつけて壊しているので、その日の朝、遅れて出社してきた本人に「どうしてあんなことをしたのか」と穏やかに聞いたのである。かれは、「俺より愚図なのに、たくさん給与を取って、くだらないことを俺に聞くんだ。自分でやれっていっても聞かないから・・・」と理由になっているようないないような説明をした。本人は、自分は正しいという確信に満ちた顔つきだった。隣の席のスタッフは、別の空いている席に朝から席を替えて小さくなっていた。「口で言えばいいことだ。本人同士で埒が明かなければ、言い分は私に言うように。もう、こんなことをするんじゃないよ」と言って、このときは収まっていた。その私の言葉が気に入らなかったのであろう。帰りがけに、腹いせのCRTアタックを食らわせたに違いない。投げつけるや、脱兎のごとく階段を駆け下りて走り去ってしまったので、なすすべもなく、他の社員が青ざめて遠巻きにしている中、私はチリトリとホウキで、粉々に飛び散ったガラス片を黙々とたかずけた。・・・、果たして週明けの月曜日に、彼は出社するかな、と内心で心配した。中小企業の社長というのは、どこか社員を自分の子供のように思ってしまうところがあるらしい。自分でも内心苦笑いしていた。その月曜日が事件の当日で、「父親が暴れて他人に怪我を負わせてしまった・・・だから休む」という電話があったという次第なのである。社員の言い分については、ひとまず疑わしきはこれを信ずる、というのが原則である。
彼は、一週間会社に現れることもなく、連絡もしてこなかった。もし本当に入院しているならばそれも当然である。しかし、それ以上放置しておくわけにも行かないので、自宅の母親に電話してみることにした。何度か電話をして夜半近くに、電話口に出た母親は、ひたすら「すいません」というばかりで、「父親も当人もいません。それ以上はいえません」と言った。「今日は、病院に行かれていたんですか」と聞くと「生活のためにパートをしているんです」とのこと。私の知らないつらい現実がそこにはあるようだった。
ご本人と連絡が取れましたら、私に連絡してくれるようにお伝えください、とだけ申し上げて電話を切る以外になかった。
途切れ途切れだが、その後、その母親とは何度か電話で話すことができた。母親の遠い親類にお蕎麦屋さんを経営している方がいて、本人も子供の頃からなついていたので、ここに転職させるというお話が最後だった。
5-6年たったある時、彼がその蕎麦屋さんでホームページを開設しているのがわかった。ネット社会とは本当に良いものである。彼は無事に立派にやっていることがわかって、飛び上がらんばかりに私は嬉しかった。比較的大きな蕎麦屋さんで、株式会社形式になっていて従業員も十数名いるようだった。最近のホームページでは、彼は常務取締役になっていた。周囲の社員らには、何度もそのページを見せて、彼は我が社の社員だった人だよ。がんばっているだろう、となんだか自慢していたりいるのである。
適切な職場に就労するというのが一番である。システム開発の現場は、あまりにも過酷である。心と精神に良いはずがない。そば打ちしてすぐにお客様に差し出すと、おいしいおいしいと言って食べてくれる。想像するだけで心が満たされる。システム開発などよりもずうっと素敵な職場じゃないか、と私は思ったりしてしまう。
もう一人、おでん屋さんに転職した者がいる。最近は連絡がないが、便りのないのは無事の知らせだろう。こちらもうまくいったようである。そのおでん屋さんも本人からすれば叔父に当たるということだった。
成功事例(2人)は、食品加工、それも目の前でお客様が食べてくれるような職場だった。
同業の企業に転職して、数か月でボロボロになってさらに転職を余儀なくされたと聞いた人が4-5人はいる。転職先が不明で、事後の情報がない人はもっと多い(十数名)。少なくとも、IT産業は、精神の病には全く向かないのである。
どんな病気があり、それぞれにどんな対処がありうるのか、総務人事を担当している妻と私の関心のあるところだった。

初日は、松為先生の講義が中心である。池袋西口の桐杏学園の教室を借りて、午前10時から12時、午後1時から2時半までの二回講義が行われた。早めに着席して、良い席を取った。松為先生からはは、自立生活の能力と役割遂行能力の二つが必要である。自立生活の能力を支える親がなくなると途端に自立生活能力を失うことが多いこと、自立生活能力を失えば働けなくなることなどの指摘があった。
興味深いお話として、身障者の自立支援という人は多いが、自立支援だけではダメだということですとの断定だった。職業的役割能力がなければ、雇い主は彼を必要としないのだよ、とおっしゃるのである。コストパフォーマンスの厳しい競争環境にいる事業主にとって、生産性の上がらない人を雇っているだけの余裕はないというのはなるほど納得である。ある職場で職業的役割能力を発揮できない人が居たらどうすべきだろうか。私は、役割が果たせる職場を探して移籍を試みるといういささか軟弱な考え方なのだが、松為先生は職業的リハビリテーションという目的意識のしっかりした立場から、職場で職業的役割能力を発揮できるようにしてやることが正しいというお立場である。
障害者を支援するたくさんの職域があり、それぞの専門家や組織が存在している。これらのネットワークが広範に形成されているし、形成維持されなければならない。また、それらのネットワークを上手に使いこなして初めて障害者を支援できたことになる。というお話だった。全ての組織や専門家を知ることはできないし、誰に何を頼んだら良いのか普通の人にはわかりにくい。まずは、何かあったら、地域障害者職業センターに行って相談したらよい。などという非常に実践的なお話もうかがえた。
松為先生のお話の後には、受講者と講師の討議も予定されていたが、我々は情報コミュニケーション学会大会の会場に出向くので、残念だったが、そのまま退席した。初めて聞く話も多く、大変役立つお話だった。

△次の記事: 感性的研究生活(33)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/2233_078a.html
▽前の記事: 感性的研究生活(31)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/5at2231_081d.html


琵琶

(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  感性的研究生活シリーズの記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

チベトロニカ、情報コミュニケーション学会第5回大会at東京(2/2)--感性的研究生活(31)

2008/04/09
チベトロニカ、情報コミュニケーション学会第5回大会at東京(2/2)--感性的研究生活(31)

3月23日は情報コミュニケーション学会第5回大会at東京の二日目である。学会人事が決まる午前中は敬遠して(実は前日同様に別のセミナーに参加していた)、午後から会場にやってきた。
会長は、順当に阪井和男明治大学教授が再任されたと聞く。安堵した。

私と家内が会場に到達するや、阪井教授が寄ってきて、「日本語プログラミング」でワークショップを行うことになったと喜色満面でおっしゃる。実は、今、別の枠組みで、「日本語プログラミングコンテスト」を実施中である。日本語プログラミング言語の作者の皆さんが主役だが、私は裏方に回って、ポケットマネーを出したり、ごちゃごちゃしたことを引き受けたりしている。4月18日(金)には表彰式が行われるのだが、阪井先生が委員長を引き受けてくれることになっている。私は「日本語プログラミング」にはずいぶん昔から肩入れしてきたのだが、比較的日陰者の存在で、なかなか日が当たらない。「日本語プログラミング」言語が普及すると困ると思うヒトもいるらしくて、激しい妨害もある。陰湿な圧力もかかってくる。
このブログが一時、緊急避難のために閉鎖に追い込まれたのは、このあたりに原因があった。
「琵琶」の復旧版から「鐘の声」へ
苦楽あり、「鐘の声」に300の記事
これらを乗り越えて、やっと日の当たるところに出られることになったのは、まことに喜ばしいことである。
しかし、開催までの道のりはまだまだ遠い。途中でめげたり、短気を起こしたりしないよう自戒しつつ、このテーマの周囲を注意深く観察し、妨害行動を未然に防ぐ体勢を整える必要があるだろう。2005年のコンテストでの妨害工作をしたものが再犯を起こすならば、警察も事前に調査を済ませているので逮捕しやすいに違いない。
まぁ、情報コミュニケーション学会を敵に回す輩がいるとは考えにくいが、来るなら来いという心境である。
私は、メインのコーディネータをご遠慮して、ここでも裏方に徹するつもりでいる。

さて、パネル発表の会場を見て歩く。eLaerning教材を教師に替わって作成して差し上げます、という頼もしい(有)グレースの服部恵社長も発表していて、びっくり仰天。私の会社の元社員が4月からビジネス研修の講師にご厄介になることになったので、なにとぞよろしくお願い申し上げますとご挨拶した。私がお願いしたケースである。迷惑にならなければ良いがと内心ヒヤヒヤしている。もとより頭脳明晰な君のことだから大丈夫とは思っている。しっかりやってね、F君。
部屋の中央部のパネルには、明治大学情報コミュニケーション学部の俵木君の発表があった。ご本人もいたので、挨拶を交わす。現在4年生で、彼が2年生のときに、大阪の園田学園で行われた時の大会では、同じ会場で相前後して発表したこともある仲である。ガンバリ屋さんで、ときどき、がんばりすぎて体を壊したりしないか、と心配になるような青年である。
彼の研究に近い話は、下記の記事を参照されたい。
鍵を握る単位組織=擬似家族--情報社会学、予見と戦略(4)
卒業後は他大学の大学院に進学することが決まっている。
元気そうだったので、これからの活躍が楽しみである。

そうこうしているうちに、特別企画「チベトロニカ」の開始時間が迫っていた。
急いで、特別企画「チベトロニカ」の会場に移動する。
特別企画「チベトロニカ」は、日本ポラロイド社の社長である伊藤裕太氏がコーディネータを務めるものである。幼稚園時代からの伊藤社長のお友達であるバイオリンの大谷康子女史にチベットをモチーフとした組曲を演奏してもらう企画というふれこみだったので、楽しみにしていた。
壇上に上がったのは、伊藤裕太社長(日本ポラロイド社)、菅野由弘教授(早稲大学、作曲家)、モーリーロバートソン氏(ジャーナリスト、ミュージシャン、ラジオパーソナリティ)である。
チベットは、騒乱のさなかである。実は前年、今回の騒乱の前に「チベトロニカ」の作曲のための企画が進行していて、モーリーロバートソン氏がスタッフとともに現地入りしていた。菅野由弘教授は、モーリーロバートソン氏が送ってくるチベットの音源を参考にしながら、組曲「チベトロニカ」の作曲を進めたということのようだった。
「チベトロニカ」作曲に参考とされた音源が4つ紹介され、最後に組曲「チベトロニカ」のバイオリン演奏となった。年から考えて自分の記憶力に自信はないが、覚えている限りを書いてみよう。関係者の皆さん、間違っていたら教えてください。

一番目の音源 チベット僧が来日した時の演奏を基に、電子楽器の音曲を混ぜて編曲したもの。
二番目の音源 モーリ氏がチベットで再録した弦楽器を中心にした楽曲。
三番目の音源 モーリ氏がチベットで再録した打楽器と弦楽器のある楽曲。
四番目の音源 モーリ氏がチベットで再録したバイクの青年が奏でたギターの楽曲。
五番目-新曲  組曲「チベトロニカ」のバイオリン演奏。

一番目の音源について:
私は坊主の孫であり、インド音楽には恵まれて育った。一番目の音源のような重低音に極端に偏った楽曲は、チベット音楽として実になじみのあるものだった。これは、インダス文明周辺のインドの多数の部族が激しい戦いにあける日常の中から産んだ戦いのために使った威嚇と戦意高揚ための音楽である。戦場でなければ、剣舞とともに演奏されたに違いない。仏教の音曲も基本的にこの系統である。
二番目の音源について;
これは、胡弓の音色のようで、節のない弦楽器らしい。音程が緩やかに連続して変化する。このメロディは中国西方の民族である胡人のものであり、もともとチベットのものではない。チベットも日本と同じで、多数の文化を違和感なく受け入れるところなので、チベットに受け入れられたものだろう。
三番目の音源について;
これは、中央アジアの草原の放牧民の音楽である。明らかにもともとチベットのものではない。軽やかな足取りでウマや羊を駆り立てながら草原を闊歩する放牧の民を彷彿とする。これもチベットに外部から流入した曲なのだろう。
四番目の音源について;
これはヘレニズム文化の香りのするもので、菅野教授の説明ではヨーロッパ中世の吟遊詩人の音楽に似ているそうである。私は、吟遊詩人たちのルーツはギリシャであり、当時はヘレニズムの文化の影響が色濃く存在していたと考えられる。ヘレニズム文化はインド的なものとヨーロッパ的な文化が混合し、化学変化を起こしたかのような新しい装いとエネルギーを獲得してまた東西にその文化を輸出したと考えられる。
ヨーロッパの絶対音階から見ると全て半音上の音から構成されているということで、演奏はかなり困難な曲である。音の高さの違いは、現地でも正しいものなのか、たまたま演奏したバイクおにいちゃんの腕の問題なのかはわからないらしい。
この困難な曲を試しに大谷女史がバイオリンで弾いて見せた。なるほど弾きにくそうにしていた。
二、三、四番目の曲は、現地で取材したモーリさんの耳には同じようなアジアンテイスト・ミュージックのように聞こえたかもしれないが、実は、本来のチベットの曲ではないのである。
五番目-新曲  組曲「チベトロニカ」について:
大谷さんは、チベットから取り寄せた服地をもとに、チベット風のデザインの舞台衣装を制作して身に着けていた。赤をベースにするあでやかな衣装である。チベット衣装そのものではないが、雰囲気は十分に醸しだされている。
音源とともに採られてきたチベットの空の写真から、抜けるような青空の印象を曲にこめた菅野由弘教授作曲の組曲「チベトロニカ」は、高音部を巧みに効かせていて、天空を舞う天女の舞を見るようだった。すばらしい。作られた曲もすばらしいが、演奏もすばらしい。
しかし、断っておかなければならないが、この曲は、チベットの風物をイメージする作品であって、チベット音楽ではないということである。--ご関係の皆さんは、もちろん承知の上だろうが、聴衆はごっちゃにして聞いていたかもしれない。
質問の時間になったので、私が手を上げると、なんと会長の阪井教授がマイクを持って走ってきた。マイク係を買って出ていたのである。恐縮して困ってしまった。
私の質問は「伊藤社長にお聞きします。チベトロニカはポラロイドのビジネス戦略の中にどのように位置づけられているのでしょうか」というものだった。ご返事は「報道と楽しみというポラロイドのビジネス理念に通ずるから」というものだった。そうかと思いつつ、厳しいビジネス戦線にいるのだから遠回りでも利益につながらないことをやるはずはないので、そのあたりの本音を聞きたかったのだが、建前論でかわわされてしまったような感じがした。
モーリ氏は、盛んにチベット問題への支援をと訴えていたのも少し奇異だった。別の機会にじっくり聞いてみたい話ではあるが、その場では若干場違いではなかったか。
大谷康子女史は、2008年9月20日(土)にサントリーホールでソロで「大谷康子ヴァイオリン・リサイタル」を開くそうである。時間的ゆとりとお気持ちのある方は是非参加されると良いと思う。チケットなどはジャパンアーツに問い合わせてください。私はジャパンアーツの回し者でも営業マンでもないが、聞いて損はないと確信している。
いずれにしても、私には満足の一日だった。

△次の記事: 感性的研究生活(32)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/1232_145c.html
▽前の記事: 感性的研究生活(30)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/5at1230_2a2d.html


琵琶

(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  感性的研究生活シリーズの記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

櫻花 変化(さくら・へんげ) 五題--人生に詩歌あり(2)


2008/04/08
櫻花 変化(さくら・へんげ) 五題--人生に詩歌あり(2)

3月24日
咲き騒ぐ、さくら鎮める、春の雨
別歌(5月2日)
咲き急ぐさくら鎮めよ、春の雨

3月26日
花飾る、燦燦しずく、雲はねて

3月28日
闇を抜け、曙光をすかして、花天幕

3月30日
突風に、耐えて広げる、紅き枝

4月6日
黒き地に、花ひたすらに、つもりゆく


琵琶

△次の記事: 人生に詩歌あり(3)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/05/3_83df.html
▽前の記事: 人生に詩歌あり(1)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2007/04/post_9cd0.html

(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  人生に詩歌ありシリーズの記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

お目当てはありすぎ、情報コミュニケーション学会第5回大会at東京(1/2)--感性的研究生活(30)

2008/04/07
お目当てはありすぎ、情報コミュニケーション学会第5回大会at東京(1/2)--感性的研究生活(30)

少し前になるが、3月22日(土)-3月23日(日)、情報コミュニケーション学会第5回大会at東京が開かれた。この日程は、別に記述する障害者就労支援コーディネータ養成講座と全く重なってしまった。2日間にわたって、私と家内は、午前中=障害者就労支援コーディネータ養成講座、午後=情報コミュニケーション学会第5回大会at東京に参加した。前者は池袋、後者は駿河台である。移動には40分ほどの距離である。
初日の私のお目当ては、「パネル討論会」と懇親会の時に演奏される「バイオリンとハープ」である。家内のもっぱらの興味は「かの西和彦の講演」と「バイオリンとハープ」である。
事前登録していなかったので一人1万円だったが、家内は予稿集が不要である。二人合わせて1万7千円也。高いようだが、内容は充実。満足の金額である。
西和彦氏は、アスキーの創始者にして、尚美大学の教授で、須磨学園の学長でもある。マイコンブームの時代を私は人工知能システムや画像処理システム、MMLの研究開発などで睡眠時間を削って地に這う思いで汗まみれになったいた傍ら、彼は時代の風雲児として次々と巨大ビジネスに手を広げていた。私は、同時期にも後にも何度も会っているし、石田晴久東大名誉教授のパーティでもお会いしている。私にとっては印象深い人物だが、彼にとって私はOne of themである。
家内は、亭主よりもはるかに成功した西和彦氏を間近に見られるというので目を輝かせていた。チェッ。
続く、パネル討論は「情報コミュニケーション力のすすめ」という題目で、情報コミュニケーション力の検定を学会でやろうというものだった。山本恒園田学園女子大学教授がコーディネータを勤めた。発言者は、太田和志氏(東大阪大学短期大学部)、永井克昇氏(国立教育政策研究所教育課程研究センター教育課程調査官・文部科学省初等中等教育局参事官付教科調査官)、佐藤万寿美女史(兵庫県立西宮今津高等学校教諭・中央教育審議会専門官)、劉東岳氏(プロメトリック株式会社)である。
各自の発言の後、質疑の時間となったが、時間が切迫していた。懇親会の開始時間が迫っているのに、残り時間がなさ過ぎた。私は、早速2点質問したが、コーディネータの山本先生に時間制約上1点だけに絞られてしまった。私の一つ目の質問内容は「情報コミュニケーションとはコンピュータ利用コミュニケーションとはイコールではありませんね。そもそも、情報コミュニケーションとは何かということをこれから十分話し合ってゆかないと検定問題さえ作成できません。菌類と動物はコミュニケーションを明らかにとっています。人間も人類史上または社会史上コミュニケーションをとってきましたが、人間にとって情報コミュニケーションが必然である理由があるはずです。それは何かという議論を始める口火という意味で太田先生にお考えを伺いたい」というものだった。意表を衝く質問だったらしくて、聞きたいお答えは聞けなかった。もう一つの質問は、日本語の文法に関するもので、「日本人教育に使われている橋本進吉氏の古い"学校文法"と、外国人向けの日本語教育に採用されている三上章以降発展してきた日本語文法の2つが文部科学省認定教材に使われているが、古い"学校文法"を言語(日本語)コミュニケーションの発展のために新しいものに改めるお考えはありませんか」というものだった。2つ目の質問についてはさえぎられてしまったので、討論会終了後、永井克昇氏と直接名刺を交換して、質問内容を改めて説明した。永井氏は、国語審議官を私に紹介してくださるというので、ありがたくお受けすることにした。得られた収穫は大きかったかもしれない。
この後は、懇親会である。挨拶もそこそこに、演奏会が始まった。
世界的音楽家二人、大谷康子女史(ヴァイオリニスト、東京音大教授・東京交響楽団ソロコンサートマスター)と篠崎史子女史(ハーピスト)による演奏である。二人は過去にも一緒に演奏してCDも作っているそうで、息もピッタリである。大谷康子女史の演奏は以前も別の研究会で聞いているが、篠崎史子女史のハープの生演奏は初めてである。お二人とも普段はラジオやテレビでしか接することができない方だ。生で聞くと電波を介するのとは全く異なる音量と質感に圧倒される。
大谷康子女史のジプシー風のバイオリンも楽しくてすばらしいが、篠崎史子女史のハープのロマンティックな響きもすばらしい。
家内は、これだけでも会費の元が取れるね、と大満足のようだった。

△次の記事: 感性的研究生活(31)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/5at2231_081d.html
▽前の記事: 感性的研究生活(29)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/02/2229_20d8.html

琵琶

(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  感性的研究生活シリーズの記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

サワラの味噌炊き、格別の味--オヤジと家族のお料理ライフ(18)

2008/04/06
サワラの味噌炊き、格別の味--オヤジと家族のお料理ライフ(18)

岩田先生の作品を見た後にアメ横で購入したサワラ3尾を味噌炊きにした。
スーパーなどでは、サワラはよく開きになっており、味噌が塗りつけてあったりする。
一方、今回のように、生のサワラを味噌炊きにすると、スーパーのヒラキ製品とは格段に違う味になる。

サワラの味噌炊き
購入したサワラは長さ約50センチをやや越えるものだった。冷凍庫から出して冷蔵室で自然解凍する。
すこし自然解凍させた程度の半氷状態が扱いやすいが、完全に解凍してしまっても良い。
頭のすぐ下に包丁を入れると、内臓もそのままに、身を3センチ幅くらいにざくざくと切る。
頭も一緒に圧力鍋に入れ、水を身の一部が水面に出ている程度まで加える。
赤味噌(私は仙台味噌)と八丁味噌(私は愛知県産)を3対1程度に入れる。味噌の量は、味噌汁の濃さの2倍を目安にする。
スリオロシ生姜をたっぷり(大さじ2杯くらい)、ミリン大さじ5杯、昆布だし少々、砂糖大さじ1杯をそれぞれ加えて、ふたをして、いったん沸騰させる。圧力鍋の構造によっても異なるが、沸騰が確認できたら(上記抜きからの噴出が一度でもあったら)、弱火にして40分程度煮込む。沸騰を続けると身が崩れるので、沸騰させないがコツである。
ザツなようだが、格別においしいサワラの味噌炊きが完成する。
普通、関東のサワラの味噌炊きは、白味噌と赤味噌のあわせ味噌を使用するが、この場合は、内臓を取り除くことがコツである。内臓のうまみも利用する場合は、赤味噌を主にしたい。八丁味噌はなければいらないが、入れるとコクが増す。
今回のサワラの味噌炊きは、コクがあって、中骨も食べられる。頭も全部やわらかくなっているので食べられる。
スーパーのヒラキをそのまま焼いてもおいしいが、結構骨っぽいので、食べる時に手間もかかるし、老母の食卓に出す時には少し心配である。この造り方ならば、老母にも安心である。
我ながらうまい。

別途作った「野菜と肉団子汁(胡椒たっぷりの潮汁風)」と「メカブと生玉子のとろとろ(ほそめのカツオブシ+黒酢+ミリンで味をつける。黒酢はたっぷり)とあわせて朝ごはん。
家族にも満足の顔、この瞬間がたまらない。だから料理はやめられない、、、。
食事は家族の輪の要である。

サワラの味噌炊きは、それぞれに大盛りに盛り分けたが、半分残ってしまった。
別の鍋にタレと具をそっくり移して、ジャガイモ4つを剥いてそれぞれ4分割したものを加えて、煮込むことにした。ジャガイモに味噌のタレがしみこむとおいしいに違いないという勘である。出勤時間が迫っていたので、ひと煮立ちした後、自宅で仕事と食事をする息子にもう一度煮立ててから食するように言って出かけた。最近、息子は自宅を作業場に一人会社の経営を始めているのである。
私が仕事を終えて、夜半近く、帰宅するなり、息子は「ジャガイモがおいしかったよ」と声を掛けてくる。食は会話の元でもある。

△次の記事: オヤジと家族のお料理ライフ(19)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/04/19_ca24.html
▽前の記事: オヤジと家族のお料理ライフ(17)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/03/16_2607.html

琵琶

(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  人生に詩歌ありシリーズの記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

上野のサクラ、美術文化展、岩田哲夫氏の作品--交友の記録(29)

2008/04/05
上野のサクラ、美術文化展、岩田哲夫氏の作品--交友の記録(29)

今年も、美術文化展の季節がめぐってきた。

岩田哲夫氏の個展に赴く--交友の記録(11)
妻の心の支えと私の老母の出会い、美術文化展--交友の記録(14)

3月26日(水)、私と家内と息子の3人は上野の都美術館に向かった。
例年通り、美術文化展が開かれたためである。
午後1時45分、上野駅公園口に立つと、すでにいつもよりもたくさんの人出を感ずる。ゆっくりと上野動物園の入り口を目指す。途中交差する上野の山のメインストリートに差し掛かると、雲のごときサクラの花の広がりが目に入ってくる。まだ、5分も咲いたかどうかと期待も半ばにやってきたのに、それはそれは衝撃的な花の大群だった。
3人とも、うぁ~、と歓声を上げたが、まずは美術文化展が先である。上野動物園の正門前を右折して、都美術館に向かう。だらだらと坂を下って地下の入り口に歩みを進めると右手からは弦楽器のような美しい音色が聞こえてくる。何かなぁと目を凝らすと、なんと、のこぎりの歯をバイオリンの弦か胡弓の弦に見立てて、弓らしきもので引いているのである。音の高低は自在に反り返るのこぎりを片手で曲げて調節しているらしい。ヘブン・アーティスト(大道芸術家)の見事な演奏だ。気になったが、見とれているヒマはない。その前を通り過ぎるとすぐに館内に入る。大きく回りこんで行くと、そこは美術文化展の会場である。
入り口でやや待つと、岩田哲夫氏がやってきた。
まず、私の母がやってこれないことを説明して、お許しを願った。私の母は、昨年夏、大腿骨骨折を経験して、長時間、出歩くことはできなくなっていた。それでも、私の母は、岩田氏と再会できることをずいぶんと期待していたのだが、10日ほど前、岩田哲夫氏から招待状が届いたころ、自分の体力と相談して、無理と判断したのである。かなり以前から楽しみにしていたので、無理でも行きたいとただをこねるかもしれないとひそかに恐れていたのだが、冷静に自己判断を下した。ボケてはいないのである。実際、上野の駅の改札口から、美術館の間を老婆が歩行するというのは私の眼から見ても無理と思われた。結果として、老母を除く我が家族の3人だけがお邪魔したのである。
岩田哲夫先生からは老母に桜餅のお土産をいただき、家内からは岩田先生の奥様へのお土産として「変わり最中」の一種を持参した。私は会の受付などの皆様のお茶請けを用意した。
さて、ご案内をいただいて、館内に入るとすばらしい作品の数々が目に入る。入り口に一番近い地下一階のフロアには、会を代表する作品が並べられている。漁村らしい浜辺に古い杭があり磨り減っているような漁網が無造作に打ちかけられており、その向こうの水面には壊れかけた葦舟が浮かんでいる。浜も網も海面のさざなみも葦舟も全てが大味の紬糸(つぐみいと)で織り上げられたような重厚なつくりである。帆船の帆を巻き上げたかに見える位置に雲がたなびいているが、その雲も紬糸の束のように見える。描き込みは何層にも丹念に行われているが、見た目は重たくもなく、特製の太い木綿の糸で織り上げられたふわりとした布地のようである。この作品が美術文化展賞に輝いたのだそうである。
帰路のない道と題する絵は、壊れた桟橋をわたった向こうに後ろ向きで背を丸めた男の老人が小さく歩いている。よく見るとその老人が通り過ぎてきた桟橋と老人の今いる位置の間に道はない。左手の上部にはプロペラつきの紙飛行機のような絵が描かれている。岩田先生の説明によれば、作者は特攻隊のゼロ戦を描いたといっていたという。なるほど、帰りのない空路(そらじ)である。画面の右側3分の一くらいが豊かに茂る大きな葉の木々が並んでいるように見えたが、近づいてみるとそれは緑色のハトの群像だった。ハトは一つ一つ違った姿をしていた。よく見ると、シュールリアリスムの巨匠マルグリッドが描いたハトの形に良く似ている。形をまねて平和というモチーフを表現したかったのだろう。岩田哲夫氏よりも年配の方の作品ということなので、厳しい戦中体験や今迎えようとしている人生の終焉をそこに投影しているに違いない。
その絵の左を見ると、太い輪郭の抽象化した顔が描かれている。線の扱いはマチスのようだが、描かれている顔はピカソの絵のようだ。中央の上部に描かれた大きな目が一つ、これは明らかにビカソが人の"横顔"に書いた「正面から見た眼」である。
説明をお聞きしながら、展示作品をめぐってゆくと、岩田哲夫氏の作品が出てくる。横に長い大きな絵である。しかも横長のキャンバスを2枚続けて見せる大作である。「寂」と銘打たれたその作品はたしかに「静寂」をたたえていた。キャンバスに描かれているのは前衛的墨絵である。白と黒だけの世界は独特であり、それだけで凄みがある。大きな湖か海岸の前に立っていて、向こう岸の水際が見え、その上にそびえる木々や家々の影が水面に強く写っているという有様である。左の上には虫食いのように雲が一部にかかっている満月があり、右手には上限の月がかかっている。画面左下、すなわち水面(みなも)の左手前には、半月が写っている。この位置からは右の上限の月が写りこんでいるのではなく、左の満月が水面では半月になっているという不思議な光景である。
静寂と安らぎを表現したとおっしゃっていたが、そのとおりの作品になっている。作家仲間が「癒しのある絵」と言ったとおっしゃっていたが、それもそのとおりだろう。美術文化展賞の選考では最後まで1位を競ったが同点決選投票に敗れたというようなお話もされていた。なに、我々のような鑑賞者にとっては、人がつけた順番は問題ではない。我が心を撃つかどうかである。もし、選考時に何か問題視されたとすれば、静寂な絵の中の筆致や墨の飛沫にやや強い"元気"が感じられることだろうか。まぁ、実際、会ってみればすぐにわかるが、岩田哲夫氏は、御歳80歳とはとうていみえないエネルギッシュな人物である。ご自身が最高に静寂な気分感情描いても、他人が見るとわずかに漏れてくるエネルギーを感じてしまうのかも知れない。そのエネルギーを消し去れといわれてもそれは不可能というものであろう。ほの見えるものは、私たちには問題のない人としての内面の力だった。
その後の絵については、我々が勝手に見て歩くことにした。岩田哲夫氏は、東京に来てからの連日の会務とこの日の昼にお弟子さんと飲んだビールの後遺症でいささかお疲れのようだった。珍しく、ご自身から、少し休んでいますので、ご自由にご覧になってくださいとおっしゃったのである。
地下1階のフロアを続けて見終えると我々は2階のフロアに上がって、ワイワイと言い合いながら絵を鑑賞すると1階のフロアに下りて続きの作品を見た。1階フロアの展示室の入り口手前のソファに腰掛けている岩田哲夫氏を確認して中に入った。それぞれのフロアにはそれぞれの工夫がされていたが、昨年に比べるとどの作品も力作で、迫力を秘めているようなものだった。中身の薄い作品はない。実は、会員の作品ばかりではなく、各フロアの奥の半分は、それぞれ招待作品で埋められていたようである。会員の作品は良いものに絞って、招待作品を増やして展覧会の質の向上を狙った改革が感じられた。全ての作品に私は心が満たされた。
1階フロアが私たちにとって最後になるので、ここで岩田哲夫氏にはご挨拶をして、来年は、調整ができたら、我が家まで私の車で来ていただいて、老母と会っていただくという約束もした。果たして来年の春も老母は元気だろうか。お忙しい岩田哲夫氏のお時間の調整は可能だろうか、とわからないことが限りなくある。まぁ、直前になったら、また連絡をし合えばよいことだと思いつつ、会場をあとにした。
美術館を出て、桜並木の下を歩くことにした。妻と息子は興奮気味である。確かに圧巻である。まだ散り始めてはいないが、9分半くらいは咲いている。所々につぼみが見られる程度で、ほとんどの花は咲いている。偶然とはいえ、花は咲き染めしころいとおかし、盛りの後の散りゆくもおかし、で、満開時よりもその直前または直後のほうが深いおもむきがあるように思う。
帰りがけ、上野の画伯(路上似顔絵描き、テレビによく登場する酔っぱらい画伯もいた!)たちを覗き込んだり、上野駅前の京成ビルのレストランじゅらくが4月21日に閉店になるとの張り紙を見て、感慨にふけったりした。この店は老母がまだ若いころ、上野松坂屋で買い物した後、同行した近所のおばさんや私と食事をしたところである。アメ横の入り口に入ってすぐの左手にそのじゅらくの本店があるので、ここに入る。メニューを見て、下町の洋食屋の定番はオムレツであることを思い出した。息子はハンバーグ・オムレツ、妻はハヤシ・オムレツ、私はカレー・オムレツとなった。懐かしくもおいしい。食後にアイスコーヒーをいただきながら一服した。歩き疲れたが、妻や息子も満足したようだ。
さて、せっかくアメ横に来たのだからと妻と息子を拝み倒して、おサカナの買い物に出向く。巨大なサワラ三尾500円、大き目のコノシロ十尾500円、しめて千円なり。地元のお魚屋さんの半額以下の値段である。しかも最近では、コノシロや丸ごとのサワラなどは店頭にないことのほうが多い。珍しいサカナをお安く仕入れられたので、食いしん坊の私はここでも大満足。
妻と息子に自宅まで持って帰ることをお願いして、私は足早に山手線に乗り、オフィスに向かう。オフィスには懐かしい客人が来て、スタッフらと打ち合わせをしているはずなのである。客人が帰る前に到達してご挨拶くらいはしたいものと心が急いた。
帰社すると、ちょうどこの客人が帰るところだった。すんでのところではあったが、客人とかろうじてご挨拶を交わすことができた。
この日は、何から何までうまくいった。こんな日もあるのだから、雨風の強い日には歯を食いしばることもできるのさ、と私は内心つぶやいた。

△次の記事: 交友の記録(30)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/05/42030_87d0.html
▽前の記事: 交友の記録(28)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/03/28_fff7.html

琵琶


(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  交友の記録シリーズの記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

迷信「アルタイ語説」を越えて--日本語の探検(2)--その他、シリーズ外の記事

2008/04/04
迷信「アルタイ語説」を越えて--日本語の探検(2)--その他、シリーズ外の記事

会場からは「日本語はウラル・アルタイ語族というのが定説。あなたの回答はただの思いつきか?」と、思いもよらない怒声が飛んだことがある。

直前の質問者が
「日本語と韓国語は文法上良く似ている。あなたの文字列類似度の理論で、これを実証することはできないか」
という質問をしたのである。
この質問者は日本APL協会の会長さんである。いわば趣味でプログラミングをするようなご長老で、日韓-韓日翻訳ソフトを完成させたばかりだった。韓日の単語の対応表があれば、ほぼスムーズな訳が出来上がるという。要するに、文法はほとんどそっくりだというのである。
私の回答は
「韓日の単語の対応表や類似語テーブルとそれぞれの言語内のシソーラスを駆使して、日韓-韓日翻訳の長文、たとえば小説類など、の文字列類似度解析をすれば、語彙の順番の類似点などは見出せると思う。ご希望があれば共同研究に加わらせてください」
というものであった。
続いて、別のお若い方からの質問。
「ちょっと筋誓いの質問かもしれませんが、なぜ日韓-韓日両言語の文法が似ていると考えていますか」
この方は日本語の韓国起源説を唱えたいようだったが、残念だが、学問上は全く可能性のない言説である。いずれにしても、日本語の起源についての話題では、面前で否定するのはご法度である。
私の回答は、次のとおりでした。
「最近の学説では、日本語はクレオールタミル語ということが優勢になっているようです。私もどちらかといえば、この説に傾いているので、この説に副ってやや空想も含めていいますと次のようになるかと思います。モンゴロイドは各地に定住する部族を残しながら、ユーラシア大陸の東岸をマンモスなどの大型獣を追って北上し、現在のモンゴルの地に到達していたと考えられます。約3万年前、最終氷河期に当たって、氷点下60度にも達する極寒に見舞われたモンゴル東の地からモンゴロイドは南や西、東へと移動します。東に異動した部族のあるものはベーリング海を渡って北米に到達し、南下しながらネイティブアメリカン、いわゆるアメリカインディアンになってゆきます。東に向かったモンゴロイドの一部は、黒曜石のやじりを使い狩を続けながら凍った樺太=サハリンの周囲の海を渡っていわば陸続きの北海道に渡ったのが日本列島に人間が入った最初と考えられています。石器などの遺物で見る限りでは北海道のヒトは16000年前までさかのぼることができます。冬季、凍結した津軽海峡をわたって幾つかの家族は本州にわたり、やがて日本列島全域に広がったと考えられます。一方、はるか太平洋の南からは丸石の斧を使って丸木舟を作る技能を持つ人々が北上してきます。沖縄では港川人という名で呼ばれる約18000年前の人骨が発見されています。北からのやじりと狩の人々と南からの丸木舟の人々はともに人を殺して我が意を貫くという戦争の文化が支配的とは言えなかったため、混血して均質化してゆきます。3000年ほど前までには、ほぼ均質化が終わっていたと考えられます。この人々が縄文人といわれる人々であったと考えられます。その後、中国大陸では、春秋戦国の時代となり、戦乱の相次く時代を迎えます。周が都を洛邑(成周)へ移してから秦が再び中国を統一するまでの間、すなわち紀元前770年から紀元前221年頃までです。この間、戦いに敗れたり戦乱を逃れようとした中国の部族の一部は、揚子江の河畔や朝鮮半島を経由して、日本へ上陸してきます。彼らは人を殺して我が意を貫くという戦争の文化と戦争技能を色濃く身に着けていましたので、縄文人は居住域を圧迫されます。大陸からやってくるこれらの人々を後代の人も含めて帰来人と言います。しかし、この時代には、第三の勢力も登場していました。南方から帆船に乗った貿易の民たちです。南インドを拠点に活動していた彼らは、世界をまたに交易していたと思われますが、元々は中央アジアから次々に押し寄せるインドヨーロッパ語族の後発部隊に押されてインダス流域-ネパール周辺からインド中部を徐々に移動してインド南端に達して、インドの南端とスリランカにまたがる海洋国家を形成し交易によって栄えていたと推測されます。日本海沿岸にやってきていたのはそのタミル王国の船乗りたちです。タミル王国は後続の部族との戦いに敗れてついに海に追い落とされてしまいますが、インド大陸とスリランカの間の海峡の交易で栄えたように、後継者たちは朝鮮半島と日本列島の各地の港ポリスを拠点に拠点間の交易を盛んにすることによって栄えていたと考えられます。この時代は日韓-韓日の文物と人の往来が盛んだったと考えるべきでしょう。日本海岸の日韓各地の港ポリスの連合体が邪馬台国の実態と推測されるところです。かれらは、交易の権益を守るために、縄文人や古韓国人と帰来人たちとの間に立って、防戦に努めることになったと考えられるのです。縄文人と古韓国人は民族も言葉も異なりましたがタミル人の支配下に入ることで両者はともに身の安全を確保することになったものと思われます。多民族によって征服された地域では、言語を構成する単語は現住民の言葉が残り、文法は支配した民族のものが残るというのは、歴史的に証明された事実で、クレオール語と総称されています。日本語も韓国語ももともとの原住民は異なるのに、支配した民族が共通だったので文法はほぼ共通することになったと考えるのが、自然ではないでしょうか。ついでに言いますと、新羅の王朝の祖先と天皇家の祖先に何らかのつながりがあると推測されるのは、たぶん両者ともにタミル族の後継者だったということだろうと思います」(日本語の起源に関する飯箸仮説)
韓日"親子"説ではないが、いわば韓日"義兄弟"説だったので、そのお若い方はずいぶんと満足したようだった。
その時、問題の方が立ち上がって、発言をしたのである。
「日本語はウラル・アルタイ語族というのが通説。あなたの回答はただの思いつきか?」 怒気を含んだこの方の発言で会場は一瞬シンとなってしまった。発言者は教育学の権威である。日本語の起源を語るときは、ほんとうに難しい。
また、学会活動で、身分の高い方をあからさまに批判するのはご法度である。
私は「日本語の由来については諸説ありますので、私の説明は、一つの仮説としてご理解をいただきたいと思います」と述べた。教授先生は、勝ち誇ったようにどっかとまた椅子にすわった。
内心では、・・・、た、たいへん恐縮ですが、日本語ウラル・アルタイ語族説というのは、過去のもの、現役の研究者でこの説を取る人はほとんどいらっしゃらないのです、、、と言おうかとも思ったのだが、お怒りの火に油を注ぐことになりそうだったので、思いなおしたのである。いずれせよ、私の説明は、専門家であればいいたくとも言えない大胆仮説を含んでいることは紛れもない。
しかし、この先生ほどの教育学の御大家が、化石となっている日本語ウラル・アルタイ語族説を持ち出そうとは、思いも寄らぬことだった。後日、幾つかの啓蒙書を見てみると、なんと言語学の黎明期の思考仮説に過ぎなかったはずのこのボロボロの古い言説が、あたかも現代の定説であるかのように書いているものがずいぶんたくさんあることに気がついて、もっと驚いたものである。この先生だけの特殊なことではなく、おそらく私が教育界の「常識」を知らなかっただけだったと反省した。

「ウラル=アルタイ語説」というのは、フィンランド語・ハンガリー語等のウラル語と,満州語等のアルタイ語が共通の祖先を持つという説で、日本語はそのうちアルタイ語に属しているというものである。
しかし、そもそも、アルタイ語族の存在を指摘したG. ラムステット(1873-1950)やその学説の展開に努めたN. ポッペ(?-?)は、この語族に朝鮮語や日本語が含まれることには疑問を呈していたのである。にも係わらず、「日本語はアルタイ語」を証明しようと成果に結びつかない努力を続けた人は多い。この方面につながる人で著名で誠実な日本人研究者には服部四郎(1908-1995)と村山七郎(1908-1995)がいる。かれらは、決して日本語=アルタイ語という断定を行わなかったが、それを秘めたる仮説として研究人生を送ったと考えられている。そして、日本語=アルタイ語説はついに証明されていないのである。実際、彼らが学んだ「比較言語学」はG. ラムステットやN. ポッペに由来するのだが、G. ラムステットやN. ポッペはもっぱらアルタイ語族を研究していたので、研究の手本がアルタイ語族研究だったからである。
日本語の起源をめぐっては、新旧取り混ぜていえば、アルタイ語族説、オーストロネシア語の影響を指摘する研究、日本語・高句麗語同系説、日本語・朝鮮語同系説、オーストロネシア語起源説(混合語起源説)、タミル語起源説、日本語クレオールタミル語説などが登場した。
少しややこしいのは、タミル語起源説、日本語クレオールタミル語説は同一人物の提唱になるもので、タミル語起源説は旧説、日本語クレオールタミル語説は後の説である。旧説を唱えた直後の大野晋は、国内では学界の大家から激しいバッシングをうけて海外での研究生活に転じた。後に、膨大な研究成果を携えて、新説日本語クレオールタミル語説を掲げて国内凱旋を果たしたといってよいだろう。旧説との違いは、日本語研究者がとらわれ自身も絡めとられていた言語系統論をあきらめて、ピジン・クレオールという概念をキーにしたことである。
 注1 ピジン語: bussiness語から転じたと言われる中国語で、商売で使う中国語
    風の英語というのが語源で、交易に伴って形成される中間的な言葉の総称
 注 クレオール語: 占領支配した民族の言葉が現地の言葉を取り入れて独特の
    言語を形成し定着したもの。文法は支配民族のもの、単語の多くは現地の
    民族のものになる特徴がある。
私は、大野晋の日本語クレオールタミル語説に賛意を表するものだが、日本語の系統研究自体が無意味とは思っていない。大野晋も日本語の系統研究を否定しているものではないだろう。
上記の「日本語の起源に関する飯箸仮説」を見ても分かるように、決して一筋の系統では説明できない複合的な系統の存在が示唆されるのである。
ではアルタイ語起源説もその多様な起源の一つとして残れるのだろうか。
日本語の系統研究の大家の一人である松本克己は、たまたま購入した近著の中で、次のように述べている。

松本克己、「世界言語の中の日本語-日本語系統論の新たな地平」、p.75、三省堂(2007)
-----------------------------------------------------
・・・、旧ソ連のアルタイ学者ニコラス・ポッペが取りかかった「アルタイ語比較文法」は、その第1巻にあたる『音韻』(Poppe: 1960)が出版されただけで、後が続かなかった。それ以後、アルタイ比較言語学あるいは比較文法と銘打った書物は、管見のかぎり、一度も世に出ていない。これをもって直ちにアルタイ語比較言語学の挫折と見るのはやや性急かもしれないが、その後の日本語の系統をめぐる研究が、それ以前に比べてかえって混迷の度を深めたかに見えるのは、「ウラル・アルタイ説」あるいはそれを継承した「アルタイ説」の行き詰まりと決して無関係とは言えない。
-----------------------------------------------------

実は、同氏は、同じ本の第三章(pp.43-72)には、もっと専門的で詳細で痛烈な「ウラル・アルタイ語」の批判を書いている。「ウラル・アルタイ語説」は戦前の定説に過ぎない、戦後は「アルタイ語」と言い換えられたが、「アルタイ語族」という概念自体が危うくなっているという指摘である。専門的に過ぎるし長くなるのでここには引用しないが、関心のある方は購入するか図書館などで実際に当たっていただきたい。
松本克己氏は、オーストロネシア語に日本語起源を求めようという立場の研究者である。
私は、オーストロネシア語単独日本語起源説には簡単には同意できないが、北方からの新モンゴロイドの言葉と南方からオーストロネシア語が混合してできた縄文人の言葉が日本海大貿易時代にタミル語の支配を受けるようになり、高句麗、新羅、天皇家などを創立したタミル族の後継者がそれぞれの地でタミル語の文法を支配的にしたとの飯箸仮説に同意する。この仮説は、韓国と日本の単語の類似性が多言語と比べて小さいにもかかわらず文法だけは良く似ているという事実をよく説明する。オーストロネシア語は日本語に流入したの複数の言語の一つであることには同意するものである。

通俗的な解説では、Wikipediaが次のように書いている。

日本語の起源、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90、2008.03.21現在
-----------------------------------------------------
・・・、そもそも、比較の基礎となるアルタイ語族説の基盤が非常に脆弱なことである。現時点において、信頼できるアルタイ比較文法辞典も語彙辞典も存在しないし、今後も現れる見込みはない(2003年にBrillから"Etymological Dictionary of the Altaic Languages", 3 vols.が出版されている)。アルタイ祖語の音韻の再構については、N. ポッペの説が有力とみなされてきたが、それすらも強力な反論に遭遇して停滞している。アルタイ仮説は破綻したと見る言語学者は多い。
-----------------------------------------------------

日本語ウラル・アルタイ語説は、少なくともすでにはるか定説とは言いがたいところにあるということである。
日本語の起源を語るとき、ヒトはなぜかくも熱くなるのだろう。
ヒトはだれしも自分のルーツに強い関心を抱く。それはもっともなことである。しかし、いったんは、遠い目で自分自身の言葉の由来を、心を研ぎ澄ませて考えたほうが良いのではないだろうか。

琵琶


(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  その他、シリーズ外の記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

抱腹絶倒・・・しかし深刻、東大・早大・慶応・その他の現状--心理、教育、社会性の発達(62)

2008/04/03
抱腹絶倒・・・しかし深刻、東大・早大・慶応・その他の現状--心理、教育、社会性の発達(62)

週刊朝日4月4日特大号、p.158-160に、面白い記事があると妻が持ってきた。
"東大 早大 慶応 教授が嘆く・・・「大学は幼稚園じゃない」"
とある。週刊誌とは、まったく、面白いタイトルをつけてくれるものである。
記事のリードを引用しよう。
----------------------------------------------
大学生の学力や常識不足が言われて久しいが、それは東大。早稲田、慶応といった難関大学にまで及んでいた。授業についてゆけない、自分から動く方法が分からない、そのくせ自己主張だけは強い・・・・・・"お子ちゃま"のような学生の姿を見ながら、教授たちは「幼稚園じゃないのに」と嘆いているのだ。
----------------------------------------------
私がこれまで、たくさんの記事で書いてきたものと大きく重なる内容である。しかし、導こうとしている結論は違うようだ。
「心理、教育、社会性の発達」シリーズ一覧、その1
「心理、教育、社会性の発達」シリーズ一覧、その2
「心理、教育、社会性の発達」シリーズ一覧、その3
「心理、教育、社会性の発達」シリーズ一覧、その4
ははん、やっとマスコミの皆さんも気がついてくださったのか、と記事を見ると、教授の皆さんの憤慨ぶりが書かれている。
(1)東大 市川伸一教授--「東大卒」の肩書きはほしいが、「学問」に興味を持たぬ学生たち
(2)慶大 戸瀬信行教授--塾通いして目指したのに入るとばかにする
(3)早大 藤井千春--自分の知識不足を感じても勉強の方法が分からない
心中のお怒りはごもっともである。先生方がそれぞれに例としてあげている学生は確かにいるし、多い。普通に聞くとお笑い芸をやっているのかと勘違いされるが、この学生らは真面目にやっていておかしいのである。抱腹絶倒だが、ずれているのである。しかし、怒っているだけではいけないのではないだろうか。編集上の都合でカットされているに違いないが、各大学ともに対策におおわらわなのである。あの手もこの手もと繰り出してみるが即効性のある対策はない。高校の先生を招いて高校の授業の復習コース(フォローアップコース)を開設したりしているが、丸暗記を追加するだけなので、(1)学問に興味を持つこともできず(2)努力しない無能者は他人の努力の価値が分からないので、高い知性を正しく評価できないし、(3)正解を教えてくれない教師が悪いと思っているのである。
私がやっているのは、グループ学習で、学生らのコミュニティ形成能力を刺激して、学習の社会性を最大限活用し、記憶や知性の社会性を強めるという教育実践である。(1)学問する力と喜びはとりもなおさず、記憶や知性の社会性を強めることの中にある。(2)学習コミュニティの中で互いに補い合う努力を経験し、それを通して、他人の努力への敬意や自分の努力の必要性がわかってくる。(3)原初的知識を関連付けたり対比したり違いを見つけたりすることによって正解は発見するものであることも学習コミュニティの活動で体得する。という信念で、頑固な授業を続けている。
この記事をまとめたライタさんの囲み記事には必ずしも同意できないが、大学の現場には、書かれているような抱腹絶倒な深刻な事態が進行しているのは真実である。解決するためには、「まずもっと丸暗記をやらせる」ことではなくて、社会性を育てつつ基礎知識を教え考えさせることであると私は思うのである。子供たちの社会性をもぎ取って丸暗記だけをさせた結果が、知性のない悲惨な人格の大量生産になっているのである。
昔、「オンナノコ」という差別用語があった。「ワカンナイ、教えてくれないんだもの、できな~い」と言うのが口癖だというのが通説だった。今は、なんともだが、オトコノコの多くがこの状態なのである。語弊を恐れずに言えば、オトコノコの、いわゆるところの「オンナノコ」化なのである。小中高の教育現場の多くが丸暗記だけを正当化してきたせいだと私は思う。丸暗記に高い価値基準が置かれている小中高で、子供たちが価値が認められにくい「自分で考究する学習」などに熱が入るだろうか。丸暗記に高い価値を吹聴したのは小中高に増えた女性教師だと言う人もいるが、男性教師の全てが知性の教育をしてきたわけでもあるまい。社会性の獲得を教えない教育学部の「教育心理学」と社会性を育てる教育を怠ってきた学校教育のゆがみと、教育学部で社会性の大切さを教えてもらっていない教師たちとで、社会性を備えた知能、すなわち知性を育てる教育などできるはずがない。関係者は皆必死の努力をしているのに、間違ったことをしてしまっているというのが日本の教育の実態ではないだろうか。
教育に関与する人々は、学習の社会性、知識の社会性をはっきりと自覚し、教育に社会性を導入すべきであると私は言いたいのである。
抱腹絶倒で、笑っていれば私たちの世代は済むかもしれない。これ以上ひどいことになる前に私たちの世代はこの世を去ることができる。しかし、笑われてもその意味が分からない深刻な若者たちの前途は暗い。若者に明るい未来を切り開くすべを少しでも多く伝えなければならない私たちの世代は、笑っているだけではすまないのである。
ゆとり教育の失敗は、「自分で考究する学習」に手を付けたことではない。「社会性を育てなかったこと」が失敗の核心である。社会性を育てなければ、「丸暗記」も「自分で考究する学習」も未来に向けてまったく役に立たない。得たものが子供の脳内で高度に複合化して、未知のものへの洞察や発見につながることはない。「丸暗記」も「自分で考究する学習」も、生かそうと思えば、脳内の社会性(知識を高度に複合化する能力)を育てることである。考えほしい。脳内の社会性はリアル社会での社会性を育てる以外に育たないのである。

△次の記事: 心理、教育、社会性の発達(63)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/06/post_be58.html
▽前の記事: 心理、教育、社会性の発達(61)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/03/60_1db2.html

琵琶


(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  心理、教育、社会性の発達シリーズの記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

苦楽あり、「鐘の声」に300の記事--その他、シリーズ外の記事

2008/04/02
苦楽あり、「鐘の声」に300の記事--その他、シリーズ外の記事

今回で、この「鐘の声」の記事数が300に達する。
たくさんありすぎるので、11種類のシリーズに分けている。シリーズに入りきれない記事は、「その他、シリーズ外」の中にくくった。
どのようなシリーズがあるかは私の個人のホームページに書かれている。
個人ブログの紹介
各シリーズの中に書かれた記事の一覧は次のページを開けるとそれぞれに書かれている。
・心理、教育、社会性の発達シリーズ
・社長の条件シリーズ
・アルゴリズム戦記シリーズ
・情報デザイン研究ノートシリーズ
・「情報社会学、予見と戦略」シリーズ
・感性的研究生活シリーズ
・街に活力をシリーズ
・交友の記録シリーズ
・オヤジと家族のお料理ライフシリーズ
・我が家の愛犬様シリーズ
・妻が、車に撥ねられるシリーズ
・その他、シリーズ外
ずいぶんと書いたものである。
これから、これらのシリーズが増えないとも限らないし、なくなるのもあるかもしれない。誠に勝手ながら、好きなようにさせていただきたいとお願いいたします。

1つ1つの記事が長いというお叱りはずいぶんに聞かされた。誠にご指摘のとおりである。
書くべき物が、ノドまで詰まっているときに、苦しさに耐え切れずにこれを書く。
長くなっても、ひとまず全てを書き出してしまわないと苦しくてたまらない。書き始めると止まらない。読者の皆様にはまことに申し訳ないが、わが身の苦しさの結果がこの長い記事である。
一方、書きはじめるとわくわくして楽しくなる。書きおえると爽快である。書いている途中では、この苦しさを全て吐き出し終えることができるのだろうかと不安が襲う。快楽の中に不安がない交ぜに現れる。不安が尽きて快楽が爽快感に変わる瞬間に、記事の終焉が来るのである。
いま振り返ると300回もこんな葛藤とドラマが繰り返されたのである。
いな、実は300ではきかないのである。
私がブログを書き始めて一年ほどの後に、ある事件のために全ての記事を消したことがあるのである。消した40件ほどの記事のうち、10件ほどは救出できた。救出できたのは、「妻が、車に撥ねられる」シリーズの12件である。この記事は、妻が車にはねられるという事件を時間経過に沿ってその都度記事にしたもので、ひそかに読まれていた方が比較的多かった。この読者の方々が、ダウンロードしてたり、印刷して持っていたりしたものを私に送ってくれたので、その多くを復旧できたのである。グーグルやヤフーのキャッシュに残っていたものもあった。正確に言えば復旧できたものは12件で、復旧できなかったものが2件あった。
当時はシリーズ化された記事は少なく、その時々の思いを書いた記事のほうが多かった。それらはいわば「その他、シリーズ外」に入るべきものだったが、それらはほとんど保存していた人がいなかったのでそのまま失われた。復旧できたのはわずかに検索サイトのキャッシュに残っていた4件だけだった。復旧できなかったものの数は不確実である。
今、ネットにあがっている記事がジャスト300件であるが書いたブログの記事は実は330件前後というべきだろう。
書きも書いたり、しかし、まだ書き足りてはいない、、、。
折りに触れて、これからも書きたいと思う。
この記事を書き始めたころは、読み手は私とごく親しい数名に限られると想定したいた。だから、記事のトップには、次のように書いたのである。
「人々からは忘れられた小さな鐘が風や物に触れて思わぬ音を立てるようなささやかな記事(鐘の声)を掲載するブログです。(琵琶)」
この断り書きは今も続いて掲げられている。
私は、ただひたすら、派手派手しい宣伝もせず、ひそかに思うところを書き続けるつもりである。
迷惑と思われます方は、このブログをわざわざお開きになることはおやめになり、そっとやり過ごしていただければ幸いです。興味のある記事が目に入ったらどうぞお読みください。
ご常連の読者の皆様、本当にありがとうございます。皆さんのいるおかげで、くじけそうな気持ちを掻き立てながら、今日を迎えました。これからもなにとぞよろしくお願い申し上げます。

琵琶


(補1)「鐘の声 ブログ」はリンクフリーです。ただし、「鐘の声 ブログ」の記事の一部または全部を引用または翻案して、公的に発言または発表される場合は、事前にメール等でお知らせください。[→連絡先]
(補2)この記事が含まれるシリーズの記事の一覧は下記(別サイト)のとおりです。
  その他、シリーズ外の記事一覧 (GO!)
(補3)ブログ「鐘の声」には、10個ほどのシリーズとシリーズ以外の一般記事があります。シリーズの全体構成やシリーズ別の記事一覧は下記(別サイト)にあります。
  ☆「鐘の声」の全体構成(「鐘の声 ブログ」記事マップ)☆ (GO!)

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »