博多「八千代丸」にて、起業ボランティア--交友の記録(41)
2009/01/19
博多「八千代丸」にて、起業ボランティア--交友の記録(41)
1月17日-18日は、博多までの出張。
2008年度に経産省からのご予算をいただいたボランティア活動支援情報システムのため委員会と九州地区のデモンストレーションが福岡で行われた。
私は、そのボランティア団体の情報システム委員会の一員である。そのボランティア団体の主たる活動は失業者たちに対する起業支援である。
その昔、1980年代には、お薬の卸業者さんが当社のシステムに関心を持ち、何度も呼んでくださった。会議はいつも午前10時半ころに始まって、会議中にお昼のお弁当をいただいて帰るというもので、朝一番の飛行機で福岡空港に行き、会議が終わると宿泊費を節約するために直帰するという強行軍だった。お弁当はご馳走になったが、移動の費用は自前だったからである。今回は、航空券と宿泊費は予算内にあったのでもう少しゆったりできた。前日宿泊することができたのである。
まずは、17日、飛行機での移動は久しぶりだった。バブル崩壊後は、営業の範囲も首都圏に絞ってきたので、飛行機で移動するほど遠い顧客はいない。学会発表や出版打ち合わせでも新幹線で十分だった。少なくとも十数年は羽田空港を使用したことがなかった。しかし、博多までは遠い。新幹線のほうが時間もかかるが値段も高いので飛行ということになる。列車のたびは贅沢なのである。
同行者は私を入れて3名。定刻に私ともう一人は到着。三人分の航空券を持った残り一人が現れない。やや気をもんだが、何とか間に合う時間にモノレール駅を満面の笑みを浮かべて出てきた。彼は、このボランティア団体では重鎮の立場で、もともと九州本部長も勤めていたそうである。彼に案内してもらえば、何も心配は要らない。
ANAの福岡行きに乗り込む。私の席は5Gという席番号である。昔風の言い方をするとビジネスクラスのすぐ後ろ、エコノミークラスの一番前である。頭上のもの入れを空けてみるとすでにいっぱい。前の座席はビジネスクラスなので、壁で仕切られていて、私の手提げかばんをその座席の下に押し込むことができない。お隣の人も、同様に困った様子だったが、自分の足元においてそ知らぬ顔をしている。よしよし、通路にはみ出さないようにすればいいだろう、私もそうしようと思ったのは、間違いで、出発間じかに客席乗務員の美しき方がマナジリを決して駆け寄ってきて、「なぜ、こんなところにあるんですか。どういうつもりですか」と詰問されてしまった。頭上を指差して、「この周辺はすべて一杯で入らないんです」と説明すると、私のかばんをすばやく取り上げると、ビジネスクラスの席のほうに持って行き、その棚に入れて、「ここに入れておきます」とおっしゃった。そんな荒業は、不慣れな乗客の私には思いつかなかったので、唖然。お隣の席を見ると、相変わらず隣の方は足元にかばんをおいたままだった。・・・、あれっ。
飛行場から地下鉄で、ホテルのある博多の駅に降りる。地図を頼りに歩き始めるが、いたるところホテルがある。紛らわしい名前も多くて、ホテル名を書いた紙を見ながら、ウロウロする。"おのぼりさん"丸出しである。結局、表通りから少し中に入ったところに見つけることができた。ホテルがホームページなどに掲示している地図は大通りに面しているかのような表現である。こうでもしなければ遠方の客は予約しないのかもしれない。通りに面していると誤解したからこそ、私たちも予約してしまったのである。お人よしはこうしてだまされるのだなぁ、というのが実感だった。しかし、ホテル自体はしっかりしたよいホテルで、満足のゆくものだった。
時間を合わせて、打ち合わせと食事をかねてミーティングへと街に繰り出す。元九州本部長S氏に心当たりがあるというので、後をついてゆく。歩きながらも検討事項の討議が続く。合間には市外の案内の説明もガイドさんよろしく立て板に水というよりは機関銃のように話す。結構歩いたように思うのははじめての街だったからかもしれない。以前はタクシーで通過しただけだったので、歩くとずいぶん違って見えるのか、時間の経過があって街が変化したのか、異質の街に来ているような気がしていた。
目指すお店に到着した。お店の名前は「八千代丸」。博多の人にはよく知られているのだろうが、一見目立たないお店で、案内役がいなければ見過ごしてしまうようなお店だった。先に団体客がいて、われわれはレジ付近で待つことになった。ここでも技術や運用の議論が続く。ふと目をやると店の一階は大きな生簀が大きな面積を占めている。・・・、いるいる、オサカナさんが。思わず生唾が出てくる。全長1メートルほどの大きなヤリイカも1匹いる。元本部長S氏は、"これ行こうか"とのたまう。内心、これ一匹で三人ともおなかいっぱいだぞ、と思ったが、イカ大好きな私は、ついつい賛成。
30分ほど待ったところで、二階に通されて、まずはイカのお造りが出てくる。二人はビールの中ジョッキ。私は酎ライムで乾杯。イカの分厚い肉に格子目の飾り包丁を入れたものを細めに切ったものがてんこ盛りになっている。丁寧に飾り包丁がされているのに、一気に噛み切ることは難しい。口の中でもぐもぐとかなり悪戦苦闘しないと飲み込めない。うまい。しかし、ものすごい食べ物である。皿の上の足は箸先がふれるたびに勢いよく跳ねあがる。まだ生きているのである。他の二人もうまいうまいとむしゃぶりつく。負けじと私もかぶりつくが、若さにはかなわない。30歳代のN氏と40歳代のS氏が相手では60歳代の私に勝ち目はない。S氏が足も刺身で食べておいしいぞ、というので、中居のおば様にハサミで切って1本をいただく。「吸盤が生きているから、醤油をたっぷりつけなきゃだめよ」と中居のおば様のご忠告を聞いて、たっぷりと醤油につけていただく。タ、タ、タ、~、たいへんイカの足の吸盤が舌に吸い付いて離れない。無理やり滑らせるようにして、足を上の歯と下の歯の間にはさんで押しつぶすように噛み切る。じゅわっとおいしい汁が口に広がる。一度噛み殺したはずなのに、足を舌の上で転がすとまた舌に張り付いてくる。な、なんて奴だ。おいしい、たいへん、な食事となった。
残ったのは、ヒレの部分と足と胴の大半である。残りの調理も板さんにお願いすると、ヒレの部分はお刺身に、胴と足はてんぷらになって出て来た。ヒレのお刺身は適度に薄く、柔らかくて、甘い。胴と足のてんぷらはふんわりとうまい。
二人はビールを何杯もお代わりして、私も酎ライムを飲み干すと、焼酎をボトルでいただこうということになった。銘柄がありすぎて、目移りしたが、高からず安からずを狙って、「甕仙人」を注文した。この選択はあたりだった。さっぱりとして、お刺身によく合うのである。
豚キムチやら、何やら、三人がテンデンに頼んだものがテーブルの上に並ぶ。S氏は「ゴマサバの刺身」を注文した。東京では「鯖の刺身」は食べない。鯖は酢締めにしていただく「締めサバ」が江戸前=東京流である。鯖は保存が難しくて、すぐに自己発酵して青臭くなってしまうからである。「ゴマサバの刺身」はよほど鯖の鮮度に自信がなければ提供できない品物である。ちょっと驚きながら、「ゴマサバの刺身」の登場を待っていると、テーブルに何気なく器が置かれる。三人が一斉に箸を伸ばす。「うまい」と三人が声を揃える。ごまを振って生姜醤油で漬けてある。身は甘く、しっとり柔らかい。サバ特有のにおいはない。いわゆる生姜醤油のヅケである。こんな加工がしてなければ、テーブルの上で10分もおかれればサバ特有の臭いがするようになるだろうにヅケになっているおかげで、自己発酵は進まないのである。
うまいものを前にして、三人とも饒舌である。Nさんは、今回のシステム開発を請け負った元締めである。若いがかなりのやり手である。農水省や経産省にいかに食い入っているかをいろいろとしゃべるのである。内容の詳細は彼の営業上の秘密だろうから、ここには書かないが、すごい、、、。目を丸くしながら私は聞き入った。
そのうち、東京を後から出発した後発組が合流してきた。イカはなくなってしまったが、鯵の刺身やゴマサバの刺身はある。お刺身三昧で、後から来た三人もぐいぐいと飲む。
6名になって、なお話題は盛り上がる。「田舎で働き隊」のプロジェクトを立ち上げる話や、施設管理の下請けなど、起業テーマでヒートアップしてゆく。・・・、気がつくと、24時を回っていた。店内に客は我々だけ、聞けば24時閉店だったそうで、ごめんなさいを連呼しつつ店を出た。先着組一人3000円、後着組一人2000円ということで、清算は完了。誰もが、え~、安すぎだよと叫びつつ、夜道をホテルへとよれよれと帰った。
翌日は、ホテル内のレストランで朝食をとると、近くの喫茶店で9時半からミーティング。議論は既に済んでいるので、今後の作業予定を中心に話しあって決定する。
午後1時になると少し離れた会場に九州各地からボランティア団体のメンバーが集まるので、ここで完成間近なシステムのテスト版のデモンストレーションと利用のお願いをする予定になっている。喫茶店での会議か終わると、われわれは会場に移動して準備。昼食はコンビニでおにぎりとお茶を買いこんでロビーでほうばる。時間がないので、口に詰め込むようにして飲み込む。あわただしいが、全ての準備が終わり、ご来賓のご挨拶などが一通り済んだあと、15時ころからデモンストレーションと説明。ほとんどSさんがしゃべった。私は何事か起こったときの控えなので、じっと檀上を見つめて緊張を続けた。・・・。無事に完了。
私だけは、翌日の準備のため、すぐさま福岡空港に向かった。自宅には21時前に到着した。他のメンバーはもう一回、宴会をしたそうだが、残らなくてよかった。くわばらくわばらである。
しかし、うまくいった仕事と気心の知れたみなさんとの会食は、なんとも言えない満足感を与えてくれた。
また、博多に行きたくなってしまう、、、。
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琵琶
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