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アブダクション考--第132回次世代大学教育研究会--感性的研究生活(62)

2017/07/23
アブダクション考--第132回次世代大学教育研究会--感性的研究生活(62)

1. 第132回次世代大学教育研究会
7月15日(2017年)土曜日 10:30-20:30 早稲田大学8号館3階303/304/305会議室で「第132回次世代大学教育研究会」が開かれた。
夕飯代1500円だけは徴収されたが、お昼の軽食は無料ということで、実にコストパフォーマンスのよい研究会なのには驚いた。
しかも、発表内容はどれも水準が高いので、大いに満足した。
私は初回の研究会以来会員なので、長いお付き合いのある研究会である。100回目を超えるあたりまではほぼ毎回参加していたが、私が教習所の社長を引き受けてしまったために極端に時間が無くなってからは、たまにしか参加していない。今回は、久しぶりに、主催者の阪井明大教授と原田早大教授からお誘いを受けたので、単なる聴衆の一人として参加することにしたのである。
冒頭の阪井教授による【招待講演】「後知恵バイアスが隠蔽する創造性:組織文化の創発と戦略行動の創発」がズシリと重いものだった。私がいない間にずいぶんと進化していた。
講演の主たる骨子は、「(たとえば)コロンブスの卵」の際に彼以外の観衆たちの後知恵に流されるとコロンブスがやって見せるまでは誰も気づかなかったことにコロンブスが気がついた「創造の過程」が押し隠されて、見えなくなってしまうという警告であった。
阪井教授による【招待講演】「後知恵バイアスが隠蔽する創造性:組織文化の創発と戦略行動の創発」
10年ほど前の阪井先生らの発表には、見られなかったヒトの推論課程が3つ、定番通りに取り上げられていた。①演繹推論、②帰納推論、③アブダクション、の3つである。
20170723
共鳴場の理論や焦点(意味)などの通俗的な意味付与は、この研究会の常連参加者の一部にいらっしゃる趣味の方へのリップサービスにすぎないだろう。
おおむね、わくわくしながらお話を聞くことができた。
その他の発表では、次のようなものが心に残った。
・バネル発表
P01: クラウドを使ったネイティブランゲージの読解方法:北欧フィンランドとスウェーデンの事例から
上松恵理子(武蔵野学院大学)
P02: インクルーシブ社会を考える青年のネットワーク構築にむけての試み
片田房(早稲田大学)・萩原碩(早稲田大学・院生)
・口頭発表
「創造性における”ツァイガルニク効果”」について--家本修教授(大阪経済大学)
グローバルキャリアとジェンダー:日本語普及活動に携わった国際ボランティアのキャリア形成支援--平畑奈美准教授(東洋大学)

2. 大脳の働きと人工知能
私は、今、人工知能の発達の次のステップについて、いろいろと思いめぐらせている。今は、ディープラーニングの時代(人工知能の第三次ブーム)だが、ブームの陰で見逃されている研究開発の行く手を阻む深い深い淵がある。彼方を見れば、かろうじて見えるような見えないような対岸のその向こうにもまた 大きな淵があるらしい。
第一次ブームでは推論の自動化が大きく進んだ。これは私の仮説に従えば、大脳新皮質の前頭葉運動野と頭頂葉の協働的な働きをまねたものに違いない。
第二次ブームでは知識工学が叫ばれ知識データベースが重視された。これは頭頂葉と側頭葉の協働的な働きを模したものに違いない。
第三次ブームでは、後頭葉と小脳の働きの共通性に着目してそれぞれの真似をしたものになっている。小脳は大脳に比べて遅れた愚鈍な神経器官であるように思っている一般人も脳科学者も多いが、それは常識のウソというものであり、実は小脳こそ人間の知識獲得の主役なのではないかというのが私の仮説である。
いま、このブームの陰に隠れている気がかりな一番大きな淵は、後頭葉や小脳で行っている画像抽出や知識獲得が「概念化」するプロセスが実装されていないことである。画像の特徴や囲碁の盤面を見て次の打つ手を見出すことができても、それらに名前を付けて対自化したり、大脳新皮質の前頭葉、頭頂葉、側頭葉で扱うことのできる概念にする方法が見つかっていないことである。特に、小脳と大脳をつなぐ部分には小脳虫部という狭い管があり、たくさんの神経細胞が束ねられている。ここに損傷があって狭くなるなどの障害があると人間はアスペルガー症候群などの自閉症スペクトラムになることが知られている。
いま、人工知能は、この小脳虫部の働きを解明することができずに、理解できたことを概念的に整理することもできず、名前を付けることもできずに言葉にすることができないという隘路に陥っているのである。いわば人工知能の自閉症的限界という病気になっている。
悩むことは他にもある。たとえば、いわゆる弁証法的な思考の飛躍(アウフヘーベン)を人工知能に取り入れることができていないのである。

3. アブダクション考
さて、阪井教授の発表にある「アブダクション」であるが、思考の壁にぶつかり正解が得られなくてもがき苦しんでいるようなときに、ふとよい仮説を思いついて「ひょい」とその壁を乗り越えてしまうことを意味しているようである。
面白い話であるし、実際そのように感じられる出来事は日常的に多い。
(1)ヘーゲルの弁証法とアブダクション
実は、ふとよい仮説を思いついて「ひょい」とその壁を乗り越えてしまうようなことについて、アリストテレスがアパゴーゲーと述べているが、英語ではアブダクション(abduction)とされた。現代になって、主にこれを取り上げたのはチャールズ・サンダース・パース(アメリカ、功利主義、1839年9月10日 - 1914年4月19日)で、演繹(deduction)、帰納(induction)のほかに第三の方法としてアブダクション(abduction)があると主張した。
これは、ヘーゲルの弁証法の一つの局面を別表現しているものなのだろうとぼんやり考えていたら、同じ問題に気づいた人がいらして、これをブログに書いていた。この人はなかなかの方である。
t01307kkさん, kinjoblog
創発と弁証法とアブダクション
これによると孫引きだが、パース自体、ヘーゲルの弁証法に影響されてこの概念を取り上げているらしい。
(2)「アブダクション」または弁証法のアルゴリズム1--因果ベースまたは事例ベース推論
さて、文化論として「アブダクション」を扱っている限り、「ふとよい仮説を思いついて「ひょい」とその壁を乗り越えてしまう」で十分なのだろうが、まさか「ふと」とか「ひょい」とかをプログラムすることはできない。
人工知能の研究開発をする立場の私から見ると基本的なアルゴリズムが何も明らかになっていないことに大きなフラストレーションが感じられてならない。
「思考の壁にぶつかり正解が得られなくてもがき苦しんでいるようなときに、ふとよい仮説を思いつく」プロセスは、いったいどんなものだろうか。私は考えた。
「思考の壁にぶつかり正解が得られなくてもがき苦しんでいるようなとき」とはどんなときだろうか。例えばあるプログラムの実行結果が予期していた結果と異なる場合、デバックという作業をするようなときがそのまま当てはまる。企業活動で戦略戦術を立案して実施したが成果が上がらないので戦略を立て直そうとする場合などもこれに当たるだろう。
「思考の壁にぶつかり正解が得られなくてもがき苦しんでいるようなとき」、例えば私だったらどうするだろうか。
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①素材の入れ替え法
・結果に結びついているであろう事柄の素材要素を入れ替えて思考シミュレーションを繰り返す。
・片端から入れ替えて、少しでも正しい結果に近づく素材があれば、それを残して次の素材を他のものに入れ替える。
・だんだんに正しい結果に近づくが、関係する素材要因が多いとたいそうな時間がかかることもある。
・最終結果から逆順に、この結果を得るためには直前には、この結果とこの結果を受け取っていなければならないという一段階前の素材を決定してゆくと処理時間はかなり縮めることができる。
②プロセス(または因果関係)入れ替え法
・素材の入れ替えだけではうまくゆかない場合は、全体のプロセス(または因果関係)の部分プロセス(または因果関係)を入れ替えてみる方法もある。場合によっては全部のプロセス(または因果関係)を他から流用して入れ替えるとうまくゆくこともある。多くの場合はその部分プロセス(または因果関係)のいくつかを取り換えて正解に近づくようにしてゆく。
・最終結果から逆順に、この結果を得るためにはその直前の結果を受け取っていなければならないという一段階前のプロセス(または因果関係)を決定する。次に決定した直前の結果のその前の結果はいかにあるべきかを決定してゆくという具合に、次々と前にたどってゆくと処理時間はかなり縮めることができる。
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おそらく①と②は別々に行われているのではなく同時に行われているに違いない。
素材とプロセス(または因果関係)を組み合わせた因果関係および事例のデータベースをしっかり持っていれば、演繹でも帰納でも説明できない、ある種の解決が図られることになるのである。
一人の頭脳の中だけでは因果および事例データベースのサイズは限られる。仲間がたくさん集まってあれこれと言い合えば役に立ちそうな因果関係ベースや事例ベースは一気に増えるだろう。「3人寄れば文殊の知恵」かもしれないし、これを神秘主義的に表現したければ「共鳴場効果」と言ってもよいかもしれない。
(3)「アブダクション」または弁証法のアルゴリズム2--概念と因果関係または事例生成仮説
さて、これで解決というには、実は問題はもっと複雑である。
ここで、すでに存在する因果関係ベースまたは事例ベースと表現したものは大脳新皮質で整理された知識の一種である。人間は、そんなものだけで創造の跳躍を成し遂げているわけではない。
どのように理性をもって考えをめくらせても答えが得られない高いハードルにヒトは直面すると目覚めては逡巡し、寝ては夢見たりする。と悩むうちにある日風呂の中で思いついたり、夢の中で解が得られたり、日向ぼっこしてうとうととした瞬間に「そうだ」と手を打ったり、深い眠りから目覚めたら、なんと答えが鮮明に脳裏に浮かんでいたりするではないか。これは神かがりなのだろうか。神がかりだと言い張る人もいるだろうが、私にはそう思えない。ヒトの脳の生理的活動にその理由があるように思える。
ヒトは大脳新皮質に救い上げた知識と観念を自覚的に取り扱うこと(形而上的思考)ができるが、辺縁部にある知識と観念になるとすでに言葉にすることすら難しい。ましてや後頭葉や小脳、間脳、中脳、延髄、その他神経器官の神経活動になると通常の意識にすら上がらない。ヒトは経験を積みヒトとして熟達するにつれて、脳裏に刻まれた知識、観念、事例的記憶、エピソード記憶、知識のネットワークが形而下の知能として豊富に蓄えられている。これらの形而下の知能は繰り返し利用できる知恵の宝庫である。意識下のこれらの能力が活用されて海馬を経由して大脳新皮質に移されるのは主としてヒトが睡眠をとっているときである。特にレム睡眠時に多くのことが行われるとされている。うとうとと寝ているような覚めているような醒眠相半ばしている状態のときはこれである。お坊さんがヨガ(座禅)で真理にたどり着くように、科学する人たちも醒眠相半ばしている状態で解またはそのヒントを得たり、睡眠中に得た知恵を目覚めて発見することがあるのである。これは神がかりではない。脳の本性を巧みに利用した脳の活用法なのである。
解を求めて悩むことが原動力となって、形而下に隠されていた膨大な体験情報の中から新しいルールや概念をが救いあげられるのである。救い上げられた新しいルールや概念が新たな因果関係または事例として加わることによって解決に至ることもあるのである。
(4)概念と因果関係または事例生成のアルゴリズム
人間はお坊さんのように意識的に、または一般人のように無意識的に新しい概念や事例に関する知識が大量に生成できる。しかし、その機作はわかっていない。後頭葉や小脳にある膨大な神経細胞の知恵のネットワーク(ニュ―ロネットワーク)には、経験を積めば積むほど確かに何かが刻印されてゆく。しかし、その刻印が「なぜ」「どのようにして」ひとまとめにして概念化することができるのかについては現在の脳科学は教えてくれない。脳科学よりも常に一歩前を進んでいる人工知能の研究者もこの分野では誰一人仮説すら出していない。問題意識すらないのかもしれない。
この分野で新しいよいモデルを提案した人が次の人工知能ブームの牽引者となるに違いない。
(5)モデル構築とアブダクション
アブダクションと似ているが異なる行為に「モデル構築」と言われるものがある。
「モデル構築」の定番のアルゴリズムは次のとおりである。
・目覚ましい最終結果や思いもよらない最終結果の属性を調べて、知りうた限りの属性を原因と仮定する。
・その原因を適宜組み合わせて仮のモデル(仮説としての素材とプロセス)とする。
・モデルを使用して同じ最終結果が得られれば(モデルの検証に成功すれば)、モデル構築が正しくできたことになる。モデルの検証に成功すれば、問題の解決は終わりであり、アブダクションや弁証法の出番はない。クリティカルシンキング(形式論理学のようなもの)の成功である。 
・逆に、そのモデルを使用して同じ最終結果が得られなければ、モデル構築に失敗している(たとえば何かの条件が足りない)ことになる。足りない条件を探すのはこれまで述べたアブダクションだろう。
この考え方は、逆は必ずしも正しくはないが、あえて逆をたどって原因に接近しようとするもので、抽象化-具象化の階段を演繹で下ったり、具体的な事実から抽象概念へと帰納法で登ったりする思考過程に沿うもので、モデル構築の第一段階で失敗しても、アブダクションしなければならない範囲をきわめて小さな範囲に限定することができる場合が多いので、知的な労力が少なく済むのである。

当日の研究会の概要は以下の通りでした。
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日本ビジネスコミュニケーション学会2017年度年次大会(ABCJ-2017/07)
合同開催
第132回次世代大学教育研究会(NextEdu-132) + 教育の国際化研究会(IE-2017/07)
2017年7月15日土曜日 10:30-20:00
早稲田大学(早稲田キャンパス)8号館3階303/304/305会議室
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大会プログラム

充実した一日でした。お誘いいただいた阪井先生原田先生、素晴らしい発表をしていただいた皆様、本当にありがとうございました。


△次の記事: 感性的研究生活(63)
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琵琶

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