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会場があふれた、ワークショップ「日本語プログラミング」--感性的研究生活(36)

2008/09/29
ワークショップ「日本語プログラミング」--感性的研究生活(36)

9月27日(土)、ワークショップ「日本語プログラミング」(情報コミュニケーション学会第2回ワークショップ、第57回SH情報文化研究会)が開催された。
コーディネータは阪井和男明治大学教授、私はサブコーディネータである。司会進行役は私が務めた。

会場風景(開演前、もうこんなに人が。・・・しかし、私はまだ会場に到着していない!?)
 注; 一番奥の中央に立っている男性が、阪井和男情報コミュニケーション学会会長
写真提供: 99円さん
Photo_3

前日のパイプオルガンのリサイタルのおかげで私は気分爽快であった。
パソコンの環境と教室の空き具合の調整のおかげで、30名で満席となる教室しか用意できなかった。しかし、15名を超えるメンバーが集まれば上等と学会の会長(阪井和夫明治大学教授)も私も思っていたので、広さは十分と思われていた。研究会が始まってみると、見る間に教室はいっぱいになり、椅子に座れない人も出てしまった。出席者名簿を確認すると、35名が参加していた。
この種の学会の催しもので、30名を超えるのは珍しい。
「日本語プログラミング」の裏方の活動を長く務めてきた私としては、感激の結果となった。

Photo
熱弁をふるう筧捷彦早稲田大学教授-招待講演
写真提供: 99円さん
 

 
 

 

 
 
  
 
 
情報コミュニケーション学会第2回ワークショップ「日本語プログラミング」
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主催 情報コミュニケーション学会(会長・阪井和男)
コーディネータ 阪井和男
サブ・コーディネータ 飯箸泰宏
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共催 日本語プログラミング研究会(会長・阪井和男、幹事・飯箸泰宏)
後援 SH情報文化研究会、明治大学情報基盤本部
参加言語作者(言語)
   クジラ飛行机さん(「ひまわり」「なでしこ」「葵」)
   岡田健さん(言霊)
   ゆうとさん(「TTSneo」「プロデル」)
   尾崎秀夫様(マイクロワールドEX)
日時 9月27日(土) 15:00-19:00(終了後に懇親会を予定)
場所 明治大学駿河台キャンパス12号館5階 メディア教室4
http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/campus.html
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15:00 開会
15:00~15:10 阪井和男先生のご挨拶
15:10~15:20 飯箸泰宏の挨拶
15:20~15:50 招待講演
         「日本語プログラミング―なぜ日本語か・なにが本質か・なにを
         なすべきか」
         筧 捷彦(早稲田大学基幹理工学部情報理工学科)
15:50~17:30 参加言語作者の実演・チュートリアル
         クジラ飛行机さん、岡田健さん、ゆうとさん、尾崎秀夫様(各25分)
17:30~17:50 ユーザ事例報告(クジラ飛行机さん関係)
17:50~18:00 休憩と各ブースの準備
18:00~19:00 各言語ごとのブースでの実習と群がり討論

懇親会 台湾料理店
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【これまでの活動実績】
・2003年9月 日本語プログラミングサミット
http://jpp.sciencehouse.co.jp/index.html
「Mind」「言霊」「ひまわり」「TTSneo」
・2004年度 日本語プログラミングコンテスト
http://jpp.sciencehouse.co.jp/index.html
「Mind」「言霊」「なでしこ」「TTSneo」
・2007年度 日本語プログラミングコンテスト
http://aoi-project.com/event/2007/jp-procon/
「ひまわり」「なでしこ」「葵」「TTSneo」「プロデル」「ドリトル」
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まずは、私の発言について報告しよう。
言語作者の方たちにできるだけ多くの時間を割くために、私の発言時間は10分に圧縮した。いかにその短い時間に、インパクトある発言ができるかが勝負どころである。

私の発言内容
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・私は「日本語プログラミング」の裏方を一貫して務めてきた。
・技術史教育学会学会での発表の実績など、このテーマにかかわる私個人の活動の紹介した。
・言語作者と応援団のできることの違いを述べた。
・応援団である私のできることは、「ヒトの知能のモデルを構築すること」と「日本語文法を探求する」ことである
・これまで提案してきた「ヒトの知能のモデル」についての簡単な紹介と「ヒトの知識ベースの構造に関するモデル」を紹介した。(別途、機会があれば紹介する)
・日本語の由来として、ウラル・アルタイ語説という俗説がある。ウラル語族というものは学問的に完全に空想の産物であったとして否定されていること、「アルタイ語族」というものも共通祖語が見いだせない(言語AがBに一部類似し、BがCに類似しても、AとCに類似性がないなど)ことから、存在が否定されて、「アルタイ諸語」という呼称に格下げになっている。古い俗説では膠着語の性質が「アルタイ諸語」と共通していることが喧伝されていたが、「アルタイ語群」ばかりが膠着語であったり膠着語的だったりするわけではない。世界の膠着語には、トルコ語、ウイグル語、ウズベク語、カザフ語等のテュルク諸語、日本語、朝鮮語、満州語、モンゴル語、フィンランド語、ハンガリー語、タミル語などのドラビィダ語族などがあり、現代の日本語に第ナ影響を与えたと想定されるタミル語やオーストロネシア語なども膠着語または膠着語的である。
・日本語の文法については、間違いだらけの橋本文法(学校文法)をいまだに小中高では教えている愚かな現状と外国人のための日本語教育には三上文法が使用されている(橋本文法では日本語が話せるようにならないため)現状を示した。
橋本文法(学校文法)も三上文法も文部科学省が認めているもので、いわばダブルスタンダードである。以前、文部科学省の永井克昇調査官に質問(2008年3月22日)して、国語審議官と相談の上の回答をいただいたことがある。永井克昇調査官の回答は、どの文法に従うかは文部科学省の指針や指導の範囲外であって、出版社と編集者の責任において度の文法に従うかはそれぞれに行われているだけであり、とくに橋本文法や三上文法を選んだり除外したりしているわけではないというものだった。
このエピソードを紹介したうえで、橋本文法を教え続ける教育界の愚行はさておいて、三上文法に分のあることを認めるが、今はこれさえも越えなければならない必要性を感じていることを述べた。
・日本語が、すぐれてオブジェクト指向や逆ポーランド記法かと言えば、必ずしもそうではないこと、日本語でオブジェクト指向や逆ポーランド記法の用法で書ける内容はごくわずかであることも指摘した。
・コンビュータの世界にオブジェクト指向の考え方を取り入れだ最初の人々は、ゼロックスのパラアルト研究所(Xerox社 Palo Alto Research Center)である。彼らは、戦争の論理である機能指向(ファンクションオリエンテッド)を退けてオブジェクト指向(オブジェクトオリエンテッド)という考えを取り入れたのである。彼らの最初の着想は、機能ごとにそれに属するオブジェクトをまとめるのではなく、1つのオブジェクトに複数の属性(Property)が所属すると考えるべきであるというものであった。「その花は赤い」「その花は柔らかい」「その花は美しい」「その花は咲き誇っている」・・・、というように(o,p)であるべきであると彼らは考えたのである。あくまでも英語人間である彼らは、オブジェクト(その花)が先で、プロパティ(赤い、柔らかい、美しい、咲き誇っている、・・・)は後に続くと主張した。しかし、我々日本人ならば、どう整理するだろうか。「赤い花」「美しい花」「やわらかな花」「咲き誇る花」・・・「目の前の花」というように、(o,p)ではなくて(p,o)となったのではないだろうか。パラアルト研究所の皆さんはヒトの言葉の源流も(o,p)だったのではないかと推測していたらしいが、日本人ならばその逆の(p,o)がヒトの言葉の源流と感ずるに違いない。そもそも、これは英語の源流と日本語の源流が異なると思わせるものである。
・SOV型、SVO型などについては、現在信じられている6つの語順とそれぞれの言語の分類を一覧表にして見せて、そのでたらめぶりを示した。地域性、言語の発生系統研究のいずれにも合致しないし、ドラビィダ語族とその一派のタミル語が別の語順(SOV型とOVS型)に分類されていたり、日本語とドイツ語が同じSVO型に分類されていたりするのである。英語などヨーロッパの一部の言語がSOV型によくあてはまるのはよしとして、他の言語もすべてS,O,Vなどに当てはめて解釈することに無理があることを示している述べたのである。「日本語に主語はいらない」(「母国語教育の重視を--心理、教育、社会性の発達(48)」「金谷武洋の『日本語に主語はいらない』」
・言語の発生についての解説をして、原人(250万年前~2万年前、ネアンデルタール人など)と現生人類(10数万年前から現在、クロマニヨン人を含む)の違いを説明して、現在のヨーロッパに残るモンスターの記憶(伝説)こそがネアンデルタール人に関するクロマニヨン人の記憶であること、その伝説の中で語られるモンスターの言葉が原人の言葉であり、ヒトの言葉のいわば源流であると説明した。詳細はまだ判明していないが、2つ3つの単語らしいものを組み合わせて会話が成立していて、クロマニヨン人を含む現生人のように複雑な文章を語ることはなかったようである。ネアンデルタール人の言葉が、(o,p)だったのか(p,o)だったのか、今をまだわからないが、原人を広くとらえれば、(o,p)と(p,o)の両方が存在していたとしてもそれほどおかしいとは思えないのである。ヒトが2つの遺伝の変性を経て、複雑な文章を話すようになったヒトの最初の化石といわれているものは「アフリカのイブ」と呼ばれているもので、20万年前から15万年前の間でのものとされている。この新しい人々は、(o,p)と(p,o)を高度化するとすれば、大胆に仮説を述べれば最初には(o,p,o)と(p,o,p)ではなかったのではないか、と思う。「I love the beaty(=o,po)」と「美しき 人を 想う(=p,o,p)」の違いの源流はこのあたりから始まると考えてよいのではないかと思う。
・最後に日本人がどのように形成されたについて図解した。従来考えられていたものが、オーストロネシアに関する研究が進んだこと、遺伝子の国際的比較が容易になってきたことによって大きく変化している現状を伝えた。遺伝子も語彙も日本にはオーストロネシア由来が一番多く(20%強)、次に北方のモンゴロイド(十数%)、中国雲南の人々(5%程度)、アムール川流域と広東の人々(合計で2%程度)がこれらつづいており、朝鮮族との共通遺伝子も1%程度は存在している。最後にやってきて日本と朝鮮半島を征服したものが南インドから帆船でやってきたタミル族であると思うとも述べた。彼らは日本海をはさんで朝鮮半島と日本の沿岸に交易のための都市国家をたくさん作って連合国家を形成していたに違いない。その後の新羅の王朝と日本の天皇家は同じ民族いわば親戚づきあいであったろう。新たな民族の流入はしばしば支配する民族と被支配民族という関係を生み出すが、その際に、語彙は被支配民族のものか残りやすく、文法は支配民族のものが残るという傾向がある(クレオール化)。この法則も援用しつつ、民族の多重化の歴史を検証すれば、日本語の系統発生学的な研究は進んでゆくに違いない。ただし、この分野の研究は目覚ましい進化を遂げている最中であり、今日述べたことは来年訂正が必要になるかもしれない、と結んだ。
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招待講演の筧捷彦早稲田大学教授は、上流工程ばかり尊重する向きがあるが、下流工程のプログラミングこそが大事である。OSも動作環境も開発環境もライブラリーも日本語でかけなければ日本語プログラム言語ではないと熱弁をふるった。
私は「上流工程も下流工程も必要」という考え方なので、興味深くお話を聞いていた。システムハウスを経営しているので見渡せば一流のプログラマに事欠かない私の立場では上流工程を担える人材の不足が強く感じられるのだが、大学の研究者の組織にいらっしゃる筧先生にはプログラム能力を持って汗を掻く人々が少ないのに上流工程の担い手は余っているのだろうなと思われた。ある意味で、まことにうらやましく感じた。私たちのいるビジネス界では上流工程の担い手が圧倒的に不足しているのである。
OSも動作環境も開発環境もライブラリーも日本語でかけなければ日本語プログラム言語ではないという点については、それも考え方のひとつだとうなずいた。今は筧先生の研究室に属しているゆうと氏(TTSNeo)がまさしくそれを実現すべく奮闘中なのは私も知っている。ただし、すべての言語作者の皆さんがそこまでの膨大な労力をつぎ込むことができるかと言えば難しい部分もあるだろうとも思われて、「筧先生のお話は、言語作者の皆さんには耳の痛い部分もありましたね」と司会者として述べると会場はどっと笑いこけていた。

クジラ飛行机さんは、プログラミングの成果物の紹介やなでしこで書かれたなでしこのためのライブラリを1200以上擁していることを述べ、年に4冊も出版する書籍の紹介などを行った。岡田健さんは、文科系学生を対象にプログラミング教育の実践をする中で自分が開発してきた日本語プログラミング言語「言霊」を使用しているという実践を語った。ゆうとさんは、開発環境、ライブラリなどは自身の言語で書いていることを説明し、アプリケーションの例としてはネットチャットのシステムを演壇で作ってその場で動作できることを実演して見せた。
つづく、尾崎秀夫様(マイクロワールドEX)さんは、自身がアスキーで教育ソフトに長く携わり今は独立していることなどの経歴を説明し、教育用のロゴ言語とその環境であるマイクロワールドEXを取り扱うに至った経緯をのべた。尾崎氏だけは言語作者ではないが言語の紹介者としての発言となった。
続いて、なでしこのユーザ2人による事例紹介が行われた。発表者の一人は何と高校生であり、ユーティリティ的な利用方法を主に紹介した。二人目の発表者(Chokoさん)はシステムハウス社員で、実用的なアプリケーションをいくつか紹介して、人々をうならせていた。Chokoさんいわく、日本語だから、研究用だったり教育ようだったりするだけではありません。遊びしかできないのでもありません。りっぱに実用になるのです、と述べたのである。
休憩をはさんで、各作者のもとに関心のある方が思い思いに集まって質疑や使用方法を学ぶ時間になった。いすが固定されている教室なのでブースを改めて作ることはできなかったので、各作者ごとに「のぼり旗のようなもの」を用意してそれを目印に「群がり討論」をしていただくことにした。のぼり旗を用意された作者もいたが、目立つパンフレットを持参した作者もいた。本人自身が背が高くて目立つクジラ飛行机さんはご自身の躯体が広告塔である。
1時間ほどを割いた、この「群がり討論」が大変良かったようである。作者同士もいろいろな言語のファンも入り乱れて、あちこちに移動して話をする姿が激しく見られた。

「群がり討論」(1)(クリックすると画像が拡大します)
写真提供: 99円さん
Photo_2
 
「群がり討論」(2)(クリックすると画像が拡大します)
写真提供: 99円さん
Photo_2
 
 
 
 
 
 
 

その勢いは、そのまま懇親会場に続いていった。22名が会場に移動した。若い人たちが多いので、食事は進むし、酒は飲む。喧噪のうちに瞬く間に時間は過ぎてゆく。時間を気にしている方がいたので8時半頃にはいったん締めたが、話し足りないのか食べ足りないのか、否飲み足りないのか、12-3名がそのまま居残って宴の続きをしていた。帰ったのは年長組ばかりである。私たち夫婦も残っている当社のスタッフの一人にあとを頼んで帰路についた。
帰りがけに阪井会長が私に「これだけ盛況だったのだから、次の日本語プログラミング言語の企画を作ってくれ」とおっしゃっていた。また別件だが恒例となっている私のゼミ生たちの発表会を阪井先生のゼミ生たちとの合同発表会にして競わせる企画も考えてほしいともいう。単に酔った勢いのお言葉かも知れないが、飲んだ席のお話が案外本気だったりすることが多い先生なので、心がけなければと内心の記憶を自宅に帰ってから反芻した。

補足: クジラ飛行机さんが教えてくれた関連記事
・しらたまさんの記録
 ・http://nadesiko.g.hatena.ne.jp/white-ball/20080930/1222706668
・99円さんの記録
 ・http://d.hatena.ne.jp/kyuuzyuu9yen/20080928/1222610680
・幹事による記録
 ・http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/09/--36-9050.html
・クジラ飛行机さんの記録
 ・http://d.aoikujira.com/blog/page/2008%252F09%252F27%252F%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%97%E3%81%8C%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F


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琵琶

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林佑子オルガンリサイタル、東京カテドラル聖マリア大聖堂--交友の記録(37)

2008/09/28
林佑子オルガンリサイタル、東京カテドラル聖マリア大聖堂--交友の記録(37)

9月26日(金)、信じられないほど多重な仕事があったのだが、それらをかいくぐって、やっとの思いで19時開演のオルガンリサイタルに、私はタクシーを飛ばした。家内もオフィス前からタクシーで会場に向かっていた。入口に到着したのは、ほぼ同時。なんとか間に合ったのである。
林佑子と言えば、パイプオルガン奏者として世界的に有名だが、高齢のため最近では後進の指導に当たるだけでリサイタルなどは少ないとされていた。
実は、親しくさせていただいているITプロジューサの川合雅志氏が仕事がら東京カテドラル聖マリア大聖堂と親密であるらしく、私に、お誘いのメールをくれたのが、この日の行動の始まりだった。大切なお客様の予約を次週に回して、早稲田大学での打ち合わせには早めにうかがってあとをスタッフに任せると早めに退席し、夜に予定されていた仕事仲間との実務連絡を早めにこなして会場に向かったのである。
実は、私にとってはひどく緊張する研究会(情報コミュニケーション学会のワークショップ、第56回SH情報文化研究会、サブコーディネータ=私)を翌日に控えていて、気忙しかった。いろいろな難しい人たちが詰めかけてくることが予想された。私が予定していた発言内容は、世間(学界)の常識を根底から覆すものであり、どんな反応があるか予想しにいものだった。ともすれば、出走の号砲が鳴る直前のアスリートたちが緊張のあまり見せる抑うつ的な気分が湧き上がりかけてさえいた。
コンサートが始まると、その抑うつ的な気分も緊張感も、一気に吹き飛んだ。
長い間、封印されていた脳の一部の扉が再び開かれて、新鮮な風が吹きこんでくるようだった。聖堂に充溢するパイプオルガンの音に呼応し、言葉にはならない問いかけと応答が体内とオルガンの間で始まったかのようだった。次第に全身をめぐる血流も増え、両側の側頭下部に鼓動が聞こえるくらいの脈流が感じられるようになっていた。自分の意思を超えて、耳と音楽を享受する自分の脳がこれに強く反応していた。
◆G.フレスコパルディ(1983-1643)
 トッカータ集第Ⅰ巻、第Ⅱ巻より
◆G.ムファット(1953-1704)
 バッサカリア、トッカータ第1番
◆N.de グリニ
 ミサ曲より「グロリア」
◆N.de グリニ
 「賛歌」
初めのほうの数曲は、原始的なもので、オルガンの音が聴衆を驚かせるだけと言ったらいけないだろうか。メロディもリズムの簡明で、後世の曲のように一台のオルガンが多数の楽器を同時に鳴らすかのような合奏のようなありさまとは遠い形式であった。しかし、この段階で、私の耳と脳はすでに反応していた。
途中では拍手をしでほしいという主催者の願いが徹底されていて、曲目が変わっても作者が入れ替わっても途中で拍手による中断はなく、曲は次々と進んでいった。
N.de グリニのミサ曲より「グロリア」では、何度も小さな異なるメロディの塊がかわるがわるに登場して、小鳥や人々の対話や会話のように奏でられる。どこかで聴いたオーケストラのために編曲された「グロリア」では、これらの一つ一つの小さなメロディの塊と次の塊の間には、一瞬の間合いがあったり、わずかな重なりが生まれて、別々の語り主が、それぞれに自己主張するかのような面白さを演出していた。そんな記憶があるためだろうが、その種の間合いや重なりを期待して聞き入ってしまったのだが、オルガンという楽器の特性なのか、本来の曲を尊重するがためなのか、その種の間合いや重なりは感じられなかった。後代のオーケストラのために編曲に惑わされている私がいけないのだろうが、少しばかり物足りなく感じた。
N.de グリニの「賛歌」は、一転してパイプオルガンが多数の楽器を同時に奏でるスタイルのもので、メロディアスでかつ多重なリズムが感じられ、音色も音域も異なるメロディが調和し、ある時は反発し、やがてまた統合してゆくという、壮大なドラマのように感じられるものだった。聴くものは圧倒されていた。
エンディングを迎えると私は身も心も満足していた。演者の林佑子女史が巨大な聖堂の中の祭壇とは対面側、私たちの座席の後ろの2階の欄干に姿を現してあいさつすると、らせん階段をおりて、後ろから私たち夫婦の座る席のそばの通路を通って祭壇のほうに向かってゆく。観客は拍手の嵐である。私は、林佑子女史か近づくと拍手しながら思わずそのまま立ち上がった。それまでだれもたちあがる人はいなかったのだが、私につられて、ばらばらと立ち上がる人々がいる。よく見るとそのほとんどがヨーロッパ系の顔立ちの人々である。感動を表わすために立ち上がって拍手するという習慣は日本人にはあまりなく、逆にヨーロッパの人々にとっては当たり前の行動ということなのだろう。祭壇の手前のマイクに使って林佑子女史があいさつし、大きな花束の贈呈が行われると、一番と大きな拍手が起こって、この日の演奏会は終わりになった。
会場の東京カテドラル聖マリア大聖堂は世界に知られた建築家丹下健三氏の手になるもので、打ちっぱなしのコンクリートのたくさんのまっすぐの柱が微妙に位置と角度を変えて配置されているのであたかも局面を描くかのように天に向かって延びてゆき高い空の上で一点に切り結ぶようになっている。聖堂の中は広い広い空間である。500人は座れるだろうと思われる椅子席の数の半分ほどの人々が、ゆったりと空間を残して分散して座って聴くことができた。隣のひとと肩が触れ合わないように気を遣う多くのいわゆる音楽会とはまったくことなる雰囲気でオルガンを聴けたということも収穫の一つだった。
脳に響く拍動は、夜半になっても静まらなかった。快感だった。

パイプオルガンは、大学の恩師の一人で大森めぐみ教会の3代目のオルガにスト馬淵久夫氏(放射化学、宇宙科学、オルガニスト)の演奏をよく聴かせていただいたものだったが、氏が広島に拠点を移されてからは、久しく聴く機会がなかったので、本当に久しぶりのことだった。
おかげで、翌日の研究会も気分快適のままむかえることができたようである。研究会のことは、記事を改めて報告することにしたい

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琵琶


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妻の郷里の一大イベント--その他、シリーズ外の記事

2008/09/19
妻の郷里の一大イベント--その他、シリーズ外の記事

妻の郷里は愛知県一宮市である。大学に入るために上京して以来、生活圏は首都圏において、盆暮れくらいしか帰省していないようだが、やはり、故郷のことは気になるらしい。
自分のブログに最近始まった一大イベントを紹介している。
「第2回一宮モーニング博覧会」http://jiyujinpopo.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-208f.html
一宮のモーニングセットはテレビでもよく取り上げられているので知っている人もいるかもしれないが、ドエリャ~もん、であるらしい。
お時間と興味のある方は、一宮のモーニングセットの探検にゆかれるとよいかもしれない。どんな量があってもサラエナアカンものらしい。

琵琶


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台風の前の名月--人生に詩歌あり(6)


2008/09/17
台風の前の名月--人生に詩歌あり(6)

9月14日
老母の発案で、我が家の庭で突然の月見会が開かれた。台風13号が接近中。

 虫鳴きて 寄せる野分の 雲間縫い 松の枝越えて 中天の名月
 嵐くる 雲衝きてこそ 月明かり 

琵琶

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突然ですが、月見の会--交友の記録(36)

2008/09/15
突然ですが、月見の会--交友の記録(36)

昨日(9月14日)は、中秋の名月。満月だった。
午後3時過ぎ、電話が鳴った。隣の隠居所に住む老母(満88歳)からだった。また、買い物の依頼かなと思いながら電話口にでると、なんと、お月見の会をしたいというご所望だった。そうか、今日は中秋の名月の日かと改めて思う。そういえば、お月見の会などというものは、社会人になってからついぞ試みたことはなかった。
昔、私たちがまだ幼くて母が若かったころは、母がお団子を作るから手伝うようにと言って前の日から準備をした。南に面した廊下に座卓を出し、白い布を掛け、お団子を供えて、水菓子(果物)も添えた。ススキやキキョウの花を飾り、日の落ちるのを心待ちにしたものである。食糧難の時代が続いて、甘いものに飢えていた子供たちにとって、楽しみな一日だった。何十年も経て、老母が突然思い立ったのは、趣味の俳句の題材にでもしようということかもしれない。
翌日(実はもう今日、9月15日)は、休日なのに秋学期初日の講義が予定されていて、私は準備に大わらわだったのだが、この先何回中秋の名月を迎えられるかわからない老母の頼みとあればむげにはできない。
いろいろと忙しいことになった。妻は、都内でセミナーに参加していて帰宅していない。息子と会場の準備の段取りを相談し、愛犬様の散歩を早めに済ますように頼む。
私は、急ぎのメールを何本かをあわただしく送信して、時計を見ると5時。あわてて妻の携帯に電話する。妻はまだ都内だ。月見の会のことを手短に話して至急帰宅を促す。続いて車に飛び乗ると、お団子屋さん、薬局、酒屋、に回る。自前でお団子を作る余裕はない。お団子屋さんの前は行列ができている。列に加わって、商品を眺めるとさすがにお月見用の品揃えである。お供え用のお団子の三段重ね(9個+4個+1個)にあんこの別添えを1セット、みたらし団子の串6本、ずんだ餡の串団子3本、きな粉の串団子3本を買う。姉夫婦は3連休を利用してご主人の郷里の墓参りに行っているのである。参加者は最大で6名と見込まれたからである。薬局では、虫よけスプレーを購入。野外での会となれば、ヤブ蚊対策が欠かせない。酒屋では、白ワインハーフサイズを1本購入した。お酒を飲むのが目的ではないし、老母はもはやそれほど飲めない。それでも唇を湿すほどのアルコールは良いに違いないという計算である。我が家には、「天障院篤姫」という少しおしゃれな焼酎もあるので、強いアルコールがほしい人には供すればよいと考えた。その足で、帰宅する妻を駅で拾うと、自宅に向かう。車の中から老母には、19時からスタートすると伝えた。
妻には、テーブルの準備の手伝いとと酒器セットの用意を頼んだ。月見に付き物の煮物などの用意をする暇はない。まぁ、月が楽しく鑑賞できればとりあえずよいだろう。
帰宅すると、時刻は18時30分、まだ開演には間があるのに、老母が我が家の庭に来ていた。どこで眺めると一番美しいか、場所の見定めにやってきたというのである。玄関前の少々の空き地(いつもは愛犬様の野外の定位置)が良さそうだという。なるほど、そこから東の空を見上げると、敷地の東のはずれにある亡父が大切にしていた松の枝の上に月がかかるように見える。そうすることに決めた。近くの弟の家の庭先を見ると車が2台とも帰っている。弟夫婦も在宅らしい。老母にそう告げると「弟夫婦も呼ぼうかな」という。私が賛成すると、お花を持ってくるついでに電話するという。老母は隣の隠居所にいったん戻る。私と妻は、いつもの白い長机を一つだけ取り出すと、老母の指定する位置に設置する。足もとがぐらぐらするので、足の下には小石をはさんで固定する。折りたたみのバイブ椅子は6脚、テーブルの周囲に配置する。
お供えのお団子は白い団子だが、てっぺんに乗せる1個だけは黄色い色をしている。お団子屋で聞きそびれたが、たぶんキビ団子だろう。団子類をテーブルに並べている間に、老母はススキを主体にした花瓶を抱えてやってきた。老母から電話を受けた弟夫婦もやってくる。夕食を食べようとしていたまさにその瞬間だったらしく、驚いた表情のままやってきた。息子も愛犬様をひきつれて散歩から帰ってくる。ちょうど良いスタートとなった。老母は、隠居所との間をもう一往復して果物なども持ってきた。昔のようにしたいのかもしれなかった。
お団子の種類などの説明をしているうちに妻があわただしく洗って水を切った切り子のワイングラスを出してきたので、まずはワインでお月さまに向って乾杯!
まずは、みたらし団子を1本ずつ手にして、月を眺めつつワインを飲み、好き好きでずんだ餡の串団子やきな粉の団子などを食べる。巨大な台風13号が台湾北部と沖縄南部に上陸していて、その影響か雲が少しかかっている。地表に風はないが、上層は激しく風が吹いているのだろう、雲の流れは速い。丸い月がしばらく見えていたかと思うとうす雲の陰に隠れて、しばらくするとまたその全体を表わすという具合だった。
清少納言ならば、満月がただ見えるだけなのは面白くない、雲間に隠れたりまたあらわれたりするのが「いとおかし」というだろうなぁ、などと思ったりしていた。
愛犬様は、たくさんの身内がいることで興奮気味である。しかもよいにおいが充満しているのだからたまらない。ボクにもお団子をちょうだいよ、と落ち着かない。妻がみたらし団子を一つあげると、初めての味に戸惑ったのか、いったん口から地上に降ろして、よく観察して、ヒトが食べているものと同じかどうか、匂いを嗅ぎ比べるとやっともう一度口に入れて食べた。おいしい! という顔、もっとくれと、せわしなく、人垣の間に顔を出す。私が、いったん口に入れて団子から餡をとりのぞいて、半分くらいずつ差し出すと、夢中で私の手に顔をうずめるようにして食べる。愛犬様に月見の風流は難しすぎるかもしれないが、お団子のおいしさは理解したようだ。
月はやがて、庭の松の木の枝を次第に横切って、より高く天にのぼった。宴もそろそろという段で、お供えしたお団子を取り崩して、小豆のこし餡でいただくことにした。お団子の山のてっぺんのキビ団子は老母が、その下の白い団子はそれぞれがいただいた。
宴の合間には、弟の妻の家族の近況を聞いたり、我が妻の故郷(名古屋)のういろうの様変わりなどが話題に上った。老母は、句のモチーフを得ることができただろうか。先日の句会では、あまり成績が良くなかったと、やや不満顔だったので、言葉にはしないが、今回はやや力が入っているらしい。負けん気は長生きの秘訣。ほどほどならば大いに結構である。
そして、散会。
・・・、そういえば、我が家の夕食はまだだった。息子も妻もお団子だけでは満腹ではないという。あわてて、チゲ風のトオフ汁とマグロとカツオのしょう油焼きを作った。やれやれ、授業準備は、その後に続きをやるはめになってしまった。気づくと日はまわって授業準備もなんとか終わり、今は、このブログを書いている。これから1時間半ほど仮眠したら、6時には出発しなければならない。
今日からあわただしい大学教員生活の再開である。

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琵琶


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知識獲得障害の原因の一つが明らかに(?)--心理、教育、社会性の発達(70)

2008/09/11
知識獲得障害の原因の一つが明らかに(?)--心理、教育、社会性の発達(70)

本日、「統合失調症:脳に未成熟な領域 マウスで確認、治療法開発も」というニュースが流れた。

毎日JP
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統合失調症:脳に未成熟な領域 マウスで確認、治療法開発も
http://mainichi.jp/select/science/news/20080911ddm003040127000c.html
毎日新聞 2008年9月11日 東京朝刊
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統合失調症に似た異常行動を示すマウスの脳の中に未成熟な領域があることを、宮川剛・藤田保健衛生大教授(神経科学)らが発見した。死亡したヒトの脳の研究でも同様の傾向がみられ、統合失調症の客観的な診断や治療法開発につながると期待される。11日、英国のオンライン科学誌「モレキュラー・ブレイン」に発表する。
宮川教授らはさまざまな遺伝子を欠損させたマウスの行動を網羅的に調べ、CaMK2αと呼ばれる酵素を欠いたマウスが「気分の波」など統合失調症に似た異常行動を起こすことを見つけた。
この酵素を欠くマウスは、記憶をつかさどる海馬の「歯状回」という領域の神経細胞が未成熟で、ほとんど機能していない。死亡したヒトの脳を調べた米国のデータベースによれば、統合失調症の患者は、歯状回の成熟した神経細胞を示す分子が少ない傾向にある。
宮川教授は「ヒトの統合失調症の一部は海馬の歯状回の未成熟が原因の可能性がある。成熟を促すことができれば治療法として有望だ」と話す。【西川拓】
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この研究でわかったことは、マウスでは知識獲得機能に異常を示す酵素欠陥(CaMK2αの欠損)が見つかったというものである。CaMK2αの欠損があるとマウスの海馬と呼ばれる脳の一部に含まれる「歯状回」という領域が発達しないので、知識獲得機能に障害が出るというものである。
知識獲得機能に障害の結果、統合失調症になる可能性が高いとこの記事は言っているわけだが、知識獲得機能に障害の結果は、多くの場合、統合失調症ではなくて、アスペルガー症候群に到達するのである。統合失調症になるのは、もうひとつ以上の原因が重ならなければなりえないに違いない。アスペルガー症候群のうち奇異型の人たちは、かつてよく統合失調症と間違われていた。かつて統合失調症と診断されて死後解剖された人が実はアスペルガー症候群であったということも大いにありうることである。
ヒトの海馬の「歯状回」の発達を促す酵素またはその産生促進のための薬が世に出てくれば、「統合失調症の特効薬」ではなくて「一部のアスペルガー症候群には効果のある薬」になる可能性がある。
関係者の方も「統合失調症の特効薬だァ。儲かるぞ!」というようなトラタヌ(*)のときめきは抑えて、「一部のアスペルガー症候群には効果のある薬」になる可能性という地道な開発パスを選択して進めていただきたいものである。
 * トラタヌの別名に、「飛ぶ鳥の献立」という言い方があるとこのブログの
   読者の方から教えていただいたばかりである。
   http://mixi.jp/view_diary.pl?id=924156002&owner_id=4526145
   <--恐縮ですが、この記事の本文とは無関係なコメントです。

今は、まだ精神医療がきわめて粗野な段階にあり、ある病院の医師が、ため息交じりに、鬱の患者を身体拘束をした上で大量の抗鬱剤を与えて統合失調症の患者を一人余計に作っているような医療の現場もないとはいえないということである。このお話の真偽は私には断定できないが、現場の医師らが悪戦苦闘していることに比べて科学的解明が追い付いていないために、まだこの分野の医療が十分であるとは言えない。
一方で、遺伝子医療と脳科学の進歩は目覚ましい。さまざまな精神疾患や人格障害もやがてもっと素早く回復できたり、予防できたりする日がくるかもしれない。
そんな、夢のような日の来ることを待ちわびつつも、今は、本人の自覚と、専門家のカウンセリングと周囲の環境の整備を進めて、日一日ずつの回復を願うことにしたいのである。
発達障害に、もっと光を。もっと科学を。

さて、別の話題ではあるが、私たちは、アスペルガー障害になった人をいかに回復に導くかを考えるだけでは足りないと思う。原因を除去して、アスペルガー障害を予防する必要もあるのではあるまいか。
戦後、GHQの指導によって、日本の産婦人科は「母子別室」を原則にしてきた。分娩後すぐに母子を分離して、赤ちゃんは新生児室に入れてしまうという方法である。第二次大戦後の日本の出産事情は極めて劣悪で、感染症にかかっている危険が高く栄養の足りない妊婦と抵抗力のない新生児が一緒にいることによる乳児死亡率が高かったのである。「母子別室」にすることで、新生児の生存率を飛躍的に向上することができた。
しかし、その弊害は大きかったのである。「母子別室」は、そのルーツであるアメリカではすでにすたれており、ヨーロッパでも1960年代から自閉症予防対策として産院における「母子同室」が徹底されるようになっている。
日本だけが、発達障害や高機能障害の発生比率がいまだに高いのは、「母子別室」が原因であると指摘する日本の研究者は多いのだが、産婦人科の現場の対応は遅れているのが実情である。
私は、自閉症スペクトラムの原因と思われることをいつも並列に幾つもあげてきた。母子分離の危険性についても何度か述べてきた。「母子別室」が原因のすべてとはいえないが、原因の3-4割を占める主因、または他の原因は「母子別室」を基礎に生じたもろい素地に対する誘因にすぎないのかもしれない。
この問題については、後日、整理してまたここに書きたいと思っている。
厚生労働省のみなさん、産婦人科の諸先生、母子同室をぜひ真剣にご検討をいただきたくお願いいたします。

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琵琶


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東大理学部化学科68年進学組の同窓会--交友の記録(35)

2008/09/08
東大理学部化学科68年進学組の同窓会--交友の記録(35)

先週末の土曜日(2008年9月6日)のことである。東大本郷キャンパス山上会議所の一室を借りて「東大理学部化学科68年進学組の同窓会」が開かれた。永久幹事の廣田洋(理研主任研究員)と野津憲治(東大教授)幹事に、私も彼らに近いところでお手伝いすることになった。
実は、この日の午後には、大学に出戻った時の恩師國井利泰先生の71歳お誕生日会が開かれていた。また夕刻からは地元の同窓会も開かれていた。残念ながら、今年はこの2つに参加できなかった。
昨年の國井利泰先生のお誕生日会昨年のご当地同窓会の様子は、「交友の記録」シリーズに書いてある。
大切な会を二つとも欠席するには、わけがあった。実は今年の6月30日、同級生の関一彦 名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻(化学系)教授が亡くなっていた。彼の追悼を兼ねてのパーティであり、私も事実上の幹事の一人になっていたこと、冒頭講演を引き受けたためである。事前の準備もあるし、会の後の2次会3次会もないとは言えなかったのである。
冒頭講演は、前回の同窓会(4年前)から始まっていて、山下雅道JAXA教授、野津憲治東大教授、浜口宏夫教授の3人が行った。山下雅道がノーベル賞を取り損ねたことがマスコミで「もう一人の田中さん」ともてはやされたので、この話を聞こうと私が言い始めたのがその発端だった。
今回はそんなエポックメーキングな話題はないので、私が「情報科学から見える人類の近未来」という演題でお話しすることになり、もう一人廣田道夫氏(元気象庁主任研究員)が気象業務の解説を行った。要するに研究者しかわからない話題でないものを2つ選んだのである。
私は自宅を出るぎりぎりまで、資料の整理をしていて、あわただしく電車に飛び乗って、JRお茶の水駅からは懐かしいバスに乗る。東大病院前下車。・・・、会館に向かう。
午後2時半、廣田道夫と私が会館の入り口で出会ったので、そのまま会場に入り、機器などを準備し始めたところに廣田洋氏や野津憲治氏がやってくると、プロジェクタやポインタの設定などがあわただしく進む。
あっという間に、時計は3時。総合司会の廣田洋氏があいさつし、私の発表の座長を務める野津憲治氏が簡単に私のお話のイントロをしてくれる。
パワーポイントの表紙の次に、私は、関一彦氏を悼む1ページを挿入しておいた。
(下図はクリックすると拡大表示されます)
Photo
私の話の前半は、情報システムがいかに社会の構造に密着したものであるかを説明して、情報科学に携わると人類社会の未来が見えてくるのだ、ということを信じてもらえるようにすることが主眼である。後半は、1980年からの30年間に社会が私の事前の予想通りにどのように進んできたかを示して、私の予測は当たる確率が高いということを強調した。その後、やがてやってくる社会をいつものように予測して見せて、孫の時代には世界政府もできているだろうと述べた。
直近未来30年の人類史激動の予測図--情報社会学、予見と戦略(7)
(下図はクリックすると拡大表示されます)
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おしゃべりした時間は予定の1時間を5分オーバー。発表が始まった時には13名、終わった時には15名の参加者がいた。居眠りをする者がいるのではないかと内心心配していたが、寝ている人はいなかったようだ。真面目な理工系の人ばかりなので、座長の野津さんは、私の荒唐無稽なお話にあきれたのか時間オーバーのせいか、質問コーナーは省いて休憩時間を宣告してしまった。
次の廣田道夫氏の話は気象業務の紹介なので、もっと身近である。彼の発表のための座長は私なので、「気象庁には予算もたくさんあるようなので、ここにきている方は自分の研究室の予算確保を目指してよく聞かれるとよいと思う」と前ふりを述べた。参加者の目はきらきらと輝いて見えた。いまどき、予算のお話は聞き逃せないからである。廣田道夫氏は気象業務に関わる法律や制度の説明から、美しい観測船の紹介や廃止の方向など、興味の尽きない画面とお話だった。予算はたくさんありそうだが、研究部門は独立行政法人となり、残った部門も縮小を余儀なくされるなど、近年どこにでもある辛いお話もあった。お話の時間は、よくまとめられていたので、40分ほどだったが、終わると質問攻めが始まった。もっと天気図の公表感覚を短くしないと意味がないわよ、とか、予報の精度はこれ以上に上げられるのかなどが中心で、当てても当てても、なかなか挙手の手が減らない。宴会の準備をする人が扉の外で待機しているので、質問コーナーは15分で打ち切って、宴会準備のためにいったんは全員が外に出た。
ワイワイガヤガヤとロビーではにぎやかだったが、会場もすぐに整って、パーティの開始である。総合司会の廣田洋氏が献杯(関一彦君の御霊に敬意を表し、残るわれわれに幸あれと)した。
飲み始めれば、大変である。会場の同級生はいつの間にか18名になっていた。途中で全員が近況報告、我々の世代で、こんな会では病気の話が定番である。定年退職の話と病気の話は誰もが口にする。私は講演でたっぷり話したので、遠慮して、詳しくは話さなかった。
学生時代特に親しかった友人の一人が寄ってきて、「あんたの病気って何?」と聞く。「突発性拡張型心筋症」だと告げると、「実はねおれの息子が、それなんだ。いったん就職したんだが、発症して病院に駆け込んだんだが、最初の病院はヤブで原因がわからなかったが、息子の寮の管理人に聞いて、よい病院を紹介してもらってやっと病名もわかって治療が始まった。息子の場合、最初、吐出量が17%だった。あんたは?」と友人。「25%だった。30%を切ると死ぬ危険があるとその医師は言っていたから、息子さんの17%はとても悪かったということだね」と私。バチスタ手術の成功率はどうか、心臓移植の可否などでかなり話し合うことになった。今はその息子さんが、京都大学大学院博士課程に在籍しているとのこと。親としては、命ある限り好きなことを満足のゆくまでしてほしいというのが本音だと言っていた。彼もヒトの親である。学生時代は世のためならばわが身も家族も捨てることなど惜しくはないという過激な人生観の塊だったのに。でも、それが本当の男というものさ、まずは家族を大切にしようぜと私は元気づけた。彼は、その息子の闘病にかかる費用、学費、親元を離れているためにかかる生活費などを工面するために、今年3月で定年したものの、関連団体に再就職したのだそうである。子どものためならば親は頑張れるという典型かもしれない。
発明家を目指して勤め人稼業をやめていた佐野氏は特許事務所勤務をしているというので、まずは一安心だし、無職という人は少ないようだった。もう一人の発表者である廣田道夫氏だけはまだ決まった当てがないようなので、少し心配したほうがよいのかもしれない。彼ほどの実績のある人ならば心配は無用なのかもしれないし、すでに内々決まったところがあるのかもしれないが、少しだけ心にとめておこうと決めて、夜の9時ころ散会した。また会おうぜ、生きていたらな、と互いに言いつつ、三四郎池と時計台の間の道をそれぞれが帰途についた。お茶の水に到着すると出席者の一人と出会ったので、ラーメン屋に立ち寄っておじさんの定番コースを済ませてから電車に乗った。
私は、飲みすぎたのかシャベリつかれたのか、帰りの電車では、じっと、うずくまったままでいた。何んとなく、関一彦氏の顔が脳裏に浮かんでいた。生きていらよかったのに。他の連中と再会を約束したのは2年後なので、彼らは何とか大丈夫だろうと思うことにした。

それにしても、駆けつけられなかった國井利泰先生の誕生日会とご当地同窓会は心残りだ。國井先生ご夫妻、幹事のみなさん、参加者のみなさん、そして、ご当地同窓会の幹事の安蒜君、高橋君、ご参加のみなさん、本当にごめんなさい。来年は予定が重ならないように祈りつつ、どちらにも参加できるようにしたいと願っております。


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日本政府(日銀)も世界(ECB)もやっと認めたスタグフレーション--情報社会学、予見と戦略(23)

2008/09/04
日本政府(日銀)も世界(ECB)もやっと認めたスタグフレーション--情報社会学、予見と戦略(23)

日本では、福田首相が辞任して、麻生氏が次期首相という筋書きを描いている人がいるらしい。
私は、誰が首相になるのかなどの政治向きのことは、あまり関心がない。
しかし、補正予算で「ばらまき」をやるというのは、いかにも知性に欠ける蛮行のように思えてしまう。・・・、いや、ばらまきの結果が私の懐にもたんまり回ってきそうなら、こうは言わないかもしれないが、どうもそんな具合ではなさそうだから、少々ひがみ根性が混じっているかもしれない。
スタグフレーションの時代に、ばらまきをやれば、ごく一部は潤うかもしれないが、物価高騰に油を注ぐだけで、庶民の雇用や賃金は上がらず、社会不安が増大し、暴動や犯罪が増えるというのがこれまでの歴史が教えるところである。
次期首相と噂される麻生氏とは、実は、約30年前の若かりし頃お会いしている。今は微妙な時期なのであれこれ言いたくないが、剛腕家でお元気印という印象しかない。私は、この国の経済に希望を持つことが難しい。
今年の春先から、日本政府も先進諸国も、日本経済、いや、世界経済がスタグフレーションに陥っているという事実を認めようとはしないということは、以前の記事に書いた。
しかし、最近になって、日本政府も先進諸国も、ようやく日本経済、いや、世界経済がスタグフレーションであることを認め始めている。日銀による観測、中国進出企業の経済判断、欧州中央銀行(ECB)当局者の分析は先月末こぞって世界経済はスタグフレーションの傾向を強めていることを認めた。
スタグフレーションは、デフレではないしインフレでもない。両方の悪い面が同時に発生するのである。
スタグフレーションであれぱ、対策は「ばらまき」ではないのである。
以下のヤフーニュースで、スタグフレーションを認めるビッグたちのさまざまな発言を見てゆこう。

ヤフーニュース1
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消費者物価2・4%上昇 悪循環…景気さらに重し 日銀“板ばさみ”動けず
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080830-00000066-san-bus_all
8月30日8時1分配信 産経新聞
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7月の消費者物価指数(CPI)が実質16年ぶりの高い伸びとなったことで、日本経済は景気後退と物価上昇が同時進行する「スタグフレーション」の様相が一段と強まった。原材料価格の上昇が商品価格に波及しており、今後も食料品を中心に値上げが続く見通しで、後退局面に入ったとされる国内景気にとって大きな重しとなる。「物価の番人」である日銀も物価上昇と景気後退の板ばさみで動くことができず、金融政策は手詰まり状態にある。(本田誠)
消費者物価の上昇率が、日銀が安定的な物価上昇の上限としている2%を超えたのは原油など原材料価格の高騰によるコスト上昇分を商品価格に転嫁する動きが広がっているためだ。原油価格はピークから2割程度下落したものの、依然高値水準にあり、原材料価格の影響をコスト削減で吸収できなくなった企業が相次いで値上げに踏み切っている。値上げの対象商品も、これまでの食料品や日用品などから、自動車や電気製品に広がってきた。
しかも、現在の値上げは需要増大を伴っていない「悪い物価上昇」だ。こうした現状について、第一生命経済研究所の熊野英生主席エコノミストは、「日本経済はスタグフレーション的色彩が濃くなっている」とみる。
一方、これまで日本の物価下落を演出してきた中国からの輸入品が、逆に先行きの値上げ要因になる懸念もある。中国内の人件費の上昇が原因で、日銀がまとめた7月の輸入物価指数によると、衣類など中国産の割合が高い輸入品の物価指数が軒並み上昇している。
農林中金総合研究所の南武志主任研究員は原油価格が現状の水準で推移することを前提に「消費者物価は今秋にも一時的に2%台後半まで上昇率が高まる可能性がある。その後は徐々に上昇率は縮小し、年明けには2%前後まで低下する」と指摘する。
輸出や個人消費の失速で4~6月期の実質国内総生産(GDP)は4四半期ぶりにマイナス成長となり、政府も日銀も事実上、景気後退局面に入ったことを認めた。賃金が伸び悩んでいるなかで物価上昇が進んでいるため、消費者が節約志向を強めることは確実だ。政府は29日に総合経済対策をまとめたが、日銀は物価を抑制する利上げにも、景気を刺激する利下げにも動けないことに変わりはない。物価上昇が消費の低迷を招き、さらに景気の重しとなる。そんな悪循環がなおも続きそうだ。
最終更新:8月30日8時1分
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ヤフーニュース2
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高止まり必至 広がる追随値上げ中国も/中国も“インフレ輸出”
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080830-00000004-fsi-bus_all
8月30日8時26分配信 フジサンケイ ビジネスアイ
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7月のCPIが16年ぶりの高い上昇を記録したのは、国際市況に連動するガソリンの値上げに加え、これまでの原材料高を製品価格に転嫁する動きが広がっているためだ。原油や穀物などの市況高騰は沈静化しているが、コスト上昇分を十分に転嫁できていない企業が多く、値上げの動きはまだまだ続く可能性が高い。低価格が武器だった中国からの輸入製品が現地の賃金上昇で値上がりするという中国による“インフレ輸出”も顕在化しており、物価の上昇リスクは根強い。
≪コスト吸収限界≫
「消費者の抵抗感はなお強いが、横並びで値上げに踏み切る企業が増えた」
“物価の番人”である日銀の幹部は、最近の値上げの性質をこう分析する。
これまで価格競争の激しい家電や自動車などの耐久消費財メーカーのほか、価格交渉力の弱い中小企業は、値上げに踏み切れないでいた。
しかし、コスト上昇の吸収が限界に達し業績が圧迫されるなか、どこかが我慢できずに値上げに踏み切り、他社も五月雨的に追随するという動きが広がっている。
第一生命経済研究所の熊野英生主席エコノミストも「エネルギー関連や食料品だけでなく、家電製品や自動車など消費財全般に価格上昇圧力がじわじわと強まっており、物価上昇の動きが、タテからヨコへと広がってきた」と指摘する。
実際、三菱電機が冷蔵庫の値上げを決めたほか、トヨタ自動車もハイブリッド車の「プリウス」や商用車の値上げに踏み切った。
一方で、原油価格の下落を受け、ガソリンは9月から値下げとなるほか、電気料金も一部で下がる。先行指標となる8月の東京都区部のCPIは1・5%増と7月の1・6%から上昇幅が縮小している。
今後の物価動向は、国際市況と製品への転嫁のせめぎ合いとなるが、「9月ごろまで上昇が続き、その後も高止まりする」(熊野氏)との見方が多い。
さらに、中国製品の値上がりという新たな物価上昇圧力も浮上している。
“世界の工場”といわれた中国はこれまで、低い賃金の労働力で生産した安い商品を世界中に輸出し、「デフレ輸出国」と批判されてきた。しかし、経済成長による賃金上昇に加え、人民元の上昇もあり、中国からの輸入製品の価格も値上がりしている。
≪需要伴わず≫
日銀の7月の輸入物価統計によると、ポロシャツが前年同月比8・5%、手袋が9・2%、玩具が9・9%と軒並み上昇した。
原油や穀物の輸入価格の急騰の陰に隠れていたが、中国製品の値上がりも、「国内の需要増大を伴わない『悪い物価上昇』の立派な一因」(民間エコノミスト)となっている。
製造拠点の中国一極集中を見直す動きはあるものの、米国を抜いて最大の貿易相手国となるなど中国依存度は高く、構造的な物価上昇要因となる懸念が高まっている。
日銀の須田美矢子審議委員も28日の講演で、「国際市況が調整局面にあるからといって、インフレリスクに対する警戒を怠るべきではない」と、物価高止まりへの懸念をあらわにした。
ただ、国内景気が後退局面に入るなか、インフレ抑止の利上げに動くわけにはいかない。何よりも、資源高や中国のインフレ輸出は、日銀のコントロール外にある。
物価動向が外部要因に左右される以上、インフレと景気後退が同時進行するスタグフレーションを回避するには、内需主導による景気回復が急務だ。(柿内公輔)
最終更新:8月30日8時26分
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ヤフーニュース3
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ECBは成長を懸念、インフレリスクで利下げ正当化されず─関係筋=MNSI
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080830-00000175-reu-bus_all
8月30日9時53分配信 ロイター
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[フランクフルト 29日 ロイター] 欧州中央銀行(ECB)当局者は、ユーロ圏経済の急速な冷え込みに対する懸念を強めているものの、インフレの危険性が高いことから利下げは正当化されないとみている。マーケット・ニュース・インターナショナル(MNSI)が29日、関係筋の話として報じた。
あるユーロシステムの高官は「年内は利上げも利下げも予想していない」と語った。 
また別の関係筋は、インフレ率が大きく低下する兆しはみられず、ドイツの業況感の大幅な悪化はドイツ経済が第2・四半期だけでなく第3・四半期も縮小する可能性があることを意味していると指摘。ドイツ経済は景気後退に向かう危険な状態にあると述べた。
ECBの分析から、英国、スペイン、アイルランドはすでに景気後退に入っており、フランスも景気後退に瀕している可能性があると指摘。スペインとアイルランドはスタグフレーションに見舞われていると語った。
最終更新:8月30日9時53分
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私の分析が日銀やECBよりもはるかに早く正しかったのは内心「快哉」を叫びたいくらいだが、結果は少しもうれしくない。重い現実は、ますますリアルにわれわれの社会にのしかかっているのである。
スタグフレーションを克服する方策として、これまで有効と考えられていたものは、技術革新による生産性の飛躍的拡大である。一方、「ばらまき」派は内需拡大を声高に言うが、スタフグレーションが拡大中に「ばらまき」で内需拡大できたためしはない。歴史の失敗を繰り返すのかと怒りすら感ずる。生産性向上によるコストパフォーマンスの良いサービスや商品が市中に出回れば消費も拡大する。しかし、内需拡大は結果であって、方策ではない。技術革新による生産性の飛躍的拡大が必要であるという点については直前の記事にも書いた。
一方、今回のスタグフレーションでは、過去2回のオイルショックの時とは異なる大きな要因が加わっていることも見逃せない。
世界を浮遊する巨万の富裕層が、金融資本や、世界の都市不動産、リゾート地、一部流通(石油や金、ダイヤなど)だけではなく、実は消費財流通を含む流通資本の首根っこを押さえたという事実があるのである。20年前、消費財流通資本は大きいといっても各国とも国内で群雄割拠状態であった。今は、流通資本は各国内で寡占化が進み、巨大1社がその国の経済を左右するくらいの力を蓄えたのである。ここまでであれば、どの産業にもある国民国家内部の寡占化の動きと同じで、何も驚くことではない。しかし、今は、その寡占化流通資本が国家の壁を越えて、世界を浮遊する巨万の富裕層が、株式交換、資本と経営参加、TOBなどの手法でこれらを手中に収めつつあるのである。流通の寡占化と世界を浮遊する巨万の富裕層の支配という事態が今回のスタグフレーションの背景には存在する。流通は、安く仕入れて高く売るという極めて単純な経済原理に沿って行動する。流通資本が寡占化すると、他に高く売れる相手がいないので寡占化流通資本に売る側は買いたたかれて安く売らざるを得なくなり、流通から買う側は(他に安く手に入れる手段がなくなっているので)高くても買わざるを得なくなるのである。寡占化とは競争なしに利益をむさぼることのできる道なのである。
市民は高い魚と野菜を買わされているのに、農民や漁民は働いて働いても安値で買いたたかれている。その原因は流通の寡占化にあるのである。しかも、各国内で寡占化した流通資本の首根っこを押さえているのは、オイルマネーや世界の不動産開発、M&Aで巨額の富を集中した世界の1%の富裕層である。彼らは自分たちの利益のために商材を買いたたき、その売り値を釣り上げるのである。その差額は自分たちのポケットに入れるだけである。漁民が漁を休んでデモをしても、彼らは決して表舞台には出てこないで、舞台裏でお金を勘定しているだけである。流通資本が進めてきたのは、卸売市場などの旧来の流通組織を無視して中抜きにして、その利益を自分たちが独り占めすることなのである。
前回の記事では、技術革新を取り上げた。生産の技術革新も何としても必要だが、本当はこれでけでは足りていない。流通の革新も必要である。流通をもう一度庶民の側に戻すこと、これに尽きる。しかし、それは、私の近未来予測では、「消産直接取引の時代」(2020-2030ころ)でなければ本格化しない。時代はその直前の環境が整わない限りその先には進まないものである。まだるこしいがそんなものである。
ところで「消産直接取引」とはいわゆる「産直」とは異なる。従来の「産直」とは「生産者と消費者を直接つなぐ流通業者がいる」ということである。未来の「消産直接取引」とは「流通業者なしで生産者と消費者が直接取引する」ことである。すなわち後者にはそもそも「流通業者」がいないのである。「流通業者」がいなくなれば、ここから巨額の利益を吸い上げて、生産者と消費者にその負担を強いる現在の世界経済の仕組みも変更を余儀なくされるのである。しかし、その日はまだ遠い。
直近未来30年の人類史激動の予測図--情報社会学、予見と戦略(7)
(下図はクリックすると拡大表示されます)
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「消産直接取引の時代」(2020-2030ころ)が来るまでは、せいぜいネットショップかファーマーズマーケットで「消産直接取引の萌芽」を楽しむくらいしか生産者と消費者の息抜きのできる場所はない。ネットショップかファーマーズマーケットを少々楽しみながら、「消産直接取引の時代」(2020-2030ころ)を準備し、一方では必死の技術革新によってしのぐほかないようである。大衆は、とことん追い詰められないと動かない。今は世界の巨大資本に首根っこを押さえられた流通資本の天下である。生産者も消費者も政府も、歯向かうことなく、時代の支配者たちにせいぜいご奉仕するしかないのかもしれない。政府も、与党(自民党・公明党)も野党(民主党・社民党・共産党など)も世界の巨額資本とその配下の流通資本に手綱をつける気などさらさらないというのが現状である。もしかして、この事態に、世界でも有数の能吏といわれる日本の官僚や政治家の皆さんは気づいていないのだろうか? そんなバカな! おそらくは、勝ち目のない喧嘩は避けて通るという「オトナ」の態度をとっているだけに相違ないのである。
われら庶民はネットショップかファーマーズマーケットを少々楽しみながら、民間の技術優先企業(ベンチャー企業)が取り組む技術革新に大きな大きな声援を送る以外にないのかも知れない。しかし、しかし、考えてみれば、世の中のお父さん、あなたも私も曲がりなりにも現役で働く社会の一員であります。どこかの(元?)首相に影響されて「ヒトゴトみたいに言っている」場合ではないのである。あなたも私も、自分のいる仕事場で、その生産技術の革新に参画して、生産者もホクホク/消費者もニコニコのサービスと商品を世に送る工夫の速度を上げなければならないのである。
頑張ろう、(私も含めて)世の中のお父さんたちっ。

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琵琶

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アスペルガー症候群(AS)、学習障害(LD)、注意欠陥・多動性障害(ADHD)とは何か--心理、教育、社会性の発達(69)

2008/09/01
アスペルガー症候群(AS)、学習障害(LD)、注意欠陥・多動性障害(ADHD)とは何か--心理、教育、社会性の発達(69)

青年期の問題を扱っていると、アスペルガー症候群(AS)、学習障害(LD)、注意欠陥・多動性障害(ADHD)などの言葉が数多く登場する。これらは一体何なのかということに触れたい。

「障害」と言われる事柄を広く見ると、そこには「身体的障害」と「精神疾患」とがある。
今回の関心はこのうちの「精神疾患」である。
「精神疾患」の中身は複雑である。かつて、そこには文学と哲学が優位で、一部の人たちからは文科系の世界であるように思われていた。
これを科学として扱おうとする悪戦苦闘が続いていた(いる)のであるが、「精神疾患」は、「身体障害」のように容易に原因が特定できないので、原理から説明することが大変困難である。
そこで、症状(原因ではなく現象)を分類しようという動きが強まって、アメリカ精神医学会はDSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders、精神障害の診断と統計の手引き)という診断の手引を示している。症状をすべて調べ上げればどこかに必ず分類されるようにという原則で作られているので、医師同士やカウンセラがクライエント(患者)について情報を交換する際などにはいわば「たいへんよい共通の用語集」となっている。これは現在第4版が発行されていて、DSM-VIと呼ばれている。
これとは別にICDというものがあり、最新版は第10版で、ICD-10(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems - 10、WHO(世界保健機構)の疾病及び関連保健問題の国際統計分類 第10版)と呼ばれる。こちらのほうは幾分原因を示唆する分類にこだわっているのだが、脳科学が精神疾患の全体像を十分に明らかにするまでに発達を遂げていないので、いかにも中途半端である。わからないままに原因を憶測して分類している危険性がなきにしも非ずなので、私はあまりこちらを参考にしていない。
DSM-VIは思い切りアメリカ人好みの現象論なので、同じ症状でも原因は別の場合があると、平気で割り切っているところあたりが私にとって我慢できる理由である。
DSM-VIの全体像を簡便に概観するためには、中尾正彦、「ライオン先生の授業づくり・集団づくり」、"「DSM」ってなに? ~約320の診断名をどのように理解するか~"、http://www1.bbiq.jp/lion/DSM.htm(2008.08.22)が大変便利である。
DSM-VIでは5軸用いて、精神疾患を分類しているのだが、主要な軸は最初の2つである。
・第1軸 臨床的介入の対象となる障害
・第2軸 人格障害と精神遅滞
第3軸、第4軸、第5軸は、数値的な計測軸をあれこれ取り上げているもので、精神疾患の種類を意味しているものではない。いわばその程度を図る軸である。
よく見れば、「精神遅滞」(いわゆる「知恵おくれ」に近い概念)が第1軸の株の分類にも入っているのに、第2軸のタイトルにもなっているなどの様子を見るだけでも、DSM-VIの無節操ぶりがわかろうというものである。
後日、機会があれば、少し解説したいが、DSM-VIの最大の欠点は、いわゆる「精神障害(統合失調、気分障害など)」の第1軸と、「人格障害(反社会性人格障害、回避性人格障害など)」の第2軸の二つで多くの疾患を分類しようとしている点である。本来「精神遅滞」(知的障害)は、第三の軸にして、第1軸、第2軸と直行する軸に据えなければならないものに違いない。
ただし、DSMの成果として評価しなければならないのは、第1軸、第2軸のように直交する軸のあることを示したことにあるといってよいかもしれない。第1軸のどこかに位置する疾患の人が、同時に第2軸のどこかに位置するかもしれないので、重複した症状を示すもの、重複した症状を全く持たないものがいるという事実を示すことができたのである。これを一歩進めれば、知的障害(精神遅滞)の有無とは別に、精神障害や人格障害を併せ持つことも、全く独立している場合もあるので、知的障害(精神遅滞)も別の軸としなれけば本来は不公平というものである。この問題は、今ここでは詳しく述べない。
ここで取り上げる「アスペルガー症候群(AS)」、「学習障害(LD)」、「注意欠陥・多動性障害(ADHD)」は、DSM-VIでは、「第1軸 臨床的介入の対象となる障害」のには15の大分類があり、その一つである「(1)通常,幼児期,小児期,または青年期に初めて診断される障害」に入っている。この大分類の中は10個の中分類に分かれている。「アスペルガー症候群(AS)」は、10個の中分類の一つ「広汎性発達障害」の中の小分類である。同様に「学習障害(LD)」は中分類の一つになっており、その小分類には「読字障害」「算数障害」「書字表出障害」「特定不能のLD」が含まれている。「注意欠陥・多動性障害(ADHD)」は、「注意欠陥および破壊的行動障害」という中分類にほぼ重なるが、その中の小分類には「ADHD」「特定不能のADHD」のほかに近縁の障害「行為障害」「反抗/挑戦性障害」「特定不能の破壊的行動障害」も含まれている。
こうしてみると「アスペルガー症候群(AS)」、「学習障害(LD)」、「注意欠陥・多動性障害(ADHD)」は、たくさんある障害のほんの一部のように見える。しかし、近年急に注目されるようになったのは、その量的拡大があったからである。その原因や理由は(公式には)分かっていない(ことになっている)。しかし、急に疾患遺伝子が増えたとは考えられないので、あくまでも環境のせいだろうと私は推測する(環境原因説)。原因は複合している。「医原性(分娩直後の母子分離)」、「家庭の崩壊(養育支援なき女性労働)」、「幼児教育の混乱(「ひとり遊びは個性を育てる」という邪説の流布)」、「社会参加シミュレーションが希薄な中で行われる反社会的シミュレーションゲームによる反社会行動の刷り込み(人殺しゲームなど)」、「小学校教育のまちがい(教員の男女比のアンバランス、個性を殺す斉一性への圧力、いじめや学級崩壊を防ぐために友達を作らせない指導など)」、「中高のゆがんだ競争扇動(友達はみな敵、知性なき丸暗記)」などがある。これらについては、過去にも述べたものもあるし、これから述べようと思っているものもある。
同じような背景で同時期に増大した精神疾患なので、みな似たものという印象が強いかもしれない。実際によく似た一面はあるが、実はそれぞれがかなり異なる疾患なのである。
異なる症状(現象)を見せるのでDSM-IVでは、大分類では一緒だが、中分類では皆別々の分類になっている。現象論大好きアメリカの知識人は、なぜ似ている部分(大分類が一緒)があって、なぜ異なっている(中分類は別々)のか、どのように異なっているのかという説明は好まない。

さて、少し、それらの説明をアメリカ精神医学会の皆さんには恐縮であるが、少し試みてみることにしたい。これまでにも、人工知能が作り上げてきたヒトの脳モデルを基にして記憶または知識の構造(スクワイア飯箸モデル)を説明してきた(123)。ここでは、これまでのスクワイア飯箸モデルでは足りないので、以下に「知能活動飯箸モデル」を掲載する。

図1 知能活動飯箸モデル(クリックすると拡大表示します)
Photo_2

左から情報が脳に入り、左側で知能に基づく言動が出現すると考える。
知識ベース(D)は、要素たる原初的な知識がまとめられて一つの概念(カテゴリー)を構成している。ある概念(カテゴリー)は別の概念とともにまとめられて上位の新たな概念を構築していることもある。上位の概念(カテゴリー)をメタ知識という。知識や概念(カテゴリー)は、上位下位概念の関係ばかりではなく、とんでもないところとも「類似性」や「関連性」、「同時生起」などの理由でつながりをもつことができる。このゆるやかに参照関係を私は「リンク」と呼び、リンクがメタ構造の中を縦横無尽に広く形成される様子をネットワーク関係と呼ぶ。この構造はヒトの「社会」がもつ形にとりわけ似た構成をなしており、ヒトが社会を構成するようになって、この知識の構造をもつことが個体の生存確率を著しく高めたものと思われる。
知識の獲得(I)において、原初的な情報は、それぞれが単独で別々に記憶されることは少なく、他の概念とのグループ化(カテゴリー化)、他のカテゴリーとの上に別のメタ概念(メタカテゴリー)を構築する。メタ関係にふさわしくない類似性や関連性などは参照リンクを張るだけのネットワーク関係を形成する。こうしたことによって記憶が定着し、上記の知識ベース(D)となる。すなわち、左から情報が脳に入る際に、既存の知識との比定が行われ、似ている部分を探す類似、メタ概念のメンバーに加える例示、従来の概念との対比、メンバーにはできないが似ているという比喩などのつながり方を探して、自己の知識ベースに新たな知識を加えてゆく。
人ごとに作られている知識ベースを、そのヒトの推論エンジンを利用して探索し、適切な言動を選び出して、外部へと表出させることがヒトの「言動」である。そのヒトの推論エンジンとは、知識獲得時に構成し知識と概念のメタ関係とネットワーク関係を巧みに利用し、当面の必要に応じてその場で追加する知識と概念のメタ構造とネットワーク構造を大至急活用しながら行われていることが多いだろう。
知識と概念のメタ構造とネットワーク構造を点検し、追加したり修正したり、怪しげなメタ関係を取り除いたりという知能の構造の保守はどうしているのだろうか。知識獲得時にも同様なことは行われ、外部への知識の表出の時にも行われるが、それ以外のときも、ヒトは、知識と概念のメタ構造とネットワーク構造をじっくりと眺め、点検し、追加したり修正したり、怪しげなメタ関係を取り除いたりという保守作業を行う。覚醒時に意識してこれを行うこともある。箇条書きや図書を描いて考え込むことも多い。睡眠の最中に夢の中で整理してゆくこともある。「目が覚めたら、問題か゛解決していた」というのはこの場合に該当するだろう。半分眠ったような状態で、知識と概念のメタ構造とネットワーク構造をじっくりと眺め、点検し、追加したり修正したり、怪しげなメタ関係を取り除いたりという保守作業を行うのが、いわゆる瞑想である。知識と概念のネットワークを巧みにだどる作業においては、半分眠った状態で脳内物質が脳の疲れをいやす目的で大量に供給される流動的な状態が最も効率的だろう。深い考えの多くは瞑想とかヨガとか呼ばれる状態で生まれてくる。これは別に神秘的なことではなく、実にヒトの身体的物理的な現象であるとわたくしは思う。
知識と概念のメタ構造とネットワーク構造をじっくりと眺め、点検し、追加したり修正したり、怪しげなメタ関係を取り除いたりという保守作業をつかさどっているのが大脳の前頭連合野である。この部分は、知識獲得、知識の複合化・再構築、知識の表出のいずれにおいても主導的な役割を果たしていると考えるべきである。

アスペルガー症候群は自閉症の一部
自閉症は、知識獲得部において連合部(前頭連合野)の働きが異常をきたして、間違った理解、聞き落とし、しゃくし定規な理解をしてしまうてのである。この症状のあるものをまとめたものが「広範性発達障害」である。その結果、知識ベースの内容が、ヒトがヒトとして生きてゆくには不足していり、著しく偏向してしまい日常生活に困難が生じてしまったのが「自閉症」である。
同じように知識獲得部において連合部(前頭連合野)の働きが悪くても、知識と概念のメタ構造とネットワーク構造をじっくりと眺め、点検し、追加したり修正したり、怪しげなメタ関係を取り除いたりという保守作業が、知識の表出時や知識を「ぼんやりと」眺めるときに行われるのであれば、知能水準はかなり高く保たれるはずである。
このような知識の劣化をほとんど伴わない自閉症(知識獲得時の連合化不全)がアスペルガー症候群なのである。
自閉症という名称がいけないのであろう。「孤立して知能の発達も不十分な人」ばかりが自閉症と誤解されているが、「広範性発達障害」=「知識獲得時に戸惑う人々」=「知識獲得障害」とでもいえば、もう少しわかりやすいと思う。「知識獲得障害」ゆえに「孤立して知能の発達も不十分な人」になった方が「自閉症」で、「知識獲得障害」はあるが表出時機能や瞑想などによる知識保守機能がこれを補っていれば、アスペルガー症候群なのである。

注意欠陥多動性障害(ADHD)と自閉症は別の症状
ADHDとは「注意欠陥多動性障害(Attention Deficit / Hyperactivity Disorder)」という言葉の略称であるが、DSM-IVでは、自閉症やアスペルガー症候群とは別の中分類「注意欠陥および破壊的行動障害」に分類されている。この中分類にはADHDのほかに「行為障害」「反抗/挑戦性障害」「特定不能の破壊的行動障害」が入れられている。この分類表だけを見ていると、ADHDは注意欠陥が原因で破壊的行動障害を行うものというように思えてしまいそうだが、それは、言いすぎである。
ADHDという障害は、脳からの表出機能(O)(出力)の制御が不完全な場合に起きるのである。ある思考の結果、1つのことを言ったり行ったりしようとしているときに、別の思考の結果が噴出してきて、意識が持続せず、一つの話の途中から別の話になったり、一つの行動の途中から別の行動に突然乗り移ったりしてしまうまである。同じADHDの患者でも知識の獲得に支障はなく、知識水準は保たれていることも多い。注意欠陥と見えたり破壊的行動を行うように見えるのは、意識が持続せず、一つの話の途中から別の話になったり、一つの行動の途中から別の行動に突然乗り移ったりしてしまうから、運が悪ければ、とんでもなく危険な注意欠陥現象と見えたり、意図せざる破壊的行動に見えたりしてしまうだけなのである。
自閉症やアスペルガー症候群(AS)は知識獲得部にかかかわる障害、注意欠陥多動性障害(ADHD)は表出機能にかかかわる障害である。

学習障害(LD)
LDとは学習障害(Learning Disorders,Learning Disabilities)のことである。これは、特定の学習分野(漢字を習得する、算数を学ぶ、など)に関係する連合部だけが不完全な機能になっている現象である。すべての分野にわたって連合部が不完全であれば「精神遅滞」となるはずだが、これが分野限定に発生しているということである。

アスペルガー症候群(AS)と注意欠陥多動性障害(ADHD)と学習障害(LD)は、それぞれ入力部(I)と出力部(O)と両方にかかわる障害である。LDだけは、全般的な障害ではなく特定の学習分野に限定して発生している障害ということになる。これだけ機能部位が異なる障害なのだから極めて異なる障害ということもできる。他方、よく似ている部分もある。それはどれも連合部の部分的障害ということである。全般的障害であれば、「精神遅滞」になるだろうし、社会的配慮を実現する予期駆動型のメタ知識に障害が及べば人格障害となるだろう。

いつの日にか、それらの全体を一貫性のある記述で説明をしたいと思う。

参考:
(1)アスペルガー症候群とADHDの違い
http://kids.gakken.co.jp/campus/jiritu/medical/backnumber/03_03/top.html
(2)自閉症スペクトル・高機能自閉症・アスペルガー症候群って何?
http://twitwi.s10.xrea.com/psy/pdd01.html

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琵琶


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