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「研究者の行動規範」に反応する学生たちの心--独創力の創り方(14)

2008/06/30
「研究者の行動規範」に反応する学生たちの心--独創力の創り方(14)

「研究者の行動規範」についての講義を行った。私の授業では、講義に続いて、いつも課題が出る。
課題は、最近の有名な研究者の犯罪に関する大学や文部科学省のコメントを要約して、自分の論評を加えるというものである。
「要約」と「自分の論評」の区別が付いていない学生が多いので、セットで書かせることで、その差異を体感してもらう狙いも含まれている。取り上げた事件は厳選したものといえども9例もあるので、一人の学生で取り組むには大変だろうと想定して、グループ内で手分けして調べて論評を書き、それらを各自のページに統合する手順とした。

こうして、アップされた「研究者の行動規範」の学生らのブログは、大賑わいになった。
しかも、ほとんどすべてに素晴らしい「論評」が加わっている。
学生たちの活躍を、わが学生ではあるものの少し自慢したくなったので、ここに、その例を掲げることにする。

(学生の課題ブログの記事の例)
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1.過去の目立った不正行為

(a)2004年理化学研究所研究員による研究論文不正発表について--削除
【ここに掲載された引用記事に取り上げられていた問題は、関係当事者間の裁判上の和解によって解消されたものと理解し、削除いたしました。
参照: http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2004/041224/index.html
(2010.05.30)】

(b)2005年大阪大学学生による論文のデータ捏造 
(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu12/siryo/06032006/004/002.htm)
[概要]
Nature Medicineに掲載された論文をはじめとする幾つかの学部学生によって作成された論文で、捏造データが使われていた。データの信憑性や再現性を確保する上で、学生指導が非常に不十分なものであったと調査委員会は指摘する。
今回の事件の最大の原因は、甲および乙教授らが学部学生の研究能力を把握しなかったことに加え、学部学生に対する研究指導、共同指導および監督が適切に行われなかったことにある。学生の研究能力および研究状況を自らの目で確認し、学部学生とともに生データを前にして議論するなどの共同指導が適切に行われていたならば、データ捏造に気づくチャンスは充分にあったはずであるし、学生によるデータ捏造そのものを防げたはずである。研究者としては、その研究の進捗状況に関しもっと注意深く対応すべきであった。また、遺伝子組み換え実験・動物実験申請の届出義務違反および動物実験委員会の許可を得たとの虚偽記載も行われていた。
[論評]
捏造を行った学生も厳しく罰せられるべきではあるが、委員会が指摘するとおり、監督不十分であった教授たちの責任はかなり大きいものだと思う。そもそも、学生というのは不完全なところも多い。注意深く対応しなければ、問題が起こるということは容易に想像できたはずだ。このような事態を防止するためにも大人は存在しているのではないだろうか。
捏造の発覚以降は迅速かつ適切な対応がとられただけに、研究の段階で適切な対応がとられなかったことが悔やまれる。

(c)2005年東京大学教授らによる論文の再現性問題
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu12/siryo/06032006/004/003.htm
[概要]
日本RNA学会会長は東京大学大学院工学研究科の多比良和誠教授らに対して12編の論文に関する再実験とその詳細な結果を平成17年12月末までに提出するよう要請した。再実験の対象となったのは12編の内の以下の4編である。(番号は論文リストの番号)
3→Kawasaki, H.; Taira, K. Nature 2003 Jun 19; 423(6942): 838-842.
7→Kawasaki, H.; Suyama, E.; Iyo, M.; Taira, K. Nucleic Acids Res. 2003 Feb 1; 31(3), 981-987.
8→Kawasaki, H.; Onuki, R.; Suyama, E.; Taira, K. Nat Biotechnol. 2002 Apr 20(4): 376-380.
12→Kawasaki, H.; Taira, K. Nature 2004 Sep 9; 431(7005): 211-217.
多比良教授らは平成18年1月13日に再実験結果報告書を同研究科内の調査委員会に提出した。翌日に学内外の3人の専門家を含めた調査委員会を開催し、多比良教授から提出された報告書の内容ならびに平成17年10月24日に多比良教授から提出のあった再実験材料(hDicer発現ベクター、宿主大腸菌、発現ベクター導入大腸菌)に関する外部専門家による調査結果報告書の内容を精査し検討した。結果、現段階において論文中に示された実験結果の再現には至っていないということが結論付けられた。
[論評]
このような研究者による不正行為は、同様な科学研究に対する社会からの信頼を損なう行為である。このような不正行為が行われる背景には、自分が科学者であるという意識の欠如が見られる。科学の発展を妨げることのないよう、一個人が研究に対して真摯に取り組むのは当然の事ながら、加えて共に研究に携わる研究者同士の間にも高い意識が要求される。

(d)2005年クローン胚ES細胞研究の捏造【韓国】
http://blog.livedoor.jp/lancer1/archives/50285780.html
[概要]
黄禹錫ソウル大教授のES細胞培養が成功したとする研究論文をめぐる疑惑に対して、ソウル大調査委員会はこれをデータ捏造による虚偽と断定した。国を挙げて彼をもてはやした韓国は「生命工学の最先端国」から一転して「ニセモノ科学の国」となってしまった。この騒動の背景には①韓国でよく見られる成果や業績を急ぐあまりの拙速、②国際的な配慮や慎重さを欠いた視野の狭い「やっちゃえ」主義、③政権の業績にしたい政府の過剰な期待と支援、④「やった、やった!」あるいは「ウリナラ(わが国)最高!」的な世論の愛国主義、などが複合的に重なった結果であるといわれる。国際レベルで競争が激しい先端科学では、学術論文や研究成果の捏造は先進国を含め各国でままあるが、これが韓国においては「愛国主義」に結びついた。過剰な愛国主義が冷静な学問的判断が求められる科学分野にまで広がったことが今回の事件の反省点の一つでもあったとされる。
[論評]
科学研究者達のモラルの欠如によるデータ捏造は各国で起きているのが現状であるが、科学分野に愛国主義が介入した韓国においては、まずこのモラルの欠如を各人が自覚することも困難である。不必要なところにまで愛国主義が浸透しているということを国家全体が認識するために、他国の助言を聞き入れる寛容さを養い、客観的な視点からの研究がなされることが望まれる。

(e)2006早稲田大学研究費不正受給事件
http://blog.university-staff.net/archives/2006/06/28/post-470.html
[概要]
早稲田大学において公的研究費の不正使用が発覚した。不正使用は以下のことがあげられる。一つ目は、教授である松本和子氏の個人口座に学生から架空のアルバイト賃金の還流、並びに右還流賃金を含む蓋然性の高い金員の私的流用。二つ目は、平成14年6月から平成16年2月まで松本市が取締役を務めていた株式会社B社と松本研究室の間で不明瞭な取引があった可能性があること。早稲田大学は平成16年7月の時点でこの事実を把握していながら関係省庁への報告をせず、適切な処分を行わなかった。早稲田大学は未だ全容解明に至ってないため、今後とも正確かつ迅速な調査をするとのことだ。また文部科学省は、早稲田大学の調査結果を精査した上で、不正な経理に係る委託費等を返還させるとともに、文部科学省関連のすべての競争的資金制度において一定期間の申請及び参加資格を制限する厳正な措置をした。
[論評]
公的な費用が不正使用されることは人の信頼を裏切る行為であり、許されがたい。まして、その事実を把握していながら報告が遅れたということは、早稲田大学側においての対処にも問題がある。早稲田大学に対しては今後の再発防止と適切な処理を、文部科学省に対しては公的研究費全般において適切な運用がなされるかの判断を、私たちは望み、期待する。

(f)筑波大学の事例
http://www.tsukuba.ac.jp/public/press/080306press.pdf
[概要]
筑波大学院数理物質科学研究科、長照二教授らが米国物理学会レター誌(2006年8月4日発行)に発表した論文「Physical Review Letters 97,055001(2006)」に不適切なデータ解析があることが発覚した。この論文は、ミラー型核融合実験装置に生成されたプラズマをジャイロトロンマイクロ波により円筒状に加熱すると強い電場が発生してプラズマの中の乱流が抑制されるというう内容だった。不適切だと思われる点を調査したところ、電位の評価値や誤差を導く解析方法に客観性や科学的根拠が欠けていること、異なる実験のデータを混用して図を作成していること、オフセットと呼ばれる解析手続きに科学的妥協性が欠けていることが判明した。これらの不適切なデータ解析には、論文の共著者である、平田真史講師、小波蔵純子講師、沼倉友晴講師の3名は関わっていないと考えられ、長照二教授に論文の取り下げを勧告し、懲戒処分の検討がなされた。
[論評]
筑波大学側でも述べられていたが、科学研究における不正は真実の探求を積み重ねた新たな知を創造する営みである科学の本質に反する。科学における信頼性が薄れ、さらなる発展までも妨げてしまう。そして、科学は社会との関わりも深いため、その影響も強い。多くの人を巻き込むことになるのだ。無責任な行動を反省しこれからの社会に貢献できる科学の成果を生みだしてもらいたい。

(g)東京大学->筑波大学->明治大学の件
http://www.47news.jp/CN/200701/CN2007012901000230.html, http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2007/02/post_383c.html
[概要]
知的財産研究所(東京)が経済産業省特許庁の委託事業で海外派遣した研究者が、報告書で日本人研究者の論文を盗用した上、派遣期間中に無断帰国、明治大に助教授として就職していたことが発覚した。
これにより、公的費用として海外滞在費約1600万円が不正受給されていた。
同研究所は国費約2300万円を自主返納する。
以前勤めていた筑波大学時代に受賞した論文もあったが、受賞は辞退となり、そもそも学位(博士号)を授与された東大時代の博士論文にも大きな疑いの目が向けられている。
この研究者は、藤原博彦・元明治大情報コミュニケーション学部助教授(45)。
知財研は藤原元助教授に対し、約1500万円の返納を要求。元助教授も「研究が思ったように進まずやった。申し訳ない」と謝罪し返納に応じているという。明治大は元助教授を懲戒免職処分とした。
知財研によると、筑波大講師だった元助教授は、研究者育成のための海外派遣事業に応募、選抜され、2003年1月から04年9月末まで、フランスに派遣された。
所属大学にて元助教授が担当していた講義は複数あり、約300名の生徒、またこの実務処理に当たった同大学の担当職員数人に多大な影響が出た。
講義の内容はほとんど雑談であり、元教授の詐欺師的人格を物語るものが多く、その内容を鵜呑みにした学生も多かった。
[論評]
元助教授の評判は以前から二極化していたという。
話し好きで面白いという学生もいたが、その裏腹にモラル感、人間性に著しく欠如しているという意見もかなり多い。
海外派遣先から、大胆にも無断で帰国したという事実の裏には、『明治大学助教授のポスト』をめぐり無責任にも、自ら志願した研究を投げ出して緊急帰国したというあきれた事情がある。
このような倫理観にかけた行為はたいへん遺憾なことであり、研究者の質の低下を防ぐためにも厳重な処罰が望まれる。

(h)東北大学医学部における「名義貸し」及び「金銭提供問題」について
http://ha5.seikyou.ne.jp/home/touhokudai-syokuso/docs03/sm031011.html
[概要]
吉本現総長、玉井医学研究科長を含む東北大学医学部の教授13人が釜石市釜石市民病院から「卒後教育の指導委託費」などの名目で多額の金銭提供を受けていた。この行為は、国家公務員法に基づく兼職規制に抵触する疑いがある。また玉井氏は受け取った金銭が財団法人「艮陵医学振興会」をとおして「適正に処理」されていることを主張しているが、その一方で「他の医局のことはわからない」と述べており、手続き的にも問題ある処理がなされている疑いもある。さらに、報道によれば金銭に見合う研究指導の実態がないという。これが事実とすれば、倫理的に問題があるだけでなく、地方自治体に不正な公金の支出をさせていたことになる。こうした犯罪行為が大学の関与のもとに組織的かつ慣行的に行われてきたのである。
[論評]
こうした不明朗な「金銭提供問題」や「名義貸し」問題が慣行化する背景として、一方では、大学における研修医の経済的不安定や身分をめぐる問題、他方では、東北地域の医療機関が抱える慢性的な医師不足という状況や診療報酬制度のあり方の問題が指摘されている。原因究明は慎重に行う必要がある。「金銭提供問題」と「医師派遣」・「名義貸し」問題には、それぞれ独自の問題点が認められるが、両者とも一つの構造から生じていると考えるのが妥当であろう。

(i)その他の事例:ヘンドリック・シェーン捏造事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%B3
[概要]
「ベル研究所の研究員、ヤン・ヘンドリック・シェーンがおこした不正事件である。シェーン研究員はわずか数年の間に、超伝導に関する研究をNature、Sienceをはじめとした一流紙に立て続けに発表し続け(最も多いときは、8日間で1報の割合)、ノーベル賞間違いなしといわれていた。しかし、それらのデータはほとんどすべてがデータの存在しない捏造データであることが、同じグラフを使い回したことがきっかけとなり、データの捏造が明らかとなった。捏造論文の数が膨大で、しかもインパクトのあるデータであったため、これまでに明らかになった科学の不正事件の中でも最大規模のものといわれている。」(参考文献(1)引用)
[論評]
このヤン・ヘンドリック・シェーンによるデータの捏造が当初発覚しなかった原因として共同研究者兼上司のバトログ博士が著名な研究者であること、研究アイディアの独創性が挙げられる。最終的に、シェーン一人による不正行為ということで他の共同研究者は論文誌査読者は容疑を免れたが、一研究者としてシェーンの研究に積極的に関与しなかったという責任問題に疑問を抱かずにはいられない。

2.独立行政法人産業技術総合研究所の「研究者行動規範」要約
この行動規範は、職員全員が研究行為に関する倫理観を高め、研究方法について議論を深めるために作成したものである。「社会の中で、社会のために」研究活動を展開するに当たって忘れてはならないものに研究の倫理性がある。そして研究者は正義性、社会性、高潔性・誠実性を明確に意識して研究活動を進めることが重要である。またこのような研究を行う上で、高潔性・誠実性の最も重要な部分として、研究者として対象に真摯に向き合い、実験や理論的考察等から得られる結果を最善を尽くして解釈し、それらを正直に報告すること、研究課題の提案や研究成果の発表にあたり、他者のオリジナリティーを尊重し、適切な引用等を行うことがあげられる。これらはこの行動規範で「研究者倫理」として定義するものである。
責任のある研究を遂行するにあたり次の4点が挙げられる。第一に研究課題の立案、提案についてである。まず社会ニーズの把握すること。それをどう言葉で伝えるかということ。自己のアイディアや手法が過去に提示され試みられていないかどうか確認し、また過去に試みられていた場合はそれを尊重すること。同様に研究チームの中でもアイディアとオリジナリティーを尊重すること。研究費はスポンサーとの契約であるから誠実な対応を行うこと。ということである。
第二に研究の遂行とデータの管理についてである。研究の遂行については各研究者の自立性と創造性を尊重すること。信頼性の高いデータを収集すること。環境、安全に配慮し、生命倫理を尊重した研究を遂行すること。研究資金を適正に使用することが重要点としてあげられる。また得られたデータの正しさが客観的に評価されて初めて成果として認められるため、論文等の発表に直接用いたものだけでなく、関連する研究記録は適切に保管し、事後の検証が行えるよう十分な期間保存しなければならない。この場合データの帰属を明確にすることも重要である。
第三に成果の発信についてである。研究成果を社会に向けて発信することは、研究により得られた新たな知見や発見を研究者コミュニティーで共有するためだけでなく、研究成果の社会への還元の重要な部分である。ここに成果発信の意義がある。いかに論文を発表するか、メディアへ公表するか。また発明の場合は特許の出願を検討する必要がある。
第四に研究者、研究リーダーの役割についてである。産総研の研究者は、研究コミュニティーの一員としてその責任を果たすためにも、投稿論文や応募課題の審査に積極的に参加すべきであり、また研究者同士のコミュニケーションも大切である。
この行動規範はできる限り分かりやすくすることを念頭に置き作成した。不十分な点は、今後の様々な機会での議論、多くの経験を通して、よりすぐれた内容に進化・発展させることが重要だと考えている。
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なかなかの圧巻というべきである。
しかし、手放しで喜べないところもあるのが、教育の現場というものである。
このクラスは、たまたま43名が在籍する。上記のような回答を指定された期日までに自分のブログにアップしたのは28名、アップしなかったのは15名である。
あらかじめ人生観アンケートを取ってあるので、「人生の目的はお金」と回答していて「社会貢献はしたくない」と答えている学生は9名いることが分かっている。この学生らは、全員がこの課題を少なくとも期日内にはアップできなかったのである。
他に6名の学生が期日に遅れているのだが、部活が忙しかった、だの、彼女とケンカしただの、いろいろと事情があるのだろう。それはいつものことである。
「人生の目的はお金」&「社会貢献はしたくない」と回答している学生9名が全員、「研究者の犯罪を指弾する9つの文章」を読んで要約すること、その論評をすることができなかったのである。推測にすぎないが、「お金を儲けられる手段をとった犯人といわれる研究者をどうしても悪いとは思えない」という心の反応なのだろう。「お金を儲けられる手段をとった犯人と言われる人を非難している9つの公式文書」がどうしても受け入れられないに違いない。
反社会性人格を色濃く持っていると推測される彼らは、常識的な対応が苦手である。
そして、このような学生がジワリと増えていることに注意しなければならない。以前は、社会的引きこもりに直結する回避性人格障害が重大な問題だったが、この傾向をもつ学生たちが少し減少すると、代わりに台頭しているのは、他人に危害を加えても自分が享楽と利益を得るのは正しいと思ってしまう性向をもつ犯罪予備軍ともいうべき若者である。
素晴らしい論評を公開している多数の学生らの陰に、犯罪性向を秘めた学生があぶりだされて来てしまったのが、今回の講義だった。
反社会的性向をもつ学生たちに対しては、教育界、社会が一体になって対処しないと、日本が犯罪列島に陥れられる危険性も高いのである。

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琵琶


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大成功、創造的な問題解決の技法を巡る研究会--感性的研究生活(35)

2008/06/19
大成功、創造的な問題解決の技法を巡る研究会--感性的研究生活(35)

6月14日(土)に創造的な問題解決の技法を巡る研究会(第25回次世代大学教育研究会、第56回SH情報文化研究会)が開催された。
主たる発表者は、大阪学院大学中川徹教授である。
実は、数回前の次世代大学教育研究会で創発教育の振興に話題が及んだ際に、私がこの中川教授のお仕事を紹介したのである。
その後、多少の曲折をへて、「次世代大学教育研究会」で中川教授のお話をしていただくことになった。私は、中川先生を「次世代大学教育研究会」の幹事の明治大学阪井和男教授にご紹介するだけで大きな仕事は済んだと思っていたので、無関心にしていたら、阪井教授から中川先生のお話の前に中川先生を紹介するように要請された。
しかし、少し困ったこともあった。実はこの日、研究会が開かれる建物で私は午前から午後14時半まで何と講義があり、午後2時開始の研究会には間に合わないのである。さらに、私は中川先生のTRIZに深い関心はあるものの、お仕事自体の紹介ができるほど精通はしていない。
さて、2時から3時半までは、会長の大阪経済大学の家本教授と幹事の阪井先生がお話をして座を持たせることになった。私は3時半から10分ほどの時間をいただいて中川先生を紹介するという手順が決まった。
ちょっとまてよ、この間合いで私がお話しするというのは、なるほど、堅い話の合間に登場して続くシリアスな話題の合間に息抜きとつなぎをする「狂言回し」「幕間のピエロ」が期待されるところである。と、私は手を打って納得した。

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主催 第25回次世代大学教育研究会
(後援 第56回SH情報文化研究会)
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共催:明治大学情報基盤本部
後援:eラーニング戦略研究所,eエデュケーション総合研究所
会場:明治大学駿河台キャンパス12号館6階メディア教室5
http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/campus.html
発明的問題解決の理論として名高いTRIZ
http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/TRIZintro.html
の普及に尽力されている中川徹先生(大阪学院大学)から、たっぷりと時間を
とってTRIZのご紹介をしていただく。
ふるってご参加下さい。
【スケジュール】
14:00-14:40 家本修(大阪経済大学)「高等教育の創生-破壊からの創造-」
14:50-15:10 阪井和男(明治大学)「カレッジ教育の再構築を目指して
  -TRIZへの期待-」
15:15-15:30 休憩
15:30-15:40 飯箸泰宏(明治大学)「TRIZとの出会いと講師のご紹介(仮題)」
15:40-18:30 中川徹(大阪学院大学)「創造的な問題解決の技法 TRIZ 入門」
18:45-21:00 懇親会(3000円くらい)
以上
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家本先生のお話の終わりころ、私はあわただしく別のフロアの教室から会場に駆け込んだ。
会場を見渡すと、いつもの次世代大学教育研究会よりも聴衆はかなり多い。目を凝らすと、SH情報文化研究会のメンバーがかなり来ている。やはり、SH情報文化研究会が後援に加わってよかったと胸をなでおろした。私のお誘いでせっかく中川先生がお話にやってくるというのに、聴衆が少なくては申訳が立たないと内心はひやひやだったのである。ご来場いただいたJSTの高橋部長、明大の廣澤先生、服部社長、有名デザイナの松永さん、東洋大の矢ケ部先生、野村総研の三松君(教え子)、その他、・・・、たくさんの皆さん、本当にありがとうございました。
私よりも家内は早く会場に到着しており、私が遅刻する失礼を関係各位にお詫びしておいたという。こういうときは頼りになる。
阪井先生のお話のあと、質疑の時間があったので、私も会場から立ち上がって、会場に向かって遅刻のお詫びを申し上げ、次の2点を指摘した。「ヘーゲルの弁証法」と「グローバル明治」の話題についてである。

(私の発言内容)
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・「ヘーゲルの弁証法」については、アプリオリに与えられる知の原理となっているが、弁証法は人類史やヒトの大脳発達史から説明されるべきもので、「ヘーゲルの弁証法」のような考えでは「創造性」の足かせとなってしまいます。彼の考えを敷衍すれば弁証法自体も揚棄されるべき対象でなければならなくなるからです。その意味で、ヘーゲルは越えてゆかねばならないと思います。
・「グローバル明治」については、大いに賛同するところですが、企業人としての私の目から見ると、次のような解釈ができます。今、日本の企業人の間では「社会的企業」という概念が注目されています。ある財界人は「振り向けば、日本の企業はすべからく社会的企業だった。(ライブドア事件にかかわって)社会的企業でないもうけ主義集団は即刻市場から退場してほしい」などと発言しています。社会的企業とは、ビジネスの本業において社会に貢献することを第一義にして社会からその見返りを得て存続を確保する戦略を持つ企業のことです。慈善団体との違いは、その運営資金を寄付や国家からの補助に頼らずにビジネスで得た資金で賄うという点にあります。大学も、振り返ってみれば実は社会的事業体であったわけで、教育という本業において社会に貢献することを第一義にして社会からその見返りを得て存続を確保する戦略を持つ事業体ということになります。貢献すべき社会が今は地域社会という限定されたものではなくなり、地球社会ということになりますから、グローパル明治という理念は正解であると思います。
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さて、私の時間がやってくると、私は持参したパワーポイントの資料を取り出して、まずは中川先生の略歴を紹介した。私と中川先生の最初の接点は東京大学理学部化学教室の時代である。私は学生、中川先生は助手であった。私はまず、彼から実験指導を受けたことから始まっている。その後、中川先生は、学者としての高みをずうっとたどられるのに対して、泥水をすするがごとき地を這う人生を歩んできた私の対比が語られて、どうしてこんなにも異なる二人なのにその後も接点が続いたのか、というお話をした。それだけで会場からは笑いが起こり、私がピエロを演じようとしていることに共感する拍手も起こっていた。さらに、私のパワーポイントが次にめくられると、中川先生とわたくしの個人史が並列する年表がまとめられていて、中川先生の栄光の個人史と私のさんざんな個人史が如実に対比されている。一つ一つ説明すると、人々の顔は、半笑いになり、半ば考え深く、なるほど中川先生は素晴らしいという目つきに変わっていた。
私は、「中川先生、私は相変わらず、頭の悪い後輩です。先生の書物を見ても、ホームページを見てもよくわかりません。本日は、私にもわかるようにやさしく解説していただけることをご期待申し上げます。それでは中川先生よろしくお願いいたします」と言って壇上から降りた。
こうお願いした甲斐あってか、中川先生の説明はたいへんわかりやすいものであった。
約束の18時半になっても中川先生のお話は終わらない。司会の阪井先生は会場に向かって「時間は来ていますが、皆さんがよろしければ、最後までお話をお聞きしたいと思いますがいかがでしょうか」と尋ねる。私が真っ先に拍手すると会場は拍手の渦になった。すぐに中川先生はその続きを話し始めて、終わったのはほぼ19時に近かった。
質疑の時間となり、活発な議論になった。合間に他の方の発言に割って入るように私も発言し、「中川先生、ありがとうございました。おかげさまで、大きく悩んでいたことの一つが氷解しました。TRIZが決められた発明の型を教えるものであることに対して、中川先生自体は、古いTRIZを乗り越えて新しい中川USITの提唱をするに至っていますね。定型なのか、変化すべきものなのか、ひどくあいまいなもののように感じていましたが、うかがっているうちに、日本古来の概念でいえば、守・破・離の実践なのだという点に思い至りました。どんな英知も学ぶためには、まずは"守"の段階があり、師匠から提示される定型パターンを"守る"、すなわちマスターすることに全精神を集中することが必要です。完全にマスターした後にはそのパターンを苦難の末に"破る"努力を続け、やがては自分なりの流儀を打ち立てて元の流儀をすっかり"離れる"ことが必要であるという教えです。TRIZの基本パターンはいわば"守"のための教育の用具、中川ゼミの学生らが"学生TRIZ"の開発に取り組んだのは゛破゛の行為、"中川USIT"の確立は"離"の姿ということができると感じました」と述べた。
この発言で、多くの研究者が内心抱いていたわだかまりも同時に溶けたようであった。「そうだよ、創造の知恵、なんだから、とどまることなんてないんだよね」という声が会場のあちこちから聞こえた。
すぐに懇親会の会場に人々は移動した。夜も遅くなって帰る人も多かったが、結局24人が大学近くの台湾料理の懇親会場に移動した。次世代大学教育研究会始まって以来の懇親会の盛況となった。中川教授をお呼びした甲斐があったというものである。私もほっとした。お酒はうまいし、次々と出てくる食べ物もおいしい。議論する相手には事欠かない、、、。また太るに違いないなとの思いが脳裏にチラリと見えた様な気がしたが、止められないやめられないの勢いになってしまった。
実に上機嫌で帰館した。あぁ、週明けの授業準備はどうしよう、と思う間もなく、幸せな睡眠に落ちてしまった。

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琵琶

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ジェラシー!!(そんなわけ、ないか) 妻に向けた目がキラキラしている--我が家の愛犬様(26)

2008/06/16
ジェラシー!!(そんなわけ、ないか) 妻に向けた目がキラキラしている--我が家の愛犬様(26)

最近、ほぼ毎日大学の講義があって、愛犬様との朝の散歩ができない。やや不満であるが、仕方がない。毎回の講義録などはその日の早朝、早めに起きて仕上げているのである。早めに終わればよいのだが出掛けぎりぎりまで、あれこれと考えることが多くて、散歩に割ける時間がない。いきおい、私のおくさんが散歩に出ることが多くなっている。
今日も、朝早く起きだして本日の講義録の下書きを一応仕上げたので、もう一踏ん張りというときに、コップいっぱいの水を求めて階下に下りてゆくと、愛犬様のお散歩タイムで、じれて、ついにたたきにしつらえた寝床からおきだして玄関のフローリングにまであがってきていた。こんなときには、愛犬様は気が立ったいるので、うっかり手を出すとガブリとやられてしまう。それでも玄関のフローリングは人間様が勝手に決めた愛犬様の進入禁止区域、私が近づくと、悪いことをしているという自覚からか、頭を下げて、私から逃げようとする。
しめしめ、弱気だなと私は見抜いて、「ホラ、お父さんに抱っこ!」と呼びかける。愛犬様はこの呼びかけにこたえて左の片手を上げて私の方に手をかけるしぐさをする。「ヨシヨシ」といって私は、両手を伸ばす。愛犬様は、両手を高く上げて、「抱っこして」のポーズ。よっこらしょ、と私は、彼を抱え上げる。
「いい子だね」と私。・・・、うん? 彼の目線はどこに向かっているのかなと私は気づいた。玄関のたたき部分にそっと愛犬様を置くと、その様子ははっきりした。彼の目線の先には、妻がいた。目はキラキラとして、恋する男の子の眼である。何だ、お前は人間のおばさんに恋をしたのか? と私はちょっとジェラシーにとらわれる。

実は、彼は、私の奥さんが連れて行ってくれるメス犬たちにルンルンしていたのである。
私は、彼が仔犬のときに決めた散歩コースをいまでも守っている。草のたくさん生えている中央分離帯のある道路で遊ばせてから、公園をとおり、畑の道を通って帰ってくる。奥さんは、愛犬様の求めるままに、行きたいところに行くのである。もちろん、愛犬様は、今でもメス犬は大好きである。そのとき好きなメス犬のいる場所に連れてゆくと言うのである。奥さんはたいてい、毎回3匹ずつくらいは、付き合わされることになる。奥さんって、基本的にはやさしいのだろう。
散歩のコースはひどく長くなるのだが、愛犬様はお散歩に満足する。もう、愛犬様は、お散歩のときに限って、私よりも奥さんの方が好きなのだ。メス犬のところに連れて行ってくれる!んだもの、大好き! というわけである。

やれやれ、お前さんは私の奥さんじゃなくて、メス犬が大好きなんだナ。
おくさ~ん、今朝もお散歩を頼みますよ。愛犬様が待っていま~す。


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琵琶

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食あり・酒あり・議論あり、友の入選祝い--交友の記録(32)

2008/06/14
食あり・酒あり・議論あり、友の入選祝い--交友の記録(32)

間もなく還暦を迎える友が、50歳を超えてから再開したお絵かきの道でやっと芽が出たというところである。私よりはやや若いが、定年も間近である。
その彼のこの春の戦果が次の通りだった。
ビエンナール牛久 入選
自由画壇 優秀賞
これをお祝いしないわけには行かない。われわれ友人たちは、思い思いの手土産を手に、3月7日の夕刻、本人の作業場に集まった。
持ち寄り会費制なのだが、本人がカツオを丸ごと手に入れておくというので、料理自慢の友人たちは、我先に手をあげた。当日の昼間、私は授業もあるので、少し遠慮した。花板さんことデザイナのG_Aさんが包丁など調理用具一式を持ってやってくることになった。
人物写真の大家であるTさんは、自分で栽培した野菜を持参してくるのてある。
デザイナにして、美術系大学の教壇に立つSさんは、なにやら「家族で食うようなヤツ」というものを持ってくるという。他のメンバーは酒やつまみ類をいろいろと持ってくるらしい。
私も何か一品くらいと言ってしまったので、2日前に肉の仕入れに出かけて、牛モモ肉2キロと鳥モモ10本を手に入れた。夜中に、牛肉は一口大に切ってワイン煮にして、鳥モモは丸ごと薄味に煮て、汁をすすりながら頬ばってもらおうという計画を実行に移した。これとは別に箸やすめとして佃煮2種も用意した。小エビの佃煮とシイタケ昆布の佃煮である。肉類は、移動を考えて、ジップロックに入れて、凍らせておいた。私は、当日の朝早く、凍ったままのジップロックを新聞紙にくるんで、本人が出勤する前に本人の自宅に届けた。とてつもなく早く家を出ることになったのだが、楽しい宴会のためなら、何でもできてしまうというものでである。

授業が終わって学校を出ると、アメ横を横切って、乾き物を幾分買い足して、つまみの追加になるように持参した。
予定時刻にぎりぎりだったが、まだメンバーが集まらない。まぁ、いつものこと。宴が始まる前にコップにビールを注いで、あるじの作品を眺める。うん、いいぞ。私は叫んだ。60歳くらいの筋肉隆々の男が、一人で操る小さな漁労用の帆船に乗っている。帆をおろしたその小舟は岸に寄せられていて、そこは静かな水面である。男は、遠くを見るでもなく、近くに意識を集中しているのでもない。じっとしているのに、今にも動き出しそうにも見える。海に戦いの場を見出した男が、いま、老いて安堵の地、岸の近くで、まどろんでいるのかもしれない。齢(よわい)も巡って、還暦ということらしい。画題には「環る」とあった。作者である当人は沼津の生まれで、海と舟は、もの心つく前から見て育ったに違いない。
あれから、ずいぶん苦労したようだが、ここまで来たのか、と感動するものがあった。若いころ絵描きを志したのは、どうやら私と同じ。大学時代は畑違いの世界にいたのも私とおなじ。しかし、違ったのはその後である。大学で4年間を過ごした後、かれは、東京デザイナー学院に進んだのである。そして、デザイン会社の凄腕デザイナー、プロジューサ、管理職を経験した。
しかし、かれは、絵を一生懸命にやっているうちに、トンドン絵から遠くなってゆくことに耐えられなかったようだ。若くして管理職を後進に譲ると、自分は、改めて絵や書の修行を開始したのである。彼が53歳のときである。うらやましかったが、危なっかしいとも思った。彼が定年で退職するときまでに、プロとして通用するまでに、その腕が上がるだろうか、と心配した。とはいえ、彼は昔から思い込んだら、テコでもうごかないという性格である。
修行開始の最初の年、身近な花と草木の水彩スケッチを中心に描いていた。無心に描いたそのスケッチはすばらしい。パソコンに取り込んで、カラー印刷したものをいただいて、我が家にも飾った。周りがうまいうまいと囃し立てたので、彼はもっとうまく書いてやろうと、以前書いて、心残りだった花や草木を探し出しては、何度も書き直していた。本人は、猛烈にがんばったのだが、いまひとつだった。肩に力が入っていて、自然な風情というものがなかった。だめじゃん、口さがない私や仲間たちは、残酷なことを平気で言う。彼は、また考えた。花や草木はもうやめる、というのである。週末になると、クロッキーの教室に通った。ご婦人の裸体をかくのだが、画学生ならば当然通らなければならない、人体の骨格やふくらみを手と体に覚えこませる厳しい訓練なのである。彼は、それを茶化して、俺ってエッチだからネ、と触れ回っていた。私も一緒に冷やかしたりしたものだが、内心、これは本気だな、と少し恐ろしくさえなっていたのである。
やがて、お師匠さん(ご婦人)の勧めで、自由画壇に彼の絵(湾を見下ろす松)が持ち込まれるのだが、搬入直前に絵が描かれていた和紙が破れるというハプニングがあって修復にオオワラワだったりしたが、難なく入選した。しかし、この作品でも私や他の仲間は、満足が行かなかった。会場に並ぶ作品の多くは、NHKの絵画教室で習ったばかりという日曜画家の皆さんの作品である。お上手な素人の展覧会といったら、主催者にしかられるかもしれないが、いかにも物足りないのである。彼の作品は、その中では、異彩を放ってはいるが抜きんでているというわけではなかった。彼ならば、もっと行けるはずだと、私も仲間たちもブーイング一色だった。彼は、内心憤慨したに違いない。なにくそという、彼本来の反骨精神に火がついてしまった。彼は、自分が納得行くまではもう誰にも自分の作品を見せない、と宣言した。こうなると彼は徹底している。以降、2年間近く彼は仲間たちに自分の絵を見せなかった。そして、今年の3月、ついに、「ビエンナール牛久 入選」の知らせが届いたのである。「ビエンナール牛久」は、自由画壇に比べるとはるかにレベルが高い。
仲間たちは、わがことのように喜んで、早速お祝いをと言い立てたのだが、作品が手元に戻るには時間がかかる。そして、彼は、また自由画壇への作品投稿をもくろんでいた。
事柄が落ちつくまでには、5月の末までの時間が必要だったのである。そして、自由画壇でも、彼の別の作品がワンランク上の「優秀賞」に選ばれた。
当日、そうこうしているうちに、次々と友人たちが集まってくる。私以外はほとんどがその道のプロたちである。辛らつな批評も飛び出すが、概して自然なほめ言葉が口をつく。あるじはご満悦である。
待ちに待った、祝いの席、すばらしい作品、次への期待。酔いが回る、、、カツオ担当の花板さんが、土佐作りとカルパッチョの二種類をつくって、テーブルに運んでくる。あるじが用意した「笹の雪」の豆腐も振舞われる。T氏の大根が無造作に短冊にきっただけで小どんぶりに入れてある。つまんで口に入れると、これって何? とそのたびにみなが言うように、甘くて、とてもダイコンとは思えない味なのである。キャベツなどの葉物もうまい。S氏の豚角煮と煮玉子もうまい。
私の持参した牛肉のワイン煮と自家製の佃煮二種も好評だった。鳥モモの丸ごと煮は盛り付けてくれた人に情報が伝わらずに、汁を捨ててしまったので、やや失敗。身を崩してゴマダレでいただくことにした。結果としてうまかったので、まぁよしとしなければなるまい。

いい絵を見て、仲間がいて、酒が飲めて、うまいものをたらふく食って、まことに幸せ。
息子から電話があって車で迎えに来るというので、私だけ丑三つ時にならないように早めの退散をした。他の方は、、、たぶん夜明けまで飲んだのではないだろうか。

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琵琶


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いわゆる6月病???、卒業生との対話--心理、教育、社会性の発達(64)

2008/06/11
いわゆる6月病???、卒業生との対話--心理、教育、社会性の発達(64)

5月の連休も済んで、5月末ころになると、就職したばかりの学生たちから、さまざま連絡が届く。
「新人教育が終わって、配属が決まった。郷里に近い事業所になったので、うれしい」とか、「新人教育で教えられたことが、自分にはさっぱわからない。このまま、現場に配属されると不安だ」などなどである。喜悲こもごもであるし、運不運もある。
新人を迎えた2年目の社員の教え子も別の意味で喜びや不安に襲われている。
「初々しい後輩が入ってうれしい」と思う反面、この子達に追いつれ追い越されるのではないかと不安になったりもする。
大手企業入社2年目の教え子の一人が今週はじめにやってきた。成績優秀、がんばりやである。
二人の会話を次に再現してみよう。
詳しく述べると少々プライバシーの問題にも触れかねないので、さしつかえない程度に変形してあることをあらかじめお断りしておく。実際の会話はとぎれとぎれで、行ったり来たり、涙ぐみ言いよどむ彼を促しつつの長時間会話だが、そのまま再現しようとすると混乱しすぎたものになると思われるので、かなり刈り込んであることもお断りしておく。

T君: 先生、お久しぶりです。・・・、どうしていいかわからないんです。

私: どうしたんだ。仕事がつらいのかい。

T君: 自分では仕事は何とかやれていると思うんです。でも周りとうまくいかないんです。同期からは「結論のない話には付き合えない」「そのくらい自分で考えろよ」とか言われ続けて会話する気力がなくなりました。今年の3月、ついに3日休んでしまったんです。無断で休み始めて3日目、課長から電話があって、「このままじゃ、解雇されるぞ、どうするんだ」と脅されました。正直、もうどうでもいいやっていうような気分だったんですけど、課長がいろんなことを次々に言うんで、夕方から会社に行ったら、その課長と医務室のお医者さんが待っていました。いろいろと聞かれたんですけど、ひどいこともいっぱい言われて反論しているうちに、お医者さんが「対人障害がみられる。一度、心療内科に行った方がいい」と言って、紹介状を作ってくれました。気が進まなかったけれど、出社するよりはましかなと思って翌日医者に行ったんですよ。そしたら「アスペルガー症候群」の疑いがあると言って薬をくれて、次週、リハビリの計画を立てるから来るようにといわれたんですけれど、なんだか気味が悪くて、その後は、行きませんでした。

私: 会社には行っているのかい。

T君: あんな医者のところに行くくらいならと思って、会社には行っているんですけれど、どうしても遅刻したり、あんまり遅くなったときなんかは課長に電話して休んだりしちゃうんです。
会社に行っても、まともな話し相手もいないし、・・・。

私: 課長さんは何か言っているの?

T君: 時々、俺の顔を見てため息ついたりしているんです。俺に辞めてほしいのかなと思ったりして、すごく憂鬱なんです。親は、6月病じゃないかなんていうんですけど。

私: 6月病というのは1年目の人がかかるものなんだよ。2年目の君にはもっと別の原因があるかもしれないよ。

T君: 先生、アスペルガーって、何ですか。俺って、キ×××ってことじゃないですよね。

私: 世間もずいぶんわかってきたと思うけれど、いわゆる精神障害ではないんだよ。それに、いまどき「キ×××」なんて言い方は はやらない ぞ。やめたほうがいい。対人恐怖スペクトラム(対人恐怖症につながる正常から病気に至るひろがりのとこかにある)といわれることが多いね。

T君: 先生は、時々、授業中に社会的引きこもりやニートについて、お話していましたよね。

私: そうだね。社会的引きこもりの人たちを精神障害者と勘違いしている人たちが多くて正しい対処かされていないと私は憤慨していたのさ。精神科のお医者さんさえ、間違っていることがあるんです。

T君: 俺は、先生が社会的引きこもりやニートについて話すと、俺たちの悪口を言ってるかと思ってむかっ腹を立てたりしてたんですよ。アスペルガーについては、先生はどう考えていたんですか。先生の考えを聞いた覚えがありませんが。

私: 社会性の発達が阻害されていることが問題であるというのが私の考えです。本来発達すべきものが発達していないというのは、教育や生育環境の改善で解決が可能という考え方です。アスペルガー症候群というとき、その言葉を口にする人の半分は「不治の病」という意味で使っているような気がします。私も周囲の言葉づかいにつられて使用している場合も無きにしもあらずですが、どちらかといえば、私は「アスペルガー症候群」という言葉を極力避けてきました。 社会的引きこもりやニート、対人コミュニケーションの障害は、環境の改善と教育によって、ほとんどの場合、生活に支障のない程度に改善する、という信念でやってきたんですよ。その理由は、近年激増した人格障害の多くは真性の障害ではなくて、一時的な障害つまり「"仮性の"人格障害」であると私は考えるからです。もちろん、本人も周囲もその問題の現れ方とその原因、対策のあらましについての認識を十分に共有するなどのことが前提です。本人に知らせずに周囲がこっそり薬を飲ませるようなやり方は決してやるべきことではないと思います。本人の自覚なくして改善はあり得ないと思うからです。

T君: なるほど、だから、あんまし、先生は「アスペルガー」と言わなかったんですね。そんな説明を聞いておけば不安にならなかったかもしれないですけど、でも、まさか、今回のように突然自分がそうだといわれるなんて、この数か月、どうしていいかわかんなかったです。

私: う~ん。説明しておいたほうがよかったのかなぁ。ごめんね。何よりも、君たちの中に社会性未発達が疑われるケースが、以前に比べて格段に増えていることに危機感があったんだ。もちろん、多くの場合、遺伝子とはまったく無関係ですね。また、本人の責任でそうなっているわけではなくて、原因には、「生育環境」「幼児教育」「家庭環境」「小中高校の教育」「大学での配慮不足」などが考えられますね。少しでも早い段階で対処すれば、傷も浅く、快方に向かいやすいので、早めに気づいて対処すべきだというのが私の考えです。

T君: 本人がそうだということに、まず誰が気づいて誰が対処してくれることになっていのですか。

私: 決まっていませんし、決めるべきものかどうかもわかりません。誰でもいい、気づいた人が早めに対処するというのがまずは鉄則だと思うね。高校まで誰も気づいてくれなかったら、大学の教師が気づいて対処するのがベストとはいえないもののベターでしょう。しかし、もっと早く、高校や、中学や、小学校、幼稚園、保育所などで対処できればもっとよいに違いないね。

T君: でも、本人は、気づかないものなんですよね。

私: そうだね。なかなか自分からは気付きにくいよね。一般論として、自分と他人に何か違いがあるなと思うと、たいていは "自分が変わっているのではなくて、他人がおかしいんだ" と思うものなのさ。自分は正しくて他人がおかしいと思っている限り、自分では対処しようという気が起きないので、回復のきっかけがつかめないことがおおいということになるよね。

T君: 先生は治る、というけれど、治らないという人もいるんですか。

私: 脳内の物理的損傷が原因だという精神科の医師も最近は増えていて、このうちの半数程度が復旧不能だとしている人がいるように感じています。とくに「アスペルガーに効く薬の開発」というテーマのもとに集まっている人たちに多いような気がします。損傷によって不足するようになった脳内物質を補う薬を永遠に投与しづける必要があるという主張がその背後にはあるようです。
しかし、私は、この考え方に反対です。「生育環境」「幼児教育」「家庭環境」「小中高校の教育」「大学での配慮不足」などが原因で社会性がゆがんだり、幼い状態にとどめられているのであれば、適切な環境や教育、必要に応じたカウンセリングなどによって原因を取り除き、作業療法や演劇療法などの体を動かすリハビリを通せば、いったんは受けた損傷も、代替機能の発達などによって補われて回復するという考え方を、私はしています。
病気の人を増やすとお金儲けにつながる人もいますから、理屈抜きで、回復不能と言いふらす人もいるので、静かに踏ん張って、私は「回復する」という考えを堅持しているところです。

T君: 先生!、・・・、今の会社(IT企業、派遣が主力)を、辞めていいですか。

私: それは、私に聞くことかな? 実はやめたいんだね。やめても生活はやってゆけるかい? ご両親には相談したかい?

T君: 親は、俺の今の就職をすごく喜んでいて、今の会社を辞めるなんていったら、ほんとに気が狂ったといって、精神病院に連れてゆきかねないんです。・・・、とても言い出せないんです。

私: 君にできそうな仕事を先に見つけて、転職することを親に納得してもらったら?

T君: 俺に何ができるか、俺には分かんないんです。・・・、公務員なんか、どうですか。マスコミで見る限りラクそうにやっていみたいだし、クビにならないから、いったん就職しちゃえばあとは安泰だし、・・・。

私: 君は、交通事故で亡くなった子供たちの写真を興味本位でWEBサイトにアップするような加害者になる恐れはないから、その意味では教員や公務員になってもよいと思うよ。しかし、マスコミがはやし立てるほど公務員はラクな商売じゃないね。一部のけしからんグウタラはいるだろうけれど、一般に責任は重く、仕事量はとてつもなく多くて、市民や国民からは監視の下に置かれて、職務時間外にも気の抜けない職業になっているんだよ。それに、なによりも、人間関係がどの社会よりも重視されるので、難しい人づきあいをさばききれずに押しつぶされる人も少なくないんだ。君の「対人障害」を克服してからならば、安心して公務員にでも就職できるとは思う。しかし、「対人障害」をそのままにして、公務員の世界に飛び込めば、心理的ストレスは君にとって耐えがたいものになってしまう心配もないとはいえないね。やってはいけないとは言わないが、大きなリスクがあることは理解しておいたほうがよいとおもうよ。

T君: じゃ、ほかに何か良い職業はありませんか。

私: 一般論として、ペットなどの動物たちと交流すること、植物の生育に接することなどが社会性の発達が不十分な人たちのリハビリにたいへん役立つと言われています。これらに関する職業に就くことも選択肢ではないだろうか。また、ビルメンテなどのように、小集団チームで体を使って仲間と一緒にする仕事なども社会性の回復に大いに役だつと考えられますね。
背伸びをして、高い地位や、企業戦士になることを望むよりも、自分の今の状態を自分の個性だと認めて、個性にふさわしい職業を探すという道も考えてみたらどうだろうか。障害からの回復も、よい環境に変われば、ゆっくりとであっても確実に進むとおもう。長年、若者をウォッチしてきた私が言うのだから、大丈夫。かならず、回復するよ。
一度、君のご両親にもお会いして、一緒に話し合ってみようか。

T君: はい、わかりました。親に話してみます。

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琵琶


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ナニ?、「文献リストを正しい表記にできません」って?--独創力の創り方(13)

2008/06/06
ナニ?、「文献リストを正しい表記にできません」って?--独創力の創り方(13)

以前に私は、文献が正しく書けているかどうかを見ると、レポートの良しあしの慨略がつかめる、と、このブログに書いた
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実は、"著者の異なる文献を複数引用する大切さ"を繰り返し強調すると、学生諸君は確かに著者の異なる文献を複数書いてくる。エライエライ、と言って褒めてあげるのだが、実はよろこんでばかりはいられないのである。
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これに関連して、とんでも過激事例に遭遇することもある。今日は学生との間でおかしくもちょっと悲しい珍問答が繰り広げられた。

学生: 先生、文献リストを付けたんですけど、先生の言うような正しい表記にしようとしても書いてないんで、このママでいいですか?
私: どれどれ。著者名はセカンドネームしかないのね。本の名前が書いてあるのに、出版社の名前もないじゃない。うん、どうしてこんな基本的なことが分からないの?
学生: ・・・。書いてないんです。
私: でも、君はここにこの文献を書いたのだから、これらの文献を読んだということだよね。その文献の実物を見たら、正しい文献表記に必要なデータはその実物のどこかに書いてあるはずだよ。・・・。ははぁん。この文献はただの孫引きじゃないの?
学生: 孫引きじゃないですよ。ちゃんと読んだんです。でも書いてなかったんですよ。センセイったら、ヒデェーヨ。
私: 君が読んだものをここに持っておいで。どこにその情報があるか教えてあげるから。
学生: 友達に聞いてきます。
私: ・・・???。
学生: 聞いてきました。この文献は、こういう風に書いてあっただけだそうです。追加の情報はありません。
私: なにっ! 友達から教えてもらった通りに君は書いただけというわけ? じゃこのレポートは君が書いたんじゃないの?
学生: 友達から、いろんな文章のコピーをメールで送ってもらって、それを一つにまとめたんです。だから、僕が書いたんです。
私: ゲゲッ。じゃ、文献リストも友達が送ってくれたコピペのメモにあった通りに書いたというわけだね。★×☆!#$%&・・・。やっぱり、もとの文献を君は読んでいないということじゃないの? こういうのを剽窃というんだよ。どちらかというと犯罪だよ。
学生: だって、他の先生の時のレポートは、これでいいって言われているんですよ。先生だけですよ。こんなにやかましいの! やだよ!
私: 他の先生だって事実を知ったら許しませんよ。それに、他の誰が許しても、君たちの成績をつけるのはこの私なの! 私は、こういうレポートを零点にします! (キッパリ)
学生: ちぇっ。くそっ。
(オィオィ、「ちぇっ。」とか「くそっ。」とかは私のセリフじゃないのかい・・・。)

悪戦苦闘は、今日も続くのであります。

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人格に障害の疑い、なぜ彼が教員になれたのか--心理、教育、社会性の発達(63)

2008/06/04
人格に障害の疑い、なぜ彼が教員になれたのか--心理、教育、社会性の発達(63)

渡辺敏郎容疑者については、すでに何度か取り上げた。
 実例、教員資格認定にメンタルテストを--心理、教育、社会性の発達(32)
 反社会性人格障害、その家族性を考える--心理、教育、社会性の発達(33)
 死亡児童の写真の教諭、本日逮捕--心理、教育、社会性の発達(34)
 子供の遺体写真の元教員に有罪判決、残された問題--心理、教育、社会性の発達(42)

昨日の産経新聞は、またしても同容疑者の新たな事件を下記のように伝えた。
事件のあらましを見るかぎり、彼は、自分の性癖を直すことが不可能なのだ。
このような人物が学校の現場に「教師」という立場で長い期間入り込んでいたという事実を思い起こすと背筋が寒くなる。
もちろん、彼は知恵遅れではないし、精神障害者でもない。しかし、人格障害かどうかは検査がなかった。だから、成績が悪くない限りは教員に採用されてしまった。教員採用のこのようないう仕組みゆえに彼のような人格でも教員になれたのである。つまり、人格障害の有無については、教員採用時に点検されることがなかったのである。
教員資格認定にメンタルテスト(知的障害、精神障害、人格障害の有無・軽重)を実施すべきであるとわたくしは主張してきた。
 教員資格認定にメンタルテストを--心理、教育、社会性の発達(30)
改めて、もう一度、「教員資格認定にメンタルテストを」と主張しておきたい。

ヤフーニュース(2008.06.03)
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死亡児童写真を掲載の元教諭 こんどは学校侵入で逮捕
6月3日12時11分配信 産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080603-00000929-san-soci
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渡辺容疑者が、死亡児童の写真を無断でHPに掲載して告発された際、謝罪会見を開く勤務先(当時)の小学校の校長と羽村市教育委員会幹部=東京・羽村市役所(2006年12月)
交通事故死した子供の写真をホームページ(HP)に無断掲載した児童ポルノ禁止法違反などの罪で、執行猶予付きの有罪判決を受けた元東京都羽村市立小学校教諭の男(35)が、世田谷区内の小学校に無断侵入したとして、警視庁北沢署に建造物侵入の現行犯で逮捕されていたことが3日、分かった。小学校では運動会が行われており、「子供を盗撮するために入った」と供述している。
(1行、広告行削除)
逮捕されたのは、さいたま市南区、運転士、渡辺敏郎容疑者。
調べでは、渡辺容疑者は1日午後2時ごろ、世田谷区代沢の区立小学校の校庭に無断侵入した。デジタルカメラで複数の児童の写真を撮っていたのを保護者が不審に思い、学校職員に知らせ、渡辺容疑者を取り押さえた。同署はデジカメなどを押収し、詳しい動機を追及する。
渡辺容疑者は平成17年、自身が運営するHP「クラブきっず」で、交通事故で死亡した子供の遺族が開設した別のHPの子供の写真16点などを無断で転載。東京地裁が昨年7月、児童ポルノ禁止法違反などの罪で、懲役2年6月、保護観察付き執行猶予5年の有罪判決を言い渡していた。
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ここまで、反復性が衆目の下に実証された例は少ないかもしれないが、仮に彼が人格に障害がある者ならば当り前のことなのである。いまだに、彼に対しては「人格障害の有無」の検査がされたというニュースはない。これから執行猶予が停止されて、彼は収監されることになるのであろう。もしも人格に障害があるならば、早期に発見し、更生プログラムに人格障害への対応が盛り込まれるべきである。
さらに、学校で発生している類似の事犯ではこれらの検査を徹底して実施し、不適格教員の像を鮮明にすることが急務と考える。
その上で、なぜ、このような異常な人格の持ち主がいともたやすく教員になれてしまったかを深く考えてみる必要があるのではないだろうか。消防士などの公的職務ではその緊迫する職務に正常に対応できないことが予測される人格は排除されることが明文化されている。彼らに課せられている程度には、いな、教壇に立つ者にはもっと厳格に、人格障害の程度についての採用基準を設けて、異常あるものは採用しないこと、異常が見出されたら退職させることが明文化されるべきであると思う。「教師」は教壇に立ち、児童・生徒・学生から「人格者(かも知れない)」として全幅の信頼が寄せられる存在である。そのような教師が、そもそも「人格者」どころか「人格破綻者」であることは許されるはずもない。にもかかわらず、今、教師の採用、教師の人事では、「人格破綻者」も検査されることがないという極めて危険な状態にさらされているのである。
現在学校に通っている子供たちのことを想うともう遅すぎるようにも感じてしまうが、今からでもそれは遅くない。これから成長する子供たちから「人格破綻者」を少しでも遠ざけられるように工夫することは、我らシジイ世代の責任ではないか、という気がしてしまうのである。

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琵琶


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開かれた企業たれ--社長の条件(40)

2008/06/02
開かれた企業たれ--社長の条件(40)

最近、私は社外の方と、「報酬については、どのあたりが妥当な線かを求めるべきなのでしょうね」という議論をした。今の時代は、市民参加型社会が成熟しつつある時代である。市民参加型社会とは、社会のどんな組織においても関与する全ての人が自分が参加する組織の決定プロセスを隠されること無く見つめることができるようになるということである。

さて、今はたまたま私が預かっているこの会社を君たちが引き継いでくれることに本当に感謝している。
ところで、この会社は株式会社なので、当然経済民主主義で成立している。経済民主主義とは株数に応じた議決権で決定されるということである。
このような性質をもつ株式会社は最大株主が暴君になる危険性を秘めているが、事柄を一つの方向に絞って実行する際には強力なリーダシップを保証するものとして大きくプラスに作用する。
最初、この会社が成立した頃、集まっていたスタッフは全員一致を原則に経営が進められていた。私はそれがベストと信じていた。しかし、寝食を忘れて自らの資産を削って働く私の周囲には、私と同様に身を削って働くもののほかに、そこから出てくる蜜だけを求める働かない「怠惰なブタ」たちが混じるようになり、次第に多くなっていった。正直なロバと怠惰なブタの構造がセオリーどおり生まれた。学ばす、努力せず、貢献を嫌い、むさぼることばかりを願っているように見えるものが次第に多くなっていたのである。
ある日、私は、「この会社は異常である、これからは普通の会社にする」と宣言した。そして、勤務成績の悪い者や結果として成果に貢献しない者は、普通に勤務し成果に貢献する者と少しずつ差が開いていった。その直後、主たる取引先の倒産という激震に見舞われて、この頃のスタッフはほとんど退職したので、その結末を見たとは言いがたいが、その後息を吹き返した今の会社は、原則として「普通の会社」を標準にすえている。結果として、少なくとも今「怠惰なブタ」は社内にいない。もしも「怠惰なブタ」が巧みに紛れ込んできても、長くはいられないだろう。
経済民主主義は、株主が善良でバランス感覚を持っていれば、「正直なロバと怠惰なブタ」の構造を排除すべく努力するものである。健全な経営こそ株主の利益と誇りだからである。しかし、やがて私は引退する。その上、死んだりすれば、株式もいずれは分散し、善良な株主ばかりで構成されるようになるとは限らない。
経営の健全性は、経営の透明性によってのみ担保される時期が必ずやってくる。難しい問題が発生してからでは手遅れだ。君たちが経営を引き取る時が一番良い時期だろう。そのときこそ経営の透明性を担保するための経営組織の改革を実施する必要があるだろう。
道路公団や社保庁のような不透明な組織には、「怠惰なブタ」が次第に勢力を伸ばしても、これを発見して除去する道筋が開けない。透明性があれば少なくとも取り除くことの正当性が鮮明になり、その意欲もわいてくる。
とはいえ、いきなり、社外株主ばかりにするとか、全ての決定ルールを社員スタッフの頭数民主主義にして先祖がえりさせてしまうなどの乱暴なことは無用だろう。君たちの考え方次第だが、とりあえずは、「社外株主を一定の範囲内(たとえば3分の一を越えない範囲で)加える」とか、「頭数民主主義を一部取り入れる(役員を株主総会で決める以外に利害関係者から1名にかぎり一人一票=の議決で推薦を受け付ける、取締役会とはべつに頭数民社主義で選ばれた経営会議を設置する、などなど)」さまざまな方法がありうる。それらは、もはや私が選択するものではなく、君たちが考案し、選ぶことになるものと思う。勘所は、市民参加型社会の動向にマッチした透明性を担保されている構造であることと、「正直なロバと怠惰なブタ」の構造を決して許さない構造であること、の両面を確保することである。
このような機構改革を通じて経営をオープンにして、取締役の人材も経営能力と社の名誉にふさわしいかどうかを常に民に問うことのできるようになるはずである。役員の報酬も多すぎず少なすぎずを目指して、経営実態に見合うものかどうかを常に民に問うことのできるように保証されていることが望ましい。

この問題は、いろいろとまだ考えるところが多いが、言い忘れることがないように、とりあえず、ここまでを述べておきたい。

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