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林佑子オルガンリサイタル、東京カテドラル聖マリア大聖堂--交友の記録(37)

2008/09/28
林佑子オルガンリサイタル、東京カテドラル聖マリア大聖堂--交友の記録(37)

9月26日(金)、信じられないほど多重な仕事があったのだが、それらをかいくぐって、やっとの思いで19時開演のオルガンリサイタルに、私はタクシーを飛ばした。家内もオフィス前からタクシーで会場に向かっていた。入口に到着したのは、ほぼ同時。なんとか間に合ったのである。
林佑子と言えば、パイプオルガン奏者として世界的に有名だが、高齢のため最近では後進の指導に当たるだけでリサイタルなどは少ないとされていた。
実は、親しくさせていただいているITプロジューサの川合雅志氏が仕事がら東京カテドラル聖マリア大聖堂と親密であるらしく、私に、お誘いのメールをくれたのが、この日の行動の始まりだった。大切なお客様の予約を次週に回して、早稲田大学での打ち合わせには早めにうかがってあとをスタッフに任せると早めに退席し、夜に予定されていた仕事仲間との実務連絡を早めにこなして会場に向かったのである。
実は、私にとってはひどく緊張する研究会(情報コミュニケーション学会のワークショップ、第56回SH情報文化研究会、サブコーディネータ=私)を翌日に控えていて、気忙しかった。いろいろな難しい人たちが詰めかけてくることが予想された。私が予定していた発言内容は、世間(学界)の常識を根底から覆すものであり、どんな反応があるか予想しにいものだった。ともすれば、出走の号砲が鳴る直前のアスリートたちが緊張のあまり見せる抑うつ的な気分が湧き上がりかけてさえいた。
コンサートが始まると、その抑うつ的な気分も緊張感も、一気に吹き飛んだ。
長い間、封印されていた脳の一部の扉が再び開かれて、新鮮な風が吹きこんでくるようだった。聖堂に充溢するパイプオルガンの音に呼応し、言葉にはならない問いかけと応答が体内とオルガンの間で始まったかのようだった。次第に全身をめぐる血流も増え、両側の側頭下部に鼓動が聞こえるくらいの脈流が感じられるようになっていた。自分の意思を超えて、耳と音楽を享受する自分の脳がこれに強く反応していた。
◆G.フレスコパルディ(1983-1643)
 トッカータ集第Ⅰ巻、第Ⅱ巻より
◆G.ムファット(1953-1704)
 バッサカリア、トッカータ第1番
◆N.de グリニ
 ミサ曲より「グロリア」
◆N.de グリニ
 「賛歌」
初めのほうの数曲は、原始的なもので、オルガンの音が聴衆を驚かせるだけと言ったらいけないだろうか。メロディもリズムの簡明で、後世の曲のように一台のオルガンが多数の楽器を同時に鳴らすかのような合奏のようなありさまとは遠い形式であった。しかし、この段階で、私の耳と脳はすでに反応していた。
途中では拍手をしでほしいという主催者の願いが徹底されていて、曲目が変わっても作者が入れ替わっても途中で拍手による中断はなく、曲は次々と進んでいった。
N.de グリニのミサ曲より「グロリア」では、何度も小さな異なるメロディの塊がかわるがわるに登場して、小鳥や人々の対話や会話のように奏でられる。どこかで聴いたオーケストラのために編曲された「グロリア」では、これらの一つ一つの小さなメロディの塊と次の塊の間には、一瞬の間合いがあったり、わずかな重なりが生まれて、別々の語り主が、それぞれに自己主張するかのような面白さを演出していた。そんな記憶があるためだろうが、その種の間合いや重なりを期待して聞き入ってしまったのだが、オルガンという楽器の特性なのか、本来の曲を尊重するがためなのか、その種の間合いや重なりは感じられなかった。後代のオーケストラのために編曲に惑わされている私がいけないのだろうが、少しばかり物足りなく感じた。
N.de グリニの「賛歌」は、一転してパイプオルガンが多数の楽器を同時に奏でるスタイルのもので、メロディアスでかつ多重なリズムが感じられ、音色も音域も異なるメロディが調和し、ある時は反発し、やがてまた統合してゆくという、壮大なドラマのように感じられるものだった。聴くものは圧倒されていた。
エンディングを迎えると私は身も心も満足していた。演者の林佑子女史が巨大な聖堂の中の祭壇とは対面側、私たちの座席の後ろの2階の欄干に姿を現してあいさつすると、らせん階段をおりて、後ろから私たち夫婦の座る席のそばの通路を通って祭壇のほうに向かってゆく。観客は拍手の嵐である。私は、林佑子女史か近づくと拍手しながら思わずそのまま立ち上がった。それまでだれもたちあがる人はいなかったのだが、私につられて、ばらばらと立ち上がる人々がいる。よく見るとそのほとんどがヨーロッパ系の顔立ちの人々である。感動を表わすために立ち上がって拍手するという習慣は日本人にはあまりなく、逆にヨーロッパの人々にとっては当たり前の行動ということなのだろう。祭壇の手前のマイクに使って林佑子女史があいさつし、大きな花束の贈呈が行われると、一番と大きな拍手が起こって、この日の演奏会は終わりになった。
会場の東京カテドラル聖マリア大聖堂は世界に知られた建築家丹下健三氏の手になるもので、打ちっぱなしのコンクリートのたくさんのまっすぐの柱が微妙に位置と角度を変えて配置されているのであたかも局面を描くかのように天に向かって延びてゆき高い空の上で一点に切り結ぶようになっている。聖堂の中は広い広い空間である。500人は座れるだろうと思われる椅子席の数の半分ほどの人々が、ゆったりと空間を残して分散して座って聴くことができた。隣のひとと肩が触れ合わないように気を遣う多くのいわゆる音楽会とはまったくことなる雰囲気でオルガンを聴けたということも収穫の一つだった。
脳に響く拍動は、夜半になっても静まらなかった。快感だった。

パイプオルガンは、大学の恩師の一人で大森めぐみ教会の3代目のオルガにスト馬淵久夫氏(放射化学、宇宙科学、オルガニスト)の演奏をよく聴かせていただいたものだったが、氏が広島に拠点を移されてからは、久しく聴く機会がなかったので、本当に久しぶりのことだった。
おかげで、翌日の研究会も気分快適のままむかえることができたようである。研究会のことは、記事を改めて報告することにしたい

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琵琶


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