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民衆暴動はアジアへ拡大--情報社会学、予見と戦略(36)

2011/02/24
民衆暴動はアジアへ拡大--情報社会学、予見と戦略(36)

世界の動乱について昨日私はここで記事を書いたばかりである。

為替相場で米は勝ったが、世界の動乱も誘発している--情報社会学、予見と戦略(35)

動乱は、アジアにも拡大している。
中国でも、インドでも、動きはあったが、命がけの民衆暴動という意味では北朝鮮の動きが気になる。まだ、規模などについて、真偽も不確かではあるが、取りあえず真実として受け止めることにする。

ヤフーニュース
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北朝鮮でも数百人デモ発生、治安部隊と衝突、4、5人死亡か 不満が爆発
産経新聞 2月24日(木)9時44分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110224-00000519-san-int
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【ソウル=加藤達也】24日付の韓国紙・朝鮮日報は、中国国境の北朝鮮の都市、新義州で18日ごろ、住民数百人が治安部隊と衝突したと報じた。北朝鮮内の消息筋の情報としている。住民側の被害規模は未確認とされるが、4、5人が死亡したとも伝えられる。
報道によると、金正日総書記の誕生日の連休明けの18日ごろ、市場で商品を売っていた住民を取締中の保安員(警察官)が殴って意識不明の重傷を負わせた。家族が抗議して騒ぎになると、市場関係者らが次第に同調しデモに発展。さらに一般住民も加わり、拡大する兆候がみられたため、当局は秘密警察の国家安全保衛部と軍を投入し、デモ隊を強力に鎮圧した。この騒動で住民4、5人が死亡し、数人が負傷、新義州一帯には非常警戒態勢が敷かれたとの話も広がっているという。
新義州では金総書記の誕生日に約束された配給がなかったため住民の不満が強まっていた。消息筋は「これまでたまった不満が(暴力的な)取り締まりで爆発したことが原因」と話しているという。
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中国やインドと異なるのは、彼らは命がけだということである。こんなことをすれば、本人ばかりか家族もその親類も当局に拘束され、場合によってはことごとく命を失う危険があるのである。
それでも、民衆がこのような動きに出たということは、かなりの切迫した背景が広がっていることが推測できる。
北朝鮮の皆さんがどうであるかも心配ではあるが、このまま、国境の決壊、すなわち難民の流出へと事態が進むことが一番心配である。難民受入れを想定しなければならない周辺国にも危機感はいやがうえにも高めているに違いない。
中国、韓国、ロシアは厳戒態勢だろう。日本は呑気なものだが、どうするのだろうか。

ヤフーニュース
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中国にも達した反政府デモ、危機感高める北朝鮮
聯合ニュース 2月22日(火)17時51分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110222-00000020-yonh-kr
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【ソウル22日聯合ニュース】チュニジアで始まった民主化を求める反政府デモがエジプト、リビアを経て北朝鮮と国境を接する中国に及び、北朝鮮内部でも危機感が高まっているようだ。
 中国ではチュニジアの「ジャスミン革命」に倣い集会を呼びかける文章がインターネットに書き込まれ、市民らが20日に首都・北京と上海を中心に各地でデモを行った。中国は脱北者の北朝鮮脱出経路というだけでなく、北朝鮮が最も多く訪れる地域でもある。また、デモ拡散と流血事態で緊張が高まるリビアは、北朝鮮とは友好国で、類似した統治体制を維持してきた。北朝鮮当局にとり、一連の世界の動きはもはや「対岸の火」ではなくなった。
 チュニジアとエジプトのケースでは、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)と呼ばれるインターネットの交流サイト「フェースブック」、簡易投稿サイト「ツイッター」などを利用した情報流通の拡散が、民主化運動の中心にあった。このため北朝鮮当局は、外部情報が内部に伝わることを遮断しようと腐心している。
 日本の共同通信は21日、外部情報流入を徹底して遮断している北朝鮮当局が、1月から外国人の北朝鮮短期滞在者への携帯電話レンタルサービスを中断したと伝えた。北朝鮮当局は、以前から決まっていた通信システムの変更のためだと説明しているが、海外の民主化運動が伝わらないようにする措置ではないかとの分析も出ている。
また、北朝鮮当局が内部イントラネットの統制も強化するのではとの見方も浮上している。北朝鮮は外部とのインターネット連結を遮断しており、内部のイントラネットで情報流通を行っている。これに対する監視も強化しないわけにはいかないとの見方だ。元北朝鮮公安機関の職員だった脱北者は、「民主化の要求が中国にも到達しただけに、北朝鮮当局は公安を動員し、盗聴などイントラネット監視を強化するだろう」と話している。
各国の反政府運動と関連し、労働党機関紙の労働新聞は9日付の個人筆名記事で、「一部の国で民主化革命が起きているのは、その国の人々がまともな精神を失い、帝国主義者らが吹く欺まん的な自由や民主主義のラッパに踊らされていることと関連している」と述べ、思想教育の重要性を主張している。
反資本主義、反帝国主義教育を強化し、住民に一致団結を強調するさまも目につく。労働新聞は21日付一面に掲載した社説で、「先軍朝鮮の飛躍の気勢を高くとどろかせるには、党代表者会精神を徹底的に具現する必要がある」「党代表者会精神は歳月がどれほど流れても団結の中心、領導の中心を変わらず護衛していく一致団結の精神」だと述べている。 .最終更新:2月22日(火)17時52分
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MSNニュース
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インドで数万人が抗議デモ 食料高騰と汚職に不満
2011.2.23 22:40
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110223/asi11022322440010-n1.htm
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インドで発せした大規模デモ=23日、ニューデリー(AP)
インドのニューデリー中心部で23日、労働者ら数万人が集まり、高騰する食料価格や、シン政権の幹部や与党議員らをめぐり相次ぎ発覚した汚職疑惑などに対する抗議デモを行った。警察が一部の道路を封鎖したため、渋滞が発生するなど交通が一時混乱した。けが人などはなかったとみられる。
デモの参加者は、食料価格の沈静化に失敗した政府の対応を非難する横断幕などを掲げ、議会周辺などを行進した。(共同)
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事態は急展開しそうである。
解説は後回しにしても、事態を注視することにしよう。
政局どころではないですぞ。
情報収集に向けて、関係省庁、関係者、政治家、マスコミ(自由記者クラブも含めて)の皆さんの注力をお願いする。

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琵琶

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為替相場で米は勝ったが、世界の動乱も誘発している--情報社会学、予見と戦略(35)

2011/02/23
為替相場で米は勝ったが、世界の動乱も誘発している--情報社会学、予見と戦略(35)

直近10年、世界の工場としての中国は、目覚ましい成功を収めた。食料品と工業製品を世界中に売りまくり外貨を稼ぎ、中国内に富豪をたくさん産んだ。
その反面、安価な中国製品に押されて、国内産業が圧迫され、倒産や縮小を余儀なくされ失業率の増大に悩む先進国が目立った。アメリカ、ユーロ、日本の苦境は深刻である。
しかし、アメリカだけは昨年末から、かつての苦境からは脱却しつつある。
このアメリカの反撃が、今世界を揺るがしているアラブの民衆革命の原因にもなっていることを私は指摘しておきたい。

中国ばかりが躍進したように見えるが、実はかつてはアメリカやヨーロッパに収奪されるばかりだった南米各国、とアフリカ・中近東も相対的にその地位を向上させ、アメリカやヨーロッパから富を奪い返す勢力に成長した。
日本の周辺にある東南アジアも同じである。
先進国ばかりに富が集中する時代はある意味で終わったのである。
30年前、高度情報化時代の幕開けは、知識と情報のボーダーレス時代の幕開けだった。発展途上国と言われたいわゆる後進諸国の人々にも、先進国の情報と知識は躊躇なく流れ込んだ、特に若者はこれに刺激を受け我先に先進国に留学したり、出稼ぎに出て生産技術や会社や社会の運営ノウハウを身に付けた。彼らは10年前にはもう大挙して自国に戻り、自国内に産業を興し、身に付けた技術で、安価な労働力を武器にして、輸出産業を隆盛に導いたのである。つまり後進国の逆襲が始まったのである。
アメリカは、新保守主義の共和党が迫る経済的危機に備えて、イランとイラクの権益を拡大するためにアラブとの戦争に乗り出した。これは泥沼となり、失敗だった。民主党のオバマは、これに替わって、内需拡大で経済建て直しを図ろうとしたが、これも事実上の失敗に終わっている。その代わりにオバマが昨年の夏に開始した金融緩和策と「為替戦争」が効を奏しているのである。試行錯誤の結果とは言え、アメリカはようやく自国だけは救えるかもしれない戦略に行き着いたというところだ。
金融緩和策は一時のカンフル剤にすぎない。今回の成功の背骨は「為替戦争で勝つ」ということにある。
ルピーもルーブルも元(げん)も、ドルに対して換算レートが安すぎるということにアメリカは早くから気が付いていた。この事態は、同じように作られた商品であっても、ロシア、中国、インドからは安くアメリカには運び込まれる。アメリカから海外に売り込もうとすれば高く売らなければならないのである。ドルの値段を安くするにはどうすべきか、ドルは兌換紙幣なので金と同等である。金相場を下げるのは容易ではない。保有する金塊以上にドル紙幣を発行することはできないので、国債や債券を多量に発行する挙に出てのである。これはきわめて危うい選択ではある。おそらく政権内にも反対が多かったに違いないが、昨年末オバマは支持率の大幅下落を回避する切り札としてこれを断行した。今はドルの国際価格はどんどん下がっているのである。「ドルの国際価格はアメリカの威信」などと虚勢を張っている場合ではないのである。「ドルの国際価格を下げること」こそアメリカの経済を救うというきわどい選択をしたのである。そして、これは今のところアメリカにとって大成功である。
一例として、元とドルのレートの変化のグラフを掲載する。

図1 元-ドルの時系列変化
サーチナ 20110223
20110223

元は、中国による固定為替政策のために頑強に低価格に抑えられ、中国の経済大躍進に貢献したことで有名である。自由為替制への移行を固く拒んで、欧米の非難を激しく受け、圧力が高まるとごくわずかに譲って見せるだけで基本的には元の圧倒的優位を継続中である。ところが、昨年秋、アメリカの地方選挙でオバマ陣営が大敗を喫すると、オバマは大きな舵を切ったのである。彼の取った政策は、巧妙に国内政策のように見せかけられているが、本当の狙いは為替戦争での勝利に向けて大きな手を打ったのである。
昨年末(2011年12月20日)を境にして、「元」はおおむね上昇しており、「ドル」はその分下落しているのである。途中に急な下落が2-3見られるが中国政府による為替介入があった痕跡と推測される。それでもアメリカはこのところ為替戦争に勝ち続けていることが見て取れるのである。中国の固定為替政策のおかげで、アメリカはまだ十分な勝利には至っていないが、よく戦っているということはできるのである。
比較として、元と円の同様のグラフを見てみよう。

図2 元-円の時系列変化
サーチナ 20110223
20110223_2

こちらは、同様に中国政府による為替介入があった痕跡らしいものが見られるが、おおむね、一定の水準の範囲で上下しているだけである。日本は、為替政策で勝っていないのである。
日本が勝っていないだけではなくて、他の世界各国が勝っていない。つまりアメリカの一人勝ちである。
世界はまだこの事実にほとんど気づいていない。日本のマスコミも気づいていないようだ。世界は広いので、私以外にも気づいている人はいるに違いないが、たぶん、一握りの人たちだけだろう。

アメリカが、為替戦争に勝つとどういうことが起こるのかと言えば、当たり前のことであるが、「いわゆる後進国の逆襲」が止まるということである。中国もアメリカに対して売りこみにくくなり、ロシアもインドもアフリカ諸国も南アメリカも東南アジアも、これまで続いていた「作れば売れる」というバブリーな輸出に急ブレーキがかかってきたということである。これは、中国、ロシア、インド、アフリカ諸国、中南米諸国、東南アジア諸国でジワリと失業を増やしてしまうことになる。これらの諸国の生活水準は、かつてのように低いわけではない。食糧や物資に対する欲求はかなり上昇している。工業生産のために農村はすでに荒廃している。食糧不足が生まれているのである。失業による所得の減少と食糧不足がダブルパンチでいまこれらの国々に襲いつつある。
一部の国では、我慢の限度を超えて暴動が起き、政権が転覆した。今後もいくつかの国でも同様のことが起こるだろう。
これが、世界の無秩序と戦争の自体への入り口でなければよいと思うが、私がかつて予測した世界の混迷期(戦争と暴力の時代--2015-2025)もかなり近づいている。

直近未来30年の人類史激動の予測図--情報社会学、予見と戦略(7) 2006/12/10

もう、私のような年寄りは戦争になっても、戦場では足手まといにすぎないし、たちまち命を落とす側だろうが、若者はこれから自らの血を代償に戦わなければならないことがあるかも知れない。
取り越し苦労かもしれないが、私の教え子の皆さんは、まずは自らの命を大切に、生き延びて、そのあとに来る社会に貢献してほしいと切に願うものである。

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琵琶

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上からも下からも途中でも横からでも、機会あれば全力で教える--心理、教育、社会性の発達(87)

2011/02/22
上からも下からも途中でも横からでも、機会あれば全力で教える--心理、教育、社会性の発達(87)

「未来工房 深層ブログ」や「未来工房ファンML」で、ゆとり世代の若者にどう対処すべきかという話題が盛り上がっている。
「未来工房深層ブログ--第6話: ゆとり世代をどう教育するか」を参照してください。
ある人は、企業教育が対応すれば、企業-->大学-->高校-->中学-->小学校-->幼稚園・保育園-->という具合に教育の改革は波及するのではないかと提言する。
ある人は、いやいや上で頑張っても限界がある。母が子を宿したときから社会性は育てなければ育たないことがある。
というわけである。
種を明かせば、教育は気づいた人が気付いた時に始めなければいけないわけで、下だけとか、上だけとか言っていられないわけです。上からも、下からも、途中でも、横からでも、が、正解です。
入社後、教育が足りていないからと言って、大手企業のように就業規則違反を盾にしてすべて解雇してしまうのでは、あまりにも切ないし、中小零細企業では、どんなに足りていない人物であっても、いったん雇ってしまったら、多くの場合は、だましだましであっても使い続けなければならない。大学に至っては、足りないだけでは放校処分になどできるわけがない。教育機関であれば犯罪者でもない限り、足らざるを補い、十分な社会人にする使命があるのである。
そう、「十分な社会人にする」という使命こそ大学人は肝に銘じなければならないのだが、すっかり社会人への成長軌道を外れてしまっている学生からみると「余計なお世話で、とんでもない圧政」に映るのである。

「上から」を志向した経済産業省の施策の一つで、大学が協力している事業に「社会人基礎力養成」という者がある。経済界が希望する人材を大学で育てようというもので、一昔前ならば、マスコミと反対勢力が大動員されてつぶされたかもしれない事業である。時代は変わったものである。試みとしては大変結構だが、どこか足りていない。この試みには、どこか"学生を監獄に入れて鞭打つことで鍛えよう"というニュアンスを感じしまうのは私だけだろうか。社会性などくそくらえだという思いに固まってしまった学生を叩いたり、延ばしたりするのばかりが教育ではないと私は思う。意欲を掻き立てて、面白く学ばなければ何事も身につかない。
そうは言っても、面白いだけなら吉本新喜劇の客席にいればいい。舞台に立つ側は艱難辛苦を乗り越えてきているのである。私は、面白くなくちゃ大学じゃない、とは思うのであるが、艱難辛苦も後の楽しみのためには必要なソースだとも思うのである。
少し前に、私は次のようなブログの記事を書いた。
「社会人基礎力」養成って、歪んで焼きあがってしまった学生を叩いたり伸ばしたりすることですか?--心理、教育、社会性の発達(83) 2010/10/25
ここで、その素晴らしい成果についても述べたが、抜け落ちている何かについても指摘した。
日本の教育には、次の諸点などが必要であると、この記事に書いた。
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「母子分離分娩」から「母子同室分娩」へ(生後0分~40分、そして3日間)
 「子供は親の私欲の妨げ」から「子供は家族の至福の宝」へ(自分たちの結婚から子供の結婚まで)
 「友達は敵だ」から「友達は一生の味方だ」へ(0歳から)
 「孤立して暗記勉強」から「"どうして?" がいつでも言える学習コミュニティ」へ(保・小・中・高・大)
 「斉一型教育」から「児童生徒の個別成果の公表を目指す教育」へ(保・小・中・高・大)
 「専門バカや、専門なしジェネラリスト」から「高い専門能力をいくつか持つジェネラリスト養成」へ(高校・大学)
 「伽藍型教育」から「部活・ライブ・ボランティア活動・アルバイトとも併存できるバザール型教育」へ(高校・大学)
 その他(「3つの能力/12の能力要素」など)
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つまりは、「上から」だけでもなく、「下から」だけでもなく、途中でも、横からでも教育はすべきであり、そのための環境を整えることの大切さも述べたつもりである。
「上からだけ」では足りない。「下からだけ」では、今の青年たちが見捨てられてしまう。横からも途中からも、教育は必要なのだ。
機会あれば、どこでもいつでも全力で教えるが教育者の使命である。微力にして及ばす、または環境がなくて残念、ということもしばしばあるし、そのたびに個人としての限界に忸怩たる思いにふけることにもなるが、前のめりに、生きている限りはできることを全力でやるということが、教壇に立つ者の心意気であると思う。

△次の記事: 心理、教育、社会性の発達(87)
(準備中)
▽前の記事: 心理、教育、社会性の発達(86)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2011/02/--86-5ba5.html

琵琶


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九九できない・アルファベットわからない大学生、キャンパス見学しただけで合格?! --心理、教育、社会性の発達(86)

2011/02/19
九九できない・アルファベットわからない大学生、キャンパス見学しただけで合格?! --心理、教育、社会性の発達(86)

昨年から、「未来工房 深層ブログ」というものを始めた。主要メンバー3名による共同ブログである。「未来が見える3人」という触れ込みで、やや脱線気味に議論が進むので、面白い。3人とも大学や専門学校で教壇にたつ立場なので、学生たちとの豊かな交流の体験もその背景にはある。

今日、メンバーのお一人であるYuuki先生が、ぼやきのメールを送ってきた。
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ところで、以下の記事がありましたが、
今、まさに、そのまま実体験していることで、困ったものです:
http://www.news-postseven.com/archives/20110215_12738.html
http://www.news-postseven.com/archives/20110218_12849.html
そして、ふと、小中学校の教師はどうか?と考えてしまいました。
自分が教える科目の指導書に書いていないからできない!なんてことが無ければ良いのですが・・・
真偽はともかく、漢字を読めない総理大臣がいたと言われる国ですから、どこから教育すべきか、分からなくなります。
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「総理大臣が、漢字を読めない」の真偽には別の議論があるかもしれないが、英語は堪能でも日本語が怪しい日本国籍の人がいないわけではない。いな、英語も日本語も同時に怪しすぎる人が少なくない。国文学の入門=「国語」の教育はされていても、これまでの日本には「日本語教育」がないのだから、当たり前のことである。日本語についての正しい知識を教えずして国文学を教えようとしてもかなり無理があるものだから国語の教育にも効果は上がらない。
とくに政治家の場合、一般論として、政治的腕力と教養の高さとは必ずしも比例しているとは言い難いのも事実である。
教師に限っていえば、教科書会社が指導書(アンチョコ)を作成し教師に供給する必要があるのは、これがなければ教壇で教えられないという小中高校の教師が少なくないということの傍証でもある。

どれどれと、記事を読むと、「いやいや、そんな・・・というようなことが書いてある」と言えればたいへんカッコイイのだが、実は、"いやはや、その通り ! " の内容だった。

「New ポスト セブン」
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底辺大学生 九九できない・アルファベットわからない
2011.02.15 10:00
http://www.news-postseven.com/archives/20110215_12738.html
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大学への進学率が上がる一方で、底辺校といわれる大学では、学力の低い学生の存在に頭を悩ませている。千葉のある工業系大学で基礎数学の授業を受け持つ講師がいう。
「微分・積分など、高校レベルの学力がない程度ならばまだマシな方です。一次関数までレベルを下げてもまだ理解できない学生が多かったので、ひょっとしたらと思って九九の計算を解かせてみたんですが、全問正解したのは半数以下で仰天しましたよ」
こんな学生を、エンジニアとして就職させるのは不可能だ。埼玉大学教授の岡部恒治氏はこう語る。
「私が『分数ができない大学生』という著作を出してから10年が経ちますが、大学生の学力は当時よりもひどくなっている。現在、大学の半数以上は、正規の授業やゼミとは別に、小学生から高校生レベルの国語、数学などの補習授業を行ない、学び直させているんです」
埼玉の某大学で英語を教える講師はこう打ち明ける。
「ウチの大学では、中学1年生が最初に教わるI、MY、ME、YOU、YOUR、YOUといった人称代名詞から学び直しています。アルファベットの順番がわからず、辞書すらまともに引けない学生が多いですから仕方がない」
ついには、小学校の「国語」さえまともにできない大学生も出現している。中国地方の某大学では、学生と教員の間で「交換日記」をつけているという。学生は、「つまらなかった」程度しか書けない。そこで教員は、「いつ、どこで、何があって、どのように、つまらないのかを書かないと伝わらないよ」と、5W1Hを教えるところから始めている。
学力低下を嘆いているのは、“最底辺”の大学だけではない。名門・早稲田大学では「1万人シリーズ」と銘打ち、同大に入学する新入生約1万人に対し、インターネットを使ったリメディアル教育(補習授業)を施している。
科目は、日本語、数学、英語の3つ。例えば日本語の授業では、レポートの文献の引用の仕方について「書物に書かれている内容と自分の考えの区別が分かるように書く」といった基本的な事項を教えたり、毎週400字程度の作文を課して、クラス指導員がコメントと評価点をつけて返却したりしている。
※週刊ポスト2011年2月25号
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取り上げられた大学には気の毒だが、実は、私の経験ともよく重なる。建前の上では、理科系はもちろん文科系と言えども大学生は、高校の2年生までに取り扱う「数Ⅰ」と「数Ⅱ」を履修していることになっている。しかし、二次方程式、数列、級数、微分などは、"式一つ書いただけで暴動がおこる" という状態である。「数学なんか、わかんねぇっ」と机をどんどん叩いたり、課題をボイコットしたりは当り前である。私は、通常の講義中は絶対に「中学数学の水準で説明する」を厳守しているのである。それでも、放物線(中学2年生で出てくる)を描いて見せただけで、「数学なんか、わかんねぇっ」という怒声は飛んでくるのである。挙句の果ては、事務に「説明の仕方がへたで、意味が分かんない」などと告げ口されるのである。さらにひどいことに学生による「授業評価」には酷評が書かれてしまう。
私が教える内容は主として「システム理論」なので、なんとか算数の範囲でも大半は教えられるが、残りの半分はどうしても中学の数学程度は必要である。ラグランジェ関数やカオス理論を避けられない場合は、数式を一切示さず「言葉」での説明で置き換えている。数学の教師はともかく、経済学部の先生方などはどうしていらっしゃるのだろうか。階差式や微積は当たり前の世界でしょうに、、、。

「New ポスト セブン」
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少子化で必死 キャンパス見学しただけで合格通知出す大学も
2011.02.18 10:00
http://www.news-postseven.com/archives/20110218_12849.html
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少子化と大学数の増加で、受験生が募集人数を下回る定員割れが相次いでいる。昨年春は、私大の約4割が定員割れだった。つまり、受験勉強を一切しなくても「名前さえ書けば合格」できる学生が急増しているということだ。
そんな学生の受け皿になっているのがAO入試である。90年に日本で初導入されて以来、広がり続けており、昨年度は全私大の入学者の10.5%がAO入試による入学者だった。AOとは、「アドミッション・オフィス」の略で、直訳すると「入試事務局」。
一般的な大学入試は学科試験を受けるのに対し、AO入試では職員で構成される入試事務局が「総合評価」で合否を判断する。“学科試験を受けないでも合格できてしまう”のがミソだ。そのため、定員割れに苦しむ大学では、AO入試を乱発している。
多くの大学は授業やキャンパスを高校生に公開する「オープンカレッジ」を行ない、入学生を増やそうと取り組んでいる。ある学校では、見学に来た高校生に名前や趣味、部活などを書き込む「履歴書」を提出させるという。
そして、なんとその場で「AO入試を行なった」として合格通知を渡すというのだ。こんなことを繰り返していれば、学力低下が解決するはずがない。そもそも学ぶ意欲のない者を大学に入れていることが間違いなのだ。
※週刊ポスト2011年2月25号
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そもそも、一般入試以外の入試は、一般入試では合格しない学生を拾うための制度である。
某大学でAO入試で入ってきた一人の文科系の女子学生(経済学部生)が、休み時間に数Ⅱが分からないので教えてくれと言ってきたことがある。私の講義の課題はそれなりに取り組んで提出率も悪くはない学生である。持ってきた教材は、高校復習コースの教材だった。どういうこと??? と聞くまでもない。この大学では付属高校の教師が大学に派遣されて、高校の教科の復習を担当しているのだが、その授業内容が分からないというのである。これには参った。教えてあげたいが、彼女と二言三言言葉を交わすと、中学の数学から教えなおさなければならないのは自明だった。1日や2日では教えきれない。おそらく詰め込んでも半年は必要である。いらしている高校の教師か学務課とよく相談しなさいとしか言いようがなかった。課題に出ている問題の解答だけは作ってあげたが、それだけでは、本人がその解の意味が理解できないのだからほとんど意味がない。その後、彼女は私の授業にも出席してこなかったので、どうなったのかわからない。心が痛む思い出である。
彼女は「AO入試では数学ができなくても入学できると聞きました。でも入学したら、数学が必要だったんです。このままでは単位が取れないし、卒業できません」と半べそだった。彼女には「学ぶ意欲はあった」のである。大学に入るまで「学ぶ必要がなかった」だけである。「学ぶ必要性」を教えられていたら、きっと真面目な彼女は数学もそれなりに学習してきたに違いない。
もう、彼女のような被害者が出ないことを祈りたい。

このやり取りを見ていた、もう一人の「未来工房」のメンバーであるAkira先生が、次のようなメールを下さった。
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この事は、Yuuki先生が以前からおっしゃっていた事ですね。大学で初等教育やモラルの勉強に戻って教えなければいけないとは。
確かに、自分でも発言や文章がきっちりとしているか まったく自信はありませんが。
ゆとり教育で減らされた授業時間、詰め込み教育の批判から、無理に教えない。さらに教師の教える以外の仕事量の増大ということが多重に重なったのが原因なのでしょうか。九九もマスターしないで進級する子が、少子化でハードルを下げた大学に大量に入学でき、しかも、退学すると経営に響く大学側は、せっせと初等教育から面倒を見る。
数ヶ月前も新聞で「少子化で子供に媚びを売る大人が増えた」と嘆いている記事がありました。
このことからも被害者は、子供達であり問題は大人なのではないでしょうか。
今期、長男が滑り込みで就職ができましたが就職先の企業から、ビジネスマンになるための指導マニュアルや
課題が次から次に送られてきます。
・「社会人、やっていいこと悪いこと--だれも教えてくれないビジネス社会の常識・良識」、監修・白沢節子、PHP研究所
・「新社会人のための仕事の基本 ビジネスマナー 篇」、ビジネス実務研究会・編、日本能率協会マネジメントセンター
ちょっと以前であれば、新人には、先輩や上司が教 えてくれたり、見よう見まねで学習したことも、いまでは既存の出版社が出すこれらの書籍をポン と渡すだけですかい。
その企業なりのマニュアルをつくれないのかなぁ。
(と文句をいいつつ、ちょっと中身を覗いては、そういう自分は出来ているのか、はなはだ不安になります。)
初等教育やマナー、モラルをおろそかにしてきたツケは順送りになって、大学と企業にということなんでしょうかね。
-----------------------------------------------

ほんとに、、、。

参考1:「学生は変わったか--心理、教育、社会性の発達(1)、2005/07/17」
参考2: 「未来工房 深層ブログ--第6話: ゆとり世代をどう教育するか」


△次の記事: 心理、教育、社会性の発達(87)
(準備中)
▽前の記事: 心理、教育、社会性の発達(85)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2011/02/--85-c0ce.html

琵琶


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金銭的報酬で動機づけようとすると神経がひそかに傷つく--心理、教育、社会性の発達(85)

2011/02/16
金銭的報酬で動機づけようとすると神経がひそかに傷つく--心理、教育、社会性の発達(85)

金銭的報酬で動機づけと聞くと教育には無関係と思う人も少なくないが、案外広く行われているし、教育に「成果主義」を取り入れるべきだという、トんでも教育論者のおかげで、「外的動機づけ」に四苦八苦している教育現場も少なくない。
確かに、ビジネスの現場では、何かを成し遂げたらお金を払うというやり方は、よく行われるのだが、動機づけという意味では、効果は一時で、本人の能力を持続的に高めることはない。という話を聞いたことがある人は多いに違いない。それでも、この、「外的動機づけ」というものがすたれることがないのはどうしてなのだろうか。
「外的動機づけ」という神話は、本人の能力を持続的に高めることを目的に語られるのではなく、雇い主に少しでも高い報酬を支払わせるためのいわば方便なのである。雇い主が何かを勘違いして支払ってしまえばこっちのもの、いただいたものをポケットにねじこんだら、次の瞬間には何のためにいただいたお金だったかなんて忘れてしまっても、大丈夫、、、だってもう、いただいたお金は自分のものであって、雇い主のものではないのだから。能力を高める努力だって?、、、ちゃんちゃらおかしいぜ、おいらのほうがもともと能力が高いのだから。お金を払うあんたのほうが無能ってわけだぜ。というわけである。
賢い経営者も最新の経営学も「外的動機づけ」の限界や効力のなさについては熟知している。知らないのは素人経営者や、勉強不足のアマチュア経営学者である。
参考:「「株主利益最大化」のまやかし、クリステンセンはかく語る--社長の条件(12)」
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2005/11/12_391d.html
昨年、外的動機づけが無意味なだけではなく、「神経をひそかに傷つけている」ことを指摘する論文が提出された。
Kou Murayama, Madoka Matsumoto, Keise Izuma, and Kenji Matsumotob,"Neural basis of the undermining effect of monetary reward on intrinsic motivation," Proceedings of National Academy of sciences ofUnited States of America, November 15, 2010.

アブストラクトは次のとおりである。
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bBrain Science Institute, Tamagawa University, Tokyo 194-8610, Japan;
cJapan Society for the Promotion of Science, Tokyo 102-8471, Japan; and
dCognitive Brain Mapping Laboratory, RIKEN Brain Science Institute, Saitama 351-0198, Japan
Edited by Edward E. Smith, Columbia University, New York, NY, and approved October 20, 2010 (received for review September 8, 2010)

Abstract
Contrary to the widespread belief that people are positively motivated by reward incentives, some studies have shown that performance-based extrinsic reward can actually undermine a person's intrinsic motivation to engage in a task. This “undermining effect” has timely practical implications, given the burgeoning of performance-based incentive systems in contemporary society. It also presents a theoretical challenge for economic and reinforcement learning theories, which tend to assume that monetary incentives monotonically increase motivation. Despite the practical and theoretical importance of this provocative phenomenon, however, little is known about its neural basis. Herein we induced the behavioral undermining effect using a newly developed task, and we tracked its neural correlates using functional MRI. Our results show that performance-based monetary reward indeed undermines intrinsic motivation, as assessed by the number of voluntary engagements in the task. We found that activity in the anterior striatum and the prefrontal areas decreased along with this behavioral undermining effect. These findings suggest that the corticobasal ganglia valuation system underlies the undermining effect through the integration of extrinsic reward value and intrinsic task value.
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これはエキサイトの「WEB翻訳システム」で翻訳くすとる次のように翻訳される。翻訳精度がそれほどではないが、幾分は意味が伝わるかも知れない。
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エドワード・E.スミス、コロンビア大学、ニューヨーク(ニューヨーク)、および承認された2010年10月20日までには、編集されます。(レビューのために、2010年9月8日に受信します)

要約
人々が報酬誘因によって明確に動機づけられているという広範囲の信念とは逆に、いくつかの研究が、性能ベースの付随的な報酬がタスクに従事するために実際に人の内発的動機づけをひそかに害することができるのを示しました。 この「ひそかに害する効果」には、現代社会における、性能ベースの奨励制の芽を考えて、タイムリーな実用的意義があります。 また、それは経済と補強学習理論のための理論上の挑戦を提示します。(学習理論は金銭的誘因が動機を単調に増加させると仮定する傾向があります)。 この挑発的な現象の実際的で理論上の重要性にもかかわらず、しかしながら、神経的基礎に関して少ししか知られていません。 ここに、私たちは、新たに開発されたタスクを使用することで行動のひそかに害する効果を引き起こしました、そして、ファンクショナルMRIを使用することで神経系の相関を追跡しました。 私たちの結果は、本当に、性能ベースの金銭的報酬が内発的動機づけをひそかに害するのを示しています、タスクの自発的の約束の数によって評価されるように。 私たちは、効果をひそかに害しながら、前方のstriatumのその活動とこれと共に減少する前頭前野が行動であることがわかりました。 これらの調査結果は、corticobasal神経節価値評価システムが付随的な報酬価値と本質的なタスク価値の統合でひそかに害する効果の基礎となるのを示します。
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内的動機があり、意欲的に進めている事柄であっても、途中から金銭的な報酬をちらつかせると途端に興味を失ったり、集中力を失うだけではなく、神経活動のレベルで明らかに損傷が生じていることを示しているのである。
「外的動機づけ」は、ヒトの自発的意欲を神経活動のレベルで破壊するのである。
学習の動機付けとして、金銭的報酬が得られること、裕福になることなどを過度に強調すれば、子供の心はひそかに傷つき、学習意欲を失うことらなることを示唆する研究である。

教師も親も、「内的動機づけ」に努めて、安易に金で釣るような「外的動機づけ」はやめるべきということになるのではないだろうか。

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琵琶


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人類進化のサブエンジンは中東にあり--その他、シリーズ外の記事

2011/02/13
人類進化のサブエンジンは中東にあり--その他、シリーズ外の記事

飯箸仮説を裏付ける事実がまた提出された。
飯箸仮説によれば、人類の進化の主たるエンジンはアフリカにあったが、ホモサピエンスを生んだサブエンジンは中東(エデンの東、カナンの地)にあったとするものである。ムラを作る能力のあるホモサピエンスは60万年ほど前に中東(エデンの東、カナンの地)において、ホモ・ハイデルベルゲンシスの亜種として成立し、一部はアフリカにも出戻りをしたという考えである。ネアンデルタール人はホモ・ハイデルベルゲンシスの直接の子孫であるが、クロマニヨン人(ホモサピエンス)は、ホモ・ハイデルベルゲンシスとはずいぶんと違っていた。
遺伝子時計に従う限り、ネアンデルタール人とクロマニヨン人(ホモサピエンス)は60万年ほど前に分離したことになる。
化石や遺跡をもとに進められている考古学では、「現在のホモ・サピエンスも10万年ほど前にアフリカで誕生して、世界中に広がっていったようである(第2の出アフリカ)。」としていることが多いようだが、これは遺伝子時計の証拠を説明できない。
また、最古のムラの遺跡(50万年前)と言うものがモロッコで発掘されているが、周囲にはこまムラの遺跡に至る漸進的な進化の跡がない。落下傘のようにどこかから降ってきたかのようである。飯箸は、これを中東からの出戻りの痕跡であると見る。
東アフリカで15-20万年前のアフリカのイブの発見、続いて25万年前ほどのムラの遺跡が発掘されて、これがホモ・サピエンスがアフリカ起源の証拠とされているようだが、飯箸は頑固に、中東にこそもっと古いムラの遺跡があるはずだと言い続けていた。同時期にヨーロッパの北部と東部にはクロマニヨンたちが侵入していたのであるから、アフリカとヨーロッパとは等距離にある中東にこそ起源があってよいはずというのが彼の考えの根本にあった。
公の発表は、次のものがはじめてかもしれない。
2008.09.27「日本語と日本語プログラミング言語」(飯箸泰宏、情報コミュニケーション学会第2回ワークショップ、後援:第57回SH情報文化研究会、明治大学情報基盤本部)
この発表の「9.言語の起源」の中でその考えを明確にした。
このたび、これを裏付ける研究発表があった。研究成果はScience誌に発表されたものだが、ナショナルグラフィックニュース(日本語版)がこれを取り上げている。
イスラエル北部の75万年前の遺跡で、多数の人々が作業場所と居住場所を分けて生活していた痕跡が見られた。つまり、分業の萌芽が見られて、協業が推測されるのである。共通の作業については共同作業する仕組みが成立していたことを示しており、ムレからムラへの変化を示していると考えられるのである。

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現代的生活の起源はホモ・エレクトスか
Mati Milstein in Tel Aviv, Israel for National Geographic News
January 14, 2010
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=201001114003&expand
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いわゆる現代人的行動が見られるようになるのは“現生”人類であるホモ・サピエンスが現れた中石器時代(およそ5万~30万年前)以降と長い間考えられていた。しかし、それより50万年ほど早く、濃い眉毛の突き出た毛深い人類の祖先ホモ・エレクトスがすでに現代的な生活を始めていたとする最新の研究が発表された。

写真: イスラエルのゲシャー・ベノット・ヤーコブ遺跡での発掘作業(撮影日不明)。
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/bigphotos/images/025511_big-cb1263359728.jpg
025511_bigcb1263359728


イスラエル北部にあるゲシャー・ベノット・ヤーコブ遺跡で、社会的組織が形成され、コミュニケーションが行われ、また日常生活を営む場所と労働のための場所が区別されていたことを示す最古の証拠が発見された。これらはすべて現代人的行動の顕著な特徴と考えられている。
この遺跡は75万年前の狩猟採集民の野営地で、ホモ・エレクトスなどの人類の祖先によって作られたと考えられる。現代人であるホモ・サピエンスが出現したのは25万年前にすぎないことが化石記録からわかっている。
この遺跡では、握斧、両刃の礫器(チョッピングツール)、削器、ハンマー、突き錐といった人工物や、動物の骨、植物の残骸が、それぞれ別の場所に埋まっていた。
イスラエルのスコーパス山にあるヘブライ大学考古学研究所の考古学者で、今回の発掘調査を率いたナーマ・ゴレンインバル氏は次のように話す。「木の実の加工や魚介類の調理などの作業が、この遺跡の異なる場所でそれぞれ行われていた。玄武岩の道具を加工する作業はいろりのそばで行われていたが、石英などを打ち砕いて先端の尖った道具を作る作業は遺跡内の離れた場所で行われており、そこでは大量の魚の歯も一緒に見つかっている」。
従来、現代人的行動の初期の痕跡を探す作業は中石器時代のホモ・サピエンスの遺跡を中心に行われてきた。こうした遺跡では、有力な証拠が過去にも発見されているためだ。
今回の発見と他の遺跡や調査グループの研究成果から、ゲシャー・ベノット・ヤーコブでは分業が行われていたと考えられる。
ゴレンインバル氏は、民族学的な類推や比較をもとに次のように推測する。その当時ゲシャー・ベノット・ヤーコブの野営地では、女性たちが木の実を採ったり、共用のいろりの近くで魚、カニ、カメなどの小さな生物を調理したりしている姿が見られたはずだ。
また、男性たちは狩りに出かけたり、遺跡内の離れた場所で大昔に絶滅したゾウの一種など大きな獲物を解体したりしていただろう。玄武岩、石灰岩、石英などを使った道具作りも野営地のさまざまな場所で行われていただろうし、中には、現在も現地の主食である焼いた木の実や、魚を食べていた人もいただろう。
われわれの調査で最も重要な点の一つは、人類が75万年以上前から魚を食べていたということだ」と同氏は説明する。今回の研究によれば、この野営地は古代には湖岸だった場所で、魚を食べていたことを示す最古の証拠がいくつか見つかっているという。例えばこの遺跡で見つかった骨は、既に絶滅した体長1メートルほどのコイがおもな食料だったことを示唆している。
ハイファ大学の考古学者ダニ・ナデル氏は今回の発掘調査に参加していないが、現代人的行動が驚くほど早くから見られたことを今回の発見が示すとする見方に賛同する。「この遺跡では特定の場所が特定の作業に関係していること、つまり空間が組織化されていることを示すことに今回の研究は成功している」。
また今回の発見は、考古学的記録から読み取れるこの地域の人類の発展過程によく当てはまるという。例えば、150万年前の遺跡であるイスラエルのウベイディヤでは、作ろうとする道具の種類に応じて材料が使い分けられていたことを示す考古学的証拠が見つかっている。単に近くにある岩を拾って石器作りに使ったのではないと同氏は強調する。
その一方で、イスラエルのカルメル山やガリラヤ地域周辺にある、それぞれ10万年前、5万年前、2万3000年前の遺跡でも、初期の現代人的行動を示す証拠が見つかっている。
ナデル氏によれば、死者の埋葬からコミュニティや住居の配置に至るまで、日常生活のあらゆる側面が連続的に発展してきたことをこれらの遺跡は示しているという。「われわれは現在、台所や居間や寝室を使っているが、それもすべて過去のどこかの時点で始まったことなのだ」。
この研究は2009年12月18日発行の「Science」誌に掲載されている。
Photograph courtesy Gonen Sharon, Hebrew University of Jerusalem
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記事の説明も従来の仮説に引きずられて混乱しているが、飯箸仮説によればもっと単純に説明が出来る。
要するに、当時地上で最も肥沃な地であった中東(エデンの東、カナンの地)においては、人々が密集して暮らすことになったので、ムレ同士が争ってテリトリを確保するよりも、共同して一つのムラとなり分業と協業によって生存を確保するほうがはるかに生存効率が良いという環境があったということである。環境が人々の生活を変えたのである。
生活のスタイルがムレからムラにいったん変化すると、ムラの規律・約束事を守れる人がそのムラの中での生存確率をたかめ、ムラの生活になじめない人は速やかに除かれてゆくという厳しい選択が起こり、たちまち、遺伝子は社会性を持つ者だけが選択的に残るという進化が起こったと考えられるのである。ホモサピエンスは、生存競争に勝ち上がって生き残ったと考えられるのである。

少し長いが過去の「鐘の声ブログ」の一節を引用する。
記事の内容が「ゲシャー・ベノット・ヤーコブ遺跡」の発掘の後に書かれたとしてもおかしくないくらいなのは、我ながらびっくりする。事実をよく見れば、通説を超えて、背後にあるものが見えてしまうものである。
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成功する単位組織-日本の成育環境(6)--心理、教育、社会性の発達(78) 2009/02/26 (抜粋)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2009/02/-6--78-d43d.html
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(前略)
2.社会組織の単位組織は家族起源である。
ネアンデルタール人とクロマニヨン人が分離したのは、遺伝子時計で見る限り60万年ほど前のことである。私は、クロマニヨン人のような現生人類が成立したのは、エデンの東、カナンの肥沃な土地だろうと推測しているのだが、まだ確かめるべき考古学的証拠はない。アフリカで主たる進化を遂げた人は、幾度もアジアに流出し、はるか100万年以上前に流出した人類はジャワ原人や北京原人となった考えられている。
ジャワ原人や北京原人となった人々は、基本的にはネアンデルタール人と同様にムレ(群れ)を作って行動していたがムラ(邨)は作らなかったと思われている。
カナンの土地は生命誕生以来ながく世界でもっとも肥沃な土地であった。なぜなら、今は地中海や黒海などの切れ切れになった水のかたまりは、その昔、生命誕生のころは一つの閉じた海であったと考えられている。現代の人々が名付けた塩海の名前は「テーチス海」である。「テーチス海」はやがて閉じた陸地が切れてジブラルタル海峡から大西洋に開かれ、生命は全世界に広がるが、長くテーチス海こそが生命のゆりかごとなっていたのである。たくさんの種類の生命がここで生まれ、生きたままあるいは死骸となって海面を漂う物も多かったに違いない。何億年もの間、偏西風は海面の有機物を東へと吹き寄せ、今では死海-黒海などがあるオリエントの地に堆積させたのである。これらの有機物の一部は地中深くに埋めれて発酵し地熱と地下の岩石の触媒にによって変性し、石炭や石油、天然ガスになり、地表ではたっぷりと有機物を含んだ肥沃な土地を誕生させていたのである。
香り豊かなオリーブとはちみつとブドウと小麦と山羊の乳が手に入る豊かな土地に人が進出すると、アフリカでは起こり得なかったある変化が人の群れ達に訪れた。アフリカでは広大な土地にまばらな人の群れしか暮らせなかった。何度も干ばつに襲われたこともあるが、人が暮らす比較的豊かな土地といえども複数の群れが一緒に暮らすことなどとてもできない資源環境だったのである。群れ、一組の夫婦とその子供たち、その子供の子供たち(孫)の集まりが人の群れの基本構成である。血のつながりが確信できる者たちの血の紐帯によって結ばれているのが群れである。彼らの中では助け合い、獲物や収穫物は分け隔てなく分け合うことが行われただろうが、たまさかに他の群れと遭遇したとき、ヒトの群れはどのような反応を示しただろうか。えさ場を荒らされるかもしれない、わが群れを襲う無思慮なやからかもしれない、・・・、叫び声をあげ、ものを打ち鳴らし、大きな木の枝をゆすって威嚇して、他の群れを追い払おうとオスは血道をあげ、メスは争いに巻き込まれまいとして小さな子供たちを抱えて、オスたちの背後に隠れるようにするに違いない。たいていは、どちらかの群れが諦めてその場を立ち去ってその危機も去ってゆく。群れが合同して一緒に暮らすという理由もきっかけも生まれないに違いない。
香り豊かなはちみつとブドウと小麦と山羊の乳が手に入る豊かな土地、カナンの人々は、その土地が肥沃であるがゆえに獲物である動物が豊富で、オリーブとはちみつとブドウと小麦も、みどりの葉も豊かに存在していれば、群れは安定した生活を手にいれ繁殖し、たくさんの群れが分立したことだろう。生活圏は密集し、隣り合う群れの姿を見る機会も多くなるが、そのつど、群れ同士がいがみ合い争っていたら生活活動が著しく阻害され生存効率が悪くなるだろう。群れ同士が近づき、昔語りに登場する遠い遠い祖先が一緒ならば共に生きることを約束しあうことのほうが生存にとって好都合だったはずである。血のつながりの代わりに、こうして神代の話(神話)を共通にする者がともに暮らすというムラ(邨)が成立したのであろう。世界で最も肥沃な土地が人をムレからムラに進化させた培養器になったのではあるまいか。この進化は、広大なアフリカというヒトの主たる進化エンジンに比べればちっぽけな小さな補助エンジンにすぎない。しかし、内燃機関の専門家ならば、ときとして主燃焼室に対して小さなサブ燃焼室を設けることは着実な着火や安定した燃焼にとても役立つことを知っているに違いない。私は、オリエント(エデンの東、カナンの地)こそ人類の進化におけるサブ燃焼室の役割を果たしたのだと推測しているのである。異なるムレが互いの恐怖心を和らげて、一緒になるためには、おそらくアルコールの力も大いに役立ったであろう。当時は毒キノコや怪しげな薬草も大いに役立ったかもしれない。中でも、最も副作用が小さくて、効果が高かったのがバッカス神の恵み、ぶどう酒(ワイン)と麦酒(ビール)であったに違いない。カナンの地は、ぶどう酒(ワイン)と麦酒(ビール)発祥の地でもある。のちにぶどう酒(ワイン)はヨーロッパに入り、麦酒(ビール)はエジプトに入ってそれぞれに発達したのである。現代の我々もまた初対面の人とはまずは乾杯して、親密交際を誓い、仲間とはときどき(まれには頻繁に)一緒に飲んで、その友好を誓うのである。
約50万年前の村の遺跡という物がアフリカの北部に見つかったている。人類最古のムラ(邨)の遺跡である。彼らの遺跡は、かれらよりも前時代そしてその後の近隣の遺跡とはずいぶん異なっており、それ以前のアフリカの民とは切り離されたように見える。空から降ってきたのかという人もいる。進化のジャンプのように見えないこともない。しかし、それは、アフリカの外、肥沃の地カナンで細々と進化した人類の小さな枝の一部がアフリカに出戻った痕跡なのではあるまいか。出戻りの人々にとってアフリカの地はあまりにも野蛮な人を襲う人の群れのいる土地ではなかったか。このころ、カナンの地から北や西に向かった人々はヨーロッパにたどりついてクロマニヨン人となり、カナンというサブ燃焼室(サブ進化エンジン)を通らずにアフリカから主としてジブラルタル海峡を越えてヨーロッパにやってきていたヨーロッパの先住民ネアンデルタール人と共存することになるのである。屈強にして独特の文化を創りだしたが、群れしか作れなかったネアンデルタール人とひ弱だがムラ(邨)を造り既存の知識を他の新しい概念に流用できたクロマニヨン人の数十万年にわたる共存(両者の間に戦闘があったどうかの証拠は残されていない)の結果、約3万年前(最近の考古学の成果では約2万5千年前)にネアンデルタール人が消えて終止符が打たれた。
(後略)
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たぶん、ホモサピエンスは中東(エデンの東、カナンの地)で生まれたとする飯箸仮説を裏付ける証拠はこれからも次々と発見されるに違いない。アフリカは人類進化のメインエンジンではあったが、中東にサブエンジンもあったからこそ、大きな発展にたどりついたと思われるのである。

琵琶


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「未来工房 深層プログ」に「第3話: 「代理ロボット」について」をアップ--その他、シリーズ外の記事

2011/02/06
「未来工房 深層プログ」に「第3話: 「代理ロボット」について」をアップ--その他、シリーズ外の記事

「未来工房 深層プログ」(編集長=私)に「第3話: 「代理ロボット」について」をアップした。
第3話は未完で、討論は継続中。随時追記する予定である。http://bit.ly/dSoXM1
「未来工房 深層プログ」は、Yuuki先生、Akira先生、Pipa先生の3先生のカミング・スタジオの秘密の会話を記録したものである。未来が見える3人が言うことをひそかに聞いてしまおうという企画である。

参考: 未来工房(Coming Studio)がスタート--交友の記録(56)

琵琶


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民学コラボレーション2010年度発表会: 第67回 SH情報文化研究会--感性的研究生活(59)

2011/02/04
民学コラボレーション2010年度発表会: 第67回 SH情報文化研究会--感性的研究生活(59)

昨日(2月3日)、第67回 SH情報文化研究会が開かれた。
内容は、私が担当するゼミの発表会である。
「民学コラボレーション2010年度発表会」とさせていただいた。

このゼミは、2005年4月、明治大学情報コミュニケーション学部が新設されたのち、第一期生が2年生に進学した時に始まる。
2005年4月スタートである。初年度は、意気に燃える一期生たちの勢いに押されて、あれよあれよと言う間に進んだゼミだったようにも思う。これは、「問題発見ゼミ」と称される2年生だけのゼミである。面白くて、学生とともに教師である私も夢中で学んだ1年間だった。「問題発見」を主たるテーマにしたもので、座学形式で毎回レポート提出も行ったが、理屈だけでは学生たちの「問題発見能力」が身につくはずがない。学生らから意見を募ったところ「情報コミュニケーションとは何か」というテーマで出版をしたいということになった。学生たちは燃えに燃え夏休みも返上して頑張ったが、予期せぬ事情が生じて、一般に頒布することはできなかった。50部ほど自分たちで印刷製本して、インタビューに答えていただいた学部内の教授の皆さん、学外の優良企業の人事部の方々、および学長室の先生方に配布するだけで終わった。
この1年の活動で、「問題解決能力なくして問題発見はない」ということも肌で感ずることが出来た。やってみてわかる問題点と言うことである。学生たちも大いに問題を発見したに違いないが、教師も「問題を発見した」のである。学生たちの行動を見ていると、教師の目から見れば、当たり前の問題点が問題点には見えていないということがしばしばあった。よく観察し、学生らと話し合ってみると、面白いことに気がついた。ある学生にとって解決の手を知っている事柄であって放置されていれば「これは問題だ。だってこう解決すればもっとよい成果にたどりつくだろう」といとも簡単に言うのである。別の学生で、解決手段を知らないかありそうだとは知っていても自分の手の届くものでなければ、問題らしきものに遭遇しても「まぁ、こんなものだよ。いいんじゃない」となってしまって、「問題」とは全く認知されないのである。
そこで、問題解決能力をすでに持っている民間企業のスタッフの力を借りようとしたのが、「民学コラボレーション」という教育方法である。
「出来る人」と「わからない人」が混在する学習コミュニティは、学齢による輪切り教育(小中高校)や入試成績による輪切り教育(大学)の弊害をかなり緩和するとにらんだわけである。
その後、文部科学省が「コラボレイティブ・マネジメント型情報教育」という名で補助金を出すことになったが、私のゼミが結果としてこのスタイルの先駆けになったことになる。私はご予算をいただいたことはないが、いくつかの大学ではご予算をいただいて似た試みをした。その後、予算がなくなり、この手のプロジェクトは消滅しつつあるが、私だけはもともと手弁当だったので相変わらず性懲りもなく続けている。

ゼミは6年続けているが、民学コラボレーションプロジェクトは5年、民学コラボレーションの成果発表は6回(2009年度は2回発表したので)である。発表の様子は、多忙で書きそびれた1回を除いて、ほとんど毎回このプログにも書いた。
民学コラボ2006年度
民学コラボ2007年度
民学コラボ2008年度
民学コラボ2009年度(中間)

2010年度の発表は以下の通りである。


                記
=================================================================
第67回 SH情報文化研究会「民学コラボレーション2010年度発表会」
-------------------------------------------------------
1.主催
 SH情報文化研究会・気式会社オッコセイ
2.開催日時(予定)
 2010年2月3日(木) 15:00-18:00
3.場所
 JR水道橋駅近く
 東京学院ビル1F教室
 東京都千代田区三崎町3-6-15
 http://www.kaigishitsu.co.jp/company/access.html
4.当日のプログラム
 15:00 開場
 15:15 開演
 (1)飯箸泰宏(問題発見ゼミ担当教員、SH情報文化研究会幹事) 挨拶
 (2)長屋匡和(気式会社オッコセイ社長) 挨拶と活動報告
 (3)つながりアンケートの成果発表
   外山正義(グループリーダ、オッコセイ副社長)、
   大島龍太郎(副ゼミ長)、飯塚友理、小堺彩可
 (4)お祭りサイトの成果発表
   上田雄太(グループリーダ)、皆川正史、田家史也、近田宗輔、大塚仁、
   内藤明日香
 (5)オッコセイホームぺージの成果発表
   金枝大輝(グループリーダ)、林宏美、長屋匡和(オッコセイ副社長)、
   黒田麻友、青木あずさ、酒巻俊哉(ゼミ長)、金山舞子
 (6)酒巻俊哉(ゼミ長) 挨拶と活動報告
 (7)質疑
 17:45 閉会・後片付け
-------------------------------------------------------
研究会会費 無料
懇親会会費 ゼミ生無料、一般参加者3千円

(1)飯箸泰宏(問題発見ゼミ担当教員、SH情報文化研究会幹事) 挨拶
まず、私がゼミの歴史と「民学コラボレーション」の歴史について、簡単に紹介した。

図1 「民学コラボレーション」の歴史
 (図をクリックすると拡大します)
20110203_2


2010年度は、概略、原点に回帰する方針になったこと、また、2009年度は軽視されたために放置されたお祭りサイトやオッコセイサイトのバグが修正されたことなどを紹介した。また、本年度の見どころとしては、アンケート班の失敗に継ぐ失敗という悪戦苦闘の末ようやく成果に到達した活動の報告があることを紹介した。

(2)長屋匡和(気式会社オッコセイ社長) 挨拶と活動報告
気式会社オッコセイの長屋匡和社長が、ご来場の皆さまに感謝のあいさつをして、ゼミの活動と気式会社オッコセイ(気式会社起こせムーブメント)の活動を簡単に紹介した。

(3)つながりアンケートの成果発表
 外山正義(グループリーダ、オッコセイ副社長)、
 大島龍太郎(副ゼミ長)、飯塚友理、小堺彩可
つながりアンケート班は、2度の失敗の後、3度目のアンケートでようやく成果にたどりついた。
・他大学と明治の女子学生の美人度をアンケートで比較しようという企画を立ててが、運よくか運悪くかは別にして、たまたま「ドブスを守る会」事件(通行中の女性に「ドブス写真集を作ろうと思っています」などと声をかけ、女性がいやがって逃げる様子などが撮られている映像を動画投稿サイトなどに公開した事件)が発覚して、世間の逆風を考慮して中止した。しかし、後でよく考えてみると、女性を美人かそうでないかで評価するなどと言うのは差別以外の何物でもなく、やるべきではなかったと考えた。「差別はダメです」(小堺彩可など)
・大規模なアンケートと友人の友人というチェーンの実態の把握のために、メンバーのゼミ外の友人を起点に、その友人の友人、、、という順でアンケートの協力者を広げてみることにした。アンケートを取りやすくするため、ネット上のアンケートサービスを利用したアンケートフォームを用意したりもした。
しかし、この手法は依頼先の人たちにチェーンメールと同じとみなされてしまったようで、警戒されたのか、2-3週間待っても思ったようにデータが集まらなかった。この方式には相当な思い入れがあって捨てがたかったが、思い切って自分たちが手でアンケート用紙を渡してアンケートを集める方向に切り替えることにした。
・3度目の正直は、学生食堂での学生の行動についてのアンケートをターゲットにした。1年生が多いこと、女子は1階に固まる傾向があり、2階、3階になると男子が多くなる傾向がみられた。1年生は学内外の様子が分からないので、居場所としての学食に固まる傾向があり、人類の1万年前ルールに照らして、同じ学食の建物でも男子(狩猟の習性から)は遠くに行く傾向があり2-3階にゆき、女子(家族の近くからできるだけ離れないように近くでの採集にとどまる)は1階にかたまるのではないかと解釈された。(外山正義)
また、クラスの仲間同士で学食を訪れる人が多いのだが、中でも男は男だけ、女は女だけのまとまりが多い。男女のカップルでは、サークルの仲間というつながりが最も多く、男女の交流はクラスよりもサークルの方が多いことをうかがわせるなどの指摘もあった。(飯塚友理)

図2 階層別男女比
20110203_8


図3 男女別の利用
20110203_3


(4)お祭りサイトの成果発表
 上田雄太(グループリーダ)、皆川正史、田家史也、近田宗輔、
 大塚仁、内藤明日香
以前の複雑なサイト構成を簡略化して分かりやすくすること、ページレイアウトをすっきりさせることに注力した。お祭りを扱うライバルサイトは多いので、差別化のためにデータベース化を進めること。便利な検索機能をつけることを発案した。さらに、お祭り登録機能にあったバグの修正にも挑戦した。先輩達に対応してもらった。

図4 お祭りサイト・サイト構成図
20110203_7


図5 お祭りサイト・トップページ
20110203_4


(5)オッコセイホームぺージの成果発表
 金枝大輝(グループリーダ)、林宏美、長屋匡和(オッコセイ副社長)、
 黒田麻友、青木あずさ、酒巻俊哉(ゼミ長)、金山舞子
サイト構成の簡略化とともにトップページのデザインの見直しを行った。以前のトップページのイラストはカラフルだが、滞留的で発展性を感じさせなかった。色合いは若々しい鮮烈なブルーにして、右肩上がりの発展性をイメージするように変えた。

図6 オッコセイ・サイト構成図
20110203_5


図7 オッコセイ・トップページデザイン
20110203_6


(6)酒巻俊哉(ゼミ長) 挨拶と活動報告
最後のまとめとして酒巻俊哉ゼミ長が報告と挨拶を行った。報告の中で、会社経営で実際にお金儲けを試してみるようなことまでは準備不足で進めなかった。もう少しやり方に改善の余地があるのではないかと述べた。
次年度に向けて、反省すべきは反省して改善点をまとめてゆくことを確認した。

NECやNEC東芝で活躍された永松秀通氏、保険業界で勇名をはせていた横田安宏氏、明治大学の廣澤先生、著名なデザイナである松永氏、後藤氏、東行社の古友社長、細谷先輩ほかゼミの先輩たちなども発表会には駆けつけてくれた。
打ち上げのにぎやかだったこと、お酒がおいしかったことは忘れないだろう。
苦労は多かったが、ゼミをやってよかったと学生たちと喜んだ一日だった。

△次の記事: 感性的研究生活(60)
(準備中)
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琵琶

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基調講演「心に悪い職場とその対策~教育の前に考えておきたい現場事情~」--感性的研究生活(58)

2011/02/01
基調講演「心に悪い職場とその対策~教育の前に考えておきたい現場事情~」--感性的研究生活(58)

1月28日(金)、SEA新春教育フォーラムが開かれて、私がその冒頭の基調講演を仰せつかった。
会の概要は、直前の記事 "第19回SEA新春フォーラムで基調講演「心に悪い職場とその対策」(1)--感性的研究生活(57)" に書いた。
私のほか妻も私の介添役として参加した。妻は、いつになくこの発表を待望していた。というのも、この発表は精神疾患の患者さんに関係するもので、発表に至る私の活動に対して、妻が心理学にかかわる一人として常にアドバイズを送ってくれていたからである。発表内容の半分は妻の力によるものである。

まず、なぜ、私がこのような取り組みをするにいたったのかの経緯を説明した。
1981年3月、私はシステムハウスを創業した。世は高度情報化社会へと突入し始めていた。仕事は面白くて夢中だった。社員も徐々に増えた。しかし、社員の定着率は大変悪い。3年半で半分は退職する(平均勤続7年くらい)という状態である。業界全体では今も勤続平均2.5年と言われるように極めて短期にやめてゆく職場である。その中では平均勤続7年というのは誇るべき数値なのかもしれないが、私はずいぶんと心配した。やめてゆく社員の理由はさまざまである。一番多いのは「他業種への転職」である。「独立・・・」、「同業他社への転職・・・」もないわけではないが、多くはない。「他業種への転職」では、「当社の仕事に合わなかった」という理由を挙げるものがほとんどで、釈然としないことが多かった。当時の私の会社はベンチャで、勤務時間も自由で、好きな仕事を各自がやっているだけ、およそ「お仕事」という雰囲気ではなかった。平均時間外勤務は月12時間程度と少ない。その代わり、飲んでいても遊んでいてもアイディアを巡らせ、手順を考え、・・・と心は忙しかったかもしれない。
ある日の週末のこと、統合失調症のタクシー運転手を父に持つ社員が朝から荒れていて、肘で突き飛ばしたりして隣の社員をその席から追い出してしまった。追い出された社員からの苦情で、本人に事情を聴き、「何かあったら直接行動する前に口で言いに来るように」と注意した。夕刻、その社員は、モノも言わずに、私めがけてCRT(大きなブラウン管でできていた表示装置)を投げつけて、一目散に会社を飛び出してしまった。幸い、CRTにはコードが付いていたので、私にはぶつからずに床に落ち、大きな音とともに爆発して、ガラスの破片が飛び散った。私はガラスの破片を浴びたが怪我はなかった。
翌週の月曜日、本人が出社するかどうか気にしていたところ、本人から電話があった。「統合失調症のタクシー運転手の父が顧客とトラブルを起こして怪我もしているので、これからA病院に連れてゆく」というものだった。「病気だからしょうがないんです」と理路整然とした説明があった。「分かった。病院まで気をつけて行ってくれよ」と電話を切った。そのまま、忙しく仕事をしている最中に電話がなり、私が呼ばれた。昼時に近かった。電話口に出ると、いきなり「何してるんだ、おまえは」と怒鳴られた。「どちら様ですか、何のことでしょうか。」と私はびっくりして尋ねた。「A病院の精神科の医師だ。お前んとこの社員だろう。M・・・は。どうしてこんなになるまで放っといたんだ」と電話口の医師が早口に言う。寝耳に水というものである。「えっ、本人ではなくて父上が病気と言うことで付き添いで行ったはずですが、、、」と言いかけると、つづけて、医師は「親父もそうだが、本人がひどいんだっ。他に、病気に支障のない仕事はないのか」と言う。戸惑いつつ、私は「当社は小さなシステムハウスですから、システム開発の仕事以外に仕事はないんですよ」と言うと、「もう、いい。言っても始まらん」といきなり電話を切ってしました。
どうも、話がわからない・・・。父親が病気とは聞いていたが、本人が病気とは一度も聞いていない。何が起こったのか。医師は父と間違えと本人を病気と誤認したのか、まさか・・・?。A病院の電話番号を調べて、こちらから電話すると、「診療中で、おつなぎできません」とのこと。時間をおいて何度か電話して、ようやくその医師と電話がつながった。いきなり、「本人のプライバシーの保護のために何も話せませんよ」と言うなりにまたガチャリと電話が切られてしまった。
翌日も本人は出社してこない。自宅に電話をしても電話には誰も出ない、、、2-3日後の夜10時ころ、やっと電話がつながった。母親であった。「父親も本人も統合失調症で、家族は崩壊状態です。私がパートをして家族を支えていましたが、もう限界なので、離婚の手続きを進めているところです」とのこと。私はあせった。「(私)息子さんは今病院ですか?」「(お母様)はい、入院しています」「(私)では、病気の息子さんは、今後孤独になってしまいますね」「(お母様)・・・。」「(私)この病気ではご本人が当社のお仕事も続けるのは困難だと思います。お母様は何かお考えがありますか?」「(お母様)・・・。自分のことでいっぱいなんです。少し考えさせてください」「(私)・・・わかりました。それでは、また2-3日したら、お電話いたします」
こんなやり取りが何回も続いた後、ようやく、遠方に住むご親戚でお蕎麦屋さんを開いている方がいて、本人も小さいときから知っているという話題にたどりついた。本人が退院して2-3年の間は自宅療養をしたのち、ここに見習いとしておいてもらえることになった。お蕎麦屋さんと言っても料亭のような業態で、客から見える場所で蕎麦打ちをして、そのまま食べさせる形式で、従業員も10数名いるという。血のつながりのある方がいると言うのが、何よりの安心材料だった。彼はこのお店で、病気が安定し、本人が作ったらしいお店のホームページに本人の名前も踊っていた。あれから20年、彼はこのお店(株式会社)の常務である。職を替えて、彼は成功したのである。本当に嬉しい。
CRT投げつけ爆発-医師の怒声の日から、私は「この会社に自分は合わない・・・」という言葉に敏感になった。そして、社員の心の健康にハラハラする日々となった。その後、わかっただけでも18名ほどのスタッフが精神疾患の発症または発覚で退職している。これは発症率2%程度に相当する。18名のうちの17名までが、高校までに何らかの意味でメンタルの病気で通院または医師の指導を受けた経験のある者だった。1名はかたくなに過去を語らなかったので不明である。多くは病気または病気の疑いを伏せたまま入社していたことになる。それは、ある意味で当然かもしれないが、その結果は決して本人にとってバラ色ではなかったはずである。あらかじめソフトウエア開発業が心に悪い仕事と理解していれば、あるいは当社に就職することがなかったのではないかとも思うのである。
私は、発症の予防、早期発見のために悪戦苦闘を続けた。発症後の転職のあっせんにも走り回った。システム開発の事業を継続してゆく上での最大の苦労はこの問題であった。
2006年、私の悪戦苦闘を知っている方のお誘いで、私は厚労省の「障害者就労支援調査研究」のお仕事に参加することになった。
そして、今、ようやく、私の持論の一つであった「健康診断のときに心の健康診断も」が実現に向けて一歩前進したのである。

図1 「Ⅰ.到達点と道のり」(図はクリックすると拡大します。以下同)
Photo


私は、2009年度調査報告書(2010年3月提出)の中で、「健康診断に合わせてメンタルヘルステストを」と書いた。これは、私の持論だった。
当時の長妻厚労大臣は、動いた。政府は紆余曲折の果てに「プライバシーに配慮しつつ、ストレステストを行う」ことを決めた。

図2 「うつ病、健康診断でチェックへ」
Photo_3

この動きと併行して、東京都教育委員会は、昨年末ギリギリで「健康診断にあわせて、ストレステストを実施する」と明言した。

図3 「東京都教育委員会の動き」
Photo_2

これらの動きをまとめたものは次のとおりである。

図4 「ここまでの道のり」
Photo_4


これらの「ストレステスト」と私が一貫して主張してきた「メンタルヘルステスト」とは、内容が似ているが少し異なる。「メンタルヘルステスト」とは、精神疾患と性格異常の全体を対象とするスクリーニングテストである。一方の「ストレステスト」は、もっぱら「うつ病」を対象するものであった。日本では、自殺者が毎年3万人を超える状況にあり、対策は急務であることはもちろんである。ストレステストで「うつ病」が分かるかという専門家の指摘もあるが、まずは、「うつ病」を想定してスタートすると言うのは、第一歩として決して悪くはない。大きな一歩前進である。
もちろん、この一歩にとどまっては足りない。続いて、対策は精神疾患と性格異常の全体を対象とする「メンタルヘルステスト」に進まなければならないが、それはこれからの課題である。

さて、思うに、今後の対策のキモは、「病名告知」であると私は思う。
「ガン告知」は今は一般常識であるが以前はタブーだった時代が長かった。元来、自分に関する情報はご本人に知る権利がある。ご本人に病名を隠しておくのはひどい人権侵害ではないか。ご本人の人格と人権を尊重し、病気に立ち向かう力を出せるよう、また残された人生をより有意義に過ごせるようにするものが「ガン告知」である。これはもはや常識になっている。
一方の「精神疾患」は多くの医師が「病名告知」をためらい、告げないのだそうである。かつて調査研究会でうかがった向谷地教授のお話では、「私たちは告知することを原則にしていますが、多く見積もっても4割の医師しか告知していない。おそらく実際に告知されている方は1-2割程度思われる」と言うことだった。精神疾患の患者や家族は、いわば人格を無視され、人権を踏みにじられて正しい病名を知らずに薬だけ与えられているのである。これでは、本人に病気に立ち向かう力も生まれないし、有意義な人生の過ごし方も設計できないのである。
何よりも「病名告知」を広く推し進めることが大事であると私は思う。「べてるの家」の実践は、その有効性をはっきりと示していると思う。

図5 「Ⅱ.病名告知が突破口」
Photo_5


ところで、システム開発業については、常識のウソが多い。「机に向かう軽作業である」「残業が多いから精神疾患になりやすい」・・・。これらは本当だろうか。
肉体労働ではないという点は確かだが、決して「軽作業」ではない。「過酷な精神労働」であり、「精神の重労働」である。この点については私の書いた報告書にも詳しく解説した。解説した部分を抜書きして、印刷したものも会場で配った。私が「読むだけで心に悪い文章です」と言って紹介した。会場では笑いが起こっていたが、聴衆はソフトウエア教育の専門家ばかりである。ソフトウエア開発の過酷さを十分知っているからである。
「残業が多いから・・・」はステレオタイプの説明にすぎる。当社の時間外労働は長きにわたって平均12時間/月程度である。これを長時間労働と言うかどうか私は断定しないが、うつ発症の危険ラインとされる80時間/月に比べれば長くはないということになるのではないだろうか。
それでも精神疾患は発症したのである。無体な長時間労働もよいはずはないが、発症の本当の原因は長時間残業ではない。ソフトウエア開発の仕事の複雑さ、困難さ、常時新規創案へと駆り立てられる精神的圧迫にあると私は思うのである。仕事の複雑さ、困難さ、新規創案は、ある種の人々には喜びである。私も嬉々としてこの仕事を楽しんできた。仕事を仕上げた時の達成感は大きい。しかし、決まった仕事を決まったようにすることが好きだったり、性に合っている人々にとっては「仕事を定形化できない」こと自体がばかばかしくてやっていられない苦痛である。人類史上も大半の人々が、決まった仕事を決まったようにすることで敬意と生計の糧を得ることができたことを想起することが必要である。実際、去年やったことと同じことを今年もすることはソフトウエア開発業では全くない(去年やったことと同じことを今年もする必要があるならば、去年の作品をコピーすればよい。仕事柄必要なのは、ただひたすら人類発の新規コードを書くことである)。
仕事を進めているその先の未来は常に不確定である。不安なしに仕事は進められない。しかも創りだすものは、複雑で、一刻一刻と自分の思い違いにしてやられバグに襲われることの連続である。

図6 「Ⅲ.心に悪いソフト開発業」
Photo_6


ソフトウエア開発業がどのくらい心に悪いのか、いや、もしかしたら心に良いのかどうか、私は日本の信頼できる統計データを探したが見つけることはできなかった。精神疾患の患者さんが発症時に従事していた職種が全国的に分かればそれでよいのだが、そんなデータはなさそうだった。なにしろ、タブー視されている病気のことである。病名告知も満足にされていないのでは、カルテの病名も正確かどうかは誰にもわからない。また、カルテのデータがたとえ統計処理されても一般に公開されることは、現状では極めてまれである。
手に入るデータで、一番事実に接近していそうなデータとして、私は、次の二つを利用することにした。

(1)厚生労働省、平成20年度における脳・心臓疾患及び精神障害
  等に係る労災補償状況について、平成21年6月更新、
  http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/06/h0608-1.html(平
  成21年9月21日確認)
 このデータからは、ストレスによる発症が含まれる職業別の労災
 補償の発生件数がわかる。精神疾患と循環器疾患が合算されて
 いるが、このデータの多少は精神疾患の多少と何らかの相関が
 あるとみなしたのである。
(2)総務省、労働力調査 長期時系列データ、平成21年9月4日更
  新、
  http://www.stat.go.jp/data/roudou/longtime/03roudou.htm、
  http://www.stat.go.jp/data/roudou/longtime/zuhyou
  /lt01-17.xls(平成21年9月21日確認)
 このデータは職業別の区分がおおざっぱすぎるのが難点である。
 「情報通信業」にソフトウエア開発業は含まれるのであるが、ソフ
 トウエア開発業の従事者は情報通信業の従事者の20分の一程
 度である。しかし、劇薬も少しは交じれば全体も毒に染まるだろ
 うから、それなりの影響は現れるに違いないと踏んだのである。

下図で、「系列2」とは「労災の申請数」、「系列4」とは「労災が認可された数」である。ここでは、「労災の申請数」に注目した。いずれも1万人あたりの件数である。

図7 「グラフで見る発症率の傾向」
Photo_7


ここでわかるのは、発症率の高い職業は、「運輸業」「金融業」「情報通信業」ということである。逆に、発症率が低いのは「教育学習支援業」「飲食店・宿泊業」「農林水産、建設土木等」である。
「運輸業」には長時間緊張が解けない運転業務があり、「金融業」では不確実性の中に常時身を置くと言う不安定さがある。「情報通信業」には過酷な精神労働のソフトウエア開発業が含まれているのである。
「教育学習支援業」には発症率が少ない、という説明の段では、会場からどよめきと笑いが起こった。私は、すかさず、「これは、今日、会場にいらしゃっている皆さんのお仕事ですね。皆さんは、特別、楽をしているのでしょうか。違いますよね、この点については別途説明します」としておいた。
このグラフは、純粋にソフトウエア開発業を取り出したものではないが、これを含むもっと大きな括りでも発症率が全業種平均の1.6倍程度あることを示している。
続いて、統計データはないものの、この分野で長くお仕事をしている方の証言を紹介した。日立ソフト辻正弘医師(精神科産業医)の発言である。辻医師は日立病院の精神科医長という立場も経験されているので日立系列の各企業の精神疾患の発症傾向については熟知していると考えられる。証言の内容は、(たぶん、日立系列の職場の中では)ソフトウエア開発業における精神疾患の発症率は全業種平均の約10倍になるというものである。これは、システム開発の現場に長く携わってきた私の実感に極めて近い数字である。

図8 「証言--日立ソフト辻正弘医師」
Photo_8


この証言は、かなりの説得力を持って会場の人々に受け止められたようである。
そして、時間を急ぐ私は、対策を語り、提言を述べた。

図9 「Ⅳ.対策」
Photo_9


図10 「Ⅴ.提言」
Photo_10


最後に、「教育学習支援業」の統計を取った当時は、「ゆとり教育」の時代だったとの種明かしを行った。「教育学習支援業」の従事者のほとんどは小中校の教員であり、「ゆとり教育」によって、ゆとりの恩恵を得ていたのかもしれないと述べた。しかし、その後の世間の目は厳しく、教育委員会からの締め付けもあり、自律改善の動きも加わって、真面目に業務に取り組むようになれば、ストレスは強まり、精神疾患発症の要因は強くなってきたように見えると指摘した。その傍例として、東京都の公立教員の発症の経年変化のグラフを示して、ほぼ5年間で精神疾患の発症は2倍という速度で増加していること、このことが東京都教育委員会がストレステストを健康診断時に実施するという決意にもつなかった事実を明らかにした。「おそらくご来場の皆さまは、もとより熱心な教育推進者であり、明らかに過酷なお仕事をこなしているので、決して楽をしているわけではないと私は思います」とお話しした。

図11 「資料4.教員の発症率の増加」
4


会場からは、質問が殺到した。
たくさんあった中で、気がかりに終わった質問が2つある。ここで、回答を補足しておきたい。

質問1
「日本でソフトウエア開発に就労する人たちの3分の2は、文科系であり、これは諸外国ではありえない現象と聞いている。これが高い発症率の原因になっていないだろうか」
回答
「理系は頭頂葉が発達しており、文系は側頭葉が発達しているとされています。ソフトウエア開発では頭頂葉を酷使しますので、文系の不得意なことを無理やりさせていることも原因というご指摘は傾聴に値します。ありがとうございます」
回答の補足
「一方、体験的には理系でもそれなりの発症数がありますので、文系が原因のすべてとは言えないかもしれません。やはり一番大きな原因はそもそも過酷な精神労働であることに求められるべきだと思います。諸外国の発症統計が明らかになれば疫学的な比較ができるようになると思います。これに加えて日本の特殊性という点で文系が多数ソフトウエア開発に参加して発症率を何割か押し上げているという結果になるのかもしれません」

質問2
「当社は製造業です。当社では業者と契約して社内で性格テストを実施していますが、50%程度、何らかの意味で性格に問題があると言う結果になっています。この中にどの程度の精神疾患が含まれているのか、意味があるのかないのか、ご意見をください」
回答
「ストレステストについては、昨年ずいぶん研究が進みましたが、実施対象から外れたメンタルヘルステストについては進んでいません。現在、日本には統一した性格テストがありません。業者ごとにそれぞれの信念に基づいていわば勝手にやっているのが実情です。どれがどの程度オーソライズされているかは分かりません。50%ということは、この中に精神疾患の方が濃縮されて確率的により高く存在していることは間違いがないとは思いますが、どの程度の縮約効果があるのかはわかりません。東京大学でも以前は入学時に心理テストを実施していました。20-25%の新入生が要精密検査とされて、その中の半分くらいが医師の助けが必要な方だったと思います。今はこのようなテストをしていないと聞いています。教育者の世界では一貫して実施されていませんが、私が知る限りでは消防や警察では性格テストは実施しています。自衛隊でも実施していますね、君島さん? (自衛隊出身の君島さんがハイ、とうなづく)  しかし、これらが横断的に同一の基準で実施されているとは思われません。これから課題になると思います」
回答の補足
「業者が実施する性格テストで、たくさんの人が異常とされてしまう原因の一つに、推測ですが、業者がテストをアメリカから直輸入で実施しているケースがあるかもしれません。たとえば、"他人が間違ったことを言っている場合、あなたはすぐに注意しますか"で、"ハイ"と答えるとアメリカ人ならば正常ですが、日本人は"すぐに"ではなく、"様子を見て機会をとらえて、間違いに気付くように誘導する" のが伝統的には正しい態度となります。アメリカのテスト設問と採点基準では、日本人の多数が"異常"とされてしまうでしょう。性格はその社会の文化を映していますから、どこから持ってきても直輸入では利用できません。日本人の文化に適合した設問と採点基準が必要です。アメリカのものなら何でもそのまま使えるというのは間違いです。まだこれらについての研究は十分だとは私には思えません。当該の業者さんはしっかりやっていらっしゃるのかもしれませんが、そうでないケースも考えられます」

質疑にはもっと時間をかけたかったものの、予定の時刻が来てしまったので、講演の時間の司会者の先生が呼ばれて壇上に登った。司会の先生と講演者の先生たちと会場のみなさんに一礼して、会場を立ち去った。
言い逃げ、、、と心は痛んだ。
皆さん、懇親会は楽しんだでしょうか。私も参加したかったです。

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