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人命救助で思うこと--妻が、車に撥ねられる(16)

2005/12/14
人命救助で思うこと--妻が、車に撥ねられる(16)

この日、夜9時ころ、妻と一緒に、オフィスを出て、いつもの道を歩いて駅に向かった。
いつもの無人の踏み切りにさしかかった。帰宅を急ぐたくさんの人が、駅のほうから向かってくる。いつもどおりの光景である。狭い踏切をたくさんの人とすれ違いながら抜けて行こうとしたとき、妻が、あれっ、と声を上げた。ちょうど私の右手の線路の中に人が倒れていた。今、倒れたのだろうか、、、いや、そんなはずはない。倒れる人は私の視界の中になかった。しばらく倒れたままだったに違いない。
身をかがめて、手をかけて声をかけた。「立てますか?」、そのがっちりした体格の男性は「あー、あー」といいながら、立ち上がるそぶりを見せる。しかし、立ち上がれない。肩に手をかけて、引き上げようとしたが重くてとても引き上げられない。ふと不安が頭をよぎる。このまま、立ち上がれないと、次の列車でこの人は轢かれてしまう、、、。足元を見ると、線路が踏み切りに進入するための添えの鉄路があり、もともとの線路と合流するようになっている。この男性の足は、この二つの鉄路に挟まれているようだ。顔を覗き込むと口から血が流れており、顔の周囲の地面にも血が流れている。倒れてから時間が経っているに違いない。それまで、誰も気がつかなかったのか、、、。いや、そんなことはあるまい、気がついてもだれも助けなかったに違いない。怒りがこみ上げる。左手で足の位置を替え、右手で力いっぱい引き上げようとするが動かない。男性のウデを私の肩にまわして持ち上げようとするが重い。妻も積極的に行動する。妻が急いで左に回りこんで、いっしょに引き上げようとする。上半身は持ち上がったが、立ち上げることができない。悪戦苦闘していると、近くで交通整理をしていたおじさん(薄緑色のジャンパーを着ていた)が駆けつけてくれた。彼が腰のあたりを支えるとやっと立つことができた。さらに、30歳代くらいの男性が自転車に乗って通りかかり、「救急車、呼びましょうか!」と叫ぶ。「呼んでください!」と私。私と妻と交通整理の中年の男性と三人がかりで踏み切りの外に連れ出す。直後に、轟音が近づき、左右から交差するように2つの列車が踏み切りを横切ってゆく。危機一髪だった。交通かがりの男性はすぐに立ち去った。第4の自転車の男性は119番に電話をして盛んに交渉している。電話の向こうからは番地を聞かれているらしい。あぁ、あの時と同じだ、と私は思った。番地を聞かれて、あの時、私は答えられなかった。路上で、周囲には番地を示すものはなかった。そのとき、目印として高校の名前を告げて消防には分かってもらえて3分ほどで到着したが、警察は警察は「あぁ、体育館の裏ね」などと分かった風の回答だったが、第一陣が50分もかかって到着した。電話で催促して第2陣のほうが先に到着(電話してから10分ほど)という事態があった。この日も、50分もかかってはいけないと思って私はあわてた。男性を妻に預けて、周囲を走り回る。幸い近くのマンションに住所が書いてあった。住所を大声で読み上げて自転車の男性に告げる。すぐに怪我をしている男性のもとに戻って、また男性の体を抱える。
しかし、救急車は隣の町まで行って、分からないと消防署に電話してきて、さらに電話が自転車の男性の携帯にかかってきた。その町ではない、と説明したのに、早とちりだな、と自転車の男性は不満顔。救急隊員は聞きなれた町の名前と勘違いして、訂正しても心理的に受け入れられなかったのだろう。結局、怪我をした男性を私と妻が支えて、30分近く救急車を待っていた。男性は「何で、救急車なんか呼ぶんだ」と口から血を噴出しながら言う。一人では立てないのに、である。この男性は酔っているらしい。それより頭を打っていて、倒れて助けられたことを覚えていないらしい。「あなたは線路内に倒れていたんですよ」と私。「タオレていたのはオボエテいる。電車なんか来やしないと思っていたんだ」とこの男性。「踏切りを出たところで、列車が来て通過して行ったでしょう」と私。本人は怪訝な顔。「われわれが助けなければ、あなたは死んでいたんですよ」と私。それでもこの男性は「救急車が来るんか」と不満そうな顔。「口から血が出ていますから手当てしなければね」と私。不満そうだが、歩くこともできないので、私と妻に支えられたまま、男性は踏切りの脇のフェンスにつかまったまま立ち尽くしている。
やっと、救急車が到着して、男性を中に運び入れる。気がつくと、私の白っぽいハーフコートは血だらけだった。救急隊員が気の毒がって、血を洗い流す溶液を取り出して、こすってくれたが、時間が経っているので完全にはふき取れない。かえって血のしみが広がってしまう。よく見れば、服のあちこちに血がしみている。血だらけの男性を抱えあげて、ずうっと肩を抱えていたのだから、血が着いていてもおかしくはない。
自転車の男性は発見者として、事情を聞かれていた。私たちは帰ってよいといわれて帰途に着く。血のついたハーフコートを脱いで、裏返しにして、小脇に抱えたまま帰った。寒かったが、やむを得ない。血だらけの姿を見たら、電車の乗客も通行人もびっくりするに違いなかったからである。
この間、私は、あの日のことと比べて考えていた。あの日、私が大声で叫んでも近くの家からは誰も出てこなかったこと、この日、この男性が倒れてもたくさんの通行人がそばを通過していながら無関心を装っていたこと。あの日、息子や近くに住む兄弟たちに携帯で連絡するとすぐに駆けつけてくれたこと。この日、私たちが救助を開始するとたちまち2人の男性が駆け寄ったくれたこと。多数の「かかわりたく大衆」と「少数の心ある人」が、現代の市民の姿なのだろう。「かかわる大衆」がもっと多くいてほしい。切に切に願う。
妻は、男性が多分無事だったに違いないと、帰り道、自分に言い聞かせるように言っていた。
こちらも名乗らなかったが、男性の名前も聞かなかった。61歳だとは言っていた。せっかく助かったのだから、命を大切に、長生きしてほしいと思う。

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琵琶

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