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教室は「社会シミュレータ」--日本の成育環境(5)--心理、教育、社会性の発達(77)

2009/01/13
教室は「社会シミュレータ」-日本の成育環境(5)--心理、教育、社会性の発達(77)

ミニシリーズ: 日本の成育環境(全?回)
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1.胎児は母の言葉を聴いている、母語を大切に-日本の成育環境(1)
 --心理、教育、社会性の発達(73)
2.なぜ母子同室優先か、心の芽をつぶすな-日本の成育環境(2)
 --心理、教育、社会性の発達(74)
3.見て覚える脳、共感する脳-日本の成育環境(3)
 --心理、教育、社会性の発達(75)
4.良識は勝ったか?-日本の成育環境(4)
 --心理、教育、社会性の発達(76)
5.教室は「社会シミュレータ」-日本の成育環境(5)
 --心理、教育、社会性の発達(77)
6.成功する単位組織-日本の成育環境(6)
 --心理、教育、社会性の発達(78)
 (つづく)
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学校教育で成功を収める学習実践は、「社会的学習」である。一斉授業ばかりでは子供たちに知恵は育たない。単純に定着する知識量を比較しても「社会的学習」のほうが圧倒的に多いし、その質も高いというのが私の実感である。
現在の教育の現場では、残念なことに「一斉授業」が圧倒的に多く、さまざまに理由をつけて正当化されている。根本的に改めるべきであると思う。
「一斉授業」に拘泥する教員がたくさんいる中で、必死の思いで「社会的学習」の実践をしている教員もいないわけではない。まだ少数ではあるものの優れた実践をする教員たちの経験をもっと広めたいと思うのである。
本日午前10時(2009.01.13)現在「学生参加型学習」でGoogle検索すると248,000件がヒットする。検索の結果、上位10位までに入っているページを下記に引用しておく。重複するサイトもあるので、それらは1つだけに割愛させていただいた。

次世代型学習支援 学生参加型による学習コミュニティ活性化システム「KIT BRAIN BANK」スタート──金沢工業大学
D.W. ジョンソン、K.A. スミス、R.T. ジョンソン、David W. Johnson、Karl A. Smith、Roger T. Johnson原著、関田 一彦訳、学生参加型の大学授業―協同学習への実践ガイド、高等教育シリーズ、玉川大学出版部 (2001)
浅沼 優子、大学における参加型学習法を用いた授業の実践報告 : 学生の授業評価による授業案の検討、岩手県立大学看護学部紀要、Vol.6(20040300) pp. 93-100、岩手県立大学 ISSN:13449745
羽場勝子、人間学における共同研究-学習参加型学習方法の試み-、上智大学
参加型学習と参加型経営、西小倉辞典、2007-06-18
D.W.ジョンソン、R.T.ジョンソン、K.A.スミス著、学生参加型の大学授業―協同学習への実践ガイド、玉川大学出版部、(2001)
服部裕、ディベートによる学生参加型授業の試み : 「総合的学習」におけるディベートの可能性、秋田大学教育文化学部、(2003)
阿部和厚、小笠原正明、西森敏之、細川敏幸、高橋伸幸、高橋宣勝、大 雄二、小林由子、山舗直子、大滝純司、和田大輔、佐藤公治、佐々木市夫、寺沢浩一、大学における学生参加型授業の開発、高等教育ジャーナル─高等教育と生涯学習─ 4(1998)
「チーム医療」を学ぶ参加型グループ学習を実践-19の専用小教室にプロジェクタ-を設置し学生のプレゼンテーション能力を養う、最新活用読本、NIKKEI BP Net

私は決して「社会的学習」の創始者ではない。社会人経験10年の後、約30年前、教員(兼任)をはじめたとき同時に取り組んだ教授法が「社会的学習」だったことに私は後で気づいたのである。十分普及しているとは言えないが、理論的に研究されていた先人は多く、実践例も豊富である。
「社会的学習」の二つのタイプをここには紹介しておきたい。

(1)学習は太古からあった(「正統的周辺参加型学習」)
学習は近年にわかに始まったわけではない。おそらく、細胞分裂で増殖する生物はともかく、卵生や胎生で生まれる生物はすべて生まれた後も学習する。本能だけに頼るだけで学習をしなければ魚類以降の生物は餌を取ることも外敵から身を守ることも難しく生存が困難である。
哺乳類、ましてや霊長類は生存に必要な多くのことを学習して成長する。ヒトは最も幼くして生まれると言われ、産み落とされてからの生育変化が大きい。中でも大脳の変化は著しく、生育環境の影響によって成長が大きく左右されている。
ヒトがようやくムレだけの生活に別れを告げて、ムラをつくり、共同して森で狩をしたり、木の実や食べられる草や葉を採集するようになったころのことを想定してみよう。女の子はお母さんごっこをしたり、小さな男の子たちは、動物の真似をしたり、兄さんたちの狩の格好の真似をしてゴッコ遊びに興じている。やがて5-6歳になると、兄さんたちにせがんで男の子たちは狩に連れて行ってもらうことになる。しかし、いかに狩ごっこで鍛えたからと言っても、本当の狩に役立つことはないだろう。狩のための学習をしようというのである。兄さんたちのように獲物を見つけたり、獲物を取り囲むように散開して、チャンスをうかがうなどのことはなかなかできやしない。弓だって満足に弾けないのだから。5-6歳の男の子たちは、兄さんたちの周りにまといつきながら、本来の役目よりはまずはできることから真似る(学ぶ)のである。獲物に対しては風下から近づくという鉄則があること、歩くとき出来るだけ音をたてないようにするためにはどうするかなどを見よう見まねで覚えてゆくのである。一度や二度の同行で一人前になれるわけではないが、それでも狩に成功したときの歓喜と失敗したときの苦い思いははっきりと理解でき、記憶に残るだろう。兄さんたちは、どうして狩に成功することができたのか、なぜ失敗したのかを帰り道にたっぷり話してくれるに違いない。弓の名手が放った矢がどんな弧を描いて獲物に突き刺さるのかもしっかり脳裏に焼き付くだろう。ムラに帰って来ると、5-6歳の男の子たちは兄さんたちと同じように弓が撃てるように村の広場で練習し、腕を磨くに違いない。兄さんたちの放った矢の見事な軌道は脳裏に焼き付いているのだから、自分の弓が今は下手だが次第に上手になってゆくのを実感できるだろう。
兄さんたちからすれば、「やって見せ、話して聞かせて、させてみて、・・・」ということになるが、男の子たちにとっては、正統な狩の行為に至ることを目指して難しい高度な部分は兄さんたちに任せて、まずはできる裾野の行為を実践してゆくのである。チームでの狩になじんでくれば、獲物をおいたてる役など、少しは役に立つようになるだろう。肝心の矢を射る仕事はまだまだとしても、周辺的なことを学び体得しながら、狩の前方を理解し、やがてはその中心的役割を担えるように成長してゆくのである。
子供たちは少ししかできることがなくともチームに加わって、"一日の長"のある兄さんたちのふるまいを見習い、周辺的なことから次第に革新的なことを学んでゆくのである。
このようなやり方を「正統的周辺参加型学習」というのだが、実に天然自然な学習であり、無理や無駄を感じさせない見事な学習過程である。

(2)グループ学習(「学生参加型学習理論」「学習コミュニティ理論」)
社会的学習理論については、さまざまな解説書もある。ネット上でもよい解説を見ることができる。
また探せば書物やネット上でこの理論を批判している人も見つけられるが、批判の主要な論点が学習はそもそも社会とは切り離されたところで行われるものだからというもののようである。残念ながら、そのような人たちが「学習をそもそも社会と切り離したり擬似社会環境下での教育を否定して進めてきたからこそあなたたちの教育は失敗した」というのが私の考えである。両者は真っ向から対立している。学習とは社会的実践の能力を準備する行為であるとわたくしは思うのである。実践的能力を磨かない教育は児童生徒学生にとってただの苦痛である。何の役もないし楽しみもない。
教育に熱意ある教員の進化した教室では、学生たちは学習の場に作られた社会シミュレーター(擬似社会)の一員として、学習コミュニティの一員としての責任と権利を行使することによって、知識を進んで楽しく獲得し、その成果の喜びをメンバー全員で共感しつつ身に着けてゆく。与えられた知識は実践的課題によってその正確さが試される。よい成果が上がれば仲間の評価が高い。うまく行かなければ悔しくてがんばるし、仲間がいろいろと手助けしてくれる。学習効果はきわめて高い。
教育というものは、卒業後の行く先が研究の現場であれ、企業であれ、公共サービスの現場であれ、児童生徒学生がやがて参加する組織と社会で立派に活躍できるように豊富な知識と実行力を身に着けさせるための行為であると思うのである。
Jean Lave, Etienne Wenger著, 佐伯 胖訳、「状況に埋め込まれた学習―正統的周辺参加」 、pp.203、産業図書(1993)
畑 彩土、「バンデュラ」、教育研修基礎理論、http://saido.at.infoseek.co.jp/bandula.html(2009.01.08確認)
学習を楽しく効率的に進めるためにも「一人にしない教育」が必要なのである。
山本五十六が言ったとされる言葉がある(実は、山本五十六以前から存在する言葉なので、彼の発案とは言えないが)。
「やってみせ・言って聞かせて・させてみて・褒めてやらねば・人は動かじ」
実践に結実しない教育は失格なのである。
社会の何がしかの実践とかかわりのない研究や学問というものはないし、教育もないということを私は断じておきたい。もしも、いまどき、大学の教員で「社会と切り離して・・・」という人がいるとすれば、3歳児までの一人遊びをいまだに大切にしている極度に純粋なまれに見る方なのだろうとおもう。少なくとも、私は、幸いにも、そのような人に直接お会いしたことはない。
ただ、過去からの流れで周囲をまねてただ一斉授業だけをしている方が多いだけに違いない。
教員の皆様、"普段から超多忙でとても新しい教授法に取り組むなんてとうてい無理"と感じられるとは思いますが、これから迎える春休みのつかの間の間隙に、一度「社会的学習法」を考えてみてはいかがだろうか。

要は、教室を良き「社会シミュレータ」(仮想社会型学習コミュニティ)に変えるのが、社会的学習の眼目であると私は思っている。
その意味で、バンデュラの理論も、正統的周辺参加学習理論も、新たな角度から発展的に統合されるべきだとと考えている。私は年をとりすぎているし浅学ゆえに生きている間に自分で統一的理論を創出できる自信はない。「教室を良き社会シミュレータに」という方向性を明示して、学習理論に関心のある若き研究者が意欲的にこの問題にどんどん参加し取り組んでいただけることを期待する。

次の記事: 心理、教育、社会性の発達(78)
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琵琶


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