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出版にかかわる旧友たちとの暑気払い--交友の記録(50)

2009/08/31
出版にかかわる旧友たちとの暑気払い--交友の記録(50)

8月24日のことである。この日は、施餓鬼法要があり、朝から忙しかった。
夕刻は、かねてから約束の暑気払いの飲み会である。
参加者の一人は、最初に勤務した出版社の同僚、一人は今も私の会社の出版物の編集を助けてくれる盟友の一人、他の一人は、私が出版社勤務していた時代に同業他社にいた編集者の一人である。私を入れて4名となる。

たわいもない話題で盛り上がるのが通例だが、選挙も近いので、乾杯もそこそこに、それぞれの政党観をぶつけて酒の肴にする。こんな時は政治も軽い酒のツマというありさまだが、よく聞いていると、それぞれ真剣な思いがある。投票先を決めていないのは私ぐらいのものか、・・・。でも、なるほど、と思わせられる議論ばかりである。

そのうちそれぞれが、近況の報告を始めた。私は近親者がなくなったことを話す。それぞれが、まぁ、お互いにそんな歳になったよね、と言い始めて、介護の日々の苦労話や、遠く離れた親が希望するので車いすにのせて淡路島まで旅行した話など、を披露してくれた。精一杯私を慰めてくれる心根が伝わる。

このうちの一人は、例の「美空ひばり学会」のメンバーである。最近、会長さんが体を壊してしまったので、事務局長を引き受け、実際上は会長代行という立場のようだ。もともと、いろいろとやっていて忙しいのに、さらに忙しくなっているようである。
さらに、皆を驚かせたのは、書籍を刊行したというのである。昨年は、自費出版で薄い本を2冊出していたのだが、この内容に少し書き足して原稿としたのだという。
想田正、「美空ひばりという生き方」、四六判、200pp.、青弓社(2009)
みなさん、美空ひばりの人に関心のある方、歌謡曲の歴史に関心のある方、日本の庶民の歌の歴史に関心のある方、著者の名前に聞き覚えのある方は、是非、購入してください。
一般の美空ひばりをノスタルジーで語る人は多いが、この本は歴史学、中でも現代史の手法で解き明かされ解説が加えられている。単純に「美空ひばり」という名前にひかれて手に取ると、思わぬ記述にぐいぐいと引き込まれてゆく。「美空ひばり」を知らない人でも面白いに違いない。
本人は、酔った勢いで、「もう、おれは編集屋じゃないぜ。著者だぜ」と言ってみた。案の定、他のメンバーから、「無理むり、著作で食べられるようになるにはまだ遠い。著作で食べられるようになったら認めてあげるけどね」とたしなめられていた。本人は、期待通りの反論ににんまりとうれしそうだった。
今度は、年末年始のいっぱいかな、と楽しみにしつつ、別れた。
が、・・・、美空ひばり学会の彼以外のメンバーは比較的自宅が近いので、もう一軒寄ってまた飲んだのである。よくやるよ、と言いつつ、私も参加してしまった。

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琵琶


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8月30日、民主圧勝、政権は交代へ、必要な政策を掲げるはだれか--情報社会学、予見と戦略(32)

2009/08/31
8月30日、民主圧勝、政権は交代へ、必要な政策を掲げるはだれか--情報社会学、予見と戦略(32)

8月30日の衆議院議員選挙、昨夜のうちに民主党圧勝が判明し、自民党は大敗を喫した。テレビでは、今も悲喜こもごもの会見が行われている。
これまでの総理の麻生氏がいう「経済政策」が、一時しのぎのバラマキで、真に日本の経済を土台から立て直すことになるとはだれも感じなかったということが、今回の選挙の結果の主たる原因だったに違いない。
麻生氏がおこなった「経済政策」は、多額の借金(赤字国債)の上で土木建設関連の公共事業に資金を集中し、新しい産業を育てる政策を行わなかった。土木建設関連の公共事業はかつてのような経済効果を生まないのはもはや常識である。エコポイントなどの従来の電気産業自動車産業の保護策をとったが、新規産業の創設には手を貸さなかった。社会保険の後始末のためにも支出はされたが、これは不満に対する口封じという範囲で、後ろ向きの支出である。雇用維持のために一時しのぎの休職補助を期間限定で支給したが、この効果が亡くなる11月以降には、失業率が急激に上昇するという悲惨な結末が予想されている。
誰が政権を担っても、無策のつけは確実に回ってくる。麻生氏は、新しい産業を興す政策を掲げるべきだったのである。
日本は、資源を切り売りできる環境にない。昔から、原材料を輸入して加工して付加価値をつけて輸出することによって国民経済が成り立つ環境にしかない。世界の流通を支配して巨額の資金を獲得する巨万の富裕ファミリーを擁してはいない。しかも、もし巨万のファミリーがいたとしても、いまや成果の巨万の富裕ファミリーは一国の支配を嫌って、国家を超えた存在になるべく行動しているので、国家はコケにされ続けるだろう。
従来の経済の枠組みを維持しているだけでは、ゆでガエルの悲劇(水を張った容器に入れられたカエルは容器ごと徐々に温められても気付かない。気がついたときにはゆであがって死んでいるというたとえ話)は、現実のものになる。

まず、(1)他国に引けを取らない人材を育てなければならない。教育の抜本的改革が必要である。詰め込みも競争原理も子供の独創性を育てない。強力な頭脳は社会性の発達とともに創られる。ヒトの脳は他人の脳の働きの成果も日常的に利用して自分の脳に内化してゆく。他人の脳の働きの成果を間断なく取り入れられる環境と他人の能の成果を取り入れられる本人の能力を育てる以外に強力な頭脳は育たない。社会的教育を強力に進めるべきである。
(2)数少ない資源の候補の中で他国に負けずにある資源は海である。海の資源を利用して行う産業は日本の国民経済を救うだろう。海から貴重な金属や元素を取り出すという産業もありうるし、海をそのまま利用して魚介類の養殖を大々的に進めて、魚介類の輸出国にならなければならない。すでにそれができる技術は存在する。
(3)次に、他国と同じく豊富にあるのは太陽光である。太陽光を利用した産業は大きな可能性がある。太陽光から発電して利用するのもよいだろう。太陽光を植物工場内に導いて農作物を育てる産業も大きな可能性がある。現在行われているLED光や蛍光灯を利用する植物工場では、葉物は立派に育つが根野菜、穀類、豆類は育たない。植物工場が太陽光を直接利用することによって根野菜、穀類、豆類も育てることが可能になると私は推測している。葉物野菜も、米や麦も、イモ類も、豆類も根野菜も輸出国になれる可能性があるし、ならなければならない。
(4)人材が育てば、生産のための製造機械(産業ロボットが中心)、生産や経営を支える情報システムが輸出できるようになるだろう。生産財の高度複合化、経営システムの支援という分野が日本の国民経済を潤すようになるだろう。
(5)人材の育成にはたくさんの障害がある。少なくとも、教員に対するメンタルテストの実施、免許更新サイクルの短期化などは必須である。
(6)モノ作り(2~4)企業が育ちやすい環境の整備が必要である。一時的な補助金などは効果が薄い。実際には補助金の多くは、大手の既存企業の赤字補てんに使われて、モノつくりベンチャの経営を支援していない。流通業の健全な競争市場を作り、モノ作り企業が流通業者の餌食となり、言いなりになってしまう環境を根本的に改革しなければならない。流通業が保護され、生産者が規制される「独占禁止法」の規定は時代遅れである。

必要な政策を掲げるのはだれか、勝った「民主党」か、負けてこれから反省する「自民党」か、行政改革を訴えた「みんなの党」か、いやいや、「社民党」なのか、「国民新党」なのか、「共産党」なのか、・・・。
残念だが、各党のマニュフェストに、「新規産業を盛りたてて雇用を確保する」と明言する記述は見当たらない。

政権は交代した。これは、始まりだろう。新しい政権にも足りない部分がこれからはっきりと見えてくる。次の波が来る時こそ、日本の根っこからの再建が始まるときに違いない。
その再建は、これからの新政権が大きく進化変貌して担うことになるのか、負けた自民党が反省して出直して担うのか、他の党なのか、今は予測がつかない。
新政権成立直後の数カ月のご祝儀相場が終わってから、新しい波の担い手になるのはだれかを期待を持って見守りたい。

そうこうするうちに、世界の先進国は同じ変革を要求されるに違いないし、その先には、国民国家の枠を超えて活動し、アメリカをはじめとする各国をコケにして利益をむさぼる世界の人口の1%内外の富裕なファミリーを抑え込む政策を模索する世界的なムープメントが始まるだろう。世界史的な地上の再編が予感されるのである。


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琵琶

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独占禁止法は"独占的流通業者"を保護する矛盾--情報社会学、予見と戦略(31)

2009/08/29
独占禁止法は"独占的流通業者"を保護する矛盾--情報社会学、予見と戦略(31)

日本では、明日が衆議院議員選挙の投票日である。自民党が凋落して民主党が320議席以上獲得する圧勝だろうという予測ニュースが新聞やテレビにはあふれている。いやいや、投票箱のふたを開けて見るまでは選挙は何とも言えないのである。今日の東京はよい天気だが、夜半からは雨模様となりそうである。雨の投票日は投票率が上がらない。さすれば我が党が有利だと、ほくそ笑んでいる陣営もいる違いない。
泣いても笑っても、明日の夜半には雌雄が決する。
しかし、誰が政権担当者になろうとも気になるのは経済政策である。

(1)インフレかデフレか、ではなくて今はスタグフレーション
現在の世界経済や日本経済の苦境は、デフレーション(deflation)であり、金融不況であるとも言われている。でたらめな現状分析からは間違った方針しか出てこない。正しくは、デフレでもインフレでもなくスタグフレーションという不況現象なのである。
たとえばインフレとは、物の値段がどんどんと上昇し、生産者がウハウハ状態になることである。確かに現在の経済現象はこのような事態とはかなり様子が違う。一方のデフレとは生産者が安値に泣いて消費者が安価に商品を手に入れられる時代のことである。確かに生産者は安値に泣いているが商品の値下がりは一部にすぎない。圧倒的に多数の消費財は高止まりしているのである。インフレもデフレも今の経済現象を説明していない。
今は、生産者は安値に泣き、収入の減っている消費者の前の消費財は値が下がらないのである。このような現象は、スタグフレーションである。経済学の常識であるが、経済学者も経済政策の担当者も正しくこれを指摘していないように思う。

スタグフレーションを乗り越える産業改革を--情報社会学、予見と戦略(21)

実は、スタグフレーションは、極端にダンピングを仕掛ける発展途上国の登場などの外的要因がないと発生しないとされている。これも経済学の常識である。では、今、その外的要因となっているものが何者なのか、これをはっきりさせないとインテリのみなさんは「今はスタグフレーションである」と言いきれないようのである。
その外的要因こそ、独占禁止法で保護されている流通業者であることを私はここで指摘しておきたい。
えっ、と思う方はかなり経済学に精通している方である。まず、流通業者が国民経済を揺るがすほどに成長しているのを知らない経済学者は多い。次に、流通業者が独占禁止法である意味で保護されていることを知らない人も多いのである。経済学者のみなさんは40年前に経済学を学んだのである。40年前の大学の講義よりあとに起こった1980年代の「バブル経済」や1990年代の日本の「金融危機=バブル崩壊」や、今回の世界的不況がその講義には語られていただろうか。あなた方が学んだ経済学は、現実の40年を予測して説明し予防することができなかった過去の古い理論である。経済は人類史の先端に位置している生きたヒトの生活そのものである。過去の教訓もその法則も、そのままでは役に立たない。現状に合わせて使用するにはいったん解体して、いまに合わせて組み立てなおす必要があるのである。部品としては役立つが、古いままではもう使えないのである。この40年の間に、数値解析の成果はたくさん生まれたが、ヒトの生活の今を、経世済民(「経済」の原義)する学問的進歩はどれほどあっただろうか。

(2)様変わりする流通業界、付け入る世界の金満ファミリー
ここではいくつかの特徴だけを記述する。詳細については、今は、各種年鑑や経済レポートに譲る。
・寡占化が進んでいる
・外資の参入、資本獲得が進んでいる
・IT武装化がほぼ完了している
・卸と小売りが一体となっている
寡占化が進めば当然強権化してくる。生産者を買いたたき、消費者には高く売るのである。生産者は疲弊し、消費者は購買力を失う。これが、現在のスタグフレーションの原理的な姿である。
これに様々な要因が絡んでくるが、最も単純化して言えば「流通業の寡占化によるスタグフレーション不況」が現在の経済不況の基本的な姿である。
この現象を利用しようとする政治家や投機筋もいる。金融機関のように流通マフィアにまんまとしてやられて、被害を他に転嫁しようとして周囲に2次3次の被害を派生させる者もいる。現在の不況の主犯は金融機関ではない。
流通業の粗利を吸い上げる株主たち(世界をまたにかけた巨額の富を握る金満ファミリー/世界人口の1%程度、世界の富の集中)が、その主役である。金満ファミリーは実業には興味がない。粗利の集まりそうな所に投資して大きく回収することにだけ興味があるのである。「株主利益優先思想」は彼らの利益に直結する便利な"錦の御旗"である。

世界の富の集中と格差拡大、国民国家の命運--情報社会学、予見と戦略(8)

日本では生鮮食料品の流通業がそのターゲットになったが、アメリカではアフガンイラク戦争以来、住宅流通業者がターゲットになった。高利で貧民層に住宅資金を提供し、見掛け上大きなその債権を早々と他の金融機関などに売りさばくことで大きな粗利を集めた住宅流通業者に巨額の資本を投入して粗利の大半をあらかじめ吸い上げてしまったのがアメリカでの金満ファミリーのやり口だった。サブプライムローンの破たんが発覚したころは、金満ファミリーはほとんどの債権を売り抜けて終わった後のことである。アメリカの金融機関も日本の銀行もすべて彼らの手口に騙されていわばババを交わされたのである。世界の金満ファミリーは、金融機関さえ手玉にとり、騙してコケにしたのである。金融機関は愚かだったという責めは甘受すべきとしても、主犯であるとの非難を浴びたのは心外だったに違いない。サブプライムローンの破たんを金融の甘さゆえの事件というのは、いささか公平さに欠く言い方だろうと思う。騙された金融にも落ち度はあったが、騙した金満ファミリーの方が巨悪と言われるべきである。昔から、騙した方が騙された者よりも悪いと決まっている(信頼の原則)。

"信頼の原則"再論--心理、教育、社会性の発達(41)

(3)流通業にも独占禁止法の網を
そういえば、日本にも「独占禁止法」が存在し、公正取引委員会が六面八臂の働きをしている。その働きは頼もしい。
それでは、その「独占禁止法」が寡占化進む流通業にも規制の網を巡らせているかというと、そうではないのである。
「独占禁止法」(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二十二年法律第五十四号))を読んでみても、流通業がどのように扱われているのかは、なかなかわからない。というのも、この法律は、独占禁止の理念や基本的な手続きを定めたものであって、生々しい商取引の現場の詳細をとらえたものではないからである。
流通・取引慣行に関する取り扱いの規則は、流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針を見ればよいということである(以下「指針」という)。
指針の冒頭(「はじめに」の第2項)には、次のように記載されている。
------------------------------
2 本指針第1部は、主として生産財・資本財の生産者と需要者との間の取引を念頭に置いて、事業者間取引の継続性・排他性に関する独占禁止法上の指針を、第2部は、主として消費財が消費者の手元に渡るまでの流通取引を念頭に置いて、流通分野における取引に関する独占禁止法上の指針を示したものである。
------------------------------
「第2部は、主として消費財が消費者の手元に渡るまでの流通取引を念頭に置いて、流通分野における取引に関する独占禁止法上の指針を示したものである」と書かれているので、流通取引の規制については、第2部を見ることにする。
------------------------------
第2部流通分野における取引に関する独占禁止法上の指針
1対象範囲
(中略)
以下では、主として消費財が消費者の手元に渡るまでの流通取引を念頭において、メーカー(注1)が流通業者に対して行う、販売価格、取扱い商品、販売地域、取引先等の制限、リベートの供与及び経営関与について、不公正な取引方法に関する規制の観点から、独占禁止法上の考え方を明らかにしている。
(注1)メーカーには、製造業者のほか、マーケティングの主体となっている総代理店、卸売業者等を含む。
------------------------------
つまり、法律の前提は、あくまでも強い立場のメーカに対して流通業者は弱者であり、弱者保護の観点から、メーカーが流通業者に対して行うあれこれを規制する、という内容になっているのである。
独禁法が制定された昭和22年当時はともかく、現在これを読むと呆然としてしまう。確かに今でも家電メーカーなど強い立場のメーカーもいるだろうが、それでもかつてほど強い立場とは言えないだろう。とりわけ、いまどきの生鮮食料品などを扱う流通業者が扱うメーカーとは、農家や漁民のことである。大きなくくりでみても農協や漁協にすぎないのである。農家や漁民は流通業者の前ではいわば殿様の前の百姓・漁師である。農協や漁協でも、もはや流通業者のいいなりと言ってよい。力関係は全く逆である。1980年代に生起したパッケージソフトの産業も1990年代後期から立ち上がるかに見えたコンテンツ産業も、結局、流通業に粗利をもたらせただけでメーカーは資金難にあえぎ、業務縮小や廃業、倒産に追い詰められている。現在の日本では流通にかかわるベンチャーは多くても、モノ作りベンチャーは育ちにくい原因がここにもあると思われるのである。農業ベンチャーも漁業ベンチャーも行く手を阻むものが巨大流通である。流通業と製造業は相補的であるはずなのに、流通業者の網の目をかいくぐった生産者だけが生き残れるといういささか本末転倒とおもわれる事態になっているのである。
今や、保護すべきは零細な生産者であり、巨大な流通業者ではない。
独占禁止法に守られた巨人の流通業者は、やすやすと巨額の粗利を得ることができる。日本で景気が良いのは流通業者である。世界の金満ファミリーが目をつけないわけがない。配下の外資流通業者に日本への殴り込みをかけさせる、日本の流通業者の株を店頭で買い占めたり、場合によってはTOBで根こそぎかき集めたりもする。
世界の金満ファミリーによる日本の流通業者買占めは、着々と進んでいるのである。この日本の流通業者を手先にした世界の金満ファミリーこそが、日本の利益を吸い上げてゆく吸血鬼なのである。直接血を吸われているのは日本の流通業者だが、日本の流通業者が買いたたき、高値を押し付けているのは日本の生産者であり、日本の消費者である。しかも、狙われているのは日本の流通業者ばかりではない。アメリカもヨーロッパも、先進国と言われる国家の流通業者はすべて血を吸われているのが現状である。80年から60年前ころに作られた各国の独占禁止法は、このような社会変化を見込んではいなかったのである。時代遅れになった法律のスキを世界の金満ファミリーは突いてきているのである。
独占禁止法は、流通業者保護の偏向をやめ、流通業者の規制に向かうべき時期である。
経済学者、公取委、経済政策担当各位の奮起を望む。
そして、8月30日の夜には当確が判明する国会議員のみなさんも、立ち上がってほしい。

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クリステンセンの"Innovator" 「イノベーションと独創力(3)」--独創力の創り方(22)

2009/8/24
クリステンセンの"Innovator" 「イノベーションと独創力(3)」--独創力の創り方(22)

ミニシリーズ「イノベーションと独創力」(全5回)
----------------------------------------------------
1. "イノベーション" は "テクニカル・イノベーション"か
  「イノベーションと独創力(1)」--独創力の創り方(20)

2. まわる、マワる、目が回る~~、官僚用語の"イノベーション"
  「イノベーションと独創力(2)」--独創力の創り方(21)

3. クリステンセンの"Innovator"
  「イノベーションと独創力(3)」--独創力の創り方(22)

4. 組織のイノベーションを阻(はば)むもの、突破するもの
  「イノベーションと独創力(4)」--独創力の創り方(23)

5. 組織の不思議 「イノベーションと独創力(5)」--独創力の創り方(24)
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和名で「イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき」という本がある。日米でベストセラーになった本である。
(1)クレイトン・クリステンセン, 玉田 俊平太監修, 伊豆原 弓訳, 「イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき」, 増補改訂版, 327pp., 翔泳社(2001/)
続編も出版されている。
(2)クレイトン・クリステンセン , マイケル・レイナー 著, 玉田 俊平太, 櫻井 祐子訳, 「イノベーションへの解 収益ある成長に向けて」, 373pp., 翔泳社 (2003)

クレイトン・クリステンセンはハーバード・ビジネス・スクール教授で、とてつもなく洞察力の深い、ビジネスをよくわかった人である。
過去にも、このブログではクレイトン・クリステンセンを取り上げている。
「株主利益最大化」のまやかし、クリステンセンはかく語る--社長の条件(12)
報償について、もう一度クリステンセン--社長の条件(14)

ある人に言わせると、この本に取り上げられているのは技術革新の話であり、これをクリステンセンは「イノベーション」と言っているのだから、「イノベーション」は「技術革新」と訳してよいのではないかということらしい。ご丁寧にメールでご注意をいただいた。これは、前回の私の記事に対するご意見である。どんなご意見でもご意見は大変ありがたい。しかし、少し考えていただければお分かりのように、基本的には日本語であるカタカナ語と、英語とは違うのである。

(1)「イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき」の原題は、"The Innovator's Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail " (初版1997年)である。。
(2)「イノベーションへの解 収益ある成長に向けて」の原題は、"The Innovator's Guide to Growth: Putting Disruptive Innovation to Work"(初版2003年)である。

(1)The Innovator's Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail
あえて直訳すると次のようになる。
・・・経営改革者のジレンマ: 新しい技術が巨大企業を滅ぼすとき・・・
わかりやすく言うと、巨大企業を滅ぼす新しい技術が登場するときの、経営変革者のジレンマ、ということになる。
(2)The Innovator's Guide to Growth: Putting Disruptive Innovation to Work
同様に直訳すると、次のようになる。
・・・経営改革者のための成長ガイド: 破壊的変革の実行へ・・・
わかりやすく言うと、破壊的経営革新の実行を目指すビジネス拡大のための、経営改革者のためのガイド、ということになる。

クリステンセンは技術論が専門ではない。クリステンセンの専門は経営学であることに大きな留意が必要である。どちらの本の原題もメインタイトルを見るかぎり、Innovator(変革者)であってInnovation(イノベーション)ではない。これを日本語にするときに「イノベーション」と訳している不可思議が浮かび上がってくる。Innovatorとは言わずもがなであるが「変革者」のことである。日本語でのタイトルを人目を引くよう出版社が工夫を凝らして"意訳して(?)"「イノベーション」と修正しているのであろう。出版社としては、素晴らしい努力である。それは悪くないと私は思う。
しかし、この修正されたタイトルを見て、いやしくも研究者である方が、クリステンセンは技術革新をイノベーションと言ったというのは、的外れではあるまいか。ご意見の前に、原著にあたっていただきたかったというのが本音である。クリステンセンは、Innovator=変革者=「経営革新をする者」をテーマに取り上げたのである。「変革(Innovation)」という現象や行為を抽象化して言いたかったのではない。ましてや「Technical Innovation (技術革新)」と言っているわけではないのである。1冊目のタイトルの副題の側に、「 New Technologies(新しい技術たち)」と言う言葉は見られるが、「Technical Innovation (技術革新)」とは言っていない。どう見ても主題が技術革新だとは言っていないのである。書かれている内容は、技術者向けというよりも経営者(またはそのタマゴたち)に向けて書かれている。
ご注意はありがたいが、ありがたくそのままご返上申しあげておきたい。

ミニシリーズ「イノベーションと独創力」(全5回)
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1. "イノベーション" は "テクニカル・イノベーション"か
  「イノベーションと独創力(1)」--独創力の創り方(20)

2. まわる、マワる、目が回る~~、官僚用語の"イノベーション"
  「イノベーションと独創力(2)」--独創力の創り方(21)

3. クリステンセンの"Innovator"
  「イノベーションと独創力(3)」--独創力の創り方(22)

4. 組織のイノベーションを阻(はば)むもの、突破するもの
  「イノベーションと独創力(4)」--独創力の創り方(23)

5. 組織の不思議 「イノベーションと独創力(5)」--独創力の創り方(24)
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琵琶


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まわる、マワる、目が回る~~、官僚用語の"イノベーション" 「イノベーションと独創力(2)」--独創力の創り方(21)

2009/8/24
まわる、マワる、目が回る~~、官僚用語の"イノベーション" 「イノベーションと独創力(2)」--独創力の創り方(21)

ミニシリーズ「イノベーションと独創力」(全5回)
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1. "イノベーション" は "テクニカル・イノベーション"か
  「イノベーションと独創力(1)」--独創力の創り方(20)

2. まわる、マワる、目が回る~~、官僚用語の"イノベーション"
  「イノベーションと独創力(2)」--独創力の創り方(21)

3. クリステンセンの"Innovator"
  「イノベーションと独創力(3)」--独創力の創り方(22)

4. 組織のイノベーションを阻(はば)むもの、突破するもの
  「イノベーションと独創力(4)」--独創力の創り方(23)

5. 組織の不思議 「イノベーションと独創力(5)」--独創力の創り方(24)
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言質げ(ことあげ、揚げ足取り)にすぎるとまたしても嫌われそうだが、この後、私が述べたいことと大いに関係があるので、しばし我慢していただきたい。

ひとつ前の記事で、私は、"シュンペーターのいう「イノベーション」とは「社会または社会的経済的組織とその行為の飛躍的進化」のことである"と書いた。いわば、「イノベーション」とは「経済成長や社会進歩」のことであり、その比較的大きなものを指していると言ったら当たらずも遠からずである。

さて、日本の優秀な官僚たちの作文はどうなっているかについて、いくつかの例を示したい。
平成18年6月14日の総合科学技術会議の「イノベーション創出総合戦略」という文書は、大切な日本の科学技術政策を左右する基本文書の一つである。
私が言いたいのは、この文書の意義が低いとか、担当のお役人が知識不足だというのではない。日本の政策的文書では言葉遣いにおいて先例が重視され、同じ言い回しでなければ書けないのである。お役人のみなさんは、一般の市民には到底書けない文書を書いているのである。本来言いたいことがあり、それを先例に則って書くとすればこのようになるのである。担当官が疑問を抱いてもこう書かざるを得ないのである。ここにはきわめてネジレた知的で高度な文書技法が見られるのである。
冒頭の最も感動的な書き出しを引用する。
------------------------------------------------------------
イノベーション創出総合戦略
            平成18年6月14日
            総合科学技術会議
イノベーションは経済成長や社会進歩の原動力である。今、日本経済は新たな飛躍の時を迎えているが、人口減少下での生産性向上の必要性や激化する国際競争に鑑みれば、日本独自のイノベーションの流れをより速く、より太くしていくことが今ほど求められる時はない。
第3期科学技術基本計画(3月28日閣議決定)は、今後5年間の投資総額を約25兆円と掲げるとともに、「科学の発展と絶えざるイノベーションの創出」を大きな方向として明示しており、同計画に込められた国民の期待に応えていくため、官民両部門を俯瞰し、司令塔の役割を担う総合科学技術会議としてのイノベーション創出の総合戦略を以下の通りとりまとめた。今後これに基づいた政策の推進を図るべきである。
(以下略)
------------------------------------------------------------
カタカナで書かれていると読みすごしてしまうが、「イノベーション」という言葉が明らかに誤用されていることが分かる。
カタカナの「イノベーション」を漢字の「経済成長や社会進歩」と入れ替えて読んでみると、その奇妙さが浮かび上がってくる・・・。
本文の最初の1行を取り上げる。

●原文=カタカナのまま
「イノベーションは経済成長や社会進歩の原動力である。」
●日本語への置き換え文
「経済成長や社会進歩は経済成長や社会進歩の原動力である。」

れれっのれっ?
わけがわからない文になっていることがわかるだろう。なんだかとても哲学的な文章になってしまっている。
成長は成長の原動力であり、進歩は進歩の原動力である。イヌが自分のシツポを追いかける~~、、、まわる、マワる、目が回る~~、、、。万物は流転する、、、。と言いたいのかというと、本心は別にあるのである。
書いた人は、イノベーションという言葉を「技術革新」という日本語をカタカナ語訳のつもりで使用しているのである。「技術革新」を英語で書けば、technological innovation なのだから、「技術革新」という日本語をカタカナ語訳すれば、「テクニカル・イノベーション」である。「イノベーション」と書かずに「テクニカル・イノベーション」と書けば正解なのだが、そうなっていないのだ。
逆に「イノベーション」というカタカナ語を、「技術革新」とここではあえて誤訳して見せれば、次のような日本語になってその希望に満ちた本心もわかるのである。

●「イノベーション」という言葉を、「技術革新」とあえて誤訳した場合
「技術革新は経済成長や社会進歩の原動力である。」

なるほど、良いことを言っていることがよくわかる。私も多少の留保はしつつも基本的には大賛成である。

なぜ、最初から日本語で書かないの? など野暮なことは言いっこなしですよ、読者のみなさん。予算を獲得するためにはキラキラした言葉が必要なんです。フワフワした気分も必要なんです。ここに学問的批判精神などというものを持ち込んではいけません。

別の例をあげてみよう。
次にとりあけるのは、経済産業省 イノベーション・スーパーハイウェイ構想の基本文書である "「イノベーション創出の鍵とエコイノベーションの推進」" というものの冒頭の一説である。
------------------------------------------------------------
はじめに
失われた10年と言われた経済の停滞期を脱し、我が国経済は回復基調を継続してい
るところであるが、依然として、中長期的な人口の減少、グローバリゼーションの進展
の中での国際競争の激化、知識社会の進展による社会システム全体の変化、環境・エネ
ルギー問題など地球規模での多くの深刻な課題に直面している。こうした課題を克服し、
持続的な経済の発展を実現するためには、イノベーションによる大きな変革が不可欠で
ある。
------------------------------------------------------------

ここでは上記の最後のひとくだりを取り上げる。

●原文=カタカナのまま
「持続的な経済の発展を実現するためには、イノベーションによる大きな変革が不可欠である。」
●日本語への置き換え文
「持続的な経済の発展を実現するためには、経済成長による大きな変革が不可欠である。」

カタカナ語「イノベーション」をここでは「経済成長や社会進歩」のうち「経済成長」と考え置き換えると、やはり、イヌが自分のシツポを追いかける~~、、、。になってしまっている。
これも、あえて、カタカナ語「イノベーション」を「技術革新」と誤訳してみると、次のような立派な文章が現れる。

●「イノベーション」という言葉を、「技術革新」とあえて誤訳した場合
「持続的な経済の発展を実現するためには、技術革新による大きな変革が不可欠である。」

やはり、お役人は、あえて「イノベーション」という言葉を「技術革新」の意味で使用していることが判明するのである。
なぜこのような誤用が始まったのか。それは、1958年(昭和33年)の「経済白書」が「イノベーション」を「技術革新」と訳して使用したからである。官僚用語は先例基準である。その後、各種の政策文書を書くことになったお役人の中にもたくさんの教養の高い英語の達人がいたに違いないが、これを「間違っているからなおそう」と最後まで貫いた人がいないというだけのことだろうと思う。先例に反する言葉づかいは大臣の記者会見でも開かない限りできないのである。
官僚のお仕事とはかくも厳しく難しいのである。
私のように、「日々反省・日々改善」をモットーとする人には生きてゆけない世界である。

さて、官僚用語がこのように決められているというのは良しとしよう。心ある人は「イノベーション」-->「テクノロジカル・イノベーション」=「技術革新」と毎回読み換えれば済むことである。
しかし、この用語をいやしくも「イノベーション」の研究に触れようとしている私たちが混同してしまっていたら、害毒百倍である。
つぎの2つははっきりと区別しておきたい。

・「イノベーション」=「経済や社会の内的な飛躍的進化」
・「技術革新」(テクニカル・イノベーション)=「技術の内的な飛躍的進化」

ミニシリーズ「イノベーションと独創力」(全5回)
----------------------------------------------------
1. "イノベーション" は "テクニカル・イノベーション"か
  「イノベーションと独創力(1)」--独創力の創り方(20)

2. まわる、マワる、目が回る~~、官僚用語の"イノベーション"
  「イノベーションと独創力(2)」--独創力の創り方(21)

3. クリステンセンの"Innovator"
  「イノベーションと独創力(3)」--独創力の創り方(22)

4. 組織のイノベーションを阻(はば)むもの、突破するもの
  「イノベーションと独創力(4)」--独創力の創り方(23)

5. 組織の不思議 「イノベーションと独創力(5)」--独創力の創り方(24)
----------------------------------------------------

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琵琶


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"イノベーション" は "テクニカル・イノベーション"か 「イノベーションと独創力(1)」--独創力の創り方(20)

2009/8/22
"イノベーション"は"テクニカル・イノベーション"か「イノベーションと独創力(1)」--独創力の創り方(20)

ミニシリーズ「イノベーションと独創力」(全5回)
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1. "イノベーション" は "テクニカル・イノベーション"か
  「イノベーションと独創力(1)」--独創力の創り方(20)

2. まわる、マワる、目が回る~~、官僚用語の"イノベーション"
  「イノベーションと独創力(2)」--独創力の創り方(21)

3. クリステンセンの"Innovator"
  「イノベーションと独創力(3)」--独創力の創り方(22)

4. 組織のイノベーションを阻(はば)むもの、突破するもの
  「イノベーションと独創力(4)」--独創力の創り方(23)

5. 組織の不思議 「イノベーションと独創力(5)」--独創力の創り方(24)
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標題からすでに挑戦的で、嫌われてしまいそうである。政府の広報や募集要項を見ればわかるが、日本ではこの両者が完全に混同されている。「イノベーション」と「テクニカルイノベーション(技術革新)」は関連しているがそもそもは異なるものであることを、私はあらためて指摘しておきたい。
イノベーション(innovation)とは、いわば「社会の内なる革新」のことであり、テクニカルイノベーション(technical innovation)すなわち「技術革新」はそのために必要であったりなかったりする手段に過ぎない。イノベーション(innovation)は、テクニカルイノベーション(technical innovation)=「技術革新」を包み込むはるかに大きな概念である。

英語の innovationは、1911年に、現代的な意味では、シュンペーター(経済学者)が『経済発展の理論』で使用したのが初めてらしい。この時期は、1905年のロシア第一革命(5月革命)から1917年の第二次革命(10月革命)の間にあって、革命(revolution)が政治と思想界でもてはやされていた時期である。
わたくしはシュンペーターの専門家ではないが、シュンペーターは、おそらく、社会制度をひっくり返す革命(revolution)を忌避し、社会制度はそのままにしてその内部で革新をはかることに意義があると考えたに違いない。
英語の innovationの語幹の語源は、ラテン語の動詞 innovare(リニューアルする)だが、innovareはもともとin- (内部へ)と novare(新しくする)の複合語である。外側もひっくるめて新しくしてしまうのではなくて、外形は残して内に向かってのみ革新するというのが innovationである。innovationはrevolutionの対語として成立しているのである。つまり、現行の政治社会経済体制の根底からの革命(revolution)ではなくて、現行の政治社会経済体制の内なる革新(innovation)を唱えたのである。innovationとは、まずは生身の人の組織とその活動の内なる革新を意味していたものと考えなければならない。生身の人の組織とその活動は(物理化学的技術からも大きく影響は受けているが)物理化学的技術そのものではない。あえて技術というならばそれは主としてソーシャルスキル(社会的技術)である。物理化学的な意味での技術革新はその手段として利用されることも、されないこともあるというべきである。

シュンペーターが示したイノベーションは、以下の5類型といわれる。

・新しい財貨の生産
・新しい生産方法の導入
・新しい販売先の開拓
・新しい仕入先の獲得
・新しい組織の実現(独占の形成やその打破)

しかし、
Joseph A. Schumpeter著, 塩野谷 祐一, 東畑 精一, 中山 伊知郎訳、経済発展の理論―企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究〈上〉, 岩波文庫, 362pp., 岩波書店(1977)
Joseph A. Schumpeter著, 塩野谷 祐一, 東畑 精一, 中山 伊知郎訳、経済発展の理論―企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究〈下〉, 岩波文庫, 275pp., 岩波書店(1977)
によれば、次のように書かれている。
-----------------------------------
一 新しい財貨すなわち消費者の間でまだ知られていない財貨、あるいは新しい品質の財貨の生産。
二 新しい生産方法、すなわち当該産業部門において実際上未知な生産方法の導入。これはけっして科学的に新しい発見に基づく必要はなく、また商品の商業的取扱いに関する新しい方法をも含んでいる。
三 新しい販路の開拓、すなわち当該国の当該産業部門が従来参加していなかった市場の開拓。ただしこの市場が既存のものであるかどうかは問わない。
四 原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得。この場合においても、この供給源が既存のものであるか――単に見逃されていたのか、その獲得が不可能とみなされていたのかを問わず――あるいは始めてつくり出さねばならないかは問わない。
五 新しい組織の実現、すなわち独占的地位(たとえばトラスト化による)の形成あるいは独占の打破。
-----------------------------------
これを読んで、なお、「イノベーション」とは「技術革新(テクニカルイノベーション)」と同じである、と言い張る人は少し常軌を逸しているに違いない。シュンペーターのいう「イノベーション」とは「社会または社会的経済的組織とその行為の飛躍的進化」のことである。
「イノベーション」とは「社会の内なる飛躍的な進化」を意味しているのである。「イノベーション」=「技術革新」と主張するのは技術政策を遂行する政策マン達の政治的配慮であり、方便であるにすぎない。お釈迦さまによれば「嘘も方便」であり、あながち悪いことではないのかもしれないが、・・・。
この「ウソも方便」は1958年の「経済白書」が初めで、「イノベーション」を「技術革新」と訳して使用したものである。しかし、この方便に今もなおしがみつく必要はないだろう。
とりわけ、研究者の中に、「イノベーション」とは科学技術の観念世界だけで生起する現象であるようにいう見解が散見されるのはいささか問題があるように思う。
「イノベーション」は技術者の頭の中だけで起こる突飛な出来事ではない、と私は言いたい。私は自分の過ごしてきた技術の畑の中ではそこそこ自慢できることをしてきたと恥ずかしながら自負している。しかし、テクノロジーに限定された知識の革新によってこれを成し遂げてきたとは思わない。
時代の要請に応ずる目的意識を感受性豊かに感じ取り、その実現に向けて寝食を忘れる努力をしたから、向かうところ敵なしとなったのである。テクノロジーに限定された知識の革新だけを追求して対抗しようとした技術おバカさんたちは、次々と私の前で哀れにも自己破綻し、敗退したのである。「イノベーション」のためにはその手段として技術革新が必要な場合が多いが、必要でない時すらあるのである。考えうる万余の技術革新の内で、目的に沿うものはごくわずかである。どうしても必要な一つをあぶりだし、他の誰よりも先に開発する我々小集団は、決して偶然やその時の思いつきでやってきたのではない。時代が必要とするものが何かをとことん考え抜いたから、誰よりも早くその技術に到達したのである。
独創性とイノベーションと技術革新と、近くて混交していて分かちがたいのに、それぞれが別の世界を持っている事柄について、これから、数回に分けて書いてゆきたいと思う。

ミニシリーズ「イノベーションと独創力」(全5回)
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1. "イノベーション" は "テクニカル・イノベーション"か
  「イノベーションと独創力(1)」--独創力の創り方(20)

2. まわる、マワる、目が回る~~、官僚用語の"イノベーション"
  「イノベーションと独創力(2)」--独創力の創り方(21)

3. クリステンセンの"Innovator"
  「イノベーションと独創力(3)」--独創力の創り方(22)

4. 組織のイノベーションを阻(はば)むもの、突破するもの
  「イノベーションと独創力(4)」--独創力の創り方(23)

5. 組織の不思議 「イノベーションと独創力(5)」--独創力の創り方(24)
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琵琶


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Twitterに登録しました--その他、シリーズ外の記事

2009/08/21
Twitterに登録しました--その他、シリーズ外の記事

Twitter に登録しました。
http://twitter.com/k_biwa

私は、ネット調査などを主たるテーマにしたメーリングリストsurveymlのメンバーですが、ほぼROM状態です。
surveymlは老舗のメーリングリストです。ここに登壇される方々は主宰される萩原雅之氏をはじめとして、この業界にありがちな軽薄金狂いの人々とは全く無縁な、地道で真面目な方々です。私はここを時代のまっとうなセンサの一つと考えて参加してもっぱら勉強させていただいています。
Twitterには、surveymlの常連投稿者である家弓正彦氏(株式会社シナプス代表取締役)の投稿メールに誘われて登録してしまいました。
k_biwaのネットネームで10分ほど前に登録しました。まだ、当然ですが、フォローはゼロです。
Twitterに参加したらどんなことになるのか、体験して学習してゆきたいと思っています。

ちなみに、Mixiには"ヤス"という名でエントリーしています。単にサボっているだけですが、全く書き込みをしていません。マイミクのみなさんの日記を楽しみに読んでいます。

琵琶


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北海道、べてるの人々への訪問--その他、シリーズ外の記事

2009/08/17-18
北海道、べてるの人々への訪問--その他、シリーズ外の記事

厚労省から委託を受けた障害者自立支援のための研究委員会(本年度のテーマ名は「ソーシャルインクルージョン」)の本年度第三回研究会は、北海道 日高支 浦河で行われることになった。

北海道の海--人生に詩歌あり(14)
べてるの家の人々--人生に詩歌あり(15)
北海道、べてるの人々への訪問--その他、シリーズ外の記事

17日、朝羽田を出発し、昼過ぎには、ニューべてるの家の視察。精神障害をあっけらかんに告知する替え歌の歓迎に始まって、昆布の加工品封入作業やべてるの家を中心として生まれている様々な障害者による会社や個人営業者の組合、支援団体などの紹介をうける。案内役の大半が精神に問題を抱えたいたり、最近まで抱えていた元患者のみなさんである。初対面の方は必ず自己病名の告知から始まる。多少精神障害についての知識があれば、対応の方法についてのある程度の心構えができる。会う人々のだれもが明るくて真剣である。
ベテルの家について多くの人はすでに知っているものと思うが、初耳という人のために、べてるの家をそのホームページの記事から抜粋して紹介する。

べてるねっと、社会福祉法人 ベテルの家、2009.04、http://www18.ocn.ne.jp/~bethel/betheltoha.html、2009.08.19確認
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べてるの家とは
べてるの家は、1984年に設立された北海道浦河町にある精神障害等をかかえた当事者の地域活動拠点です。社会福祉法人浦河べてるの家、有限会社福祉ショップべてるなどの活動があり、総体として「べてる」と呼ばれています。そこで暮らす当事者達にとっては、生活共同体、働く場としての共同体、ケアの共同体という3つの性格を有しており、100名以上の当事者が地域で暮らしています。

べてるのはじまり
べてるの家は1978年に回復者クラブどんぐりの会の有志メンバー数名が浦河教会の旧会堂を拠点として活動をはじめたのがはじまりです。
1983年、浦河日赤病院の精神科を退院した早坂潔さんをはじめとする精神障がいを体験した回復者数名が、浦河教会の片隅で昆布の袋詰めの下請け作業をはじめ、1984年に当時浦河教会の牧師だった宮島利光氏から、「べてるの家」と命名されました。現在では、精神障がいばかりではなく、様々な障がいを持った当事者が活動に参加しています。

浦河町とは
北海道の東南、襟裳岬にほど近い人口1万5千人の町です。スローガンは「丘と海とまきば」。サラブレットや日高昆布で有名な町です。

「地域のために、日高昆布を全国に売ろう!」
べてるの家の歩みは、様々な悪条件を好条件とし活かしてきた歴史から生まれたものです。社会的な支援体制の乏しさや地域経済の弱体化が、精神障がいを抱えながら生きようとする当事者自身の生きづらさと重なり合ったとき、「地域のために、日高昆布を全国に売ろう」という起業の動機につながりました。

べてるの家の理念
・三度の飯よりミーティング
・安心してサボれる職場づくり
・自分でつけよう自分の病気
・手を動かすより口を動かせ
・偏見差別大歓迎
・幻聴から幻聴さんへ
・場の力を信じる
・弱さを絆に
・べてるに染まれば商売繁盛
・弱さの情報公開
・公私混同大歓迎
・べてるに来れば病気が出る
・利益のないところを大切に
・勝手に治すな自分の病気
・そのまんまがいいみたい
・昇る人生から降りる人生へ
・苦労を取り戻す
・それで順調
------------------------------------

すぐに近くのホテルの会議場に移って、研究会が開催される。
主たる発言者は、向谷地 生良(むかいやち いくよし)氏である。向谷地氏はこの研究会のメンバーの一人でもあるが、べてるの家の屋台骨を担う鮮烈な人格の主である。
物静かだが、決して妥協を許さない、かつての武芸者の風格がある。
氏は、豊富なスライドを用意して、説明した。要約すると微妙な真意が伝わらなくなる危険性もないとは言えないが、わたくしの耳に残った向谷地氏の言葉を書きつけておく。
浦河の地は、かつてアイヌの人が多く、差別された貧しい土地であった。アル中と路上生活者が多くいた。精神を病む人も多かった。総合病院浦河日赤病院に精神科病棟が設置されると患者であふれるようになった。50床の病棟が160床に膨らんだ時期もあった。精神科医療には多額の診療報酬などの支援があるので、病院経営にとってはプラスだったが、患者や回復者にとっての苦痛が本質的に緩和されるわけではなかった。
向谷地氏は、かつて精神科病棟の初めてのソーシャルワーカーとして勤務した。病院に閉じ込める医療ではなく、患者を地域に帰す医療を願った。・・・。
以下は、Wikipediaに掲載された向谷地氏のプロフィールである。

向谷地 生良、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』、2009.06.19、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%91%E8%B0%B7%E5%9C%B0%E7%94%9F%E8%89%AF、2009.08.19確認
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向谷地 生良(むかいやち いくよし、1955年 - )は、日本のソーシャルワーカー。北海道医療大学看護福祉学部教授。浦河赤十字病院ソーシャルワーカー。社会福祉法人浦河べてるの家理事。青森県出身。
人物
中学生のときに教師から「生意気だから」という理由から体罰を受け学校に行くのをやめる。後にその教師は起訴されている。青森県立三本木高等学校を卒業。福祉の道を志し北星学園大学に入学。大学時代は、親からの仕送りを断り、老人福祉施設に住み込みでアルバイトをし、筋ジストロフィーなどの難病の当事者の支援なども行なった。
大学卒業後、北海道日高にある総合病院浦河日赤病院に精神科専属のワーカーとして勤務。患者に住所・連絡先を書いた名刺を配って歩き、24時間どこへでも駆けつけ、精神科を退院して行き場のない当事者たちと共同生活をした。1982年、当時研修医として赴任してきた精神科医の川村敏明(第9回若月賞受賞)と運命的な出会いを果たし、1984年には精神障害を経験した当事者たちの活動拠点べてるの家の設立に関わる。1992年から、べてるの家にSSTを取り入れ、当事者研究などの新しい分野も開拓するなど、その専門家としての手法、関わり方には定評がある。 設立に中心的に関わり、今も理事を勤める浦河べてるの家は、厚生労働省および国立精神神経センターから、三鷹の巣立ち会、大阪のさわ病院等と共に、日本の精神保健におけるベストプラクティスのひとつに選ばれている。
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べてるの家が抱えているいくつかの課題も語った。
・患者や回復者のみなさんの生活の資金を潤沢に得られていない。
・地域経済が低迷して、たくさんあった官公庁の施設や官舎も財政再建のために次々と撤収している。地元経済は半分程度に縮んでいるので、経済界や官公庁へのサービス提供事業も縮んでいる。
・地元の患者3割、近隣地区、本州などから来る患者らが7割という現状がある。地元の大きな支援に支えられているが、一方では地元行政だけの負担では耐えられないという圧力が常に存在している。

どこにいても、ありうる現実であり、他の委員らは息をのんで話を伺った。

また、向谷地氏は「非 援助」にも言及した。本も書いている。
浦河べてるの家、べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 (シリーズ・ケアをひらく) 、253pp.、医学書院 (2002)

炭谷委員長が「質問はないか」と私を指名したので、以下のように質問した。
「私は、失業者の起業や自立の支援をするボランティア団体に参加していますが、正直にいえば"援助は全く要らない"とは、言いたくともいえない。いただけるものであれば喉から手が出るほどほしい。しかし、官庁が出す援助は、受け取る人や団体の生殺与奪の権を握ろうとするひも付きであることが多い。ひも付きの援助ならば要らないが、援助はほしい、というのが本音である。向谷地先生の非援助論に、そのような区分けのようなものはあるのだろうか」
向谷地先生の回答はきっぱりしたものだった。
「援助は、受け取るものを麻痺させる麻薬と同じである。一切は要らないというべきである」

2時間半の委員会の後には、「カフェぶらぶら」(べてるの関係者が会社を興して運営するカフェ)で「当事者研究会」に参加した。「当事者研究」とは、精神障害を抱える当事者が自分でその困難な状況がやってくる原因や理由を「研究」するものである。それもみんなの見ている前で、みんなと一緒にワイワイとやるのである。
当事者研究の部屋、社会福祉法人 ベテルの家、http://bethel-net.jp/tojisha.html、2009.08.19確認
精神の障害は、薬だけでは治らない。医師のカウンセリングをただうなずいて聞いているだけでも治らない。自覚して、自分で対処する方法を見つけてゆかなければ治らないのである。
「当事者研究」は、べてるの家が開発したすべての手法の中で最も優れた最高峰に位置するものではないかと思う。
しかし、「当事者研究」は、それだけが、単独で存在しているのではない。
「自分でつけよう自分の病気」というべてるの標語のように、自分の病名を自分でつけて、これ(自己病名)を表明して、自分が向き合うべき症状をはっきりと自覚し、同時に他の仲間たちの支援を仰ぐのである。
「手を動かすよりも口を動かせ」という標語も、素晴らしい。作業場では黙々と作業を続けることが多くなりがちだが、「手を動かすよりも口を動かせ」というのである。精神活動に偏りや個性のある彼らは、四六時中口を動かして、仲間の脳の働きも遠慮なくどんどん利用して、間違った方向に脱線しないようにしているのである。それだけではない。その過程で、自分なりに正しいものの考え方や感じ方を、時々刻々と学習しているのである。1週間に1回1時間程度のカウンセリングを受けるよりも、毎日、目が覚めている間はずっとしゃべり、聞き、確認し続けているほうがはるかに楽しくて効果的で短期間に患者から回復者になれるに違いない。
「三度の飯よりミーティング」という標語もある。何かとお客さん(当事者の脳内に現れるマイナス思考や突飛な観念を彼らは「お客さんがやってきた」という)に惑わされ、作業や生活のレールから外れてしまいがちな当事者たちが、随時行うミーティング(常に、「体調は?」「ちょっと疲れているけど大丈夫」。「気分は?」「いいです」。で、始まるようだった)は、無用な脱線やトラブルを避け、快適に仕事と生活を進めるための大きな知恵なのである。

この日の夜は、べてるの家のもう一人の立役者である川村医師のお宅でバーベキューをいただく。サービスしてくれるのは自己病名を持つみなさんである。松戸に勤務していたこともあるトビ職の若者とお話ができたのは大きな収穫だった。解離性人格障害ということで、いわゆるキレるタイプのようだった。べてるに来て、もう症状は出ないということだった。気のいい楽しい若者だった。

翌朝は、ホテルの食事を済ませると、ニューべてるの早朝ミーティングに参加する。丁寧に丁寧に昨日の活動と成果の報告、本日の行動予定を全員がそれぞれに述べてゆく。根気のいる会だが、べてるのみなさんが一日を楽しくつつがなく過ごすための大切な行事なのである。
すぐに、べてるの送迎業務用(患者等の送り迎えを業務として請け負う部門がある)の車に分乗して、障害者のみなさんが暮らす集合住宅やグループホームの視察を行った。生活の場での助け合いがここでは生き生きと実現している。
昼は、また、「カフェぶらぶら」に集まって、昼食をいただく。べてる特製の冷やしうどんだが、冷やし中華も顔負けといった美しい盛り付けのうどんで、いやがおうもなく食欲がそそられる。

空港に向かうバスの中で、委員会としてのまとめのミーティングが行われた。
私は、障害者といえどもその能力のすべてが欠けているわけではないこと、出しうる能力を出し合い、欠けている部分を互いに理解して補い合っていることが自然な人としての協同の姿であることを述べた。
また、私の日常的な大学での経験(人格障害を含めると50%近い潜在的障害学生がいること)を説明し、大学という現場では、学生の障害を自覚させる機会が全くないこと、自覚させようとすれば激しいバッシングに遭うことなどを説明し、その反対にここ べてる では実に自然に互いに障害をあかし、自覚を高めて回復に向かおうとしているという素晴らしい実践が行われていることを感嘆を持って受け止めたことを述べた。
ただ、昆布の加工もカフェぶらぶらも事業としては、実に心もとない実態であり、事業家(私はシステムハウスの経営者)のはしくれとして見る限り、事業をもっとよく発展させられる可能性はいろいろいにあると思うと述べた。食品加工業として、日高-北海道の農産物と海産物を加工品にして全国に売る事業ができるのではないかと指摘した。そして、そうすれば、そこは決して障害者だけの職場ではなく、地元の多数の健常者たちの雇用の確保が実現し、たくさんの健常者の中にふつうに障害者の人たちも交じって対等に働く場が生まれるのではないかと思う、と述べた。ちなみに、食品加工業は、精神障害を持つ人々にとって大変良い作用のある職場であることも言い添えた。
まことに充実した2日間だった。

べてるの家の人々--人生に詩歌あり(15)

振り返ってみると、べてるの人々は、べてる のいいところを見せようとものすごく頑張ってくれていたようにも思う。その意味で、表面に見えたことだけですべてを解釈するのは控えなければならない。垣間見えた苦労の部分も大切な現実だろうと思われる。また、たとえば、我々の前に来て、朗らかに語ってくれた患者のみなさんの後ろには、人前に立つことが困難な方が多数いるに違いなかった。また、実際、早朝ミーティングに姿を見せなかったメンバーも少なからずいたことも忘れてはならない。それらの人たちをすべてまとめて明るく苦労を苦労として表に見せないスタッフのみなさんや回復者のみなさんの並大抵ではないたくさんの努力の成果、いわば華の部分をわたくしたち研究会の委員スタッフらは見せていただいたのだと思う。華が咲くためには、地中の根っこの頑張りも、大風で折れたりちぎれたりしてしまいそうな茎や葉のガンバリも当然あるということをしっかりと心に刻みながら帰途に就いた。

琵琶


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べてるの家の人々--人生に詩歌あり(15)

2009/08/18
べてるの家の人々--人生に詩歌あり(15)

8月18日(火)、昨日からの浦河での見聞は、間違いなくわたくしの心を揺さぶっていた。

北海道の海--人生に詩歌あり(14)
べてるの家の人々--人生に詩歌あり(15)
北海道、べてるの人々への訪問--その他、シリーズ外の記事

ベテルとは旧約聖書創世記28章10節~19節に出てくる「神の家(ユダヤ語でベテル)」のことである。
また、ドイツにあるベーテルという町の名前でもある。ドイツのベーテルは、ナチスが障がい者を虐殺しようとした時、障がいを持たない人々が「それならば私たちも連れて行ってくれ」と主張した町だという。
この2つの逸話から、「べてるの家」という名前は付けられたという。
わたくしは、厚労省から委託を受けた障害者自立支援のための研究委員会の一員として、8月17日と18日、北海道の浦河町に「べてるの家」を訪問した。精神に障害を持つ人々が豊かに暮らす土地である。

べてるの家の人々
夏というものの、寒々として日高の地の浦河の町には、海辺の冷たい湿った風がゆっくりと吹き抜けてゆく。
真新しい立派な建物にも人影はない。町は死んだように静かである。
特筆すべきは、べてるの人たちだけが華やいで、傑出した知恵を輝かせていることである。
手を動かすよりも口を動かせ、と作業場の人々は言う。
三度のメシよりミーティングとここの人たちは言う。
欠けた所のない鏡なんて世の中にはない。曲がったところのない鏡もない。
少し欠けた所が多かったり、他人より湾曲が少しばかり大きい心の鏡を持った人たちがここには集まっている。
人々が仲間と語り合うことは、正しく映る鏡の別の部分を仲間に借りることになるのである。
照らし合わせて、自分の鏡に映る心の像を訂正する。ついでに心の鏡のゆがみも少しずつ正してゆくのである。
口を動かして、日々、時々刻々、自分の鏡に映る心の像を訂正し続ければ、いずれは、自分の心の鏡は正しくその像を映し出すようになるのである。
当事者研究!!! 驚くようなことが始まる。当事者が心の鏡のゆがみに気がついた経緯や起こった出来事を語る。
自分の何が、いつ、どんな状況の時に、どんなきっかけや背景で、どのように起こったかを一つ一つ語るのである。
語っているのは自分一人ではない。自問自答しているかのように周囲の仲間が「それで、その直前に、何があったんだ? いつも何か同じことがあったんじゃないのか?」とはやし立てる。
誰だってヒトは一人じゃ考えられない。一人の脳みそで不十分なら、みんなの脳みその力を合わせてしまえ、というとてつもない、楽しいゲームのようでもある。
仲間は多いほうがいい。
たくさんの鏡が合わされば、おおむね正しい像は映し出されてくる。
角度を変え、観点を変えて、映し出される正しい心の像を見直すのである。
自分の鏡だけが頼りなら、そんなことは出来やしない。
たくさんの鏡があるから、たくさんの鏡に映る像を見るから、何が正しいか、わかってくる。笑みが生まれる。
他人の脳をまきこんだ社会的脳がここにもあった。
ヒトは自然に「一人じゃない」いきものなのだ。

8月17日-18日、厚労省から委託を受けた障害者自立支援のための研究委員会(本年度のテーマ名は「ソーシャルインクルージョン」)の本年度第三回研究会は、北海道 日高支 浦河で行われることになった。合わせて、委員会は「べてるの家」を訪問した。
北海道、べてるの人々への訪問--その他、シリーズ外の記事


琵琶

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北海道の海--人生に詩歌あり(14)

2009/08/17
北海道の海--人生に詩歌あり(14)

8月17日(月)、わたくしは生まれて初めて北海道の地に足を入れた。

北海道の海--人生に詩歌あり(14)
べてるの家の人々--人生に詩歌あり(15)
北海道、べてるの人々への訪問--その他、シリーズ外の記事

青森の地から、かすかに見える陸地が北海道といわれてみたのがわたくしの最北地点だった。しかし、この日、わたくしは、千歳空港に降りて、北海道の地を踏んだのである。東京を出発するときは27度とすでに暑い日になる予感がしていた。しかし、千歳空港は18度しかなかった。低くどんよりとした雲がかかっていた。苫小牧を過ぎたあたりからは、さらに寒くなってきた。海が見えた。大地の切れ目から突然現れた大きな海である。

北海道の海
わたくしは、北海道の海を見た。
曇天の重い空気の下で、
怪力の力こぶのように盛り上がる、
丸い大きな海を見た。

8月17日-18日、厚労省から委託を受けた障害者自立支援のための研究委員会(本年度のテーマ名は「ソーシャルインクルージョン」)の本年度第三回研究会は、北海道 日高支 浦河で行われることになった。合わせて、委員会は「べてるの家」を訪問した。

琵琶

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ようこそ先輩、わが社へ--交友の記録(49)

2009/08/07
ようこそ先輩、わが社へ--交友の記録(49)

8月7日(金)午後2時、元木昌弘氏が来社した。
1時間ほど、わたくしと雑談。その後、氏はアルバイト学生とわいわい交流。その間に、わたくしは別の案件について来客者と打ち合わせをした。
16時より、「ようこそ先輩、わが社へ」の時間である。

実は、「ようこそ先輩、わが社へ」は、4月13日(月)の会が最初である。
20年ぶりくらいに再会した中川繁勝氏を迎えた会である。
この会の報告はブログに書きもらしているが、大変重要なイベントであった。中川繁勝氏は「人の心をとらえる営業」というような内容のお話をしてくれた。
その後の飲み会は、社員アルバイトがこぞってやってきて盛り上がったのは言うまでもない。

今回2回目となる元木昌弘氏は、自分の過去現在を語り、サーバエンジニアの仕事について解説した。目からうろこの話もいろいろとあった。元社員のF氏も話を聞きに来ていた。彼も、元木昌弘氏にいろいろと教えてもらっていた。
元木昌弘氏も、実は20年ほど前、中川氏(シゲちゃん)と同じ時期に当社でアルバイトをしていた。中川氏(シゲちゃん)と元木氏は、同じ町内で生まれた。誕生日が同じで、同じ病院でベットは隣合わせだった、幼稚園、小学校、中学が一緒で、高校は別だったそうである。別々に大学に進学したら、同じ中央大学理工学部電気工学科だったという奇妙なめぐり合わせの関係があると言っていた。学生時代は同時期を当社でのアルバイトとして過ごした。当時は二人ともスーパーアルバイタと呼ばれて、社員よりできるアルバイトプログラマだった。二人とも会社で寝泊まりして、学校には会社から通っていた。
大学を卒業すると、二人は、プログラマとしては経験をしつくしたと思ったそうで、プログラマとは縁のない職場を選んで、別々の会社に勤務した。しかし、半年後、二人は一つの会社に在籍していて、同じプロジェクトに参加していた。なんということだろう??? 一卵性双生児でもこうはなるまいと思うくらい二人の行動が近いのである。
彼は、結婚して子供が生まれるまでは猛烈仕事人間で仕事先で寝泊まりする日々だったが、二人目の子供が生まれる時、突然目覚めて、主夫になってしまうのである。奥さんは彼と同じ職場に勤務していたのだが、奥さんは職場に残り、彼は家庭を守る人=HOUSE KEEPERになるのである。彼の実家は街の電器屋さんである。お父さんは大喜びしたそうである。見かけは電器屋さんの跡取りである。ときどき、頼まれれば、SEやサーバーエンジニアとして出張作業に応じている。多くの時間をお嫁さんの弁当を作ったり、子供たちの送り迎え、食事の世話、子供たちとの遊びの相手に費やしているそうである。うらやましい人生である。
こんな生き方を聞いた社員やアルバイトの目はどうみてもテンになってしまっている。口をあんぐりあいて、ただただ聞いている。そのうち、サーバエンシニアの腕は確からしいということに気がついた社員アルバイタたちは、自分が直面している問題をいろいろと 質問をする。的確な答えが返ってくる。社員アルバイタたちの目は白黒である。元社員のF氏もノートパソコンにlinuxをインストールする際の注意点やコツなどを聞いていた。
元木氏は、にこにことして、誰に対しても明るく答えている。人柄の良さは昔のままである。
もっと、当社のスタッフと頻繁に会ってもらえる機会を作りたいと思った。
夜の懇親会は、また、盛り上がった。
「ようこそ先輩、わが社へ」の第三回は、誰を呼ぼうかな? SH情報文化研究会でタップリ楽しんで、次世代大学教育研究会や日本語プログラム研究会などでも楽しんでいるのに、わたくしはまた楽しみが増えてしまったようである。やや困惑しつつも、少し浮かれていた。


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琵琶


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義兄お別れ会、収骨--その他、シリーズ外の記事

2009/08/06
義兄お別れ会、納骨--その他、シリーズ外の記事

8月3日 義兄逝く--その他、シリーズ外の記事
8月5日 義兄お別れ会前夜祭--その他、シリーズ外の記事
8月6日 義兄お別れ会、収骨--その他、シリーズ外の記事

8月6日、8月5日の前夜祭に続いて、この日は正式のお別れ会である。
昨日に続いて、受付は私の妻と息子、弟の娘が担当し、姉の教員仲間の方には、個人への特別メッセージの記入への案内をお願いする。

開式は定刻通り12時00分であった。
弔辞は、義兄の教え子と義兄の大学時代の寮の仲間が読んだ。教え子の弔辞は、聞く人の胸に迫る内容だった。彼は、都立北高校入学時、両親の元を離れて、生活の糧も自分で得なければならなくなっていた。自暴自棄になっていたところを担任だった義兄が話し相手になり、支援を惜しまなかったので、卒業もでき、今はよい奥様にも恵まれているという内容だった。彼にとって義兄は父親代わりだったのである。弔辞を読みながら、彼はしばし絶句し、数分間の沈黙があった。口を開こうとするが言葉にならない。場内はしんと静まり返ったままだった。誰もが彼の言いたいことを背中で感じていた。
義兄は教員になった最初の勤務先が都立足立高校の夜間部だった。都立足立高校は私の出身校でもあるのだが、夜間部との交流は全くなかった。義兄が勤務してから、義兄から時折聞く夜間部での勤務は激務であり、神経をすり減らす毎日だったようである。まず、入学者の半分も卒業ができない夜間高校の現状があった。もともとの勉強嫌いもいるが、勉強したくとも昼間の労働で疲れ切って、教室ではもっぱら寝てしまう子もいる。生徒の暴力沙汰やカッパライなどで警察からの呼び出しがあることもしばしばだった。荒れる一人の生徒のために夜間近隣を探し回って夜明けを迎えた日も、昼間の勤務先の工場や建築現場に出向いて煙草を吸う生徒に注意したりもした。ある時は、学業に身が入らず、不良グループに引きずられがちな生徒がいた。出席日数も足りなくて、高卒の資格は困難だった。このままにしておけば本物の不良になってしまうに違いない。義兄は彼を呼び出して、説得した。「高校はあきらめて就職したらいい」--高校の教師とは思えない言葉に生徒は耳を疑ったようだった。それまでは聞く耳を持たなかったその子が初めて心を開いた。義兄は地元の工務店の社長に訳を説明して彼を預けた。のちに立派な社会人になって義兄を訪ねてくれたという。そんなことをしていれば、睡眠時間はほとんどなかったのではないだろうか。
これ以上は体力が持たない、としばしば口にしていたがなかなか後継者がやってこない。やっとの思いで、昼間の勤務に変わった年の新しい教え子が弔辞を読んだ彼だったのである。義兄は夜間部の教師としての経験を存分に生かしていたに違いない。
義兄は生徒のために、どこにいっても体を張っていた。彼の教員魂は今の私の手本でもある。彼ほどにはできないが、一歩でも彼に近づきたいと思う。

収骨の儀では、彼の骨ががっしりと太く、頑丈なことに驚いた。病を得てから亡くなるまでの期間が短かったために骨は細ることなく亡くなられたということだろう。存命ならば、きっと彼の最愛の孫をその腕や腰でがっしりとだきしめ続けていたに違いない。

琵琶


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義兄お別れ会前夜祭--その他、シリーズ外の記事

2009/08/05
義兄お別れ会前夜祭--その他、シリーズ外の記事

8月3日 義兄逝く--その他、シリーズ外の記事
8月5日 義兄お別れ会前夜祭--その他、シリーズ外の記事
8月6日 義兄お別れ会、収骨--その他、シリーズ外の記事

8月5日、この日は京都行きのためにつかれて朝寝坊した。このままでは、私が逝ってしまいそうな疲労感が全身を包んでいた。しかし、うかうかはしていられない。
雑事をかたずけると、午後5時には妻と息子を連れて会場に到着した。すでに、青森からは義兄の御親戚が会場の入口に来ていた。姉の教員仲間が受付を手伝うということで、早めに登場した。
主として、受付は私の妻と息子、弟の娘が担当することになっていたので、姉の教員仲間の方には、個人への特別メッセージの記入への案内をお願いする。
亡母の古い友人で、義兄の子供たちが小さいころ昼間預かってくれたOさんが、まがった腰をさすりながら、なんとひとりで杖をついてやってきた。いつもはご家族と一緒に来るのに、他の方々が忙しくてあとから来るのだという。私が手を添えて控え室、そして会場へと案内した。Oさんには、親族席の私の隣に座っていただいた。ありがたいことである。おからだに触らなければと内心ひやひやだった。
午後6時、定刻となったが、親族を合わせて20名強の出席者だった。予想通りのこじんまりとした葬儀になりそうだった。
会場の都合で開式が遅れて6時20分ころになった。開式を告げるアナウンスが流れると、どういうわけか、どんどん人がやってくる。一人目の友人代表が弔辞を述べる頃には、50席用意した場内はいっぱいだった。そのあともどんどん人がやってくる。義兄は都内の高校教師だった。引退後は地元のボランティア団体によく顔を出していた。どうやら、誰かから聞きつけた教え子たちは仕事を終えてから会場に詰めかけてくるらしかった。地元のボランティア団体の人たちもほとんどが正業を終えてから駆けつけてくれたらしい。献花の儀が始まってからますます人が増えてくる。後ろを振り向くとロビーも、人、ひと、ヒトだった。様相は"こじんまり"から"盛会"へと変貌していた。後で確認すると150名は来ていたことになる。
元市会議員のY氏、現市会議員のN女史の姿も見えた。市民運動のカリソマ的存在のX氏、夜間中学運動の総帥とも言うべきF氏なども来ていた。F氏のお嬢さんが中学高校のころ私はお嬢さんの家庭教師をしていたのである。みなさんは私に駆け寄って握手をしてくれた。
私の小学校以前からの幼馴染みもボランティア団体の関連で来ていたようだが、互いに容貌が変化していて、確認はできなかった。今は、大きな病院のオーナーで事務長をしているはずである。
皆さん、本当にありがとうございました。故人に代わって御礼申し上げます。

琵琶


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日本語プログラミングワークショップ、合同開催(京都高度技術研究所10階フロアにて)--感性的研究生活(51)

2009/08/04
日本語プログラミングワークショップ、合同開催(京都高度技術研究所10階フロアにて)--感性的研究生活(51)

昨年も、日本語プログラミングワークショップが開かれて、大盛況だった。
会場があふれた、ワークショップ「日本語プログラミング」--感性的研究生活(36)

1.今年のワークショップ「日本語プログラミング」
今年は、かねてから関西方面で開催することを願っていたところ、他の研究会との合同で実施されることになった。主催と共催は以下の通りである。
【主催】情報コミュニケーション学会
    http://www.cis.gr.jp/
【共催】次世代大学教育研究会
    (第37回次世代大学教育研究会)
    http://nextedu.chiegumi.jp/
    同オープンソース&リソース戦略分科会
    http://www.totsusangyo.com/wordpress/?tag=os3
    日本語プログラミング研究会
    サイエンスハウス情報文化研究会
    http://www.sciencehouse.jp/company/study.html
    eラーニング戦略研究所
    http://study.jp/esri/
私は、日本語プログラミング研究会の幹事で、サイエンスハウス情報文化研究会の幹事でもある。
イノベーションの研究に熱心な阪井和男教授(情報コミュニケーション学会会長、次世代大学教育研究会幹事)の強烈な個性が引き寄せた合同ワークショップということになるだろう。

2.心晴れぬ間に
私は、昨日の義兄の死を引きずっていて、心は晴れない。無理に明るい表情を作ろうとするとなぜか興奮状態の言葉遣いになる。前夜、京都のホテルでまんじりとしない夜を過ごしていると、浮かぶ言葉がすべて荒々しく攻撃的でひどいものだった。夜明け近く少しだけまどろむと、すぐに起きだして、ホテルを出た。研究会場の方向に5分ほど歩いたところに東京では見かけないビザハウスが朝食メニューを掲示していた。早速入って、一番簡素なバタートーストとゆで卵と野菜サラダのセットを頼む。コーヒーがついてわずか500円である。瞑想して心静めようとした。当日の私の発表時間に何を話すべきか、その軸もまだ定まっていない。以前予定していた発表内容はまとめられていない。内心の焦燥感は、いらだちへと沸々と表面化してくる。いかんなぁ、・・・。自分はこんなにだめな男だったか、と少しがっかりしてしまう。1時間半もその店にはいた。
長居はお店に迷惑である。店の外に出るとタクシーを拾って、会場近くまで行く。会場のビルを確認すると周囲を圧倒するりっぱなビルである。開場までに1時間半もある。タクシーを降りてから北に少々歩いてから、路地裏に入り、散策することにした。いかにも人の生活のにおいのする町である。それでも路上はきれいに掃き清められている。もう打ち水をしてあるお宅もある。小さな間口いっぱいに小さな庭木が寄せ木細工のようにキチンと植えられて風に揺れる木の葉が涼味を醸し出しているお宅もある。京都の街は、東京とは異なる趣を見せている。
路地を見知らぬ男が周囲をじろじろと見ながら歩いていたら、こりゃ不審者と思われてもおかしくないなと途中で思いいたった。会場のビルに戻り、エレベータを上がると、なんとエレベータの前にガラスの頑丈な扉が付いていて、しっかりと鍵がかかっている。まだ開場に1時間もあるのである。当然と言えば当然だ。私は、エレベータを降りて、隣のメインのビルの受付に腰を下ろすと、瞑想の続きをすることにした。発表の軸は、日本語プログラミング言語の作者の発表の見どころ聴きどころに置き、聴衆の皆さんの便宜に供しよう。それ以上のことは背伸びしても中途半端になるだろう。書きかけの別途資料は捨てることにした。
開場30分前、阪井教授の姿が見えた。簡単な挨拶を交わす。なぜか阪井教授も別の意味でいつもより心乱れている様子が見えた。何かあったのかもしれない。
阪井教授の後、開場15分前くらいに、私も会場にはいる。すでに数名が来ている。
私は、ノートパソコンを開いて、前日阪井教授に送った仮の資料の手直しを始めた。


3.当日の進行

   記
===============================================
「オープンソースと日本語プログラミングは社会イノベーションを起こせるか?」

情報コミュニケーション学会が主催する合同ワークショップを京都で開催します。
真夏の京都に,イノベーションの研究者,オープンソースの実践者,日本語プログラミング言語の開発者(作者)が集って,社会イノベーションへの道を議論します。
 今回は,イノベーション・ダイアグラムの発案者である山口栄一氏(同志社大学大学院)やプログラミング言語「Ruby」の開発者のまつもとゆきひろ氏にも,ご講演とパネルディスカッションへのご参画をいただくことになりました。ご期待ください。

【日時】2009年8月4日(火) 10:00-20:00
【場所】京都高度技術研究所10階フロア
    http://www.astem.or.jp/about/access.html
【主催】情報コミュニケーション学会
    http://www.cis.gr.jp/
【共催】次世代大学教育研究会
    (第37回次世代大学教育研究会)
    http://nextedu.chiegumi.jp/
    同オープンソース&リソース戦略分科会
    http://www.totsusangyo.com/wordpress/?tag=os3
    日本語プログラミング研究会
    サイエンスハウス情報文化研究会
    http://www.sciencehouse.jp/company/study.html
    eラーニング戦略研究所
    http://study.jp/esri/
【後援】京都高度技術研究所(ASTEM)
    http://www.astem.or.jp/
【参加費】学生1,000円、一般4,000円
    参加費は、昼食と懇親会費を含んでいます。
【資格】いずれかのテーマに関心のある高校生から社会人まで(誰でも)

※昼食と懇親会はいずれも会場フロアのブラウジングルームにて軽食とドリンクを準備い
たします。

【第1部】イノベーション(10:00-12:50,プレゼンルーム)
開会挨拶(10:00-10:10)
10:10-10:50
 山口栄一(同志社大学大学院)「イノベーション 破壊と共鳴」
11:00-11:40
 末永啓一郎(城西大学)「イノベーション.ダイヤグラム:再考」
11:50-12:00 休憩
12:00-12:40
 阪井和男(明治大学)・栗山健(学研)「創発的な学びのダイアグラム~ミシンはなぜ
縫えるか~」

 昼食(12:50-14:00)

【第2部】オープンソース&日本語プログラミング(14:00-17:00,プレゼンルーム)
14:00-14:40
 まつもと ゆきひろ「Rubyによるユーザおよび地域コミュニティとの連携」(仮題)
14:50-15:00 休憩
15:00-15:25
 飯箸泰宏「ヒトの知識構造と自然言語の文法」
15:30-15:55
 酒徳峰章(クジラ飛行机)「日本語プログラミング言語~事務処理での活用事例」
16:00-16:25
 馬場祐人(早稲田大学)「日本語プログラミング言語「プロデル」が目指すもの」
16:30-16:55
 岡田健「日本語プログラミング言語と抽象表現」

 休憩(17:00-17:10)

【第3部】パネルディスカッション(17:10-18:30,プレゼンルーム)
 イノベーション系:山口栄一(同志社大学大学院)
 オープンソース系:まつもと ゆきひろ
 日本語プログラミング系:酒徳峰章(クジラ飛行机)
 SH情報文化研究会:飯箸泰宏(明治大学)
 コーディネータ:仲林清(放送大学)

【懇親会】(18:30-20:00,ブラウジングルーム)

【パネル展示】(10:00-17:20,ブラウジングルーム)
・「日本語プログラミング言語『プロデル』によるソフトウェア開発」,早稲田大学(田
原 旬,太田 大地,榎本 友紀恵,長谷部 雅彦)
・株式会社ネットランド(吉田 和彦)
・他
 日本語プログラミング&オープンソースソフトウェア関係をはじめとしてさまざまな展
示を歓迎します。
 ※展示ご希望の方は、事務局(阪井 sakai@isc.meiji.ac.jp)までお知らせください。
 ※展示料は無料です。当日、パンフレット類とパネル(任意)をご持参ください。
===============================================

4.テーマの不整合といらだち
私のいらだちは、日本語プログラミングと今回の合同ワークショップのメインテーマである「イノベーション」というモノの不整合にあるようだったが、その時にそれに気づいたわけではない。開場に居てもなんとなく落ち着かない。
午前の部が始まり、興味深い話が続く。「イノベーション」が主たるテーマである。「イノベーション」と聞くと気に障る、いらつく、なんと「できていない」自分なのか。自分に嫌気がさす。
「イノベーション」をたかる山口先生も、末永先生もイノベーションの研究者としては一流のひとかどの研究者である。内容も素晴らしい。しかし、「日本語プログラミング言語」とは無関係に聞こえている。その上、私が考える「イノベーション」とも視点の角度が全く異なっている。いらつきはピークに近かった。
私は、新規技術を含むイノベーションに対しては、いつも選択し、意思決定する側にいた。意思決定する者がボンクラだったり、選択眼を持ち合わせていなかったりすればどんなよい技術も組織政策も水の泡である。意思決定する者の脳の鍛え方と意思決定を末端に浸透させる巧みな組織政策にこそ関心があった。研究者の皆さんの関心は研究テーマの選択の方法にあるようだった。組織や社会が必要とする目的意識的活動の「目的」がサッパリ触れられないことにもいらだちが募った。研究テーマの選択の良し悪しの尺度は何なのか、研究者の皆さんの発表を聞くかぎり私にはさっぱり理解できなかった。明らかに同じ「イノベーション」という事象を私も研究者の皆さんも見ているのだが、見ている面がもしかする真反対なのかもしれないとぼんやりと感じていた。
たった一度だけ質問した。質問にはいらだちが映し出せれていたかもしれない。棘のある言葉が含まれていたかもしれない。関係者には誠に申し訳なく、お詫び申し上げます。

5.私の発表
午後には、まつもとゆきひろ氏による「Rubyによるユーザおよび地域コミュニティとの連携」の講演が行われた。Rubyで儲かったかと言われれば儲かっていないが、おかげで周囲の尊重を勝ち得て、生活も仕事もやりやすくなっているというような説明だった。なるほど、最もなことだと感じた。
このあとの休憩をはさんで、いよいよ「日本語プログラミング言語ワークショップ」の始まりである。
私がトップバッターなので、まず、「今回の発表は事前に公開したタイトルと違って、日本語プログラム言語」の進化がどのようななっているのかについて、見どころ、聞きどころをまとめました」とお断りした。
私が示した図の主なものは、下記のものである。

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K
図1 プログラム言語の2つの側面

日本語プログラム言語といえども、プログラム言語である。プログラム言語とは何かをコンピュータ言語との違いや共通点に触れながら説明し、プログラム言語の主要な二つの側面を取り上げた。一つはプログラム言語である以上、マシンを直接制御できなければならないこと、もう一つは「日本語」を指向する高級言語であるためには日本語そのものではないが日本語らしい文法を取り入れるべきであることの2つである。
言語作者の皆さんがどこまでマシンに接近できているのか、またどこまで日本語の文法に近い言語仕様を編み出しているのかは、大変興味深いと述べた。
さて、私の興味の部分として、日本語の文法についても少しだけ語ることにした。

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Photo
図2 現在の言語学への不満--日本語はドイツ語やオランダ語と同じSOVか?

現在の言語学によれば、日本語はドイツ語やオランダ語と同じSOVだとされている。誰しもこの表を見せられたら、えぇ~っと驚く。ひどい混乱がここにはみられるのではないだろうか。日本語の構成をそもそもS、O、Vでとらえようとするところに間違いがある、と私は思うのである。
人類の言語には、発生分化の道筋にそって元来大きく2つに区分けすべき分類があるというのが私の仮説である。どこにその分かれ道があるかというと、オブジェクトをO、属性をPと表現すると、単位知識においてO-Pとするか、P-Oとするかの違いであるに違いない。O-Pは「O-(P1,P2,P3,・・・)」というユニットを生み出し、P-Oはやがて「P-(O1,O2,O3,・・・)」というユニットを生み出したであろう。前者はオブジェクト指向であり、公社はファンクション指向である。「O-(P1,P2,P3,・・・)」というユニットを組み合わせるセンテンスを持つ民族と「P-(O1,O2,O3,・・・)」というユニットを組み合わせる民族は住んでいる地域も異なっている。前者は地球の寒過ぎる地域か暑すぎる地域のいずれかであり、後者は西のヨーロッパ人~東の中国の漢民族まで、ユーラシア大陸の中緯度にあたる温暖にして麦などの穀物が豊に稔る地域である。「P-(O1,O2,O3,・・・)」のほうが民族の生存をかけた戦争にたけていたのに違いない。

<クリックすると画像は拡大表示されます>
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図3 知識の構造から文法へ


6.日本語プログラミング言語作者の発表
続いて、日本語プログラミング言語作者の皆さんの発表があった。
(1)クジラ飛行機さんの発表
クジラ飛行機さんは「ひまわり」や「なでしこ」の作者である。機能の今日は毎月1回というハイペースで行っていることが紹介された。そして、言語仕様の見直しを進めているということである。なになに?! 耳をそばだてる。FORTHのスタックを参考に仕様の進化を図っているというのである。言語のマシンに向けた部分の話ではなく、高級言語としての日本語プログラム言語の課題への挑戦である。1年間で、かくも進化が進むとは、私は驚いてしまった。
(2)ゆうとさんの発表
ゆうとさんは、TTS-NEOとプロデルの作者である。同じく言語仕様の改訂に取り組むとともに、機能の充実を図っているという。なお、彼は、早稲田大学の指導教官である筧教授の指導のもと、プロデルでプロデルを書くというとてつもない目標をかかげて、マシンを直接扱うことのできる本格的なプログラム言語を目指しているというのである。いつ実現するのかという私の質問に対して、本年度中には、という回答だった。これは楽しみである。
(3)岡田さんの発表
岡田さんは「言霊」の作者である。彼は、この会に出席して、初めて「未踏IT人材発掘・育成事業」の認定を受けたことを明らかにした。発表の始まる前、作者たちが集まったコーナーでは思わず大きな拍手がわいていた。苦労して続けてきた甲斐があったね。皆が嬉しくて顔がほころんだ。生活のために勤めていた会社も辞めて、本年度いっぱいは、「言霊」の開発に全力投球するのだという。すごいことになってきた。
彼の発表は力が入っていた。言語仕様を決定するために日本語の解釈(自動再構成)をシミュレーションして見せた。どこまで公開してよい情報かははかりかねるので、ほんの少しだけ彼のアイディアに触れる。日本語の修飾語をいくつかに分類する。それそれにスタックを用意する。スタック間の優先順などを決めて分解した日本語のセンテンスを再構成するというものである。粗削りだが、大いに可能性の高い方法てある。・・・、私の眼にはほとんどゴールの姿が見えた。私は、岡田さんに、会場から本多勝一の「日本語作文の技術」を勧めた。のちに、メールでも少し補足の討論をした。

7.パネル討論
その後はパネル討論である。
パネラとコーディネータは次の通りである。
 イノベーション系:山口栄一(同志社大学大学院)
 オープンソース系:まつもと ゆきひろ
 日本語プログラミング系:酒徳峰章(クジラ飛行机)
 SH情報文化研究会:飯箸泰宏(明治大学)
 コーディネータ:仲林清(放送大学)
主たるテーマは、「イノベーション」である。他のテーマでお話した人には、どうしてよいか分かりにくい部分があった。私はこーディネータの仲林先生にあらかじめお断りしておいたように、スライドを数枚追加して見せながらお話した。
まずは、私が提案する社会モデルと社会的脳モデルをお見せして共通点を示した。このうち、データベースでいえばシーケンシャルアクセスに相当するネットワーク型の検索の遅さに比べて、ランダムアクセスに相当するメタ型の検索のスピーディさを解説した。知のの狩人として個人が新しい知見を獲得するばかりではなく社会や社会的組織も知の狩人として新しい知見の獲得に努力していること、その上で、飛び離れた概念への擬似的ジャンプの実現、異分野との結合による新発見や飛躍がメタ型の抽象化と具象化のパスを通じて行われること、それがイノベーションなのではないかと述べた。

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Photo_3
図4 ジャンプする発想力の源泉

また、組織の保守性の理由とそれを回避する社長などの組織のリーダの知恵についても以前発表した論文を示しつつ明らかにした。

<クリックすると画像は拡大表示されます>
Photo_4
図5 メンタルパワーモデルによる組織の局所安定領域

参考文献1
飯箸泰宏、情報コミュニケーション学会第3回全国大会発表論文集、pp.43-44(2006); 口頭発表資料)
参考文献2
「組織破断限界シミュレーションの試み: メンタルパワーモデルの提案」(飯箸泰宏、第49回SH情報文化研究会)

コーディネータの先生からは、「深すぎる議論なので、他の方の意見を求めます」とかわされてしまったが、会場は息を飲む人々の顔でいっぱいになっていた。この筋のお話はきっと別の機会にもっと詳しく述べるべきものだろう。

パネル討論の後、山口教授からは、「メンタルパワーモデルによる組織の局所安定領域」のPDFファイルの提供を求められたので、喜んで、差し上げた。山口教授とは、別の機会にゆっくりと討論してみたいと願っている。
野生派の私と、紳士で知的な山口教授のミスマッチ・マッチングは、とんでもないエネルギーを引き出しそうに感ずるのだが、いかがだろうか。

この日は、終日、心の重い部分は消えていなかった。無理に笑顔を作ろうとして、なぜかいきり立っている自分がいた。お気に触った方も少なくなかったかもしれない。至らぬ私をどうか皆様お許しください。

少なくともこの日の「日本語プログラム言語ワークショップ」の成果は大きく、次につながるアイディア満載で希望に胸膨らむ思いで帰京できたことも事実である。

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琵琶

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義兄逝く--その他、シリーズ外の記事

2009/08/03
義兄逝く--その他、シリーズ外の記事

8月3日 義兄逝く--その他、シリーズ外の記事
8月5日 義兄お別れ会前夜祭--その他、シリーズ外の記事
8月6日 義兄お別れ会、収骨--その他、シリーズ外の記事

8月3日午前6時ころ、電話があった。窓の外はまだ真っ暗である。義兄が血を吐いて具合が悪い、という。私の兄弟は土地を接して3つのそれぞれの建物に住んでいる。姉夫婦は我が家の斜め前の家である。まさか、それが最悪の事態につながる電話とは思わなかった。私は電話を寝ぼけ眼で聴いた。夜が明けたら、病院に連れてゆくために車を出す用意をしよう。そんな風に考えた。
6時50分、また電話が鳴った。隣に住む弟からだった。「たった今、義兄が亡くなった」。「えっ」、私は絶句した。
あわただしく身支度をして姉の家に飛び込む。医師の車が立ち去るところだった。第一報のころ医師を呼んだのだろう。一瞬先に到着していた弟も玄関から出てくる。私は、寝室のある二階に駆け上がる。
姉とその娘は涙で顔をくしゃくしゃにして、亡くなった義兄のご遺体をベッドで整えようと悪戦苦闘していた。まだ義兄の遺体は寝間着もはだけている状態だった。姉が「顎が縛れるくらいの長いタオルか、タオルを2本つなげて来てくれる?」と震える声で言う。姉と娘は亡くなった義兄の口元を必死に抑えている。「ちょっと待っていてくれ」と私が言う。見れば何が起こっているのかは一目瞭然だった。硬直が始まる前に開いたまま亡くなってしまった口を閉じておきたいという妻としての最後の務めをけなげに果たそうとしているのだった。私は、自宅でもらいもののまだ未使用のタオルを2本見つけるとつなげて見た。固結びにしても引っ張るとするりと抜けてすぐにほどけてしまう。互い結びにして、抜けないことを確認するとすぐにまた義兄の家に走りこむ。姉が安堵した顔を見せる。「うちは無宗教で行くからね。葬儀屋さんは母と同じところでいいから、連絡して・・・」、先ほどよりも声はしっかりしていた。
長い一日の始まりだった。9時頃ようやく葬儀社はやってきた。ご遺体の周囲にドライアイスを置いてくれた。姉はすっかりまいってしまって、胃が痛いと言って隣の部屋で横になっていた。義兄の息子も車で駆けつけてきた。息子は医師から死亡診断書を受け取りに行くという。姉は同じ病院で診断を受けることにして車に同乗した。
連絡すべき人の名簿はどこにあるのか、、、。葬儀の形式はどうするのか。いや待て、焼却場の予定を抑えることはできるのか、てんやわんやだった。父の葬儀、母の葬儀の両方を経験した私の経験知が少しは役立って、どんどんものごとが決まってゆく。しかし、ご遺体を放置するわけにはゆかない。早めに葬儀場の冷蔵霊安室に移さなければならない、それにはまず死亡診断書が届かないと、、、。
前日には、義兄の妹が青森から出てきていて、楽しく語りあう姿が確認されていた。存命の内に妹と会えたことは、不幸中の幸いだったかもしれない。翌朝、妻と娘に最後までみとられての他界だった。その最後まで本人の意識ははっきりとしていたという。その意味では幸せな最後だったのかもしれない。昨年11月にガンと宣告され、抗がん剤の投与を受けていた。母の葬儀には気丈に出席したが、かなりがっくりとした様子だった。そのころから抗がん剤の副作用に本人の体力が耐えられなくなり、抗がん剤の投与を中止した。在宅診療を専門にする地元の医療機関に紹介され、亡くなった当日は、在宅診療の初日となるはずの日だった。在宅診療による数か月の平安な日々が始まるはずだった。しかし、医師も本人も家族も予想だにしなかった急逝だった。

この日、私は、翌日の京都の研究会の準備をしようと予定していた。それどころではなくなった。関係者には4日の研究会を欠席するかもしれないというメールを出した。実は私も主催者の一人である。欠席したらかなりの迷惑をかけることになる。欠席するなら知らせは早いほうがよいに違いない。
午後3時半、ようやく無宗教の友人葬形式で、焼却場の予定の関係で、通常の通夜に当たるお別れ会前夜祭は5日に、通常の告別式に当たるお別れ会は6日に開催することになった。知らせは数名にだけ出すことにした。その数名に限ると伝えても伝わるものは伝わってしまうだろうから、最低20名、最大でも80名程度の参加を見込むことにした。
4日に京都に出かけることは不可能ではない。いつもの私ならば妻か息子をに荷物持ちに同伴をお願いして外出するところだが、今回はなにか急用が発生したら対応できるように二人を残して、私だけ京都に行くことにした。この日の夜にホテルに入らないと朝からの会には間に合わない。この日最終の新幹線で京都に向かうことにした。ろくに発表資料らしいものなどを準備できなかった。暗澹たる気分のまま、京都のホテルに到着した。

琵琶


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民学コラボレーション2009中間発表会「オッコセイの活動、輪っしょいサイト、学生アンケートの進展」(第61回SH情報文化研究会、北とびあ)--感性的研究生活(50)

2009/08/01
民学コラボレーション2009中間発表会「オッコセイの活動、輪っしょいサイト、学生アンケートの進展」(第61回SH情報文化研究会、北とびあ)--感性的研究生活(50)

例年は、年度末に1度だけ行うゼミ生らの「民学コラボレーションの発表会」が、今年は、夏と春の2回行われることになった。ゼミは明治大学問題発見演習という名称で行われている2年生のゼミである。これまでは通年で行われてきたゼミだが、今年から突然半期ごとに学生が入れ替わるシステムに変更になった。単年度のゼミという例外的な形式だったものが、半期のゼミになったために、もしかすると普通の授業形式にしたほうかよいのかとも悩んだが、今年はとにかくこれまで通りゼミらしくやってみようという受け身のチャレンジとなった。
この発表会は、ここ数年は次世代大学教育研究会との共同研究会の形で開催されていたが、年に2度も土俵をお借りするわけにはゆかないと考えて、夏学期の終わりは、小生と家内が幹事を務めるSH情報文化研究会主体での開催とすることにした。

写真1 ドキドキの発表前(クリックすると拡大表示、以下同)
Photo_2

写真2 当日の会場風景(開会まじか、まだ来ない仲間の一人)
Photo

学生たちは、例年同様、不安と緊張で倒れんばかりの状態で当日を迎えた。今回のゼミは、20名も学生がいる。例年5-7名という小規模なゼミだったのに、天変地異のような大変化である。私のゼミでは好成績者が多いという噂が流れたためらしい。好成績をとるためにはそれなりに大変なハードルが待っているのだが、・・・、このあたりの学生の弁は後半で紹介する。まぁ、入ゼミ前は知らぬが仏というべきだろうか(^^;。ゼミ内を4つのグループにわけて、運営することにした。

学生仮想会社起こせムープメント(愛称「オッコセイ」)ホームページ担当班が一つ、お祭りサイト「輪っしょい」担当班が2つ、学生アンケート担当班が一つである。
これらを束ねる組織は2重化していて、ゼミ長(1名)と副ゼミ長(1名)が束ねるゼミ組織と、社長(1名)と副社長(2名)が束ねる気式会社起こせムープメントである。
研究会の主催は「SH情報文化研究会」に加えて、この「気式会社起こせムープメント」にも参加してもらった。
ゼミでは、何度も発表資料の作成のための学習を重ねた。発表会当日に参加できない学生らが早々と教室内で正式発表を済ませる一方で、ゼミの最終日が来ても、発表資料作成が完了しない者、資料はできたが、一度も発表練習がされていない者が続出した。
ゼミの最終日から発表当日までは他の教科の期末テスト期間である。学生たちは尻に火が付いていて落ち着かない。やれやれ、今年も発表当日の朝早く、私の会社のオフィスに集めて足りない発表練習を補うことにした。
前日まで、私は心配で悶々とした。学生アンケート担当班はアンケート解析が完了したか???、お祭りサイト「輪っしょい」担当班の1つのリーダのまとめ資料はできたかな???、・・・。
当日の午前中、最後の最後まで、私の会社で私が差し入れた弁当を頬ばりながら、必死にキーボードをたたき、発表を点検し合う学生たちがいた。学生たちの火事場の馬鹿力はものすごい。やるものである。涙が出るほど嬉しかった。

事前に配布した式次第は下記の通りである。

   記
===============================================
■第61回SH情報文化研究会■
-------------------------------------------------------
1.主催
 SH情報文化研究会・気式会社オッコセイ
2.開催日時
 2009年8月1日(土) 13:30-16:30(終了後に懇親会を予定)
3.場所
 「北とぴあ」北・第2研修室 A
 JR王子駅2分、地下鉄南北線王子駅直結
 http://www.kitabunka.or.jp/data/sisetu/index.htm
 東京都北区王子1-11-1 tel.03-5390-1100
 懇親会 近くの居酒屋
4.当日のプログラム
 13:00 開場(設営開始)
 13:30 開会
 (1)民学コラボレーション2009について
   ゼミ担当教師 飯箸泰宏
 (2)前期ゼミ活動の報告
   ゼミリーダ 中原純
 (3)前期「オッコセイ」の活動報告
   気式会社起こせムーブメント(愛称=オッコセイ)社長 野村あや
 (4)オッコセイ広報グループの活動報告
   Gリーダ 桃北淳司 
   メンバー 水野春奈・川原田雄飛・野沢慶・野村あや
 (5)「輪っしょい」サイト担当グループの活動報告
   Gリーダ代表 田中庸妃
   メンバー 山本ことみ・塩澤結花・山内里紗
 (6)学生アンケートグループの活動報告
   Gリーダ 児島哲平
   メンバー 堤隼也・宮崎裕也・中原純
 16:30 閉会・後片付け
 17:00~ 懇親会 
-------------------
前回(第60回SH情報文化研究会)の実績
  それゆけ、新年度 ! 「最新テクノロジーと芸術」

前回の民学コラボレーション関係の発表
  「民学コラボ3、ゼミ生らの発表」

飯箸の研究活動
-----------------------------------------------
研究会会費 無料(いつも無料)
懇親会会費 3000円程度(学生半額)
次回以降の発表を希望される方は、ご連絡ください。
===============================================

会が始まる前、会場には、JAVAの神様とか数独の仕掛け人とか呼ばれている藤原博文氏、セイコーエプソンの研究者の方、表現プロジューサの剃り上げK氏、元ゼミ生でKDDIに勤務する先輩、などなど実に多様な人々が来ている。コラボレーションの他方の当事者である当社の社員や、かつてはゼミ生でもあった私の会社のアルバイト学生なども詰め掛けた。
当日発表のために参加したゼミ生13名、その他の人々を加えた参加者は実に26名に上った。
発表順位は当日急きょ変更して、ゼミ長の発表を最後にした。
オッコセイの社長は野村女史である。各班がそれぞれに創意を凝らして活動するのを見ながら、人をまとめることに終始した大変な経験を語った。

写真3 気式会社オッコセイ社長の発表
1_2

オッコセイホームページ担当班は、昨年度作成のオッコセイホームページのサイト構成図をそれぞれが作ってみるところから始めて、改善点を探した。オッコセイの社員名簿(ネットネーム)を更新すること、オッコセイの過去の活動の紹介ページを作る提案をまとめた。

写真4 サイト構成図、ゼミ一番の人気者--なぜ?
Photo_5

ページの制作自体はコラボしている株式会社サイエンスハウスの仕事だが、今年は、ゼミ活動でHTMLの作成を学んだので、学生が自分たちでサンプルテーブルを作ることができた。サンプルのHTMLファイルをプロジェクタで確認して、その後、サイエンスハウスに居る1年上のゼミの先輩に引き渡した。
「輪っしょい」担当班は、やはり、担当する「輪っしょい」のサイト構成図をそれぞれが作って分析するところから出発し、ロゴ制作という新しいアイディアを提案し、仮の原稿のままのページなどを洗い出して改善すべきであることを確認した。また、「輪っしょい」サイトでの収益事業として、昨年度の提案を受けて全国の地場産品の販売をドロップシッピングサイトの利用で実験的に手がけることにした。
実は、このドロップシッピングサイトの実験的使用では難渋することになった。ドロップシッピングでは、商品を供給するサプライヤと商品を販売するシッパーがいなければなせない。利用するドロップシッピングサイトが従来扱ってこなかった商品を仕入れて販売できるようにするためには、サプライヤとシッパーのそれぞれに新規登録が必要になるはずである。登録には銀行口座番号や商業謄本が必要なので、学生が選んだターゲットのドロップシッピングサイトにサプライヤとして私の会社であるサイエンスハウスがボランティアで登録することになった。シッパーとしては、私の息子の会社(株式会社メディアベース松戸)が登録することになった。登録が済めば運用は学生たちがやるという段取りである。
実際に学生たちが選んだサイトに登録を試みると、とんでもない事実がわかった。1つのサイトでは、シッパーの登録はできるがサプライヤの登録はできないのである。別のサイトでは、サプライヤの登録はできるがシッパーの登録はできないのである。これでは用がなさない。それどころか、売りたくもない商品を無理やり売らされたり、売る気がないのに仕入れだけを行ったりするのではないかという恐れさえ感じさせるものだった。くわばら、くわばらである。
学生たちだけだったらすっかり騙されてしまったかもしれないが、プロのビジネスマンがコラボしていたおかげて、急ブレーキを踏むことができた。

写真5 メ、メガネが…--太っちょ先生
Photo_4

学生アンケート担当班の仕事は秀逸だった。アンケートサイトをJAVAで制作しようと最初は意気込んだが、半期でJAVAもDBも習得するのは無理と悟った担当班は、昨年度の反省点を改善することに注力することにした。昨年は学生食堂=学食は安くてうまくてきれいがいいという結果かしか出ないアンケートをやってしまった。学食単独をターゲットにして良し悪しを問うアンケートでは、なんだか明大生はよくが深い、という結果が出てきただけになってしまった感があった。今回は、今年から登場した屋台村(昼時に校舎の陰に小型トラックがやってきてひっそりと店を開く屋台)と学食や売店とを比較するアンケートにしたのである。比較アンケートならば、単に明大生は欲が深いという結果しか出てこない前回のような轍は踏まないだろうというわけである。
発表は、集計結果-グラフ化-分析考察の三段階に分けて行われた。
内容が力強くて、聴衆に深い感銘を与えた。

写真6 アンケート集計の発表
1

アンケートサイトの発表があまりにも感銘を与えたので、最後に残ったゼミ長の発表を危うく忘れてしまうところだった。いやいや、あわてて、ゼミ長が立ち上がる。
最後の締めはさすがにゼミ長である。眼光鋭く、力強くまとめてくれた。

写真7 ゼミ長が締める
Photo_6

発表会は大成功だった。学生たちの安堵と歓喜の声が上がった。私もとてもうれしい。
17時少し前には、お店に無理をお願いして懇親会の会場に移動した。飲みかつ語るは一仕事の後の最高の楽しみです。学生と社会人入り乱れての飲み会は最高だった。
その後、スクリーンやプロジェクタをオフィスまで持ち帰ったのだが、そのあとには2次会となった。残っていたのはほとんどが社会人だが、なぜか飲みっぷりもいいゼミ長だけは残っていた。次回も楽しくやりましょうね。

(写真提供: 中原純)

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